« 「風の王国 9 運命の足音」 二つの歴史が交錯するところで | トップページ | 「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次酒語り」第8巻 兼続出陣、そして意外な助っ人? »

2013.08.23

「明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者」第4巻 自分が自分であること、隙を見せるということ

 女学校に通うじゃじゃ馬娘・菊乃と、元は御広敷伊賀者いまは失業中の清十郎の二人の微妙な関係を中心に明治という時代を描く「明治失業忍法帖」待望の最新巻です。この巻の収録分から掲載誌を「プリンセス」に移した本作ですが、面白さはもちろん変わりません。

 女学校に進む条件である「結婚」を偽装するため、清十郎と主従関係の「契約」を結んだ菊乃。しかし偽装であったはすが、どちらもいつしか本気に――
 という、お約束の展開になるようでならない、ならないようでなっている、そんな複雑な成り行きが、本作の魅力の一つでありましょう。

 菊乃は進歩的な女性である自分と、安らぎを求める一人の女の子である自分の間で、そして清十郎も、容易に素顔を見せぬ忍びとしての自分と、真っ直ぐな感情を見せる菊乃に惹かれる自分との間で――
 自分自身のもつ二つの、いやもっと様々な顔の間で戸惑い、素直になれない二人の関係がなんとも微笑ましいのであります。

 そしてそんな複数の自分自身にとまどう彼らの、その一方の自分は、明治という時代に、彼らが属する、あるいは属してきた集団に拠るものであり――そしてそれはもちろん、彼らの自身の意志に拠るものではありません。
 言い替えればあるべき自分…その自分と、ありたい自分のせめぎ合い。そしてそれは、もちろん菊乃と清十郎に限ったものではないのであります。

 この巻の冒頭に収められたエピソードで主役を務めるのは、菊乃の学友であり、会津出身の未亡人という境遇にある桃井と、密偵としての清十郎のいわば雇い主であり、薩摩出身の警官である槙の二人。
 菊乃と清十郎を介しておかしな形で出会った二人ですが、硬軟相反する性格以上に、その出身が、境遇が相性最悪であることは言うまでもありません(いわば桃井は山本八重の戦友であるわけで…)

 しかしそんな二人を隔てる部分も、彼女たちの「自分」自身を形作る要素の一部に過ぎません。そしてそれ以外の「自分」同士が触れ合った時、新しい関係性も生まれるということを、このエピソードは教えてくれるのであります。

 しかしどの自分であれ、「自分が自分であること」の重みというのは相当のもの。そしてそんな重みの中で生まれる隙を他人に知られる、受け入れられるということは、気恥ずかしいことであると同時に、非常に心休まることでありましょう。
 実に本作で菊乃と清十郎の間にある感情こそがそれであり――それを明治ならではのシチュエーションの中に、恋愛もののフォーマットの中に落とし込んでみせたのが、本作の見事な点だと感じる次第です。
(冒頭で触れた二人の何ともやきもきさせられる関係性も、もちろんこの点に由来するものでありましょう)


 長々と言わずもがなのことを述べてしまった感もありますが、冒頭で述べたとおり掲載誌を変えてリスタート的な状況となった(ちなみにその第1回のタイトルが「新説 開化の忍者」というのが楽しい)ことを考えると、ここで一度本作の構造というものを振り返ってみてもいいでしょう。

 内容の方は、新たに清十郎のライバルとなりそうな謎の男が登場、ややこしい物語がさらにややこしいことになりそうであり…そしてもちろん、この先の展開がいよいよ楽しみになるのであります。


「明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者」第4巻(杉山小弥花 秋田書店ボニータCOMICSα) Amazon
明治失業忍法帖 4―じゃじゃ馬主君とリストラ忍者 (ボニータコミックスα)


関連記事
 「明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者」第1巻
 「明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者」第2巻 明治が背負う断絶の向こうに
 「明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者」第3巻 時代が生む男の悩み、女の惑い

|

« 「風の王国 9 運命の足音」 二つの歴史が交錯するところで | トップページ | 「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次酒語り」第8巻 兼続出陣、そして意外な助っ人? »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者」第4巻 自分が自分であること、隙を見せるということ:

« 「風の王国 9 運命の足音」 二つの歴史が交錯するところで | トップページ | 「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次酒語り」第8巻 兼続出陣、そして意外な助っ人? »