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2013.07.31

「浣花洗剣録」第31集/第32集 一つの恋の成就と因縁の再会と

 終盤1/4に突入し、いよいよ物語もクライマックスに向かう…はずなのですが、まだまだ主人公たちが悩みまくる「浣花洗剣録」。ようやく因縁の一つはほぼ解消したものの、その後にさらにまたややこしい因縁が描かれて、まだまだ視聴者のやきもきは続きます。

 白水聖母=白艶燭を守っての三対一の決闘の末に土手っ腹を刺された侯風。しかしさすがは紫衣侯、底力を発揮して王巓の部下二人を返り討ちにすると李子原を撃退し、艶燭を連れてすぐに逃げようとするのですが、そこに現れたのは王巓。
 やはり傷を負っている侯風では、いま調子に乗りまくっている王巓を相手にするのは厳しく、追い込まれてしまいます。が、そこで梢から滴り落ちた滴を艶燭が指弾として王巓の口に放り込んだことで王巓に大きな隙が生まれ、辛くも二人は脱出にするのでした。
 しかしこの時の奮闘がもとで虫の息となった艶燭は、自分が死んだ後に呼延大臧の面倒を見て欲しいと頼みます。そしてついに、大臧が艶燭の息子であることを知る侯風…(今のところ、艶燭と侯風のみが大臧と宝玉が兄弟であることを知っているということでよいのかな)

 一方、文字通り朝廷の犬の烙印を押された方宝玉は、師匠の一人の悪いところを真似たか酒に溺れますが、奔月の叱咤激励であっさり復活。何故か薬ばかり狙う盗賊に興味を持った二人は、賊を待ち構えるのですが…もちろんその賊の正体は侯風。艶燭のために薬を集めていた侯風ですが、宝玉の内功治療によって艶燭はあっさり復活するのでした。
 しかしここでついに侯風は、宝玉に彼の父の死の真相を――艶燭を巡って刃傷沙汰になった挙げ句、ほとんど未必の故意で兄・侯淵を殺ってしまったことを――語ります。

 思わず侯風に斬りかかりながらもその場は堪えた宝玉ですが、やはり仇は仇、ついに果たし状を叩きつけることに。何を思うか艶燭が見つめる中、激しく切り結ぶ二人ですが、宝玉の一撃を前に敢えて無防備な姿を晒すというお約束展開の侯風に、宝玉も刃を引くのでありました。結局、事故であったならば仇討ちは諦めるものの、やはり少々距離を置きたいと、奔月を連れて去っていく宝玉――

 まずは一つの因縁が解かれてホッとしたか、早速艶燭に「船で暮らそう」とアッピールする侯風に艶燭もそっと寄り添い、侯風の長きに渡るストーキング(違)もようやく成就。さすがに海に出ませんが、二人は武林で今噂の羅亜古城に向かうことにするのでした。

 そして旅に出た宝玉の方は、川で剣の手入れをしながら最近お馴染みの鬱モード…と思いきや、川向こうでは草を摘む珠児が!
 凄い偶然だ…というのはさておき、喜んで飛び出してきた宝玉と、複雑な表情の奔月を前に、記憶喪失モードの珠児はちょっと困惑気味。それでも適当な口実で師太の寺に押しかけた二人は、そこでさらに大臧と再会いたします。

 珠児のこともあり、とりあえず知らないふりをする大臧と宝玉ですが、空気は一触即発。さらに実は鋭い師太に何やら曰くがあると見破られた宝玉は、大臧が蓬莱人で中原の武林の人間をたくさん殺した人間なのだから寺から追い出せとイヤなアピール。もちろんそれは師太に窘められますが、奔月が宝玉を止めないのは少々意外ではあります。
 そもそも奔月と大臧は、聖母と共に戦った仲。珠児のことにも同情していたように思ったのですが…あ、実の父の仇か。

 何はともあれ、寺に滞在することになった宝玉と奔月ですが、相変わらず大臧との仲は険悪。何も知らない珠児は、二人で畑仕事でもして仲良くなって…と提案します。が、もう祖父の仇ではなくなったにもかかわらず(というかそれを話そうよ)大臧を激しく敵視する宝玉と、売られた喧嘩は買わずにいられない――というよりある意味珠児の記憶喪失の元凶の一人である宝玉に黙っていられない――大臧が仲良くできるわけがない。
 二人で川に水汲みに行かされたのを幸いと(?)素手ゴロを始める始末…

 一方、今回妙に意地悪な奔月は、珠児の記憶が戻っているのではないかと疑い、ネチネチとカマをかけ始めます。珠児の不幸な過去を自分の知人の話、と称して本人に聞かせる様はやり過ぎ感溢れるものでしたが――
 さらにその後、食事の支度中の珠児を拉致。縛り上げた上に刀まで突きつけて、真実を語るように詰め寄るのでありました。

 奔月(役の女優さん)は、時々眉間に皺寄せて下唇を突き出すヤンキーチックな表情を見せるのですが、今回はそれがあまりにも似合いすぎる言動。あまりに珠児珠児うるさい宝玉に対するアレコレだとは思いますが、さすがにちょっと…とこちらが引いたところで次回に続きます。


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2013.07.30

「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次酒語り」第7巻 大秘事争奪戦の意外な乱入者!?

 この7月から「義風堂々!! 兼続と慶次」のタイトルでアニメも開始された(まだ私はチェックできていませんが)「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次酒語り」の最新巻、第7巻が刊行されました。いよいよ小田原の陣も大詰め、その一方で兼続の出自の証拠となる地蔵菩薩像争奪戦は意外な展開に…

 豊臣秀吉の天下統一の締めくくり、小田原の北条攻めも、伊達政宗の参陣の遅れなど色々とあったものの終結目前。
 兼続ももちろん参陣したものの、しかし歴史が示す通り、北条氏の籠城により実際の戦闘は散発的なものに留まったこの戦においては今ひとつ精彩を欠きます。

 その代わり…というのではありますまいが、この戦の背後で展開していたもう一つの戦があった、というのがここ数巻に渡る展開。その戦こそは、兼続の母であり、謙信が唯一愛した妙姫の菩提を弔うために造られた地蔵菩薩像の争奪戦であります。
 もういい加減メインどころのキャラは皆知ってしまったような気がする兼続が謙信の実子であるという上杉家の秘事ですが、小田原の陣の終結で泰平となる世に波風を起こすには十分な材料。自分の存在が上杉家の害となるのであれば、罪人となって討たれるとまで言う兼続を救うために、彼に代わって奮闘するのが軒猿の忍び・次郎坊であります。

 かくて、ほとんどこの巻の陰の主人公となった次郎坊ですが、「甲冑の戦士雅武」に登場しそうな(人間の言葉は喋りませんが)忍犬を供に、武田家出身の徳川の忍びという二重の宿敵である下坂左玄を向こうに回し、妙姫が眠る京に急ぐことになるのですが…
 京で待ち受けていたのは、地蔵菩薩像が、もう何年も前にある人物によって持ち去られていたという報せ。そしてその人物というのが――

 いやはや、以前本作(正確には前作ですが)に登場していたとはいえ、さすがにここでこの人物の登場は予想できませんでした。冷静に考えるとかなり無理のある展開のような気もするのですが、しかしあまりに意外かつ面白い取り合わせなので、これはこれでOKとしましょう。
 そしてこの人物とともにそのまま地蔵菩薩像も…と思いきや、まだまだこの争奪戦には先がある様子。ようやく小田原の戦も終わり、いよいよ兼続も動けるようになったいま、これからが争奪戦の本番と言うべきなのかもしれません。

 この第7巻に続き、8月には第8巻が連続刊行とのこと。この先の展開もさほど待たずに読むことができるのはありがたいことです。


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2013.07.29

「天を裂く 水野勝成放浪記」 風流児、放浪の中に人の情を知る

 世の中には凄い人間というのがいるもので、そういう人間のオンパレードのような戦国時代においても、まだまだこちらを驚かせてくれる豪傑がいるというのは、喜ぶべきことでしょう。本作「天を裂く」の主人公・水野勝成も、まさにそうした豪傑の一人であります。

 水野勝成は、古くから徳川家康に仕えた名門の出――というより家康とは従兄弟に当たる間柄。若くしてその剛勇を知られ、当時まだ存命であった織田信長から永楽銭の旗印を与えられた…といえばその程が知れるでしょう。
 しかしこの勝成、相当のかぶき者――本作の言葉を借りれば「風流」――というよりほとんど無茶苦茶な人物。何しろ、本作で描かれた以下の事績がほとんど史実らしいというのですから、驚くべきか呆れるべきか…

・親子喧嘩の結果、勘当された上に奉公構を出される
・伝手を辿って秀吉に仕えるも怒りを買って命を狙われる(ちなみに本作では怒りに任せて大坂城を叩き壊したという理由)
・その後、仙石・佐々・小西・加藤・立花・黒田と名だたる面々の下で活躍するがすぐに放浪
・備後で陶工になっていたところを、土地の領主・三村家に18石で召し抱えられる
・ようやく徳川家に戻った直後に父が暗殺され、いきなり家督を継ぐ
・関ヶ原では大垣城を抑え、西軍にプレッシャーを与える
・戦後、誰も欲しがらなかった日向守の官名(かつての明智光秀のそれ)を喜んで受け取る
・大坂の陣ではかつて因縁のあった後藤又兵衛の軍を壊滅させ、大坂城に一番乗り
・譜代最高位の10万石で備後福山藩主となってかつて世話になった三村家を取り立て、善政を敷く

いやはや、波瀾万丈というのも生ぬるい、その孫があの水野十郎左衛門というのも大いに頷ける無茶苦茶っぷりなのです。


 本作はそんな勝成の生き様を痛快に描く作品でありますが――しかし白状してしまえば、彼の放浪時代を描く前半辺りまでは、彼のキャラクターに魅力を感じなかったというのが正直なところではあります。
 「風流」を旗印に暴れまくる青年時代の勝成ですが、彼自身は筋を通しているつもりでも、しかしその行動自体はどこまでも自分勝手で未熟、厳しい言い方をすれば田舎の不良が粋がっているようにしか見えない…という印象だったのです。
 特に本作において勘当の原因とされる家臣殺害は、冒頭で否定的に描かれる森長可とどう違うのか…と

 しかしもちろん、それは計算の上の描写であります。放浪の果てにとことん生と死を見つめ、武士としての己、人間としての己を見出した勝成の姿からは、物騒な「風流」好みはそのままながら、どこか余裕を持った人間味が感じられるようになるのであります。
 本作の後半のクライマックスである関ヶ原の戦と大坂の陣において、どちらも彼らしい「風流」を尽くしながらも、しかし合戦全体を見据えてどこか一歩引いた(もちろんそれでいて思い切り目立ってはいるのがまた楽しいのですが)位置に立つ姿は、彼らしい成長の姿と言えるのではありますまいか。

 振り返ってみれば、前半の彼は、「風流」を行っていても、そこに人の情はなかったと言えるでしょう。
 もちろん、その大きなきっかけが、父の死と息子の誕生というのは、これは定番に過ぎると言うべきかもしれません。しかしそれだからこそよりこちらの胸に届くということはあるのだと感じますし――そこから彼が人の情に辿り着く姿は、実に感動的なのであります。

 ちなみに本作の作者・大塚卓嗣は、第18回歴史群像大賞で佳作入賞して本作がデビューとのこと。歴史群像大賞はかなり長い歴史を持つ賞ですが、先日紹介した「洛中洛外画狂伝」の谷津矢車といい、若い才能を次々と発掘しているのは、時代もの・歴史ものファンとして心強い限りであります。
 作者の次回作にも期待しましょう。


 ただ、思い切り現代人風な登場人物の口調だけは最後まで馴染めなかった、というのも事実ではありますが…


「天を裂く 水野勝成放浪記」(大塚卓嗣 学研パブリッシング) Amazon
天を裂く: 水野勝成放浪記


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2013.07.28

8月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 気がつけば梅雨も終わりいよいよ夏本番。8月はお盆の時期を挟むので、出版点数も少な…くない、全然少なくない今年の8月。時代伝奇アイテムもかなりな数にのぼっています。というわけで、8月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 文庫小説の方では、新刊・新シリーズは少なめですが、文庫化・再刊はかなり充実の印象。
 まずは上田秀人の信長もの「天主信長」が登場。全2巻ですが、上下ではなく「表」「裏」という構成がなんとも意味深です。
 また、今年になってから中公文庫で刊行されてきた富樫倫太郎の土方歳三ものですが、三部作のうち一作だけあまりにも毛色が違うため本当に刊行されるかドキドキしていた「殺生石」が、「神威の矢 土方歳三蝦夷討伐奇譚」のタイトルでめでたく登場。ある意味、富樫伝奇の総決算的な作品であります。

 そして、今年に入ってから刊行が止まっているベスト時代文庫に収録されていた伊多波碧「もののけ若様探索帖 甲子夜話異聞」が、廣済堂文庫から復刊というのが実に嬉しい。
 また、「鏡の偽乙女」のタイトルで刊行されていた朱川湊人の大正伝奇が「鏡の偽少女」で文庫化されるのも注目です。

 新作の方では、完結目前の平谷美樹「風の王国」第9巻がやはり気になるところ。
 その他、高橋由太の「風魔忍者草双紙 髷切り侍」は、最近の流れで市井妖怪ものではなく歴史人物が登場する伝奇ものでしょうか。

 一方、漫画の方はこれが相当の点数。
 とりあえず作者とタイトルを列挙しますと――
 唐々煙「曇天に笑う」第6巻、野部優美&夢枕獏「真・餓狼伝」第2巻、東冬&宮本昌孝「大樹 剣豪将軍義輝」第2巻、杉山小弥花「明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者」第4巻、山崎峰水&大塚英志「松岡國男妖怪退治」第3巻、岡野玲子&夢枕獏「陰陽師 玉手匣」第3巻、睦月ムンク&夢枕獏「陰陽師 瀧夜叉姫」第3巻、武村勇治「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次酒語り」第8巻…
 いやはや嬉しい悲鳴が出るとしか言いようがありません。

 その他、廉価版コミックでは、あの名作「忍法十番勝負」が登場。これはお値打ち。
 また、毎月密かに(大いに)楽しみにしている森田信吾作品は、「影風魔ハヤセ」が登場です。


 最後に、時代伝奇もの以外で気になるアイテムを、小説と漫画で一点ずつ。
 小説の方では、ジェフ・ライス「事件記者コルチャック」。もちろんコルチャックといえばあのコルチャックですが、これはそのベースとなった幻の小説版でしょうか…

 そして漫画の方では、米原秀幸の名作海賊ファンタジー「フルアヘッド! ココ」の新装版がついに登場。続編の「サンセットローズ」が連載中なだけに、いつ出るかいつ出るかと待ち焦がれていましたが、これは実に嬉しいところであります。



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2013.07.27

「水滸伝」 第14話「楊志 刀を売る」/第15話「智をもって生辰の綱を取る」

 さて、久々のドラマ版「水滸伝」は、ようやく物語がこの物語の始めに戻り、晁蓋たちの生辰綱強奪が描かれることとなります。と、その前に新たな豪傑・青面獣楊志が登場するのですが…

 というわけで、第14話は「楊志 刀を売る」。いきなり緊張感のないタイトルですが、これが全く間違っていないのだから仕方ない。
 内容的には原典とほぼ忠実に展開していく今回、前回ラストで梁山泊から追い出されかかった林冲が投名状――人の生首を得るために襲いかかった相手が楊志。激闘の果てに林冲と引き分けた楊志は林冲の誘い(今回も自分が嫌われていることを読んで行動する林冲さんが切ない)を振りきって東京に出るも…という展開であります。

