「新・若さま同心徳川竜之助 5 薄闇の唄」 キャラと謎解きと最悪の敵と
ある晩起きた、直前まで歌い踊っていた一家が一瞬のうちに姿を消すという怪事件。一方、とある商家から大金が盗まれた事件を調べていた福川竜之助だが、その翌日に店の主人は押し入ってきた侍と斬り合って命を落としてしまう。さらに続発する辻斬りと、一見無関係な事件の数々に共通するものは…
幕末を舞台に、田安家の若様が南町奉行所の同心見習いとなって怪事件解決に奔走する「若さま同心 徳川竜之助」シリーズも、正編全13巻に、その合間のエピソードを描く新編が本作で5巻目となって、気づけば20巻の大台間近。新編になって特に奇妙な事件が描かれるようになった本シリーズですが、今回の事件はその中でもなかなかに趣向が凝らされたものであります。
とある裏長屋で、夜更けになるまで歌い騒いでいたある一家。しかし隣人がそれを注意した途端、その一家は姿を消し、後に残っていたのはキツネの毛だけ…
そんな怪談めいた事件が瓦版で評判となるなか、我らが竜之助が担当することとなったのは、とあるろうそく問屋から、数千両が盗まれたという事件。
状況に腑に落ちないものを感じつつも、地道な調べに奔走する竜之助ですが――彼が店から離れていた間に大事件発生。店に押し入ってきた武士たちが主人ら店の者と斬り合い、店の者は皆殺され、武士の側も死傷者が出たのであります。
その場に居合わせたにも関わらず、わけのわからないうちに峰打ちを食らって昏倒してしまった先輩同心二人に代わり、事件の謎を追う竜之助ですが――江戸の各地で相次ぐ辻斬り、踊りめいた不思議な剣法を操る者たちの暗躍、事件に関わる場所で流れる江戸では聞き慣れない不思議な唄と、事件は混迷の度合いを増すばかり。
それでも意外な人物の助けを受けて、一歩一歩真相に迫る竜之助の前に現れた者とは…
本シリーズが新編となって、より奇妙な事件を扱うようになったのは先に述べた通りであります。一巻当たり短編数話構成だった正編に対して、こちらでは一巻丸ごとが一つの長編となっている点がその最大の理由と思いますが、本作はその点が最もうまく作用しているように感じられます。
一家消失事件、大金の紛失事件とその店で起きた凄惨な斬り合い、町人ばかりを狙った辻斬り…無関係にしか見えない事件の数々が、どこで関係し、あるいは関係していないのか。
一種三代噺めいた意外な要素の繋がりは、本シリーズの…いや、作者の得意とするところではありますが、本作のそれは、主にホワイダニットを中心にしたミステリとして、なかなかに見事に作用していると感じられます。
そしてその中で、キャラクターものとしての本作も存分に楽しめるのが心憎い。今回貧乏くじを引いた先輩二人のフクザツな家庭事情とその後の彼らの頑張りなどはその最たるものだと思いますが、それ以上に、キャラの存在がミステリとしての本作と有機的に結びつく場面が少なくないのに唸らされました。
とある事情から新編では出番が減ったあるキャラの存在が、事件の成り立ちに大きく関わってくることもさることながら、個人的に大いに感心したのは、どう考えても役立ちそうになかったある人物の特技が、今回見事にミステリ的に役立った点であります。
…どうも核心に触れずに語るには隔靴掻痒たるものがありますが、そのキャラを当人たらしめる要素が(特に後者など完全にギャグ要素なのですが)、ミステリとしての本作を盛り上げるというのは、これは作者ならではの技と言うべきでしょう。
ただし…いささか、いやかなり残念なのは、こうした謎解きの末に登場した、事件の黒幕に当たる人物の存在であります。
この人物、おそらくは長きにわたるシリーズの中でも「最悪」のキャラ。行動の悪さ、性格の悪さ、品の悪さ――そして何よりも頭の悪さ。あらゆる点が本当に悪いのですが…
いや、やはり最後の点だけはご勘弁いただきたい。あまりに悪い方向に立ったキャラの前に、ここまで物語で築き上げられてきたものが崩れ去っていくのは、正直なところキツいものがあります。
実を言えばこのキャラクター、あらゆる点で裏返しの竜之助というべき存在ではあるのですが…それすらも霞む、最悪のキャラでありました。残念。
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