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2013.04.30

「およもん かごめかごめの神隠し」 子ども大妖怪江戸にあらわる

 傘張り浪人の福井淳之介は、近所で遊ぶ娘を迎えに行った際に、武士の一団が子供たちの中にいる「もんちゃん」を奪おうとするのに出くわす。しかし謎の声とともに武士たちは昏倒、淳之介は娘についてきたもんちゃんと共に暮らすことなる。果たしてもんちゃんの正体は、そして彼を追う者の狙いは…

 妖怪時代小説や時代ホラーばかりを収録したという、私のような人間のために誕生したような新レーベル「廣済堂モノノケ文庫」。その第二弾の一つが、朝松健の新作「およもん かごめかごめの神隠し」であります。

 「およもん」とは、元の意味は「恐ろしいもの」を表す幼児語ですが、本作において語られるそれは、西国で恐れられたという正体不明の妖怪。およもんに出会ったものは、皆「およっ!」という悲鳴とともに気絶してしまうという、恐ろしくもどこかすっとぼけたものを感じさせる存在であります。

 しかし本作の主人公、故あって主家を捨て、今は長屋で幼い娘と二人暮らしの浪人・福井淳之介の家に転がり込んできたおよもん=もんちゃんは、ふくふくとしたほっぺの可愛らしい子供姿。何故か福井の元主家に狙われているらしいもんちゃんを守り、淳之介やその親友の浪人・呑んべ安(…中山安兵衛!)ら仲間たちは奮闘することとなります。


 正直なところ、長屋暮らしの浪人が、不思議な力を持つ子供と出会って、子供を狙う悪人(妖術師)と戦う、という本作の基本ラインは、どうしても同じ作者の「ちゃらぽこ」を連想させます(表紙イラストも同じなのがよりその印象を強めます)。
 その辺りが一瞬ひっかからないでもないのですが、しかし「ちゃらぽこ」が妖怪中心の物語であったのに対して、こちらで中心となるのは人間たちであり――そしてそれだけに、そんな中に現れたおよもんの存在感がより増して感じられます。

 実に本作の最大の魅力は、このおよもんの存在であることは間違いありません。
 普段は可愛らしく頑是無い幼子の姿でありつつも、その実、「もんもんばあ!」の声とともにその力を表せば、誰もが「およっ!」の悲鳴とともに昏倒してしまうという、恐ろしくもユーモラスな能力を持った大妖怪というギャップが楽しいのであります。
(そしてそんな大妖怪が、なぜ幼子の姿をしているのか、という仕掛けにちょっと感心)

 物語展開的には比較的おとなしめなのですが、このおよもんがリミッターを外して暴れ回るクライマックスは、さすがは時代伝奇ホラーの第一人者たる朝松健らしく、一転して妖術合戦的味わいになるのが面白く――もっとも本作の場合、ちょっとポケモンっぽく見えなくもないのですが――この辺りは作者の面目躍如たるものがあるでしょう。

 ただ難点を言えば、お話的にかなり定番ものな、シンプルな内容である点と、主人公が今ひとつ目立たないことなのですが――この点は、おそらくあるであろう次作に期待するとしましょう。
 こども妖怪およもんが持つという数々の素晴らしい能力、それはまだまだあるはずなのですから…

「およもん かごめかごめの神隠し」(朝松健 廣済堂モノノケ文庫) Amazon
およもん-かごめかごめの神隠し- (廣済堂モノノケ文庫)

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2013.04.29

「妻は、くノ一」 第4回「忍びの宿命」

 気が付けばもう全8回の前半終了となった「妻は、くノ一」。その第4回は「忍びの宿命」、忍びとしての任務を果たすために重い代償を支払う織江の姿が描かれるのですが…その一方で、原作でも大暴れのあのキャラが登場と、波乱含みのエピソードであります。

 今日も寺子屋で子供たち相手に授業に励む彦馬ですが、絵に描いた象の存在を子供たちが信じてくれず悪戦苦闘中。そんな折り、大名屋敷から盗まれた品が古井戸に投げ込まれたものの、そこにはガスが溜まって人が降りることができず…という騒動が起きます。
 その一方で静山に呼び出された彦馬は、そこで自分が隠居する際に取った年上の養子・雁二郎と対面。シーボルトの江戸入りをその場で知らされた彦馬は、静山の計らいでシーボルトらの宿に同道することを許されます。

 さて相変わらず静山のいる下屋敷で飯炊きを続ける織江は、同じ屋敷の下働きにしつこくつきまとわれる羽目に。そしてある晩、ついに寝ているところに忍んできた男に対し、織江は…

 と、今回は彦馬パートも織江パートも、原作第2巻をベースにした展開なのですが――原作第2巻のラストで、何とも厭な後味を残した織江を襲った運命を、まさかドラマの方ではさらに重い内容にしてしまうとは。

 簡単に言ってしまえば原作の方では結局未遂に終わったものが、こちらでは…となってしまい(しかも彦馬の方は織江との思い出にふけってポワワワーンとしていた、見ているこちらは悪い意味で驚かされました。
 確かに原作においてもこの場面は、織江の(望むと望まざるとにかかわらず)背負った忍びとしての運命の過酷さ、汚さを描くものではありましたが、それを描くのであれば原作通りの展開でも良かったのではありますまいか。

 …というのは原作厨のいささかナイーブな見方でありまして、実際の映像として見れば、これはこれでそれなりによくできた展開であります。
 自分を襲う運命を察知した織江の覚悟を決めた表情といい、嵐が去った後に彦馬との思い出の桜貝を祈るように押し当てた姿の美しさといい――たとえ以前のような暮らしに戻ることはできなくとも、いついかなる時にも織江の胸の中に変わらぬ存在として彦馬が在り続けることを、そして彼女がそれを唯一の支えとしていることを、何よりも雄弁に描いたシーンなのですから。

 そしてラスト近く、静山と連れだった彦馬と出くわし、静山に土下座する形でその場をやり過ごした織江が、そっと彦馬の背中を見つめ、彼に背負われた在りし日を思い出すシーンの切なさも、それだけに際立つのであります。

 とはいえ、やはり前回も書いたように、ドラマ版は原作の重い側面、悲劇的な側面を強調するきらいがある…とちょっと残念に思っていたところに、原作のコミカルな側面を体現したかのような雙星雁二郎が登場するというのは心憎い。

 原作での、「異常に老けて見えるけれども実は若い(と思ったら実は…)」というのはさすがに無理がある&ややこしいという判断か、適当ななり手がいなかったので年上を仕方なく養子にした、という設定に変わっていたのは少々残念ではあります。
 原作でのあの見事なすっとぼけっぷり、空気読まないっぷりを、くせ者・梶原善が見事に体現しているのが、何とも嬉しい。映像化する際はどうするのかと思っていた、あの子犬芸も登場して、大いに満足であります。
 これならばこの先の…も期待して良さそうであります。


 さて、今回はちょっと織江視点が印象に残ったせいか、話の本筋に直接絡まなかった印象もある彦馬ですが、しかし彼の印象は、周囲の人々の中で徐々に変わっている様子。
 特に、織江の上司であり、彼女に懸想する御庭番・川村が、子供たちに問われて妻はいると答えた彦馬の笑顔をじっと物陰から窺っているラストシーンは、今後の波乱を予感させるのですが…


 と、蛇足その1。今回の南町奉行所の登場は、いくらなんでも無理があるでしょう。原作と改変してために生じてしまったおかしな場面かと。

 蛇足その2。原作では子供たちが知りたがったのは象そのものの姿ではなく、その股間だったのですが、今回の内容でそれをやるとなんだかこう…なので、これは改変してOKですね。


関連サイト
 公式サイト


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 「妻は、くノ一」 第1回「織姫と彦星」
 「妻は、くノ一」 第2回「あやかし」
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 「胸の振子 妻は、くノ一」 対決、彦馬対鳥居?
 「国境の南 妻は、くノ一」 去りゆく彦馬、追われる織江
 「妻は、くノ一 濤の彼方」 新しい物語へ…
 「妻は、くノ一」(漫画版) 陰と陽、夫婦ふたりの物語

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2013.04.28

5月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 今年もはや四分の一が過ぎてしまいましたが、さらに時は流れてもうゴールデンウィーク突入。楽しみなゴールデンウィーク…ではありますが、一週間近くお休みになってしまうためか、気になる新作は少なめ。お休みの間は古典に親しむとしましょうか…と寂しいことを言いつつ、5月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 さて、文庫新刊では、相変わらず根強い人気の妖怪ものの新作が登場。角川に移籍して三ヶ月連続刊行のラスト、ついに新作で登場の佐々木裕一「もののけ侍伝々 3 たたり岩」、デビューからまだ数作とは信じられぬ完成度の作品を発表する仲町六絵「からくさ図書館来客簿 冥官・小野篁と優しい道なしたち」と、気になる作品が並びます。

 気になるといえば、続きが気になっていたサイコホラー時代劇、中谷航太郎「晴れときどき、乱心」の続編「黒い将軍」も登場。続いてよかった…

 そして文庫化の方では、何と言ってもシリーズ最終巻、越水利江子「忍剣花百姫伝 7 愛する者たち」に注目。文庫版には書き下ろしもあるとのことで、なおさら期待は高まります。
 また、先日は講談社文庫で「真剣 新陰流を創った男、上泉伊勢守信綱」が復刊された海道龍一朗は、今度は「禁中御庭者綺譚 乱世疾走」が復刊。これを期に、続編書かれませんかね…


 漫画の方では、いずれもシリーズものの続巻が並びます。
 いよいよ連載の方では主役登場か、のせがわまさき&山田風太郎「十 忍法魔界転生」第2巻、ユニークな明治妖怪ものの鷹野久「向ヒ兎堂日記」第2巻、そして次の展開が気になって仕方がない明治伝奇活劇、唐々煙「曇天に笑う」第5巻と、時代も方向性もバラバラではありますが、楽しみな作品ばかりです。

 そして3月からコンビニコミックで復活した森田信吾「明楽と孫蔵」は、5月も2冊が刊行。このペースであれば6月には完結かな? そして次には是非「御庭番 明楽伊織」を…(しつこい)


 映像ソフトの方は、24日に同日発売される「必殺仕事人2013」「猿飛三世」「幕末奇譚 SHINSEN5 剣豪降臨」辺りが気になるところでしょうか…特に「SHINSEN5」は怖いもの見たさもあって…
 そして最近はちょっと紹介が遅れていますが、DVD-BOXが発売される「浣花洗剣録」も、武侠ものではおすすめです。謎の佐々木小次郎も登場しますし。



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2013.04.27

「大坂将星伝」上巻 親たちの戦場で

 先日紹介した「戦国年鑑2013」にも見られるように、相変わらず戦国時代を舞台とした作品の人気は根強いものがあります。本作はその戦国もののその最新の成果一つ――戦国末期に豊臣秀吉に仕えて活躍し、大坂夏の陣でも大活躍した毛利勝永の生涯を描く痛快な物語であります。

 といっても、本作の主人公たる毛利勝永は、残念ながらともに大坂の陣を戦った豊臣方の武将たちに比べると、知名度は高くないというのが正直なところでしょう。
 もっともそれは今に始まったことではなく、江戸時代後期の随筆集「翁草」において「惜しいかな後世、真田を云いて毛利を云わず」と評されたほどなのですが…

 しかし、まさにこの言葉を本作の冒頭に掲げた本作は、この未知の英雄の姿を見事に甦らせます。
 大坂夏の陣のクライマックス――大坂城に迫る徳川軍に対して最後の戦いを挑まんとする颯爽とした姿を描くプロローグに続いてこの上巻で描かれるのは、勝永の子供時代、彼がまだ森太郎兵衛と名乗っていた頃の姿。秀吉の側近たる黄母衣衆の一人であった父・森吉成(後の毛利勝信)が秀吉の命を受けて奔走する後をついて回る子供に過ぎなかった彼は、父の、森一族の、長宗我部元親の、丸目長恵(蔵人)の――戦場の先輩とも言える男たちの背中を見ながら、少しずつ成長していくのであります。

 舞台となるのは、信長の、秀吉の手により、乱世は少しずつ終息に向かっていたとはいえ、まだまだ戦国の世は続いていた時代。本作のオープニングであり、ラストとなるであろう大坂の陣がその締めくくりであることは言うまでもありませんが、この上巻では、信長の死の直後から秀吉の九州征伐を中心に、その戦国乱世の中に生まれ、育ち、生き抜いてきた世代、いわば勝永たちにとっては親の世代の戦いが描かれることとなります。

 親の世代の戦いを目撃した子供たちが、これからどのように成長し、自分たちの戦場、自分たちの戦いの意味を見つけていくのか――中巻では、おそらくそれが語られることとなるのでしょう。

 そしてまたそれは、単に戦国時代にのみ当てはまる成長絵巻ではありますまい。

 本作が刊行されたレーベルは「星海社FICTIONS」――簡単にいえば、ソフトカバーのライトノベルレーベルであり、ここで想定される読者層も、おそらくは「子供たち」なのですから…

 戦国時代から現代に通じる風穴を開ける、痛快な勝永の活躍に期待したいと思います。

「大坂将星伝」上巻(仁木英之 星海社FICTIONS) Amazon
大坂将星伝(上) (星海社FICTIONS)

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2013.04.26

「信長の二十四時間」 真に信長を殺したもの

 天下を目前とした織田信長は、天皇に譲位を迫り、自らは上皇となって日本を支配しようとしていた。信長により伊賀を殲滅され、復讐を誓う百地一党は、京の公家、そして秀吉に接近し、信長暗殺を狙う。周到に仕掛けられた策謀の末に訪れた運命の日、天正10年6月2日に信長が見たものとは。