 ここでもう少し引っ張るかと思えば、断った次の瞬間にはもう楊志が高キュウに叱られているというスピーディーさにはちょっと笑ってしまったのですが、さらに物語は展開し、宝刀を売ることになった楊志が原典通りに破落戸の牛二に絡まれた末にこれを斬るくだりとなります。
 改めて見てみると、自分より強い相手がわからない牛二の見る目無さに驚きますが、とにかく自首する楊志。原典と異なるのは、楊志がここで見物人の支持があることを確かめた後で自首したように見えることと、それにも関わらず裁判所ではバッサリ有罪扱いされることであります。さらに何者かの指示で北京大名府に流刑となるのもまた…

 ここで思い出してみればこのドラマ版の冒頭から語られているのが、大名府の梁中書から東京の蔡京に贈られる誕生祝いの生辰綱の輸送に関するエピソード。林冲もあのようなことがなければ生辰綱輸送を担当するはずでしたが(というか、その担当となったのが運命を狂わせる遠因であったような)、楊志がここで流刑されることとなったのも、この担当としてなのだな…というのが、この後の展開でわかります。
 原典通りに流刑先で武芸試合の末に抜擢される楊志(ここで微妙にコロッケっぷりも楽しい索超が初登場するのですが、楊志との試合はほんの一合で中止となってしまうのが残念)は、梁中書夫妻に命じられ、やむなく生辰綱輸送を引き受けることになるのです。

 と、この辺りから第15話「智をもって生辰の綱を取る」ですが、こちらはかなりオリジナル展開が入っている印象。冒頭以来久々に登場した晁蓋以下七人の好漢(というか結局宋江はどうなったのかしら)が、いよいよ動き始めるのですが…ここで目立ちまくるのが白日鼠白勝なのが面白い。
 決行直前に博打にはまって(ちなみにその賭場兼宿屋の主が何清というのが面白い)、「商売道具」の酒をカタに取られるというどうしようもないダメっぷりを見せる白勝。かろうじて酒は取り返したものの、本当に好漢とも思えない体たらくですが、呉先生によればこのダメっぷりこそが逆にイイらしいとのことなので…(というかしれっとこういうこと言う呉先生絶好調)

 一方、不義の財ということでなかなかやる気は出ないながらも、命じられた以上はやらざるを得ない楊志は、文字通り部下をビシビシしながら先に急ぐのですが――
 このドラマ版は、原典に忠実な場面であっても、改めてビジュアライズされたものを見てみると色々と発見があるのですが、今回この輸送中の楊志の姿を見てみると…いや、ダメですこの人管理職失格。軍隊的にはアリなのかもしれませんが、部下に対する説明不足とそれを強圧的な態度で補うというのはどうみても逆効果にしか思えません。
 原典で読むと楊志は明らかに被害者なのですが、今回の描写だけ見ると、こりゃ楊志の方が悪い、というかそもそも高キュウに叱責された時も楊志の方が悪かったよね、と余計なことまで思い出してしまった次第。

 それはさておき、ほとんど部下のストライキ同様に黄泥岡で休憩することになった楊志の前に、どうみても胡散臭い七人の商人が現れ、さらにそこに酒売の白勝が現れて…というところで今回はおしまい。
 「智をもって生辰の綱を取」ってない! 未遂じゃないかとは思うのですが、呉先生的には細工は流流、仕上げを御覧じろ、というところなのでしょう。さて…

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2013.07.26

「てれすこ 大江戸妖怪事典」 妖怪収集活劇開幕!

 蘭方医の卵・栗木菊之助と岡っ引きの娘で見える体質の美江は、ある日不思議な空間に迷い込んでしまう。正体不明の蘭学者・稲毛外羅と霊獣・お咲に助け出された二人は、外羅先生の下で「大江戸妖怪事典」の完成を目指すことになる。妖怪を求めて江戸の怪事件を解決していく二人だが…

 最近はすっかり妖怪時代小説づいている朝松健ですが、この最新作も新たな妖怪時代小説シリーズの開幕編。幼なじみの少年少女が、妖怪を追い求めて江戸を駆け巡る、なかなかにユニークな作品であります。

 いきなり禁じ手かもしれませんが、本作を一言で表してしまえば、「大江戸ポケモン」でありましょう。
 というのも、二人が妖怪を求める理由は、妖怪を収集すること。そして一度お札に変えて捕らえた妖怪は、次に他の妖怪と戦う時に札から出して使役することができるのであります。
(さらに、二人を妨害するちょっとドジな二人組の男女も登場するのですが、それが二天玄信と佐々木岩藤という名前なのが愉快)

 しかしもちろん時代伝奇&ホラーで鳴らした作者のこと、一見水と油のような要素を巧みに絡み合わせているのが面白いのです。
 何しろ、主人公二人を妖怪収集の世界に誘うのが、稲毛外羅なる奇怪な名前の、そしてそれ以上に奇怪な言動の、博覧強記かつ正体不明の怪人。蘭学をはじめとしてあらゆる学問に通じる外羅先生のその正体は…というのが伝奇的には嬉しくなってしまうのですが、その目的が「大江戸妖怪事典」の完成というのもまた、人を食っていて楽しいのであります。

 しかし本作の最大の特徴は、ある意味妖怪をアイテム的に使う一方で、妖怪ホラーとしてきっちりと怖い点であるように私は感じます。
 全三話構成の本作に登場する妖怪の、妖怪が引き起こす事件の描写は、どれもなかなかに恐ろしい。奇怪な人々が集う夜祭りがいつまでも続く空間、通りかかった人間が次々と行方不明となる大樹の樹上の怪、行き会う人々に斬りつけ火を吹きかける祟り神…

 妖怪もの、それも収集要素のあるものと言うと、どこか可愛らしいモノが登場する印象があります(そしてもちろん管狐少女という可愛らしいマスコットキャラもいるのですが)。しかし、あくまでも基本は異界のモノ、普通であれば人の手に負えない存在として妖怪を描き出す点が、私には好もしく感じます。

 もっとも、妖怪たちや外羅先生、あるいは玄信と岩藤が個性的に映る一方で、主人公コンビのキャラクターが弱く見えるのは大いに残念な点であります。
 この辺りは、本作ではほのめかされるだけであった妖怪収集の真の目的――玄信と岩藤コンビの背後にいる存在と外羅先生の対立関係といった点と合わせて、今後掘り下げられるべき点ではありましょう。

 それでもなお、本作で描かれたコロンブスの卵的組み合わせは、やはり非常にそそられるものがあります。これからどんな妖怪が登場して、そして彼らはどんな能力を持つのか…妖怪ものとしてある意味最もプリミティブな魅力を本作は持っているように感じるのであります。

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てれすこ 大江戸妖怪事典 (PHP文芸文庫)

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2013.07.25

「大唐風雲記 洛陽の少女」 開幕、時空縦横の大伝奇

 唐の首都・長安の夜を騒がす怪光。その正体を探る方術師の欧陽老師と弟子の履児の前に現れたのは50年も前に崩じたはずの則天武后だった。安禄山の蜂起により洛陽が陥落したのに怒って玄宗帝を動かそうと言う女帝に巻き込まれた履児たちは、時空を超えた冒険に旅立つことに…

 今まで読んでおらずまことに恐縮なのですが、ちょうど十年ほど前に電撃ゲーム小説大賞を受賞した本作は、中国は唐代の安史の変を背景とした奇想天外な冒険絵巻であります。

 北方の節度使として信頼を受けながらも、北方の異民族の力を背景に大規模な反乱を起こし、瞬く間に古都・洛陽を陥落させてやがて長安まで奪った安禄山。この乱の勢いの前に玄宗帝すら命からがら逃走し、その途上でかの楊貴妃が悲劇的な死を遂げたのは、有名な話であります。
 そしてその大乱の陰で繰り広げられた奇怪な冒険を描くのが本作。何が奇怪といって、その冒険に主人公たちを巻き込むのが、それよりも半世紀前に亡くなったはずの女帝・則天武后なのですから…

 もちろん(?)ここに登場する彼女が生身であるわけがありません。本作の則天武后は、永遠の眠りについてた洛陽が陥落したことで目覚め、そして無辜の民が反乱軍に虐殺されたことに怒りを燃やし、その犠牲者の一人である少女の亡骸に魂を宿したというとんでもない設定。
 はじめは自らの孫である玄宗を動かそうとした彼女ですが、当の玄宗は糖尿病でほとんど廃人状態、仕方なく彼女は、かつて自分も用いた竜導盤なる神器の力で援軍を求めんとすることになります。

 これだけでも奇想天外ですが、物語は後半いよいよスケールアップ。実は竜導盤に秘められた力とは、時空を超える力。果たして長安に迫る滅びの運命を変えられるか、物語は歴史改変ものとしての色彩を帯びることに…

 いやはや、このストーリーだけでもたまりませんが、登場するキャラクターも個性派ぞろいなのがなんとも楽しい。
 半人前の方術師で女性陣からいじられっぱなしの主人公・履児に、普段は飄々としながらも恐るべき術力を持ち、さらに何やら秘密があるらしい師匠の欧陽老師。彼ら(おそらく)フィクション組もいいのですが、何よりも史実組のアレンジっぷりがまたユニークなのであります。

 長安を追放されたはずが町の酒場で飲んだくれている大詩人・李白(玄宗を探すために今回は犬を憑依されるというヒドイ扱い)、則天武后の供として現れ、幽霊という力(?)を生かして活躍する上官婉児、嫋々たる美女という評判もどこへやらの心身共にたくましい女傑の楊貴妃…
 そして何よりも、女帝としての威厳と傲慢さは持ちながらも、戦で犠牲となる人々の存在に真剣に怒りを燃やす、本作の陰の主人公と言うべき則天武后の存在が実にいいのであります。
(そしてまた、唐代で最も有名であろう二人の女性、則天武后と楊貴妃を共演させてしまうという作者の豪腕に感嘆)

 本作のサブタイトルである「洛陽の少女」…それは先に触れた通り、反乱軍に惨殺された少女の体に――戦の悲惨さを体現する存在として――敢えて宿り、いかなる手段を使っても戦を止めんとする則天武后の姿を指します。
 果たして悲劇を回避するために歴史を改変することは許されるのか、いやそもそも可能なのか? その答えについてはここで詳しくは触れませんが、本作はあくまでも歴史ものとしての枠に留まっている、とだけ述べれば十分でしょう。

 いかにもこのレーベルらしい、コミカルなキャラクターのテンポの良いやりとりで物語を展開させつつも、しかし同時に歴史というものの重みを、そして戦を避けられぬ人の愚かしさ(さらなる犠牲の存在を暗示する、終盤のある人物の言葉がひたすら重い)を描く本作。
 会話などに普通にカタカナ語が出てくるのはさすがに気になりますが、しかしその見かけ以上に――そしてタイムスリップという案外厄介なアイディアを使いながらも――良くできた歴史活劇と言えるでしょう。


 そして何よりも、ある意味お約束展開を「過去は変えられなくとも未来は変えられる」という小さな希望に変奏して見せてくれるラストが実に美しく、それだけでも私は嬉しくなってしまうのであります。


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大唐風雲記―洛陽の少女 (電撃文庫)

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2013.07.24

「新・若さま同心徳川竜之助 4 南蛮の罠」 幕末ならではの謎と狂騒曲

 蒸気機関車や軽気球を用いて、厳重な警戒をものともせず大店や大名屋敷を荒らす怪盗・南蛮小僧。大胆にも南蛮小僧が次に予告したのは、市中に移した幕府の隠し金の強奪だった。色めき立つ奉行所だが、福川竜之助だけは、南蛮小僧の派手な活動に疑念を抱いていた。果たして南蛮小僧の真の目的は…

 私が子供の頃は、まだまだフィクションの世界に「怪盗」と呼ばれる人々が元気に活躍していましたが、最近は滅多にお目にかからなくなったような気がします。さすがにわざわざ盗み入る先に予告状を出してから堂々(?)行動に移る怪盗というのは、さすがに時代がかっているということかもしれませんが、だとしたら時代ものにはまだ彼らの活動の余地があるということかもしれません。

 というわけで、お馴染み「新・若さま同心徳川竜之助」シリーズの最新巻に登場するのは、江戸を騒がす南蛮小僧なる怪盗であります。
 怪盗らしくあらかじめ盗みに入る先に予告状を出すこの南蛮小僧ですが、さてその「南蛮」たる所以は…といえばこれがとんでもない。軽気球で空から悠々盗みに入ったり、手の付いた蒸気機関車で倉を叩き壊したりと、登場する作品が違うのではないか、と言いたくなるような暴れっぷりなのであります。

 もちろん、我らが徳川…いや福川竜之助をはじめとする南町奉行所もこれに挑むのですが、竜之助の努力をあざ笑うように南蛮小僧は彼の実家である田安家や、許嫁のいる蜂須賀家にまで盗みに入る始末。そして怪盗が次に狙うのは、幕府が密かに市中に隠したという軍資金だというのですが…


 短編4,5編+縦糸となる大河ストーリーという構成だった正編に対し、各作品が一冊丸ごと一つのエピソードのみに充てられている「新」シリーズ。今回もその構造を生かして、大仕掛な事件が展開していくこととなります。
 何故南蛮小僧は予告状を出して人々の耳目を集めるのか、蒸気機関車や軽気球などのド派手な手段をどこから持ってきたのか、そしてそもそもその正体は何者なのか…

 幾重にも入り組んだ事件ではありますが、正直なところミステリ的には軽めのため、勘の良い方であれば、謎の多くはすぐに解けるかもしれません。しかしそこに正編にちらりと顔を出して以来すぐに退場してしまったあの有名人を絡めることにより、幕末ものとしての味わいを深めてみせたのは、作者の技というものでしょう。

 そしてもう一つ、隠し味となっているのは、「南蛮」「亜米利加」という言葉に振り回される人々の狂騒曲でありましょう。
 南蛮小僧、一連の事件に首を突っ込むインチキ酒場の主人、さらには奉行所や目付たち幕府の役人も…これらの言葉に囚われ、過ちを犯していく彼らの悲哀を感じさせる姿に風刺的なものを感じるのは深読みしすぎかもしれませんが、いかにも作者らしい味付けとも感じます。

 そして彼らと対になるのが、互いを想い、信じあう竜之助とやよいの二人の関係性という構図も面白く――そこがまた、新編となって加わった要素である二人の恋模様(というにはあまりにウブですが)――作者らしい職人芸を楽しませていただいた次第であります。


「新・若さま同心徳川竜之助 4 南蛮の罠」(風野真知雄 双葉文庫) Amazon
南蛮の罠-新・若さま同心 徳川竜之助(4) (双葉文庫)


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2013.07.23

「仮面の忍者赤影Remains」第2巻 オーバーテクノロジーな活劇全開!

