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2013.06.01

「風の王国 7 突欲死す」 二人の英雄、分かれる明暗

 東日流、渤海、そして契丹の興亡を描く大河伝奇「風の王国」も、いよいよ終盤に近づき第7巻。本書においては渤海が滅んだ後の、群雄割拠した大陸の姿が描かれることになりますが、しかしサブタイトルは「突欲死す」と、史実通りとしても相当に衝撃的――

 渤海が滅んだことで、一気に騒然たる状況となった大陸の東側。父を暗殺して契丹の帝位についた耶律堯骨は着実にその地位を固め、堯骨に追われた耶律突欲は、渤海の故地で東丹国の王となったものの、さらに追われ、ついに唐に身を寄せることとなります。
 一方、明秀の両親の仇である高元譲は、国を売って契丹にすり寄りつつも、契丹内のこうした隙をついて渤海復興を宣言。さらに大光顕、烈万華、そして明秀たちが合従連衡を繰り返しながら、渤海復興の戦いを繰り広げていくのですが――

 その戦いの中で、これまで以上に生き生きとして見えるのが、主人公たる明秀の姿であります。
 渤海の助っ人として海を渡り、そしてその渤海の王族の血を継ぎつつも、一種俯瞰的な視点から国というものの興亡を見つめてきた彼は、その依って立つべき国が失われてむしろ、自分の戦いを見出したのでありましょう。

 いや、彼にとっては、自分自身の国を作ることができる、ここからが本当の戦いであることは間違いありますまい(単純にゲリラ的に暴れ回るのが楽しいようにも見えますが、それもまあ良し)。
 この巻の段階では、渤海復興を巡る各勢力の背後で立ち回る形となり、表立った活躍はこれから――という印象ですが、物語がいよいよ終盤に近づく中、彼の戦いの向かう先も、そろそろ見えてくるのではありますまいか。

 と、その一方で精彩を欠いた印象が強いのは、耶律突欲であります。
 物語の開始当初から、幾度となく明秀と対峙し、その軍略と巫術で散々に渤海側を苦しめてきた突欲。しかし、彼を買ってきた父が殺され、その下手人たる弟と対立の末に自ら身を引く形で辺境に向かい、そこでも追いつめられた末に唐に亡命した彼に、昔年の力はなく――

 いえ、確かにこうして文章にしてみれば、あまりの逆境であり、そしてそれが史実ではあるのですが、しかしこれまでの突欲であれば、それに負けぬ暗躍を見せていたはず。
 そこが何とも口惜しく、残念ではあるのですが、その一因が、彼の子にあるというのは、それも人の運命というものでしょうか。
(そしてラストに描かれる悲劇と平行して、明秀の側の一つの幸福が描かれるのと、あまりに対象的であります)


 正直なところ、これまでの巻に比べれば、時間の流れが早く、慌ただしい印象が強いこの第7巻。史実をなぞった部分も少なくないようにも感じられるところで、そこに不満がないわけではありません。
 しかし見方を変えれば、その大きな時間の流れが描かれるからこそ、そこに竿差す明秀と、流される突欲の対比が、より明確になったと言えるのかもしれません。

 残すところついに3巻、その残り少ない中で。明秀が時の流れに如何に逆らってみせるのか(そして突欲は本当にこのまま退場してしまうのか)。
 白頭山の度重なる噴火が、先を暗示しているやに感じられるのですが――

「風の王国 7 突欲死す」(平谷美樹 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon
風の王国 7 突欲死す (ハルキ文庫 ひ 7-13 時代小説文庫)


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