「くノ一、百華」(その一) くノ一の非情、時代の無情
これまでもユニークかつ実に内容の濃い数々のアンソロジーを編んできた文芸評論家・細谷正充による、「くノ一」をテーマとしたアンソロジーが刊行されました。収録されているのは六作品、数としては決して多くはありませんが、さすがと言うべきか、皆読み応えある作品揃いであります。
「やぶれ弥五兵衛」(池波正太郎)
巻頭に収められたのは、大坂の陣前後に豊臣方と徳川方で繰り広げられた暗闘を背景とした一編です。
加藤清正と九度山の真田幸村の間の繋ぎ役である真田家の甲賀忍者・奥村弥五兵衛。任務の最中に徳川方の忍びに襲われて深手を負った弥五兵衛は、徳川方のはずの女忍・小たまに命を救われます。
やがて清正が亡くなり、大坂の陣も豊臣方の敗北に終わった後、弥五郎は意外な形で小たまと再会するのですが…
タイトルにあるように、幾度も敗れることとなる弥五兵衛。それでも忍びの意地で生き続けてきた弥五兵衛と関わってきた小たまが最後に突きつけた決定的な敗北は、まさにくノ一ならではの恐るべきものであります。
歴戦の忍びの心を折ったのは恐るべき女の非情。結末にさらりと語られる二人の因縁も巧みで、さすがは名匠の一編であります。
「帰蝶」(岩井三四二)
タイトルの帰蝶は、後に織田信長の正室となる斉藤道三の娘。実は記録の少ない彼女ですが、本作では信長の前に大桑城主の土岐次郎(頼武)に嫁していたという設定で展開されます。
その帰蝶の輿入れに侍女として同行したくノ一・志乃は、道三の依頼で次郎暗殺を命じられ、仲間たちとともに機を窺うのですが…
もちろん暗殺に至るまでのシチュエーションの積み重ねも面白いのですが、本作で強く印象に残るのは、志乃の心情であります。
甲賀の下忍として、ただ命じられるままに動く志乃。そんな彼女には、かつて同輩の四郎二郎との間に子をなしたものの、すぐに間引かざるをえなかったという過去がありました。あまりに身分が違うとはいえ、帰蝶と、生きていれば同じ年頃だった娘を重ねてしまう志乃の想いは――任務では他者を平然と殺めながらも、自分の娘の死をいつまでも引きずるという、切ないまでの矛盾があるからこそ――重く残ります。
彼女と帰蝶が戦国時代の女性の象徴だとすれば、今回の任務にも同行する四郎二郎の無神経さは、戦国時代の男性の象徴でありましょう。
そして志乃と重ね合わせるように描かれるその後の帰蝶の運命を想うと、戦国という時代の無情さに言葉を失うものがあります
「怪奇、白狼譚」(岡田稔)
細谷氏の編むアンソロジーであれば、かならずや意外な隠し玉があるはず、と思っていましたが、それがこの作品。聞き慣れない作者ですが、これがなんと八剣浩太郎の別名義(というか本名)なのです。
もちろん、内容もそれ以上にユニーク。元禄時代の松前を舞台に、シャクシャインの軍師だった明国人の娘が、明で秘伝の武術を学び、アイヌの人々の復讐のため、次々と役人や大商人たちを殺害していくのであります。
思いも寄らぬグローバルな設定ですが(さらりと描かれる彼女の修行風景は、なるほど武侠小説的です)、彼女に挑むのが、商人専門に雇われる忍び・丹波七化けなる集団というのも実に面白い。
数十年前の大衆小説らしく、下世話な描写も多く(それがまた一つの味なのですが)、特に最後の死闘は冷静に考えるといかがなものかと思うのですが、そもそもの設定のハードさもあり、なかなかに読ませる作品であります。
(特に雇われるままに動く丹波忍者の姿勢から、日本忍法の、そしておそらくは日本人の無思想無道徳性を剔抉してみせるくだりなど、大いに唸らされたところです)
後半三作は次回紹介いたします。
「くノ一、百華」(細谷正充編 集英社文庫) Amazon
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