 神崎将臣による新たなる仮面の忍者伝、「仮面の忍者赤影Remains」の第2巻であります。奇怪な忍法を用いて天下を騒がす金目教の甲賀幻妖斎と霞谷七人衆との戦いもいよいよ佳境、この巻では影一族の力のルーツ、そして影一族の元祖の驚くべき正体が語られることに…

 大量の鉄を生み出す黒鉄城を狙った霞谷七人衆との死闘の末、多大な犠牲を払いながら辛うじて城を守った赤影たち。
 彼らが次に挑む相手は、金目教に従わぬ村を次々と襲い、村人を虐殺していく巨大な怨霊・亡霊列団であります。それが通り過ぎた後には破壊と死しか残らぬ亡霊列団、その正体は…

 それがまたある意味赤影らしいというかとんでもない代物なのですが、そこから「仮面の忍者赤影」という作品のほとんど全てのバージョンに登場する蝦蟇法師の巨大蝦蟇との決戦、さらに…と、次から次へとアクションまたアクションが繰り広げられていくことになります。

 途中、影一族の元祖と出会った竹中半兵衛が知る、影一族の正体と幻妖斎との関係、そして赤影の過去を描くエピソードの他は、この第2巻はほとんど一冊全てがアクションという内容。本作の根幹とも言える影一族の、そして霞谷七人衆の忍法の源・魂龍の説明は第1巻で済ませているため、思う存分アクションに専念できた、というところでしょうか。
 こうしたアクションシーンの連続は、一歩間違えると逆に平板な展開になりかねないわけですが、しかしそこを巧みに回避しているのは、さすがにベテランならではの、と言うべきでしょう。


 ただ冷静になってみると、主人公の熱血ぶりとそれと表裏一体の説教くささ(そしてそれはどちらも作者の味なのですが)は、あまり「赤影」らしくないなあ…と感じてしまうのも、事実ではあります。
 もちろんこの辺りは、名作のリメイクには必ずつきまとうものであります。そして本作の考える「赤影」らしさとは、やはり時代劇離れした、ほとんどオーバーテクノロジー的な仕掛けを用いたスケールの大きなアクションなのでありましょう。
(そしてそれは、「赤影」ファンとしても頷けるものではあります)

 いや、本作において「オーバーテクノロジー的」というのは正確ではありません。
 元祖が語った過去を語った際、私は別の横山光輝作品のあるキャラクターに通じるものを感じたのですが、この巻のラストでは、それが当たっていたことが描かれます。そしてそれが同時に本作で描かれるテクノロジーのルーツを示すこともまた…それも、本当にもの凄い形で。

 いやはや、ここまでやられたら、もう感心するしかありません。
 展開的にそろそろクライマックスではないかと思いますが、さてそこでどこまで見せてくれるのか。本作ならではの「赤影」らしさに期待します。


「仮面の忍者赤影Remains」第2巻(神崎将臣&横山光輝 秋田書店プレイコミックシリーズ) Amazon
仮面の忍者赤影Remains 2 (プレイコミックシリーズ)


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2013.07.22

「童子の輪舞曲 僕僕先生」 短編で様々に切り取るシリーズの魅力

 美少女仙人とニート青年の珍道中…だけではない大河ロマン「僕僕先生」最新巻は、久しぶりの短編集。さらに早わかりロードマップ&キャラクター紹介も掲載した初心者も楽しめるナビゲートブック仕様とのことですが…なかなかどうして、油断のできない一冊であります。

 美少女ボクっ子仙人の僕僕と、彼女の弟子で(元)ニート青年の王弁の気ままな旅も、いつの間にやら朝廷に救う暗殺機関やら、太古の神々の戦いやらに関わることになって波瀾万丈。旅の仲間も、ペラペラな美女の妖怪・薄妃、非情な凄腕暗殺者・劉欣と増えてきて、確かにこの辺りで物語を振り返ってみるのはいい試みかもしれません。
 そんなわけで今回は冒頭に僕僕の知人の仙人・司馬承禎の侍童二人を案内役としたキャラクター紹介、そして短編6編の合間に、これまでのシリーズ作品の簡単な紹介が入る構成となっております。

 さて、ここで紹介するのは短編の方ですが、これがなかなかユニークな作品が揃っています。
 雨宿りの徒然に僕僕・王弁・薄妃が始めた絵双六が垣間見せるそれぞれの道を描く掌編「避雨雙六」
 雷王の子と友情を結び自分も雷神見習いとなった人間の子供が、雷王から命じられた遣いの任を果たすため奮闘する「雷のお届けもの」
 難破して結界に覆われた島に漂着した一行が、自由を賭けて島を支配する王の船とのレースに挑む「競漕曲」
 僕僕たちの宿代わりとなっている変幻自在の動物・第狸奴。繁殖期になった第狸奴のために王弁が一肌脱ぐ「第狸奴の殖」
 謎の鏡に飲まれてしまった司馬承禎を救い出すため、鏡の欠片を追って侍童二人が奔走する「鏡の欠片」

 いずれも外伝として、語られざる物語として、実に楽しい作品揃いなのですが、しかし巻末に収められた「福毛」に、皆が悩まされることは間違いありますまい。
 何しろ舞台となるのは現代の日本(を思わせる世界)、王弁を思わせる主人公・康介と僕僕を思わせるヒロイン・香織が結婚していて、二人の子を儲けているというのですから――
 物語の方も、ある日突然内臓が極度に老化するという状態に陥った香織を前に、子どもたちを抱えて奮闘する康介…と一種の難病ものとも言うべき内容なのですが、さて最後の最後に明かされる「僕僕先生」との繋がりは…と、ここで読者は大いに困惑させられてしまうのであります。


 と、ここで他の収録作品も含めて振り返ってみれば、本書全体がなかなかの曲者、と思わなくもありません。ナビゲートブックと言いつつも、「福毛」は言うに及ばず、他の短編も、その半分は本編ではいわゆる脇役。シリーズのファンが読むには本当に楽しいのですが、初心者が読むにはどうかな…と思う方もいるのではないでしょうか。

 と、少々回りくどい表現をしたのは、私自身はむしろ本書は実に「僕僕先生」らしい魅力のある作品ばかりが集まっていると感じているからであります。
 私が「僕僕先生」という作品に感じている魅力――それはもちろん、僕僕というキャラクター自身の魅力や、王弁との関係へのヤキモキもあるのですが、それ以上に、二人に代表される「高い壁が、深い溝がありながらも何とかそれを越えて歩み寄ろうとする人(人外も含めて)の関係性」の描写であります。

 そしてそれは、本書に収められた短編の随所に――そしてもちろんシリーズの他の作品にも――見られるものであり、短編という形式により、よりそれを深く浮き彫りにしたものですらあると、私は感じるのです。

 もちろん、大きく隔てられた存在同士が近づき、理解し合うのは並大抵のことではありません。それを成すにはどうすればよいのか――それをこれ以上ない形で(もっとも作中ではそれが間違った方向に行ってしまうのですが)描いたのが「福毛」という作品ではないかと感じるのですが、それは牽強付会というものでしょうか。

 しかしいずれにせよ、本書が「僕僕先生」という作品の魅力を様々な形で切り取ってみせた作品であることは、間違いありますまい。


「童子の輪舞曲 僕僕先生」(仁木英之 新潮社) Amazon
童子の輪舞曲 僕僕先生


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2013.07.21

「鬼舞 見習い陰陽師とさばえなす神」 ギャグとシリアス、両サイドとも待ったなし

 好調の「鬼舞」シリーズも、短編集を含めて本作でついに10作目。ついに鬼たちの首魁が姿を見せた一方で、入内を巡る様々な勢力の思惑が絡み合い、その中で主人公・宇原道冬も翻弄されていくことになります。そしてその一方で、道冬の中に眠る力の一端が動き始めることに…

 前作のラストで、犬蠱に襲われた火の宮を救った道冬と安倍吉昌。しかし彼らにとって、その犬蠱の背後で糸を引いていたのが火の宮をライバル視する東三条の大納言の依頼を受けた同級生の父であることは知るよしもありません。
 ましてや火の宮を庇護する初雁の御息所が、既に鬼の一党に加わっていることも、以前に知り合った美少年・朱天が、その鬼の首魁・呪天であることも――

 一方、呪天に仕える鬼・茨木に敗れた渡辺綱は、先祖である源融と特訓のまっただ中。その特訓が怨霊の仕業と勘違いされ、調伏を依頼されたのが、姿を隠していた安倍晴明だったことから、事態はまたややこしい方向に転がっていきます。
 さらに以前調査のために堀川の中宮に女装して潜入した道冬は再び女装させられる羽目になったところ、彼も知らないうちに恐るべき企みに巻き込まれることになるのですが…

 というわけで、これまでも物語の随所で扱われていた帝の寵を巡る姫君たちの――いや、その後見人たる親の世代の暗闘が物語の中心としてクローズアップされ、道冬や吉昌、吉平たちは、その渦中に巻き込まれていくこととなります。
 普通であれば彼らは単なる学生、そのような世界に接することもないはずですが、吉昌と吉平は既に陰陽師としてその才能を発揮しつつあり、道冬は女装…ならまだしも、リアルとりかへばやと勘違いされて何故か中宮のお気に入りとなり――いやはや、この辺りの物語の(ギャグも絡めた)お膳立ては本当にうまい。

 本シリーズはもともと、ギャグとシリアスのさじ加減が絶妙で、ギャグをやっていたかと思えばシリアスな側面が顔を出し、シリアスであったと思えばギャグが乱入してきて…とある意味油断できない作品なのですが、平安もの王朝ものの定番である入内ネタをこうして――特に道冬本人に――絡めてくるとは、と感心いたします。

 そしてもう一つ、これ以上に道冬にとって、そしてこの物語にとって重要なのが彼の中に眠る謎の力であります。
 物語冒頭から、幾度か登場した謎の力――道冬の知らないまま発動し、鬼や魔物に対して絶大な効力を発揮するその力とは、一体いかなるものなのか? 今まで全くの謎であったものの一端が(ほんの一端ですが)ついに示されることとなります。

 入内を巡る争いが、道冬にとってはかなりの部分ギャグサイドだったのに対し、この謎の力の方は紛れもなくシリアスサイド。「また」主人公が黒堕ちするのでは…とこちらも大いに心配になるところですが、さて――


 本作のあとがきによれば、あと一、二巻で本シリーズは一段落とのことですが、それはおそらく鬼たちとの戦いと、そして道冬の秘密を巡る物語についてのことでしょうか。
 これほど面白い物語をまだまだ終わらせるのは惜しすぎる…と言うのは少々気が早いかもしれませんが、道冬を巡るシリアスとギャグ、光と闇がどのようにこの先展開し、落着するのかは、やはり大いに気になるところなのです。


「鬼舞 見習い陰陽師とさばえなす神」(瀬川貴次 集英社コバルト文庫) Amazon
鬼舞 見習い陰陽師とさばえなす神 (鬼舞シリーズ) (コバルト文庫)


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2013.07.20

「浣花洗剣録」第29集/第30集 若者たち(と中年たち)の苦しみは続いて

 さて、ついに全体の3/4まで来た「浣花洗剣録」ですが、まだまだ続く若者たちの受難劇。辛うじて砂漠から脱出したものの、木郎神君の奸計に追いつめられていく方宝玉たちに、孫の身を案じる白三空も絡み、事態はいよいよややこしいことに…

 いまだに木郎が錦衣衛であることを信じようとしない脱塵郡主に手を焼きながらも旅を続ける方宝玉ですが、脱塵と奔月を人質に取られてあっさりと木郎に囚われの身に。奔月と二人、それぞれ磔的な形で自由を奪われながらも同じ牢屋に入れられてしまうのですが…それでも死を目前とした状況でようやく奔月に想いを通わせることができたのはせめてもの救いとすべきでしょうか。
 ちなみに宝玉を帰順させようとする木郎ですが、その喩えに出したのが梁紅玉に穆桂英なのが何というか…(この辺り、後述の脱塵への想いが透けてしまったのかしら)

 そしてこの状況で大慌てなのは白三空。可愛い孫の宝玉のためにも朝廷の下で武林壊滅の陰謀を巡らせていたはずが、気づいてみれば宝玉は指名手配犯。慌てて木郎に問い合わせればそれは当の木郎の仕業、怒って脅してものれんに腕押し…どころか、逆に三日以内に説得できなければ宝玉を殺すとまで言われてしまいます。

 一方、脱塵の方は目覚めてみれば故郷の地のような住まいに食べ物、豪華な衣装を身にまとっており、一人木郎に特別扱いされている状況。それでももちろん喜べるはずもなく、否応なしに確認させられた恋人の真の姿にただ嘆くばかり…と、ここでやはり気になるのは、木郎の脱塵に対する想い。宝玉に対する時の悪役ぶりとは打って変わり、脱塵の前では真剣な眼差しを見せる木郎ですが――
 それをどこまで信じて良いものか。彼女を恋人として騙し続けようとしているようにも見えますが、しかし冷静に考えれば敵国の女である彼女がこれ以上利用できるとも思えない。だとすれば彼の想いは、想いだけは本物なのでありましょうか…?

 それはさておき、悩みに悩んだ挙句、ついに宝玉の前に姿を現した白三空。さすがに驚く宝玉に対し、わかったようなわからないような理屈で死が偽装だったことを語る白三空ですが、もちろんそれを喜べる状況ではなく…と、ここで自分が朝廷についたのが、単なる裏切りではないと語り始める白三空。
 実は彼の家系はかつて岳飛(出た出た)に恩義を受けて以来、彼に倣って朝廷への忠誠を誓い、代々武科挙に合格して国に仕えた家柄。しかし若き日に武科挙は廃止され、国に忠誠を尽くす手立てがなくなった白三空は、ある揉め事がきっかけで朝廷の高官・厳崇と知り合い、その命で武林に潜伏して朝廷のために働いていたのであります。
 しかしそうは言われても敬愛していた祖父が武林壊滅を目論んでいたと言われて宝玉が納得できるはずもない。おまけに父と信じていた霍飛騰が父ではないと知らされて踏んだり蹴ったりであります。

 一方脱塵は、宝玉・奔月と再会した目の前で奔月を人質に取って宝玉を脅した挙句、宝玉にショルダーアタックを食らった木郎に愛想を尽かしかけて去ろうとするのですが…これに対し木郎はそれなら死ぬと自分で自分に一撃! さすがにこれにはドン引きしましたが(しかも木郎は軟蝟甲をつけていたのでほとんどノーダメ)、しかしそれでも脱塵は愛する男の元を離れられず、そして木郎も、これまで何度も暗殺指令を出されても彼女を殺せなかったと告白…ダメだこの二人、完全に共依存状態であります。

 結局奔月を救うために帰順を申し出た宝玉ですが、これに対し木郎はニヤニヤしながら忠誠の証として宝玉の腕に焼印を押すという非道な振る舞い。ようやく解放されたものの、文字通り朝廷の犬の烙印を押されては武林で活躍することはもはや不可能、と考えたか、自らの腕を落とそうとする宝玉を必死に止める奔月なのでした。

 そして場面は変わって彼らの親であるは侯風と白艶燭。ともに寄る辺をなくして逃げた二人、二人で爛れた感じになっているかと思いきや、艶燭は呼延大臧への内功治療が元で重い内傷状態。しかも治療したことを侯風に避難されて艶燭がムッとしている辺り、全く進展はなさそうであります。

 と、ここで侯風が食べ物を調達に出かけた隙に現れたのは王巓の腰巾着の李子原と王巓の部下二人。艶燭が弱っていると見るや手篭めにしようとした外道・李子原ですが、侯風がここに駆けつけ一件落着――と思いきや、三対一ではさしもの達人も分が悪かったか、腕を押さえられた所に腹にブッスリと刃が…というところで次回に続きます。


 冒頭で触れたとおり、丁度今回で全体の3/4なのですが、まだまだ苦しめられ続ける若者たち…と中年カップル。果たしてこの先、彼らにいかなる救いがあるのか――残り10話での大逆転を期待したいのですが。


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2013.07.19

「明楽と孫蔵 友情編」「再会編」「決着編」 幕末御庭番の死闘、遂に完結!

