「さそり伝奇 風雲将棋谷」 ミステリ要素なき角田作品の映像化
江戸を騒がす凶賊・さそりを追った岡っ引き・仁吉は、同じくさそりを追う元義賊・雨太郎と三つ巴でもみ合ううちに命を落とす。仁吉の娘・お絹は雨太郎を下手人と信じ、捕らえることを誓うが、雨太郎こそはお絹が密かに慕う男だった。そしてさそりと雨太郎にも意外な因縁が…?
今頃で大変恐縮ですが、先日CSで放映された本作、1983年にフジテレビの「時代劇スペシャル」で放映されたものですが、言うまでもなく角田喜久雄の「風雲将棋谷」のドラマ化であります。
原作の方は作者の初期名作の一つ、江戸の町を騒がす蠍道人・黄虫呵に立ち向かう義賊・流れ星の雨太郎と、彼を慕いつつも父の仇として引き裂かれるお絹の活躍を描く一大活劇であります。
タイトルにある将棋谷とは日本のどこかにあると言われる莫大な財宝が眠るという隠れ里。この谷の在処を巡って黄虫呵と雨太郎は丁々発止の争いを展開するのですが、そこに消えた谷の後継者・雪太郎の行方、そして雨太郎とお絹を陰ながら助ける謎の僧の正体など、ミステリ要素が濃厚に絡むのが、いかにも作者の作品らしいところなのですが――
さて、このドラマ版を一言で表せば、原作からミステリ要素をほとんど根こそぎ省いたもの、という印象でしょうか。
話の大筋自体は原作通りで、原作の台詞をほとんどそのまま使っている部分などもあるのですが、まず普通の時代劇になった、という印象があります。
上に述べた雪太郎(という名前自体ドラマには登場しないのですが)の行方は、将棋谷の使者によって簡単に明かされますし、個人的には一番原作で感心させられた謎の僧の正体も別人(というより、原作読者であればちょっと悪い意味で驚くような展開が…)。
角田時代伝奇の最大の特徴であるミステリ味が…と、ちょっとどころではなく驚かされた次第であります。
が、この辺りはある意味小さな改変。一番大きな改変は、悪役の設定であります。
原作の蠍道人・黄虫呵はドラマ版には登場せず、代わって登場するのは、白髪の生えた天狗面をつけた(この辺りの恐ろしげなビジュアルは原作の影響でしょう)「さそり」と名乗る凶賊。
このさそりが実は将棋谷の関係者であり、さらには雨太郎とも浅からぬ因縁が…という設定なのです。
個人的には原作の黄虫呵は、時代伝奇史上に残る悪役と思っているところなので登場しないのは残念ですが、しかしこのさそりが、実は将棋谷の長の長子にして、雨太郎の兄・風太郎という設定自体は、なかなかに面白い改変だと感じます。
というのも、原作の黄虫呵は、将棋谷を狙いつつも、谷自体との繋がりは(そしてもちろん雨太郎との繋がりも)実は希薄な人物。キャラクター自体の迫力で忘れがちですが、その点は冷静に考えれば原作の穴と言えなくもありません。
それをこのドラマ版では、大きく設定を変えることにより、将棋谷を狙う理由、雨太郎と敵対する理由が明確化しているのは、これはうまいアレンジではないか、と素直に感じます。
(ちなみにこのさそり、原作では名前しか登場しない鳥居耀蔵と裏で結びついているという設定なのですが、こちらはほとんど設定倒れだったのが残念)
…とは言ったものの、やはり先に述べた通り、普通の時代劇になってしまった感は否めない本作。それなりの分量がある原作を、一時間半に収めるのはやはり色々と大変だったのかな、とは思うものの、やはりもう少し頑張って欲しかったな、と終盤に登場する微妙な将棋谷のビジュアルを見るに付け思うのでありました。
…にしても「時代劇スペシャル」は、今見てみるとちょっと驚くようなラインナップで…いや、これは贅沢を言うとバチが当たるかもしれませんね。
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