 軍配者三部作で早雲・信玄・謙信ら戦国武将を描いた富樫倫太郎が描く次なる戦国武将は信長――それも、信長の生涯最期の日を中心に描く、ユニークな作品であります。

 武田家を滅ぼし、中国・四国平定にも王手をかけて天下布武を目前とした信長。しかし彼は秀吉の毛利攻めの応援に向かう途中、京の本能寺に滞在した際に光秀に攻められて自刃、嫡子の信忠も落命し、以降の天下の趨勢は一気に秀吉に傾くこととなります。
 …という史実は誰もが知るとおりですが、本作で描かれるのは、その本能寺の変の裏側。なぜ信長はわずかな手勢で本能寺に入ったのか。なぜ光秀は信長に謀反したのか。なぜ信長の遺体は見つからなかったのか。冷静に考えれば数多いこの日本大事件の謎・疑問の一つ一つを、本作は解き明かしていきます。

 最も、日本史上最大のミステリーの一つである本能寺の変を扱った作品は少なくありません。いや、戦国もので信長が大人気であることを考えれば、むしろ相当数の作品で、その作品なりの解釈が行われていると言えます。
 そんな中で本作が持つ独自性は二つ――まず一つは、事件の原因を、信長の政策に求めている点であります。

 天下布武を目前とした信長が求めたもの――それは、天皇を譲位させて、自らの娘を入内させた次の天皇を即位させて、上皇の地位に就くこと。
 そしてそれだけでなく、織田家に仕える者を含め、全ての大名の領地を返上させ、この国の全ての土地を天皇家のもの――すなわち、自らの下に置くこと。

 漢の高祖を手本としたこの政策により、絶対君主たらんとした信長ですが――しかしそれは、直属の配下ですら、いや彼らこそが、天下統一の後は切り捨てられることを意味します。
かくて、自らが切り捨てられることを知ったある武将が信長暗殺のために、驚天動地の完全犯罪を目論むこととなるのであります。

 そして本作の独自性のもう一つは、信長と、彼を取り巻く様々な人々の思惑が絡み合い、頂点に達する天正10年6月2日、本能寺の変のその日の二十四時間を、本作のクライマックスとして用意した――そう、まさに信長の二十四時間を描いた点であります。

 「その日」に何があったのか…それは、後世の研究でかなりが明らかになっているものと思われます。しかし、あくまでも点として存在しているそれぞれの出来事を、本作は先に述べた独特の信長の思想を踏まえて線として結び、そこに異形の本能寺の変の姿を浮かび上がらせます。
 我々のよく知る史実に、もう一つ別の角度から光を当てることにより、もう一つの、あったかもしれない史実=虚構を生み出す――本作は、優れて伝奇的な手法により描き出された物語なのであります。


 しかし、本作において真に注目すべきは、本作で信長を、周囲の人間を見舞った運命が、何によってもたらされたか、ということでありましょう。

 己を絶対君主――すなわち、天下国家を、そこに暮らす人々を国を己の意志の下に一つにせんとした信長。しかしそれを力で、恐怖で為さんとしたことが、個人同士のポジティブな結びつきを――親と子の間すら――失わせ、それが結果として信長を殺したのであります。

 それはもちろん、古今東西の独裁者が辿った末路と言えるかもしれません。しかし、それが現代に生きる我々一人一人と無縁の、特異特殊な事象と感じられないのは、これは私の考えすぎでしょうか。


 本作に描かれた史実と史実を結ぶ、虚構の側の代表たる百地一党の姿が作中ではあまり深く掘り下げられていないという点は確かにあります。
 その分を終盤の、特にエピローグにまとめて語ったことで、本作の余韻自体が何やら慌ただしいものとなってしまった点もまた、残念な点ではありましょう(この辺り、続編を想定しているのでは…と想像するのですが)。

 しかしそれを補ってもなお、本作は魅力的な、刺激的な歴史奇譚であり――それを切り取って見せた本作の視点は賞すべきものだと感じるところであります。

「信長の二十四時間」(富樫倫太郎 NHK出版) Amazon
信長の二十四時間

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2013.04.25

「セブンソード」 ちょっと詰め過ぎた七剣士の面白アクションバトル

 清朝の出した禁武令を背景に、武術家たちを惨殺していく風火連城率いる武装集団。彼らを倒し、風火連城に狙われた村を救うため、老武術家・傳青主は、村娘の元英と幼なじみの志邦とともに天山に向かう。彼ら三人の訴えに応え、四人の達人が下山。七人の剣士は真っ向から風火連城に戦いを挑むのだが…

 今頃でまったく恐縮ですが、個人的にドニー・イェン祭りということで「セブンソード」を観ました。原作は武侠小説御三家の一人(で最も日本で紹介が遅れている)梁羽生の「七剣下天山」ですが、かなり変更が加えられている様子であります。

 舞台となるのは清朝初期、皇帝が出した武術の研究・実戦を禁ずる≒反体制運動を取り締まる「禁武令」が出された…という設定で描かれる本作。
 この禁武令をバックに、辺境で略奪と虐殺を繰り返す男・風火連城の軍団から反清結社・天地会(武侠ファンならお馴染みの名前ですね)のメンバーが潜む村を守り、風火連城を倒すため、七本の名剣を携えた七人の剣士が立ち上がる…という物語であります。

 メンバーの数やシチュエーションから、日本公開時には「中国版「七人の侍」」というコピーで宣伝された本作ですが、なるほど似ている部分はあるものの、そこは武侠小説原作、いやそこは香港映画であります。
 七人の剣士は一人一人が(実力にムラはありますが)数十人は倒すことができる達人揃い、そして彼らの持つ剣もギミック満載の面白ウェポン。村を守るという設定なので立て籠もるかだけかと思いきや、二度に渡って風火連城の本拠地に乗り込み、火を付けるわ馬を行動不能にするわ女を奪うわと大暴れです(もっとも、それが後で大惨事を引き起こすのですが…)。
 もちろん敵側も空飛ぶギロチンをはじめとする面白ウェポン使いばかり、何よりも首領を除いた配下たちはKISSばりの白塗りビジュアルのヒャッハー軍団という無国籍ぶりも楽しいのであります。

 …しかしながら、本作の全般的な作風は、ある種地に足のついた、乾いたタッチ。七剣や村人たちとの間で幾重にも絡みあう愛憎劇は、本作に複雑な陰影を与え、特にそれは、ドニー・イェン演じる七剣の一人・楚昭南と、彼により風火連城のもとから助け出された高麗人女性、そして風火連城自身の関係に最も強く表れていると言えるでしょう。
 アクションシーンも、もちろん先に述べたようにギミック満載のド派手なものではありながら、ワイヤーワークやCG満載ではなく、どこか泥臭い手触りの、人間同士のぶつかり合いという印象を受けるのであります。
 この辺りの作風は、同じツイ・ハーク作品であり、やはり辺境の乾いた世界を舞台に、血と汗と泥にまみれた(面白武器による)戦いが繰り広げられる「ブレード/刀」を彷彿とさせるものを感じました。


 …が、いかんせん2時間半を超えるそれなりの尺をもってしても、詰め込みすぎの印象は否めません。上で述べた三角関係も含めて、全ての人間関係の描写が断片的なものに留まり、それがどこかすっきりとしない空気となって全編を覆っている――というのはいささか大袈裟ですが、それがつっこみどころを生んでいるのは間違いありますまい。
 さらに厳しいのは、主人公側に戦う理由が弱い者がいる点であります。特にこの手の作品では、本来当事者ではない助っ人として、主人公たちが何のために戦うのか、何を背負って戦うのかが(その描写の分量は問わず)描かれてこそ、彼らの戦いの意味が際立ち、それが戦いを更に盛り上げるわけですが、本作の場合はそれが弱い。
 村の出身である志邦と元英、かつての風火連城の上司である傳青主はむしろ当事者なのでさておき、天山側の四人は基本的に師の命に従っているだけなのが、終盤まで尾を引いた感があります。それが武林の人間、と言えばそれまでかもしれませんが…


 そんな弱点を抱えた本作ではありますが、先に述べたとおり面白アクションバトルとしてはもちろん一級。個人的には長髪・フード姿のドニー・イェンのアクションと、超美人ではないけれども相変わらず魅力的なチャーリー・ヤンの姿を見れただけでも相当満足できたので、決して嫌いな作品ではありません。

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2013.04.24

「猫絵十兵衛御伽草紙」第7巻 時代を超えた人と猫の交流

 ちょうど半年ぶりのお目見え、「猫絵十兵衛御伽草紙」の最新巻、第7巻が発売されました。猫絵師の十兵衛と元・猫仙人のニタ、人間と猫又のおかしなコンビは今回も元気であります。

 第6巻同様、今回も全6話が収録されていますが、今回はどちらかというファンタジックなエピソードが多めの印象があります。

「三尸の虫と三匹の仔猫」…長屋の腕白小僧の悪行を告げ口しようとする三尸の虫に三匹の仔猫たちが立ち向かったことで始まる大騒動。
「猫髪結床」 所帯を持ったばかりなのに猫にかまけてばかりの髪結。気持ちが収まらないのはおかみさんですが…
「つくも猫」…蚕農家に仕事を依頼された十兵衛。そこで猫が描かれた屏風に名主の病弱な娘が引きずり込まれるという騒動が起きて…
「白浪猫」…白波物を演じることになった役者の三之助。猫を相棒にした老盗人と出会った彼が目撃する不思議な人間模様。
「嚇怒猫」…ある日突然押しかけてきた雌猫又・百代。ニタの愛猫を自称し、一方的に十兵衛を敵視して大暴れする百代にニタは…
「猫の子」…まだまだ駆け出しだった頃の十玄先生が出会った、猫に守られていた子供。その子――十兵衛を引き取った十玄先生の奮闘記。

 そんな中でも目を引くのは、「嚇怒猫」「猫の子」と、基本的に一歩引いた形で狂言回しを務めることが多い十兵衛とニタ自身の物語が収録されていることでしょうか。
 そんな中でも、十兵衛の過去の秘密(?)が明かされた「猫の子」は特に印象的なエピソード。以前に十兵衛が半ば冗談めかして、猫に育てられて猫の子と呼ばれていた、と語っていた、まさにその通りの内容なのですが、猫と人の絆・人と人の絆が、いかにも本作らしい柔らかいタッチで描かれているのが泣かせます(猫に対して、人の言葉で別れを告げる十兵衛がまた…)

 その他のエピソードでも、江戸の社会からドロップアウトした人々のために盗みを働く一人と一匹を描く「白波猫」は、内容的に単純に美談とするにはやはりためらいをおぼえるものの、共に肉体的ハンディキャップを負った人と猫が文字通り支え合って生きる姿は強く心に残ります。


 ちなみに、本作のファンにぜひご覧いただきたいのが、先日発売された、同じ作者の「ねこ・かぶりん」であります。
 時代ものではなく、作者と猫の関わりを描いたエッセイ漫画ですが、楽しいことも悲しいことも、すべてひっくるめて猫との日常を描く内容は、こういう体験をしていれば猫の姿・生態もリアルに描けるはずだ! と大いに納得の作品。
 人と猫の交流の姿は、時代こそ違え、本作に通じるものがある――と言うべきでありましょうか。


 …しかし、冷静に考えると百代が十兵衛をライバル視するのってちょっとすごいですね。

「猫絵十兵衛御伽草紙」第7巻(永尾まる 少年画報社ねこぱんちコミックス) Amazon
猫絵十兵衛~御伽草紙~ 7 (ねこぱんちコミックス)


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2013.04.23

「うわん 七つまでは神のうち」 マイナスからゼロへの妖怪譚

 医師の父・青庵を助け、忙しい毎日を送る真葛。しかしある日、六歳の弟・太一が封じられた九百九十九の妖を解き放ってしまったことから、彼女の暮らしは一変する。昏睡状態となった父、妖怪「うわん」に取り憑かれた太一を救うため、彼女はうわんとともに妖たちを捕らえるために奔走することに…

 「一鬼夜行」シリーズなど、ユニークな妖怪ものでデビュー以来たちまち人気となった小松エメル待望の新シリーズであります。

 タイトルとなっている「うわん」は、鳥山石燕の「画図百鬼夜行」などに登場する、しわだらけの上半身裸の男が両手を振り上げて脅かすような姿で描かれた妖怪。水木しげるの妖怪画で描いているため、こちらでご覧になった方もいることでしょう。
 しかしこのうわん、石燕らは解説も何も付していないため、実は全く謎の妖怪(水木先生の解説では、「うわん」という声で人を驚かすとありますが、これは佐藤有文由来らしいので信憑性は…)。

 そんな謎多き存在・うわんを、本作は恐るべき存在として描きます。
 ヒロイン真葛の弟・太一が、家の裏の墓場から解き放ってしまった九百九十九の妖――うわんは、その妖たちを力の源とし、地下に封印していた大妖怪だったのであります。

 妖たちを追って地上に現れたうわんにより生気を奪われた二人の父・青庵は原因不明の昏睡状態となり、太一はうわんに取り憑かれ――突然肉親を奪われた真葛に、うわんが突きつけた二人を取り戻すための条件。それは、太一が神のものではなくなる七歳(そう「七つまでは神のうち」)にまるまでに、九百九十九の妖を捕らえるというものでした。

 かくて真葛は、江戸の各所に潜み、人に取り憑いて周囲に害をなす妖たちを捕らえるための戦いを始めることとなります。
 父から医術を学び、そしてその一環として、人外のモノと対峙する法は学んでいるものの、十代の少女に過ぎない彼女の助けとなるのは、太一の中のうわんのみ。しかしうわんもまた妖怪、心許せぬ相手を傍らに、真葛は孤独な戦いを強いられることとなるのであります。


 そんな「どろろ」…というより「河童の三平 妖怪大作戦」的なシチュエーションの本作ですが、はっきり言ってしまえば「重い」というのが第一印象です。

 人間と妖怪のコンビというのは、一見作者の「一鬼夜行」と同様に見えますが、あちらの妖怪が基本的に陽性のキャラクターだったのに対して、こちらのうわんは高圧的で冷笑的な言動といい、水死体めいた外見といい、明らかに陰性。
 そんな恐ろしいうわんに父と弟を人質に取られたも同然の状況で真葛が挑むの事件もまた、単純な妖怪退治に終わらず、そこには人間の強い(多くの場合、負の)想いが絡みます。妖が人の想いを引き出すのか、人の想いが妖を呼ぶのか――ほんの少しのすれ違いが妖の力で暴走し、悲劇を招く…本作に収められた5つの事件は、いずれもそんな図式で描かれるのです。

