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2013.05.31

「さそり伝奇 風雲将棋谷」 ミステリ要素なき角田作品の映像化

 江戸を騒がす凶賊・さそりを追った岡っ引き・仁吉は、同じくさそりを追う元義賊・雨太郎と三つ巴でもみ合ううちに命を落とす。仁吉の娘・お絹は雨太郎を下手人と信じ、捕らえることを誓うが、雨太郎こそはお絹が密かに慕う男だった。そしてさそりと雨太郎にも意外な因縁が…?

 今頃で大変恐縮ですが、先日CSで放映された本作、1983年にフジテレビの「時代劇スペシャル」で放映されたものですが、言うまでもなく角田喜久雄の「風雲将棋谷」のドラマ化であります。

 原作の方は作者の初期名作の一つ、江戸の町を騒がす蠍道人・黄虫呵に立ち向かう義賊・流れ星の雨太郎と、彼を慕いつつも父の仇として引き裂かれるお絹の活躍を描く一大活劇であります。
 タイトルにある将棋谷とは日本のどこかにあると言われる莫大な財宝が眠るという隠れ里。この谷の在処を巡って黄虫呵と雨太郎は丁々発止の争いを展開するのですが、そこに消えた谷の後継者・雪太郎の行方、そして雨太郎とお絹を陰ながら助ける謎の僧の正体など、ミステリ要素が濃厚に絡むのが、いかにも作者の作品らしいところなのですが――

 さて、このドラマ版を一言で表せば、原作からミステリ要素をほとんど根こそぎ省いたもの、という印象でしょうか。
 話の大筋自体は原作通りで、原作の台詞をほとんどそのまま使っている部分などもあるのですが、まず普通の時代劇になった、という印象があります。

 上に述べた雪太郎(という名前自体ドラマには登場しないのですが)の行方は、将棋谷の使者によって簡単に明かされますし、個人的には一番原作で感心させられた謎の僧の正体も別人(というより、原作読者であればちょっと悪い意味で驚くような展開が…)。
 角田時代伝奇の最大の特徴であるミステリ味が…と、ちょっとどころではなく驚かされた次第であります。

 が、この辺りはある意味小さな改変。一番大きな改変は、悪役の設定であります。
 原作の蠍道人・黄虫呵はドラマ版には登場せず、代わって登場するのは、白髪の生えた天狗面をつけた(この辺りの恐ろしげなビジュアルは原作の影響でしょう)「さそり」と名乗る凶賊。
 このさそりが実は将棋谷の関係者であり、さらには雨太郎とも浅からぬ因縁が…という設定なのです。

 個人的には原作の黄虫呵は、時代伝奇史上に残る悪役と思っているところなので登場しないのは残念ですが、しかしこのさそりが、実は将棋谷の長の長子にして、雨太郎の兄・風太郎という設定自体は、なかなかに面白い改変だと感じます。
 というのも、原作の黄虫呵は、将棋谷を狙いつつも、谷自体との繋がりは(そしてもちろん雨太郎との繋がりも)実は希薄な人物。キャラクター自体の迫力で忘れがちですが、その点は冷静に考えれば原作の穴と言えなくもありません。

 それをこのドラマ版では、大きく設定を変えることにより、将棋谷を狙う理由、雨太郎と敵対する理由が明確化しているのは、これはうまいアレンジではないか、と素直に感じます。
(ちなみにこのさそり、原作では名前しか登場しない鳥居耀蔵と裏で結びついているという設定なのですが、こちらはほとんど設定倒れだったのが残念)


 …とは言ったものの、やはり先に述べた通り、普通の時代劇になってしまった感は否めない本作。それなりの分量がある原作を、一時間半に収めるのはやはり色々と大変だったのかな、とは思うものの、やはりもう少し頑張って欲しかったな、と終盤に登場する微妙な将棋谷のビジュアルを見るに付け思うのでありました。


 …にしても「時代劇スペシャル」は、今見てみるとちょっと驚くようなラインナップで…いや、これは贅沢を言うとバチが当たるかもしれませんね。


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2013.05.30

「刺客どくろ中納言 天下盗り、最後の密謀」 行政官僚が挑む戦国謀略サスペンス

 小田原城に籠もる北条を攻めるため、大軍を動かした秀吉。その家臣・富田一白は、三成の草の者が「どくろ中納言」という謎めいた言葉を残して死んだことを知る。その正体を追う一白だが、その前には秀吉、政宗、そして家康が幾重にも仕掛けた謀略が待ち受けていた。一白がたどり着いた真実とは…

 最近、再文庫化された「太閤暗殺」も好評の岡田秀文ですが、作者の魅力が最もよく出るのは、同作をはじめとする戦国謀略サスペンスとでも言うべき作品ではないかと感じます。
 かなりインパクトあるタイトルの本作も、その一つ。秀吉の小田原攻めを背景に、天下取りを狙った虚々実々の陰謀が展開していくこととなります。

 秀吉が大名同士の私闘を禁じた惣無事令。かの伊達政宗がそれに背いて隣国を攻めたのと気を同じくするように北条家が真田家の城を攻め、それが秀吉の天下取りの総仕上げとも言うべき小田原攻めに繋がったことは歴史が示すとおり。
 本作はその一連の出来事の背後に繰り広げられたら暗闘を描き出すのですが――しかし主人公が武将でも忍者でもない、いわば行政官僚というのが、本作のユニークな点であります。

 彼の名は富田一白――こう言っては何ですが、非常にマイナーな人物です。しかし、信長死後に秀吉が他の大名と行った外交交渉の多くを担当し、秀吉の側近として活躍した人物であります。
 なるほど、正面切っての合戦ではなく、そこに至るまで、そしてその背後で繰り広げられる諜報戦・謀略戦の世界を舞台とする本作にとっては、考えてみれば似合いの主人公。
 そして、そうは言っても武将ではなく、あくまでも役人――どちらかと言えば、我々に近い人物であるのも、親しみをもたせてくれます。

 しかし、そんな彼が挑む謎はなかなかの難物。そもそも、死に瀕した草の者の「どくろ中納言」という言葉以外、何が謎であるのか、それ自体が謎なのですから…
 その言葉を残した草の者は、誰に、そして何故殺されたのか。北条家に保護された利休の弟子との関係は。そして、北条家が小田原城から掘ったと噂の流れる隧道とは――

 さらに謎めいた伊達政宗の動き、さらには秀吉陣営内部の陰謀も加わって、物語は坂を転がり落ちる雪玉のように、謎はどんどんと巨大なものとなっていきます。
 この辺りの呼吸は、冒頭に述べた通り、作者ならではの戦国謀略サスペンスの醍醐味と言うべきでしょう。


 …が、最後の最後まで引っ張られた「どくろ中納言」の秘密が、正直に言って今一つ…
 説明が難しいのですが、そこに隠された陰謀の正体自体はそれなりに面白いものの、それにミステリアスなネーミングが明らかに負けていると言うべきでしょうか。

 この辺りのバランス取りは本当に難しいとは思うのですが――このネーミングこそが物語を、そして我々読者の興味を引っ張るだけに――物語自体は面白かっただけに、やはり残念に感じてしまうのは否めないところであります。
(漫画家の深見陽によるカバーイラストも、読み終わった後にみると、感心させられるものなのですが…)


「刺客どくろ中納言 天下盗り、最後の密謀」(岡田秀文 幻冬舎) Amazon
刺客 どくろ中納言 天下盗り、最後の密謀

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2013.05.29

「水滸伝外伝 浪子燕青」 第1回「後宮の燕青」

 中国ドラマ「水滸伝」全86話の日本での放送とDVD化はそれなりに話題となっているようで、もしかして今年は水滸伝が来るのでは!? と思っている昨今ですが、新たな水滸伝漫画「水滸伝外伝 浪子燕青」WEBコミックアクションで連載開始されました。タイトル通り燕青が主人公なのですが…ですが…

 「水滸伝外伝」と冠しつつも、少なくともこの第1話の時点では、「水滸伝」の時代背景や人物名を使いつつも全く別な物語が展開されていく本作。
 なにしろ驚かされるのは燕青のキャラクター――彼は大宋国の男人後宮(…えっ)で徽宗皇帝に寵愛(意味深…ではなくて直球)される美青年という設定なのですから…

 父親である禁軍大将の燕順(!)から献上されて徽宗の傍に侍るようになり、愛人兼護衛として虚無を抱えたまま生きる燕青の物語…のようですが、やはり徽宗と燕青の関係にどうしても目が行ってしまうのが事実。
 なるほど、燕青はもともと、何となく…いやかなりそういう方面でもしっくりくるキャラクターではありますが(北方水滸伝でも、濡れ衣ではありましたがそう思われておりましたし)、まさか「外伝」とはいえ、徽宗とこうなるとは意外、というほかありません。
 もちろん、水滸伝が乙女ゲームのソーシャルゲームになる時代ですから、耽美色の強い水滸伝があっても全く構わないと思いますが…


 しかしながら、考えてみれば燕青の渾名が「浪子」である一方で、史実では風流天子として(悪い意味で)知られた徽宗もまた、「浪子」と呼ばれた人物。
 それを考えれば、燕青と徽宗は似た者同士、本作は二人の浪子伝と言うべきものになるのかもしれず、なかなかに興味深いところではありますが…さすがにそれは第1回から考えすぎでしょう。

 この第1回では燕青の人物造形と背景がメインに描かれましたが、ラストでは男人後宮取締の戴宗(また吃驚)が徽宗に対して推挙した武芸師範として盧俊義が登場。
 言うまでもなく原典では盧俊義は燕青の主人であるわけで、イメージイラストでも燕青・徽宗・盧俊義が並んでいることを思えば、彼がこの物語で大きな役割を果たすことになることはまず間違いありますまい。

 正直に言えば怖いもの見たさという部分もありますが、雑色系水滸伝ファンとしては、やはりこの先の展開も見届けるしかない、と思っているところであります。


 上で触れたように、原典の登場人物が設定を変えて登場していると思しい本作ですが、冒頭では謀叛の疑いで宮仕えの押司(胥吏)が燕青に処刑される場面が登場。
 水滸伝で押司と言えばあの人、と半分本気で心配しましたが、大丈夫のようで一安心。

 にしても、胥吏自体は中央官庁にもかなりの数がいたのでまあよいのですが、その処刑を(本人の命令とはいえ)皇帝の眼前で行うのはさすがにいかがなものか…


「水滸伝外伝 浪子燕青」(七重正基 WEBコミックアクション連載)


関連サイト
 WEBコミックアクション掲載ページ

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2013.05.28

「破天の剣」 さまよえる軍神・島津家久の青春

 薩摩の島津貴久には義久・義弘・歳久・家久の四人の息子がいた。その末弟・家久は、普段は何を考えているかわからぬうつけ者と呼ばれながらも、戦においては天賦の才を発揮する男だった。そんな家久を、時に暖かく、時に戸惑いながら兄たちは見守るのだが、彼の心の中には拭いがたい孤独が…

 青春歴史小説の名手として私が大いに注目している作家が、天野純希であります。先日は幕末を舞台とした「戊辰繚乱」を紹介いたしましたが、本作はその一つ前に発表された戦国もの――薩摩の島津四兄弟を、その末弟の家久の生涯を通じて描き出した作品です。

 いわゆる島津四兄弟とは、戦国後期の戦国大名・島津貴久の四人の子供たちのこと。
 「三州の総大将たるの材徳自ら備わる」義久、「雄武英略をもって他に傑出する」義弘、「始終の利害を察するの智計並びなき」歳久、「軍法戦術に妙を得た」家久――
 いずれも一廉の器量を備えた兄弟であり、その強固な結び付きで島津家の悲願である三州統一を果たした男たちです。

 …が、その中で家久個人に目を向けると、不明な部分も少なくない、というのが正直のところのようであります。
 私は日本史上の人物を調べる時に、まず「新潮日本人名辞典」に当たるのですが、こちらでは初代薩摩藩主であり琉球を占領した同姓同名の甥(忠恒)の方が記述の分量が多いほどで、兄三人に比べても…という印象があります。


 さて本作では、そんな家久を、その謎多き生涯を逆に利用して、なかなかにユニークな人物として描き出します。
 幼い頃から大器の片鱗を感じさせた兄たちと異なり、本作の家久は、呑気でマイペースでどこかぼんやりとした…周囲からは何を考えているかわからないと思われてしまうような人物。
 兄弟で唯一母が異なるためか、周囲からも軽んじられることの多かった家久ですが、戦いにおいては別人のように天賦の才を発揮し、常人の及びもつかぬ戦法で次々と勝利を収めていくこととなります。

 本作は、島津家の九州統一に向けた戦いの中でも特に大規模であり、そして島津家が大勝利を収めた二つの戦い――大友軍との高城川の戦い(耳川の戦い)、龍造寺軍との沖田畷の戦いを中心に描きますが、そこで活躍するのはもちろん家久。
 自分たちを遙かに上回る軍勢を相手に一歩も引かず、いや寡兵を用いて存分に敵軍を振り回す家久の姿は痛快の一言。そしてそれだけの戦果を収め、島津家にその人ありと言われるようになっても、彼自身のキャラクターは昔と変わらぬまま…というのも、戦いの血なまぐささを差し引いて、本作に一種の暖かみを添える印象であります。


 …が、このように本作の主人公、中心人物として描かれながらも、家久の心中の描写は意外なほど少ない、というよりほとんど描かれることがありません。
 本作の大部分で描かれるのは、兄たちや妻、子や部下から見た家久の姿。あくまでも他人から見た家久、外側から見た家久の姿なのであります。

 それはもちろん、本作の描写が不足しているのでも欠落しているのでもなく、意図的な構造であることは言うまでもありません。
 本作は若き日には「うつけ者」、長じてのちは「軍神」と、周囲の評価が180度といってよいほど変わった家久の内面に敢えて触れないことにより、彼の中の巨大な虚無を描き出します。

 終盤に至りようやく描かれる彼が隠し秘めてきた内面――そこにあるのは、己の出自に関する不安と孤独感であり、そしてそれと表裏一体の、兄たちの役に立ちたい、という切なる願い。
 彼の生は、そのほとんど全てをその想いを埋めるために費やされたのであり…そして本作はその哀しみを敢えて内側から描かないことにより――そして同時に彼の戦国武将としての痛快な活躍を描くことにより――一層痛切なものとして、我々の胸に響くのであります。


 冒頭に、作者を青春歴史小説の名手と述べました。その意味では、家久の生涯を描く本作は、一見異色作に感じられるかもしれません。
 しかし、己は何者なのか、己に何が出来るのか――誰もが青春時代に一度は経験する悩みを、晩年に至るまで抱え続けた家久は、その生涯を青春の迷いの中に置いていたと言えるのではありますまいか。

 その意味では本作もまた、作者一流の青春歴史小説であると私は感じるのです。


「破天の剣」(天野純希 角川春樹事務所) Amazon
破天の剣


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2013.05.27

「妻は、くノ一」第8回(最終回) 「いつの日か」

 ついにドラマ版「妻は、くノ一」も今回で最終回。ついに御庭番を抜けた織江、目の前でその織江が人を殺める姿を目撃した彦馬…すれ違ってきた二人の運命は、ここにクライマックスを迎えることとなります。