 森田信吾の不朽の名作、バイオレンス時代活劇の金字塔たる「明楽と孫蔵」のコンビニコミック版もいよいよ後半戦。この「友情編」「再会編」「決着編」を以て全7巻めでたく完結であります。

 江戸廻り担当の御庭番であり、超実戦武術の遣い手である快男児・明楽伊織と、彼に仕える百戦錬磨の老忍び・孫蔵のコンビを主人公とする本作、こうして冒頭から完結まで、短期間に刊行されたものを通読してみると、その物語展開のバラエティに驚かされます。
 御庭番が主人公というと、一般には潜入がメインとなるのでは印象がありますが、しかし本作の場合、本作の場合はそれを良い意味で裏切る――というか、伊織はほとんど全く忍ばないのですが――形で物語が展開していくことになります。
 というのも、伊織と孫蔵の敵となる勤王の志士(というより狂/凶剣士たち)の任務は、将軍のお膝元である江戸を騒がせ、幕府の威信を揺るがせた末に、幕府を倒そうというもの。当然、敵の謀略も、様々な形を取ることになります。

 たとえば今回紹介する「友情編」で後半が描かれる女忍び・美国編などは、偽金によって江戸の町(特に商人)を大混乱に陥れる陰謀が展開する一方で、これまで幾度となく企てを潰してきた伊織への復讐のため、その親友・倉地を破滅させようとする企みが並行して描かれるのが何ともユニーク。
 もちろん美国も本作の敵キャラらしく、女性ながら…などという表現が生ぬるい怪物っぷりで、伊織とのラストバトルも空間を存分に使った本作でも屈指のトリッキーな死闘となっています。

 そしてそれに続く烈風隊は、個人的に本作で一二を争うくらいにお気に入りのエピソードであります。武術の師に会いに行った返りの伊織と孫蔵が、ある宿場町を占拠した烈風隊なる武装集団と遭遇。村人や旅人たち(その中には以前宇賀島三兄弟編に登場した町娘さやかの姿も)を人質に取った烈風隊に対し、伊織と孫蔵は密かに反撃を開始するのですが…

 と、いきなり一言で表してしまえば時代劇版「ダイ・ハード」と言うべき内容なのですが、烈風隊隊長の不気味な存在感やその真の狙いの見事さ、そしてそれに対して時に豪快に、時に陰湿に(!)反撃を食らわせていく伊織と孫蔵の活躍など、見事に本作ならではの味わいとなっており、まさに本作でなければ読めない痛快なエピソードとなっているのであります。
(特に、豪快極まりない手段で敵に一大痛撃を与えた伊織に対し、「よくやった」と言わんばかりに肩をポンポン叩いちゃう孫蔵というシーンは、本作でも一二を争う名場面かと)

 そしてその先、物語は一気に加速して結末へと突き進んでいくこととなります。
 新たな敵・大久保一蔵(言うまでもなく後の大久保利通!)の出現、新たな伊織と孫蔵の仲間たちの登場、伊織の恐ろしくも頼もしい理解者の退場――ラストは岩倉具視によるあの大陰謀にまで繋がり、怒濤の如く大団円へと向かうのであります。

 正直なところ、終盤はかなり急ぎ足となった印象もあり、物語の結末についても賛否が分かれるのではないかとは思いますが、これはこれで一つの綺麗な終わり方でありましょう。歴史の流れを考えれば、ここから先の物語は、なかなか痛快なばかりの物語とはいかないでしょうから…。


 何はともあれ作者の代表作、いや時代バイオレンス劇画の金字塔とも言うべき名作でありながらも長らく絶版になっていた本作がこうして復活し、今回無事にラストまで刊行されたことは、ファンとして欣快の至りであります(以前コンビニコミックで刊行された際はラストまで刊行されなかったので…)
 この復活を機に、本作の魅力を知る人が少しでも増えるように、そして単行本が最後まで刊行されなかった本作のプリークェルたる「御庭番明楽伊織」も是非ラストまで刊行されるように、祈っている次第です。


「明楽と孫蔵 友情編」(森田信吾 小池書院キングシリーズ 漫画スーパーワイド) Amazon「再会編」 Amazon/ 「決着編」 Amazon
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2013.07.18

「お江戸ねこぱんち」第七号 ニューフェイスに期待しつつも…

 四ヶ月に一度のお楽しみ…と思いきや、次号は9月に発売と刊行ペースが速まる予定(?)の「お江戸ねこぱんち」。先のことはともかくとして、最新号で気になる作品をいくつか紹介しましょう。

「今宵は猫月夜」(須田翔子)
 猫か剣士か、謎の猫侍・眠夜月之進を主人公とする連作シリーズが今回は巻頭カラーに抜擢であります。個人的に気になっているシリーズだけにこれは嬉しい。

 内容的には、江戸の郊外の村で増殖しているという妖怪、いや鬼の謎に月之進が挑むという展開ですが、まずその事態に気付いたのが、彼の周囲に見知らぬ猫たち――その村に住んでいたのが鬼に追い出された――が住み着いたから、という導入部がまず面白い。
 今なお増殖し続ける鬼たちの正体は、そして月之進の前に現れた猫又は何を知るのか…
 前回も「おっ」と思わせる一ひねりがあった本作ですが、今回もその趣向は健在。何故鬼たちが増殖するのか、そしてそれが何を意味しているのか、という謎解きも面白いのですが、その中心にいた男の正体が、歴史上のある有名人だった、という趣向は「おっ」というよりも「おおっ」クラス。
 史実と照らし合わせるとギリギリという気もしないではありませんが、まさかここでこの人物に出会えるとは、という意外な驚きと、そこから生まれる人情ものとしての展開には感心いたしました。

 絵的には粗い部分もあるのですが、いま本誌で一番気になる作品ではあります。


「猫暦」(ねこしみず美濃)
 天文を志す少女・おえいと彼女を嫁にするという猫又・ヤツメを中心にしたユニークな人情譚といった趣の本作ですが、前回おえいの父が武者修行に出たことにより、おえいはやはり天文学を志す男・伊能勘解由の家で住み込みで働くこととなって…

 と、いよいよおえいの夢が動き出した感もありますが、女性が天文学に携わるというのは前代未聞であり、そして何よりも彼女はまだ頑是無い子供、ということで、まだまだ先は長い、というのが正直なところ。
 そして何よりも、彼女を引き取った勘解由も、彼の同僚たちも、まだ自分の夢に向かって歩み始めたばかり…
 ということで、今回は過労でダウンした指導役の羽間重富(間重富)に代わり、勘解由たちが観測に挑む姿が物語の中心として描かれることになります。

 実は本作、あまりに地に足の着いた物語であるが故に、ヤツメの存在が浮いて感じられなくもない、というのが唯一にして最大の弱点に感じられるのですが、だからといってヤツメが神通力で全て解決してしまったらもちろん物語は台無し。
 その辺り、今回ヤツメがその力を発揮する相手のその内容が実に見事で、やはり本作は「うまい」としか言いようがないという印象です。


「外伝猫絵十兵衛御伽草紙 棒鼻猫」(永尾まる)
 お馴染み「猫絵十兵衛」、今回の外伝の主人公となるのは、本編でもお馴染みのお隣の浪人・西浦さん…の少年時代。
 少年時代にニタに散々脅かされたのがトラウマとなって猫嫌いになった西浦さんですが、時系列的にはニタと遭遇してから今に至るまでの間に起こった事件ということになります。

 旅の途中に猫の一家に出会った西浦さん、もちろん猫が恐ろしくて逃げ出してしまうのですが、そこに周囲を荒らす巨大なミサキ風(魔風)が吹いてくることを知って…
 と、お話の内容的にはある意味お約束ではあるのですが、それでもきっちり楽しいのは、仔猫の絶妙なディフォルメっぷりをはじめとする絵作りのうまさと、ファンタジックな部分と地に足の着いた部分のさじ加減の巧みさでありましょう。
(ここで「ミサキ風」という名前がサラッと出てくるところが面白い)

 しかしこの展開、ラブコメだったら完全に十兵衛が運命の人なんですがそれは…


 と、結局前回と同じ三作品のチョイスになってしまいましたが(あと楽しかったのは、やはり安定のクオリティの「忍者しょぼにゃん」)、やはり絵的・内容的にどうしても評価できる作品が固まってしまうという印象があります。そろそろニューフェイスに期待したいところですが…
 冒頭で触れた通り、次回の発売は9月とのことですが、刊行ペースが(おそらく)上がることが良い変化に繋がることを期待したいところです。


「お江戸ねこぱんち」第七号(少年画報社) Amazon
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2013.07.17

「忍者月影抄」 三重の対立構造の中で

 江戸日本橋に晒された三人の裸女――彼女たちはいずれも紀州時代の徳川吉宗の側妾だった。倹約を強いる吉宗への面当てに、残る側妾七人も晒さんとする尾張宗春の命により、各地に飛ぶ御土居下組の甲賀忍者と尾張柳生各七名。吉宗はこれを阻むため、御庭番の伊賀忍者と江戸柳生各七名に密命を下す。

 山田風太郎の長編忍法帖再読シリーズ、今回は享保時代を舞台に忍者と剣士が入り乱れた十四対十四の死闘が描かれる「忍者月影抄」であります。

 時代もので名君として取り上げられることも多い八代将軍徳川吉宗ですが、彼のライバルとしてまたしばしば登場するのは、尾張の徳川宗春であります。この二人、八代将軍を巡る確執があった上に、大雑把に言えば吉宗は緊縮政策、宗春は消費刺激策と水に油の状態…。

 ここで宗春が企んだのが、紀州時代の吉宗の漁色ぶりを天下に知らしめて、その聖君面を嘲笑ってやろうという、とんでもない計画。
 その実行部隊に選ばれたのが尾張藩の隠密部隊・御土居下組の甲賀忍者と、尾張柳生の剣士たちであり、それを察知した幕府側がこれに抗するに伊賀忍者と江戸柳生の剣士を投入したことから、事態は単なる(?)面当ての域を超えた血戦魔戦へと突入していくこととなるのであります。

 何しろ、甲賀卍谷と伊賀鍔隠れは数百年にも渡る怨敵同士。さらに江戸柳生と尾張柳生も、これまた時代ものではお馴染みの、祖を同じくしながらも、それだけに因縁重なる宿敵同士――というわけで、本作の何よりも見事な点は、吉宗と宗春、すなわち江戸と尾張の対立に、伊賀と甲賀、江戸柳生と尾張柳生を重ね合わせた三重の対立構造にあると言えるでしょう。
 本作のタイトルは、このライバル関係を踏まえての本作の序盤の一文――いずれが天心の月か、水にうつる月影か――を踏まえてのものであることは言うまでもありますまい。
 この辺り、大きく見れば徳川家内の対立関係に伊賀と甲賀が駆り出されるというのは、これは記念すべき忍法帖第一作の「甲賀忍法帖」以来の構図ではあるのですが、しかしそこに剣士同士の対決が加わったというのが実に面白い。

 …のですが、実は彼らは忍者に比べると、いかにも弱い。実際、作中でも忍者たちに密かに邪魔者にされ、時には捨て駒扱いされているのであります。
 初読はこの辺りが不満だったのですが、しかし読み返してみると、彼ら柳生剣士は、その出番が少なくまたあっさりと死んでいくだけに、その剣戟描写は研ぎ澄まされて感じられるのは、大きな発見でありました。
 特に冒頭の三対一の決闘シーンなど、簡潔な文章の中に新陰流の奥義の名が散りばめられ、短い中でも非常に印象的な描写として感じられるのです。

 ちなみに本作に登場する忍者は、個人的には「外道忍法帖」に並ぶ超人ぶり、どう考えても忍法というよりスタンドみたいなのがゴロゴロ登場するのですが、それがこの剣法サイドの描写といい具合にお互いを引き立てあっているようにも感じられる次第です。


 …しかし、もう一つ注目すべきは、彼らが戦う目的でありましょう。
 登場する忍者たちがある目的のために嬉々として命を捨てる、その無情さがしばしば語られる山風忍法帖ではありますが、しかし本作の目的は、忍法帖数ある中で――特にいわゆるトーナメントバトル型の中で――屈指のつまらない理由ではありますまいか。

 次代の将軍位を巡る争いでもなければ、滅び行く血筋を守るためでも秘宝争奪のためでもない、言ってみれば歴史の大きな流れとは無縁の、面当て、鬱憤晴らしのための戦い――
 一歩間違えればギャグにもなりかねない(むしろ忍法帖短編にありそうな)目的に対し、まったく疑問を抱くことなく、嬉々として死んでいく忍者たち、剣士たち…

 本作は、あるいは忍法帖数ある中でも屈指の非情な作品なのかもしれない、と今さらながらに感じた次第です。


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2013.07.16

「大岡の鈴 あっぱれ三爺世直し帖」 桁外れに桁外れを重ねた奴ら!

 揃って還暦の幼なじみの元中町奉行・坪内弥五郎、口入れ屋の隠居で岡っ引き・花坊主の伝兵衛、二階堂流平法道場の主・次郎左衛門の三人組。彼らの暴れっぷりに弱った大岡越前は、駆け出しの町方同心・早見慶之進に猫の首の鈴役を命じる。早速寺社でのぼや騒ぎと連続神隠し事件に乗り出す三人組だが…

 この作家の新作が出れば必ず読む、というのは本好きであれば必ず何人かいるかと思いますが、私にとっては柳蒼二郎がそれに当たります。他では見られないようなユニークかつ尖った伝奇的アイディアに、アウトローの誇りと悲哀を重ねた作風は、唯一無二のものとして実に魅力的なのであります。

 と、そんな作者にとって本作は異色作にも感じられます。わかりやすい副題からも察せられるように、本作は還暦を過ぎた三人の老人が、若い者顔負けの、いや若い者が及びもつかぬ行動力で暴れ回る、そんな作品なのですから。

 主人公となるのは、現役時代は「糸が切れて風に逆らって飛ぶ」と評された中町奉行、桜吹雪の法被がトレードマークの凄腕の岡っ引き、超マイペースながら凄腕の剣術遣い――いずれも一癖も二癖もある怪物揃いであります。
 若き日もそれぞれに活躍しつつも、還暦を過ぎて様々なしがらみから解き放たれた三人は、大岡越前から付けられた化け猫の首に鈴とばかりにつけられた(それゆえ「大岡の鈴」)駆け出しの臨時回り同心を振り回しつつ、更なる大暴れを繰り広げる…というのが、本作の基本設定です。

 そんな三人と一人が今回挑むのは二つの事件――寺社で頻発するぼや騒ぎと、すぐに子供が帰ってくる連続神隠し。どちらも事件性に乏しい、そもそも事件かも怪しい町の珍事に首を突っ込んだ彼らですが、やがて二つの背後に意外な繋がりと、哀しい人の想いの存在を知ることに…


 ご覧の通り本作は、文庫書き下ろし時代小説ではお馴染みのパターンの一つの老人活躍もののバリエーションであります。酸いも甘いも噛み分けた老人が、第二の人生として若い者にも負けない活躍を見せる…そんな内容の作品群は、主人公と同年代読者に一定の人気を博しているのですが――(比較的)若い読者層が読んで面白いかはまた別の話。
 一口に言えば、主人公となる年代層に対し、それ以外の層が読んで共感するかどうか――そしてその回答は多くの場合Noなのですが――という問題なのですが、しかし本作の場合、その問題とは無縁に感じられます。

 その理由は簡単、本作の主人公たちはあまりに桁外れな存在であって、その活躍に年輩者の願望充足的な臭いが薄いこと――それに尽きます。言い換えれば、どの世代から見ても、主人公たちの存在は非常に魅力的なのです。

