「モンテ・クリスト」第1巻 しかし、の中の強き意志
熊谷カズヒロ久々の新刊であります。タイトルは「モンテ・クリスト」――原作はアレクサンドル・デュマの「モンテ・クリスト伯」、あの誰もが知る復讐絵巻でありますが、いかにも作者らしいひねりが随所に加わったユニークな作品であります。
元々は短編読み切りで掲載され、後に連載化された本作。読み切り部分は第0話として収録されており、当ブログでも以前紹介しておりますが、今読み返してみても、その衝撃的な印象は薄れません。
婚約者との結婚を目前としながらも、陰謀により無実の罪を着せられた青年エドモン・ダンテス。14年もの間シャトー・ディフの監獄に閉じ込められながらも脱獄に成功した彼は、モンテ・クリスト島で莫大な富を手に入れて…
この基本設定自体は原作と変わるところではありませんが、しかしただ一コマ、彼がモンテ・クリスト島で財宝だけでなくある存在に出会い、作り替えられたことを語る一コマが挿入されただけで、俄然、本作独自の色彩が強まるのがたまらない。
そして莫大な富と超人的身体能力を手に入れた彼――モンテ・クリストの復讐劇がここに始まることとなるのであります。
続く連載版の方では、彼を襲った過去の悲劇が詳細に語られるとともに、彼を陥れた者たちと、その背後の謎の存在が描かれ、いかにも作者らしい世界観が描かれていくこととなります。
原作ではある意味世俗的であった敵の背後に見え隠れするのは、あるいはフランス王室のスパイ組織・ベルサイユ情報旅団(俗称「ベルサイユの犬」)、あるいはホムンクルス製造をもくろむ謎の組織体・永劫教会――本作独自の、本作ならではの存在たち。
そしてまたラストに収められたエピソードでは、モンテ・クリストの復讐行の語り部として選ばれた男として「デュマ」なる作家が登場。ある物語の背後には、そのベースとなった、そしてさらに奇怪な「真実」が…というのは、一種定番的な趣向ではありますが、しかしニヤリとさせられるではありませんか。
(そして作者のファンとしてはドキリとするようなことを語るデュマ氏…)
しかし、そんな本作にほどこされた様々なアレンジ以上に印象に残る改編は、本作のキャッチフレーズともいうべき言葉――「待て、しかし希望せよ」でありましょう。
この言葉が、原作の「待て、しかして希望せよ」をベースにしていることは言うまでもありませんが、「しかして」――つまり「そして」と「しかし」では、その表す意味は異なりましょう。
ここで日本語の解釈を云々するのは無粋でありますので省略しますが、私が本作の「しかし」から受けるのは、待つだけでは乗り越えられない行く手をふさぐ大きな壁の存在と…そして、その壁を突破して次に向かおうとする強い意志の存在であります。
周囲の人々の悪意や、運命や歴史といった巨大な力――そんな己一人の力ではどうにもならぬものに対し、人が持つべき気概というものを、この言葉は表しているのであり…
そしてそこに込められた一つの希望は、どれだけ生臭く、薄汚れた世界を描こうとも、作者のこれまでの作品にも共通してきたもののように感じられる、というのは、センチメンタルに過ぎましょうか。
しかし、復讐という重いテーマを描きつつも、どこか本作の根底に清々しさを感じさせるものがあるのは、まさにこの点によるのではないかと、私は信じるものであります。
そしてそれが最後まで貫かれることを、私は希望しているのです。
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