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2013.11.30

「くノ一、百華」(その一) くノ一の非情、時代の無情

 これまでもユニークかつ実に内容の濃い数々のアンソロジーを編んできた文芸評論家・細谷正充による、「くノ一」をテーマとしたアンソロジーが刊行されました。収録されているのは六作品、数としては決して多くはありませんが、さすがと言うべきか、皆読み応えある作品揃いであります。

「やぶれ弥五兵衛」(池波正太郎)
 巻頭に収められたのは、大坂の陣前後に豊臣方と徳川方で繰り広げられた暗闘を背景とした一編です。

 加藤清正と九度山の真田幸村の間の繋ぎ役である真田家の甲賀忍者・奥村弥五兵衛。任務の最中に徳川方の忍びに襲われて深手を負った弥五兵衛は、徳川方のはずの女忍・小たまに命を救われます。
 やがて清正が亡くなり、大坂の陣も豊臣方の敗北に終わった後、弥五郎は意外な形で小たまと再会するのですが…

 タイトルにあるように、幾度も敗れることとなる弥五兵衛。それでも忍びの意地で生き続けてきた弥五兵衛と関わってきた小たまが最後に突きつけた決定的な敗北は、まさにくノ一ならではの恐るべきものであります。

 歴戦の忍びの心を折ったのは恐るべき女の非情。結末にさらりと語られる二人の因縁も巧みで、さすがは名匠の一編であります。


「帰蝶」(岩井三四二)
 タイトルの帰蝶は、後に織田信長の正室となる斉藤道三の娘。実は記録の少ない彼女ですが、本作では信長の前に大桑城主の土岐次郎(頼武)に嫁していたという設定で展開されます。
 その帰蝶の輿入れに侍女として同行したくノ一・志乃は、道三の依頼で次郎暗殺を命じられ、仲間たちとともに機を窺うのですが…

 もちろん暗殺に至るまでのシチュエーションの積み重ねも面白いのですが、本作で強く印象に残るのは、志乃の心情であります。
 甲賀の下忍として、ただ命じられるままに動く志乃。そんな彼女には、かつて同輩の四郎二郎との間に子をなしたものの、すぐに間引かざるをえなかったという過去がありました。あまりに身分が違うとはいえ、帰蝶と、生きていれば同じ年頃だった娘を重ねてしまう志乃の想いは――任務では他者を平然と殺めながらも、自分の娘の死をいつまでも引きずるという、切ないまでの矛盾があるからこそ――重く残ります。

 彼女と帰蝶が戦国時代の女性の象徴だとすれば、今回の任務にも同行する四郎二郎の無神経さは、戦国時代の男性の象徴でありましょう。
 そして志乃と重ね合わせるように描かれるその後の帰蝶の運命を想うと、戦国という時代の無情さに言葉を失うものがあります


「怪奇、白狼譚」(岡田稔)
 細谷氏の編むアンソロジーであれば、かならずや意外な隠し玉があるはず、と思っていましたが、それがこの作品。聞き慣れない作者ですが、これがなんと八剣浩太郎の別名義(というか本名)なのです。

 もちろん、内容もそれ以上にユニーク。元禄時代の松前を舞台に、シャクシャインの軍師だった明国人の娘が、明で秘伝の武術を学び、アイヌの人々の復讐のため、次々と役人や大商人たちを殺害していくのであります。
 思いも寄らぬグローバルな設定ですが(さらりと描かれる彼女の修行風景は、なるほど武侠小説的です)、彼女に挑むのが、商人専門に雇われる忍び・丹波七化けなる集団というのも実に面白い。

 数十年前の大衆小説らしく、下世話な描写も多く(それがまた一つの味なのですが)、特に最後の死闘は冷静に考えるといかがなものかと思うのですが、そもそもの設定のハードさもあり、なかなかに読ませる作品であります。
(特に雇われるままに動く丹波忍者の姿勢から、日本忍法の、そしておそらくは日本人の無思想無道徳性を剔抉してみせるくだりなど、大いに唸らされたところです)


 後半三作は次回紹介いたします。


「くノ一、百華」(細谷正充編 集英社文庫) Amazon
くノ一、百華 時代小説アンソロジー (集英社文庫)

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2013.11.29

「王子再臨」 王子と戦国ディストピア

 水分国の剣術指南番・阿東弥五郎は、ある晩、湖の底から現れた王子と出会う。その美で数々の奇跡を起こす王子を崇拝し始める弥五郎の主君・鷹久ら。その姿に危険を感じる弥五郎だが、果たして王子は美の名の下に狂気の圧制を行い始める。さらに、聖女を名乗る美少女に率いられた奇態な一団も現れ…

 再びの王子であります。戦国の弱肉強食の世に天から降臨し、その美の力で悪を打ち砕き、無辜の人々を救った王子が帰ってきたのです。
 邪悪な魔女たちに追われて地球に落ち延びたという愛しの姫を求めて、はるかアンドロメダ銀河の光の国からやってきた王子。その美しさ、美力を武器にして、かつて岐賀国で暴政を行っていた悪大名を倒した王子が、今度は奸臣による陰謀渦巻く山中の小国・水分に現れたのですが…しかし、今度の王子はちょっと、いやかなり黒い。

 その王子と水分国で初めて出会ったのは、領主を継いだばかりの少年・鷹久と、彼に仕える剣豪・弥五郎。かつて天人が降りたったという伝説の残る湖から一糸まとわぬ姿で現れた王子と出会った二人は、王子を胡乱な者として地下牢に繋ぐのですが…
 そこで王子がその美で起こしたのは、生物の遺伝子すら変えてしまう奇跡としか思えぬ現象の数々。彼を伝説の天人の再来と信じるようになり、熱い眼差しを向ける鷹久ら城の人々ですが、一人弥五郎のみは、鷹久の視線を独り占めする王子への嫉妬もあってか(ってまたこういう展開か!)、警戒心を抱くのですが――

 しかしそんな弥五郎を襲ったのは、水分国を簒奪しせんとする奸臣の罠でありました。剣術指南番の地位を奪われ、城を追われて一度は死を決意した弥五郎。そんな彼の前に現れた聖女と呼ばれる天竺風の美少女・ランガは、王子がいかに危険な存在であるかを説きます。
 そして彼女の言葉を、弥五郎の予感を裏付けるように、王子の言葉によって次第に混迷の度合いを深めていく水分国。国に美しさを広めるため、そして湖に沈んでいるという姫の乗ってきた船を引き上げるために、民を酷使し、武士たちを狂わせていく王子。王子の美の前に、水分国は狂気と疑心暗鬼が支配する地獄へ変わっていくこと…


 絶対的に美しく、正しいと思われた王子。前作の活躍を見れば、今回も王子がどこかの国で、民を苦しめる悪人を討つ痛快な英雄譚が描かれるものと思いこんでいたのですが――あに図らんや、描かれたものは恐るべき戦国ディストピア譚であったとは。

 「美」に価値を見いだし、それを実現しようとする王子。しかしその情熱は、裏返せば美しくないものへの蔑視と排除に繋がっていきます。美しき国を実現する――その大義名分のもとにもののごとく消費され、しかし王子に命じられることに喜びすら感じる民衆。王子の命じるままに民衆を酷使して恥じることなく、ただ王子の目だけを意識する武士。

 いかにもこのシリーズらしい過剰な、コミカルな表現を交えつつも、人々が己の意志というものを失い、ただ王子の美に流され、狂気に陥っていく様を執拗なまでに積み重ねていく本作は、半ば不意打ちに近いものがあっただけに、異常な恐ろしさをこちらの胸に打ち込んでくるのであります。

 前作で絶対のものとして描かれた王子の美しさ。それは王子を応じたらしめるものであり、シリーズの大前提、絶対的価値観と呼ぶべきものであったはずですが――
 それを第2作目にして軽々と覆して相対化し、美しさの、一つの価値観に溺れることの危険性を提示してみせるとは、いやはや、作者のくせ者ぶりに驚かされます。
(そして水分国の姿に重なって見えるのは…)

 もちろん、そうした全てを乗り越えたところに真の美はあります。美は単に美のためにあるのではなく、美は単に美によって美たるのではない。そんなクライマックスの展開には――ここで示されるタイトルの真の意味も含めて――必ずや、心熱くさせられることでしょう。


 と、ついついお堅い琴ばかり書いてしまいましたが、時代ものとしての勘所をきっちりと押さえつつ――王子+αの異物を除けばきっちりと時代ものしつつ――クソ真面目な表情でとんでもないホラを吹くというスタイルは、本作でももちろん健在であります。
 特にランガに仕える修行僧の一人・天禅の天竺忍法<ケイ惑襲来>は、なるほど、そのネーミングにはそんな意味が! と愕然とさせられること請け合いの、時代劇史上空前絶後の怪技。王子によるその破り方も含めて、必見としか言いようがありません。

 その華やかな外見に騙されると、その秘めた熱く、濃い物語で火傷させられる。そんな王子そのもののような本シリーズ。その三度の降臨に期待せずにはいられません。


「王子再臨」(手代木正太郎 小学館ガガガ文庫) Amazon
王子降臨 2 王子再臨 (ガガガ文庫)


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2013.11.28

「真田十忍抄」 超人十勇士の戦いが向かう先は

 関ヶ原の戦で敗れた真田昌幸・幸村父子。しかし徳川家康は不倶戴天の敵ともいえる二人を九度山への配流に留めた。その背後には、真田家に力を貸す、ある一族の存在があった。その超技術を手にした幸村は、真田家を守り、支える腕利きの忍びを集めていた。その数、十人――

 かつてKKベストセラーズの「一個人」誌に連載された、菊地秀行の時代伝奇活劇が単行本化されました。タイトルに明らかなとおり、本作の中心となるのは真田の十人の忍び――そう、真田十勇士であります。

 今年から来年にかけて二度も舞台の題材となるのを見てもわかるように、真田幸村と彼に仕えた十勇士の存在は、今なお人口に膾炙した人気者。もちろん立川文庫まで遡るまでもなく、活字の世界でも幾多の十勇士が描かれてきましたが、本作はその最新の作品であります。