 母・政江ともども御庭番を抜け、抜忍となった織江。しかし忍びの掟が、そして何よりも織江に終着を抱き、彦馬の策がもとで恥をかかされた川村が彼女を許すはずもありません。身の安全と自由を手にするために、政江と織江は、自分たちの方から川村を討つことを決意します。

 一方、彦馬の方も、織江から「こないで!」と拒絶された――もちろん彼女には彼女の切実な理由があったのですが――ことに大きな衝撃を受けつつも、静山の海外雄飛計画に手を貸し、いつの日か妻を連れて濤の彼方へ向かうことを夢見るのでありました。

 …そして再び交錯する二人の運命。静山の周辺を探る幕閣が静山の持ち屋敷を視察に訪れるのに川村が随行することを知った政江と織江は、ここで川村を襲撃することに――
 かくて川村と怪忍者・宵闇順平、さらに無数の配下たちと、政江・織江――と、その場の対応に出ていたおかげで成り行きから巻き込まれた雁二郎の間で大乱戦が始まることになります。

 これまで比較的アクションは少な目な本作でしたが、最終回の今回は、今まで溜めに溜めたものを解き放ったかのようなアクションまたアクションの連続。それも量だけでなく、質の方もまた見事で、忍者と忍者の、ほとんど留まることなく動き続けるアクション、侍同士のチャンバラとは全く異なる五体全てを使ったアクションを存分に堪能させていただきました。

 そして戦いに気づき、その場に駆けつけてきた静山と彦馬。いや、彦馬が来ても足手まといにしかならないのでは、というこちらの予感はやはり当たり、逆に助けられている彦馬ですが…
 しかし、ここで彦馬が来ることこそが、何よりも重要なのでしょう。忍びとしての血塗れの姿を目撃し、「来ないで」と言われ――それでも彼は来た。それは、彼がどんな姿を見せられても彼女を愛し、求め続けることを意味するのですから…

 そして双方大きな犠牲を払いつつも戦いは終わり、再び織江は彦馬の前から姿を消しました。…しかし、「いつの日か」という言葉を残して。
 そう、再び離ればなれとなっても、互いの想いは決して変わらぬことが確認できたのですから――物語は、それぞれの道を歩む二人の笑顔で終わりを迎えることになります。


 …そして「いつの日か」という想いは二人だけでなく、私の方にももちろんあります。
 二人のキャストを知った際には、正直なところ不安感もあったこのドラマ版ですが、しかし始まってみればそんな想いはすぐに吹き飛び、最後まで毎回楽しみに見てしまいました。

 もちろん、原作を完璧に再現したというわけではありません。以前述べたように、原作に比べて相対的に彦馬の出番が減り(おかげで彦馬の有能さがあまり目立たない形に…)、そのため原作のユーモアやペーソスは抑えられた、かなり重たい内容となった面は否めません。

 それに原作ファンとしては一抹の寂しさも感じなくはありませんでしたが、しかし小説とドラマで違いがあるのは当たり前。物語の要素を巧みに取捨選択することにより、二人の愛の物語として――そしてもちろんそれは原作においても中心に存在するものではありますが――再構成してみせたこのドラマ版は、紛れもなくもう一つの「妻は、くノ一」であります。

 だからこそ「いつの日か」――ちょうど今回のエピソードの時点で原作の真ん中辺り。残る後半部分を、そして物語の真の結末を、いつか必ず見せていただきたいのです。


関連サイト
 公式サイト


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 「国境の南 妻は、くノ一」 去りゆく彦馬、追われる織江
 「妻は、くノ一 濤の彼方」 新しい物語へ…
 「妻は、くノ一」(漫画版) 陰と陽、夫婦ふたりの物語

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2013.05.26

6月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 楽しかったゴールデンウィークももの凄い勢いで終わってしまいましたが、しかしそうは言ってももうすぐ6月。祝日のない6月であります。しかし6月は、5月に比べて伝奇時代アイテムの発売数が激増! これだけで生きていけますよ…というわけで、6月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 文庫小説でやはり注目は、上田秀人の「決戦 奥右筆秘帳」。「上田秀人公式ガイドブック」によれば、このシリーズは全12巻とのことで、すなわちこの「決戦」が最終巻――長きにわたり刊行されてきた作者の代表作がどのようなラストを迎えるか、大いに気になるところです。

 その他、シリーズものでは、あさのあつこ「燦 4 炎の刃」、朝松健「ちゃらぽこ 長屋の神さわぎ(仮)」、平谷美樹「風の王国 8 黄金の仮面」、中谷航太郎「覇王のギヤマン 秘闘秘録 新三郎&魁」と、新しい世代の新しい作品が目白押しであります。あっ、小松エメルの待望のシリーズ第2弾「約束 蘭学塾幻幽堂青春記」
 また、毎月お楽しみの廣済堂モノノケ文庫は、6月は岳真也の「ぼっこれ 大江戸妖かし草紙」であります。

 一方、文庫化の方では、共に第3弾が刊行されたばかりの仁木英之「くるすの残光」、宮部みゆき「あんじゅう 三島屋変調百物語事続」のほか、柴田錬三郎「眠狂四郎異端状」が何故か登場。再び和月伸宏絵の表紙でしょうか?

 また、先日「土方歳三蝦夷血風録」の副題で刊行された富樫倫太郎「箱館売ります」に続き、「松前の花 土方歳三蝦夷血風録」が登場。おそらくは「美姫血戦 松前パン屋事始異聞」の改題かと思いますが…さて、残り一作はいかに。

 また、中国ものの方では、丸山天寿の琅邪シリーズ第1弾「琅邪の鬼」がついに文庫化。徐福とその弟子を主人公とした豪快な伝奇ミステリですので、未読な方はぜひ。


 そして漫画の方では、まず驚かされたのが水木しげる「「忍法秘話」掲載作品 〔全〕」。6月から刊行開始の水木しげる漫画大全集の第1弾3点の一つですが、いやはや、いきなりすごい玉が飛んできました。

 その他、新登場では、まさかの明治時代を舞台にした新作、野部優美&夢枕獏「真・餓狼伝」と、タイトルそのままの怪作、荒木俊明「戦国ケンタウロス」が登場。

 続巻の方では、かわのいちろう&宮本昌孝「戦国SAGA 風魔風神伝」第3巻、水上悟志「戦国妖狐」第11巻、梶川卓郎&西村ミツル「信長のシェフ」第7巻、原哲夫「いくさの子 織田三郎信長伝」第4巻が気になるところです(しかしみな見事に戦国もの…)

 そして、月2冊ずつ刊行されてきた森田信吾「明楽と孫蔵」も、6月発売の2点でついに完結。今回の復活を機に、少しでも多くの方がこの名作に触れてくれることを期待します。


 一方映像の方は、東映ビデオが何故か元気。「影の軍団 服部半蔵」や「真田幸村の謀略」といった時代活劇の再発に加え、40年前に毎日放送で放映された怪談シリーズ全10話がおそらく初のDVD化と、気になるラインナップです。

 そして個人的に何よりも楽しみなのは、「水滸伝」のDVD化開始であります。一足早くCSで放送が始まりましたが、DVDの方はどうやら吹き替え音声入りのようで、こちらでもう一回チェックというのもいいかも…と、気持ちが揺れまくっております。



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2013.05.25

「黒い将軍 晴れときどき、乱心」 狂人と間抜けたちの血と嗤いの饗宴

 飛田作之進が行方不明となって一ヶ月。その間、作之進の体はもう一つの人格である源之丞に奪われ、下総にいた。一方、作之進を探す太一らも、拝み屋坊主・隆心の力で彼に行き先を知り、後を追う。しかしその間にも、やくざ同士の争いに巻き込まれた源之丞は、周囲に血の雨を降らせようとしていた…

 二重人格の侍・飛田作之進/誉田源之丞を中心に奇人変人が入り乱れ、どこに向かうのか全く先が読めなかった「晴れときどき、乱心」の続編であります。前作同様、作之進/源之丞の存在に様々な人間たちが振り回されていくことになるのですが…そこに展開されるのは、ある意味前作以上にとんでもない世界であります。

 江戸で次々と怪事件が続くなか、お人好しだけが取り柄の武士・作之進の中で目覚めたもう一つの人格・源之丞。
 恐るべき剣技と凶悪無惨な性格を持つ源之丞に目を付けた怪忍者・桃山青海との死闘の末、完全に体の主導権を奪った源之丞が江戸から姿を消す場面で、前作は終わりを告げました。

 その源之丞、好き勝手に放浪した挙げ句、下総辺りに現れたのですが…そんな彼を捜し求める者も一人や二人ではありません。
 作之進を捜す者――彼の友や師、母親――と、源之丞を捜す者――青海の妹・お蝶と鼠小僧次郎吉――が、それぞれに作之進/源之丞の行方を求め、奔走することで、事態はいよいよややこしくなっていきます。

 というのも、超オレ様の源之丞は、周囲の思惑など全く構わず暴れ回り、そしてお人好し&ヘタレの作之進は、周囲の思惑に振り回されまくり…そんな作之進/源之丞が天保水滸伝チックなやくざ同士の争いに足を踏み入れたことにより、もはや事態は目も当てられないことに…


 と、本当にどこに転がっていくかわからなかった前作に比べると、物語自体はシンプルになった感のある本作ですが、作品の破壊力自体はむしろあがった印象であります。
 なにしろ、登場人物のほとんど全員が、狂人(その代表はもちろん源之丞)か間抜け(同じく代表は作之進)なのですから、まともにすむわけがない。
 前作が霧の中で車を飛ばしていたとすれば、本作は、ブレーキの壊れた列車に乗せられているようなもの。前作が「サイコサスペンス時代小説」だとすれば、本作はむしろ「サイコスラップスティック時代小説」と言うべきか――いやはや前代未聞の怪作、読み始めたら最後まで、おかしな連中の血と嗤いの饗宴につき合うしかないのであります。


 …が、どうしてもひっかかる、というかつっこまざるを得ないのは、タイトルとなっている「黒い将軍」。
 ここで詳しくは述べませんが、本作の終盤、あれ、このタイトルは…と思っていた頃に登場するその正体たるや――

 いやはや、さすがの私でも、これはない、と言いたくなるような無茶苦茶ぶりで、これはご都合主義の誹りは免れますまい。
 もっとも、冷静になってみると、ほかの作品は格別、本作においてはそれもありか、という気分に段々なってくるのが、本作の恐ろしいところかもしれませんが…


 そしてまだまだ物語は続きます。冷静に考えればほとんど解明されていない謎の数々に答えが示されることはあるのか…それはわかりませんが、次回もまた、こちらを色々な意味で驚かせてくれる作品になることはまちがいありますまい。


「黒い将軍 晴れときどき、乱心」(中谷航太郎 廣済堂モノノケ文庫) Amazon
黒い将軍 晴れときどき、乱心2 (廣済堂モノノケ文庫)


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2013.05.24

「るろうに剣心 新京都編 後編 光の囀」 ドラマなき戦いの果てに

 前編を取り上げてからだいぶ間が空きましたが、「るろうに剣心 新京都編」後編であります。前編では、志々雄真実の一党による武装蜂起を防ぐために京に向かったものの、逆刃刀を折られた剣心が、新たな逆刃刀を手にするまでが描かれましたが…

 さて、前編は御庭番衆の操視点から描くとのことで、色々と考えさせられました。
 その後つらつら考えるに、操は「るろうに剣心」という作品の重要なテーマである「過去の清算」と「未来への継承」を――言うまでもなく特に後者を――体現する存在であった(薫と弥彦は京都編では部外者であるわけで)か、と今更ながらに思い至ったわけですが…

 まさか後編はそんなものが全く関係ない内容となっているとは…


 この後編は、京都編のラストまで――すなわち、志々雄の最期までが描かれることとなりますが、そこで登場するのは、宗次郎、安慈、不二の面々。正直なところ、後編はわずか45分、その時間でこれだけのキャラクターを消化できるのか――宗次郎以外は前編に登場していなかったと記憶するだけに――心配になったのですが、やはりその心配は当たってしまったという印象であります。

 原作に比べると、志々雄たちとの決戦が、彼の本拠地ではなく、甲鉄艦・煉獄で行われることとなったのが大きな変化。原作での煉獄はあまりにあっさりと(かなり無茶な形で)沈められたので、これはこれで良い改変であったと思います。
 そしてそこに京都大火の企てが平行して描かれ、左之助vs安慈、斎藤vs志々雄、比古清十郎vs不二、剣心vs宗次郎が展開されるのですが――この豪華バトルを消化するだけであっぷあっぷだった…というしかありません。

 そのバトルの内容も、この新京都編の特徴の一つである、「必殺技が登場しないバトル」が、足を引っ張った印象です。作画自体は決して悪くありませんが、必殺技なしに繰り出される技の応酬は、どうにもメリハリがない。
 そしてまた、原作における必殺技の存在は、単に相手を傷つけるだけのものではありません。左之助と安慈の二重の極み対決、清十郎から剣心への天翔龍閃継承…その存在は、時として人と人を結ぶ手段ともなるのです。

 が、本作は――剣を交えることで心が伝わることもあると語りつつも――必殺技がオミットされたことで、そうした戦いの中のドラマ、あるいはドラマチックな戦いというものもまた、同時に省かれてしまったのであります。

 剣心の最強技が柄頭の一撃という珍妙な事態は、そのある意味象徴かもしれません。蒼紫がその技であっさり処理されたこともまた…
(冷静に考えればあれは神谷一心流の技に近いものであり、それはそれで意味があるのかもしれませんが)

 いずれにせよ、前編で色々考えたことが、後編でほとんど全く意味がなかったというのはなかなか衝撃的ではありましたが…いやはや。


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2013.05.23

「洛中洛外画狂伝 狩野永徳」 絵の極みと新たな天下と

 狩野元信の孫・源四郎(永徳)は、手本の模写を中心とした流派の手法に飽きたらずにいた。ある日、京に出て賭け闘鶏を絵に描いていた源四郎は、貴人の少年、後の足利義輝と出会う。絵師としての己の道に悩みつつも、いつしか源四郎は義輝の理想とする天下の姿を描き留めることを目指すようになるが…

 日本史の授業を受けていれば必ずその名を耳にすることになる戦国末期の絵師・狩野永徳。最近のフィクションの世界では安部龍太郎「等伯」にライバル的な扱いで登場した永徳ですが、本作は後の永徳、狩野源四郎の若き日の姿を描いた作品であります。

 既に京の絵師として確たる地位にあり、扇絵制作の専売権を持つなど、経済的にも強い力を持っていた狩野派。その当主の嫡男として生まれながらも、源四郎は祖父・元信が切り拓いた道に安住することなく、むしろ反発すらする存在として描かれます。
 手本の模写と分業という、一種の工業作品的手法で製作されていた当時の狩野派の作品にあきたらず、あくまでも己の絵を描こうとする源四郎。彼は、父・松栄をはじめとする周囲の人々とぶつかり、白眼視されながらも、己の描くべきものを求め、一歩一歩もがきながら歩を進めていくのですが――

