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2013.03.21

「妾屋昼兵衛女帳面 4 女城暗闘」 戦う舞台は女の城!?

 将軍家斉が最も寵愛する内証の方が御褥辞退を申し出た。その真の理由が、何者かに家斉の子・竹千代を殺されたことにあると知った家斉は激怒、側近の林出羽守は大奥探索のための女の用意を昼兵衛に厳命する。やむなく八重を送り込む昼兵衛だが、潜入早々、八重は数々の敵の罠に直面することに…

 依頼に応じて客に妾を世話する「妾屋」を主人公に展開する上田秀人の異色のシリーズ「妾屋昼兵衛女始末」シリーズの最新巻が発売されました。
 これまで幾度か作中に登場してきた江戸城内の情勢がついに前面に押し出され、意外な人物が主役となって孤独な戦いが繰り広げられていくこととなります。

 事の起こりは、時の将軍家斉の最愛の側室である内証の方が、御褥辞退――家斉の寝所に侍ることを辞退し、側室たることから引退――する旨を願い出たこと。突然の申し出の背後に、夭折した自らの長男・竹千代と二女が大奥で何者かに殺され、さらに三女もまた狙われていることにあると知った家斉は当然ながら激怒し、自らの寵臣たる林出羽守に、獅子身中の虫の炙り出しを命じます。

 しかしながら、大奥は江戸城中にあって唯一将軍の権威が及ばぬ場所。通常男が足を踏み入れることも叶わぬ場所とあっては、探索のための手の者を送り込むこともできません。(作者の別シリーズ「御広敷用人大奥記録」は、まさにこれを物語の焦点とした作品であります)
 …そして、まさにそのためにこそ、ここで事態は妾屋と接点を持つこととになります。すなわち、かねてから昼兵衛の稼業と手腕に目をつけていた林出羽守が、昼兵衛に大奥に送り込む女を差し出すよう命じたのであります。

 市井の無頼や金持ちはおろか、並みの大名クラスであれば一歩も引かずに渡り合う昼兵衛も、さすがに将軍の寵臣…すなわち幕府の権力そのものを敵に回しては相手が悪い。
 そこで昼兵衛が選んだのは、シリーズ第1作「側室顛末」で、弟の立身のために伊達家の側室となった浪人の娘・八重。伊達家の事件以降は長屋で静かに暮らしていた彼女が、再び物語の中心に立つことになるのであります。

 正直なところ、この八重というキャラクターについては、昼兵衛と並ぶメインキャラクターである浪人剣士――というより、彼が浪人することとなった理由が八重を巡る騒動なのですが――大月新左衛門の相手役といったレベルでのみ物語に関わるものだと思い込んでいましたが、いやはや、全く以て読みが甘かった。
 なるほど、浪人とはいえ武家の娘として生まれ、一時は大藩の側室であった彼女であれば、礼儀作法は申し分なし。何よりも頭の回転が早く、そしてかつて自らの命が狙われる修羅場をくぐったことで、度胸もある。これまで男性ばかりだった上田作品の主人公(クラスのキャラ)として、うってつけであります。

 かくて、本作の後半では、彼女が物語の中心となって、大奥の闇に挑んでいくこととなります。
 しかしそれは、昼兵衛や新左衛門の出番がなくなったということでは、もちろんありません。女の城である大奥は、同時に一度入ってしまえば容易に表には出られぬ檻のような場所。そして敵は大奥にいるとは限らず、むしろ外の世界から糸を引いているやもしれないのですから…

 以前からその傾向はあったのですが、本シリーズは、昼兵衛をタイトルロールとしつつも、彼の周囲に集まる様々なプロフェッショナル――八重や新左衛門のほか、同じく用心棒の山形将左、瓦版屋の海老、飛脚の和津といった面々――活躍を描く一種のチームものとしての側面を感じます。
 特に本作においては、江戸城の内と外に舞台がはっきりと分かれたことによりその印象が強いのですが、八重が孤軍奮闘を強いられるだけに、彼女をバックアップするプロフェッショナルたちの姿が実に頼もしく感じられます。


 シリーズでは初めて、次巻に引くこととなった本作。黒幕らしき存在の姿が見えてきたところで大いに気になるところですが、女性を人とも思わぬ非道の輩に、そして他者を道具としか扱わぬ林出羽守にも、昼兵衛たちが痛快に逆襲することを、期待したいと思います。


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