「恋は曲者 もののけ若様探索帖」 帰ってきた若様、再会のもののけたち
もののけ若様が帰ってきました。若き日の平戸藩主・松浦静山ともののけたちの交流を描いた「もののけ若様探索帖」――以前ベスト時代文庫から2巻刊行されたシリーズの続編が、このたび廣済堂モノノケ文庫から発売されたのであります。
江戸時代後期、数百巻に及ぶ随筆集「甲子夜話」を著し、心形刀流の達人でもあった松浦静山。何ともユニークな大名でありますが、この「もののけ若様探索帖」に登場する静山は、それに輪をかけてユニークな人物であります。
何しろ、老いも若きも問わず、とにかくモテるのであります…もののけに。
実は幼い頃からこの世のものならぬもののけたちを見る力を持ち、それ故か、女もののけたちにモテまくり、迫られまくっていた静山。本シリーズは、そんな若き日の姿を、死を目前とした静山が振り返る、もう一つの「甲子夜話」なのであります。
と、出版社を移して再開された本シリーズですが、その第一話のタイトルが「再会」というのが心憎い。これはもちろん、我々読者と静山の再会の意味もありますが、物語の上でも、静山と、ある理由で一度は姿を消したもののけたちとの十年ぶりの再会を描く物語でもあるのです。
(そのため、本作での静山は、若様というにはちと薹が立っているのですが、それはよしとしましょう)
そんなわけで帰ってきたもののけたちと、静山の賑やかな生活を描く本作ですが、しかし、「再会」を含めた全4話で描かれる物語は、むしろどこかもの悲しく、切ない味わいがあります。
たとえ気持ちの上ではどれだけ惹かれ合おうと(もっとも、静山の方には基本的にその気はないのですが)、結局は(大げさにいえば種族として)大きく隔たる人間ともののけ。
その恋の顛末は、そしてそこに浮かび上がるもののけの想い、人の想いは、登場するもののけたちやシチュエーションがユーモラスであるだけに、より一層切なく感じられるのであります。
その意味では、本書の帯に書かれた「セツナ系もののけ恋語り」は、なかなか見事なキャッチコピーと言うべきでしょうか。
特に、市中で静山の前に現れたもののけ・白粉婆と、座敷童の少女、そして何故か顔を白塗りにした平戸藩士の意外な繋がりを描いた「神のうち」は、もののけたちの愚直なまでの想いと人のしたたかさがすれ違った末の残酷な結末が強く心に残る名品であります。
(ただ、もののけの老婆と幼い娘という組み合わせが、ラストの「姥捨て山」とかぶってしまったのは残念)
めでたく再会、いや再開した本シリーズ。ユーモラスな設定とストーリー展開のギャップに戸惑う方もいらっしゃるかと思いますが、しかしひと味違う妖怪時代小説として、珍重すべき作品であると(これまで同様)感じるところであります。
ただし、一点だけ個人的に残念であるのは、静山の亡き正室の鶴年子がいかなる人物であったか――作中では大きな位置を占めるにもかかわらず――直接的に描かれていない点です。
これは作劇のテクニックとしてありだとは思いますが、前作が、ラストでようやく彼女が登場したところで終わっていただけに、その間の物語もぜひ読みたいと感じているのです。
(さらに言えば、未読の方のために、前2作もぜひこのモノノケ文庫で再刊していただきたいのですが…)
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