 そんな彼にとっての、主であり、同志であり、そして導き手として登場するのが、かの足利義輝であります。
 まだ互いが子供であった頃、京の町で闘鶏を見物している時に出会った源四郎と義輝。己の鼻血を墨代わりに使って鶏の姿を一心に描く源四郎に興味を持った義輝は、それ以降、あたかも源四郎を挑発するように、様々な絵の制作を命じるようになります。

 その義輝の命に時に戸惑い、時に苦しみ、そして時に勇気づけられながら、己の理想とする絵に近づいていく源四郎。そしてそんな前人未踏の絵の境地に向かう源四郎の姿は、同時に、これまでにない将軍の在り方、天下の在り方を求める義輝をも力づけるものでもあります。

 本作はこの二人の交流を通じて当時の京の姿を、ひいては当時の天下の姿というものを描き出していくことになります。それは、いわば時代を武士の立場と庶民の立場、二つの視点から描いたと言えるでしょう。
 そしてそれは、単にありのままの現実を描き出しただけではありません。そこに描かれるのは、巨大な夢と理想――いささか大仰に言えば、あるべき姿が描き出されるのです。

 そしてその象徴として、精髄として描かれるものこそが現れるのが、かの洛中洛外図であります。
 上杉家に伝わり、現代ではいわゆる上杉本と呼ばれるこの屏風は、義輝の依頼で永徳が描いたものが、その後信長の手に渡り、さらに謙信に贈られたという説が有力ですが、本作はそれを踏まえた上で、そこに込められた二人の想いを鮮やかに描き出すのであります。
 源四郎が目指した絵の極みと、義輝が目指した新たな天下――その二つが交錯した末に生まれた傑作。そして本作においては、さらに一つの奇瑞と呼ぶべきものを加えることにより、同時に二人の絆そのものとして、更なる感動を結末において生み出します。


 優れた芸道小説にして、優れた歴史小説――源四郎と義輝、二人を物語の中心に置くことにより、本作は、異なる二つの性格を、矛盾なく過不足なく――半ば奇跡的なバランスによって――持たせることに成功していると申せましょう。
(ちなみに二人にとっては仇役となるべき松永久秀も、通り一遍の人物像ではない陰影を持った存在として描かれるのも印象に残ります)

 さて本作は、源四郎が信長に対して洛中洛外図の来歴を――そして自らと義輝の夢を――語るというスタイルで描かれますが、もちろんその後も源四郎の、永徳の挑戦は続きます。
 そこで源四郎が見たもの、描いたものが何であったのか、それを見てみたい――つまり、続編を読んでみたいという気持ちは、誰もが持つものではありますまいか。

 個人的には、源四郎が洛中洛外図を完成させた直後に、父とともに大徳寺のの聚光院に障壁画を描いたという史実に、強く惹かれるものがあるのですが――


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洛中洛外画狂伝: 狩野永徳

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2013.05.22

「曇天に笑う」第5巻 クライマックス近し、されどいまだ曇天明けず

 明治の琵琶湖畔を舞台に、300年に一度復活する怪物・オロチと、曇神社の三兄弟の運命を描く「曇天に笑う」の第5巻が発売されました。掲載誌の方では最終回を迎えたとのことですが、その前段階たるこの第5巻の方では、起承転結の「転」にしては、あまりに転転転と気になる展開が連続であります。

 オロチが復活する際にその身に宿る「器」として処刑された曇兄弟の長男・天火。しかしその後も、オロチ復活の証とされる曇天は晴れることなく…と思いきや、真の器は天火ではなく、次男の空丸だった! という衝撃的な展開で終わった前巻。
 衝撃的といえば、天火が実は生きていた、という展開も十分以上に衝撃的だったのですが、それを上回るヒキであります。

 さて、5巻冒頭で語られるのは、何故死んだはずの天火が生きていたのか、そして何よりも、彼の身に現れたオロチの器としての兆候は何だったのか…の謎解きですが、これがもう「なるほど!」の連続。
 意外な、しかし納得の真実に唸り、そしてその陰の天火の覚悟に打ちのめされ…これだけでもう満腹に近いのですが、しかしまだまだこれは序の口、であります。

 天火が再び立ち上がった一方で、絶望に沈んでいるのは空丸。ようやく天火を失った悲しみから立ち上がり、新たな師匠や仲間、同居人を得たと思いきや、実は自分がオロチ! というのでは、それで絶望するなという方が無理ですが…

 しかしここで嬉しいサプライズとなったのは、今の空丸の師であり、かつての天火の親友であり、そしてオロチとその器を討つ特務部隊・犲の隊長であるはずの安倍蒼世の態度であります。
 一度は天火と志を同じくしながらも、オロチの器の処遇を巡って袂を分かった蒼世が、天火の弟の危機を前に…というのは泣かせる展開。

 そしてここで、空丸にとって一つの希望となる存在が…とくればさらに盛り上がるのですが、あにはからんや、ここでこの巻の、いやある意味この物語最大のどんでん返しが待ち受けているとは――
 こればかりは詳細を明かすわけにはいきませんが、ここで描かれるのは、あまりにも意外すぎるある人物の裏切り。
 冷静に考えれば納得はいかないでもないのですが、しかしここで! このタイミングで! と、一気に奈落に突き落とされた気分にさせられること間違いなし、であります。


 それにしても本作は、第1巻の時点では物語がどこに向かっているか、まるでわからなかったのですが、それが物語が進むにつれて全ての登場人物、全ての要素がパチリパチリと繋がり、ここに至り一つの巨大な伝奇絵巻が生まれた感があります。

 曇三兄弟、犲の面々、獄門処の住人たち、そして600年前からの因縁に繋がれた者たち――
 果たして彼らの運命がいかなる結末を迎えるのか、今はそれを知りたい気持ちが強すぎて、冒頭に述べたとおり一足先に最終回だけ読んでしまうべきか、真剣に悩んでいるところなのです。


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 「曇天に笑う」第2巻 見えてきた三兄弟の物語
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2013.05.21

「妻は、くノ一」 第7回「身も心も」

 ついにドラマ版「妻は、くノ一」もラスト目前であります。織江が招いた松浦静山の危機を自分の力で解決しようとする彦馬、御庭番から抜けることを決意した織江…二人の運命はいよいよ大きな転機を迎えることになります。

 静山のもとから織江が盗みだした書物「西洋武器惑問」。その書物への書き込みが、見ようによっては幕府への叛意とも読み取れることから、それが静山への追求に使われることになりかねない…と悩んだものの、最終的にはそれを川村に渡してしまった織江。
 彼女の懸念通り、川村は幕閣に書物を提示して、静山の追い落としを図るのですが――

 と、そんな自分の「妻」の行動へのつぐないをせんと頭を悩ませていた彦馬ですが、思ったよりもあっさりと閃いた対抗策は、「同じ書き込みをした本を写本して江戸に流通させること」。
 なるほど、木を隠すには森の中、そして森がなければ木を植えてしまえばよい…という発想の逆転であります。

 実はこの辺りは原作の第4巻「風の囁き」のエピソードなのですが、こうして映像で見てみると、一から本を写した上に、そこへの書き込みまで再現するのは、実はとんでもない大仕事だったのだなあと、妙なところで感心。
 それを「一晩でやってくれました」的にやり遂げた彦馬はもしかすると想像以上にすごい男なのかもしれません。わざわざ、自分と織江が舟に乗っているマークを書き足すくらいですし。いや、それが元で彦馬がやったとバレたわけで、やっぱりそうでもないか…
(ちなみにここで彦馬が思い出す織江との会話は、原作既読者であればかなりニヤリとできるかと)

 さて、彦馬の作戦が大成功して静山への追求は沙汰止みとなった上、口説いていた織江がついに母親ともども逃走と、雙星夫妻に二重に恥をかかされた川村は二人の抹殺を宣言。
 そして、彦馬への刺客に選ばれたのは、織江の親友であるお蝶…と、ここからが今回のクライマックスであります。

 自分が狙われているとも知らず夜道を行く彦馬に襲いかかるお蝶。為す術もなく追い詰められた彦馬を間一髪で助けたのは――織江!
 初めて妻が戦う姿を目の当たりにした彦馬、初めて夫の前で正体を隠すことなく戦う姿を晒した織江。さらに命令とはいえ、幼馴染の想い人を襲い、その幼馴染と殺し合いを演じることになったお蝶と、三人誰ひとりとして幸せにならない戦いです。

 ヒーローが自分の愛する者の前で正体を明かす、正体を知られるというのはある意味定番の展開ですが、しかし今回描かれたそれはあまりに重い。愛する人を眼前にしながら、ただ「来ないで!」としか言えなかった織江の心中は、察するにあまりあるものがあります。

 そしてもう一人、正体を明かした人間がいるのですが――こちらはあまりにもあっさりなのが拍子抜け。原作では「えええええ、お前!」的な驚きがあっただけに、ちょっと、いやかなり残念であります(まあ、ほとんどバレバレではありましたが…)

 何はともあれ、次回でいよいよ最終回。ドラマ版として、いかなる幕引きを用意しているのか、最後の最後まで目が離せません。


関連サイト
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 「妻は、くノ一」 第3回「歩く人形」
 「妻は、くノ一」 第4回「忍びの宿命」
 「妻は、くノ一」 第5回「いのちのお守り」
 「妻は、くノ一」 第6回「つぐない」

 「妻は、くノ一」 純愛カップルの行方や如何に!?
 「星影の女 妻は、くノ一」 「このままで」を取り戻せ
 「身も心も 妻は、くノ一」 静山というアクセント
 「風の囁き 妻は、くノ一」 夫婦の辿る人生の苦楽
 「月光値千両 妻は、くノ一」 急展開、まさに大血戦
 「宵闇迫れば 妻は、くノ一」 小さな希望の正体は
 「美姫の夢 妻は、くノ一」 まさかのライバル登場?
 「胸の振子 妻は、くノ一」 対決、彦馬対鳥居?
 「国境の南 妻は、くノ一」 去りゆく彦馬、追われる織江
 「妻は、くノ一 濤の彼方」 新しい物語へ…
 「妻は、くノ一」(漫画版) 陰と陽、夫婦ふたりの物語

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2013.05.20

「螢草」 つつましくも美しき人の善

 早くに両親を亡くし、鏑木藩の上士・風早市之進の屋敷の女中となった菜々。市之進の妻・佐知に妹のように慈しまれ、二人の子にも慕われるようになる菜々だが、市之進が藩の不正に絡んで無実の罪を着せられてしまう。二人の子を守って懸命に生きる菜々は、市之進を救うため、一世一代の賭に出る…

 最近、いやいつも殺伐とした物語ばかり読んでおりますと、たまには暖かく、ホッとできる物語が読みたくなります。そんな時にぴったりだったのが、本作「螢草」であります。

 主人公となるの十六歳の少女・菜々。舞台となる鏑木藩の武士だった父は、ある事件がもとで腹を切り、あまり丈夫ではなかった母は病で亡くなった彼女が、風早家の女中となるところから、物語は始まります。
 当主・市之進は、将来は藩を背負って立つと期待された俊英ながらも、普段は優しく穏やかな人物。その妻・佐知も、慎ましやかに彼を支えながらも二人の子を慈しみ、そしておっちょこちょいな菜々にも優しく接する良妻賢母。絵に描いたような暖かい家庭で、菜々は幸せな日々を過ごすのですが――

 しかし改革派の中心であった市之進が、藩の汚職を告発せんとして罠にはまって捕らわれ、さらに佐知との別れを経験したことで、菜々の生活は大きな波瀾に見舞われることになります。


 実に本作の魅力の大部分は、この菜々のキャラクターによるところが大きいでしょう。
 決して幸せな育ちではないにもかかわらず、決して明るさと素直さを失わず、前向きに考えることを忘れない。知恵も回り、剣を学べばそれなり以上の腕を見せる――
 と書くとちょっと完璧すぎるように見えますが、ちょっとおっちょこちょいで天然が入った(人の名前を間違って覚えるのが作中でお約束)部分もある彼女は、まずもって愛すべき人物、という印象。そこにいるだけで場が明るくなるようなヒロインであります。

 しかしながら、本作で彼女が経験するのは、だけではありません。市之進と佐知を襲った運命から自らの父親にまつわる因縁まで、人間の悪意が凝ったような人の世の負の部分が、彼女の運命を襲うことになります。
 それでもなお、彼女が負けずに自分の道を貫くのは、彼女本人の明るさもさることながら、彼女の周囲に、人の世の明るい部分、人間の善意が存在したから――それもまた、彼女自身が引き寄せたものではありますが、人の善き部分の存在は、世の中にままならぬ部分があることも我々はよく知るが故に、より一層胸に響くのであります。


 厳しいことを言ってしまえば、登場人物のほとんど全員が善悪がはっきり分かれる点、基本的に菜々の行動は(それなりに苦労はするものの)皆うまくいく点など、本作は良くも悪くも「よくできたお話」という印象は否めません。
 その点においては、ある意味作者らしからぬ作品…というのは厳しすぎる評価かもしれませんが、それもまた本作を評価する言葉でありましょう。

 それでもなお、本作に描かれた、菜々をはじめとする善き人々の姿、人の世の善なる部分は、とかくままならぬことの多い世界において、一つの美しいものを見せてくれたという想いもまた、強くあるのです。

 螢草――露草のように、つつましくも美しく鮮やかな印象を残す作品であります。


「螢草」(葉室麟 双葉社) Amazon
螢草

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2013.05.19

「向ヒ兎堂日記」第2巻 入り交じる人情と伝奇と

 妖怪関連の本を収集する貸本屋・向ヒ兎堂を舞台に、怪異とそれにまつわるものが国によって取り締まられる明治時代を描いた鷹野久「向ヒ兎堂日記」の第2巻であります。

 時は明治、妖怪や怪談等、この世のものならざる怪異を記した物・語る物を禁じる違式怪異条例が制定され、国の違式怪異取締局により取り締まりが行われていた時代――そんな中で、密かに禁書を扱うのが向ヒ兎堂…
 と書くと、なにやらものものしいイメージがありますが、しかし本作の雰囲気自体は、そうしたものとは無縁の印象があります。

 というのも、若き主人の兎崎伊織をはじめとして、向ヒ兎堂に集まる面々は、どこか呑気な者ばかり。化狸の千代、猫又の銀、鳴釜…皆、それなりに深刻な状況にも何となく適応して暮らしているのは、さすがに「浮世離れした」と言うべきでしょうか。

 さて、本作にはこうした向ヒ兎堂の面々が出会う一種の妖怪人情話の側面と、違式怪異取締局にまつわる伝奇もの的側面がありますが、この第2巻においてもその二つは時に並行して、時に入り交じって展開していくことになります。

 というのも、この明治において、唯一怪異を扱っている向ヒ兎堂は、悩み事を抱えた妖怪たちにとって一種の駆け込み寺的な存在。そしてその悩み事の原因は、怪退治まで行う(らしい)違式怪異取締局によるものが大半を占めているのですから…
(そんな中で、唯一異彩を放つ「天邪鬼」のエピソードは、ちょっぴりホラームード漂う

 そして伊織本人にとっても、どうやら違式怪異取締局は縁浅からぬ存在である様子。まだ彼自身の過去には語られぬ部分が多いのですが、その彼の出生の秘密が、取締局が探すある血筋に連なるものであるとすれば…これはなかなか、大事になりそうな予感であります。
 思わぬ因縁で向ヒ兎堂に引き取られた、取締局の男・都築の家から出た占術書。それが伊織に反応して奇瑞を示すのは何故か。時に伊織の爪が赤く染まり、不思議な力を放つのは何故か…まだまだわからぬところだらけではありますが、なかなか気になる所です。