 彼らは年寄りだから若い者に負けないのではありません。若い頃から桁外れで誰にも負けなかった連中が、そのまま年をとって縛るものをなくし、さらに桁外れになったのであります。
 そしてそんな彼らの姿は、実は冒頭に述べた、作者のこれまでの作品で活躍してきたアウトローたちの変奏曲であると気付きます。桁外れの存在であるがゆえに世の則から外れ、それ故にヒーロー足り得ながらも同時に滅びに向かうしかなかったアウトローたち。しかし彼らがアウトローでありつつも世の中に留まり、そして年を重ねた者ならではの深みを持ち、次の世代を導く存在となっていたとしたら――本作の主人公たちはそんな存在なのであります。


 もちろん、尖った伝奇性が本作にないのは個人的には残念ではあります。しかそれがなくとも本作は存分に面白いのです(逆に内容・文体ともエッジが取れて万人受けしやすくなったいえるかもしれません)。キャラクターの魅力は言うに及ばず、物語展開の捻りも、ミステリとしても人情ものとしてもなかなかに見事。特に読者の目から見れば関係あるとしか見えない二つの事件の間に微妙な不整合を用意して、そこにミステリと人情、二つの山が生まれるという仕掛けには唸らされます。

 作者がこれまで描いてきたもの、方向性を変えるのではなく、その魅力はそのままに装いを変えてみせた――本作はそんな作品なのであります。

 一つだけ難を言えば、主人公三人のうち、剣術使いの次郎左だけ出番が少なく感じられることですが、しかしそれはこれからのお楽しみということでしょう。もちろん登場するであろう、シリーズ続巻を今から楽しみにしているところであります。


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あっぱれ三爺世直し帖 大岡の鈴 (学研M文庫)

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2013.07.15

「るろうに剣心 キネマ版」 るろ剣という物語の過去・現在・未来

 気がつけば結構な長期連載となっていた「るろうに剣心」のキネマ版が先日連載終了し、単行本も上下巻で完結いたしました。原作の序盤、作者自身がセルフリメイクした本作ですが、そこに描かれているものは、さて原作と変わっているのか否か…

 タイトルからもわかるように、本作のベースとなっているのは、映画化された部分とほぼイコールの、原作でいえば東京編の前半に当たる部分。原作ではいくつかに分かれていたエピソードを一つにまとめ、神谷流道場の地上げをはじめとする武田観柳との暗躍と、彼に雇われた鵜堂刃衛ら刺客たちとの死闘が、本作でも描かれることとなります。

 もちろん、大まかなストーリーは同じでも、原作者自らによるリメイクだけあって、原作ファンを「おっ」と思わせる要素は数々あります。
 その最たるものが、刃衛・外印・番神ら敵キャラのデザイン等が、単行本完全版に掲載された再筆(再デザイン・再設定)バージョンとなっていることで、さすがに映像化できなかった掌に穴を開けて刀を通した刃衛や、液体金属をまとった番神など、いかにも本作らしいケレン味溢れるものとなっているのは嬉しい点であります。


 その意味では、原作ファンとして大いに楽しめる内容であったのですが、しかしこうして単行本の形でまとめて読んでみると気付くのは、想像以上に剣心のキャラクターが「重く」描かれていた点であります。
 今さら言うまでもなく、剣心はかつて幕末の動乱期に「人斬り抜刀斎」として数多くの屍を積み上げた人物。原作ではこの時点の剣心は――作者の絵柄もあってのことかもしれませんが――かなり柔らかいキャラクターとして描かれていた印象がありますが、このキネマ版においては、その背負ったものの重さが、より前面に押し出された印象があります。

 これは以前書きましたが、私は映画版の半分は評価し、半分は評価しておりません。評価した点は、ハマリ役のキャストを使って原作の破天荒なアクションを再現してみせた点。そして評価していないのは、その雰囲気があまりに暗い点だったのですが――
 この映画版ほどでないにせよ、本作もかなり雰囲気が暗かったのは、個人的には残念に感じられた点ではあります。

 幕末という「過去」を背負い、不殺の誓いを立てた男が戦うのであれば、それは今彼がいる「現在」を守り、「未来」へと繋げていくためであるはず。
 もちろん本作においてもその基本構造は健在ではあるのですが、しかし幾度か描かれる剣心の足元を浸す血溜まりに象徴される、「過去」の罪の部分が、かなり目立って感じられるのであります。

 しかしそれでもなお、映画版とキネマ版で、明確に異なる点があります。それはこの「るろうに剣心」という物語において「未来」の象徴である、弥彦のドラマが――原作以上に――描かれていた点です。
 明治に生まれながらもその暗部を背負って育ち、しかしそれでも剣士となることを目指して前向きに成長していく…そんな弥彦の姿は、原作においても随所に描かれ、その彼が剣心の精神を継承したことを示して原作が完結する、まさに剣心が目指した「未来」を受け継ぐ存在なのであります。

 映画版では弥彦はほとんどいるだけの存在であり、実はこの点こそが原作と映画版を大きく分かつものではないかと個人的には考えているのです。
 それに対し、このキネマ版は弥彦にドラマを用意することにより、剣心をこれから受け継いでいくであろう存在として描きます。原作ほどのわかりやすいヒーロー性はない(実のところ、原作の彼を映像でリアリティを持って描くことはかなり難しかっただろうとは思います)ものの、それだけに地に足の着いた存在として彼を描いてみせたことは、このキネマ版の大きな成果ではないか…というのはさすがに言い過ぎだとは思いますが。


 何はともあれ、原作漫画、映画版、小説版の銀幕草紙変、そしてこのキネマ版――四つの剣心の物語に触れることにより、「るろうに剣心」という物語が何を描いていたのか、そして和月伸宏というクリエーターが何を描こうとしているのか、その一端に触れることができたように感じられたのは、興味深い体験でした。
 そしてここで感じたものが正しかったかどうか――それを確かめるためにも作者の最新作である「エンバーミング」の連載再開もまた、強く望むところではあります。


「るろうに剣心 キネマ版」(和月伸宏 集英社ジャンプコミックス「るろうに剣心 特筆版」上下巻所収) 上巻 Amazon/ 下巻 Amazon
るろうに剣心─特筆版─ 上巻 (ジャンプコミックス)るろうに剣心─特筆版─ 下巻 (ジャンプコミックス)

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2013.07.14

「江戸天魔録 春と神」第2巻 集結、対天魔遊撃隊

 徳川吉宗の庶子にして二丁拳銃を手にした美貌の少年・神寄と、彼を守る狂剣士・乙春が江戸を襲う天魔・天一坊と対決する時代ファンタジー「江戸天魔録 春と神」の第2巻であります。ついに明かされる神寄の出生の秘密の一端、そして復活する天一坊の本隊に対し、幕府側もついに動き出すことに…

 母を捨て、自分に醜い首輪をはめた父への復讐のために江戸に現れた少年・神寄。しかしその首輪を狙って彼の前に現れたのは、この世の物ならざる奇怪な妖魔――かつて幕府により地の底に封印されたはずの「天一坊」と呼ばれる天魔の一党でありました。
 謎の剣士・乙春に救われた神寄は、成り行きから乙春ともども小石川養生所の小川笙船のもとに身を寄せるのですが、そこにも敵の魔手は…

 というのが第1巻の展開でしたが、今回神寄の前に現れるのは、天一坊が主力部隊「四天」の怪人たち。この巻の前半では、その一人の口から、己のの母の正体、そして自分自身の存在の意味を聞かされ、神寄は激しく動揺させられることとなります。
 しかし、その絶望の中からかろうじて立ち上がった神寄は、ついに自らの意思で天一坊との戦いを決意、そして後半では、共に戦う仲間として、吉宗が組織した遊撃部隊「ナベルス」の面々と出会うのですが――

 そのメンバーというのが、既に第1巻から登場している小川笙船に加え、浄瑠璃作者の近松門左衛門、町火消のいろは鳶助…ユニークといえばユニーク、バラバラといえばバラバラの面子ですが、しかし目の付け所はなかなかに面白い。
 特に小川笙船は、小石川養生所設立のきっかけとなり、あの「赤ひげ」のモデルになった人物でありますが、意外とこの時代を描いた作品に登場することは少ない人物。それをここに持ってくるとは…と思わず感心させられました。
 またこの三人の中で唯一架空の人物であるいろは鳶助も、この時代に町火消が設立されたことを思えばそれなりに頷ける人物でありますし、何よりもこの手の妖怪退治ものに選ばれることが少ない(というかほとんど見たことがない)火消しがメンバーにいるというだけで楽しいではありませんか。

(ちなみに小石川養生所や町火消の設立と近松門左衛門の活動時期はギリギリ重なるのでこの設定はそれなりに史実と整合します。もっとも、近松はその頃は晩年のため、本作のような美青年ではないはずですがそれはご愛嬌)


 もっとも、個人的な好み――というより時代もの好きの目から見れば、やはり作中に中途半端に横文字が登場するのは大きな違和感があります(敵方が「天一坊」というネーミングであるだけになおさら)。
 完全にファンタジー寄りの作品にこういうことを言うのは野暮も承知の上ですが、これまで述べたように、材料のチョイス・調理法がなかなか面白いだけに、その辺りは本当にもったいないと感じるのです。


 物語の方は、全ての中心である江戸城に向かい、死闘の道中双六とも言うべき展開になる模様(一直線に向かうことができない理屈が物語上設定されているのもなかなか楽しい)。
 いわばここからが本編…というところで作者が体調不良で一旦中断となっているようですが、なるべく早い復活を祈っているところであります。

「江戸天魔録 春と神」第2巻(小林ゆき 講談社ライバルKC) Amazon
江戸天魔録 春と神(2) (ライバルコミックス)


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2013.07.13

「蔵盗み 古道具屋皆塵堂」 人情譚と怪異譚、そしてミステリの隠し味

 小間物問屋の手代だったが、濡れ衣を着せられて店を追い出された益治郎。盗みはすれど非道はしないという盗賊・甚左に声をかけられた彼は、甚左が目を付けた店――古道具屋皆塵堂に入り込むこととなる。曰く付きのものばかりが集まる皆塵堂で、益治郎は次々と奇怪な事件に出くわす羽目に…

 江戸深川の古道具屋・皆塵堂を舞台とした怪談人情譚シリーズの第三弾であります。曰く付きの品ばかりが、そして様々な悩みや不幸を抱えた若者が集まる皆塵堂で、今回もおかしくもほろ苦く、そして何よりも恐ろしい物語の数々が描かれることになります。

 釣り好きの呑気な主人・伊平次が極めてマイペースに営む皆塵堂は、よそが引き取らないような曰く付きの――簡単に言ってしまえば「憑いてる」「祟られてる」――品物を引き取るユニークな(?)店。
 しかも店になる前はかつて凄惨な殺人事件が起き、さらに店の奥に入り口が作られた蔵は(片付いていないという物理的な理由ですが)開かずの蔵に…

 そんな皆塵堂でありますが、今回はその開かずの蔵が元で皆塵堂で働く羽目になる若者が現れます。それが本作の主人公・益治郎――小間物問屋で真面目に働き、手代になりながらも、盗みの濡れ衣を着せられて追い出された、これまた不幸な若者です。
 そんな彼に声をかけた盗賊・甚左は、意趣返しに益治郎が働いていた店から金を盗む代わりに、甚左がお宝アリと目を付けた皆塵堂の、その蔵の中を探るように頼んでくるのでありました。盗みはすれども非道はせずという甚左の評判を信じた彼は、皆塵堂の新たな手伝いとして雇われるのですが――

 というわけで、これまでの主人公同様、益治郎を襲うのは皆塵堂に持ち込まれる品々にまつわる怪奇な事件。
伊平次の釣り竿が思わぬ恐怖に益治郎を巻き込む「水底の腕」
一家心中があった店から持ち込まれた机にまつわる奇譚「おいらの机だ」
思わぬ事情から店の者が皆殺しにされた家で過ごすことになった益治郎たちの恐怖の一夜「幽霊屋敷 出るか出ないか」
前作の主人公・庄三郎の知人から預かった人形の怪異「人形の囁き」
そしてついに益治郎の運命の行方と皆塵堂の蔵の中が明かされる「蔵の中」

 本シリーズは、不幸に見舞われた若者が、周囲の(ちょっとおかしな)人々と触れ合う中で再生していく「ちょっとイイ話」的な方向性を持ちつつも、しかし同時にしっかりとした怪談として成立していることが、その最大の特徴でしょう。
 もちろん本作に収録されたこれら五つのエピソードでもその点は健在であります(冒頭の「水底の腕」に登場する、不穏なタイトルそのままの怪異の姿たるや、真剣に怖い!)

 この辺りの、コミカルな人情譚とガチな怪異譚を両立している点は、本シリーズの見事な点でありますが、本作はそれに加え、一種ミステリ的な仕掛けと謎解きのテイストを加えているのが目を引きます。
 そもそも、品物にまつわる怪異の正体を探るという構造自体、一種ミステリ的な方向性があるわけですが、本作ではそれに加え、皆塵堂を狙う盗賊・甚左の存在を、物語全体の縦糸として設定しているのが、本作の最大の特徴なのであります。

 物語自体の仕掛けについては、人によっては第二話の時点で気付くかもしれませんが、物語が進むにつれて、徐々にその背後に隠れていたものの全貌が見えてくるという構成は実に面白い。
 作者は、ミステリに怪談の要素を密接に絡めた「浪人左門あやかし指南」シリーズでデビューしましたが、本作はそれと逆に、怪談にミステリの要素を加えてきたと言うべきでしょうか。これはまさしく、この作者ならではの作品と言うべきでしょう。


 さて、本作のラストで長らく謎であった皆塵堂の蔵が開かれることとなりますが、しかしもちろん、それで皆塵堂にまつわる物語が終わるわけではありますまい。
 悩める第四の若者が皆塵堂を訪れ、恐怖の中に希望と再生を見出す姿を見ることができるであろうと――そして彼を騒々しくも暖かく見守る中に益治郎もいるであろうことを――期待している次第です。


「蔵盗み 古道具屋皆塵堂」(輪渡颯介 講談社) Amazon
蔵盗み 古道具屋 皆塵堂


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2013.07.12

「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」第1巻 再び始まる空海と逸勢の冒険

 「沙門空海」のタイトルでチェン・カイコー監督により映画化…の報も流れた夢枕獏の大作「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」の漫画版、その単行本第1巻であります。原作はずいぶん楽しく読んだ記憶のある本作ですが、この漫画版の方も負けず劣らず魅力的。まずは安心して楽しめる作品となっています。

 「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」は、遣唐使として唐に渡った空海と橘逸勢が、長安を騒がす怪異に関わるうちに、玄宗皇帝と楊貴妃の昔にまで遡る奇怪な事件に巻き込まれるという伝奇譚。

 空海と橘逸勢が同じ遣唐使で唐に渡ったのは紛れもない史実ではありますが、本作では飄々としつつもどこか人間臭い空海と、野心に溢れながらもどこか人のよい逸勢というキャラクターに二人を造形しているのがまずユニークな点でありましょう。
 この二人のやりとりを見ているだけでも楽しくなってしまうのですが、そこに彼らの時代からわずか50年前に起きた安史の乱の中で起きた楊貴妃の悲劇が絡み、思いも寄らぬスケールの一大伝絵巻が描かれるのが、夢枕獏ファン、伝奇ファンとしては実にたまらない作品であります。

 さて、この漫画版第1巻は、空海と逸勢の入唐と彼らの人となりが描かれるのに並行して、長安で起きる二つの怪異――人語を話し皇帝の死を予言する猫の怪異と、綿畑の地中から皇太子の発病を予言する声の怪異――が描かれることとなります。
 まだ空海と逸勢と、これらの怪異が交わるところまでいっておらず、物語的にはまだまだ序盤といったところですが…しかし、ここまででも十分に面白いのは、原作はもちろんのことながら、絵の魅力あってのことでしょう。