 本作の基本的な舞台となるのは、関ヶ原の戦(の数年後)から、大坂の陣の直前までの期間。これが真田家にとっていかなる期間であったかといえば、関ヶ原で破れた幸村が九度山に配流され、そしてそこを脱出するまでの期間です。
 つまりは、本作の舞台の大半は九度山周辺に留まるのですが――しかし、そこで繰り広げられるのは、いかにも作者らしい、超人たちによる魔戦の数々なのであります。

 そもそも二度にわたる上田城での戦いにおいて、寡兵で散々に徳川軍を翻弄してきた真田昌幸が、いかに嫡男が徳川家に仕えていたからといって、九度山への配流で済まされたのは、冷静に考えれば不思議な話。もちろん様々に説明はつくのだとは思いますが、本作はその中でも最も奇想天外で、そして魅力的な説を採用します。
 そう、真田家には遙か太古にこの国を訪れたある一族が助力し、彼らに与えられた超技術を家康が恐れたためだと。そして家康もまた、真田家の背後にいるのとは別の一派に支えられていたのだと。

 かくて、本作における十勇士は、当時の科学水準を遙かに超えた超技術と魔人の技量を持つ者たちとして登場します。
 不可視にして鋼をも断つ糸を操り、自在に宙を舞う猿飛佐助(任務のためであれば女子供を躊躇いなく犠牲にする精神と、不思議と陽性の個性の同居が面白い)。女性を自在に操る根津甚八、あらゆる飛び道具を持ち主に跳ね返す筧十蔵、剛力無双の三好清海に異様な美しさを放つ伊佐…
 さらに、幸村の子・大助もまた、この時代にあり得べからざる連発銃を発明するなど、異常の才の持ち主であります。

 本作で描かれるのは、彼ら十勇士+αが九度山に集結する過程と、彼らに匹敵する妖人である服部半蔵正就配下の忍びたちとの激闘。この辺りは、作者の自家薬籠中のものなのですが…

 しかし惜しむらくは、本作は出版社側の都合で打ち切りとなったらしいこと(そもそも、単行本も連載時とは異なる出版社から刊行されているのですから)。
 そのため、物語はそれなりの区切りはつくものの、正直に申し上げれば中途で――ある意味、序章が終わった段階で――終了している印象があります。

 さらに申し上げれば、真田と徳川の激突が、結局は彼らそれぞれの背後に存在する謎の一族の代理戦争に留まってしまうように見えてしまうのが個人的には残念でなりません。
 この辺りはこの先の展開如何では覆される可能性も仄めかされており、上記の事情に依る点も大きいとは思いますが、やはりどれだけ超絶の死闘であろうとも、どれだけ異形の力学が働こうとも、やはり歴史に決着を付けるのは表の世界の人間であって欲しい――

 というのは個人的な好みではありますが(いずれこの辺りはきちんと語ってみたいとは思います)、その辺りまで踏み込んでいただけたら…というのは、偽らざる印象であります。


「真田十忍抄」(菊地秀行 実業之日本社) Amazon
真田十忍抄

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2013.11.27

「新笑傲江湖」第5話 今明かされる田伯光の過去!?

 もはや原作通りの展開が出てくる方が驚きになってきた「新笑傲江湖」ですが、それでも物語は原作をなぞって少しずつ展開。今後に繋がる混乱の種が少しずつ蒔かれている印象であります。

 恒山派の尼僧・儀琳を救うため、実力が遙かに上の田伯光に立ち向かう令狐冲。しかしズタズタにされながらしつこく立ち向かう彼の相手が面倒になった田伯光は、勝ちを譲って去って行くのでした。
 そこで精根尽き果てた令狐冲の前に現れたのは、見物していた東方不敗。己に縁もゆかりもない女性を救った彼に興味を持った東方不敗は、彼を医者に連れて行き、あっさり元気になった彼は「董方伯」と名乗った東方不敗と酒を酌み交わすことになります。
(ここで酒屋の屋根に穴開けて、下の甕から酒を盗む二人がひどいんですが、ここでさらりと二人の内功の威力を見せるのは面白い)

 無駄にCGによる綿毛(?)が無数に舞い散る草原で語らう二人。今後の伏線となる、数十年前の思過崖での五岳剣派と日月神教の死闘が語られたりもしますが、ここで興が乗って、令狐冲の髷を留める紐を剣に見立てて舞う東方不敗が美しい…というかどこからどう見ても女なんですが、本人は違うと強弁。
 まあ、自分にとっては岳霊珊以外の女性は目に入らないので関係ない…と口にする令狐冲に、東方不敗は大きく心乱されます。

 教主の座を奪い、全てを手に入れたはずが、満たされない想いを抱える自分。何故自分は東方不敗に生まれてしまったのだろう、ただの女として生きたかった――って、根本的に何か間違っているような気がしますが、東方不敗は令狐冲の元に己の髪留めを残し、劉正風の引退式に向かうのでした。

 さて、いつの間にか姿を消した儀琳ですが、町で(バレバレの)変装をした田伯光に見つかり、再び捕まってしまいます。
 ここで田伯光が語るのは、かつて妓楼の女に求められるまま、盗みを働いてまで貢ぎまくったものの、彼女はあっさりと別の男に走ってしまったという彼の哀しい過去。
 彼女と相手の男はヌッ殺したものの、この経験から、女性の言葉は想いとは正反対と思い込んだ田伯光は、出会った女性を片っ端から口説き、(当然のように)拒絶されても、本当は喜んでいると狼藉に及ぶことに…

 一歩間違えると女性専門のシリアルキラーになりかねない過去でしたが、言うまでもなく今も大変な危険人物である田伯光。この辺りのエピソードは、実は原作にはないのですが、これはこれでなかなかに面白い――特に本作の残念なイケメンっぽい田伯光には似合う――アレンジではあり、こういうのは大歓迎であります。

 と、よそではコメディみたいな展開が続く中、一人深刻なのは両親を連れ去られた林平之。町で両親を捕らえた青城派の門弟二人を見つけた彼は、彼らの真の狙いが平之に殺された師匠の息子の仇討ちではなく、辟邪剣譜にあると知り、復讐を誓います。

 宿の人間に化けて足を洗うとみせ、相手の足を熱湯につけるのですが…これは相手が一人の場合にこそ効果があるのではありますまいか。案の定あっさり逆襲を受けた林平之は、異常に臭い汲み取り便所の中に隠れる羽目となり、泣きながら逃走。
 しかし「逃げちゃダメだ!」とようやく気づいた彼が向かった先は、町の火薬屋でした。…そもそもこの時代、町で気軽に火薬を買えるのかが大いに気になりますが、それ以上に火薬玉を詰め込んだ甕を背負った彼は一体何を考えているのか心配になります。

 と、そんな意気込みも空しく、いきなり謎の一団に襲われ、廃寺に連れ込まれる林平之。一団は木高峰なる男と敵対している様子で、平之は木高峰の孫と間違えられてさらわれてきたのですが――そこでいきなり仏像から登場というよくわからない形で現れ、一団に襲いかかる木高峰。
 物凄い勢いで一団を殺していくものの、相手の罠にかかって劣勢になった知らないおじさんを前に平之は…というところで次回に続きます。



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2013.11.26

「百万石の留守居役 一 波乱」 新作上田時代劇、期待のスタート

 四代将軍家綱の余命が数ヶ月に迫る中、大老・酒井忠勝は、五代将軍に外様の加賀藩主・前田綱紀を擁立せんとする。藩論が真っ二つに割れる中、襲撃された賛成派の重臣・前田直作を助けた藩士・瀬能数馬は、直作の供で江戸に向かうことになる。その数馬を呼び出した家老・本多政長が語る内容とは…

 本年、大作「奥右筆秘帳」を見事に完結させた上田秀人が、早くも送り出す新シリーズ「百万石の留守居役」の第1弾であります。第2弾は来月刊行、つまり2ヶ月連続刊行でスタートという時点で並々ならぬ意気込みが感じられますが、内容の方も、それに負けないものであることは、この第1弾の時点で感じられます。

 物語の発端は、四代将軍徳川家綱が、子を残さぬまま、死の床についたこと。同じ作者の「お髷番承り候」読者としては天を仰ぎたくなるものがありますが、それはさておき、ここで大老・酒井忠勝が持ち出した次の将軍候補には、別の意味で仰天させられます。

 なんとそれは加賀百万石の藩主・前田綱紀。確かに綱紀の祖母は徳川秀忠の娘であり、すなわち家康の血を引くわけですが、しかし前田家は外様であります。
 それを将軍に据えんとするのは、家綱同様、自分たちの言いなりになる者を将軍に据えようというのが最大の狙い。さらには藩主を奪うことで加賀藩を骨抜きにし、百万石と良港を幕府のものとし、さらには…

 いやはや、五代将軍の地位を巡る争いは、後世に残るとおりですが(作者の作品でも幾度か扱われてるところです)、しかし本作のこの展開は、おそらくは空前絶後のはず。もちろん、こちらとしても全く予想だにしなかった展開です。

 しかし青天の霹靂なのは、当然ながら前田家中であります。藩主の将軍就任に賛成か反対か、藩が二つに割れる中、ついに前田家の一門で賛成派の前田直作が反対派の襲撃を受けるまでになるのですが…そこで割って入ったのが、主人公・瀬能数馬。
 闇討ちは武士の風上にも置けぬ、と直作を救った数馬は――本人はむしろ反対派ながら――直作の目に留まり、江戸の綱紀に呼ばれた直作に同道することとなります。

 そして数馬に目を付けたのは一人ではありません。加賀藩家老・本多政長(本多正信の次男・本多政重の子と聞けば、ニヤリとする方もいらっしゃるでしょう)は、前田家と本多家にまつわる大秘事を数馬に明かし、彼に加賀藩の未来(ともう一人)を託さんとするのであります。