 正直なところ、ここまで真葛をいじめなくても…などと思ってしまうのですが、しかし、それで本作の評価が下がるかといえば(妖怪もの=コミカルなキャラクターものと考えていた方は面食らうかと思いますが)、もちろんそうではありません。

 人とは異なるメンタリティを持つ妖の存在を介して、人の世のままならなさ、やりきれなさを描く物語は、言うなれば裏返しの人情話であり、それは本作のような形式であって初めて描けるものでありましょう。
 その人の世を映す暗い鏡のような内容の中に浮かび上がるのは、単純に忌避すべきものではなく、誰の中にでも人の弱さ・儚さであり――それだけに、それに幾度となく打ちのめされ、苦しみながら立つ真葛の姿に、親しみと、希望を感じるのであります。


 人とそれ以外の間に新しい関係性を見出す他の妖怪ものが、ゼロからプラスを目指す物語だとすれば、本作はマイナスからゼロを目指す物語と言えるかもしれません。
 そして、まだ始まったばかりのこの物語において、ゼロから先があるのか――いや、ゼロに辿り着くことができるのか、それはまだわかりません。

 しかし、その辛く険しい道のりにあって初めて見える景色もあります。そしてそれが荒涼としたものだけではなく、そこに小さな花が咲くこともあることを、本作は教えてくれるのであります。

「うわん 七つまでは神のうち」(小松エメル 光文社文庫) Amazon
うわん: 七つまでは神のうち (光文社文庫)

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2013.04.22

「妻は、くノ一」 第3回「歩く人形」

 第3話まで来て、ドラマ版なりの方向性も見えてきた印象もある「妻は、くノ一」。今回は「歩く人形」、夜歩く人形の謎に、彦馬が挑むことになります。

 前回平戸藩上屋敷に潜入の命を受けたものの、先に潜入していたお弓が彼女に公私混同した恨みを抱いていたがために、自ら毒を飲んで逃れた織江。しかし今度は下屋敷探索の命を受けた彼女は、飯炊きに化けて潜入することになります。

 と、その下屋敷に現れたのが彦馬。静山がさる商人から手に入れた唐人人形――かつて翡翠を手にしていたものの、その翡翠が失われて以来、夜歩くようになったという曰くつきのその人形の謎を解くため、彼は下屋敷に泊まることになったのです。
 まさか至近距離に探し求める妻がいるとも知らず、謎解きに夢中になっている彦馬を密かに天井裏から見守る織江(冷静に考えると何やってるんだろう…という感じではありますが)ですが、そこに思わぬ事件が――という展開であります。

 今回のエピソードは、原作第3巻「身も心も」に収録された「人形は夜歩く」を基としたものですが、内容的にはかなり原作に忠実な印象。というよりも、下屋敷で起きた事件であり、変則的ながら彦馬と織江の二人で解決した事件ということで原作から選ばれたように思われますが――いずれにせよ、事件の奇怪さや彦馬と織江の絆など、原作のエッセンスを手堅くまとめていたかと思います


 ただ気になってしまったのは、原作に比べると、物語全体のムードがやや重く感じられることでしょうか。
 どうやらこのドラマ版では、ほぼ一話で原作の一冊分を消化――というより、原作一冊分の中からエピソードを選んで映像化――となるようですが、おそらくはそれが、このムードの違いの原因でありましょう。

 というのも、原作では一冊あたり大体五話の短編が――彦馬が担当するミステリパートが収録され、そして一冊を締めるものとして、織江が担当するアクションパートが描かれるのが通常のパターン。簡単に言ってしまえば、彦馬パートの方が織江パートよりも、全体に占める割合はだいぶ多いのであります。
 しかしドラマ版では、その割合がほぼ等しくなっているため、その分織江パートの割合が相対的に増えたこととなり、その分、全体のムードが重く、シリアスに感じられるのではないか…そう感じるのです。

 これはどちらが良いどちらが悪いというお話ではもちろんないのですが、原作はシリアスな設定ではあるものの、どこかユーモラスで優しい空気が感じられる作品だっただけに、少し見せ方を変えるだけで、こういう物語になるのか、と感心した次第です。


 …と、原作でユーモア分の大半を担当していたキャラがいよいよ次回登場。はたしてこのドラマ版ではどんな活躍を見せてくれるのか、これは楽しみであります。


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2013.04.21

「戦国年鑑2013年版」に戦国ものの輪郭を見る(&少し文章書きました)

 久々にお仕事の報告&紹介であります。4月13日に綜合図書から発売されたムック「戦国年鑑2013年版」に少しだけ文章を書いています。「戦国年鑑」の名前に相応しく、戦国時代、戦国ものに絞ってフィクション・ノンフィクションを問わず扱ったユニークなムックであります。

 普段は戦国ものに限らず手当たり次第に読んだり見たりしている私なのでなかなか実感は湧きにくいのですが、やはり世間を見回してみれば、一番人気のある時代は戦国時代ということになるでしょうか。
 文庫書き下ろしはほぼ江戸時代オンリーですが、それ以外の(?)時代小説・歴史小説は圧倒的に戦国ものが多いのが現状。さらに漫画に目を向ければ、やはり戦国ものが相当の割合を占めています(戦国もの専門誌もありますしね)。

 特にここ数年は、プロパーなファンにゲームから入った若い層が加わり、さらにそこにご当地ブーム的な動きが相まって、単純に戦国もの、戦国ファンといっても一括りにするのは難しい状況となっていますが、それだけに、戦国ものの輪郭を「年鑑」という形でまとめるのは意義のあることでしょう。

 そして、本書のメインであり、個人的に一番気になるのは、やはり小説と漫画のランキング企画。
 2012年一年間に発売された作品を対象に、書評家やタレント、書店員等数十人が最大5作品を挙げるアンケート形式の結果を、それぞれベスト20にまとめているのですが――この結果がやはり面白い。
 一年間限定とはいえ、戦国ものブックガイドとして非常に有益ですし、この人がこの作品を、的な読み方もなかなか楽しいのであります。

 かく言う私もこのアンケートに参加しているのですが、漫画の方はさておき、小説の方は空気を読んで思いっきり偏ったチョイスにしたところ、本当に思いっきり浮いてしまって冷汗三斗…(もちろん私なりに真面目なチョイスなのですが!)

 と、自分のアンケート結果はさてくとしまして、このアンケート結果のうち、漫画のベスト20の紹介記事で、重野なおき「信長の忍び」と下元智絵「かぶき姫」の紹介記事を担当させていただきました。
 このブログをご覧になっている方であればご存じかと思いますが、どちらも私の大好きな作品、もちろんアンケートでも投票させていただきましたが、それだけに気合いを入れて書かせていただきましたので、ご覧いただければ幸いです。


 さて、ランキング企画以外にも安部龍太郎・伊東潤・西村ミツルへのインタビューあり、ゲームや映像作品、ライトノベル、実用書の戦国もの紹介あり、2013年の戦国関連イベント・展覧会紹介ありとなのですが、個人的に一番感心させられたのは、小和田哲男による2012年一年間の戦国研究成果解説。
 聚楽第の遺構や信長館の金瓦の発見等、今後の戦国ものに影響を与えそうな発見もあり、個人的にフィクションの方ばかりにかまけていて、それの土台であり柱である史実の方がおろそかになっていた自分を反省しつつ、勉強させていただきました。


 個人的には「戦国もの」の範囲をどこまでとするべきか、色々と考えさせられる部分もあるのですが(特にライトノベルについて)、しかしその点も含めて――そして自分が少しだけとはいえ参加していることを差し引いても――なかなかに刺激的かつ楽しい一冊であることは間違いありません。
 気が早いですが、2014年版にも期待しているところであります。

「戦国年鑑2013年版」(かみゆ歴史編集部 綜合図書) Amazon
戦国年鑑 2013年版 (綜合ムック)

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2013.04.20

「楽昌珠」 二つの夢と現実に迷って

 不思議な動物たちに導かれて辿り着いた桃林で十年ぶりに再会した蘇二郎・盧七娘・葛小妹の三人の少年少女。再会を祝すうちに慣れない酒に酔って眠りに落ちた二郎は、夢の中で三十代の官吏となり、宮中の権力争いに巻き込まれていた。やがて夢の中には七娘・小妹も現れるのだが、その姿は…

 森福都の中国歴史ものの中でも、おそらくは一番の異色作ではないでしょうか。
 舞台となるのは、作者が最も得意とする時代の一つである唐代、則天武后から玄宗までに至る二十年ほどの間なのですが…
 しかしその激動の時代は、本作の三人の主人公――蘇二郎・盧七娘・葛小妹にとっては夢の中の物語。全ては、彼らが夢の中で経験した(未来の?)出来事という設定なのであります。

 科挙を目指しながらも自分の限界を知ってしまった18歳の二郎、武術で名を上げることを夢見ながらも大けがを負った16歳の七娘、後宮に上がれるほどの美貌ながらも育ての親に売り飛ばされかけた17歳の小妹――
 かつて幼なじみとして過ごしながらもそれぞれの道を違え、そしてそれぞれの夢に挫折しかかった三人が、不思議な動物たちに導かれた先で再会する場面から、物語は幕を上げます。

 そして、そこに用意されていた飲み物食べ物に手をつけるうち、慣れぬ酒に酔って眠りに落ちた三人がそれぞれ夢の中で経験する出来事が、本作に収録された三つの中編の中で描かれることとなります。
 第1話の「楽昌珠」で描かれるのは、30代も半ばとなった二郎の物語。一念発起して科挙に合格しながらも、なかなか芽が出ずに苦労してきた二郎は、やがて則天武后の愛人であり、専横を極める張易之・昌宗を除かんとする宮中の動きに巻き込まれるのですが…その中で再会した現実――あの桃林での姿とは全く別の姿と年齢となった七娘、そして小妹と再会することになるのであります。

 そして第2話の「復字布」では、ふとしたことから則天武后の娘・太平公主の知遇を得た七娘が、行方不明となった隣人の息子を捜すため、娘子軍(宮中の女官たちで構成された部隊)の師範として宮中に潜り込み、そこで公主と後の玄宗の勢力争いのまっただ中に放り出されることに。
 最終話の「雲門簾」では、美しく成長し、一度は玄宗の閨に侍りながらも、その後長きに渡って孤閨を守ることとなった小妹が、玄宗の寵を競う後宮の争いに巻き込まれ、その中で自分たちを襲う呪いと対峙することとなります。

 いずれの物語も奇想天外な舞台設定ながらも、強く効いた作者得意の歴史ミステリの味つけが、魅力の一つとなっていることは間違いありません。
 しかしそれ以上に印象に残るのは、理不尽な状況に投げ出され、それでもその中で、権・武・寵、自分たちのかつての夢に手が届くところまでに辿り着きつつも、しかし過酷な運命に翻弄されてそれから引き離される、三人の主人公の姿そのものでありましょう。

 特に唸らされるのは、三人が夢見るのが、それぞれそのまま成長した姿ではなく、二郎のみが「現実」の延長のように年を経たものの、後の二人は、「現実」の記憶もなく、全く別の人間として、時差を持ってこの「夢」の中に現れる点であります。
 その時差が、どれほど恐ろしくも哀しい影響を彼らの運命に与えるか――特に最終話で描かれる二郎の姿には、およそ男であればその醜態を決して笑うことなどできますまい。

 自分が蝶になった夢を見たのか、蝶が自分になった夢を見たるのか――「胡蝶の夢」と呼ばれる荘子の説話があります。
 わずかな午睡の間に人の栄枯盛衰を経験した青年が、人の生の儚さを知る「邯鄲の夢」という故事があります。
 本作は「夢」にまつわるこの二つの有名な物語をおそらくは踏まえつつも、その二つを複雑に絡み合わせたかのような奇怪な世界を生み出すことにより、さらに陰影に富んだ物語を生み出していると申せましょう。


 あたかも合わせ鏡に迷い込んだかのような結末には、そこに移った無数の「現実」の姿のように、読む人それぞれの感想があるでしょう。
 私はその中で、「現実と夢と、そのいずれが真か」という問に意味があるのか? 果たしてそれを分かつ必要があるのか? という問いかけと――そしてそこから生まれる、ある種逆説的な「現実」肯定の、そして「夢」の肯定の姿を感じ取りましたが…さて。


「楽昌珠」(森福都 講談社文庫) Amazon
楽昌珠 (講談社文庫)

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2013.04.19

「悲華水滸伝」第2巻 爽やかさの梁山泊で

 杉本苑子による正道にして異色の水滸伝「悲華水滸伝」、全5巻の2巻目であります。第1巻では清風塞での宋江受難までが描かれますが、本書では一気に物語は進み、呼延灼戦の始まりまでが収録されております。

 第1巻の紹介でも触れました通り、スピーディーな展開は本作の特徴の一つ。この第2巻に収録されているのは、原典でいえば第35回から第55回まで――清風山での戦いに続いて宋江が江州に流されたことで大波乱が起こり、そして祝家荘戦、高廉戦を経て、名将・呼延灼出陣と、原典でも新たな好漢が次々と登場し、大いに盛り上がるあたりであります。
 この中盤の佳境を、本作は非常にテンポ良く消化していきますが、それでも物足りなさがないのは、やはり作者の筆の巧みさというものでしょう。
 もちろん、基本的な粗筋は原典を尊重しつつも、必ずしも原典の全てを描いているわけではありません。たとえば楊雄と石秀のエピソード、楊雄の妻殺しは、第三者である戴宗たちが見聞きしたものとして語られるのみでありますし、ある意味原典最大の悲劇である朱仝の梁山泊入りなどは、原典の展開を丸々カットして、なにごともなく梁山泊入りしてしうまうのには驚かされます。

