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2013.05.03

「ばけもの好む中将 平安不思議めぐり」 怪異という多様性を求めて

十二人の姉が居る以外は、ごく平凡な中流貴族の宗孝は、ある出来事がきっかけで、左近衛中将宣能と知り合う。家柄もよく容姿端麗ながら、怪異を愛する「ばけもの好む中将」である宣能に気に入られてしまった宗孝は、その後も怪異を求める宣能に引っ張り回されることになるのだが…

 集英社コバルト文庫で、ティーンズ向けの平安ものを中心に活躍する瀬川貴次が、集英社文庫で平安ものを書く。それもタイトルが「ばけもの好む中将」と来れば、これは作者お得意の平安妖怪コメディに違いない! と思い早速読んでみれば、その予想は半分当たり、半分外れといったところでありました。

 本作の主人公となるのは、特に取り柄もない中流貴族の青年・宗孝。人と違う点と言えば、年齢も境遇もバラバラな十二人もの姉がいることですが、それを除けば平々凡々とした――むしろ平安貴族らしい雅な世界にはイマイチ馴染めない若者です。
 しかしそんな宗孝を非日常的世界に引きずり込むのが、タイトルロールの「ばけもの好む中将」左近衛中将宣能。肩書き通りの名門の出で容姿は端麗、もちろん平安貴族としての嗜みである雅事に通じた、完璧な貴公子…と言いたいところですが、もちろん普通の人間ではないのは、その通称が示す通りであります。

 この宣能殿、通称通り化け物や怪異の類が大の好物。怪異が現れたと聞けば、夜中にたった一人でその場を訪れたりするのですから病膏肓に入るというべきか…
 そんな怪異の現場で偶然彼と出会ってしまった宗孝は、何故か彼に気に入られ、一種の相棒となって、都で起きる様々な怪異を追い求めることとなる…というのが本作の基本的フォーマットであります。

 平凡な好人物が、エキセントリックな天才に振り回されながら事件解決に奔走するというのは、これは一種のホームズもの的構図であり、決して珍しいものではないかもしれません(特に平安ものでは大先輩がいるわけで…)。
 しかし、エキセントリックな人物を書かせればただごとではない冴えを見せる作者の筆になれば、その使い古されたスタイルも、実に楽しく、新鮮に映ります。一点を除けば完璧貴族な宣能と、巻き込まれ体質の宗孝のやりとりはポンポンと実にテンポよく展開し、そして個性という点では宣能にも負けない宗孝の姉たち(さすがに全員は登場しませんが)の存在も楽しい。この辺りの楽しさを期待しても、まず裏切られることはありますまい。

 しかし本作で宣能が追い求める(そして宗孝が付き合わされる)怪異は、しかし我々の予想とは全く異なる姿でもって現れることとなります。そう、本作に登場する怪異は、全て人の心が生み出したもの――人の心の綾に由来するもの。それは、宣能の求める真の怪異とはほど遠いものであるかもしれませんが、しかし同時に我々にとって――そしてもちろん宣能と宗孝にとっても――馴染み深いものなのです。

 この点に物足りなさを覚える向きは、もちろんいらっしゃるでしょう。私としてもこの辺り、色々と抑えざるを得なかったのかな…などと勘ぐらないでもありません。
 しかし物語の後半で語られる宣能が怪異を探求し続ける理由――それを知った時、この物語において、怪異の真偽を云々することにさして意味がないことに気付きます。

 核心に触れない程度に述べれば、それは世界の多様性を求めることであり、そして同時に、特別な人間などいないと――言い換えれば誰もが皆特別なのだと――示すこと。
 単なるマニアックな(そして個人的には大いに共感できる)趣味かと思ったものが、このような形で昇華されるとは…!


 エキセントリックでコミカルなキャラクター小説としての楽しさはそのまま、物語を、キャラクターの掘り下げがこれまで以上に――なるほど、作者が一般向け平安コメディを書けばこういう形となるのかと、大いに感心いたしました。

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