 そうした興味深いヒキの部分はきっちりとありつつも、やはり本作全体を包むムードは柔らかく、穏やかな印象で、そのギャップあるいはバランスもまた楽しい。
 この辺りは、作者の端正で、そして良い意味で体温の低い絵柄が大きく作用しているのではないかと思いますが、この先もこの空気感は保っていただきたいと願うところであります。

 ただ一点、難点を言えば、今回収録されたエピソードの多くが、貸本屋とあまり関係ないものであったことですが…この辺りは改善を期待。
(伊織たちが淡々と煤払いをするエピソードなどは、これはこれで楽しいのですが)


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向ヒ兎堂日記  2 (バンチコミックス)


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 「向ヒ兎堂日記」第1巻 怪異消えゆく明治の妖怪人情譚

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2013.05.18

「処刑剣 14BLADES」 背負ったスーパーウェポンの重み

 明朝の秘密警察・錦衣衛の指揮官・青龍は、宦官・賈からある密命を受けるも、その中で裏切りに遭い深傷を負う。親王と結んだ賈が玉璽を奪ったことを知った青龍は、護送屋に自らの護送を依頼し、賈の陰謀を阻むため砂漠に急ぐ。しかし親王の暗殺者であり、奇怪な体術を操る美女・脱脱が彼らを追う…

 極私的ドニー・イェン祭り、今回は2010年に公開された「処刑剣 14BLADES」(原題「錦衣衛」)であります。

 タイトルだけ見ると「セブンソード」をどうにかしたような印象ですが、もちろん内容は無関係。原題の錦衣衛は明王朝のいわば特務機関、秘密警察であり、この時代を舞台とした作品にはしばしば(悪役として)登場する存在です。
 ドニー・イェン演じる主人公・青龍は、この錦衣衛の指揮官であり、最強の男。そして彼がその座にある証として与えられたのが14BLADES――大明十四刀なる必殺武器であります。

 この大明十四刀、見かけは細長い木箱ですが、中に収められているのは、その名の通り14本の刀――うち8本は尋問用、うち6本は(自決用も含めた)処刑用の刀。箱には絡繰りが仕掛けられ、刀を機械的に射出することも可能であれば、鎖を打ち出して移動に使用することも可能と、攻撃・防御・移動に使えるスーパーウェポンなのです。

 物語の方は、青龍が周囲から裏切られながらも、なおも錦衣衛の誇りを貫き、任務を全うするために、奪われた皇帝の玉璽を追って死闘を繰り広げることとなります。
 その追跡行に絡むのは、彼が身を隠すために雇った「正義護送屋」の頭目の一人娘・喬花に、玉璽を用いて叛乱を目論む親王の義理の娘であり、異様な体術を操るエキゾチックな美女・脱脱、そして青龍に手を貸す盗賊団・天鷹幇の頭目・砂漠の判事。
 錦衣衛として生き残るために兄をはじめとする仲間たちを葬ったという過酷な過去を背負った青龍は、この旅の中で彼女たちと出会い、戦い、別れる中で、その堅い殻に籠もった心の内を、徐々に見せていくことになります。
(気のせいか最近、過去を背負ったバカ強いダメ人間を演じることが多いドニーさんですが、本作の青龍もその延長線上にあると言えるでしょう)

 もちろんその過程で描かれるのは、ド派手なアクションの数々。ワイヤーワークやCGもかなり使われますが、しかし大事なのは、それをどう使うか。
 本作においては、例えば先に述べた大明十四刀のギミックを用うことによって、空間を縦横に使ったアクション設計が行われていたり、脱脱が着物を一枚一枚脱ぎながら攻撃を躱し、そしてまた躱しながら一枚一枚着ていくという超絶軽功描写(もっともCGの出来は今ひとつですが…)などが、強く印象に残ります。

 特に大明十四刀は、単に武器というだけでなく、青龍にとっては彼の人生の象徴とも言うべき存在。ラストで彼がその十四刀を用いて見せるある行動は、まさに彼の内面あってのものと言えるでしょう。

 登場キャラの方も、主人公のライバルが妖艶な美女という意表を突いた脱脱や、最近のFFみたいなコスチュームデザインの砂漠の判事など、「今の」武侠アクションというものを感じさせるものであります(さすがに錦衣衛のコスチュームはあまりいじれませんでしたが…)


 しかし、全体を通してみると、ドラマ面で不満が残るのも正直なところ。
 ヒロインがテーマ的なものを台詞にして言う時点でどうかと思いましたが、青龍も、中盤近くまで何を考えているのか実にわかりにくい(身分を隠しての逃避行のはずが、山賊に錦衣衛の証を見せるのはどう考えても平仄に合わない…)。

 先に述べたとおり、アクションとキャラクターに光るものがあっただけに、それだけでOK…と言いたいところなのですが、やはり(当たり前ですが)ドラマでひっかかるのは残念なところ。複雑なドラマを作ろうとしたのが逆効果だった…というのは厳しすぎる評価でしょうか。


 ちなみにもう一つ気になったのは字幕の訳語。「護送屋」はやはり「ヒョウ局」(ヒョウは金+票」で、「判事」は「判官」でないと…というのは、武侠好きの繰り言かもしれませんが。

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2013.05.17

「戊辰繚乱」 幕末群像の中の狂気と悲しみ

 遊学の名目で会津から江戸に出て自堕落な毎日を送る山浦鉄四郎は、ある日誤解から同じ藩の少女・中野竹子に叩きのめされる。竹子に勝つため、試衛館で剣の腕を磨くようになった鉄四郎は、藩主・容保の上洛に伴い、京に向かうよう命じられる。幕末の動乱に巻き込まれていく鉄四郎と竹子の運命は…

 今年の大河ドラマ「八重の桜」は幕末ものですが、本作はそちらと同じく会津の人々を主人公に描く作品。ですが、そこは青春歴史小説の若き名手が描くだけあって、通り一遍の作品ではありません。

 本作の主人公・山浦鉄四郎は、実在の人物であります。幕末に京都守護職を拝命した松平容保に伴い京に上り、そこで新撰組に参加。記録によっては藤堂平助の友人と記されているらしく、おそらくはその縁でしょうか。
 その後、会津に戻り会津戦争の籠城戦にも参加し、その剣の腕を発揮したとのことですが――さほど記録が残っておらず、そしてよく知られた人物というわけでもありません。

 その意味では、ヒロイン・中野竹子の方が今年は知られていることでしょう。大河ドラマでは黒木メイサが演じている彼女は、会津藩切っての女傑として知られ、会津戦争においては武士の妻女たちを集めた娘子隊を率いて戦ったという人物です。

 そんな勇名を馳せた二人を、しかし本作は、あくまでも等身大の若者として描き出します。
 剣にも勉学にもやる気がないまま、ただ会津にいるのは御免と江戸に出て、西周の塾で学ぶ――しかし落第すれすれの――鉄四郎。そんな彼は、ある春に町で竹子の妹・優子とぶつかったことがきっかけで竹子に一方的に叩きのめされることになります。

 一つにはその屈辱を晴らすため、もう一つには美しい竹子に惹かれて、彼女との再戦に望まんと、やはり竹子がきっかけで知り合った試衛館の面々とともに、剣を磨く鉄四郎。やがて鉄四郎と竹子の間に不思議な交流が生まれるのですが――


 幕末ものというのは、題材には困らないようでいて、実は小説に、フィクションにするには実はかなり難しいのではないかと常々考えています。一つには、時代が現代と近すぎて、フィクションを描く幅が限られてしまうこと。もう一つには、有名な史実――事件や人物が多すぎて、ややもすれば、フィクションがその中に埋没してしまいかねないこと。
 作品独自の要素を持たせようとしても、史実の波瀾万丈さに負けてしまい、史実を描こうとしても、有名過ぎて独自性に欠けてしまう――いささか大げさに言えば、そのような難しさがあると感じるのです。

 しかし本作は主人公設定の妙により、それを軽々とクリアしていると感じられます。
 新撰組と行動をともにし、会津戦争にも参加した人物であって(さらに言えば、竹子とも現実にある接点を持つ)、なおかつ、経歴には不明な部分も多い…そんな実在の人物である鉄四郎に、本作は攘夷も佐幕も関係ない、そして未来に向けた展望もそれほどあるわけでもない、一種の閉塞感を抱えた若者としての性格を与えることにより、本作は幕末の狂瀾を、一種俯瞰的に、かつ主観的に――そして一定のリアリティを持たせつつ――描き出すことに成功しているのであります。

 しかし、そんな鉄四郎の、現代の我々からも十分共感できる視点から描き出された幕末の姿は、それだけにどこまでも重く切実であり、突き刺さるような痛みを感じさせるものであります。
 いわばそれは、イデオロギー的な格好良さを剥ぎ取った、ナマの幕末像…歴史のうねりなどといった、わかったような言葉で語るにはあまりに巨大な狂気と悲しみの連鎖であって――そしてそれは、当然のことながら、鉄四郎だけを傍観者の立場に置きはしません。
 主義主張も関係なく、ただ自分の大事な人を守りたいだけだったにもかかわらず、彼もまた、いつしかその狂気に蝕まれ、その悲しみを背負うことになるのですから…

 愛情や友情、自尊心や郷土愛…人間が人間であるために存在する、本来であれば人間性の善き部分と呼ぶべきもの。しかしそれがあるからこそ、一人の力ではどうしようもない巨大な力の前で、人は苦しみ、狂っていくことがある――本作は、そんな残酷な真実を我々に突きつけます。

 それに抗する術はないのか? そんな我々の切なる問いかけに、本作は結末において、一つの小さな答えを用意しています。正直なところ、それは理想であり、それこそリアリティのないものに感じられるかもしれません。

 しかしそれも揺るぎない史実であることを知れば――そして本作がそこに至る道のりを丹念に描いてきたことを考えれば――そこに私は一つの小さな希望と、作者の静かな、優しい眼差しを感じられるように、私には感じられるのです。

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戊辰繚乱

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2013.05.16

「妻は、くノ一」 第6回「つぐない」

 残すところ、今回を入れて3回。そろそろラストに向けた道筋も見えてきた印象のあるドラマ版「妻は、くノ一」。今回は、いよいよ彦馬と織江に重大な転機が訪れることになります。

 静山が軍艦建造を目論んでいるような書き込みがされた書物を盗み出し、下屋敷から姿を消した織江。彼女がその書物を川村に渡せば任務完了になるはずですが――
 静山と平戸藩の破滅、ひいては彦馬にまで累が及びかねないその書物を提出することもできず、彼女は任務と愛情の板挟みとなって苦しむこととなります。

 一方、静山から書物が盗まれ、そして屋敷から飯炊きが消えたことを知った彦馬は、彼女こそが織江であると確信を持ちます。しかしそれは、織江がやはりくノ一であったこと、平戸藩を探りに来た「敵」であることを意味することを意味します。
 そしてそれは同時に、彼女が自分に見せた愛情は、くノ一としての偽りのものであったかもしれないことを意味するのですが――

 これまで(原作の様々な他の要素を抑えつつ)彦馬と織江の関係性を中心に展開してきたこのドラマ版ですが、ここに二人の関係は最大の危機を迎えたと言ってよいでしょう。
 織江は、彦馬の愛と己の任務――それは(望まぬとはいえ)彼女の人生そのものでもあります――のどちらを選ぶのか。彦馬は、織江に対する自分の愛を、そして何よりも自分に対する彼女の愛を信じ抜くことができるのか…


 このドラマ版においては、二人の想いの行方を、二つの奇妙な親子関係――織江と雅江、そして彦馬と雁二郎――を、あたかも対比させるように描き出します。

 織江と雅江――二人は、確かに血の繋がった母娘でありながら、しかし二人を世間の普通の母娘というには、その間柄はあまりに特殊であります。
 くノ一として暮らし、娘に対しても師としてその技を叩きこんだ母。そんな母の態度に不満を覚えつつも、ただそれ以外の道がなかった故にくノ一として生きてきた娘。
 光と影を印象的に配置した背景の中で、そんな親子がついにお互いの想いを――大げさに言えば、己が生きる意味を――ぶつけ合うこととなるのであります。

 それに対する彦馬と雁二郎はといえば、これも世間一般とは大きく異なる父子であります。
 子を持たずに隠居する武士が、養子をもらうこと自体は決して珍しいことではありませんが、雁二郎は彦馬より年上で、しかし立場はあくまでも子。そんな捻れた関係にある二人の仲は、決して悪いものではありませんが――仲良くそばを啜る姿など実にほほえましい――しかしここで雁二郎は、彦馬に対して容赦ない言葉を浴びせます。

 織江のことを、織江の正体のことを、織江が決して彦馬が思うような存在ではないことを…そしてそれに対する彦馬の言葉こそが、今回のクライマックスであります。
 お前は織江を知ってるか。見たことがあるか。言葉を交わしたことがあるか。優しさに触れたことがあるか。底抜けに楽しげな笑い顔を見たことがあるか。朝夕の飯を食ったことがあるか――

 人と争うことを嫌う彦馬の口から、畳みかけるように、叩きつけるように出てくるこの言葉こそが、彦馬の想いの表れであり、それがこの「妻は、くノ一」というドラマの一つの到達点でありましょう。

 そして陰でその言葉を涙ながらに聞いていた織江は、ついに忍びを抜けるという決意を固めることになります。
 そして彦馬の方も、心ならずも織江が川村に渡した書物のために、静山に累が及ぶことを止めてみせるという決意を固め、ここに二人はそれぞれの戦いを始めることに――いよいよクライマックスであります。


 ちなみに以前触れた、原作では彦馬より年下(と思われていた)雁二郎が、こちらでは最初から彦馬より年上と設定されている理由は、今回の会話を見ていれば明らかでしょう。
 形上は子であっても、人生の先輩として彦馬を諭すその姿は、やはり年上でなければなりますまい。
 織江が原作と違い、実際に手込めにされた部分も、今回の雁二郎の言葉を聞いていれば頷けるところ、疑問に思っていた改変にしっかり答えが用意されているのは、当たり前と言えば当たり前ですが、ちょっぴり悔しくも嬉しいものです。


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 公式サイト


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 「妻は、くノ一」 第2回「あやかし」
 「妻は、くノ一」 第3回「歩く人形」
 「妻は、くノ一」 第4回「忍びの宿命」
 「妻は、くノ一」 第5回「いのちのお守り」

 「妻は、くノ一」 純愛カップルの行方や如何に!?
 「星影の女 妻は、くノ一」 「このままで」を取り戻せ
 「身も心も 妻は、くノ一」 静山というアクセント
 「風の囁き 妻は、くノ一」 夫婦の辿る人生の苦楽
 「月光値千両 妻は、くノ一」 急展開、まさに大血戦
 「宵闇迫れば 妻は、くノ一」 小さな希望の正体は
 「美姫の夢 妻は、くノ一」 まさかのライバル登場?
 「胸の振子 妻は、くノ一」 対決、彦馬対鳥居?
 「国境の南 妻は、くノ一」 去りゆく彦馬、追われる織江
 「妻は、くノ一 濤の彼方」 新しい物語へ…
 「妻は、くノ一」(漫画版) 陰と陽、夫婦ふたりの物語