 その分、本書で力を入れられているのは、剽悍ながらも頼もしい江州の好漢たちの姿であり、そして何よりも、本書で最も分量を割いて語られる祝家荘戦に加わった敵味方の人間群像であります。
 特に祝家荘戦は、水滸伝随一のヒロインたる扈三娘が登場するわけで、彼女の存在を――そして彼女の結婚をどのように描くかというのは、やはり一番気になる点だったのですが、これがある意味納得、ある意味意外な展開。いささか爽やかすぎるという印象は否めないものの、これはこれで本作らしい…というより、この爽やかさこそが本作の特徴の一つであると、今さらながらに気付かされました。

 実に、本作で描かれる梁山泊の、そこに集う好漢たちの姿からは、汗臭さというものはほとんど感じられません。
 それは単純に描写的な理由もありますが、それ以上に、彼らの言動から垣間見える精神性に、どろどろとしたものが、そして煮えたぎるものが、見えにくい部分に因るものであります。
 もちろん、だからといって感情の起伏に乏しいわけでは決してなく、むしろ起伏は人一倍あるような連中なのですが、しかしそれがどこまでも明るく、カラッとしている。湿度は少なく、しかし乾きすぎてもいない。過剰に暑苦しくもなく、軽すぎもしない――本作の梁山泊は、そのような世界と感じます。
( 第1巻の紹介において、本作の基調となるのは悲劇であると述べたのをひっくり返すようでお恥ずかしい限りですが…)

 そして、そんな本作の梁山泊像からは、ある種理想化された体育会系の部活動的なものを感じます。
 全く志を一にするわけでもなく、それぞれに全く異なる想いを抱きつつも、一つの場に集まり、日常を共にしながら、一つの目的に向かって邁進する…「女の子にも人気のジャンプのスポーツ漫画」的な理想像が、本作にはあるように感じるのであります。

 さすがに極端な喩えではあると自分でも思いますが、こう考えてみると、男性の目から見るとちょっとじゃれ合いすぎの印象のある本作の好漢たちのコミュニケーション、スキンシップの在り方もそれなりに納得できるものがあります。


 だからといって、この第2巻における伝説のあのシーン、穆春たちに簀巻きにされて半死半生の薛永が流した涙を、宋江がそっと唇で拭うシーンは、どう考えてもやりすぎなのですが…

「悲華水滸伝」第2巻(杉本苑子 中公文庫) Amazon
悲華水滸伝〈2〉 (中公文庫)


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2013.04.18

「サムライ・ラガッツィ 戦国少年西方見聞録」第8巻 主従と親友と二人の少年

 天正遣欧使節5人目の少年・播磨晴信と、かつて信長の首を狙った最強の忍び・桃十郎の冒険行「サムライ・ラガッツィ 戦国少年西方見聞録」もこの第8巻でアユタヤ編終了。そして新たなる土地へと思いきや…?

 暴戻の王マンサムキアットに支配されたホンサワディーと、微笑みの国を求めるナレスワン王子のアユタヤの戦争が始まる寸前に割って入った晴信主従。彼らの一世一代の仕掛けにより、一転戦争は三対三の代表戦と変わり、晴信が敵の「喜悦」を、桃十郎が「憤怒」を倒して残るは頂上決戦のみ――

 そんな状況から始まったこの第8巻ですが、冒頭のエピソードで、この頂上決戦の決着が描かれることとなります。
 そしてそれを通して同時に描かれるのは、ナレスワンとマンサムキアット、そしてアユタヤの戦士・獅子のルンディンの過去の物語であります。

 今はナレスワンの腹心、そして何よりも親友(ダチ)でありつつも、かつてはマンサムキアットに対してもその言葉を使っていた時期があったルンディン。彼ら三人の過去に何があったのか――そしてそれが彼らの現在にどのような影響を与えたのか。過去と現在が交錯する中での決着は、アユタヤ編の締めくくりに相応しいものであったかと思います。

 そして今更ながらに気づかされるのは、このアユタヤ編のキーワードが「親友」であったことであります。それは、明大陸編の「主従」と対になる概念かと思いますが、そのそれぞれを代表するコンビを晴信と桃十郎に対比させる構造は、実にユニークであります。

 しかし、晴信と桃十郎は、単なる「主従」にも「親友」に収まる関係ではない――もちろん、そのそれぞれの要素はあるにせよ――ことは、本作の読者であればよくご存じの通り。
 それでは晴信は、いやそれ以上に桃十郎は何者なのか、という疑問も浮かぶかもしれませんが、それに対する答えとなるかもしれないものもまた、この巻では示されています。

 ナレスワンこそが真の強者と見て、祝勝の宴の陰で戦いを望む桃十郎。そんな彼を表するにナレスワンが使った言葉は「少年」――すなわち、「ラガッツィ」であります。

 本作のタイトルである「サムライ・ラガッツィ」とは、「クワトロ・ラガッツィ」、つまり天正遣欧使節の四人の少年をもじったものでありましょう。当然それは、五人目の少年たる晴信を指すものと、これまでは思ってきたのですが――
 しかし、桃十郎もまた「少年」であるとすれば、彼もまた「サムライ・ラガッツィ」であり、それはすなわち彼が晴信と実は等しい存在であるということになるのではないか…

 いささか飛躍した考えであるのは承知の上ですが、この巻のもう一つのクライマックスである日本からの刺客、最強の女忍び・ホトトギスとの死闘の最中で桃十郎が見せた表情を見ると、それなりに頷けるのではないか…というのは、もちろん私の思い込みではありますが。


 それはさておき、アユタヤ出発後は、転章という印象も強いこの第8巻。何よりも、大半のエピソードで晴信がダウンしているというとんでもない構成であったことも大きく、それはそれでいささか不満ではあるのですが――しかし、いよいよ一行は旅の第一の目的地(まだ第一だった!)ゴアに到着。

 そこで如何なる冒険が、いかなるコンビが晴信と桃十郎を待ち受けているのか…これは楽しみ、と思いきや、単行本のラストページでは、なんとタイトル変更の告知が!?

 上でタイトルに絡めて考察したばかりなので何だか複雑ではありますが、この辺りは色々と戦略があるということなのでしょう。
 内容自体はこの巻からの続きとのこと、新たな土地で仕切り直しというのも悪くないかもしれません。
 改めて、新たな展開を楽しみにしたいと思います。

「サムライ・ラガッツィ 戦国少年西方見聞録」第8巻(金田達也 講談社ライバルKC) Amazon
サムライ・ラガッツィ 戦国少年西方見聞録(8) (ライバルKC)


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2013.04.17

「水滸伝」 第03話「九紋竜 東京を脱出する」/第04話「魯堤轄 翠蓮を助ける」

 これまでプロローグ的な展開だった「水滸伝」も、この第3・4話に入り、いよいよ本編に入った印象。今回は林冲・史進・魯智深と序盤の人気者が登場しますが…しかし、いかにも本作らしい捻りもあります。

 冤罪をかけられたままの宋江の前に公孫勝が自首してきて…という、前回の展開をふまえての冒頭はさておき、第3話に登場するのは豹子頭林冲。八十万禁軍の武術師範であり、妻には優しい顔を見せる林冲ですが…その部下として登場するのはなんと史進。
 原典ではこの時点で直接の面識はない二人ですが、ここでは史進の師であり、かつては林冲の同僚だった王進が、修行を終えた史進を林冲に預けたという設定で、これはこれで納得の展開です。

 高キュウに理不尽な扱いを受けて逃亡した王進が、旅先で史進と出会い…というのは原典同様ですが、この辺りは全て回想シーンで説明。どうやら本作は、原典が連結的に進んでいくのに対し、平行してエピソードを語っていくようにも感じられます。

 さて、林冲は生辰綱輸送のために北京の将軍に抜擢されるのですが、史進は王進が亡くなったと知り、ベロンベロンに泥酔。軍を抜け、師の墓を求めて東京を飛び出すことになります。一方の林冲も、高キュウをはじめとする俗物連中の言いなりとなる人生に嫌気がさしたところに、妻が危うく高衙内の毒牙にかけられそうになった(が、ブチのめすことができない)ために、憤懣やるかたなし…と、崩壊の予感を感じさせたところで第3話は終わります。

 さて、このドラマ版は、かなり格好良い役者さんが使われているのですが、この林冲はさすがに(原典はさておき)悲劇のヒーローだけあって、渋格好良い上に、きっちりと動ける役者さんを当てているのは素晴らしい…が、参内した林冲が童貫らにネチネチいびられる際に、「西施や楊貴妃のよう」って言われるのは一体いかなることか!? パワハラじゃなくてセクハラじゃないですか…

 そして役者といえば、個人的に懐かしいのが林冲妻役のアニタ・ユンと、高キュウ役のレイ・チーホン。かつてはボーイッシュな魅力を振りまいたアニタ・ユンは年相応のしっとりとした女性となり、チーホンは…あまり変わりませんね。「男たちの挽歌」の時の憎々しさを思い出して久々に「チーホンこの野郎!」という気分になりました。

 さて、第4話では、王進(の墓)を探しに来た史進が魯智深(と李忠)に出会うという展開で、こちらはほぼ原典通りです。
 しかし本作の魯智深は、酒好きで豪快な暴れ者という性格はそのままながら、人付き合いが苦手で(というよりたぶん敬遠されてて)花や動物だけが友達というユニークな設定(あ、「花和尚」ってそういう…)。
 史進と出会うのも、どこかで拾った小魚を手の中に収め、早く入れ物を出せと茶屋の親父を小突き回すという、ちょっと変わったシチュエーションです。

 そこで魯智深(正確にはこの時点では魯達)を破落戸と見て成敗しようとした史進と問答無用で激突になるわけですが…取っ組み合ううちに何故かお互いの着物がはだけてしまうというお色気格闘漫画みたいな展開に。そしてお互いの裸体(に彫られた刺青)に見とれてたちまち和解という…間違ってはいないが間違って聞こえる展開であります。

 魯達の力で王進と母の墓はすぐに見つかり、憂さ晴らしに一杯やろうぜと酒家に向かう二人が、史進の元師匠である李忠と出会って…という展開も原典通りですが、この李忠は何故か辮髪で、これまた何故かいつも木の踏み台を持ち歩いているというキャラクター。踏み台の方は、庶民は武器を持ち歩いてはいけないから、という理由だそうですが…

 さて、この三人が酒を酌み交わしているところで出会ったのが、今回のヒロイン・金翠蓮。原作でも可哀想な女性でしたが、ここで語られる彼女の身の上は、それをさらに何倍にも増幅したような鬱展開。曰く――
悪人・鎮関西の地上げで家に火を付けられる→それが元で母が死亡、父も病人に→身に覚えのない借金を背負わされ、鎮関西から妾になれと言われる→断ったら宿から追い出されるので泣く泣く妾契約をしたら代金は豚一頭分→虐待された挙げ句鎮関西の妻から顔を潰せと強制→鎮関西の家から飛び出せば一銭ももらってないのに百倍に膨れた妾の代金を返せと言われる→仕方なく小唄を唄っておひねりで暮らす→髪は既に切って売りました
書いていて気が滅入ります。

 もちろん激怒した魯達は鎮関西のところに殴り込むと言い出しますが、史進はそれをなだめて、まずは魯達の上役に訴え出ることに。しかし高官と結んだ鎮関西には役所も手が出せず、魯達エキサイト…で次回に続きます。
 面白いんですが、このエピソードで引っ張ることになるとは…


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2013.04.16

「鳴動の徴 お髷番承り候」 最強の敵にして師

 ついに家綱との絆を取り戻し、真の寵臣としての道を歩み始めた賢治郎。しかし次の将軍位を巡る甲府と館林との暗闘はなおも続く。さらに、最後の機会と将軍位を狙う頼宣を擁する紀州では、父の野望を危険視した嫡男・光貞が、父を取り除こうとしていた。父子の争いの渦中に巻き込まれた賢治郎は…

 「上田秀人公式ガイドブック」と同時発売となった「お髷番承り候」シリーズ最新巻であります。

 徳川四代将軍家綱の月代を剃り、髷を整えるお髷番――刃物を手にして将軍の背後に立つことを許された者、言い換えれば将軍から絶対の信頼を寄せられた者である深室賢治郎の苦闘を描くこのシリーズも、気がつけば早くも6巻目。
 相手を想う心が強すぎるばかりに、逆に家綱の不興を買ってしまった賢治郎も、家綱の信頼を取り戻し、主従の絆はさらに強固となったのですが――
 しかし、賢治郎と家綱の間の問題が解決したとしても、それは将軍位を巡る暗闘とはもちろん別の話。館林の綱吉、甲府の綱重、そして紀伊の頼宣…骨肉の争いはここでも繰り返されることとなります。

 本シリーズの場合、将軍位を狙うプレイヤーが多く(というより全勢力がそれ)、そしてそれぞれに従う者たちが居るために、それらを一通り描いているだけで一冊分の物語が終わりかねない――というのが実のところ弱点に感じられるのですが、残念ながらその傾向は本作でも同様。
 家綱の後継者(作り)を巡り、大奥を中心に各勢力の思惑が絡み合い、潰し合いを演じるというメインの筋は面白いのですが、そこに若干の食い足りなさは残ります。

 しかしその一方で展開する、頼宣サイドのドラマがなかなかに面白い。
 戦国最後の生き残りとして、自分の力を信じ、いまだに将軍位を狙う頼宣は、他のプレイヤーとは明らかに違う存在として描かれておりますが、今回は彼の存在を危ぶむ息子・光貞との衝突が一気に表面化。
 これまでも頼宣を除いて自分が紀伊のトップに立つ野心を見せていた光貞が、ついに配下を使って父の暗殺を狙うという非常手段に走ることになるのですが――