 …と、ここでそこまで見込まれる数馬とはどのような人物かと言えば、元は幕府の旗本でありつつも、秀忠の娘の輿入れにつきそって加賀藩士となった千石の家柄。それなりの石高ではありますが、その出自により、プロパー藩士からは敬遠される存在であります。
 剣の腕は香取流を修めた達人、というのはこれは上田主人公では当然(?)ではありますが、しかし面白いのは、剣だけではなく知恵と舌もよく回ること。
 前作「奥右筆秘帳」の主人公の一人・柊衛悟に代表されるように、剣の腕は立つものの、人柄は木訥で政治的センスは今一つ、そして身分は低めというのが、上田作品の主人公では多いパターンでした。

 それが本作の数馬は、剣の腕以外はむしろ逆の、若き切れ者――といっても冷たい印象はなく、またそれなりの家の出ゆえに世間知らずという成長しろがあるのですが――と言うべき人物像。
 あの謀臣・本多の血を引く者が見込むのですから、その潜在能力は推して知るべしですが、そんな数馬のキャラクターは、タイトルが示す本シリーズの向かう先に密接に繋がるものでしょう。

 そして面白いといえば、本作のヒロインとなる政長の娘・琴姫がまた実に面白い。政長の妾腹の娘であり、出戻りである彼女は、言ってみれば肉食陰謀系女子という斬新な属性。
 父を前にたじろがなかった数馬を一目で気に入って婚約を即断。すぐに瀬能家に押しかけて、あけすけな態度であれやこれやと数馬の世話を焼く…のは微笑ましいのですが、さすがは本多家の娘と言うべきでしょうか、その行動の陰ではしたたかな計算を働かせ、さしもの父も手を焼くほどという、ある意味似合いのカップルであります。

 上田作品は、特に最近はユニークなヒロインが少なくないのですが、本作の琴姫はまた実に個性的かつ魅力的。そしてそれだけでなく、そのキャラクター造形に、彼女の(そして数馬もそうなのですが)複雑な生家の成り立ちが密接に関わっているというのも、また実にいいのです。


 さて、第1弾の段階でずいぶん褒めすぎのように見えるかもしれませんが、それだけのものはある、というのが偽らざる印象であります(ただ一つ、酒井忠勝のキャラだけは、ストレートな悪役に見えてしまうのですが…)。
 しかし物語はこれからが本番。反対派の魔手が待ち受ける中、いかにして直作を江戸に送り届けるか。そして江戸で如何に数馬が、前田家が大老の陰謀に挑むのか――すぐに続きが読める二ヶ月連続刊行で助かった、としか言いようがありません。


「百万石の留守居役 一 波乱」(上田秀人 講談社文庫) Amazon
波乱 百万石の留守居役(一) (講談社文庫)

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2013.11.25

「友を選ばば柳生十兵衛」 快作の理想的文庫化

 荒山徹の「友を選ばば」が、「友を選ばば柳生十兵衛」のタイトルで文庫化されました。あの衝撃の宣言が行われた「柳生大戦争」のように、講談社文庫版の荒山作品は本編以外も凄いのですが、本作もあとがきと解説はファン必見の内容であります。

 本作は、あの「三銃士」「四銃士」のダルタニャンが、海を渡ってきた謎の(改題で謎でなくなってしまいましたが…)隻眼剣士・ウィロウリヴィングとともに、あっと驚く巨大な陰謀に挑む愛すべき伝奇活劇。
 作品そのものについては(今回は加筆修正されているものの)以前に紹介しておりますので今回は詳細は省きますが、やはり設定を聞くだけで胸躍る作品であることは間違いなく、私も大好きな作品です。

 さて、今回紹介したいのは、冒頭に述べたとおりファン必見としか言いようのないあとがきと解説であります。

 まずあとがきですが、なんと言っても冒頭から驚かされるのは、「荒山徹は親韓か嫌韓か?」という、読者が一度は気になるであろう疑問に、作者自らが明快に、回答を提示している点でありましょう。
 その回答の内容についてはぜひご自分でご覧いただきたいのですが、なるほど考えてみれば「これ以外はない」としか言いようのない納得の内容。今まで荒山作品を読んでいて、宗旨替えでもしたのでは…と心配になることもありましたが、一本筋の通った回答に、(何故か)安心してしまった次第です。

 と、それを前フリに続くのは、本作がそもそも何故朝鮮ものではなく、そしてダルタニャン×柳生十兵衛という趣向となったのか、という解説。
 これがまたノリに乗った時の調子で
「伝奇時代小説の囚人(終身刑)」
「李朝鉄仮面伝奇」
「ニャン対ベエ」
といった怪ワードも飛び出すのですが、しかし根底を貫くのは、「三銃士」に対する、そして伝奇ものに対する作者の深い愛情。
 こうして申し上げるのもまことに僭越ですが、やはり子供の頃から「三銃士」に親しみ、そしてもちろん時代伝奇に耽溺する身として、強く強く共感できる内容であります。

 …それにしても悔やまれてならないのは、先日「韓流夢譚」の紹介の際に「誰も止める人がいなかったのか」などと失礼極まりない文章を書いてしまったことであります。
 いや、もう止めません。止めてはなりません。本作のあとがきは、素直にそんな気持ちになれる、作者の勢いと愛が感じられる文章なのです(もちろんそこにはある種の韜晦が含まれていることと思いますが…)。


 そして解説のほうは、こちらは仏蘭西文学評論家による作品解題…なのですが、(その名前はさておき)まず受けるのは、「最近の仏文学評論家は時代もの、伝奇ものにずいぶんとお詳しいのだなあ…」という印象。
 作者の作品に対する接し方といい、作品の題材に対する造詣の深さといい、正直に申し上げて私の及ぶところではないほとんどベテランの文芸評論家クラスの内容に、ほとほと感服いたしました。

 そこまで書いてしまうのですか!? と驚くほどの元ネタ解説は若干やりすぎ感もありますが、あのあとがきにしてこの解説ありともいえる内容であります。


 というわけで、本作の既読者もぜひ手にとって読んでいただきたいあとがきと解説――ある意味、文庫化の理想的な一冊であります。


「友を選ばば柳生十兵衛」(荒山徹 講談社文庫) Amazon
友を選ばば柳生十兵衛 (講談社文庫)


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2013.11.24

12月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 さて、泣いても笑っても今年も残すところあとわずか。そんな今年の最後を飾るように、12月の時代伝奇関連アイテムはかなり充実。ゆく年を惜しむ間もあろうかは、楽しんでいるうちにくる年を迎えそうな勢いであります。そんなわけで、12月の時代伝奇アイテム発売スケジュール
です。

 まず何よりも充実しているのが文庫小説。
 新作では今年最も活躍した作家と個人的にはいいたい平谷美樹の「冬の蝶 修法師百夜まじない帖」が登場。「ゴミソの鐡次」のスピンオフであります。

 また、シリーズものでは、まさかの二ヶ月連続刊行だった上田秀人「百万石の留守居役 2 思惑 」に驚かされますが、驚いたと言えばかなり間をおいての続編登場である風野真知雄「大奥同心・村雨広の純心  2 消えた将軍」も本当に嬉しい。
 そしてまた、今年の妖怪時代小説シーンで存在感を見せた朝松健も、「ちゃらぽこ もののけ横丁千客万来(仮)」「およもん いじめ妖怪撃退の巻」とシリーズ新作二作が登場であります。

 一方、文庫化の方では、待望の復刊である高橋三千綱の「大江戸剣聖 一心斎 2 化け物退治」、宮本昌孝版「影武者…」ともいえる「家康死す」が登場。
 また、仁木英之の中国ファンタジー「先生の隠しごと 僕僕先生」もオススメです。


 そして漫画の方も負けてはいません。シリーズものの新刊としては、鷹野久「向ヒ兎堂日記」第3巻、水上悟志「戦国妖狐」第12巻、神崎将臣「仮面の忍者赤影Remains」第3巻、長谷川哲也「セキガハラ」第2巻、武村勇治「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次酒語り」第9巻…と、いやはやすごい数です。
 なお、「義風堂々!!」は新シリーズとして山田俊明「疾風の軍師 義風堂々!! 黒田官兵衛」第1巻も発売。機を見て敏ですなあ。

 また、久々に登場の、やまあき道屯「明治骨董奇譚 ゆめじい」第2巻も楽しみですし、ついに完結! の碧也ぴんく「天下一!!」第6巻も、もちろん必読でありましょう。

 新作の方では、琥狗ハヤテの「ねこまた。」第1巻が期待の作品。ちなみに同月に同じ作者の「もののふっ!」第2巻も刊行されますが、こちらはBLです。
 おっと、10月発売のはずの荻野真「孔雀王 戦国転生」第1巻も…

 また、大御所の作品としては、横山光輝の名作「闇の土鬼」上巻、水木しげる漫画大全集の時代劇漫画編(?)「東海道四谷怪談/耳なし芳一」も要チェックでしょう。



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2013.11.23

「王子降臨」 王子、戦国の荒野に立つ

 時は戦国。真壁弾正により死と暴力に支配された国で生きる孤児・鳶丸は、この世のものならぬ「美」を全身から放つ「王子」に助けられる。愛する姫を追いかけてきたという王子は、弾正の圧政に立ち上がった人々とともに、姫が囚われているという弾正の城を目指すのだが、その前に現れたのは…

 ライトノベルレーベルで刊行された時代ものは、タイトルで発見するのが難しい場合が多いのですが、本作はその最たるものでありましょう。
 なにしろ「王子」であります。その王子も、喩えではなく、どこからどう見ても王子――頭に冠を戴き、白いマントにかぼちゃパンツというお姿に、見る者を魅了してやまぬ無敵の美しさの持ち主、それが王子なのです。

 しかしこの王子、単なる美しさだけの柔弱者ではありません。そう、彼の武器は美しさ――「美気」を武器とするアンドロメダ流。王子の出身地であるアンドロメダ銀河は光の国に伝わる無敵の武術であります。
 …あ、いや、本当に時代ものなんです、本当です!

