「大江戸剣聖一心斎 黄金の鯉」 帰ってきた剣聖!
あの剣聖一心斎が帰ってきました。不二一心流の達人・中村一心斎――またの名を、みすたあまっちい。竹光で石臼を断ち切るほどの剣豪にして、武田信玄の埋蔵金を探しては周囲を巻き込み、煙に巻く怪人いや快人たる一心斎先生の活躍を描く連作が、このたび双葉文庫から再刊されたのであります。
本作の主人公たる中村一心斎正清は、江戸後期に実在した剣術家。肥前島原の出身で、あの山岡鉄舟が日本一強いと語ったと言われる人物ですが――いかんせん、知名度は今一つの人物であります(以前も述べましたが、時代小説への登場ですぐに思いつくのは「大菩薩峠」の冒頭くらいでは)。
そんな人物を、いやそんな人物だからこそ、本作は自由に想像の翼を羽ばたかせて、新たな一心斎像を作り上げます。
なにしろこの一心斎先生、確かにけた外れに強い、というか何をやっているのかわからないほどの無敵ぶりなのですが、しかしそのキャラクターはむしろ武張ったところがない、というよりも砕けっぱなしの人物。
時に人懐っこく、時にいかめしく、時に有無を言わさず(?)相手の懐に飛び込んで、自分の都合に巻き込んでケロリとしているような、何とも困ったお方なのです。
(ちなみに一心斎先生が相手を煙に巻く時などに飛び出すのが片言の英語なのですが、本作においては先生、二年ほどアメリカに渡り、向こうでは「みすたあまっちい」と呼ばれていたという…)
しかし本作においてはその一心斎先生の一見無茶苦茶で天衣無縫な行動が、迷える人々を導き、力付け、新たな道を示すことになるのであります。
そう、本作においては実は一心斎はむしろ狂言回し的存在であり、メインとなるのは、各話に登場する実在の有名人たち(の若い頃)。彼らが一心斎と出会い、様々な形で――一見はそうとは到底見えないような形で――救われていく様が、本作では描かれていくのです。
そしてその顔ぶれは、各話のタイトルをご覧いただければ瞭然であります。
「周作仰天」「呆然小吉」「妖怪北斎」「にこにこ尊徳」「忠邦を待ちながら」「金四郎思い出桜」「次郎吉参上」「開眼弥九郎」
唯一、「忠邦を待ちながら」のみは水野忠邦は直接登場せず、羽倉外記らがメインとなる作品ですが(そして本書のタイトル「黄金の鯉」はこのエピソードから取られているのですが)、それ以外はいずれもお馴染みの面々ではありませんか。
そんな彼らを、ほとんど無名の(と言っては失礼ですが)一心斎が導く…というのはなかなか痛快かつユニークな構図ですが、それはもしかすると、近代的精神と近世的精神の対峙という意味づけもあるのかもしれないと、今回再読して感じた次第です。
いや、近代どころか現代でもそうはいないような自由極まりない精神ですが…
と、そんな一心斎先生との再会を喜んでいたところですが、唯一残念なのは、本書が底本たる「剣聖一心斎」の全部を収めたものではなく、「郷愁、音無しの剣」「霧隠一心斎」が収録されていない点です。
色々と事情はありましょうが、特に「霧隠一心斎」は大団円にふさわしい内容だけに、やはりここで合わせて読めなかったのは残念に感じられます。
もっとも、作者のサイトによれば、「大江戸剣聖一心斎」のシリーズは、全部で3冊刊行されるとのこと。元となる作品は「剣聖一心斎」「暗闇一心斎」の2冊ですから、最終巻辺りには新作が収録されるのでは…と期待しているところであります。
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