 半ば成り行きとはいえ、実に豪快な手段で頼宣の窮地を救う賢治郎の為しようも痛快ですが、それに応えた頼宣の恩返しの様も実に粋でまた痛快。
 しかしそれでいてお互いがなれ合うのではなく、賢治郎も頼宣も、将軍位を巡る争いの敵同士として、一定の緊張下でのやりとりなのも、またいいのであります。
(さらに賢治郎の場合、自分も巻き込まれて命を狙われたことを逆手にとって紀伊の切り崩しを図るしたたかさの中で、彼の成長を見せるのもまたうまい)

 実に本作の中でも、頼宣は独特の位置を占めるキャラクターであります。
 将軍位を巡る敵であると同時に、最後の戦国生き残り――特に光貞への痛烈なしっぺ返しの狂気すら感じさせる豪快さは、いくさ人ならではのものでしょう――の男である頼宣。そんな彼は、家綱に仕える松平伊豆守、阿部豊後守とはまた異なった形で、賢治郎の先輩、師としての姿を見せることになります。

 もちろん、そうであったとしてもあくまでも頼宣は敵――それも最強の敵であることは間違いありません。
 その頼宣が退場する時こそが、本シリーズの一つの締めくくりではないか…そう感じるのも、あながち間違いではありますまい。

「鳴動の徴 お髷番承り候」(上田秀人 徳間文庫) Amazon
お髷番承り候 六  鳴動の徴 (徳間書店)


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2013.04.15

「妻は、くノ一」 第2回「あやかし」

 なかなか快調な滑り出しのドラマ版「妻は、くノ一」、第2話は原作第2巻「星影の女」のエピソードを中心とした内容――松浦静山の屋敷で起きた怪事の謎に寺子屋の子供たちと挑む彦馬と、御庭番内の人間関係のアレコレに悩む織江の姿が描かれることとなります。

 織江を探しに江戸に出てきたものの、何もしないでいては食ってはいけぬと、寺子屋の師範となった彦馬ですが、通ってくるのは問題児ばかり。そんなある晩、静山の屋敷に招かれた彦馬は、そこで、夜な夜な屋敷を騒がす怪現象――どこからともなく聞こえてくる祭囃子と、宙を舞う火の玉を目撃することになります。
 が、翌日その現場に行ってみれば、その場に落ちているのは何やら白い玉。彦馬はなんとそれを材料に、寺子屋の教え子たちと、怪現象の謎解き――というより再現実験を始めるのでありました。

 一方、先に平戸藩上屋敷に潜入していたお弓の要請により、応援として潜入を命じられた織江ですが、しかし勝手に彼女をを恋のライバル視しているお弓は、織江に襲いかかる始末(そもそもこのお弓、自分が恋する相手の名前を自分の腕に彫り込んでいる時点でどうなんだという…)。
 それでも、潜入の日が迫る中、母と一緒に食事を取っていた織江は、母ともども、食事に入れられた毒に倒れてしまうのですが…

 比較的原作に忠実だった第1話に比べると、かなりアレンジを加えてきた印象のある今回。
 それでも大きく変わったように感じられないのは、原作でも特に印象に残った、毒に倒れる織江たちをはじめとした原作のエピソードを取り入れているから、というのはもちろんですが、そのアレンジが、彦馬と織江のキャラクターを立てる形で行われているからにほかなりますまい。

 特に、静山の屋敷で起きた怪事件を題材に、子供たちに「自分の頭で考えること」を教えるという彦馬独特の教育法は、彼の合理的視点と、そしてそれ以上に他者の人間性を尊重する優しい心を浮き彫りにしていると言えます。
 この、ある意味時代劇ヒーローらしからぬ性格こそが、彦馬というキャラクターの特徴であり――そして何よりもそれが、任務のため、いや己の身を守るためであれば、己の母親であっても犠牲にする過酷な忍びの世界に生きる織江を惹きつけたものでありましょう。

 しかし今回は、その彦馬の美点(?)が、彼の命を危うくすることとなります。子供たちとともに彼が暴いた「あやかし」の正体が、その背後に潜む者たちを刺激し、彦馬は刺客たちの襲撃を受けるのですが…
 そこに密かに彦馬を見守っていた織江が、このピンチに駆けつけて刺客を蹴散らすというのが今回のクライマックス。ほとんど素手で刀を持った相手を倒すという彼女のムーブがまた格好良いのですが、それ以上に、こういう形で織江の彦馬に対する想いを示すというのが面白い。

 彦馬は気絶していて自分が誰に助けられたか気づかないというのはお約束ですが、上で述べたように非情な世界に生きるはずの織江が、顔を隠しているとはいえ自分の命を賭けて彦馬を助けるという形で、彼への想いを表すというのは、なかなか悪くない演出ではないかと思います。

 前回の感想で触れた原作との相違点の一つ――誘拐犯を織江が退治しなかった点の、その理由が今回のクライマックスでわかったような気がいたします。
(もちろん、いささかストレート過ぎるきらいはありますが…)

 何となくこの第2話で全体の方向性がわかってきたようなドラマ版。この先、どこまで見せてくれるのか、期待しても良さそうです。


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 「妻は、くノ一」(漫画版) 陰と陽、夫婦ふたりの物語

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2013.04.14

作品集成更新

 このブログ・サイトで扱った作品のデータを収録した作品集成を更新しました。昨年12月から本年3月までのデータを追加・修正しています(単行本から文庫化されたもの、文庫が再刊されたもの等も修正を加えています)。
 今回も更新にあたっては、EKAKIN'S SCRIBBLE PAGE様の私本管理Plusを使用しております。
 まだまだデータ不足ではありますが、これからも少しずつ補っていきたいと思います。

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2013.04.13

「水滸伝」 第02話「石碣村に七星が集う」

 さて、昨日に続きTVドラマ「水滸伝」の紹介。第2話では、生辰綱十万貫強奪を狙う七人の豪傑が集結することになります。

 東渓村の名主である晁蓋と対面した宋江。単なる名主ではなく、力も度胸もある豪傑たる晁蓋に危うさを感じたのか、もし十万貫強奪の話が来ても決して乗らないように、と忠告する宋江ですが――しかしこの晁蓋、それに全く従う気ないのがおかしい。
 小芝居を打って助け出した劉唐から強奪の話を持ちかけられ、あっという間に乗り気になってしまうのですから…

 そうとも知らず、公孫勝が阮三兄弟に会おうとしていたと聞かされた宋江は先を急ぎ、残った雷横は色々と根に持った劉唐に襲撃されるのですが…なかなか派手な格闘シーンの中に、わたわたと走り込んできたのは、智多星呉用先生! 原典では格好良く二人の間に鎖分銅を投げ込んだというのに、こちらではただ飛び込んでくるだけ!(しかも手に持っているのが羽扇ではなく単なる団扇なのも貧乏書生っぽくておかしい)

 結局、晁蓋が現れたおかげでその場は収まり、雷横は引き上げるのですが、そこに顔を出したのは公孫勝。
 既に阮三兄弟と顔を合わせてきた――というより会おうとしたら突然襲われたという公孫勝。まあ、この辺りは江湖の挨拶、相手の腕を確かめたら、やあやあと和気藹々になるものですが…それはさておき、晁蓋・呉用・公孫勝・劉唐の四人では少ないとみた呉先生は、三兄弟に声をかけることにします。

 しかし公孫勝が顔を出したおかげで、三兄弟の住む石碣村は朱仝ら捕吏の見張るところとなり、色々と鬱陶しい…のですが、その辺りはあっさりと撒いて集まった三兄弟は、呉先生のうさんくさい…いや巧みな話術に引き込まれ、晁蓋が生辰綱を強奪するのであれば命を差し出してもよいと噴き上げます。
(ここで三兄弟の反応をうかがう呉先生が、うっかりと生辰綱の話を口に出してしまったフリをして「ぺぺぺぺぺ」と言いながらごまかそうとするのが面白すぎます。こういう言い回しがあるのかしら)

 そして集まり、酒を酌み交わす七人の好漢。一人でベロンベロンになった公孫勝が、上機嫌で北斗七星が落ちてくる夢を見たなどと言っているのにヒントを受けた呉先生は、北斗七星の伴星(日本的にはいわゆる死兆星)として、近所に住む好漢・白日鼠白勝も引っ張り込もうと言い出しますがそれはさておき。
 いい具合にテンションが上がった七人は、義兄弟になろうと祭壇を組み、自分たちの血の入った酒を手に名乗りを挙げるのですが、ここで流れるのがOP曲「兄弟无数」で否応なしにテンションがあがります。
 前回触れそびれましたが、本作OPは、水滸伝ファンであれば否応なしにテンションが上がる映像。そのバックに流れるこの主題歌もまた、実に盛り上がる名曲であります。
(もっとも、自分で「托塔天王晁蓋!」「智多星呉用!」などと渾名込みで名乗るのは何となくひっかかりますが…特に自分で「智多星」て)

 ちなみに、このまま一気に生辰綱強奪に突入してしまうかと思いきや、生辰綱が輸送されるのは(物語中の時間で)来年とのこと。つまりまだまだ時間があるわけで、おそらくその間に、飛ばされた林冲たちのエピソードが描かれるのでしょう。

 あ、公孫勝を追いかけようとした宋江は、途中の城門で足止めを食った上、裏道から抜けようとうさんくさい男(たぶん白勝)について行ったら薬をかがされて昏倒という、今回もまた実に情けない役回りでありました…

 さて、冷静に考えると、第1,2話だけで10人以上の好漢が登場したわけで、初めて水滸伝に触れる方はついて行くのがやっとだったのでは…とは思いますが、しかし(少なくともビジュアル的には)それぞれそれなりに個性的に描かれていたのは感心いたします。

 しかし何よりも原典ファン的に感心したのは、彼らが暮らす村や町の情景がドラマ中できっちりと描かれていた点であります。
 好漢たち自身の姿は、本の挿絵などで目にしてきましたが、彼らを取り巻く「世界」の描写は、実のところ初体験に近いもので、この辺りを描いてくれるのは、本場のドラマならでは…と感じた次第です。
(もちろん、どの程度考証が正しいか、という点はあるのですが)


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2013.04.12

「雨柳堂夢咄」其ノ十四 流れる人と変わらぬ物の接点で

 既に枕詞のようになってしまい恐縮ですが、実に二年数ヶ月ぶりの「雨柳堂夢咄」、其ノ十四が発売されました。大きな柳の木が目印の骨董屋・雨柳堂の主人の孫である蓮君を狂言回しにした骨董奇譚は、しかし久しぶりであっても全く変わることないクオリティの名品揃いであります。

 出版社がなくなったかと思えば今度は掲載誌が終了と、この数年、漫画の外の世界で激動を味わってきた本作でありますが、しかし作品の中は静謐そのもの。
 雨柳堂に持ち込まれる不思議な品物、あるいは不思議な品物と出会って雨柳堂を訪れた人々――それを迎える蓮君も、時に飄々と、時に嬉しげに、時に哀しげに…それぞれの物語を見つめております。

 さて、本書に収録されたのは、「清姫」「天神さま」「名残りの紅の」「一朝の夢」「野分」「箱」「夜咄」「立春来福」の全8話。
 骨董品に込められた男女の業を描く作品あり、不思議な骨董品が活躍するユーモラスな作品あり、幻想的な美しさを湛えた心温まる作品あり――バラエティと魅力に富んだ物語の数々は、今回ももちろん健在であります。

 今回は特にいずれも甲乙捨てがたい作品揃いに感じられますが、その中でも私にとって特に印象に残った作品を三つ挙げるとすれば、「野分」「箱」「夜咄」でしょうか。

 ある少女と男の長年にわたる不思議な交流を通じて、人の運命の変転とそれに負けない人の強い意志の存在を描く「野分」。
 何とか怪異に会いたいと願う青年が出会った一夜の出来事を描いた洒脱な奇譚「箱」。
 翁の夜の茶会に招かれた蓮が、茶会に招かれた三人の客それぞれを前にして骨董品にまつわる奇譚を語る「夜咄」。
 いずれもこの「雨柳堂」という場ならではの、それぞれに美しさを持った佳品です。

 そしてその中でも、「雨柳堂夢咄」という作品を考える上で重要なのは、「野分」ではないでしょうか。
 この作品の中で描かれるのは、江戸から幕末、明治という、決して短くない時の流れであり、そして社会が激変したその時代の中に翻弄された人々の姿であり――そして彼らを見つめ、そしてその激動の象徴となるのが、骨董品の存在であります。
 人は流れる。しかし物は変わらず在り続ける…その接点が雨柳堂という場なのであり、そしてそんな当たり前で残酷な真実の姿を美しく描き出すのが本作であると、今さらながらに再確認した次第です。


 さて、本書で「雨柳堂夢咄」も九十三話。百話も目前です。
 この最新巻発売の数日後には、掲載誌の後継誌も発刊され、そこでの連載も決まっている本作ですが、どうか百話目は、そして其ノ十五は、少しでも早い時期に出会いたいというのが、今の偽らざる気持ちであります。

「雨柳堂夢咄」其ノ十四(波津彬子 朝日新聞出版Nemuki+コミックス) Amazon
雨柳堂夢咄(14) (Nemuki+コミックス)


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2013.04.11

「いなりで御免!」 お稲荷さんヒロインの長い物語

 美男で美声の持ち主だが、剣の腕はからっきしの浪人・大村陽次郎。ある日、町角の汚れたお稲荷様を何の気なしに掃除した彼の前に、おりなと名乗る美女が現れる。実はお稲荷様の化身だというおりなに一方的につきまとわれる陽次郎だが、江戸を騒がす「髪切り魔」騒動に巻き込まれて…

 以前から何度か折にふれて述べておりますが、いくつもの新鮮でユニークな時代小説を収めているレーベルが、ポプラ文庫ピュアフルであります。本作は、その版元であるポプラ社小説新人賞で最終選考に残った、これまたユニークな時代小説です。

 主人公は、町行く女性たちが振り返るほどの美形にして唄の師匠で生計を立てる浪人の陽次郎、そしてヒロインは、彼を一心に慕う…けれども焼き餅が玉に瑕、彼を振り向かせるためであればおかしな術をかけることも厭わないお稲荷さんの美少女・おりな――そんなおかしなカップル(?)が、江戸を騒がす事件に挑むライトな活劇であります。