 恥ずかしながらこの漫画版の作画を担当した大西実生子の他の作品を読んだことはなく、これが初見なのですが、主人公二人のキャラクターを全く違和感なく、むしろ二人の魅力をより増す方向に膨らませて描いているのにまず感心します。
(特にこの巻に描かれた他の遣唐使たちとの別れのエピソードなど、単純な聖者ではなくかといってもちろん悪人ではない、血の通った若者としての空海を瑞々しく描いているのが実に良い)

 さらに東西の文化が混交する長安の都の様子や美しいヒロインたち、そして何よりも禍々しくも生々しい怪異たち!
 それらの描写もリアルなばかりではなく、時にディフォルメを交える緩急交えた描写も巧みで、単に原作を引き写しただけでない、漫画としての楽しさがあるのは好印象であります。


 先に述べたとおり物語的にはまだまだ序盤。原作ではこれから先、様々な妖異絢爛な玉手箱のような物語が展開することになるわけですが、それをこの漫画版がどう形にしてみせるのか、安心してこの先を待つことができそうです。


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2013.07.11

「金田一耕助VS明智小五郎」 対決、名探偵VS名探偵

 本年放送予定のスペシャルドラマ「金田一耕助VS明智小五郎」の原作「明智小五郎対金田一耕助」をはじめ、横溝正史と江戸川乱歩が生み出した二大探偵を題材とした七つのパスティーシュを収めた芦辺拓による短編集であります。

 本来であれば別々の作品世界を、同一のものとして登場キャラクターが共演するクロスオーバーものというのは、たとえばヒーローものの世界などではお馴染みであり、私にとっても大好物であります。
 しかしヒーローといっても少々難しいのはミステリもののクロスオーバーではありますまいか。ルパンとホームズのようにそもそも対立する関係ならばともかく、私立探偵同士が共通の事件で「対決」するシチュエーションというのは、簡単なようで案外難しいように感じるのです。
 さらに言えば、本来一つの真実しか存在しない事件において、一方の推理が正鵠を得たものであれば、もう一方のそれは的を外れたということであり、それはどうしても外れた方のイメージダウンに繋がることになるでしょう。

 が、本書の巻頭に据えられた「明智小五郎対金田一耕助」は、その難題を軽やかにクリアしていきます。
 昭和12年の大阪で、店を並べながらも何代にも渡り対立を続けてきた二つの老舗。その一方の依頼を受けた金田一耕助の眼前で奇怪な事件が発生し、彼はその解決に奔走することとなります。
 一方、大陸から久々に日本に帰ってきた明智小五郎は、新聞で事件と金田一の存在を知り、興味を持つのですが…

 物語そのものの構造に関わるためなかなかに紹介が難しいのですが、本作で描かれるのは、確かに一つの怪事件に対し、金田一耕助と明智小五郎、二人の名探偵がそれぞれに解決に智恵を絞る姿。
 そして時系列的を金田一耕助シリーズ第一作たる「本陣殺人事件」直前に設定することにより、駆け出し探偵の金田一と既に数々の事件を解決した明智という関係を無理なく導き出し、それが本作の展開(特に結末)に見事に生きて、名探偵同士の「対決」から生じるジレンマを、かなりの程度クリアしているのです。

 そして、さらにトリッキーな形で二人の名探偵の「対決」を描き出してみせたのは、書き下ろしで収録された巻末の「金田一耕助対明智小五郎」であります。
 さる名家の人々を次々と襲う怪人・エリック張。神出鬼没の怪人に挑む金田一耕助ですが、彼の苦闘を嘲笑うように(毎度のことながら)犠牲者は増え続けるばかりで…

 と、一見いかにも金田一・明智が挑みそうな奇怪な事件を描く本作ですが、もちろん作者が単に形だけのオマージュを書くわけがない。クライマックスで描かれるまさに大どんでん返しを見れば、なるほど確かに本作は二大探偵の「対決」であり、そして先に述べた探偵ものクロスオーバーの難しさすら、巧妙に本作を成立させる必然性として利用しているのには、こちらはもう、「なるほど!」と唸るばかりであります。

 極めて近く、かつ限りなく遠い世界で活躍する二人のヒーローを共演させ、それぞれの魅力を引き出しつつ、そこにミステリとしての魅力と必然性を備えさせる。
 一見当たり前のようでいてしかし極めて困難なそれを成立させてみせた作者の業前には、ただただ感心させられた次第。


 そしてまた、決して忘れていけないのは、この二作に、いや、本作に収められた「《ホテル・ミカド》の殺人」「少年は怪人を夢見る」「黄昏の怪人たち」「天幕と銀幕の見える場所」「屋根裏の乱歩者」と、全ての作品に共通する、名探偵への、本格推理への、ミステリへの熱い想いでしょう。
 「明智小五郎対金田一耕助」での、これから名探偵への道を歩む金田一への明智の暖かい眼差し、そして「金田一耕助対明智小五郎」での、本格もの受難の時代での明智からの激励。
 そしてその他の作品もまた、名探偵と怪人たち、そしてそれを生み出してきた大作家――そして彼らが活躍したミステリという世界への深い愛情と敬意に充ち満ちているのであります。
(もっとも、想いが行きすぎて怨念が発露している部分もなきにしもあらずですが…)


 その装丁も含めて、横溝ファンには(もちろん乱歩ファンにも)必携の本書。
 以前創元推理文庫の「明智小五郎対金田一耕助」に収録された作品ともほとんど重なっていない(表題作と「少年は怪人を夢見る」のみ)こともあり、非常に価値の高い一冊だと感じます。


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金田一耕助VS明智小五郎 (角川文庫)

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2013.07.10

「浣花洗剣録」第28集 悩めるカップル二組と半

 味方側(?)のキャラクターが散り散りになった挙げ句、とんでもない裏切り者まで現れて、相変わらず若者たちが大いに振り回される「浣花洗剣録」。ようやく巡り会ったカップル二組と離れている一組の運命は…

 前回、砂漠で奔月(と脱塵郡主)と運命の再会を果たした方宝玉。新婚初夜のとんでもない入れ替わりの理由も明かされ、これで奔月とも縒りが戻せる…と思ったら拒絶された宝玉は、「空の月を抱けないのであれば砂に埋もれて死にます」的な中二チックなポエムを残して失踪してしまうのでした。
 …が、速攻で見つかる宝玉。おまけに、祖父の仇討ちも、武林を正すという使命も果たせないのに死ぬなんてどうよ、と奔月に叱られるという格好悪さであります(まあ、この格好悪さが宝玉らしくてよいのですが)。
 そこにもんのすごいタイミングで現れたはぐれラクダとともに、とりあえず三人は砂嵐を避けて移動するのでした。

 一方、崖から落ちた呼延大臧は…岸に打ち上げられたところを誰かに拾われただろう、という予想を裏切り、フラフラになりながら街に現れます。どれくらいフラフラかと言えば、難癖をつけて刀を奪おうとした丐幇っぽい人たちにいいようにボコられるくらいですが――そこに現れて狼藉を止めたのは珠児!

 探し求めた恋人の名前を呟きつつ、意識を失う大臧ですが…しかし、珠児には彼の記憶がない。以前、蠱毒を消すために服用した解毒薬の効用はすさまじく、見事に蠱毒を消したものの、その代償として、大臧を含む彼女自身の記憶のほとんどをすっぱりと消してしまったのであります。
 そんなわけで自分にとっては見知らぬ若者を、とりあえず寺に連れ帰った珠児に対して恵覚師太は、「ここで死なれたら迷惑だよ」と予想通り人でなし発言。しかし何だかんだいって良い人らしく(というよりたぶん単に大雑把なだけ)、大臧を納屋に寝かしておくことを許すのでした。

 それにしても記憶を失った珠児は、これが本来の記憶なのか、それとも頭が真っ白になって精神年齢が退行したのか、かなり無邪気で明るめなキャラクター。
 昏々と眠り続ける大臧の横に寝転がって夜空を見上げながら、「あの星が私のお父さん、あの星がお母さん…」などと無邪気につぶやきながら、そのまま自分もうとうとして一緒に寝てしまうくだりなどは、切なくも微笑ましいシーンであります。

 さて、三日間寝倒して復活した大臧は、師太から珠児が記憶を失っていることを聞くや、なんとかして彼女の記憶を取り戻そうと――というか自分のことを思い出させようと――奮闘を始めます。
 想い出の景色を見せればよいだろうと、二人の想い出が詰まった、(令狐冲が儀琳に担がれた)菜の花畑や川岸を見せるのですが、珠児は全く思い出す様子もなく…というか、師太の寺、こんなに最初の舞台に近いところにあったのか! と驚いたのはさておき、自分のかつての鉄面皮の下の熱い想いを、改めて語らされる大臧君が無性におかしいのであります。こちらも切なくも微笑ましい。

 しかし、事情を説明する大臧に対して「大衆演劇以上に数奇な運命ねえ」とかメタギリギリの危険発言を繰り出す師太ですが、何となく僧侶らしく含蓄のある言葉をかけてくれる――しかもそれが自分の師匠のまんま受け売りだったりする――のが楽しいのですが、さてそれでも大臧君が諦めるはずもなく…

 と、ここで再び物語は宝玉一行へ。官兵の襲撃を受けたりしながらも辛うじて砂漠を脱出した一行は近くの街を訪れるのですが、そこに貼り出されていたのは殺人鬼で暴行魔・宝玉の指名手配書。早速賞金目当ての破落戸に襲われ、奔月が暗器で傷つけられるなど、前途多難であります。

 これは自分の正体を知った宝玉を除こうという木郎神君の陰謀だ、と力説する宝玉ですが、もちろん脱塵が信じるわけがない。
 それならばと、前回登場した木郎配下の官軍の隊長をいきなり捕まえてくる(ほとんど「ここにあらかじめ用意してあります」的に)宝玉。この隊長もまた、えらくあっさりと木郎の企みをベラベラ喋るのですが――それでも脱塵は信じず、かえってみんながグルになって自分を騙そうとしていると騒ぎ出す始末で、普段冷静な彼女のヒスっぷりに驚く宝玉ですが…

 いやはや、恋は思案の外、などという資格は彼には(大臧や、行方不明中の侯風にも)ないわけで、冷静に考えると皆恋愛脳ですな…と視聴者が気付いたところで次回に続きます。


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2013.07.09

「約束 蘭学塾幻幽堂青春記」 妖を通じて描く青春という時代

 玄遊堂の変人たちの中で蘭学を学ぶ水野八重太は、いつも反りの合わない秋貞司朗がしばしば姿を消すのに気付く。密かにその後を追う八重太だが、行く先々で辻斬り事件に遭遇。さらに、この世ならざる奇怪な世界に迷い込み、妖に襲われる羽目になってしまう。果たして秋貞の秘められた過去とは…

 幕末の京を舞台とした小松エメルのユニークな青春学園(?)怪異譚「蘭学塾幻幽堂青春記」の待ちに待った第2弾であります。
 はるばる多摩から京の蘭学塾・玄遊堂にやってきた少年・水野八重太が、変人だらけの同窓と、怪異だらけの京都の中で成長していく姿が、今回も可笑しくも物悲しく、騒々しくも微笑ましく描かれております。

 今日も今日とて玄遊堂で勉学に勤しむ八重太。しかしやる気が全く感じられない師・玄遊をはじめ、正義バカの中村、からくりマニアの泉ら奇人変人たちに振り回され、気持ちは苛立つばかり。
 そんな中、彼を最も苛立たせる存在である冷血漢で皮肉屋の秋貞司朗が、何やら怪しげな動きを見せている…と八重太が気付いたところから物語は始まります。

 反発心と好奇心から秋貞の後を付けた八重太ですが、しかしいつの間にかいつまでも夕焼けが続くかのような異界に紛れ込んでしまいます。かろうじてそこを抜け出したかと思えば、決まって起きる辻斬り事件。さらに秋貞の着物に血がべったりとついていたとくれば、八重太ならずとも悪い方向に想像は向かいます。
 異界も、辻斬りも恐ろしいが、何よりも机を並べて学ぶ仲間に疑いを抱くことこそ恐ろしい…と、なおも秋貞をつける八重太の前に現れるのは、謎めいた辻占の女、彼を一方的に辻斬りと疑う謎の男、秋貞と旧知らしい、しかしどこかよそよそしい男たち――

 と、今回も奇怪な事件に巻き込まれた八重太が、ひたすらに奔走する果てに事件の真相が浮かび上がる…という構造自体は前作と同じですが、今回描かれるのは、仲間への疑いという、より重く、深刻な問題。
 そしてたどり着いた事件の真相――この場合は秋貞の過去とほぼ同義なのですが――もまた、何とも人の世の暗い部分をえぐり出したような、そんなやりきれないものであります。

 しかし…しかしそれでも本作読後感が極めて爽やかなのは、たとえ何があろうとも――辻斬りだろうが妖だろうが負けることなく、ただひたすらに友を信じる八重太の、そして普段は滅茶苦茶なくせに、いざという時はやたらと頼もしい玄遊堂の面々の姿があるからにほかなりません。
 彼らの努力は、無駄なものになるかもしれない。裏切られるかも、疎まれるかもしれない。それでもなぜ努力するのか――その答えはただ一つ、仲間が苦しんでいるから!

 青いと言えば青いでしょう。甘いと言えば甘いでしょう。それでも決して彼らの奮闘を笑う気にならないのは、そこに(気恥ずかしさを覚悟の上で言えば)青春時代にのみ許される勢いというものがあるからであります。
 そして本作を読んでいる間、それは私たち読者とともにあります。

 優れた青春ものというのは、読者に、かつて自分もそのような青春を経験したことがあった/これから自分もそのような青春を経験できると――もちろんそれはほぼ完全に錯覚なのだと自覚していてもなお――感じさせる作品なのではありますまいか。
 だとすれば本作は紛れもなく優れた青春ものなのであります。

 もちろん、その輝きを以てしても祓えない闇は存在します。いや、この世の外の暗い世界に在る妖の存在を通して描かれる物語には、必然的にネガティブな色彩がつきまとうものでしょう。
 それでもなお――本作は、いや小松エメルの作品は、世の中そんなつまらない面ばかりではない(かもしれない)よ、という言葉をかけてくれるのであります。

 もちろんそれは青春という短い期間にのみ許された虚勢かもしれません。秋貞を包む闇はなお深く、そして辻占の女が八重太に見せた未来図も、この先に待つ悲しみを予想させるものであります。
 それでもなお――この先に待つものが悲しみだけではないと信じられる。いつかそこを巣立つことはあっても、しかしそれは決して悲しい別れではないことを私は信じている次第です。

 そしてもう一つ、こんな面白い連中との青春時代を、そうそう簡単に終わらせられてはたまらないとも…


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2013.07.08

「水滸伝」 第12話「林冲 風雪の山神廟へ」/第13話「豹子頭 梁山泊へ行く」

 今回も魯智深サイドと林冲サイドがそれぞれ描かれる「水滸伝」。林冲を牢城に送り届け、意気揚々と寄り道する魯智深。そして妻との再会を文字通り夢見る林冲の身には、さらに恐るべき運命が襲いかかることに…

 史進と別れ、再び旅を続ける魯智深。その途中、とある屋敷に一夜の宿を求めた彼は、この桃花村の長の一人娘に惚れ込んだ近くの山の山賊・小覇王周通が、強引に婿入りにくるという話を聞きます。ここで魯智深は、彼らのために一肌脱ぐのですが…
 比喩でなく本当に脱いじゃった魯智深。娘に化けて暗くした部屋のベッドの中で周通を待ち受けるのですが…何故そこで脱ぐ。原典では特に疑問も持たずに読んでいましたが、冷静に考えたら何故服を脱いでいたのか? …と、それはさておき、哀れ周通は幸せの頂点から、突然変な笑い声をあげる坊主にボコられることなるのでした。