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2013.05.15

「水滸伝」 第05話「拳にて鎮関西を打つ」/第06話「魯達 剃髪し文殊寺に入る」

 感想の方はだいぶ遅れてしまいましたが、放送の方は順調に進んでいるTVドラマ「水滸伝」。ドラマ冒頭はかなりオリジナル展開に近い内容でしたが、今回辺りは完全に原典通り――と言いたいところですが、作中の時系列を整理してあるところがなかなかに面白いところです。

 さて、第5回のタイトルは「拳にて鎮関西を打つ」。原典でも見せ場の一つ、花和尚魯智深…いや、この時点では魯達が、悪人・鎮関西の鄭屠を素手で叩きのめすエピソードであります。
 その鎮関西がどのような悪行を働いたかは、第4回にいやというほど見せられましたが、薄幸の美女・金翠蓮とその父を嫌というほど追い詰めたその外道っぷりは原典以上。ここまで外道であれば、魯達の怒りが爆発してもむしろ当然と納得出来ます。

 その魯達、頼みにしていた上官が鎮関西(の背後の高官)の力に怯えて何もできないのに業を煮やし、ついに力尽くで金翠蓮らを逃がすことを決意します。それに巻き込まれた史進と李忠こそいい面の皮ですが…特に、なけなしの稼ぎを出したらシケてるだの言われた上に(ここまでは原典通り)、唯一の武器である木の椅子を魯達に奪われた李忠。

 それはさておき、父娘を逃がす間に鎮関西の本業である肉屋に乗り込んだ魯達は、ここで原典通り赤身だけ十斤よこせ、次は脂身だけ、その次は軟骨だけ…と嫌がらせに走るのですが、いやこのシーンがもう本当に鬱陶しい!
 原典では何となく読んでいたシーンですが、当時の肉屋があまり衛生的ではないところに、鎮関西が、実にもっさいビジュアル。この男が、汗水垂らしながら肉を切るシーンは本当に辛そうで、ここだけは鎮関西に少しだけ同情いたしました。

 ここでようやく魯達の意図に気づいた鎮関西は、肉切り包丁片手に魯達に襲いかかるわけですが、もちろんそれこそ魯達の思う壺。それを李忠の椅子で受け止めて(椅子真っ二つ)躱すや、次に盾にしたテーブルをぶち抜いて鎮関西に豪拳クリーンヒット! さらに二発、三発! と叩き込まれた鎮関西は自分のやらさばいた肉のやら、血に塗れて地べたに転がり、非常にゴアゴアした感じで息絶えるのでした。

 さて、原典ではこの後すぐに魯達が魯智深になる様が描かれるのですが、ドラマの方では林冲の受難劇パート2が描かれます。
 もう、殺意が沸くくらいに鬱陶しいバカっぷりを晒す高衙内(これがまた無駄に長い)の配下に唆された陸謙は、最初は親友を裏切れるかと見栄を切ったものの、その直後に速攻で裏切り、林冲を誘い出す手先に…

 危ういところでそれに気づいた林冲は慌てて取って返して妻を救ったものの…というところで、ここからは第6回。高衙内と陸謙は林冲の剣幕に恐れをなして役所に逃げ込み、高衙内は再び、ここで触れるのも真剣に嫌なくらいのバカっぷりを晒します。さすがの高キュウもあまりのクズっぷりにちょっと引いたくらいの。
 しかしこんなんでも一応自分の養子、高キュウが陸謙らを使って何やら企んだところで、今回の林冲パートはおしまい。

 再び魯達パートに戻って、鎮関西を殺して高飛びした魯達は、代州で偶然金翠蓮の父と再会。聞けば翠蓮はここで土地の金持ちに面倒を見てもらっているとのことで…
 と、この辺り、原典では「ああそうですか良かったですね」という感じだったのですが、このドラマ版では魯達と金翠蓮の間にフラグが立った印象だっただけに相当に切ない。
 魯達の方はどこまでわかっているかちょっと微妙ですが、翠蓮が悲しげな瞳で魯達を見つめるシーンは、彼女がいかにも幸薄げな美女だけに、より一層胸に迫るものがあります。

 結局、翠蓮の旦那の手引きで五台山は文殊院に入ることとなり、翠蓮やその父が見守る中で剃髪される魯達。
 ここでさすがに一瞬引いたけど、覚悟決め、生まれて初めて丸刈りになる魯達がまた微妙な表情で…などと言っている場合ではなく、やはりここでも印象に残るのは翠蓮の表情であります。
 ああ、出家するということは、彼女と完全に縁がなくなってしまうことなのだな…と、ここに至って我々にもその行為の重みがわかるというのは、このドラマ版のなかなかうまい構成でしょう。

 もっとも、魯達改め魯智深は、その辺りどのくらいわかっているのかさっぱりで、俗世に居た時と全く変わらない言動で周囲にドン引きされるばかり。
 長老がかばってくれているのをいいことに呑気な魯智深ですが、彼を追い出すべく周囲は何やらセコい陰謀を…というところで、次回に続きます。


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 公式サイト

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2013.05.14

「明楽と孫蔵 対決編」「反撃編」「混乱編」 歴史に挑む男の想い

 この春からコンビニコミックで刊行が始まった森田信吾の名作「明楽と孫蔵 幕末御庭番」も「対決編」「反撃編」「混乱編」と順調に進み、この5月上旬までに4冊が刊行されたことになりました。

 幕末を舞台に、剣の達人で横紙破りの御庭番・明楽伊織と、その忠僕にして凄腕の老忍び・孫蔵が、江戸を騒がす凶剣士たちを向こうに回し、痛快に暴れ回る本作ですが、主人公たちも強いが敵もまた強烈な連中揃い。

 第1巻に当たる「登場編」では、犠牲者の口に数珠を詰める念仏人斬りの丹直次郎を倒した伊織ですが、それ以降も、
・二天一流を操り、押し込んだ先の人間を皆殺しにする凶悪な御用盗・久須美
・阿蘭陀医術による心臓握り潰しと見えない手裏剣を操るサディスト刺客・曽我采女
・一人一人が伊織と孫蔵に匹敵する力を持ち、海賊の血を引く凶暴極まりない人狩りチーム・宇賀島三兄弟
・奇怪な心術と体術で男を苦しめる女忍び・美国
と、いずれも凶悪・狂気の強敵たちが、伊織の前に立ち塞がることになります。

 この強敵たちとの戦いだけを取り出しても猛烈に面白いのは間違いありませんが、それをさらに盛り上げるのは、ストーリーの面白さであることもまた、当然であります。

 采女編では、もう一人の敵として、かつては孫蔵を上回る実力を持ちながら、駆け落ちして抜け忍となった老忍び・十兵衛が登場、同じ技を持つ忍び同士の対決というシチュエーションもさることながら、誰かを支えることで存在意義を持つ忍びの運命の儚さが印象に残ります。

 また、第4弾ではまだ進行中の美国編では、偽金による経済面から社会面に至る江戸の混乱作戦が展開。伊織の同僚・倉地を手中に収めて苦しめる美国の不気味さ(ものすごい美人、というわけでもないのがまた厭なリアリティ)も相まって、これまでの力押しの敵とは違う恐ろしさを味あわせてくれます。

 が、これまでの展開で最も盛り上がるのは、宇賀島兄弟編でありましょう。京で進行するある陰謀の生き証人の男を巡り、長州藩の罠にはまった伊織と孫蔵が同僚たちからも命を狙われる中、起死回生の一手として、その男を護送して江戸を脱出する――
 という、二転三転する展開だけでも、本作はおろか他の時代ものでもなかなか見れないパターンで非常に面白いのですが、そこに輪をかけて、敵となる宇賀島三兄弟の存在感が凄まじい。

 基本的に本作の敵は、全てサディストの半狂人ですが(断言)、この兄弟は三人組なだけにその凶悪感も数倍。証人の男を炙り出すためであれば――そして彼らにとってはそれが勤王の大義に適うことなのですが――周囲の人間を虫けらの如く叩き潰して哄笑するそのおぞましさは、彼らのバイオレンスが伊織をすら幾度となく窮地に陥れただけに、強く印象に残ります(そして、自分たち兄弟の間の愛情は人一倍強いのも、お約束ではありますがまた強烈)。

 クライマックスでは伊織と孫蔵を分断し、それぞれと激烈な戦いを繰り広げるのですが、その内容・結末を含めて、まず本作で一、二を争う名編であることは間違いありません。


 刊行予定を見るに、どうやら本作は全7巻のようですが、その折り返し地点となる第4弾では、ついに敵の首魁としてあの有名人が登場。暴力で暴力に抗する戦いはいよいよ激化するばかりではありますが、しかしそれだからこそ、ここで語られる伊織の言葉が印象に残ります。
「ものごとは移り変わる…それは確かに在るさ だがな! 歴史なんて単なる“字”じゃねえか!(中略)おいら歴史とかぬかして町人どもを踏みつけにする連中は…やっぱ……許せねえよ!」
――と。

 この想いこそが、本作が激しいバイオレンスの応酬を描きつつも、痛快な後味を残す所以なのではないでしょうか。

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2013.05.13

「けさくしゃ」 お江戸で書くこと、物語るということ

 腕っ節は弱いが、趣味人としては知られた小普請組の旗本・高屋彦四郎。そんな彼の話作りの才能に目を付けた版元・山青堂は、彼に戯作者になることを持ちかけてくる。ためらいながらも戯作の道を歩き始める彦四郎だが、その前には様々なトラブルが…柳亭種彦、若き日の物語。

 相変わらず快進撃中の畠中恵が、お江戸の出版業界を舞台に描く、ユニークな連作集です。
 主人公となるのは高屋彦四郎――またの名を柳亭種彦。本作は、後に「偐紫田舎源氏」で一大ベストセラー作家となる、あの種彦のデビュー前後を舞台とした物語なのであります。

 狂歌連で耳にした話を元に、そこに尾鰭をつけて新たな物語を作ったところ、それが正鵠を射ていた彦四郎。その噂を聞きつけた版元・山青堂は、彼に戯作者デビューを持ちかけます。
 それに心動かされたものの、小普請とはいえ彼も旗本。時に思わぬ筆禍を招きかねない戯作に手を染めることにためらいを覚えていたところに、思わぬ騒動に巻き込まれることになります。彦四郎はその真相を暴くために、騒動を題材に戯作を書いてみることに…

 というのが第1話。以降、戯作者としての一歩を踏み出した彦四郎が、盗作・版元の対立・発禁・作品の舞台化等々、出版界ならではの様々な事件に巻き込まれ、その中で戯作者として少しずつ成長していく姿が描かれることとなります。

 畠中恵といえば、個性的なキャラクターが、ちょっとユルくて、しかしシビアな事件に巻き込まれる様をテンポよく描く作家というイメージがありますが、本作においてもその魅力はもちろん健在であります。
 何よりも、気は強いが腕っ節はからっきしで虚弱体質の彦四郎はもちろんのこと、そんな彼の周囲に集まった人々がまた面白い。
 彦四郎がベタ惚れの、優しく無邪気な奥方・勝子。強欲でお調子者、しかしどこか憎めない山青堂。そして気は利くし腕は立つが、主を主とも思わないような中間・善太。

 およそ真っ当な侍の下では生まれないような繋がりで集まった面々が、彦四郎を支え、彼とともに様々な難事に挑む時の楽しさ、暖かさは、気心知れた人間たちが集まった時のそれであり、実に居心地のいい世界を生み出しているのであります。


 しかし本作のもう一つの特徴であり、本作の真の中心というべきは、江戸の、江戸時代の出版界、出版事情そのものでありましょう。
 本作は、それと本来最も遠いところにあって、当然ながら知識を全く持たない彦四郎を一種の狂言回しとすることにより、同様に知識を全く持たない我々にもわかりやすく、その特異な世界の姿を浮き彫りにするのであります。

 そこで描かれるのは、現代の我々でも耳にしたことがあるような言葉や出来事だけではありません。
 政治的なるものを題材としただけで、書き手や周囲の人間の命すら危うくなるという禁書にまつわるものや、本来は幕府の武士である彦四郎のような旗本が戯作にかかわることのリスクなど、現代では――全くないわけではないものの――ほとんど存在しないような、江戸時代特有の事情が、我々に突きつけられるのであります。

 そして結末に至り、本作の二つの特徴は一つに結びつくこととなります。
 時に不自由きわまりない、文字通り命取りとなる事態を招きかねない、江戸時代において「書くこと」「物語ること」。旗本にして駆け出し戯作者という彦四郎が、そんな事態に直面したとき、彼の中でその行為ははっきりと内面化されるのであり――そしてそれこそが、真に戯作者・柳亭種彦の誕生の時となるのであります。

 本作はまさにその時を持って終わりますが、しかし彼の戯作者としての人生はこれからが本番であり、そしてそこでのみ描ける、江戸の出版事情にまつわる物語も少なくないはず。この一冊で終わらせてしまうには勿体ない、彦四郎の物語、江戸の出版界の物語なのであります。


 と…最後に蛇足を承知で申し上げれば、個人的に残念だったのは、本作で彦四郎が「物語ること」の力とその意味にもう少し突っ込んでほしかったという点でしょうか。
 その点は、第1話での「現実の事件を戯作化して解決した上で、さらにその美しい結末を現実化する」という構造が見事だっただけに、それ以降はそれがほとんど見えてこなかったのが、ミステリ的にも面白い趣向だっただけに、いかにも勿体なく感じたところです。

「けさくしゃ」(畠中恵 新潮社) Amazon
けさくしゃ

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2013.05.12

「上田秀人公式ガイドブック」 様々な継承の形の先に

 先月、徳間文庫から「上田秀人公式ガイドブック」が刊行されました。時代小説家単独でガイドブックの類が発売されるというのは、特に文庫書き下ろし中心の作家では滅多にないことですが、それだけになかなか充実した内容となっております。

 現在では光文社や講談社など、他の出版社でも大活躍の作者ですが、実質上のメジャーデビューとも言える長編デビューは徳間文庫の「竜門の衛」。以後、この作品をはじめとする「将軍家見聞役 元八郎」シリーズ、そして「織江緋之介見参」シリーズで人気を博していったわけで、なるほど、ガイドブックを出すにこれほど相応しい出版社もありますまい。

 そして主な内容の方と言えば、
・ロングインタビュー
・縄田一男による上田秀人総論
・著作ガイド
・事件年表・幕府役職紹介
・(徳間作品の)登場人物辞典(重要人物には作者のコメント付き)
・書き下ろし短編「織江緋之介見参外伝 吉原前夜」
と、かなりの充実ぶりであります。

 まずファンとして見逃せないのは、巻頭のロングインタビューでありましょう。
 作者に限らず、なかなかその生の声を聞くことができないのが文庫書き下ろし中心の作家ですが、今回はデビューのきっかけから執筆スタイル、これまでの作品の執筆秘話まで、初めて聞くような内容が目白押しであります。