 本作の舞台となるのは日本の戦国時代、織田信長が天下布武への道をひた走っていた頃。そんな時代のとある小国、悪逆の大名・真壁弾正の暴政により、ヒャッハーな連中が支配する暴力の世界に、王子が降臨するのであります。
 王子の目的は、魔女たちにより滅ぼされた母国から地球に逃れてきた愛する姫を取り戻すこと。その姫が弾正の城に囚われていると知った王子は、その破格の強さと、奇跡すら起こすほどの美しさに惹かれて集まってきた領民たちの旗印として、弾正との対決に向かうこととなるのですが――

 しかし、弾正の城を守るのは、強大な力を持つ鋼の巨人・闇夜軒と電奇坊、さらには奇怪な剣法を操る覆面の怪人・綺羅星一羽。自分に匹敵する力の持ち主を前に、王子はいかに戦うのか、そして囚われの姫との再会は――


 このあらすじを見ただけでは、単に舞台を戦国時代に移しただけのファンタジーに見えるかもしれません。しかし本作の真に恐るべきは、そして真の魅力は、本作においてはあくまでも異物は王子(+α)のみであり、それ以外の舞台背景、登場人物は、みな真っ当な――ライトノベル的デコレーションは施されているものの――時代もののそれであることでありましょう。
 例えば、ある目的のため、女を捨てた悲しみを背負った盗賊団の女首領にして奇怪な忍法使い・暈魔蛾彩。あるいは、戦場往来の猛者という過去を持ち、蛾彩とはある因縁を持ちながらも、今は山寺の住職として暮らす寂邨。彼らはごく普通に時代ものの登場人物として登場して、全く違和感のない面々であります。
 さらには、綺羅星一羽の名と風貌がおそらくは戦国の剣豪・諸岡一羽を題材にしていること(さらに闇夜軒と電奇坊のネーミングの由来も、その兄弟弟子の真壁暗夜軒と斎藤伝鬼坊でしょう)など、本作は明らかに時代ものに明るい作者が、わかって無茶をやっている感があるのです。

 そしてそれは物語の文章にも現れます。王子のアンドロメダ流をはじめとして、作中に登場する超絶の技の数々の描写に込められたのは、一見馬鹿馬鹿しいものを丹念に(そして時に煙に巻きつつ)解説することにより、生まれるある種のリアリティ――優れた忍法もの、剣豪もののそれと同種のものなのですから。


 しかし本作で真に胸を打つのは、そうした派手で破格な設定と描写に彩られつつも、本作が主人公の活躍と挫折、そして再起を描く極めて王道、剛速球のヒーロー譚であり――そしてそこでヒーローの、いや人間の持つ真なる美はどこにあるのか、どこから生まれるのかを描く点であります。

 本作の冒頭から王子と行動を共にする孤児・鳶丸。弱肉強食の世に生まれ、他人に心を開くことなく一人荒野に生きてきた彼は、何ら特別な力を持たぬ、単に王子に憧れを抱くだけの普通の少年にすぎません。
 しかし、そんな彼でも、そんな彼だからこそ、王子の心に火を点けることができる。それは一つの希望であり、そして「美」とは何のためにあるのか――そんなことすら、考えさせてくれるのであります。


 …と、作品の熱気に当てられてこちらもついつい熱くなってしまいましたが、このブログを楽しんでいただける方であれば、きっと楽しんでいただけるであろう作品です。

 ただ一つ、普通であればヒロイン(女性)がいるであろう位置に鳶丸がいるため、何やら、こう、非常にあやしげな空気が時々ただようのは、気になるところではありますが…


「王子降臨」(手代木正太郎 小学館ガガガ文庫) Amazon
王子降臨 (ガガガ文庫)

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2013.11.22

「新笑傲江湖」第4話 理解に苦しむ船上の惨劇、そして新婚初夜?

 さて、ようやく原作冒頭の展開に辿り着いたように見えた「新笑傲江湖」ですが、やっていることは同じはずなのになんだか色々と不安になるような展開。一方、主人公の前に現れた人物の意外な姿は…

 岳霊珊に絡んだのを注意した相手を、DQNの喧嘩のような成り行きで刺し殺してしまった林平之。後になって相手が青城派観主の余滄海の息子だと知り、とりあえず岳霊珊と労徳諾に口止めし、死体を埋めて去ります。
 その晩、船上で語り合う林家の親子。林家の先祖・遠図が家伝の辟邪剣譜でかつて青城派の観主を破ったこと、そして平之に隠していたのはその奥義のことだったと語る父・震南ですが…そこで、風呂(この当時にすごい船ですな…)に入っていた使用人二人が変死しているのが発見されます。
(ちなみに本作では錦衣衛だったらしい林震南は、職を辞して故郷に帰る途中だった模様)

 ここで息子から昼間のいきさつを聞いた林震南は、これが青城派の仕業と気づきますが、時既に遅し。異様な静けさに甲板に出てみれば、船を操っていた者たちは皆そのままの姿勢で殺されているという、金庸というよりは古龍みたいな展開(しかしこれ、船縁にへばりついて様子を窺っていた労徳諾の仕業ではあるまいな…)

 慌てて船底から水中に出る林親子ですが…いや、本当にこの場面の映像がひどい。前回、岳霊珊と林平之が出会った場面でもそうだったのですが、とにかく合成が(CGでデコレーションこそされているものの)数十年前のレベル。そもそも服を完全に着たままで水中を泳ぐというだけでいかがなものかと思うのですが…(青城派には水中で息が出来る奥義があるようですが、林家の人々も十分普通に泳いでいるような)

 原作ではこの辺りの展開は別に船上ではなかったのですが、舞台を変えるのは全く構わないとして、何故映像的に苦しくなる方に変えたのか、理解に苦しみます。
 水中で襲撃を受けた林親子は船上に戻り、船に仕掛けた火薬を爆発させて(ここで樽に隠れただけで爆発から助かるというのも理解不能)逃れようとするのですが、このCGもまたしょっぱいことこの上なし…繰り返しになりますが、オリジナル展開は別に良いものの――というよりむしろ好物ですが――何故描写的に苦しくなる方へ方へと向かうのか。

 閑話休題、何とか陸に逃れた林震南と平之ですが、林夫人は青城派に捕らわれたらしく、覆面を被せられて連行されていきます。そのまま、父子が隠れる前で木に吊され、いたぶられる夫人ですが…我慢できずに飛び出した平之の前で惨殺された覆面の下の顔は別人。
 ここは青城派の悪知恵がさすがだったと言うべきでしょうか(ははあ、これは役者さんが嫌がったので大胆に代役立てるための覆面だな、とか考えてすみませんでした)。

 結局捕まってしまった林親子三人を連行する青城派一門が、途中立ち寄ったのはなんだか穴蔵のような酒場(と言い張る場所)。五毒教でも出てきそうなそこで、一行の前に現れた変装した岳霊珊と労徳諾ですが…ここで出し物と称して強引な人体消失トリック(大きな箱の下に抜け道があるだけ…っていつそんなもの用意した!? というよりこの酒場と華山派の関係は)で林平之は岳霊珊に救出されたものの、追われるうちに二人ははぐれてしまいます。任盈盈と合流した父・岳不群は、林家の船の残骸を調べる青城派を見て、相手の狙いが辟邪剣譜であったと知るのですが…

 さて、別途劉正風の引退の儀に向かった令狐冲は、途中、恒山派の尼僧・儀琳(あ、今回の恒山派は有髪なんですね)おかしな男に絡まれているのを目撃します。この男は江湖で知られた色魔・田伯光…って、「水滸伝」の史進じゃないですか! 何だかもったいないくらいイケメンです。そして令狐冲の前から儀琳を拐かした田伯光は、儀琳ちゃんに「新婚初夜」を迫るのですが…
 新婚初夜って婉曲的表現かと思ったら、その晩、本当に結婚式を行おうとする田伯光(ちなみに儀琳は点穴されています)。花婿衣装を着てはしゃぐ姿は、史進というよりどう見ても周通…

 さらに、結婚式が行われている村に現れたのは、娘姿の東方不敗。自分の配下の曲洋と、劉正風が何やら仲良くしているらしいと、騒動の匂いを嗅ぎつけてやってきたのですが、どう考えてもこっちが騒動の種です。
 そして令狐冲はひそかに儀琳と入れ替わって田伯光を待ち受けるのですが…武術の腕はあるかにあちらが上。ズタズタにされながらも、一歩も引かない令狐冲…というところで次回に続きます。



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2013.11.21

「新・若さま同心徳川竜之助 5 薄闇の唄」 キャラと謎解きと最悪の敵と

ある晩起きた、直前まで歌い踊っていた一家が一瞬のうちに姿を消すという怪事件。一方、とある商家から大金が盗まれた事件を調べていた福川竜之助だが、その翌日に店の主人は押し入ってきた侍と斬り合って命を落としてしまう。さらに続発する辻斬りと、一見無関係な事件の数々に共通するものは…

 幕末を舞台に、田安家の若様が南町奉行所の同心見習いとなって怪事件解決に奔走する「若さま同心 徳川竜之助」シリーズも、正編全13巻に、その合間のエピソードを描く新編が本作で5巻目となって、気づけば20巻の大台間近。新編になって特に奇妙な事件が描かれるようになった本シリーズですが、今回の事件はその中でもなかなかに趣向が凝らされたものであります。

 とある裏長屋で、夜更けになるまで歌い騒いでいたある一家。しかし隣人がそれを注意した途端、その一家は姿を消し、後に残っていたのはキツネの毛だけ…
 そんな怪談めいた事件が瓦版で評判となるなか、我らが竜之助が担当することとなったのは、とあるろうそく問屋から、数千両が盗まれたという事件。

 状況に腑に落ちないものを感じつつも、地道な調べに奔走する竜之助ですが――彼が店から離れていた間に大事件発生。店に押し入ってきた武士たちが主人ら店の者と斬り合い、店の者は皆殺され、武士の側も死傷者が出たのであります。
 その場に居合わせたにも関わらず、わけのわからないうちに峰打ちを食らって昏倒してしまった先輩同心二人に代わり、事件の謎を追う竜之助ですが――江戸の各地で相次ぐ辻斬り、踊りめいた不思議な剣法を操る者たちの暗躍、事件に関わる場所で流れる江戸では聞き慣れない不思議な唄と、事件は混迷の度合いを増すばかり。