 もちろんこれで収まるはずもなく、兄貴分と兵隊を引き連れてきた周通。かえってことを大きくした魯智深に屋敷の人々は顔面蒼白ですが、実はその兄貴分というのが、以前登場した打虎将李忠――というわけで、周通は不承不承娘を諦め、魯智深は李忠たちの山塞に招かれて数日過ごすことになります。
 が、そろそろ飽きてきた魯智深が出立するというので、李忠と周通は餞別のために一稼ぎしてくるというのを見送った魯智深、自分の手元のものを出さず、わざわざ奪ってくるとはなんてせこい奴らだと愛想を尽かし、卓上の銀の食器を強奪すると、塀を乗り越え去っていくのでした…

 この辺りはほぼ原典通りの展開なのですが、原典では納得できた魯智深の行動が、映像で見ると明らかに迷惑な酔っぱらいの狼藉しか見えないのがもの凄い。李忠たちがそれなりに礼を尽くしているのに対し、その場で食器を叩き潰して懐にしまい込んで逃げ出す魯智深はどう見てもやりすぎであります。
 この辺りの、どう見てもダメ人間で迷惑なんだけど、しかし見ている分に楽しい魯智深のキャラクターは、もちろんこれはこれで大いに正しい描写だとは思います。

 さて、弟分が楽しく旅をしている間、真面目に勤め上げていた林冲は、牢城から離れた秣置き場の番人に転属を命じられることになります。隙間だらけの小屋で寒さに震えつつ眠りについた林冲ですが――そこに現れたのは都に残してきた奥方(と侍女)。そこで妙に亭主関白的な強がりを見せる林冲ですが…もちろんこれは夢。はぁ…という感じの林冲を眺めつつ、ここで次回に続きます。

 さて、目覚めてみれば風雪吹き込んで何ともお寒い状態、酒を買って戻ると雪で小屋は潰れ、しかたなく近くの山神廟に泊まる林冲ですが…気づけばなんと秣に火がついて火災発生。驚く林冲の耳に入ったのは、陸謙と富安、そして看守の会話。これが全て自分を殺すための企みと知って怒った林冲が足下の岩を蹴飛ばすと、扉を突き破って看守に当たり一発KO。このいかにも武侠的アクションから、林冲怒りの大暴れが始まります。

 ここに至るまでの展開はほぼ原典通りですが、しかし原典では陸謙たち三人を殺して終わりだったのが、陸謙が連れてきた兵隊を相手に林冲は大立ち回り(さすがに「水滸伝 男たちの挽歌」ほどではないですが)。
 敵の人数は多いですが、しかしもちろん林冲の敵ではなく、敵の一人の体に槍を突き刺して、それを支点に攻防一体の残虐ファイトを見せる林冲はもう止まらない。富安を盾にした陸謙も、顔に似合わず達者な武術を見せますが、やはり林冲には及ばず、これまでの鬱憤を晴らすような連続攻撃に、ついに息絶えるのでありました。

 さて、原典ではここですっかりすさんだ林冲が、逃走途中に農民の酒を奪ったあげく、酔って寝込んだところを捕らわれるという好漢にあるまじき展開となるのですが、それはこのドラマ版でも同様。しかしこちらでは、林冲のその行動が、もう真っ当な人間として妻の元には帰れないという絶望と背中合わせの暴走として、むしろ痛々しく描かれてるのが、強く印象に残ります。この辺りはまた、林冲役の役者さんの緩急つけた演技の確かさに裏打ちされたものであることは言うまでもありません。

 さてかつぎ込まれた先が柴進の屋敷だったことで助かった林冲は、柴進の勧めで梁山泊に向かうことに。思ったより若い朱貴にもてなされ、梁山泊で王倫・杜遷・宋万と対面した林冲ですが、原典とは違い、王倫らが自分を快く思わないであろうことを予想しているのはさすがと言うべきか。
 だからといって、その通りになってもどうしようもない林冲が困惑する中、朱貴がまず王倫を諫め、杜遷と宋万の取りなしも入るのですが…というところで次回に続きます。
(ちなみに宋万のビジュアルが、一人だけ七十年代カンフー映画的なのにちょっとびっくり。杜遷はちゃんと立って自己紹介したのに、宋万は何もしなかったし…)


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 「水滸伝」 第05話「拳にて鎮関西を打つ」/第06話「魯達 剃髪し文殊寺に入る」
 「水滸伝」 第07話「豹子頭 誤って白虎堂に入る」/第08話「逆さまに垂楊柳を抜く」
 「水滸伝」 第09話「大いに野猪林を騒がす」
 「水滸伝」第10話 「林冲 棒を持ち洪師範を打つ」
 「水滸伝」第11話 「智深 火をもって瓦罐寺を焼く」

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2013.07.07

「ダッチ・シュルツの奇怪な事件」 クトゥルー+ギャングの伝奇ホラー再び

 1935年、ニューヨークでラッキー・ルチアーノと激しい抗争を繰り広げるダッチ・シュルツの背後には、奇怪な魔術の影があった。ある事情からルチアーノのシュルツ暗殺の依頼を引き受けた日本人青年・モトは、シュルツの秘密を探るため、叔父が入院しているという精神病院に向かうのだが…

 ここしばらく非常に元気なクトゥルー神話界隈ですが、個人的にその中で最も注目しているのは、創土社の「The Cthulhu Mythos Files」シリーズであります。
 日本人作家による神話作品を対象に、旧作の復刊から新作アンソロジーまで、実に読み応えのあるシリーズなのですが、その最新巻は「チャールズ・ウォードの系譜」。ハワード・フィリップス・ラヴクラフトの「チャールズ・ウォードの奇怪な事件」にオマージュを捧げた三人の作家の作品が収められたアンソロジーであります。

 そしてその中でもこのブログ的に取り上げるべきは、1935年のニューヨークのギャングたちの抗争を背景に、暗黒神と奇怪な魔術の力を振るうギャング王ダッチ・シュルツとの戦いを描いた朝松健のアクション伝奇ホラーたる本作でありましょう。

 何しろ本作は、その仕掛け、オマージュとしての構造が凄い。
 古都プロヴィデンスを舞台にした忌まわしい妖術事件の顛末を描いた原典から、一転ニューヨークのギャング抗争を舞台にするというのは、飛躍も甚だしいようですが、しかし物語の背景に存在するのは原典の重要な構成要素であり、そして本作の物語自体が、原典の続編、後日譚という構造。

 さらに本作はラヴクラフトの別の作品レッドフックの恐怖」を受けた内容であり、そして作者が以前にアンソロジー「秘神界」に発表したクトゥルー+ギャングものの逸品「聖ジェームズ病院」の後日譚であり、さらに主人公は作者のクトゥルー+ナチスもの「邪神帝国」の一編に登場したあの…と、全編これアイディアと遊び心の固まりのような作品なのです。
(ちなみに「レッドフック」と「チャールズ・ウォード」は、ラヴクラフトにとってネガティブな記憶しかないニューヨークと、生涯愛したプロヴィデンスと、舞台となる都市の関わりという点ではある種の対比関係にある作品である点が興味深い)

 さらに邪神に挑む主人公チームの構成もまた見所の一つであります。
 やむを得ない事情からシュルツ暗殺行に加わることとなった謎の日本人青年・モトの相棒となるのは、死から甦ったという凄腕の南部ガンマン・ヴァージニアンと、後にローズマリー・ウッドハウスが住むことになるアパートに暮らす自称大魔術師アドリアン・マルカトー。
 上で触れた「聖ジェームズ病院」で邪神の魔力を操るギャングに挑んだのが、若き日のエリオット・ネスと邪神狩人マイケル・リー、そして米国放浪時代のあの大作家だったように、今回もまた実に個性的かつ豪華なメンバーではありませんか。
(ちなみに、シュルツを支える魔術とマルカトーのそれでは、流派(?)が明確に異なるという描写がなされているのが個人的には嬉しい)

 そんな彼らが挑む事件の詳細については、短編ゆえ深くは触れませんが、本作のクライマックスである精神病院での冒険――シュルツが毎週、何キロもの新鮮な肉を土産に見舞い、日に何ガロンもの輸血を行うという彼の叔父「J・C」氏との対決――は、作者一流の原典の料理結果として大いに堪能させていただきました。


 それにしても「チャールズ・ウォードの奇怪な事件」という作品、神話体系との関わりは比較的薄いという印象がありますが、しかし一個の怪奇小説として見れば、古の魔術、怪異に魅入られた青年、古都に秘められた歴史、再生する死者と、様々な要素で構成された作品です。
 本作と、ここでは触れませんでしたが他の二作――立原透耶「青の血脈 肖像画奇譚」とくしまちみなと「妖術の螺旋」――が、その要素のどれを踏まえたものか…舞台や時代のみならず、その点によって、これだけ(原典ともまた)異なった印象の作品が誕生するというのも、実に興味深いことです。


「ダッチ・シュルツの奇怪な事件」(朝松健 創土社「チャールズ・ウォードの系譜」所収) Amazon
チャールズ・ウォードの系譜 (The Cthulhu Mythos Files 6)


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 「邪神帝国」 虚構から現実へ侵攻する悪夢

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2013.07.06

「メテオラ」連載開始 異形の魔星、豹子頭林冲降臨!

 「B's-LOG COMIC 」第6号より、琥狗ハヤテの「メテオラ」の連載が始まりました(pixivコミックでも読むことが可能です)。よりわかりやすく言い換えれば、かつて朱鱶マサムネ名義で発表された「ネリヤカナヤ」のリブート、豹子頭林冲を主人公とした水滸伝漫画の復活なのであります。

 ある日、路傍に捨てられていたところを王進に見つけられた赤子。しかしその赤子の顔はあたかも豹のそれの如く、そしてその身には豹の尻尾が…
 これこそは人ならざる姿で生まれし厄災、重き滅びの運命を背負う「魔星(メテオラ)」と呼ばれるモノ、と周囲が止めるのも聞かず、その赤子を王進は我が元に引き取ることになります。

 時は流れ、林冲と名付けられた赤子は「人間」として逞しく成長し、今は王進の家の近侍頭として忙しく働く毎日。常に豹の毛皮を身につけていることから「豹子頭」と呼ばれる林冲は、しかし、豹の尾を隠し持ち、そしてその気が昂ぶるところ、豹の顔が浮き出す異形の漢だった――!


 と、なるほどこう来たか! と冒頭から唸らされた第1回。
 確かに水滸伝に登場する好漢たちの渾名は、動物由来のものが少なくない(大まかに数えて108星の1/3程度)わけですが、しかしそれでもまさか林冲が、というのは大いに意外であります。

 これだけ意外に感じるのは、一つには私が「ネリヤカナヤ」を読んでいたことも大きいでしょう。
 冒頭に述べたとおり、本作のベースとも言える同作もまた、主人公は豹子頭林冲――それも本作とほぼ同じキャラクターデザインではありましたが、しかしそちらの林冲は、尚書省刑部長官付きの間者(巡視官)というアレンジが加わっていたものの、あくまでも普通の人間。当然本作も大体は同じだろう、などと思っていたところに、思い切り不意を――もちろん、嬉しい形で――突かれた気分なのであります。

 しかし、本作のタイトルとなっている「魔星(メテオラ)」とは、何とも気になる存在です。
 原典でも「(魔)星」の概念は、冒頭や108人集結のくだり等、要所に登場しては来たものの、実のところ、それほど重きをなしていたとは言い難い設定。そこに、人ならざるモノという属性を与えることで、明確に本作における魔星たちは、人々から畏怖を以て仰ぎ見られ、同時に人々から恐怖を以て追われる存在と為らざるを得なくなったのであります。
 もちろんそれは、原典の108星においても共通する要素ではありますが、それをより根源的な形で示してみせた点が、本作ならではの工夫ではありますまいか。


 正直なところこの第1回はまだまだ導入部、林冲の存在を含め、その世界観の一端が示されたのみであります。
 果たして物語展開がこの先「ネリヤカナヤ」と同様のものとなるのか、それはもちろんまだわかりませんが、しかし最初からこうして全く未知の要素が提示されている以上、この先を期待するな、という方が無理でしょう(ラストにはあの破戒僧も登場しましたしね!)
 新たなる「水滸伝」の誕生を大いに喜びたいと思います。


 ちなみに本作の林冲、気を抜くと尻尾が飛び出すという、実にズルい設定。こりゃあ破戒僧に引っ張り回される姿が目に浮かぶ…


「メテオラ」(琥狗ハヤテ エンターブレイン「B's-LOG COMIC」第6号)


関連サイト
 pixivコミック

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2013.07.05

「江戸忍法帖」 そして江戸から柳生へ?

 五代将軍の下で権勢を誇る柳沢吉保は、先代将軍に葵悠太郎と名乗る隠し子がいたことを知り、密かに刺客として甲賀七忍を差し向ける。三人の家臣七忍に討たれながらも立とうとしない悠太郎だが。無辜の命が奪われるに至り、つい怒りとともにその一刀を抜く。果たして悠太郎と七忍の死闘の行方は…

 故あって最近山田風太郎の忍法帖を読み返しているのですが、初読以来、実に久々に読み返したのが、この「江戸忍法帖」であります。
 時は元禄、先代将軍家綱の子として生まれながらも、足柄山で平和に生まれ育った葵悠太郎。悠揚迫らぬ若者に成長した悠太郎ですが、彼の傅育に当たった三人の家臣の願いにより、江戸に出て長屋暮らしを始めることになります。

 しかし、その存在に驚いたのは時の大老格・柳沢吉保。綱吉の血を引く我が子を将軍位に付けようと企む吉保にとって最大の生涯である悠太郎を除くため、吉保が雇ったのは甲賀組きっての七人の奇怪な忍法の使い手・甲賀七忍!
 かくて、ここに一刀流の達人たる悠太郎と甲賀七忍の死闘が始まり、さらにその中で悠太郎を巡り、二人の美女の恋の火花が…

 と、時代エンターテイメントとして見れば、申し分なく面白い本作ですが、しかし初読時の印象は「なんだかフツー」…というのが正直なところでした。
 何しろ山風といえば、忍法帖といえば、なうての曲者揃い。重くシニカルで、何が善で何が悪かもわからなくなるような、そんな作品ばかり…そんな印象があります。
 それに対して本作は、将軍のご落胤である主人公が、邪悪な敵に破邪顕正の刃を振るうという、定番中の定番のシチュエーション。面白くないわけではもちろんないのですが、しかし山風らしくない、普通の時代小説だなァ…と感じたのです。


 さてそれから20年近く経って読み返してみると、やはり当時気付かなかった発見があります。
 その一つは、本作が単なる貴種流離譚ではなく、それに復讐ものが加わった、少々珍しいパターンの作品であることであります。もちろん、貴種流離譚+復讐ものというのは皆無ではありませんが、本作においては、その復讐が、己自身の理由(例えば親の敵、国を滅ぼした相手を討つ)ではなく、本来であれば自分と直接関係のない相手――しかし、読者からすれば十分にその動機に納得できる――に対する復讐というのが面白い。

 ちなみに本作は「甲賀忍法帖」に続く忍法帖第2作でありますが、「甲賀」で確立したトーナメントバトルに対し、数は多くはないものの、忍法帖のパターンの一つとしてあるのは一対他の復讐もの。本作はまさにその嚆矢といえるでしょう。