 その中でも個人的に特に印象に残ったのは、上田作品に通底するテーマが、「継承」であるという言葉であります。
 これまで私は作者の作品に通底するテーマは「権力と個人の相克」と思い込んでおりましたが、なるほど言われてみればそれは一面。
 親から子へ、先達から後進へ、家を、財を、技を「継承」していく――もちろんその過程は権力と無関係ではありませんし、当然ながらそこで権力と個人の関係が生まれるわけではありますが、いずれにせよ、この視点から作者の作品を見直せば、また新たに見えてくるものがあるように感じます。


 …と、それが裏付けられるのが書き下ろしの「織江緋之介見参外伝 吉原前夜」であります。
 シリーズ本編では直接描かれなかった、織江緋之介=小野友悟が、第1巻「悲恋の太刀」で吉原に現れる前を描いた本作においては、友悟と柳生十兵衛との出会い、彼にとって運命の女性の一人となる柳生織江との出会いが描かれることとなります。

 そしてここで描かれるのはまさに一つの「継承」の姿――流祖・石舟斎から受け継がれてきた柳生新陰流に新たな風を吹き込むべく十兵衛が研鑽した新たな秘太刀の継承が、ここでは描かれることとなります。

 しかし継承されるのは、人のポジティブな想いの結晶とも言うべきものだけではありません。ある人物からある人物への想いと、それが生み出した因果因縁――怨讐もまた、継承されていくのであります。
 友悟を、十兵衛を、織江を思わぬ運命に誘うその因縁の一つの結末と、新たな始まり――本作は短編の形でありつつも、実に内容の濃い作品、ファンであれば必見の一編であります。

 ちなみにシリーズ本編が――特に第1作目が――隆慶一郎の「吉原御免状」の影響が濃厚であるのに対し、本作には同じく「柳枝の剣」の影響が感じられるのですが…しかし、ここで語られるある「真実」は、見事な本歌取りとして成立しているのも面白い。
 これもまた、一つの「継承」の形と言うべきでしょう。


 もちろん作者のキャリアはこれからも積み重ねられていくはずですが、その一つの句読点として、貴重な一冊に感じられます。

「上田秀人公式ガイドブック」(上田秀人&徳間文庫編集部 徳間文庫) Amazon
上田秀人公式ガイドブック (徳間文庫)


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2013.05.11

「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ外伝 アイアン・モンキー」 やがて来るヒーローのために

 時は清朝末期、浙江では飢饉と重税に苦しむ庶民を救う謎の義賊・鉄猿が活躍していた。偶然この地を訪れた黄麒英とその子・飛鴻は鉄猿騒動に巻き込まれ、飛鴻を人質に取られた麒英は鉄猿と戦うことを強いられる。そんな二人を救ったのは、土地の名医・ヤン先生とその助手のシューランだったが…

 個人的に開催中のドニー・イェン祭り、今回はちょうど20年前に製作された「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ外伝 アイアン・モンキー」です。

 「ワンチャイ」といえば、言うまでもなく実在の武術家にして医師・黄飛鴻の活躍を描いた人気シリーズですが、本作はその外伝。どの辺りが外伝かと言えば、本作に登場するのは子供時代の黄飛鴻であり、主人公(の一人)は、その父・黄麒英なのであります。
 そしてそれを演じるのが、本作の前年に製作されたワンチャイシリーズの最高傑作(と私が信じるところの)「天地大乱」で、リー・リンチェイ演じる黄飛鴻と大激闘を繰り広げたのがドニー・イェンというのは、何とも心憎い趣向ではないでしょうか。

 そしてもう一人の主人公たる鉄猿を演じるのは、派手さはないものの、数々のアクション映画で渋い活躍を見せる動ける俳優ユー・ロングァン。さらにこの二人を向こうに回して大暴れする大悪人・行空大師は、「スウォーズマン 女神伝説の章」の任我行をはじめとして、90年代香港アクション映画で化け物じみた存在感を発揮したヤン・サイクーンと、アクションと格闘のために生まれてきたような三人が勢揃いするのもたまらない。

 さらに監督が達人ユエン・ウーピンとくれば、これで面白くないわけがない…と言い難いのが香港映画ですが、大丈夫、本作は本当に面白い。私が見たのは日本で上映されて以来なので約17年ぶりですが、初見の時に感じた興奮はそのまま、いや、何が起きるかある程度記憶に残っているだけ、本作の面白さをより冷静に味わうことができました。

 本作は、物語自体は極めてシンプルです。
 悪党を懲らす義賊が悪徳役人相手に活躍し、そこに黄親子が巻き込まれて一度は対峙するものの、互いの人柄を理解して和解。そして現れた共通の強敵に戦いを挑む――これだけであります。それでも十分に面白いのは、もちろんアクションシーンの見事さによるところが大きいことは言うまでもありません。
 いかにも当時の作品らしいワイヤーワークや早回しは目立つものの、それでもきちんと動ける人間のアクションは素晴らしい。特にドニー・イェンのそれは、どれほど激しい技を繰り出しても上半身の安定性が抜群で、とにかく美しいのであります。

 そして彼が演じる麒英や、鉄猿は言うに及ばず、少年飛鴻やシューランに至るまで、きっちりと見せ場が、それも様々なシチュエーションで用意されているのが嬉しい。
 特に二対一の変則ラストバトルは、ほとんど格闘漫画のような無茶なシチュエーションで展開する文字通り燃えるバトルで、カンフー映画史上に残る名シーンではないでしょうか。

 しかし、本作の面白さ、素晴らしさはそれに留まるものではありません。本作を真に名作たらしめているのは、登場人物同士の――特にポジティブな――関係性が、簡潔にかつ丹念に描かれているからだと感じます。
 黄麒英と飛鴻の親子の情。ヤン先生とシューランの男女の情。麒英とヤン先生の同じ者を行く者同士の友情――さらには、ヤン先生とシューランが後進たる飛鴻に向ける優しい眼差し、役人だが誰よりも人情に厚いサン隊長が彼らに向ける心の暖かみ……

 カンフーアクションという、極言すれば人と人が傷つけあうジャンルにおいて、しかし同時に人と人との繋がりを、そこに流れる情の美しさを描き出す。
 それは、登場人物一人一人が個性的であること、そして上述の通り物語がシンプルであることによる面も大きいことでしょう。

 しかし何よりも大きいのは、本作がやがて登場するヒーローの子供時代を描く物語、すなわち、彼が父親をはじめとして様々な人々と触れ合うことを通じて、様々なものを学び、受け継いでいく物語であるから――というのはいささかセンチメンタルな見方かもしれませんが、これは私の偽らざる想いです。
(特に、その過去からシューランとの間に子供を得ることができないことが察せられるヤンが、自分に継ぐ者として黄飛鴻に棒術を伝えるシーンが泣かせます)


 などと理屈をこねてしまいましたが、やはり本作はそんなものを抜きにしても抜群に面白いアクション映画。ツイ・ハークのワンチャイ初期三部作にあった歴史ものとしての目配りに欠けているのが残念といえば残念ですが、それはやはり贅沢の言い過ぎというものでしょう。そうした側面がなくとも、本作が名作であるのは間違いないことなのですから……

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ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ外伝/アイアン・モンキー デジタル・リマスター版 [DVD]


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2013.05.10

「絵巻水滸伝」 王慶篇完結、そして最終章へ…

 ある程度切りの良いところで…と考えてしばらく取り上げてこなかった「絵巻水滸伝」ですが、先月更新の第百六回をもって王慶篇が終幕。いよいよ次回からは最終章に突入とのことで、ここで一度振り返っておきたいと思います。

 原典の基本的な展開はきっちりと押さえながらも、現代の読者にとっては疑問な部分、盛り上がらない部分には大胆なアレンジを加えて展開してきた「絵巻水滸伝」。
 原典でいう七十一回以降――百八星が集結した後に、彼らが国からの招安を受け、その命を受けて様々な勢力と戦うという、ファンにとってもある意味もっともスッキリしない部分に対しても、本作は「らしさ」を失わない一定の解を示してくれました。

 そこには、一つには官軍の総攻撃の前に相討ちに等しい形で梁山泊を失い、やむなくという理由があります。しかしその一方で、賊徒たちに苦しめられる無辜の民を救うという、よりシンプルかつヒロイックな理由が提示されるのが嬉しい。
(そして後者単独で示されればどこか空々しいところ、前者と組み合わせることで、一定のリアリティが生まれるのもまたうまい)

 そしてそんな梁山泊が戦う相手も、それなりの理想を持つ者も参加しつつも、トップが外道であったことにより賊徒と堕した「そうであったかもしれない梁山泊」とも言うべき田虎軍、そしてこちらは単純明快にどうしようもない悪役揃い、一言でいえばヒャッハー集団である王慶軍と、わかりやすい対比であります。

 特に、第二部に入って早々に伏線が張られていた田虎に対してどのような扱いになるのか、そもそも登場するのか? というこちらの勝手な心配をよそに登場した王慶は、(原典で数回に渡って描かれた個人エピソードも語られて)これまでありそうでなかった悪役造形だったのがユニーク。
 正直なところ、原典の王慶篇は田虎篇で参入した仲間たちの退場劇の要素が大きく、あまり内容的には期待していなかったのですが、しかしそれが、水滸伝という物語の性質上これまで描けなかった仲間たちとの死別というドラマとなって結実する点にもまた、感心した次第です。


 …しかし仲間たちとの死別は、これからより切実な、現実のものとなって梁山泊の百八星を襲うこととなります。
 いよいよ次回から最終章たる方臘篇に突入ですが、王慶篇の最終回にはそれに先駆けて方臘軍最強のあの男がいきなり登場。その不気味な存在感は、原典とはまた異なる意味で、恐るべき敵の存在を予感させます。

 そして次回予告に意味ありげに描かれた画の意味は…(原典ではなく沼田清版の順番というわけではありますまいが)
 再開が再来月というのはいかにも先過ぎるのが残念なところですが、悲劇がそれだけ遠のいたと思うべきでしょうか…いやいや。


関連サイト
 キノトロープ 水滸伝

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2013.05.09

「妻は、くノ一 蛇之巻 2 幽霊の町」 時代劇で西部劇でサービス満点で

 TVドラマ版も好調の「妻は、くノ一」、その帰ってきた小説版「蛇之章」の方も絶好調。第1巻は正伝の続編(後日譚)にして前日譚にして語られざる物語という離れ業でしたが、第2巻は前日譚こそなくなったものの、やはり意表を突いた趣向であります(正伝のネタバレにご注意下さい)

 日本を離れ、艱難辛苦の末にアメリカで幸せな家庭を築いた彦馬と織江。しかし、そんなある日、かつて織江が対決した「いちばん嫌な敵」である長州忍者隊の鬼藤蛇文がアメリカに現れ、しかもリンカーン大統領暗殺を狙っていることを知った二人は、蛇文を追って旅立つことになるのでした…

 という、TVドラマで初めて「妻は、くノ一」に触れて、原作をまだ読み終わっていない方がいきなり手に取ったら狐につままれたような気分になること請け合いのこの続編パートですが、この設定を受けての本書の第一話はさらにとんでもない。
 第一話のタイトルは「ゴーストタウンの決闘」、つまりは西部劇なのですから…

 蛇文を追い、ピンカートン探偵社の面々らと先を急ぐ彦馬と織江が出くわしたゴーストタウン。数年前に原住民によって滅ぼされ、今では幽霊が出没するというその町に隠された秘密を彦馬が解き明かし、そしてそこに現れた敵と、織江が戦う――
 この構造は、まさに「妻は、くノ一」のパターンであって、ウェスタンでもそのままだった! と妙なところで感心させられた次第。

 それにしても、時代劇と西部劇は親和性が強いとはいえ、まさかこのシリーズで西部劇編が見られるとは…と、どちらも大好きな人間としては嬉しくなりました。冒頭に書いたとおり、いきなり本作をご覧になった方は大いに驚かれると思いますが――

 しかし意外な展開で驚かせるだけでなく、年齢を重ね、戦いから離れてかつての技の冴えを忘れて焦り悩む織江の姿が描かれる辺りは、作者の得意とする、老境にさしかかった者の悲哀に重なってくる印象で、ファンとしてはなかなかに興味深いのであります。


 さて、本作で描かれるのは後日譚=西部劇だけではもちろんありません。本編の語られざる物語を描くパートで展開するのは、本編の陰で展開された――7巻と8巻の間辺りでしょうか――織江と長州忍者隊の刺客の対決であります。
 かつて長州藩の上屋敷を騒がせ、長州に潜入して長州忍者隊の秘密を探った織江。今は抜け忍となった彼女を誘き出し討つために、忍者隊が彦馬に目を付けたことを知った彼女は、思わぬ人物と手を組んで戦いを挑むこととなります。

 己を身にまとった火薬を爆破して平然とする怪忍者を相手に織江が苦闘する一方で、彦馬の探偵譚も語られ、そしてクライマックスでは奇想天外な忍者大戦が――
 これに先に述べたとおり西部劇パートも加わるわけで、いやはや、サービス満点などという言葉では足りない、作者のやりたいこと、好きなことを全部投入してきた感のある、とんでもない作品であります。


 しかし最大の驚きは、今回もラストに待ち受けております。
 この驚きだけは、実際にご覧になっていただきたいのですが、「どうしてそうなるの!?」と言いたくなるようなあまりにも意表を突いた引きにただただ愕然、であります。

 タイミング的にも内容的にも、おそらく次の巻辺りがラストになるのでは、という予感もありますが、いずれにせよ、次の巻もサービス満点で楽しませてくれることだけは間違いないことでしょう。

「妻は、くノ一 蛇之巻 2 幽霊の町」(風野真知雄 角川文庫) Amazon
幽霊の町    妻は、くノ一 蛇之巻2 (角川文庫)


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 「星影の女 妻は、くノ一」 「このままで」を取り戻せ
 「身も心も 妻は、くノ一」 静山というアクセント
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 「月光値千両 妻は、くノ一」 急展開、まさに大血戦
 「宵闇迫れば 妻は、くノ一」 小さな希望の正体は
 「美姫の夢 妻は、くノ一」 まさかのライバル登場?
 「胸の振子 妻は、くノ一」 対決、彦馬対鳥居?
 「国境の南 妻は、くノ一」 去りゆく彦馬、追われる織江
 「妻は、くノ一 濤の彼方」 新しい物語へ…
 「妻は、くノ一」(漫画版) 陰と陽、夫婦ふたりの物語

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2013.05.08

「忍剣花百姫伝 7 愛する者たち」 重なりあう二つの絆、繋がっていく命の物語

 天の磐船の力により開いた地獄の七口より溢れ出す魔物たち。五鬼四天の忍びたちが総力を結集して戦う中、花百姫と八忍剣は、何処とも知れぬ砂漠の世界――魔王が支配する異世界に転移する。花百姫が、八忍剣が満身創痍の戦いを繰り広げる中、ついに語られる魔王の正体。果たして花百姫の運命は…

 魔道を用いて様々な時代に侵攻する魔王と、運命の姫・花百姫(捨て丸)と伝説の神宝を持つ八忍剣の戦いを描いた一大戦国ファンタジー「忍剣花百姫伝」、文庫版の刊行もこの第7巻でついに完結しました。
 毎回毎回、あまりの面白さに、文庫版の刊行を待つことなく、単行本版で読んでしまおうかと思いつつ、いやいや我慢した方が喜びは大きい、と待ってきたのですが…それだけのものがあった最終巻であります。

 太古に地球に墜落した天の磐船の復活に伴って開いた魔界の扉・地獄の七口から溢れ出す魔物たちが各地で侵攻を始めた中、神居山で行われる五鬼四天の星祭り――
 何かに引き寄せられるようにその場に集まった捨て丸と(霧矢を除く)八忍剣は、祭りのクライマックスに巨大な力に巻き込まれ、最後の時空移動を行うこととなります。

 一面が砂に覆われ、夜毎現れる魔物たちによって人間が地上から駆逐され、地下に住みついたその世界――何処とも知れぬその世界に辿り着いた捨て丸は、先に魔王を追ってこの世界に着いていた霧矢を追い、魔王の居城に向かうのですが――!