 それでも意外な人物の助けを受けて、一歩一歩真相に迫る竜之助の前に現れた者とは…


 本シリーズが新編となって、より奇妙な事件を扱うようになったのは先に述べた通りであります。一巻当たり短編数話構成だった正編に対して、こちらでは一巻丸ごとが一つの長編となっている点がその最大の理由と思いますが、本作はその点が最もうまく作用しているように感じられます。

 一家消失事件、大金の紛失事件とその店で起きた凄惨な斬り合い、町人ばかりを狙った辻斬り…無関係にしか見えない事件の数々が、どこで関係し、あるいは関係していないのか。
 一種三代噺めいた意外な要素の繋がりは、本シリーズの…いや、作者の得意とするところではありますが、本作のそれは、主にホワイダニットを中心にしたミステリとして、なかなかに見事に作用していると感じられます。

 そしてその中で、キャラクターものとしての本作も存分に楽しめるのが心憎い。今回貧乏くじを引いた先輩二人のフクザツな家庭事情とその後の彼らの頑張りなどはその最たるものだと思いますが、それ以上に、キャラの存在がミステリとしての本作と有機的に結びつく場面が少なくないのに唸らされました。

 とある事情から新編では出番が減ったあるキャラの存在が、事件の成り立ちに大きく関わってくることもさることながら、個人的に大いに感心したのは、どう考えても役立ちそうになかったある人物の特技が、今回見事にミステリ的に役立った点であります。
 …どうも核心に触れずに語るには隔靴掻痒たるものがありますが、そのキャラを当人たらしめる要素が(特に後者など完全にギャグ要素なのですが)、ミステリとしての本作を盛り上げるというのは、これは作者ならではの技と言うべきでしょう。


 ただし…いささか、いやかなり残念なのは、こうした謎解きの末に登場した、事件の黒幕に当たる人物の存在であります。
 この人物、おそらくは長きにわたるシリーズの中でも「最悪」のキャラ。行動の悪さ、性格の悪さ、品の悪さ――そして何よりも頭の悪さ。あらゆる点が本当に悪いのですが…

 いや、やはり最後の点だけはご勘弁いただきたい。あまりに悪い方向に立ったキャラの前に、ここまで物語で築き上げられてきたものが崩れ去っていくのは、正直なところキツいものがあります。
 実を言えばこのキャラクター、あらゆる点で裏返しの竜之助というべき存在ではあるのですが…それすらも霞む、最悪のキャラでありました。残念。


「新・若さま同心徳川竜之助 5 薄闇の唄」(風野真知雄 双葉文庫) Amazon
薄闇の唄 新・若さま同心 徳川竜之助(5) (双葉文庫)


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2013.11.20

「新笑傲江湖」第3話 マジッククレーン!? そしてようやく原作へ

 東方不敗の大暴走でどうなることかと思った「新笑傲江湖」ですが、彼女が登場しないこの第3回も色々と大変なシーンが登場。しかしようやく原作の展開に近づいてきて、少しだけホッと…していいのか、予断を許さない作品ではあります。

 青城派と揉め事を起こした令狐冲をしたところ、彼が岳霊珊と練習していた冲霊剣法の技に、葵花宝典のものがあることに驚く岳不群。本作における岳不群は、ことあるごとに葵花宝典…が納められていた空箱を持ち出しては物思いにふけっていますが、ここでも令狐冲からその技が青城派の手をまねたものと聞いて、怒るのも忘れてしまいます。

 それはともかく、師の言いつけで二番弟子の労徳諾と一緒に青城派に詫びに行く羽目になった令狐冲ですが、態度の悪い弟子に待ちぼうけを食わされて退屈しているところに――飛んできたのは鶴の群れ。
 思い切りCGの鶴、何だか妙に大きくてむしろプテラノドンっぽい…と思っていたら、退屈しのぎに背に乗った令狐冲ごと空に舞い上がる鶴! おお、マジッククレーン!
 …いや、これは本当にないと思います。

 ないと思っても令狐冲を乗せて飛ぶ鶴は、青城派一門の練習風景を空から目撃。どうやら青城派観主・余滄海は、かつて先達を破った林遠図以来林家に伝わる辟邪剣法を、弟子たちに稽古させているとようなのですが…
 ようやく顔を合わせた余滄海に尻を蹴られる(わかりやすいゲスっぷり)という一幕はあったものの、華山に帰ってきた令狐冲は、師に辟邪剣法の一件を報告。これがまた、岳不群をいたく刺激することになります。

 青城派の使う技が葵花宝典の技と重なり、しかもそれを彼らが辟邪剣法のものとして練習しているということは…いきなり核心につっこんできた感がありますが、この辺りの因縁が完全に解き明かされるのはまだまだ先でしょう(それにしても本作の岳不群、役者さんが普通のおじさんっぽいので、悩める中間管理職っぽいんだなあ…)

 と、林家に迫る危機を察知した令狐冲は、林家に警告しようとしますが、師は余計なことはするなと、彼を劉正風の引退の儀に先発隊として行くよう命じるのでした。
 が、これに不満たらたらなのは岳霊珊。青城派に詫びに行くときもついて行きたいとグダグダ言った挙げ句、今回も一緒に行きたい、ダメなら駆け落ちしてととんだ地雷っぷりを発揮。さらに飛び降り自殺のふりまで(傘パラシュートで無事でした)…本作においても彼女のナニっぷりは健在であります。

 勢いに押されて何となく駆け落ちしそうになった令狐冲ですが、出発前夜に師の妻であり岳霊珊の母、そして本作随一の常識人である寧中則に優しい言葉をかけられ、親子を引き離してはいけない! と我に返るのでした(しかしまあ、ここで寧中則が令狐冲に良いことを言わなかったら、もしかすると後の悲劇のいくつかは回避できたのかも…というのは言っても詮無いことですが)。

 さて、場面は変わって、話題となっていた林家の持ち船。林家の当主の息子・平之は、船内に安置されていた謎の棺の中身を確かめようとするのですが…ここで彼に向けて発射される無数の針! そしてそれを躱したと思ったら足元が開き、下には凶悪な刃を生やした呪いのローラーみたいな仕掛けが!
 …ここ船内ですよね?

 すんでのところで母が仕掛けを止めたことで助かった林平之ですが、棺の秘密を教えてくれないことにおかんむりの様子。
(しかし棺の中身がおそらくは林遠図の亡骸であろうことを思えば、これを秘密にするという意図は大いに頷けるのですが…)
 イライラしながら甲板に出た彼が見つけたのは、水中からこちらを窺っている少女…ってこれは岳霊珊。結局父の命で、労徳諾とともに林家を監視することになった彼女は、水中まで追いかけてきた林平之を適当にあしらうものの、陸に上がったところで足に怪我をしてしまいます。

 そこで林平之におぶわれて、労徳諾扮する父親の茶店に送ってもらう彼女ですが――
 中華圏で素足を見せる/触らせることが、男女の仲の深さを示すことを考えれば、ここでの林平之と岳霊珊の姿は、あるいは今後の展開を暗示していたものと言えるのかもしれません。

 何はともあれ、茶店で休憩することになった林平之ですが、そこにやって来たのは余滄海のバカ息子。早速岳霊珊に絡むバカ息子に、やめたまえ! とばかりに襲いかかるも逆にボコられる林平之…
 というところで、ああようやく原作通りの展開になったとホッとしたところで次回に続きます。


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2013.11.19

「一鬼夜行 鬼の祝言」(その二) 最も美しく、最も切なく

 前回からの続き、小松エメルの「一鬼夜行」シリーズ第5弾「鬼の祝言」の紹介です。

 しかし――文字通りおかしな「縁」があったとはいえ、喜蔵や深雪にとって、相手とは出会ったばかり。そんな強烈な呪いのただ中に身を置き、妖怪につきまとわれる相手につきあう義理はない…などとそこから逃げ出すわけがないのは、もちろん我々が良く知る通りであります。
 どれほど恐るべき相手であっても、苦しむ人間を見過ごしにはできない。それが、たった一人になっても他者を巻き込むまいと孤独に耐える相手であれば、なおさらです。

 そんな彼らをお人好しと、理想主義と切って捨てるのはたやすいでしょう。しかし、妖怪や怪異が理不尽な苦しみをもたらす世界だからこそ、彼らの人間としての善意はむしろ自然なものとして映ります。
 そして妖怪でありながらも、ついつい彼らを助けてしまう小春の姿もまた――

 が、本作は、そうした悪意と善意の対決というレベルでは割り切れない世界に踏み込んでいくことになります。

 神の、鬼の、妖怪の、そして人間の、男女の間の愛情が生み出した呪い。それを打ち破れるのは、やはり愛情のみ。
 しかし、善意からどれほど救いたいと思っても、恋愛という感情はまた別の問題であります。出会って数日の相手に、そこまでの想いを抱くことができるのか…

 その答えはもちろんここで描くことはいたしません。
 しかし、そこに至るまでの物語を構成する数々の要素が見事に溶け合い、昇華する結末には、無上の美しさと、そしてそれと並ぶ、いや上回る切なさが満ちているのです。

 魅力的なキャラクターを存分に動かし、活躍させるだけでなく、種族すら超える彼らの交流から数々の想いを、時に明るく瑞々しく、時に重く切なく描く。…そしてその先に、濃淡はあるにせよ、希望の輝きを見せる。
 我々ファンがこよなく愛する本シリーズの、小松エメル作品の魅力は、本作でも健在であります。


 しかし――この「鬼の祝言」という物語は終わっても、「一鬼夜行」という長い物語はまだまだ終わりません。
 本作のストーリーが描かれる一方で、静かに、しかし着々と描かれていく、シリーズ全体を貫く物語の謎と伏線。それが繋がる先は、小春自身の物語――恐るべき猫又の長者との対決でありましょう。
(さらに言えば、レギュラー陣にもそれぞれの物語があり、それぞれに謎と伏線があるのにも驚かされます)

 そして小春がそこに向かうのであれば、喜蔵が、深雪が、彼らの友たちもまた、そこに向かうのを否むものではありますまい。
 そこで描かれるであろう人間と妖怪の物語を――そしてそこに描かれるであろう希望の姿を、今から楽しみにしているところなのです。

