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2013.04.12

「雨柳堂夢咄」其ノ十四 流れる人と変わらぬ物の接点で

 既に枕詞のようになってしまい恐縮ですが、実に二年数ヶ月ぶりの「雨柳堂夢咄」、其ノ十四が発売されました。大きな柳の木が目印の骨董屋・雨柳堂の主人の孫である蓮君を狂言回しにした骨董奇譚は、しかし久しぶりであっても全く変わることないクオリティの名品揃いであります。

 出版社がなくなったかと思えば今度は掲載誌が終了と、この数年、漫画の外の世界で激動を味わってきた本作でありますが、しかし作品の中は静謐そのもの。
 雨柳堂に持ち込まれる不思議な品物、あるいは不思議な品物と出会って雨柳堂を訪れた人々――それを迎える蓮君も、時に飄々と、時に嬉しげに、時に哀しげに…それぞれの物語を見つめております。

 さて、本書に収録されたのは、「清姫」「天神さま」「名残りの紅の」「一朝の夢」「野分」「箱」「夜咄」「立春来福」の全8話。
 骨董品に込められた男女の業を描く作品あり、不思議な骨董品が活躍するユーモラスな作品あり、幻想的な美しさを湛えた心温まる作品あり――バラエティと魅力に富んだ物語の数々は、今回ももちろん健在であります。

 今回は特にいずれも甲乙捨てがたい作品揃いに感じられますが、その中でも私にとって特に印象に残った作品を三つ挙げるとすれば、「野分」「箱」「夜咄」でしょうか。

 ある少女と男の長年にわたる不思議な交流を通じて、人の運命の変転とそれに負けない人の強い意志の存在を描く「野分」。
 何とか怪異に会いたいと願う青年が出会った一夜の出来事を描いた洒脱な奇譚「箱」。
 翁の夜の茶会に招かれた蓮が、茶会に招かれた三人の客それぞれを前にして骨董品にまつわる奇譚を語る「夜咄」。
 いずれもこの「雨柳堂」という場ならではの、それぞれに美しさを持った佳品です。

 そしてその中でも、「雨柳堂夢咄」という作品を考える上で重要なのは、「野分」ではないでしょうか。
 この作品の中で描かれるのは、江戸から幕末、明治という、決して短くない時の流れであり、そして社会が激変したその時代の中に翻弄された人々の姿であり――そして彼らを見つめ、そしてその激動の象徴となるのが、骨董品の存在であります。
 人は流れる。しかし物は変わらず在り続ける…その接点が雨柳堂という場なのであり、そしてそんな当たり前で残酷な真実の姿を美しく描き出すのが本作であると、今さらながらに再確認した次第です。


 さて、本書で「雨柳堂夢咄」も九十三話。百話も目前です。
 この最新巻発売の数日後には、掲載誌の後継誌も発刊され、そこでの連載も決まっている本作ですが、どうか百話目は、そして其ノ十五は、少しでも早い時期に出会いたいというのが、今の偽らざる気持ちであります。

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