 と、これまでも時空を幾度も超えつつも、最後の最後で超古代とも遠未来ともつかぬ(おそらくは中近東の)世界まで飛んで見せた本作。そこで繰り広げられる最後の戦いの中で、気付く限りほとんど全ての伏線が解消されていくこととなります。
 そんな状況ゆえ、具体的な内容について触れるのが大変難しいのですが、単なるキャラ立てと思ってきた要素にまできっちりとその背後の真実が描かれるなど、語るべきものは全て語られた、という印象。質・量ともに、まさにラストに相応しい内容であると断言して良いでしょう。

 正直なことを言えば、魔王の真の目的は最近のエンターテイメントではお馴染みのものではありますし、愛が全てを救うという展開は、すれっからしのおっさんにとっては少々気恥ずかしいところはあります。
 しかし、これまで描かれてきた物語を考えれば、それは大いに意外であると同時に、確実にそれまでを踏まえたものであることであることは間違いありますまい。
 特に後者は、結末に――今回の文庫化において新たに書き足された結末において、より大きな意味を持って感じられます。

 時空を超え、時には過去に、時には未来に舞台を移すという、時代ものとしては反則に近い形で展開してきた「忍剣花百姫伝」。
 しかし、これまでの巻の感想でも繰り返し述べてきたように、時空を超えることによって、本作は時の流れに沿って繋がりあう人と人との絆の姿を、俯瞰的に描く効果を上げてきたのであります。

 その絆は、花百姫と周囲の人々を繋ぐパーソナルなものであると同時に、全時代的・全地球的な人々を繋ぐものでもあります。しかしこの最終巻の結末において、その二つの絆の在り方――時代ファンタジーとしての本作と、少女の成長物語としての本作は、美しく重なった姿を描き出します。
 人の想いが続く限り、人の命も繋がっていく…それが本作のたどり着いた絆の在り方であり、そしてどれだけ時空を飛び越えようと繋がり続けるその絆を描ききったことが、時代ものとしての本作の意味であり、価値であると申せましょう。


 これまでも綿々と描かれてきた児童向け時代冒険物語――過去を舞台とした物語を通じて、未来に向かう子供たちに伝えるべきものを描くこれらの物語の、その最先端に位置するものとして、本作は見事に完結いたしました。
 そしてそこに記されたものは、子供たちだけではなく、大人たちにとっても意味を持つものであると、強く感じるところです。

「忍剣花百姫伝 7 愛する者たち」(越水利江子 ポプラ文庫ピュアフル) Amazon
(P[こ]5-7)忍剣花百姫伝(七)愛する者たち (ポプラ文庫ピュアフル)


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2013.05.07

「戦国武将列伝」2013年6月号 新登場、二つの剣豪伝

 おそらくは時代漫画・歴史漫画誌の中でも最もフリーダムではないかと思われるリイド社の「戦国武将列伝」。6月号からはつい先日まで「腕 駿河城御前試合」を連載していた森秀樹、そして初登場の山口貴由が新連載ということで、いよいよますます私好みの雑誌になってきました。

 さて、山口貴由の新連載は、巻頭カラーの「魔剣豪画劇」。
 巻頭カラーといってもページ数は3ページ…と言うと、むしろ巻頭企画記事のような印象を受けますが、これは「絵物語」と言うべきでしょう。
 どうやら、作者お得意の残酷画と特異な人物描写・心理描写で、お馴染みの剣豪を一種の狂…いや超人「魔剣豪」として解釈していくという内容のようですが、連載第1回に登場するのは宮本武蔵であります。。

 見開きページで描かれるのは佐々木小次郎との決闘でありますが、そこで美貌を無惨に打ち砕かれ、モツを溢れさせた小次郎の姿はまあ平常運転。
 しかしそこに至る武蔵の心理が、己の醜い容姿にコンプレックスを溜め込んだ末に、対照的な小次郎の美しさを破壊して「汝は儂よりも醜い」の一言で示されているのが実に面白い。

 わずか数ページでインパクトを出すのは(それこそショッキングな絵面にしない限り)なかなか難しいのではないかと思いますが、作者らしい剣豪列伝に期待であります。


 一方、森秀樹の「獣 シシ」の方は――これはすぐにわかってしまうと思いますので書いてしまいますが、宮本武蔵の物語。
 奇しくも武蔵で新連載の題材が重なってしまったわけですが、こちらは(第1話は)少年期の武蔵の姿を描く点で大きく印象は異なります。

 父に虐待され、周囲からも疎んじられる武蔵が、唯一己を心身ともに愛してくれた姉を何者かに惨殺され、己が犯人と疑われる中で、真犯人に戦いを挑む――
 あらすじだけ見るとシンプルではありますが、容赦のない残酷描写(拷問・陵辱の末に惨殺された娘の死体など)と、何よりも「獣」の名にふさわしい武蔵の凄まじい眼光は、いかにも作者らしいところ。
(もっとも、煽り文句の「編集部ドン引き」は、そうかなあ? と感じますが…)

 こちらも新解釈の武蔵像を示すものとして期待いたします。


 その他、個人的に楽しみな作品といえば「孔雀王 戦国転生」と「セキガハラ」。

 「孔雀王」の方は、孔雀・信長・秀吉・家康という冷静に考えればもの凄い面子が京に入り、近衛前久の依頼で呪いの寺に挑むという展開。
 今回登場する敵のデザインなど、いかにも「孔雀王」的で、やたらと個性的な孔雀チームとの戦いも楽しく、やはりこの辺りはベテランの安定性かとは思います。

 ただ、個人的に残念なのは家康のキャラクターが、設定的にもビジュアル的にも、ほとんど全く史実のイメージを踏まえていない点で――これまで登場した戦国大名たちがそれなりに史実を踏まえていただけにひっかかるところではあります。

 そして戦国大名のデフォルメといえば、それどころではないのが「セキガハラ」。単行本第1巻の内容からすぐ引き続いての今回は、朝鮮入りしていた武将たちが帰国し、初顔見せとなるのですが…

 いやはや、全てを持っていくのは冒頭に登場する加藤清正。いや、確かに清正は虎之助だし、虎と戦ったわけですが、これは――一周して大アリではないかと思います。
 同じく初登場の黒田長政に対しては、個人的には違和感しか感じないことを考えると、我ながらどの辺りに基準があるのか疑わしいものですが、いや、ここまで思い切りよく飛ばしてもらえればいっそ気持ちがいいものであります(ちなみに福島正則も、また別の意味で違和感なし)。

 しかし清正・長政・正則ときて、主人公が三成とくれば、当然次に来るであろうは武断派七将の三成襲撃。しかし本作では今のところ清正と三成の関係は良好、史実のイベントは意外なまでに守る本作の流れを考えれば、この先何があって三成襲撃に至るのか、キャラ造形だけでなく、物語展開の方も気になるところであります。


 何はともあれ、あまりに私好みな作品の連続に、次号も楽しみな「戦国武将列伝」。隔月刊というのが何とも残念なのですが、今後もここでしか読めないような漫画を見せていただきたいものです。

「戦国武将列伝」2013年6月号(リイド社)


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2013.05.06

「妻は、くノ一」 第5回「いのちのお守り」

 ついに後半に突入し、物語の終わりも近づいてきたドラマ版「妻は、くノ一」。第5話は、原作第3巻「身も心も」の第5話「後生小判」をベースとした「命のお守り」――織江の存在がきっかけで、彦馬の身に思わぬ危機が訪れることとなります。

 文字通り己の身を擲って、くノ一としての任務を続ける織江。しかし彦馬が松浦静山に何かと目をかけられていることに周囲が――特に織江の上司たる川村が――疑念を持ったことで、織江もまた、彦馬に情けをかけているのではないかと疑われることになります。
 さらに、静山の懐刀(という疑いをかけられている人物)であり、織江の任務の邪魔になる人物と目された彦馬もまた、危険人物として目を付けられることに…

 一方、自分がそんな目で見られているとも知らない彦馬は、教え子の一人・藤松が、一両小判を十五文で客に買わせて川に投げさせるという父の商売を助け、川に飛び込んではその小判を拾っていることを知ります。
 しかし、寺子屋で足に怪我を負ってしまった藤松は川に潜ることもできなくなり、彦馬は彼らのために新たな商売を考えることになるのですが…

 そしてクライマックスは、この二つの流れが交錯することとなります。
 彦馬の発案によりうまくいくかのように見えた新商売。しかしそれがもとで不良侍に絡まれた彦馬は、人前で彼らに散々に叩きのめされることに。
 その場に居合わせた織江は、しかし、川村もまたその場にいることに気づき、動けなくなってしまうのですが…

 ここで倒れ伏した彦馬が手を伸ばすのが、刀ではなく――というのが今回の肝。彦馬が
真に手にしたいものは戦う力ではなく、真に守りたいものは、織江との愛…
 というのは、こうして文章にしてみるとかなり気恥ずかしいものがありますが、しかしそれをほとんど無言のうちに映像で見せたのは、なかなかに美しい描き方であったと思います。

 そしてその姿を見て、川村が逆に彦馬を取るに足らぬ腰抜けと見て警戒を解く、という展開も面白い。
 この辺り、原作では織江の後をつけてきた川村が、現場に行き当たり、なんとなく見逃せなくて彦馬を助けてしまうという展開なので、かなり似て非なる展開となっているのも、なかなかに興味深いものがあります…


 が、その展開自体はともかく、悪い意味で印象に残ってしまったのは、藤松役の松本金太郎――彦馬役の市川染五郎の長男であります。
 親子共演ということで一部で話題となっていた今回の趣向ですが、控え目にいっても周囲の子役との演技の質が違いすぎて(特に藤松と物語上で絡んだおゆう役の子と比べると)…というほかなく、正物語の興を削がれたというのが正直なところであります。

 ちなみに原作では藤松に当たるキャラクターは、おふじという女の子だったのですが、それを藤松が女装する展開に持っていったのはなかなかうまいアレンジだと思うのですが…


 それはさておき、今回ついに織江の手に渡ってしまった静山の壮図を記した冊子(まあ、その大半を記したのはあの人なんですが…)。静山の、平戸藩の、そして彦馬の運命を左右するその冊子を織江はどうするのか――それによってこの先の物語が、彦馬と織江の運命が大きく変わってくるはずですが…


関連サイト
 公式サイト


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 「妻は、くノ一」 純愛カップルの行方や如何に!?
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 「身も心も 妻は、くノ一」 静山というアクセント
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 「月光値千両 妻は、くノ一」 急展開、まさに大血戦
 「宵闇迫れば 妻は、くノ一」 小さな希望の正体は
 「美姫の夢 妻は、くノ一」 まさかのライバル登場?
 「胸の振子 妻は、くノ一」 対決、彦馬対鳥居?
 「国境の南 妻は、くノ一」 去りゆく彦馬、追われる織江
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 「妻は、くノ一」(漫画版) 陰と陽、夫婦ふたりの物語

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2013.05.05

「セキガハラ」第1巻 奇っ怪関ヶ原軍記ここに開幕

 お堅い作品が多く、伝奇に冷たい「コミック乱」系列には珍しく、弾けた作品が少なくない「戦国武将列伝」誌の中でも、ひときわ異彩を放つ長谷川哲也「セキガハラ」の単行本第1巻がついに発売されました。

 「セキガハラ」とタイトルから何となく想像できるように、関ヶ原の戦で西軍のトップであった石田三成を主人公にした物語ですが――しかし、その三成をはじめとした登場人物たちの人物造形が、普通ではありません。

 三成や秀吉、前田利家や島左近、果ては淀君に至るまで、本作の登場人物の多くは、いわゆる「能力者」。
 本作においては「思力」なる人外の力を持ち、「天魔」と呼ばれる彼らは、三成の未来予知、左近の影操りをはじめとして、一人一人がそれぞれ異なる力を操るのであります。

 漫画の世界ではすっかりお馴染みとなった「能力者」ものですが、しかしさすがに時代ものでは――その源流の一つであろう、忍者ものを除けば――これまでほとんどなかった印象があります。
 そんな中で、戦国武将たちを「能力者」と設定し、彼らの人間離れした一騎当千ぶりに「合理的な」説明を与えたのは、一種のコロンブスの卵的な工夫と言うべきでしょうか。

 もちろん、そんな面々が登場する物語が普通で終わるわけがなく、この第1巻で描かれる関ヶ原の戦の約2年前――秀吉の死の前後を巡る物語は、しかし一種時代ホラー的色彩を帯びて展開していきます。

 諸侯の眼前で誰にも気付かれることなく、奇怪な巨大蜘蛛に絞殺されるという、奇っ怪極まりない秀吉の死に始まる奇怪な事件は、文字通り伝染するように戦国の世に拡散、体力・武力バカであるほかは至って謹厳実直(?)であった家康を狂わせ、前代未聞のクライマックスになだれ込んでいくのですから凄まじい。

 しかし注目したいのは、この辺りの話運びや奇怪な巨大蜘蛛の存在、あるいは三成の能力描写(そして利家の能力の初登場シーン)などは、作者の隠れた名作である時代ホラー連作「神幻暗夜行」、あるいはダークな歴史伝奇絵巻「アラビアンナイト」を連想させる「暗さ」「怖さ」がある点でしょう。
 最近は「ナポレオン」などで豪快さがクローズアップされることが多いだけに、作者のこうした側面を久々に見ることができたのは、個人的に大いに嬉しいところであります。


 ただ残念なのは、これは連載第1回の感想にも書いたことですが、やはりキャラクターのコスチュームや描写、特に前者には不満が残ります。
 戦国大名を能力者とし、奇怪な化け物を跳梁させるのであれば、逆にそれ以外の部分で地に足のついた描写が欲しい。それがあってこそ、弾けた部分がより弾けて感じられるのではないかと思うのですが…

 などと生真面目なふりをして言うのは野暮の極みであるのは承知の上ではありますが、やはり単行本で読み返してみると、淀君と左近のコスチュームは違和感があるというのが正直な印象です。


 しかし、うるさいマニアと化しつつも、しかしそれでもやはり目が離せないのが本作。まだまだ関ヶ原の戦は先の話ではありますが、その遠く前段階でこの弾けようなのですから、果たして本戦では何が起こることやら…
 まだまだ謎の多い物語のこれからに、猛烈に期待しているところなのであります。

「セキガハラ」第1巻(長谷川哲也 リイド社SPコミックス) Amazon
セキガハラ 1 (SPコミックス)