 いまや毎月のように刊行されている妖怪時代小説ですが、意外なことに、ヒロインが人外――というのは珍しくなくとも、主人公にベタぼれというパターンは少々珍しい。
 どちらかというとこの辺りはライトノベルがお得意のスタイルでありますが、その辺りを違和感なく物語に取り入れ、二人を取り巻くキャラクターとの賑やかなやりとりで物語を進めていくのが、本作の魅力でありましょう。

 主人公二人のキャラクターもなかなか楽しいところで、色男金と力はなかりけり、を地でいくような陽次郎は、剣術はからっきし、ことあるごとに悪友の剣術ばかに道場で叩きのめされているという人物(また、この自分勝手で直情径行で剣術バカの悪友のキャラも楽しい)。
 しかし決して単なる軟弱者や軽薄な男ではなく、正義感と向こうっ気の強さは人一倍、そしてちょっとお人好しなところが好もしい。何しろ、おりなに惚れられるきっかけも、うっちゃられていたお稲荷さんのお社を気の毒に思い、わざわざ新しいのに替えてやったことなのだから、推してはかるべしでしょう。

 そしておりなの方も、人外らしい明け透けな形で陽次郎に迫りまくるものの、しかしそれがむしろ無邪気な形で現れるものだから、嫌味なく、微笑ましいものとして感じられます。
 料理の腕も上場、もちろん(?)美人とくれば、放っておく陽次郎もどうかと思いますが、そこは既に彼には意中の――そしてなかなか手の届かぬ――人がいて、というお約束のシチュエーションに腹を立て、ことあるごとに珍妙な術で妨害をするというのも、また端で見ている分には楽しいのであります。


 そんな二人が活躍する物語であるからして、当然内容の方も折り紙付き――と言いたいところではあるのですが、しかし、残念ながらそこでYES、と言えないところが残念なところです。

 本作の印象を正直に申し上げれば、「長い」の一言に尽きます。もともと少し厚めの文庫で、活字も普通より小さめということで、分量そのものが多いのは事実ではあります。
 しかし本作を長いと感じさせるのは、物理的な理由だけではありません。それ以上に、登場キャラクターや場面転換が多すぎて、逆に物語の本筋があまり進まないように見えるため、心理的に長く感じられるのであります。

 物語的にも、それなりに入り組んだ内容ではあるのですが、そこまでの分量が必要の内容には思えず…この内容と描写の分量のかみ合わなさが、残念ながら本作の読みにくさに繋がっていると感じられます。
 描写が足りなさすぎて食い足りない小説は最近しばしば目にしますが、描写が多すぎるのもまた…というのを、今更ながら感じた次第であります。
(実のところ、この辺りは新人賞の選評で指摘されている点なのですが…)

 先に述べた通り、主人公カップルのキャラクターは実に楽しいだけに、何とももったいない印象が残る本作。
 おそらくはこの先シリーズ化されるのではないかと感じますが、是非ともこの辺りは解決していただきたいと願う次第であります。

「いなりで御免!」(甲田朴子 ポプラ文庫ピュアフル) Amazon
(P[い]5-1)いなりで御免! (ポプラ文庫ピュアフル)

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2013.04.10

「琥珀枕」理外の存在と人間の欲望と

 東海郡藍陵県の県令の子息・趙昭之は、年経りたすっぽんの化身である徐庚先生の下で勉学に勤しんでいた。昭之に世間を学ばせるために、丘の上の遠見亭から、市井の人々の姿を見せる徐庚先生。そこで昭之が見た人間の奇々怪々な姿とは…

 中国ミステリの名手である森福都による、短編連作形式のユニークな作品であります。
 何がユニークかと言えば、そのスタイル。年経りて神通力を得たすっぽんの化身である
徐庚先生が、県令の息子である12歳の少年の家庭教師として世間を見せるという形で、そこで起きる可笑しくも哀しく、そして恐ろしい事件の数々が語られていくのですから…
 そしてまたその事件に登場する人々も、その前の事件に顔を出した人物が、次の事件では中心になったりいう趣向も何とも楽しいところであります。

 そして収録された七編の物語の内容はといえば――
「太清丹」…二百日間飲み続ければ不死の体になる太清丹。それを手に入れた鄭万進は百日まで飲んだところで何者かに薬を盗まれてしまうが。
「飢渇」…後宮の権力争いに巻き込まれて逃げてきた白史雲。返り討ちにした刺客の死体の処理に困った彼の前に、異常な大食漢の乞食が現れて。
「唾壺」…継母から虐待されてきた莫士良の前に現れた女。自分を幽霊だと言う彼女は、莫家の壁に埋められた唾壺を探すよう持ちかける。
「妬忌津」…美女を水中に引きずり込む白い腕の妖怪が出没する妬忌津。美女の人面疽に憑かれた呉仲彦は、この妖怪の正体を暴こうとするが。
「琥珀枕」…妻の不貞を恐れる旅商人から伝言を預かった周南。しかし商人の家では、妻の不貞相手が何者かに殺害されていて…
「双犀犬」…少女時代に家を奪われ、二頭の犬を供に家を出た昭之の母・妙英。不思議な予言を受けた妙英は、殺人事件の犯人の嫌疑を受けるが。
「明鏡井」…会いたいと願う相手の顔が映る明鏡井。その井戸に男の死体が浮かんだ。昭之は富家の少年・楊子及からその謎を解けと挑発される。

 各話のあらすじを――そして何よりも徐庚先生の設定を見ればわかるように、本作の世界観は、妖怪や幽霊、神仙といった者が当然に存在する世界であります。
 いわば理外の存在であるこれらが登場することにより、作者の得意とするミステリ味は一見薄れたようにも感じられますが、しかし、実のところはそうなっていないのが面白いところ。

 たとえば「双犀犬」では、作中にいくつも登場する予言の謎解きが中心となるエピソードですが、この謎解きの手法は、ある種の暗号解読として読むことが可能であります。
 また、「妬忌津」の妖怪の「正体」探しも、妖怪の奇怪な姿と行動にもかかわらず、極めてロジカルに展開していくのが――それでいて探偵役が、人面瘡という紛れもない妖怪にに取り憑かれた男だというのが――実にユニークであります。

 しかしそれ以上に目を引くのは、各エピソードで繰り広げられる、極めて生々しい人間の欲望の姿であります。
 色欲、金銭欲、食欲(!)等々…本作で描かれる数々の欲望の姿は、超自然的な存在が当たり前に絡む物語であるからこそ、より一層、現実の、生のものとして読む者の胸に迫るのです。

 それでも各エピソードの読後感が決して悪くないのは、それらが、徐庚先生の指導を通じて昭之が目撃したものとして、一拍おいて描かれることもあるでしょう。
 そして何よりも、最終話である「明鏡井」の結末を見れば、この奇想天外な妖怪たちと、生々しい人間の欲望が入り組んだこの世界を通じた徐庚先生の授業が、決して無駄に終わったわけではないことが――少年の成長に繋がっていることが――感じられるのが、何とも爽やかな後味を残してくれるのであります。


「琥珀枕」(森福都 光文社文庫) Amazon
琥珀枕 (光文社文庫)

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2013.04.09

「魔界転生」(深作版) 最も知名度が高く、最も異色な

 島原の乱で命を落としながらも、徳川家に対する深い恨みで復活した天草四郎。彼は細川ガラシャ・宮本武蔵・宝蔵院胤舜・伊賀の霧丸・そして柳生但馬守を魔界転生で復活させる。将軍家綱を操り徳川の世を覆さんとする魔界衆の陰謀に、柳生十兵衛は、ただ一人妖刀村正を手に立ち向かうのだが。

 以前紹介したように、様々な媒体で、様々なリライト・リメイクが行われている「魔界転生」。その中でも、おそらくは最も知名度が高く、そして最も後の作品に影響を与えたと思われる――そして実はかなりの異色作であるのが、この1981年の映画版であります。
 何しろ、無念を呑んで死んだ者を復活させる魔界転生という術の存在と、それにより復活した魔人たちに十兵衛が立ち向かうという基本的なシチュエーション、あとは転生する顔ぶれに共通項がある他は、冷静に考えればほとんど別物というのが凄まじい。

 存在自体が架空である霧丸はもちろんのこと、原作での魔界転生の設定を考えれば転生できるはずもないガラシャが転生衆に含まれているというのは、厳しい言い方をすれば噴飯もの。
 剣豪たちのオールスター戦という裏に、講談などで親しまれた剣豪物語のパロディという性質のあった原作から考えれば、この映画版は大きすぎる改変を行っているとすら言えるのであります。

 が、それでは本作が面白くはないか、「魔界転生」として出来が悪いか、と言えば、もちろん答えは否であるのは間違いのないところでしょう。
 30年以上前の作品ゆえ、今の目で見ると合成等苦しい部分はありますが、そんなものは全く小さいと思えるだけの、問答無用の迫力が本作は最初から最後まで充ち満ちているのですから。

 その最たるものが、もはや伝説と言うべき、千葉十兵衛と若山宗矩の炎の中の死闘(さらに言えば、その少し前からの、裃姿で異常に速い剣を振るう若山宗矩の大虐殺)であることは言うまでもありませんが、そこに至るまでの、全編に漲る緊張感の凄まじさときたら…
 父が人外の怪物と化したことを察知し、血相変えて弟に屋敷から脱出するよう叫ぶ十兵衛や、近づいて来ただけで村正の小屋が凄まじく鳴動する武蔵の描写からは、原作とは全く異なるものの、原作にも通じる(そしてもしかすると原作以上の)「怖さ」「凄み」が感じられるのであります。

 さらに言えば、四郎が農民たちを扇動するのが佐倉の地であることに、佐倉惣五郎伝説に繋がるものを感じますし、おそらくは明暦の大火をイメージしているであろうクライマックスの江戸城炎上も、最初に火が付くのが振袖ならぬガラシャの打掛などという、本作独自の細かい部分も、改めて見てみれば面白い。
(ちなみに上で論ったガラシャですが、このクライマックスから逆算してみると、それなりの必然性というか、ドラマを感じられる存在であります)

 そして何より、敵方の首魁に天草四郎を置いたことはこの映画版最大の工夫であり、そしてその後の「魔界転生」バリエーションに多大な影響を与えたものであることは、言うまでもありますまい。
 原作では客寄せパンダ的存在であったものに強烈なキャラクター性を与え、十兵衛と並ぶ物語のもう一方の、いや十兵衛以上に強く物語を引っ張る核として設定された四郎の存在は、幕府に抗する怨念のドラマとして本作を成立させているのであります。
(もちろん、そこには沢田研二の存在感もあることは言うまでもありません)

 後の「魔界転生」の幾つかが、復讐者としての四郎の存在により光を当てたものとなっていること――そしてそれが原作とはまた異なるドラマ性を与えていることを思えば、本作の四郎像が、原作者も意図しなかった色彩を原作に与え、「魔界転生」を新たに転生させた印象すらおぼえます。
 …というのはさすがに言い過ぎかもしれませんが、本作が「魔界転生」という作品を考えていく上で、欠かすことができない存在であることは、間違いありますまい。


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2013.04.08

「水滸伝」 第01話「洪大尉 誤って妖魔を逃がす」

 ついにこの4月から日本でもCSで放送が始まりました「水滸伝」(原題「新水滸伝」)。これまで水滸伝とくれば何かと騒いできた私であるからしてもちろん見逃すはずもなく、これから全話紹介していきたいと心に決めている次第です。

 さて、この第1集はいきなり意外な場面から始まるのですが、何が意外かといえば、今回のエピソードの内容は、原典でいえば第14,15回。途中で第1回の内容も語られますが、その間のエピソードを飛ばしてというのは、原典を見慣れた人間にとってはかなり意外に感じられます。

 冒頭に描かれるのは花石綱(皇帝の庭園に運ばれる珍花・奇石)運搬の様子。その一行に、県知事の代理として加わっていたのが、このウン城県の役人・宋江。身分が低いからと一行の面々に嫌がらせをされようとも泰然としている彼は、器が大きいのか卑屈なのか…
 それはさておき、そんな彼に近づいて来たのは、一行に加わっていた道士・公孫勝。
 好漢として知られる宋江を見込んで公孫勝が語り始めたのは、彼らが生まれる前、竜虎山から百八の魔星が解き放たれ、人界に転生したという原典では冒頭に語られるあの物語であります。
 この過去話、かなり原典に忠実な展開なのですが、原典でも登場する竜虎山の虎と大蛇がいきなりCG感バリバリで…水滸伝にはこの先虎が何匹も現れるのですが、いきなり不安感が高まります。

 閑話休題、この百八星の首領こそが宋江だと語り、様々な術を見せつつ、彼に不義の財宝である生辰綱十万貫の強奪を持ちかける公孫勝。
 …なのですが、ここで公孫勝のことを全く信用しない宋江。まあ、いきなり転生話を始めた上に、見せる術も実は全てあっさりと見破られるような奇術の類(本作ではもしかしていわゆる仙術妖術の類は存在しないのかしら…)とくれば、うさんくさい奴と思っても仕方ないかもしれません。

 しかし、だからと言って公孫勝を役所に突きだそうというのは、天下の好漢としていかがなものか。おまけに自分までグルだと疑われて、姿をくらました公孫勝を捜す羽目になった宋江は、ある意味実に期待通りの情けなさであります。

 おかげで宋江と、駆り出された雷横をはじめとする捕吏の皆さんがパトロールをしていると、お堂で寝ていたのはピザい半裸を晒した赤毛赤痣の不審人物。
 しかし捕らえようとしてみればこれが強い強い、捕吏を文字通りちぎっては投げする男――劉唐をようやく人海戦術で捕らえ(ここでさりげなく插翅虎の渾名通りの身軽さをアピールする雷横が楽しい)、近くの東渓村に向かうことになります。

