「信長の忍び」第7巻 くノ一、比叡山に地獄を生む
現在、信長の若き日の姿を描いた「尾張統一記」、さらに黒田官兵衛、あるいは伊達政宗を主人公とした作品を連載し、既に戦国四コマ界の第一人者の感がある重野なおきの代表作たる「信長の忍び」の最新巻であります。この巻では信長の比叡山焼き討ちが描かれるのですが…いやはや驚かされました。
浅井・朝倉軍を助けるなど、これまで幾度も信長と敵対してきた比叡山。その比叡山に対し、信長はついに全山焼き討ち、僧侶はもちろんのこと、女子供も一人残らず斬ることを命じます。
言うまでもなくこれは歴史上の大事件ではありますが、あまりに刺激的なこの事件を、本作はどのように描いたのか?
…それは一言で表せば真っ正面から。真っ正面から、千鳥が信長軍の一人として――いや、急先鋒として、大虐殺を行っていく姿がここでは描かれるのであります。
正直に申し上げれば、本作においては新説(実は焼き討ちはそこまで酷いものではなかった、というような)を採用したり、あるいはギャグを交えてインパクトを弱めるのではないか、と読む前は思っておりました。
しかし実際には、ギャグもほとんどなしに、ただひたすら千鳥が僧兵たちを、いや武器を持たぬ学僧や、そこにいただけの遊女たちを容赦なく虐殺していく姿が描かれていたのです。
しかしこれは言うまでもなく、私があまりにもあさはかだった、というより本作をなめていたという べきでしょう。
本作は四コマギャグの形式でありつつも、あくまでも歴史に対して真摯に向かい合い、そして人の生死を含めて、戦国という時代の有り様を――もちろん本作ならではの形ではありますが――真摯に描いてきたのですから。
その本作が、ここでだけ逃げを打つわけもなかったのであります。
しかし、どれほど自分の行為に心を痛める描写が描かれているとはいえ、さすがに信長の天下統一――彼女にとってそれは「平和」と同義ではあるのですが――という大義名分の下に、少女が無惨な殺戮を繰り返し、比叡山に地獄を生み出す姿には、複雑な想いを抱いたのもまた事実。
いや、千鳥が殺戮の最中も、そしてその後も、信長の存在に己を委ねているからこそ、本当に彼女は間違っていないのか、という疑問が、本作を読んでいて初めて浮かんできたのですが…
極端なことをいえば、本作において彼女は一種の狂言回し、あるいは目撃者とでも言うべき存在。その意味では(信長が殺戮の後に千鳥にかけた言葉とは別の意味で)彼女の行為はそのまま信長の行為であり、深く考えるべきものではないのかもしれません。
しかし信長がこの後もいよいよ苛烈な行いを見せることを考えれば、千鳥個人の想いもまた今後掘り下げて欲しいと強く感じた次第です。
…と、比叡山の話ばかりになってしまいましたが、この巻の後半では、新たなる信長包囲網の中心を成す存在として、あの武田信玄がついに姿を見せることとなります。
これがまた、いかにも本作らしい面白強烈なキャラの上に、彼を支える四天王をはじめとする家臣たちもまた個性的。
そして以前からちらほらと姿を見せていた謎のくノ一――その名は望月千代女!――も本格的に登場し、千鳥のライバルとしてかき回してくれそうな印象です。
しかし個人的に嬉しかったのは、ここで信長に(一度目の)反旗を翻す松永久秀が、実に「らしく」も格好良く描かれていたことであります。
千鳥の前では完全にスケベオヤジな姿を見せつつも、要所要所で並々ならぬ眼力を持つ切れ者、野望の男として描かれていた久秀の晴れ舞台というべき裏切りっぷりが、ここでは実に見事に描かれているのであります。
さて、着々と包囲網がせばまる中、信長は、千鳥は、家臣たちはどのように動くのか。この巻のラストでは、いよいよ三方原の戦の前夜となりますが――ここでも歴史漫画として、様々な意味で容赦ない展開を期待したいところであります(まずは家康さんに対して)。
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