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2013.05.04

「採薬使佐平次」 江戸のバイオテロと、災厄に挑む者たちの願い

 大川で見つかった斬殺体が手にしていたガラス管。採薬使――幕府の本草学者にして御庭番の佐平次は、知人の町方同心から協力を求められその謎を追う。一方、諸国では浮塵子の大発生により空前の被害がもたらされ、採薬使たちは対応に苦慮していた。しかし、この二つの背後には意外な陰謀の影が…

 ここしばらくは時代小説の分野で大活躍の平谷美樹。一口に時代小説といっても、作者の場合は一作として似たような方向性のものがない、独創性に溢れたものばかりなのに感心させられますが、本作もその例外ではありません。主人公像といい、扱われる題材といい、類作がほとんど存在しない、極めてユニークな作品であります。

 まずユニークなのは、主人公・佐平次の職業・任務でありましょう。タイトルにあるとおり、彼は採薬使――本草学の知識を以て幕府に仕え、諸国に派遣されて薬草などの探索と採取を行う任を負った男であります。
 そして本作において、彼ら採薬使には、もう一つの任が与えられています。諸国に派遣されて、その国の内情を探索する…すなわち、御庭番としてのそれが。

 御庭番と言えば、もちろん本作の舞台である享保年間に将軍であった徳川吉宗が設立したものですが、一般に忍者としてのイメージが強い存在。それを、一種の研究者であり技術者である――そして実際に諸国に足を運んでいた――採薬使に重ねてみせたのは、本作ならではの工夫でありましょう。

 さて、本作においてはその採薬使たる佐平次が、江戸の町で起きた殺人事件の探索を行うこととなります。
 ずいぶんと所轄違いにも思えますが、話を持ち込んできたのは、彼の友人の町方同心。そして、その被害者が手にしていたのは謎のガラス管…二つの理由から、佐平次は事件に挑むのであります。

 しかしもう一つ、そして本作最大のユニークな点があります。
 本作の舞台となる享保17年に日本を襲った災害――後世には享保の飢饉と呼ばれるそれは、冷夏に加えて浮塵子の大量発生により西国を中心に凶作を招き、甚大な被害を招きました。本作において、佐平次の同僚・部下の採薬使たちも、浮塵子の被害を防ぐために、各地に飛んで懸命に対処に努めるのですが…

 しかし、その災害の背後に、人の意志が、作為があったとしたら――本作は、そんな驚くべき仕掛けを、もちろん江戸時代に可能な形で提示してみせる、いや、佐平次たちが当時としては最先端の科学知識でもって解明してみせるのであります(そしてまた、その陰謀が、先に述べた殺人事件と結びついていくというのは、お約束ではありますが実に面白い)。

 いわば本作は、江戸の科学捜査官たちの活躍を描く時代科学ミステリとでもいうべき作品であり、その点だけでも本作の価値があるというものですが…しかしそれ以上に、本作のクライマックスにおいて、佐平次たちが自分たちで黒幕を倒す姿に、私は一つの夢、願望を見た思いがあります。

 科学者、技術者一人一人の力ではどうにもならない災害。その前に悔し涙を流した彼らが、その広がりを、再発を防ぐことができたとしたら――
 ごく最近、我々は科学の、技術の、人の叡智の無力さをいやというほど味合わされました。その悔しさを、せめてフィクションの世界だけでも晴らすことができたら…


 本作は、一貫して東北の存在を背景にした時代小説を描いてきた作者にとっては珍しく、東北に直接の関係を持たない作品であります。
 しかし、このように考えてみれば…というのは、穿った見方に過ぎるでしょうか。

「採薬使佐平次」(平谷美樹 角川書店) Amazon
採薬使佐平次

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2013.05.03

「ばけもの好む中将 平安不思議めぐり」 怪異という多様性を求めて

十二人の姉が居る以外は、ごく平凡な中流貴族の宗孝は、ある出来事がきっかけで、左近衛中将宣能と知り合う。家柄もよく容姿端麗ながら、怪異を愛する「ばけもの好む中将」である宣能に気に入られてしまった宗孝は、その後も怪異を求める宣能に引っ張り回されることになるのだが…

 集英社コバルト文庫で、ティーンズ向けの平安ものを中心に活躍する瀬川貴次が、集英社文庫で平安ものを書く。それもタイトルが「ばけもの好む中将」と来れば、これは作者お得意の平安妖怪コメディに違いない! と思い早速読んでみれば、その予想は半分当たり、半分外れといったところでありました。

 本作の主人公となるのは、特に取り柄もない中流貴族の青年・宗孝。人と違う点と言えば、年齢も境遇もバラバラな十二人もの姉がいることですが、それを除けば平々凡々とした――むしろ平安貴族らしい雅な世界にはイマイチ馴染めない若者です。
 しかしそんな宗孝を非日常的世界に引きずり込むのが、タイトルロールの「ばけもの好む中将」左近衛中将宣能。肩書き通りの名門の出で容姿は端麗、もちろん平安貴族としての嗜みである雅事に通じた、完璧な貴公子…と言いたいところですが、もちろん普通の人間ではないのは、その通称が示す通りであります。

 この宣能殿、通称通り化け物や怪異の類が大の好物。怪異が現れたと聞けば、夜中にたった一人でその場を訪れたりするのですから病膏肓に入るというべきか…
 そんな怪異の現場で偶然彼と出会ってしまった宗孝は、何故か彼に気に入られ、一種の相棒となって、都で起きる様々な怪異を追い求めることとなる…というのが本作の基本的フォーマットであります。

 平凡な好人物が、エキセントリックな天才に振り回されながら事件解決に奔走するというのは、これは一種のホームズもの的構図であり、決して珍しいものではないかもしれません(特に平安ものでは大先輩がいるわけで…)。
 しかし、エキセントリックな人物を書かせればただごとではない冴えを見せる作者の筆になれば、その使い古されたスタイルも、実に楽しく、新鮮に映ります。一点を除けば完璧貴族な宣能と、巻き込まれ体質の宗孝のやりとりはポンポンと実にテンポよく展開し、そして個性という点では宣能にも負けない宗孝の姉たち(さすがに全員は登場しませんが)の存在も楽しい。この辺りの楽しさを期待しても、まず裏切られることはありますまい。

 しかし本作で宣能が追い求める(そして宗孝が付き合わされる)怪異は、しかし我々の予想とは全く異なる姿でもって現れることとなります。そう、本作に登場する怪異は、全て人の心が生み出したもの――人の心の綾に由来するもの。それは、宣能の求める真の怪異とはほど遠いものであるかもしれませんが、しかし同時に我々にとって――そしてもちろん宣能と宗孝にとっても――馴染み深いものなのです。

 この点に物足りなさを覚える向きは、もちろんいらっしゃるでしょう。私としてもこの辺り、色々と抑えざるを得なかったのかな…などと勘ぐらないでもありません。
 しかし物語の後半で語られる宣能が怪異を探求し続ける理由――それを知った時、この物語において、怪異の真偽を云々することにさして意味がないことに気付きます。

 核心に触れない程度に述べれば、それは世界の多様性を求めることであり、そして同時に、特別な人間などいないと――言い換えれば誰もが皆特別なのだと――示すこと。
 単なるマニアックな(そして個人的には大いに共感できる)趣味かと思ったものが、このような形で昇華されるとは…!


 エキセントリックでコミカルなキャラクター小説としての楽しさはそのまま、物語を、キャラクターの掘り下げがこれまで以上に――なるほど、作者が一般向け平安コメディを書けばこういう形となるのかと、大いに感心いたしました。

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ばけもの好む中将 平安不思議めぐり (集英社文庫)

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2013.05.02

「仮面の忍者赤影Remains」第1巻 人の悪意と欲望に拳で挑め!

 秋田書店は過去の名作のリメイクに比較的熱心な印象がありますが、この4月にも3つの横山光輝作品のリメイクが発売されました。その一つが本作「仮面の忍者赤影Remains」…あの赤影を、「重機甲兵ゼノン」や「KAZE」の神崎将臣とくれば、見逃すわけにはいきません。

 その本作の粗筋自体は、「赤影」としてはお馴染みのもの――金目教なる謎の教団を率いる甲賀幻妖斎とその配下・霞谷七人衆に対し、木下藤吉郎の命を受けた竹中半兵衛に請われた赤影ら飛騨の影一族が立ち上がるというストーリー。
 原作漫画及び特撮版の第一部に相当する、そして以後の様々な赤影リメイクの題材となっているあれであります。

 しかし「赤影」という作品の厄介な(?)点は、「赤影」と言われて多くの人間が連想するのが、あくまでも普通の忍者漫画の範疇にあった横山光輝の原作漫画ではなく、ガジェット的、ビジュアル的に時代劇という枠を飛び越えて展開していった特撮版である点ではないでしょうか。
 そのため、後にアニメ化された際に横山光輝がセルフリメイクした「新仮面の忍者赤影」が、逆に「何だか「赤影」っぽくない…」と思われてしまうという珍現象が起きたりもしたわけですが…

 その辺り本作の面白い点は、登場人物配置はあくまでも原作漫画版を踏まえつつも(といっても、七人衆の中に岩鉄がいたり、青影がちょっと女の子っぽかったりと、「新仮面の忍者赤影」の要素も取り入れているのが楽しい)、登場するキャラクターのビジュアルや忍法に、特撮版のテイストを取り入れている点でありましょう。

 なにしろ冒頭から、巨大な金目像がその腕の一振りで城を破壊するという豪快なシーンが展開されたと思えば、赤影・青影・白影の影一族、そして霞谷七人衆が操る忍法は、どこかオーバーテクノロジー的な特殊能力(特に片腕が剣や槍、機関銃にまで変形してしまう白影など実に面白い)で、なるほど、あの特撮版の破天荒なノリを、こんな形で料理してきたか…と感心いたします。

 そして、その一種のオーバーテクノロジーが、ガジェットとして、そしてテーマに密接に絡むものとして存在しているのが、実は本作の最大の特徴でしょう。
 その力――「魂龍」と呼ばれるそれは、珠の形で登場し、それぞれが「力」「蟲」「水」など特有な力を持つものとして描かれます。
 登場する術者たちはそのそれぞれの力を引き出し、それが忍法となるわけですが、珠の組み合わせで新たな忍法が生まれるというのは、ちょっと今っぽい設定かもしれません。

 それはさておき、この「魂龍」というのは実は諸刃の剣。使えば使うほど己の体力を――いや、赤影の場合は己の命を――消耗するというだけではなく、赤影によれば、この力は人の際限ない欲望と結びつき、遠い将来この国を滅ぼすというのですから…
 まだこの第1巻の時点ではその詳細は不明ですが、どうやら悪意や欲望といった、人のネガティブな意志がその源に絡んでいるらしい「魂龍」。赤影はその力を用いつつも、これをこの世から滅ぼすべく、戦うのであります。

 しかしそんな赤影の姿は、実に神崎ヒーローらしいと言えます。
 人の悪意や欲望の存在と、それが横行する現代社会に対する批判的眼差し。作者の作品の多くに共通するモチーフは、実に本作でも健在であると感じます。
 そしてその力に押し潰されまいと、自らの心身を痛めつけながらもなおも立ち上がり、拳を振るうヒーローの存在もまた…

 個人的な印象では、この辺りのテイストは、少々鼻につくものがあって苦手なのですが、しかしそれがないのもまた寂しい。
 さて本作ではその辺りのさじ加減がどうなることか――「赤影」ものとしては申し分なし、あとは作者の作品としてどのような形を取ることか、これからの展開を拝見いたしましょう。

「仮面の忍者赤影Remains」第1巻(神崎将臣&横山光輝 秋田書店) Amazon
仮面の忍者赤影Remains 1 (プレイコミックシリーズ)

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2013.05.01

「夢告げ」 やる気ゼロ隊士が見た新選組

 従兄に誘われて新選組隊士となったものの、彼が行方不明となり、間者の噂が立ったことでやる気をなくした蟻通勘吾。そんな中、彼の隊の隊長が何者かに斬られ、その後任に沖田がやってきた。勘吾はそこに自分を嫌う鬼――土方の意図を感じる。はたして夜ごと彼の夢に現れる従兄が語ろうとするのは…

 「小説現代」5月号の時代小説特集は、荒山徹、犬飼六岐、堀川アサコと私好みの作家ばかりなのですが、その中でも時に気になるのが小松エメルの「夢告げ」。
 なにしろこの作品、新選組もので…と聞いて「おっ」と思うのは、かなりの作者ファンでしょう。何しろ作者はインタビューなどでことあるごとに答えているように、大の新選組ファン。その作者がどのような新選組ものを書くのか、大いに気になるではありませんか。

 そしてその期待は裏切られることはありません。本作の主人公となるのは、壬生浪士組時代から参加し、剣の腕も優れたものを持ちながら、やる気まったくゼロの隊士・蟻通勘吾。もちろんそれにはそれなりの原因はあるのですが、しかし周囲の目は厳しく、それでさらに勘吾はやる気をなくして…という悪循環なのであります。

 そんな彼の所属する隊――これがまた、問題児揃いなのですが――の隊長が何者かに斬られ、その代わりにやって来たのが何とあの沖田総司。
 あまりにイレギュラーな人事に、勘吾は自分を嫌っているらしい鬼の副長・土方の顔を思い浮かべるのですが…

 新選組ファンならずともよく知られている沖田・土方ですが、本作に登場する二人は、どこかすっとぼけたような無邪気な性格で子供好きの沖田、秀麗な外見ながらも鉄面皮でクールな土方と、多くの人間が持つイメージを踏襲したものであります。
 …が、そんな二人の姿も、ひねくれ者の勘吾の目から通して見れば、また異なった姿で見えてくるのが面白い。この辺りは、新選組ファンとして、並みの内容ではあきらたらない作者の意気込みが感じられるように思います。

 そしてその勘吾自身の姿もまた、他者から見たそれと、他者からそう見られていると自分が思っているそれが異なるのが、またややこしくも面白く、そして何となく切ない。
 実に本作は、人間というものが自分や他者に持っているイメージが、いかにあいまいで、うつろいやすいものであるか――新選組での青春群像を通じて、それを描き出しているように感じられます。

 そしてそれを描く際の、どこかユーモラスでしかしハッとするほど重く切ない語り口――特に終盤近く、勘吾に対してひたりひたりと突きつけられる言葉の刃の鋭さたるや――と、その先に待つ小さな暖かみもまた、実に作者らしい味わいで、作者のファンならずとも、安心して楽しめる作品であります。


 そして、作中で触れられていないことを野暮を承知で語れば、この蟻通勘吾という人物、もちろん実在の人物でありますが、上で述べたように「新選組」成立前から参加し、そして池田屋事件をはじめとする数々の戦いに参加、そして五稜郭の戦いにまで加わったという人物。
 面白いのは、それだけの古株でありながら、一貫して平隊士だったことですが、そこにどんなドラマがあったのか(いや、なかったのか?)想像しただけでわくわくするではありませんか。

 本作で語られた土方との関係も含めて、彼がこの先函館戦争まで、新選組で何を見るのか…いささかどころでなく気が早いですが、期待したいところです。

「夢告げ」(小松エメル 「小説現代」2013年5月号掲載) Amazon
小説現代 2013年 05月号 [雑誌]

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