「向ヒ兎堂日記」第2巻 入り交じる人情と伝奇と
妖怪関連の本を収集する貸本屋・向ヒ兎堂を舞台に、怪異とそれにまつわるものが国によって取り締まられる明治時代を描いた鷹野久「向ヒ兎堂日記」の第2巻であります。
時は明治、妖怪や怪談等、この世のものならざる怪異を記した物・語る物を禁じる違式怪異条例が制定され、国の違式怪異取締局により取り締まりが行われていた時代――そんな中で、密かに禁書を扱うのが向ヒ兎堂…
と書くと、なにやらものものしいイメージがありますが、しかし本作の雰囲気自体は、そうしたものとは無縁の印象があります。
というのも、若き主人の兎崎伊織をはじめとして、向ヒ兎堂に集まる面々は、どこか呑気な者ばかり。化狸の千代、猫又の銀、鳴釜…皆、それなりに深刻な状況にも何となく適応して暮らしているのは、さすがに「浮世離れした」と言うべきでしょうか。
さて、本作にはこうした向ヒ兎堂の面々が出会う一種の妖怪人情話の側面と、違式怪異取締局にまつわる伝奇もの的側面がありますが、この第2巻においてもその二つは時に並行して、時に入り交じって展開していくことになります。
というのも、この明治において、唯一怪異を扱っている向ヒ兎堂は、悩み事を抱えた妖怪たちにとって一種の駆け込み寺的な存在。そしてその悩み事の原因は、怪退治まで行う(らしい)違式怪異取締局によるものが大半を占めているのですから…
(そんな中で、唯一異彩を放つ「天邪鬼」のエピソードは、ちょっぴりホラームード漂う
そして伊織本人にとっても、どうやら違式怪異取締局は縁浅からぬ存在である様子。まだ彼自身の過去には語られぬ部分が多いのですが、その彼の出生の秘密が、取締局が探すある血筋に連なるものであるとすれば…これはなかなか、大事になりそうな予感であります。
思わぬ因縁で向ヒ兎堂に引き取られた、取締局の男・都築の家から出た占術書。それが伊織に反応して奇瑞を示すのは何故か。時に伊織の爪が赤く染まり、不思議な力を放つのは何故か…まだまだわからぬところだらけではありますが、なかなか気になる所です。
そうした興味深いヒキの部分はきっちりとありつつも、やはり本作全体を包むムードは柔らかく、穏やかな印象で、そのギャップあるいはバランスもまた楽しい。
この辺りは、作者の端正で、そして良い意味で体温の低い絵柄が大きく作用しているのではないかと思いますが、この先もこの空気感は保っていただきたいと願うところであります。
ただ一点、難点を言えば、今回収録されたエピソードの多くが、貸本屋とあまり関係ないものであったことですが…この辺りは改善を期待。
(伊織たちが淡々と煤払いをするエピソードなどは、これはこれで楽しいのですが)
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