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2013.10.11

「将軍の象 採薬使佐平次」 象の道行きがえぐり出したもの

 将軍吉宗が何の気なしに口にした言葉がきっかけで輸入されることとなった二頭の象。一度は沙汰止みになったはずが、何故か長崎に到着した象に不審を抱いた佐平次は長崎に向かう。江戸に向かう象を警護することとなった佐平次だが、何者かの妨害が次々と一行を襲う。その背後に秘められた思惑とは…

 ユニークな主人公の設定と、意外性に満ちたストーリー展開が魅力だった「採薬使佐平次」の続編であります。
 採薬使とは、八代将軍吉宗が置いた、諸国を巡り薬草などの役に立つ植物の採取・研究を行う実在の役職です。
 しかし本シリーズにおいては、その構成員の多くは実は御庭番であり、もう一つの御庭番として、本来のお役目の陰で諸国の探索に当たっていた…という設定。そしてその中でも佐平次は、吉宗とも親しく言葉を交わす懐刀なのであります。

 そして享保の大飢饉を扱った前作同様、本作も、象が来日して帝や将軍がそれを見物したという史実を題材としています。
 たまたま得た象の知識を周囲に語っていた吉宗。それ自体は一種の子供っぽい行動でありますが、老中たちが将軍の歓心を買おうと、象の輸入を決めてしまったことから、今回の物語は始まります。

 当時の最高権力者たる将軍が象を手に入れ、それを見物することは、別に問題もないように思われます。しかし当時吉宗は倹約を旨とする緊縮財政を進める真っ最中。その吉宗が自分の楽しみのために大金を投じて象を輸入したとすれば、諸藩はなんと感じるか?
 それ以上に、象が長崎から江戸まで輸送される間の負担は、全て途中の諸藩持ち。金銭的な負担のみならず、何かトラブルがあった時の責任まで負わされることを考えれば、迷惑以外の何ものでもありません。

 一度は輸入を請け負った商人が不慮の死を遂げたことで沙汰止みになったはずのこの象の輸入ですが、しかしその商人から引き継いだと称する別の商人が現れ、結局象は長崎へ。
 それらの動きに不審を抱いた佐平次たち採薬使、そして紀州第三の隠密部隊とも言うべき鯨方(捕鯨漁師にして熊野水軍の流れを汲む海上部隊)が加わり、象を輸送する一行を警護することになるのですが、長崎で既に大きな犠牲が――


 冒頭に述べたとおり、本作の題材である象の来日は、史実であります。それ自体はしばしば歴史雑学本などで取り上げられるため、ご存じの方も少なくないと思いますが、本作はこれを材料に、思いもよらぬアクションサスペンスの世界を生み出します。
 一見単なるユニークな歴史上の一事件に過ぎない象の来日。しかしそのためにどれだけの名も無い人々の苦労があったか? どれだけの金や人々が動かされたか? ほとんど語られぬその点にスポットライトを当てることにより、本作は将軍吉宗の権威を失墜させんとするものとの戦いを描き出すのです。

 それは単に、象を江戸にたどり着くまでに殺して、将軍の鼻を明かそうという企みだけではありません。むしろ無事に象を江戸まで旅させ、道々の諸藩に幕府への不満を抱かせるという企みもあり得るのです。
(そしてまた、象を除こうとするのは、吉宗と対立する者の側だけでもないのですが…)
 そんな複雑な思惑を背景に描かれる、長崎から江戸に至るまでの象の道中を巡る数々の攻防戦が本作の面白さの一つでありましょう。
 帯などでは「時代ミステリ」とありますが、むしろ本作はロードノベルなのであります。


 …しかし、本作で真に注目すべきは、その背景となっている権力者とそれにおもねる者たちの無責任、そしてその犠牲になる者たちの姿でありましょう。
 権力者の不用意な一言が周囲の「配慮」を呼び、それが雪崩のごとく重なり、多くの人々を巻き込み、取り返しのつかぬところまで広がっていく…我々が現代の、現実世界で幾度となく見てきたものが、本作では巧みに換骨奪胎して、時代活劇に置き換えられているのであります。

 本作において、その数少ない歯止めであり、異議申し立て役となっているのが佐平次であることは間違いありません。
 しかしその彼であっても止められないことはある――終章で語られるある史実は、そんな苦い思いを我々の胸に残すのであります。


 前作とは全く異なるアプローチで時代エンターテイメントを展開しつつ、やはり全く異なる角度から現実を鋭く切り取ってみせる――
 早くも第三弾が来月登場するとのことですが、今後も目が離せない作品です。


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