 そこで宋江と雷横が出会ったのは、名主にして近隣に並びなき好漢・晁蓋。どうやら宋江は晁蓋に何かを感じ取ったらしく――というところでブツンと切れて以下次回、というのは安心の中国ドラマクオリティではあります。


 というわけで、原典で冒頭に登場する史進・魯智深・林冲という人気者たちの出番を飛ばして始まったこのドラマ版ですが、もちろんそれは、梁山泊の中心人物たる宋江をまず登場させるためでありましょう。
(喩えとして適切かはわかりませんが、ドラマ版の「笑傲江湖」で令狐冲が冒頭から登場したように…)

 もっともこの方式は、主人公が強烈な魅力を持つ人物の時に生きるものであり、原典に忠実に、実にパッとしない宋江の場合はどこまで効果的かは微妙ですが、しかし個人的にはどの「水滸伝」でも必ず描かれる(当たり前と言えば当たり前ですが)冒頭部分がスルーされたのは、これはこれで新鮮に感じられます。

 キャスティングもかなり原典通りのイメージでありますし(ただし、アップになった時に付けひげがくっきりとわかってしまうのはいかがなものか)、衣装もかなりしっかりしたものを使っている印象。
 この先の展開を期待しても良さそうであります。



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2013.04.07

「妻は、くノ一」 第1回「織姫と彦星」

 いよいよTV放映が始まったドラマ版「妻は、くノ一」。原作ファン、原作者ファンとしては放映開始を楽しみに楽しみにして参りました。
 さてその第1話はと言えば、原作から細部は変わっているものの、まず納得の内容であります。

 この「妻は、くノ一」は、星と海を何よりも愛する変わり者の平戸藩士・雙星彦馬と、わずか一ヶ月間の結婚生活を送っただけで何処かへ消えてしまった妻・織江を巡る物語。
 しかしタイトルにあるように、実は織江の正体はくノ一――それも、平戸藩を探るために潜入してきた幕府の御庭番、あたかもロミオとジュリエット、いや、彦星と織姫の如く引き離された二人の運命は…

 というのが原作の基本設定ですが、この第1話では冒頭で彦馬が江戸に出てくるまでの物語を手際よく描き、その後もテンポよく登場人物たちを説明。最終的には原作の第1巻のラストまでを描くことになります。

 さすがに約45分で文庫本一冊分を消化しているだけあってかなりエピソードは取捨選択されていますが(そもそも原作では彦馬が江戸に到着するまでで第1巻の半分ほどを費やしているわけで)、しかし抑えるべきは抑えた…という印象があります。
 どこかずれた彦馬のユニークなキャラクターと、病気の母を抱えつつ御庭番を勤める織江の姿。時に飄々とした、時に苛烈な顔を見せる元平戸藩主・松浦静山と、彼を狙う幕閣の陰謀――
 さらに、江戸に出た彦馬が、その天文の知識を活かして誘拐事件を解決する姿も描かれ、まず原作の要素は過不足なく描かれた感があります。

 実は原作を構成するのは大きく分けて二つの要素――織江がくノ一として戦いを繰り広げる忍者もののパートと、彦馬が探偵役となって市井の怪事件を解決するミステリもののパート、この二つがあってこその「妻は、くノ一」という感すらあるのですが、そこを少なくともこの第1回ではきっちり抑えてきたのは、当然といえば当然ですが好感が持てます。


 しかしながら、個人的に放映前に一番気になっていたのはキャスティング、それも、主人公カップルのそれでありました。彦馬は市川染五郎、織江は瀧本美織――最初にこのキャスティングを知ったときは、意外、というか疑問、というか…そんな気持ちとなったのが、正直なところであります。

 というのも、彦馬は言ってみれば非モテの変わり者、織江は若くして一二を争う凄腕のくノ一。二枚目のイメージの強い(個人的には同じ作者のイケメンヒーロー・若さま同心徳川竜之助を演じてもよいくらいと思っていました)染五郎と、「てっぱん」での明るく元気な印象のある瀧本美織は、どうにもイメージが合わない――そう感じたのであります。

 それが実際に映像を見てみればどうだったかと言えば、すみません、二人ともなかなか役に合っていたように感じられました。
 瀧本美織の方は、きかん気の強そうな表情が織江のくノ一としての部分に、そして年相応の若い表情は、織江の女性としての部分によく似合って感じられましたが、それ以上にやはり染五郎がうまい。

 武士らしくない武士、自分の好奇心を、そして何よりも自分の愛情を大事にする人間である彦馬の、いわば時代劇ヒーローらしからぬキャラクターを、いささかオーバーアクト気味ではあるものの、染五郎はなかなか巧みに体現していたと感じます。
 考えてみれば染五郎がそのホームグラウンドたる歌舞伎で演じるのは、何も格好良い役ばかりではありません。コミカルな役、情けない役、悪辣な役…そんな引き出しが、今回活かされていると言うべきでしょう。

 そしてその他のキャスティングも、特に静山役の田中泯と、織江の母・雅江役の若村麻由美がはまり役。特に織江の家事の仕方の変化から、彼女に想う相手が現れたことを雅江が見抜くシーンの微妙な生々しさなど、若村麻由美ならでは…と感じた次第であります。


 もちろん、原作厨としては、気になる点が皆無ではありません。
 織江が彦馬に残したメッセージが記されたのが七夕の短冊でなかったり、誘拐犯を倒すのが織江ではなかったり、何よりも原作第1巻ラストでの静山の爆弾発言がなかったりと、細かいところでは色々引っかか点はあります。

 しかしそれもこのドラマ版ならではの演出、これから先、その意図が見えることもあるのだろう…と気長に構えることといたしましょう。
 今回のドラマ版は全8話、その中で原作の何が描かれ、そして何が変わるのか――それもまた楽しみの一つなのですから。


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2013.04.06

「妻は、くノ一 蛇之巻 1 いちばん嫌な敵」 続編で前日譚で語られざる物語で

 アメリカで平和に暮らす彦馬と織江。しかしある日彼らの家を訪れた日本人が蝮を置いていったことを知った織江は、一人の男を思い出す。かつて御庭番であった頃、彦馬と出会う直前に長州に潜入していた織江。そこで長州忍者隊とことを構えた織江は、蛇を操る奇怪な男に目をつけられたのだった…

 いよいよTVドラマも開始となった「妻は、くノ一」。先日は漫画版を紹介しましたが、原作は既に完結済みで紹介済み、しかも物語の性質的に、続編は難しいだろう…と思いきや、3月の新刊予告に、「続 妻は、くノ一」の仮題で本作が掲載されたときは、少なからず驚かされました。
 しかし本当に驚いたのは、実際に本作を手に取ってから。何しろ本作は、正編の続編(正確には最終話とエピローグの間の物語)であり、前日譚であり、そして正編の語られざるエピソードでもあったのですから――

 苦難の果てに海を越え、アメリカに新天地を求めた彦馬と織江。アメリカで始めた自転車屋も軌道に乗り、子供たちも独立し始めた頃、彼らの平和な生活に小さな異変が起こります。
 彼らの留守中にやって来た、織江のことを知っていたという男。その男が残したとおぼしき蝮を見た途端、彼女の脳裏に、忌まわしい記憶が甦ったのであります。


 …なるほどこの手があったか、という導入部ですが、ここからの展開がさらに面白い。
 ここで織江が思い出すのは、彦馬と出会う前、彼女が御庭番であった頃に、腕試し――もちろん命がけの――として長州藩江戸屋敷に潜入してかろうじて成功したことと、その直後、長州藩に潜入して、長州忍者隊の秘術を探った時の出来事…つまり、前日譚であります。

 この任務の最中に彼女が目撃した、長州忍者隊隊長の息子――蛇神の力を操るという一族の血を引き、自身も蛇のような奇怪な術を操る男、鬼藤蛇文。
 かくて、仲間を織江に倒された長州忍者隊、そして織江の存在に興味を持った蛇文を向こうに回し、織江の戦いが始まる――

 と思いきや、本作はそれだけに留まりません。そして時は流れ、彦馬の前から姿を消した織江と、織江を探して江戸に出た彦馬――正編の物語の時間軸において、正編では語られざる物語、語られざる「妻は、くノ一」が、ここで描かれることになります。
 それは言い換えれば、ここで忍者ものとしての織江の物語だけでなく、時代ミステリとしての彦馬の物語が描かれることを意味します。

 なるほど、「妻は、くノ一」は、彦馬サイドと織江サイド、その両方の物語があって初めて成り立つ物語。そう考えれば、彦馬の物語も描かれることはむしろ当然ではありますが、しかし正直なところ今回は織江サイドのみか、と考えておりましたので、これは嬉しい裏切りです。

 そしてここで描かれる、彦馬が挑む怪事件――鉄砲組同心の隣家の男が射殺され、同心も鉄砲を手にしていたにもかかわらず、位置的に決して男を射殺できない――も、その謎解きはもちろんのこと、事件に至るまで、そして解決した後の展開も面白く、なかなかの出来。
 そしてそこに織江と長州忍者隊の怪忍者の戦いも絡むのですから、これはもう、一種のアクロバット的作品という印象すら受けます。

 もちろん、その試みが必ずしもうまくいっているとは言い難い部分もあり、過去の回想のそのまた中で回想シーンがあるなど、複雑な構成故の苦しさや、落ち着きのなさは、確かに目に付きます。
 それでもなお、「妻は、くノ一」という一度完結した物語を復活させるに当たって、欠くべからざるものをきちんと描いてみせたのは、作者らしい腕の冴えであり――そして、作品への愛というべきものでしょう。

 ラストにはシリーズ名物(?)の、ラストのとんでもないヒキも待ち受けており、これはファンであれば続きを期待するなという方が無理の――そんな作品であります。


「妻は、くノ一 蛇之巻 1 いちばん嫌な敵」(風野真知雄 角川文庫) Amazon
いちばん嫌な敵    妻は、くノ一 蛇之巻1 (角川文庫)


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 「妻は、くノ一」(漫画版) 陰と陽、夫婦ふたりの物語

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2013.04.05

「妻は、くノ一」(漫画版) 陰と陽、夫婦ふたりの物語

 いよいよTVドラマの放送が目前に迫った「妻は、くノ一」。原作の方も、続編にして前日譚というユニークな「蛇之巻」がスタートしましたが、こちらは「サムライエース」誌に掲載の漫画版「妻は、くノ一」の単行本であります。

 本書に収録されているのは、主人公の一人である雙星彦馬が、もう一人の主人公・織江を求めて江戸に出るまでを描いたプロローグと、江戸での彦馬と織江、それぞれの姿を描く第4話まで。
 原作小説でいえば第1巻「妻は、くノ一」から、第2巻「星影の女」の前半辺りに該当するエピソードであります。

 以前第1話・第2話については雑誌掲載時に紹介いたしましたが、今回、未読だった分を読んでみると、こちらもなかなか興味深い内容となっております。
(なお、以前の紹介時に、江戸に来るまでのエピソードがばっさりカットされているのがユニーク、などと述べましたが、プロローグの形式で漫画化されていたのですね。お恥ずかしい次第です)

 まず驚かされたのは、プロローグの語り手が、彦馬の養子である雁二郎であること。
 原作読者にとってはお馴染みの、一種の名物キャラである雁二郎ですが、彼の本領発揮はまだまだ先で、本書で描かれたエピソードではまだまだ脇役。しかしそんな彼が、しれっと(?)こういう形で存在感をアピールするとは、これはこれでらしいと言うべきでしょうか。

 もっとも、個人的には雁二郎というキャラの最大の特徴である、義父である彦馬よりもよほどおっさんくさいという部分が、この漫画版のキャラデザインからはあまり感じられないのは残念ではありますが…

 そして、江戸に出た彦馬の名探偵ぶりと、彼の人となりを描いた第1話・第2話に続く第3話・第4話で描かれるのは、その妻にしてくノ一たる織江サイドの物語です。
 彦馬サイドを陽とすれば、織江サイドは陰――あくまでも非情な御庭番の世界。任務のためであれば潜入先…はおろか、同じ御庭番の仲間まで謀らなければならない、織江が身を置くそんな世界の姿が、ここでは描かれることになります。

 原作の方では、この織江サイドの、いわば忍者ものとしてのエピソードが展開するのと並行して、彦馬サイドの、時代ライトミステリものとしてのエピソードも描かれていたのですが、本書ではそちらをばっさりカット
 それはもちろん、頁数に因るところが大きいかとは思いますが、しかし彦馬サイドのエピソードをカットすることによって、二人の住む世界の違いをより強調できているのでは…と感じた次第です。

 そしてもちろん、二人の間の隔たりを描けば描くほど、それだけ二人の間の絆の強さもまた、示されることになるのですが――


 さて、本書で気になるのは、巻数表記がない点。物語的には明らかに中途であるため、ここで終わってしまうのかと少々心配になりますが、これは原作同様、2巻以降に改めてナンバリングされるというスタイルなのかも…と期待しておくことといたしましょう。

 …ただ、忍者の技に名前をつけるのはいかがなものかと。


「妻は、くノ一」(漫画版)(黒百合姫&風野真知雄 角川書店) Amazon
妻は、くノ一 (単行本コミックス)


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2013.04.04

「明楽と孫蔵 見参編」 痛快、帰ってきた快男児!