 そして、忍法帖において復讐もの、それも本来は自分と縁のない相手のための…と来れば、思い浮かぶのは大作「柳生忍法帖」なのですが、実に本作は、そちらに繋がるイメージが随所に見られるのが、何とも興味深いのであります。
 般若面、敵方の美女とその献身、処刑場での決戦、裁定者の乱入――この辺り、驚くほど「柳生」と重なってくるわけで、「江戸」から「柳生」へ、何が変わり何が変わらなかったか…というのはいささか邪道な読み方ではありますが、個人的には何とも興味深く感じられた次第です。


 その他、また、他の作品に比べると、登場する忍者たちが(悪役ではあるものの)妙に人間臭い存在として描かれている点や、主人公を挟んで対峙するヒロイン二人の関係性が、互いが互いの扮装で入れ替わっていくうちに深まっていく点など、小技の効かせ方もさすがで、やはり普通というのは過小評価に過ぎたなあ…と今更ながらに反省した次第です。


「江戸忍法帖」(山田風太郎 講談社文庫) Amazon
江戸忍法帖 山田風太郎忍法帖(8) (講談社文庫)

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2013.07.04

「大正の怪談実話ヴィンテージ・コレクション」 怪談ブームの時代から

 昨年刊行され、好事家を大いに喜ばせたであろう「昭和の怪談実話ヴィンテージ・コレクション」の姉妹編というべき一冊が刊行されました。昭和とくれば次は当然大正、というわけで、「大正の怪談実話ヴィンテージ・コレクション」であります。

 わずか14年と短い大正時代ですが、しかしその間には泉鏡花らによる怪談会が幾度にもわたって開かれた、怪談の勃興期、怪談ブームの時代であった…
 というのは、本書の編者でもある東雅夫氏の文章の完全な受け売りですが、しかし本書はその何よりの証拠とも言うべきものでしょう。

 本書は、大正時代に刊行された怪談集や怪談関連記事からよりすぐりを収録したもの。その採録元は以下の通り――

「妖怪実話」(山内青陵・水野葉舟)
「霊怪の実話」(水野葉舟)
「活ける怪談 死霊生霊」(寺澤鎭)
「怪談 不思議物語」(神田伯龍(五世))「怪異草紙」(畑耕一)
「西洋の怪談」(牧緑人)
「変態心理」大正13年8月号 恐怖心理と怪談の研究(座談会「恐怖を感じた経験と印象」)

 いやはや、本書でなければ原書に当たるしかないような、今となっては幻としか言いようのないものばかり。それをこういう形で復活させてくれるというのは、毎度のことながら本当にありがたいことであります。


 …もっとも、純粋に怪談集として見た場合には、「昭和の…」以上に厳しいことは否めません。
 いかに怪談ブームの時代とはいえ、やはり短い大正時代、そしてメジャーどころを敢えて外した本書では、類話やそもそも怪談ではないものも数多く含まれている状況で、好事家としては「興味深い」としか言いようのないものが多い…というのが正直なところではあります。

 いや、実際に本書は、社会における怪談の受容やその変化という点から見ると、なかなかに面白い一冊であることは間違いありません。また、震災時に、武器を持った自警団に襲われそうになった話など、今となってみれば全く別の意味で興味深いものも含まれているのも目を引くところです。


 そして、それでもやはり面白い怪談が読みたかった…という向きには、畑耕一の「怪異草紙」がお奨めできます。
 怪奇を愛好する末に怪談会に辿り着いた一人の青年の目を通して当時の怪談事情とも言うべきものを描き出す中編小説(でよいのかしらん)「怪談」もさることながら、「踊る男」「奇術以上」「恐ろしい電話」の三つの短編が、一種の職業怪談として、今の目で見てもなかなかに個性的で面白い。
 特に喜劇役者が初日の前夜、稽古帰りの人気の絶えた町で出会った怪異を描く「踊る男」は、どこかユーモラスなシチュエーションが、一転不気味な世界に変わり、そして意外な結末に至ると、まず傑作と呼んで良いのではないでしょうか。


 さて、昭和、大正とくれば当然次は明治。ここまで来たのであれば、ぜひ明治編もお願いしたいところであります。

「大正の怪談実話ヴィンテージ・コレクション」(東雅夫編 メディアファクトリー幽クラシックス) Amazon
大正の怪談実話ヴィンテージ・コレクション (幽BOOKS 幽ClassicS)

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2013.07.03

「つくもがみ、遊ぼうよ」 親と子と、人間と付喪神と

 深川で清次とお紅の夫婦が営む損料屋・出雲屋には、年月を経て付喪神になった品物が集まっていた。二人の子の十夜、そして幼なじみの二人は、物心ついたころから付喪神たちに親しみ、遊び相手になっていた。そんな付喪神とが引き起こす大騒動の中で、十夜たちは少しずつ成長していくのだが…

 畠中恵の「つくもがみ」シリーズの、だいぶ間をおいた続編、シリーズ第2弾であります。
 深川の損料屋(生活用品のレンタル屋)・出雲屋の人間たちと、店に住み着いた(?)付喪神たちのやりとりを中心にしたミステリ風味の連作という構造自体は前作と共通ですが、作品の雰囲気は、大きく変わった印象があります。

 前作の主人公である清次とお紅は、その後めでたく結ばれ、おそらくは十年以上が経った時代。清次たちの頑張りにより出雲屋もそれなりに大きくなり、一人息子の十夜に恵まれて――そして主人公は、この十夜たちの世代となります。
 こうして人間たちは成長し、代替わりしたとしても、変わらないのは付喪神たち…と言いたいところですが、実はこれが以前とは大違い。

 以前は、仲間同士のお喋りは大好きなくせに、清次やお紅を含めた人間とは全く口を利こうとしなかった付喪神たち。その声を聞くことはできても、清次たちが声をかけると途端にだんまり…という彼らとのコミュニケーションが、物語の大きな要素となっていたのですが――
 本作の付喪神たちは、すっかり人間、特に十夜たち子供に慣れて、ことあるごとに騒動を引き起こす賑やかな連中に。九十九年は生きているだけにプライドは高いのですが、基本的に脳天気で考えたらず、焼き芋やお菓子。そして十夜たちと遊ぶのが大好きというのは、これはずいぶんと変わったものであります。

 このあたり、一歩間違えると若だんなのところの妖怪たちとかぶりかねないのですが、しかしその辺りをかわしてるのは、五つの連作に共通するテーマの存在があってこそでしょう。
 本作で陰に陽に、程度の差こそあれ共通して描かれるテーマ――それは親と子の関係性、であります。
 それなりに嬉しいことも悲しいことも経験して、親となった清次とお紅。そんな親たちの想いを知りつつも、付喪神たちと小さな大冒険にチャレンジする十夜たち――二つの世代の姿は、子世代を前面に押し出した構造となってはいるものの、お互いの想いが時にぶつかり時にすれ違い、時にしっかりと結びつく姿を、作者のファンにはお馴染みのユーモアをたっぷりまぶした上で、暖かく微笑ましく描き出すのであります。

 思えば、前作は男と女の関係性を描いた作品であったこの「つくもがみ」シリーズ。それから時は流れ、今度は親と子のそれに主題が移ったのは、むしろ当然といえば当然なのかもしれません。
 そして、前作と本作で大きく変わった付喪神たちの人間に対する態度も、こうした人間と人間の関係性の違いを写したものではないかと…そう感じます。

 だとすれば、いずれ書かれるであろう第3弾は…とついつい気の早いことを考えてしまったりもしますが、一つだけ間違いないのは、付喪神たちはこれからも変わらず在り続けるということでありましょう。
 変わらぬ付喪神たちが、今度はどんな顔を見せてくれるのか…それもまた楽しみなのであります。


「つくもがみ、遊ぼうよ」(畠中恵 角川書店) Amazon
つくもがみ、遊ぼうよ


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2013.07.02

「風の王国 8 黄金の仮面」 屍衣をまとう混沌の魔人!

 全10巻の大河伝奇「風の王国」もついに終盤の第8巻。渤海が滅んだ後、いよいよ混迷の度合いを深めるその後継者争い。その中で、予想だにしなかったような怪物が誕生し、大陸に更なる混沌の嵐が吹き荒れることとなります。そしてその中で我らが明秀も…

 前巻のラストで、暗殺者の刃にかかった耶律突欲。史実ではここでその生涯を終えることになる突欲ですが――ここでかつて彼自身が日本から連れてきた遊部の巫女による秘術が、彼にほどこされることになります。
 しかし、かつて突欲が父・耶律阿保機に対して施術した際に阿保機が魂を失った怪物と化したように、ひとたび死の世界を見た者が生前と同じ魂を持って甦るとは限らず――そして突欲もまた、自身の記憶は保ちつつも、これまでとは異なった人格を持って再生することになります。

 再生した彼の心にあるのは、ただ「国を滅ぼす」こと――人の上に立つ王を殺し、人を国という軛から解き放つ…そのためであれば、兵士はおろか、女子供を殺すこともためらわない。彼が今まで持っていた人としての情を捨て、ただ目的のために剣と呪術をふるう、そんな魔人と化したのであります。

 渤海という国が消滅した大陸東北部ではありますが、しかしこれまで描かれてきた、そしてこの巻でも描かれるように、そこでは渤海の後継者の地位を巡り、さらに細分化された数々の国が鎬を削る状況。
 明秀ら東日流が協力する大徳信の南渤海、明秀の仇である高元譲の高氏渤海、一応は明秀の同盟者である烈万華の定安国、そしてかつて突欲が国王であった契丹の衛星国たる東丹国…
 死者の弔いの装束である黄金の仮面を身につけた突欲は、己の呪術で強化した黒衣の騎馬隊を操り、これら全ての国を相手に戦いを始めるのであります。

 この突欲の存在は、物語の内外において、まさに劇薬というべき存在です。
 物語の中においては、どの国にも属さない、どの国の敵としてひたすらに戦闘と破壊を繰り返す、恐るべきジョーカーとして…
 そして物語を外から見れば、歴史の軛から解き放たれて超自然的力を振るう、史実を踏まえて展開してきた物語構造を破壊しかねない存在として…
 彼の存在は、あまりにも危険であると言えます。

 しかしもちろん、それは作者も当然承知の上でありましょう。それでもなお、突欲という劇薬が投入されたのは、終焉に向かうこの物語において、もう一度、明秀という人間の拠って立つところを、彼の為すべきことを示すためではありますまいか。

 確かに、突欲も明秀も、既存の国というものを、人間個人を縛る存在として否定する(少なくとも積極的に支持しようとしない)立場にあります。
 しかし、最終的には全てを混沌に帰する弱肉強食の世界を欲する突欲と、民の生活の安定のためであれば自らの領土を捨てることすら厭わぬ明秀の向かう先は、明確に異なるものでありましょう。

 思えば共に王族に連なる者として生まれながら、生みの親の愛を直接受けることがなかった明秀と突欲。突欲をして破壊者と化さしめたものの一端が、周囲からの愛が欠落していた彼のその境遇にあったとすれば、それを否定し、止めることができるのは、血の繋がらぬ親から愛され、友と愛する女に支えられた明秀しかありますまい。

 この「風の王国」も、残すところあと2巻。渤海の後継者を巡る争いの行方はどうなるのか、そして明秀は突欲を支配する強烈な混沌と虚無をどうやって打ち破るのか――明秀の長い旅の答えは、密接に絡み合うこの二つの戦いの先にあります。

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2013.07.01

「決戦 奥右筆秘帳」 決着、骨肉の争い そして二つの継承

 いよいよ決着に向かう徳川家斉と一橋治済の将軍位を巡る骨肉の争い。その渦中に、併右衛門も巻き込まれていた。一方、冥府防人との決戦を前に、あまりにも大きな実力差に悩む衛悟に、師は諸刃の刃ともいうべき最後の手段を授ける。決戦の果てに、併右衛門と衛悟は平和を手にすることができるのか?

 6年間渡り展開されてきた「奥右筆秘帳」も、この第12巻「決戦」でついに完結であります。
 田沼意知の刃傷事件に興味を持ったために幕政を巡る暗闘の渦中に巻き込まれた奥右筆組頭・立花併右衛門と、彼に警護役として雇われた隣家の次男で涼天覚清流の遣い手・柊衛悟の戦いも、ここに決戦を迎えることとなります。

 ついに我が子たる将軍家斉に対して、宣戦を布告した一橋治済。これを家斉も真っ向から受け止めますが…もちろん、正面から兵を出して合戦となるわけもなく、あくまでも裏の世界での戦いが繰り広げられることとなります。
 治済側の冥府防人が将軍の手足というべき御庭番を次々と暗殺していけば、家斉は併右衛門に命じて一橋家の家臣を人事異動させて、内政を滞らせるという非常に地味ながら実に効く攻撃を展開することに――

 そして、両陣営が互いの存亡をかけた決戦(の前哨戦)を繰り広げる中、もう一つの決戦に向けて己の剣を磨く衛悟。これまでに著しい成長を見せてきたとはいえ、あまりにも高い壁である宿敵・冥府防人に、一対一で果たして勝つことができるのか?
 ここで衛悟の師たる大久保典膳が取った最後の手段――それは衛悟の中の獣を解き放つこと。ただ己の生命を守るだけに力を振るう獣と化せば、その能力は冥府防人に匹敵する代わりに、一度剣を抜けば敵も味方もなく、ただ自分以外の全てを殺戮する狂剣士となりかねない…

 いわば「覚醒」「暴走」とも言うべき、バトルもの漫画などではお馴染みのモードをここで取り入れてきたのには驚いた――などというのは置いておいて、ここで胸を打つのは、非人道的とすら言えるこの措置を衛悟に行った、典膳の想いの吐露であります。
 人は何故剣を手にし、人を斬るのか…これまでも作中の中で幾度となく繰り返されてきた問いかけ。それに対する答えの究極は、己を生かし、己の愛する者を生かし、そして次代に命を繋いでいくことでありましょう。
 そして単に生殖による血の継承のみならず、たとえ血の繋がりはなくとも、技を、想いを伝えていく、いわば心の継承ともいうべきものも存在するのだと――それは、これまでも作中で併右衛門と衛悟の「親子」関係の中で描かれてきたことではありますが――典膳の言葉を通じて、再確認させてくれるのであります。

 作者が本作をはじめとする自作のテーマとしているという「継承」。
 家斉と治済の、将軍位を巡る骨肉の争いが、それが最もこじれにこじれ、ネガティブな姿を晒したものだとすれば、衛悟と併右衛門や典膳の結び付きは、その最もポジティブな、人の善き部分を示したものと言えるでしょう。

 このシリーズ最終巻たる本作で描かれるのは、突き詰めれば、その二つの「継承」の在り方の結末なのであります。


 暗闘の果てに、ついに文字通り正面から対峙することとなった家斉と治済の決着は、そして衛悟と冥府防人の決闘の行方は――
 その詳細にはもちろん触れませんが、一言で表せばその内容は「ほぼ完璧」。ここまで読み続けてきてよかった! と納得そして感動の結末であることだけは、申し上げてもよいでしょう。

 そしてさらにもう一つだけ言えば、最後の決闘では蚊帳の外のように見えた併右衛門が、初めて「私利私欲」のために――すなわち、己の「息子」たる衛悟の命を救うために――己の奥右筆の権力を行使するという展開こそは、本作の一つの到達点と言うべきではないかと…そう感じる次第です。


 6年全12巻の間、全く不満がなかったというわけでは、正直なところありません。しかしながら、この見事な結末に至るまでには、全てが必要なものであったのでしょう。
 これから「奥右筆秘帳」という物語に触れようという方にも、途中までこの物語を読んできた方にも――安心して最後まで読んで欲しい、いや、最後まで読むべきであると、自身を持って申し上げることができる、まさしく大団円であります。


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