 本作の物語を存分に楽しんですぐに、我ながら欲張りだとは思いますが――


「一鬼夜行 鬼の祝言」(小松エメル ポプラ文庫ピュアフル) Amazon
(P[こ]3-6)一鬼夜行 鬼の祝言 (ポプラ文庫ピュアフル)


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2013.11.18

「一鬼夜行 鬼の祝言」(その一) 最も重く、最も恐ろしく

 喜蔵が営む古道具屋・荻の屋に見合い話が持ち込まれた。相手は由緒ある家の跡継ぎだというが、この縁談が妹の深雪のためになるのか悩む喜蔵。しかし訪れた相手の屋敷には強力な呪いと妖怪たちの群れが。呪いを解くために奔走する喜蔵や小春たちだが、そのためにはある決断が必要だった…

 明治初期を舞台に、妖怪も恐れる閻魔顔の若商人・喜蔵と、元猫又の鬼で自称大妖怪の小春のコンビが出くわす事件の数々を描く「一鬼夜行」シリーズ、久々の、そして待望の新作であります。

 ある日突然荻の屋に大家が持ち込んできた見合い話。大家の押しの強さに、さしもの喜蔵もタジタジですが、しかしいくら年頃とはいえ、この話が妹の深雪にとって幸いかはわかりません。最愛の妹のため、店の付喪神たちをこき使って深雪の想いを確かめようとする喜蔵ですが…

 と冒頭で描かれるのは、毎度のことながら仏頂面、いや閻魔面の喜蔵と、妖怪・付喪神たち、そしてもちろん帰ってきた小春とのおかしなやりとり。しかし今回ばかりは喜蔵にとっても未知の領域だわいとニヤニヤしていれば、さらにその先に待っていた真実は――と、こちらはすっかりえびす顔であります。

 …が、この妖怪とのドタバタ騒動の楽しさが本シリーズの顔である一方で、人間と妖怪にまつわる重く切ない物語もまた、本シリーズの顔であります。
 そしてはっきり言ってしまえば、本作はシリーズでも最も重く、そして恐ろしい…そう感じます。

 すったもんだの挙げ句に縁談は進み、気に染まないまま、相手の屋敷を訪れることになった喜蔵と深雪、さらに小春に綾子に彦次と、いつもの面々。由緒ある家系だという相手の屋敷で待っていたのは、しかし無数の妖怪たちの群れでありました。
 縁談相手と自分が結婚してこの家を奪おうとしつつも、屋敷を守る結界の前に、喜蔵ら客に牙を剥くしかない妖怪たち。しかしその中には結界をものともせず、そして殺しても甦る不死身の妖怪が――

 そして喜蔵が聞くことになったのは、子に屋敷を巡る壮絶な因縁の数々。地の神の、水の神の、鬼の、妖怪の、人間たちの――様々な想いが入り乱れた末に、幾重にも呪いがかけられたこの屋敷は、すでにその大半があの世に繋がる、一大魔所と化していたのであります。
 その呪いの前に両親を失った縁談相手。しかしその呪いは、屋敷もろともに、本人をも飲み込もうと――

 ここで圧倒されてしまうのは、なんと言っても屋敷とその土地にかけられた呪いの強烈さ。神による強力な呪いに、それに抗しようとした鬼の力。その中にとけ込んだ妖怪の怨念と、鬼の血を引く人々の子孫を守ろうとする想い――物理的次元にまで作用する思念を呪いというのであれば、強烈な願いもまた呪いといえるでしょう。
 こうして幾百年もの間に積み上げられ、練り上げられた呪い――どう考えても人間一人の力で太刀打ちできるものではありません。
 そしてそれが血によって受け継がれるという、本人には責任のない理由で襲いかかるという、その理不尽さがまた恐ろしいのです。


 長くなってしまったので次回に続きます。


「一鬼夜行 鬼の祝言」(小松エメル ポプラ文庫ピュアフル) Amazon
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2013.11.17

「伊藤博文邸の怪事件」 憲法制定前夜、仰天のミステリ

 高輪の伊藤博文邸に書生として住み込むことになった杉山潤之助は、同じ屋敷の書生の一人が、密室で何者かに殺されていた事件に巻き込まれる。相部屋の書生・月輪龍太郎と推理合戦を交わしつつ事件の謎を追う潤之助だが、怪事件はなおも続き、事態は意外な様相を呈することに…

 最近は歴史小説的色彩が強い作品も多いものの、「太閤暗殺」「本能寺六夜物語」のようにミステリ色の強い作品も得意とする岡田秀文。その最新作は歴史ミステリと聞いて手に取りましたが――こちらの期待に違わぬ快作でありました。

 舞台となるのは、大日本帝国憲法制定に向けて世情騒然とする明治17年。書生として伊藤博文邸に住み込むこととなった語り手の杉山潤之助は、屋敷での生活にどこか違和感を感じつつも、同室の月輪龍太郎や、博文の娘・生子やその教育係・津田うめと交流を深めていくことになります。

 が、そんなある日、彼が使いから帰ってみれば、密室となった自分たちの部屋で、書生の一人が他殺体で発見。やはり外に出ていてアリバイが証明された龍太郎とともに、彼は事件解明に燃えることになります。
 しかし、庭に残された何者かの足跡、博文公の書斎から聞こえる物音、謎めいた博文公の行動と、謎は増えていくばかり。さらに第二の死体が発見され、混迷の度合いを深める状況の中で、潤之助と龍太郎の推理の結果は――


 作者が神田の古書店で手に入れた潤之助の手記を小説として再構成したという趣向の本作は、一見、地味な内容に見えるかもしれません。
 周囲に様々な謎が散りばめられているとはいえ、中心となるのは殺人事件一つ。そもそも、発見された手記を…というスタイル自体、歴史ミステリとしては定番のものであります。

 が、そんな印象を跡形もなく吹き飛ばしてくれるのが後半の展開。作品の性格上、詳細に触れられないのが何とももどかしいのですが、まず事件の構図がガラリと変わるようなどんでん返しにギョッとさせられたと思えば、終盤に待ち受けるのは、それを遙かに上回る驚きの真相。
 そうか、この構成はこのためだったのか! と嘆息させられること請け合いの、見事なトリックが、そこには仕掛けられているのであります。

 実は、密室トリックとしてはかなり反則スレスレなのですが、しかしこの構成の妙だけでも十分におつりが来ます。


 そしてもちろん、歴史ものとしての色彩も、しっかりと描き込まれております。本作で潤之助の目を通じて描き出されるのは、憲法制定という一大事業を前にして、一種ささくれだったかのような感触の当時の空気と、その中心に在る伊藤博文という人物。
 今なお毀誉褒貶半ばする伊藤博文は、本作での出番はさまで多くないものの、物語の中心として、厳然と存在していることは、本作を最後まで読めば明らかでしょう。

 ただ個人的に気になったのは、結末で語られる犯人の心情に対する周囲のリアクションが、さらりと流されている点ですが――その中に作者自身の歴史観も描かれたのではないかと思えるだけに、いささか残念ではあります。

 もっとも、作品の構成を考えれば、このような形となることはやむを得ないものと言えるかもしれません。
 何よりも、今この時期に、このような内容の作品が発表されたことそれ自体が、一つの回答なのではないか…というのは、さすがに深読みのしすぎかもしれませんが。


「伊藤博文邸の怪事件」(岡田秀文 光文社) Amazon
伊藤博文邸の怪事件

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2013.11.16

「大唐風雲記 3 The Last Emperor of 漢」 時を超えた先に見た三国時代の現実

 安禄山の反乱軍から長安の人々を守るため、則天皇帝が次に目を付けたのは諸葛孔明だった。竜導盤の力で蜀に跳んだ履児らだが、孔明は多忙すぎて会うことができない。一計を案じ、過去の彼に恩を売るためにさらに過去に飛んだ一行は、後漢最後の皇帝・劉協を守って旅する兄弟と出会う。

 唐代半ば、安禄山の乱が国を騒がせていた時代を舞台に、乱から長安の人々を守るために少女の姿で甦った則天皇帝と、方士見習いの履児らの時空を超えた冒険を描く「大唐風雲記」の第3弾です。
 タイトルは「The Last Emperor of 漢」。「漢」は「おとこ」ではなく国号の「かん」であります。

 これまで二度時空を超えたにもかかわらず、いまだに見つからない乱への対抗策。そんな中、盛り場での講談からヒントを得た則天皇帝は、かの大軍師・諸葛亮孔明をこの時代に招こうと思いつきます。
 かくて今回も履児とヒロインの麗華に則天皇帝、李白と楊貴妃、上官宛児(の幽霊)といういつものメンバーが集まり、時空を超える不思議なアイテム・竜導板で蜀に跳んだのですが、蜀の宰相閣下にほいほいと出会えるわけもありません。

 ここで一行は、過去の孔明に恩を売るため、彼がかつて命の危機にあったという時と場所に跳ぶのですが――辿り着いた先は、董卓の死後、彼の保護下に置かれていた後漢十四代皇帝・劉協を、董卓の部下だった武将たちが奪い合う戦場。
 そこで履児たちは、混乱の中から劉協とその后を救出し、曹操のもとに送り届けようとする大龍・小龍の兄弟と出会います。
 堂々たる体格で武術の達人の大龍、方術を操り優れた頭脳を持つ小龍、まだ若いながらも諸将の軍を巡りその人ありと知られてきた二人は、今後の中原を託せる者の候補として、曹操に目を付けていたのでありました。

 行きがかり上、兄弟や皇帝と同行することになった履児たちは、追撃してくる軍から必死の逃避行を続け、ついに曹操と対面するのですが、彼が見た曹操の姿は――


 もともとそういう設定だったとはいえ、「過去の名将に頼ろう」と孔明を持ち出してくる辺りはちょっと架空戦記的な印象を受けますが、しかし実際に物語が展開されるのは孔明が活躍するよりも前の時代というひねりが楽しい本作。
 ストーリー展開的にはほぼ逃避行一本でシンプルではありますが、それだからこそ、その中に浮き彫りになるプレ三国時代の混沌と、皇帝すら例外ではなくその中で翻弄される人々の姿は、綺麗事でなく印象に残ります。