 森田信吾の時代バイオレンス劇画「明楽と孫蔵」が、コンビニコミックとして復刊されました。作者の代表作にして、時代劇画、チャンバラ劇画の傑作でありながら、今まで埋もれた状態にあった作品の復活に、ファンとしては大いに喜んでいるところであります。

 時は幕末、徳川将軍家のお膝元たる江戸で、相次ぐ血腥い事件の数々――何者かにより江戸に送り込まれ、恐るべき剣をふるう狂剣士・凶剣士たちの前に立ち塞がるのは、規格外れの公儀御庭番・明楽伊織と、配下の老忍び・孫蔵。
 暴力には暴力で、剣には剣で悪を真っ正面から叩き潰す快男児の大暴れを描く快作が、本作であります。

 何しろ本作に登場する悪役たちは、とにかく凶暴の一言。彼らが作中で繰り広げる悪行の数々は、とにかく一切の容赦なし、気の弱い人間であれば目を背けたくなるような無惨極まりないものであります。
 その点だけ見れば悪趣味な作品と感じられるかもしれませんが、しかしこれはバイオレンスものとしてはいわば定番のスタイル。暴力に対して、それ以上の暴力で叩き潰す――その爽快さが、本作の魅力の一つと言ってよいでしょう。

 しかし何よりも本作でたまらないのは、その剣術・武術描写の数々。
 スタイリッシュさとは無縁の、時に卑怯とすら見える超実戦的な技の応酬は、それを操る者たちが剣呑極まりない怪物たちであるだけに、ストレートな「強さ」「怖さ」を感じさせてくれるとともに、それを上回る伊織&孫蔵コンビのさらなる「強さ」「凄み」そして何よりも彼らの活躍の「痛快さ」を味あわせてくれるのであります。
(ちなみに、この辺りの実戦武術至上主義は、本作が連載されていた90年代の総合格闘技人気と無縁ではないのだろうな…と、今回の再読で感じた次第)。

 この第1弾では、相手の口の中に数珠を入れてから首を斬る念仏人斬りの丹直次郎、気に入らぬ相手であれば仲間も斬り捨てる御用盗・久須美の、二人の強敵が登場しますが、どちらも純度百パーセントの快楽殺人鬼。彼らの凶行の跡は、まさに酸鼻の極みという言葉がふさわしいものであります。
 それだけに、江戸っ子口調も板に付いた啖呵が気持ちいい伊織と、飄々としているようでいて凄みを感じさせる孫蔵のコンビが登場しただけで感じさせられる「もう大丈夫」感はかなりのもの。
 実は個人的にはバイオレンスものは苦手…というより好きではない部類に入るのですが、そんな私が本作を愛してやまないのは、まさにこのコンビの痛快さによるところ大であります。


 実は本作がコンビニコミック化されるのは、これで二度目。しかし別の出版社から刊行された前回は、私の記憶では最後まで刊行されずに終わっていたかと思います。
 是非今回は、この傑作をラストまで刊行して欲しい――さらに言えば、本作の前日譚であり、単行本が全巻刊行されなかった「御庭番 明楽伊織」も復活させて欲しいと、切に願っているところであります。


「明楽と孫蔵 見参編」(森田信吾 小池書院キングシリーズ 漫画スーパーワイド) Amazon
明楽と孫蔵 見参編―幕末御庭番 (キングシリーズ 漫画スーパーワイド)


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2013.04.03

「悲華水滸伝」第1巻 悲しくも美しき水滸伝の幕開け

 日本における水滸伝リライトも様々にありますが、その中でも色々な意味で独特の立ち位置にあるのが、杉本苑子の「悲華水滸伝」であります。原典をなぞりつつ展開する全5巻の第1巻は、林冲受難から清風塞での騒動までの内容となっております。

 杉本苑子については、その経歴等を今さら紹介するまでもありませんが、日本の歴史小説界ではまず大家の一人。その作者が「水滸伝」を…というのは、いささか意外にも感じられますが、しかし師たる吉川英治も「水滸伝」を書いたことを思えば、さまで意外ではないのかもしれません。
 何よりもこの「悲華水滸伝」は、作者らしさ横溢と言うべきか、他の水滸伝では見られないような要素・試みが(良くも悪くも)多くなされており、まず水滸伝ファンであれば手にとって損はない作品ではないか…というのはいきなり結論になってしまいますが、これが正直な印象。
 その内容については、これから全5巻を紹介する中で、それぞれ述べていくことになるかと思います。

 …と、その水滸伝ファンの方であればすぐに気付いたのではないかと思いますが、本作でまず目に付くのは、物語の語り起こしが豹子頭林冲受難から始まる点であります。
 ほとんどの水滸伝リライトが、洪大尉による百八星の解放、もしくは王進の出奔から九紋竜史進の登場から始まるのに対し、本作は、それらの(そして魯智深の出家の)エピソードを飛ばして、林冲の流刑から、それもその途中で小旋風柴進と出会う場面から始まるのは、なかなかにユニークに感じられます。

 実は百八星の解放は、柴進の家に代々伝わる伝説として柴進の口から語られ、また魯智深の活躍は林冲の言葉の中に現れるのですが、この辺り、原典に沿いつつも、スピーディーに物語を進めていく本作の特徴の一つ目が表れているようで、なかなか興味深いところ。
 さらに言えば、原典でそれまでに登場する史進と魯智深が、ある意味単純で野放図な豪傑であるのに対し、林冲は悲劇的な色彩が強く(原典では結構林冲も乱暴ですが)、そこに新たなドラマを構成する余地があるということが、この場合大きいのでありましょう。

 そう、本作の二つ目の、そしておそらく最大の特徴は、特に悲劇性に注目した細やかな人間描写、ドラマ性の強さだと、今回改めて読んで感じます。
 水滸伝という物語には、自分ではどうにもならない運命の流れ、あるいは他者の――特に権力者の悪意に翻弄され、梁山泊に流れ着くキャラクターが、幾人も登場します。

 言うまでもなくその代表者が林冲ではありますが、この第1巻の時点でも(これは本作オリジナルですが)白勝や、武松のエピソードにおいて、彼らを襲った悲劇と、その中で翻弄される人間性というものを、本作は悲しくも美しく――まさに悲華!――描き出すのであります。

 特に武松については、虎退治・潘金蓮殺し・施恩への助太刀・鴛鴦楼の大虐殺と、原典のエピソードは網羅しつつも、原典では場面によって性格がコロコロと変わって見えた武松のキャラクターを、巧みに統一してみせたのが、強く印象に残ります。
 酒には弱いが、朴訥とした好漢――というより好青年の武松が、何を思ってその拳を振るい、他者の血を流したか…その心の流れを丹念に追った上で、彼の異名たる「行者」誕生に繋げたドラマ展開は、見事と言うほかありますまい。


 原典を尊重しつつも、特に悲劇面に重点を置いて緩急をつけたドラマ展開で、キャラクターの内面を描き出す――本作の特徴は、この第1巻においてもはっきりと見えてくるのであります。

 そしてもう一つの特徴――一部ではこの点ばかりが強調されているきらいがありますが――たる、「好漢の中に非常に美形・美少年が多い」ことについては、これはまぁその通りではあるのですが、上記の特徴から見ると、それも一種の必然性を持って感じられる…というのはさすがに言い過ぎでありましょうか。


「悲華水滸伝」第1巻(杉本苑子 中公文庫) Amazon
悲華 水滸伝〈1〉 (中公文庫)

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2013.04.02

「伏 少女とケモノの烈花譚」第2巻 原作から踏み出した人の姿は

 アニメ版のソフト化も間近の「伏 贋作・里見八犬伝」の漫画版「伏 少女とケモノの烈花譚」の第2巻が発売されました。基本的な物語の流れは原作を踏まえつつも、この第2巻ではそこから踏み出した展開が描かれることとなります。

 江戸に潜み人々を襲う謎の半獣人・伏。その伏を狩ることとなった鉄砲娘・浜路と、その兄の道節の戦いを描く本作ですが、この第2巻前半では、彼女たちと伏の激突がいよいよ本格的に描かれることとなります。

 大胆にも江戸のど真ん中、吉原で太夫を勤めていた伏・凍鶴。伏の本性を露わにした彼女を追って、浜路と道節は巨大楼閣に乗り込むのですが――そこで展開するのは、道節vs凍鶴の禿2人、そして浜路vs凍鶴太夫の二元バトルであります。
 第1巻の感想でも触れましたが、とにかくアクション描写の達者さは、この第2巻でもそれは健在、いやこれまで以上の冴え。
 鎖鎌とも多節棍とも見える面白武器を使い、二身一体で襲いかかる禿コンビ、まさしく人間離れしたスピードで刃鋼線を操る凍鶴、どちらの敵も、巨大な楼閣というステージを縦横無尽に使ったアクションを展開してくれるのが嬉しい。

 あまりにもアクションが凄まじすぎて、時々描写力の限界を踏み出している(=何が起きているかわからない)場面があるのはご愛敬ですが、このアクション描写は、本作の魅力、いや大きな武器として感じられるところです。

 しかし、その激しいアクション、壮烈ばバトルの中で浮き彫りとなっていくのは、原作を含めた「伏」という作品における根源的問いかけ――「伏とは何なのか?」「なぜ伏は人を殺すのか?」「なぜ人と伏は殺し合わないといけないのか?」であります。

 作中に登場する伏が、その正体を顕すまではごく普通の人間として生活しているように、少なくとも外見的には人とは全く異ならない伏。もし人と伏を分かつものがあるとすれば、その最たるものは、血に対する激しい渇望、そして暴力によるその発散への忌避感の薄さでありましょう。

 なるほどそれは確かに人と伏を隔つものではありますが、しかし、本当にそれは伏のみなのか? 人もまた、伏に――異者に対する激しい暴力的衝動を抱えているのではないか?
 本作において凍鶴が経験した凄惨な迫害の過去、そして相手が伏であればたとえ幼い少女に対しても無惨な暴力を振るうことにためらわない道節の、狩人の存在は、両者を隔てる壁が想像以上に薄いことを、我々に突きつけるのであります。

 この辺りは、少なくとも原作においてはあまり直截ではなく、ある程度オブラートにくるんだ描写だったと記憶していますが(そもそも原作の道節は毒にも薬にもならないキャラクターだった印象)、その辺りを踏み出して見せたのは、これはこの漫画版なりの個性でしょう。


 ただ皮肉なことに、人間の持つ(異者への)残虐性というものがクローズアップされてくると、途端によくある作品に見えてしまうのは、これは皮肉と言うべきでしょうか。
 作中でしばしば登場する、人の狂気を孕んだ表情も、類型的な描写を出るものではなく、それがまた、よくある感を高めているように感じられるのですが…
(凍鶴と浜路が束の間心を通い合わせたかに見えた直後、凍鶴が惨死し、その遺体にリンチを加える人、という展開は、コントラストの効かせ方がよかったのですが…)

 この辺りは諸刃の剣かとは思いますが、しかし踏み出した以上は突き詰めていただきたいもの。
 上で触れたように、原作とは全く異なる道節の、そして冥土のキャラクターが、この先の物語にどのような意味を持ってくるのか。道節の追う伏・鎌鼬とは、そして冥土と伏の関係は…もう一つの「伏」でこそ描けるものを見せていただきましょう。


「伏 少女とケモノの烈花譚」第2巻(hakus&桜庭一樹他 スクウェア・エニックスビッグガンガンコミックス) Amazon
伏 少女とケモノの烈花譚(2) (ビッグガンガンコミックススーパー)


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2013.04.01

「西遊記」(新装版) 甦るぼくらの孫悟空

 あの「西遊記」であります。孫悟空が三蔵法師を護って天竺に向かうあの作品を、平安ファンタジーの名手にして児童文学作品も多い小沢章友と、日本を代表するファンタジーイラストレーターの一人である山田章博が描いた、新たなる「西遊記」です。

 「西遊記」については、今さらここでくだくだしく述べるまでもありますまい。TVドラマや漫画、本作のような児童向けリライトを通じて、我々も子供の頃から親しんできた、あの一大伝奇小説であります。
 本書のあとがきによれば、作者自身も同様に子供時代からこの作品を楽しんできたとのことですが、その作者が、次の世代のために愛する作品を描いたのですからつまらないはずがありますまい。

 ボリューム的にはわずか1冊ということで、長大な原典を、相当に圧縮したのは、これは確かに残念な点ではあります。
 内容を見れば、孫悟空の誕生から、彼が天宮を大いに騒がせ、お釈迦様によって五行山の下に封じられるまでが全体の半分近く。それから三蔵と出会ってその供となり、猪八戒・沙悟浄を仲間に加えて、妖怪変化を退治しながらの道中が続くわけですが――
 本書に登場する敵妖怪は金角・銀角大王と、牛魔王・羅刹女夫婦のみで、それ以外は(牛魔王夫婦の子の紅孩児も含めて)ばっさりとカット、もしくはダイジェストになっているのは、チョイス的には納得ですが、やはり些かの寂しさは否めないところであります。

 しかしそれで本作がつまらないかと言えば、もちろん答えは否。
 原典の最大の魅力であろう、ある意味すっとぼけた味わいすら感じさせる文字通り天地を股に掛けたスケール感は本書でも健在ですし、何よりも、孫悟空や猪八戒の時に暴力的ですらある稚気に満ちた暴れっぷりは、作者の筆によって、より愛すべきものとして再生しているように感じられるのです。
(ちなみに大暴れしつつも、強敵相手には相当の頻度で神仏神仙にすがる孫悟空がまた可愛い、というのはこの年齢になっての感想)

 もとより原典は児童向けの作品ではなく、それなりに生臭い部分も存在するわけですが、それをばっさり捨象することにより、よりプリミティブな面白さを圧縮・抽出してみせた…そんな印象が本書にはあります。
 そしてその印象をさらに強めているのが、山田章博のイラストです。その書き込みの緻密さ等、氏のイラストの見事さについては今さら言うまでもありませんが、本書においては、何と言っても悟空の表情が実によろしい。
 猿でありつつも猿すぎず、かといって人間でもない。剽悍であり不敵でありつつも、どこか間の抜けた愛嬌さが漂う…そんな孫悟空の表情は、まさに「ぼくらの」孫悟空という想いが浮かぶのであります。


 先に述べたとおり、それなりの分量の内容ではあるかもしれません。それでも、一時子供の頃に胸躍らせた作品に、その時の楽しさを甦らせつつ再会できるというのは素敵な経験でありました。


 そして小沢章友&山田章博による中国伝奇小説は、先に刊行された「三国志」に続き、この「西遊記」で二作品目。と来たら次はぜひ…と個人的には期待したいのであります。


「西遊記」(新装版)(小沢章友&山田章博 講談社青い鳥文庫) Amazon
西遊記 (新装版) (講談社青い鳥文庫)

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