 そもそも履児たちが三国時代に向かったのは、先に述べた通り講談を聴いたのがきっかけなのですが、言うまでもなくそれは「演義」の世界。既に唐代ですらエンターテイメントの題材となっていた三国志の世界――迫る戦争に危機感を募らせる彼らですら、戦争を娯楽として消費するという皮肉!――の、いわばナマの側面が、その講談と対比されるように履児の前に展開されるという構成もなかなか巧みに感じます。
(さらにそれがラストで孔明と対面した彼らの選択に繋がるというのもいい)

 ただし、前作まで――というより特に第1作が――時空を超えた先と「現在」との結びつきを踏まえた上での物語であったのに対し、本作は「現在」との結びつきが、その虚構と現実というレベルに留まっているのがやはり物足りない。
 そのために、厳しいことを言ってしまえば時空を超えた先での冒険が一種の他人事に感じられてしまうのですが…


 いまだ長安を救う術は見つかっていない中、この辺りを解消した続編は…さすがに難しいのでしょう。
 なかなかに異彩を放つシリーズであっただけに、やはり残念に感じます。

「大唐風雲記 3 The Last Emperor of 漢」(田村登正 メディアワークス電撃文庫) Amazon


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2013.11.15

「紅蓮楼 ヨコハマ居留地五十八番地」 手首と石とがもたらす因縁の果てに

 横浜税関の倉庫から、蝋漬けの干からびた手首が見つかった。さらに何者かが税関に忍び込み、その手首が納められた箱を盗み出してしまう。一方、「時韻堂」の芭介のもとには、若返りの力を持つという楽園石を探して欲しいという依頼が来ていた。二つの出来事は意外な形で結びつくことに…

 明治中期の横浜居留地に開かれた西洋骨董店「時韻堂」の主人・深川芭介と、彼の友人たちが奇怪な事件に挑む「ヨコハマ居留地五十八番地」シリーズの第3弾にして完結編であります。

 今回の事件の発端は、そそっかしい税関職員が倉庫の積み荷を崩した中から出てきた蝋漬けされ、干からびた不気味な手首。その手首を管理することになったのは税関職員で芭介の友人・田汲ですが、その晩に税関に何者かが忍び込み、手首の納められた箱を盗み出したこおで、彼は管理責任を問われることとなってしまいます。
 しかし、箱を盗んだと思しき男が何者かに殺害され、箱とともに海に浮かんでいたことから、事件は(田汲に責任を被せて)終わったかに見えるのですが…

 そして、芭介の方にも奇妙な依頼が。商売っ気があるのかないのか、飄々と「時韻堂」を営む芭介ですが、その職業と顔の広さから、度々奇妙なもの探しを依頼を受けることがあり、前作もそれが事件の発端となったのですが――
 今回の依頼は、かつて横浜で作られていたという、若返りの力を持つという謎の楽園石。なにやらいわくありげな客からの依頼を受けて調べ始めた芭介ですが、以来彼の周囲には怪しげな影が見え隠れすることに。

 手首と秘薬、一見全く関係ない二つの事件は意外な形で結びつき、芭介と田汲の共通の友人である税関職員・高澤も巻き込んで(というか彼も実はこの事件に大きな責任を持つのですが…)、事件はシリーズ全体のクライマックスへと突き進んでいくこととあります。


 今回の事件のキーアイテムの一つである手首の正体については、オカルト好きの方であればすぐにピンとくるかと思いますが、作中で芭介たちがその正体を探る手段が、シリーズではお馴染みのあの道具というのは、なるほど(いささか悪趣味かもしれませんが)これ以上ぴったりのものはなく、実に面白い。
 そしてその手首を横浜にもたらした存在も、ある意味実にメジャーではあるのですが、この時期の横浜であればあり得ない話ではなく、納得であります。

 もう一つの楽園石の件も含めて、それぞれの事件はそれほど複雑ではないのですが、そこに運命の悪戯と言うべきか天の配剤というべきか、様々な人間の思惑が絡んだ挙げ句に実にややこしいことになるという展開も楽しい。
 そしてシリーズ全体の幕引きとしても、なるほどこれならば仕方ない(?)という趣向で、まずは納得であります。

 本作のみならず、シリーズ全体を通して見ても、もの凄い傑作というわけではありませんが、安心して楽しめる作品であったと思います。


 …と、前作であまり安心できなかった男同士のいちゃいちゃ要素は、本作ではだいぶ薄くなった印象で、これはこれでバランスが取れたと言うべきでしょうか。
(芭介が「彼」を選ばなかったのは、今回の一件で人に迷惑をかけまくった制裁…というのはうがった見方に過ぎましょうが…)



「紅蓮楼 ヨコハマ居留地五十八番地」(篠原美季 講談社X文庫ホワイトハート) Amazon
紅蓮楼 ~ヨコハマ居留地五十八番地~ (講談社X文庫―ホワイトハート)

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2013.11.14

「新笑傲江湖」第2話 東方不敗、妓楼に笑う

 いきなり過去編から始まって驚かされた「新笑傲江湖」。今回の途中から時間軸は本編のものとなりますが…本作の(東方不敗の)恐ろしさをここで我々は知ることになるのです。

 教主・任我行を排し、自らが教主となった東方不敗。任我行の娘・任盈盈は、彼が父にしたことを知りつつも、今はそれを胸に秘め、父が秘蔵していた奥義書・葵花宝典を差し出すことで命を繋ぐことになります。
 ここで、かつて彼女が、何故葵花宝典ではなく吸星大法を会得するのかと尋ねたのに対し、任我行が「吸星大法は太陽が星を引きつける力、葵花宝典はその太陽を追いかける向日葵に過ぎん」というようなことを答える回想シーンが入るのがなかなか面白い。
 もっとも、この説明だと吸星大法は重力を操る技のようではありますが…

 さて、葵花宝典を読んだ東方不敗は、部下に命じて女性を連れてこさせます(今まで女に興味なかったのに、などと言われているところを見ると、東方不敗はもともとそういう男性だったのかも…)。それからどれほど経ってか、東方不敗のもとを訪れた任我行の腹心だった向門天が見たものは――女性たちと笑いさざめく(女子会真っ最中の)東方不敗の姿。女性たちを連れ込んで東方不敗が行っていたのは女子力アップの修行であったか、胸まで膨らんで完全に女性化した東方不敗に向門天は(そしてこちらも)冷や汗タラリ、であります。

 さて、そこで何の説明もキャプションもなく、舞台はいきなり10年後の華山へ。ここでようやく主人公たる令狐冲が登場するのですが――まず描かれるのは、師匠の娘の岳霊珊や弟分の陸大有とともに、学問の師匠をいびって追い出すという何とも締まらない姿。怒った師匠に尻叩きの刑を受けても、尻にあらかじめクッションを入れておいたり、じつにしょうもない(しかしまあ彼らしくもある)やんちゃっぷりを披露してくれます。

 さて、麓の街まで買い出しに出かけることになった三バカですが、中でも陸は密かに貯めた金を持って、(もちろん岳霊珊は置いて)女の子のいる店に行こうと言い出すダメ人間。女の子よりも酒が気になる令狐冲もそれに乗って、出かけていった巨大妓楼では…

 遣り手婆の「武術界最強は東方不敗ですが、この店にいるのは花柳界の東方不敗!」的なアオリとともに派手に姿を現したのは――おい、本物の東方不敗じゃないですか! この展開はさすがに予想できなかった、というより、正直に申し上げて頭おかしいです。

 と、いわば店の太夫クラスらしい彼女は、これと目を付けた男を部屋に引っ張り込むのですが、実は相手は武林の男。密かに近づいて食事に毒を盛ってやるのだと、得々と(しかしこちらがツッコみたくなるほど穴だらけの)東方不敗討伐策を語る彼ですが、東方不敗に一撃で殺された上、死体は謎の粉で溶かされてしまうのでした。
 どうやらこの店、東方不敗の趣味(意味深)と実益を兼ねた場所のようです。

 さて、そんな東方不敗に目を付けて、アフターにストーキングする二人組こそは、予想通りのやられ役・青城派の青城四秀(のうち二人)。相手の正体も知らず絡む二人ですが、そこに駆けつけたのはもちろん令狐冲。彼が二人を翻弄する間に(あと、西方失敗を名乗って岳霊珊が乱入してきたり)その場を逃れた東方不敗ですが、もちろんこれは今後のフラグでありましょう。

 そして本拠(?)に帰った東方不敗は侍女が出した食事に手を付けるのですが…その中には毒が! ってあなた何普通に引っかかってるんですか、とこちらがツッコんでいる間に、侍女はその背後にいた嵩山派の男に首尾を報告。しかし明らかに彼女の存在が邪魔になった男は彼女を殺そうと…

 が、そこに現れて男に点穴したのは東方不敗。彼女にとって毒などものの数ではないということか、いずれにせよ女には優しそうな彼女は、侍女に対して男を殺せば許してやると語ります。
 しかし侍女が刃を振り下ろしたのは自分の身。本気で誰かを愛した自分は幸せだったと語る彼女の言葉をどれだけ真面目に聞いたかはわかりませんが、刃物を持った彼女の亡骸をぶつけて男の命を取る辺りは、実に東方不敗らしくて良いと思います。

 一方、華山に帰ってきた令狐冲は岳霊珊とのんきに冲霊剣法の開発に励んでいたのですが…そこに青城派から苦情の手紙が来たことで、師匠が苦虫を噛み潰したような顔になったところで以下次回。


 と、色々と小技を効かせた展開・描写もあってそれなりに面白かったのですが、全てを持っていったのは妓女になってた東方不敗。どう考えても彼女が今後の台風の目になりそうですが、色々な意味で盈盈の最大最強の敵になりそうですな…


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2013.11.13

「真・餓狼伝」第3巻 明治の武術に人が求めるもの

 明治中期を舞台に、ひたすらに強さを求める男たちの激突を描く「真・餓狼伝」、一時期連載中断しておりましたが最近復活し、ここに単行本も第3巻が発売されました。この巻の前半では、物語の冒頭から描かれてきた丹波文吉と前田光世の死闘もついに決着。後半では新たなる強敵が出現することになります。

 隆盛著しい講道館柔道に対し闇討ちを繰り返してきた丹水流の丹波文吉。迎え撃つべく満を持して出陣した前田光世と全く互角の死闘を展開してきた文吉は、ついに奥義の一撃を放ち、前田を倒したかに見えたのですが…
 最後の力を振り絞って文吉を投げ、固めた前田。完璧に決まった技から抜け出すために文吉に残された手段は――

 寝技を得意とする相手に固められた主人公が、いかにこの窮地を脱するか、というのは、ある意味格闘技ものの定番展開ではあります。
 単純な力では抜け出すことができない(や、抜け出す人間もたまにいますが)技からいかにして抜け出すかというのは、そのキャラクターの技やテクニック、果ては戦いのスタイルまでを表現する手段とすら言えますが、さて道場での試合ではなく路上での死合で、いかに文吉は抗するのか、と思いきや…

 ここで描かれたのは、表面的に見れば、極めてプリミティブな、それだけに極めて有効な手段を巡る攻防です。
 しかしその水面下で展開していたものは、文吉という武術家が、戦いの先に何を求めるのか、何を目指すのかという、大げさに言えば思想の問題でありました。

 そしてその結果は、「餓狼伝」の名を冠する作品としては、一見、いささか意外なものと感じられるかもしれません。しかし、本作においては――明治という、武術の有り様自体が変容していく時代においては――これでよいのだ、と私は感じます。
 殺し合いの技術をぶつけ合うのではなく、その先へ…それは奇麗事に見えるかもしれませんが、この「真・餓狼伝」という作品がこの時代を舞台に描かれる意味が、ここにあったというのは考えすぎでしょうか。

 そしてこの文吉の決断の陰に、あの武術家らしくない武術バカというべき、愛すべき父親の姿があるのがまた微笑ましい。
 文吉が講道館を狙う因縁という点も含めて、やはりこの父子の関係が、明治の武術というものの一種の象徴の意味も含めて、本作を動かしていくのでありましょう。


 そして後半では、舞台を過去に移して、文吉とは同門でありつつも、剣の技に固執する黒岡京太郎が登場。
 侍の技としての剣に文字通り命がけのこだわりを見せる彼は、明治にあっても時代錯誤以外のなにものでもないのですが、しかしそれだけに、これまで描かれてきたのとはまた別の意味で、明治の武術のあり方というものを感じさせます。
(しかし、彼と警視総監が室内で真剣で斬り合うシーンは、何度見ても妙なおかしさがあるのですが…)

 端から見ると剣呑極まりない京太郎ですが、おそらく、いや間違いなく彼と文吉は激突することでしょう。
 気になるのは、「現在」の彼にはあって過去の彼にはない頬の傷ですが――

 いずれにせよ、両者の対決からは、再び明治における武術のあり方と、武術に人が求めるものの姿が浮き彫りになるはずだと、今から期待しているところです。


「真・餓狼伝」第3巻(野部優美&夢枕獏 秋田書店少年チャンピオン・コミックス) Amazon
真・餓狼伝 3 (少年チャンピオン・コミックス)


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2013.11.12

「宿神」第4巻 すべては人の心とともに

 この世のあらゆるものに宿るという宿神を見ることができる西行の目を通して、平安時代末期の動乱を描く夢枕獏の大作「宿神」も、この第4巻でついに完結。第3巻では保元の乱までが描かれましたが、この巻では続く平治の乱からが語られることとなります。

 天皇・貴族・武士それぞれを二分して行われた保元の乱。しかしそれも次なる乱の序章に過ぎなかったと言うべきでしょうか、その数年後には、信西・平清盛と藤原信頼・源義朝による平治の乱が勃発し、その結果として清盛が全ての権力を握ることとなります。

 本作の主人公・西行は、この清盛の若き日からの親友。出家したとはいえ、清盛との親交は続くのですが――しかし西行の立場は、決して彼にのみ偏るものではありません。
 清盛とは微妙な関係にあった後白河法皇とは、芸術・美を愛するという共通点――そしてもう一点、法皇もまた「あれ」を感じることができるのですが――から結びつき、さらには保元の乱でその後白河法皇と対立した崇徳上皇とも心を通わせる西行。

 そんな彼の立場は、まさに平安時代の結末の――言い換えれば、清盛らその時代を生きた人々の生き様の――見届け人と言うべきでありましょう。
 この後に続く清盛の栄華と死、そして源平の合戦の末をも、西行は見届けることとなるのですから…


 実のところこの最終巻は、伝奇ものを求める方にとっては、やや不満があるかもしれません。この巻では宿神を巡る物語、宿神を描く描写は抑えめで、これまで以上に歴史を語ることに比重が置かれ、西行自身の物語もそれほど多くは語られないのですから。

 しかし、そうした点はあるにせよ、本作は間違いなく面白い。敵味方がめまぐるしく入れ替わり、そしてその栄枯盛衰も一時のものにすぎない平安末期の混乱が、西行という一種透明な存在を通すだけでこれほどクリアに、そして物語性豊かに見えるものかと、素直に私は感心いたしました。

 もちろん、西行が基本的に見届け人に過ぎない点を残念に感じる向きはあるかもしれません。
 しかし、最後の最後に用意された、西行の「あの伝説」をモチーフとしたとおぼしき強烈なエピソードにあるように、宿神がどれほどの不思議を見せようとも、結局それが現実を変化させることはないのと同様、西行もまた、現実に、歴史に影響を与えることはできないのですから…

 しかし――矛盾して聞こえるかもしれませんが――それは西行自身が、いや我々人間が全く無力な存在であることを意味するものではありません。
 西行が強く持っていたもの、そして我々が大なり小なり持っているであろうもの…それは、それ自身で意味を持つのではなく、ただそこにある宿神――それは存在とも生命とも言い換えてよいと思いますが――の中に、意味を見いだす力であり、その心です。

 その最たるものは、作中で語られているように、虚空から「 美」を取り出す心、まさに「もののあはれ」を感じる心でしょう。しかし見いだされる意味は、「美」にとどまらず、人それぞれに異なることは、本作において西行がその生き様を見届けた者たちの姿からも明らかであります。

 言い換えれば本作は、己の生に意味を見いださんと必死にあがいてきた者たちの物語であり――それゆえに、静かな筆致でありつつに、これほど内容豊かな物語なのだろうと…そう感じた次第です。


「宿神」第4巻(夢枕獏 朝日新聞出版) Amazon
宿神 第四巻


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2013.11.11

「鬼舞 見習い陰陽師と応天門の変」 ついに交わる史実と虚構

 都を次々と襲う怪事に陰陽師(見習い)たちが挑む「鬼舞」シリーズも、いよいよ現在進行中の「呪天編」がクライマックス。敵の正体と狙いがいよいよ明らかとなる一方で、主人公・道冬は周囲の状況と自分の中の得体の知れぬ力に振り回される一方ですが…

 自分の娘を帝に嫁がせようとする貴族たちの熾烈な入内争いが展開する中、その候補者たちを襲った凶暴なスズメバチの群れ。
 実はこのスズメバチ、かつて民間陰陽師の手により火の宮を狙って行われた犬蠱の犬の肉を喰らい、その呪いを取り込んだものなのですが…

 ある意味自然現象的に誕生したこの呪いの虫を、都を騒がす鬼――呪天が手に入れたことで、いよいよ事態はややこしいことに。
 強い負の念を持つ者を鬼に変える力を持つ呪天により、鬼と化したスズメバチ。その魔力に操られ、堀河の関白は次第に常軌を逸した言動を見せるようになっていくのであります。

 そんなこととはつゆ知らず、身辺警護の名目で女装させられ、女童の「冬路」として中宮のもとに通うことになった道冬。帝に見初められて入内させられそうになるわ、天敵の学生・大春日と何となく微妙な雰囲気になるわ…と、相変わらずの愛され体質(ただし人間の女性除く)であります。

 いや、それはさておき、この「鬼舞」という物語の冒頭から描かれ、そして前作においてようやくその存在が明確に描かれるようになった道冬の中の「漆黒」は、この巻でも不気味に蠢動。ともすれば自分の意思を無視して発動しかねないこの力に、いまだ彼は振り回される状況にあります。
 そして、その力に引きつけられた呪天は道冬に接近、自分の過去を語り始めるのですが――そこで本作のタイトルに繋がっていくことになります。

 歴史上の人物が多々登場するものの、これまで(おそらくは意図的に)史実との関わりを描いてこなかったこの物語において、ついに描かれ始めた史実との関わり。
 そこに描かれる怨念の系譜は、これまで時に物語の遠景として、時に(特に最近は)物語の舞台として描かれてきた、藤原氏による摂関政治の、その暗部にまつわるものであります。

 非常に生々しく、厳然たるこの「史実」に、道冬ら陰陽師見習いたち、そして呪天ら鬼たちといった「虚構」がどのように切り込んで見せるのか。
 物語の本筋はもちろんのこと、こうした構造にも興味を持っているところであります。

 それにしても、冒頭で触れた通り「呪天編」はいよいよクライマックス、次巻で完結とのことですが――この展開で、あと一冊で終えることができるのか、その辺りも大いに気になるところ。
 呪天との決着は、道冬と漆黒の対峙は、そして晴明と道満の過去は…どこまでが明らかになるかわかりませんが、クライマックスにふさわしい展開を期待しているところです。


「鬼舞 見習い陰陽師と応天門の変」(瀬川貴次 集英社コバルト文庫) Amazon
鬼舞 見習い陰陽師と応天門の変 (鬼舞シリーズ) (コバルト文庫)


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2013.11.10

「桃時雨 ヨコハマ居留地五十八番地」 鬼と香炉と桃が導く先に

 横浜居留地で西洋骨董店「時韻堂」を営む深川芭介が、ある晩、店で好事家たちと行った交霊会。そこで呼び出されたものは、不穏なメッセージを残す。数日後、芭介は参加していた陶工から、ある香炉探しを依頼される。一方、税関に勤める芭介の親友・高澤の部下・田汲は、不思議な夢を見るように…

 明治中期の横浜居留地を舞台に、西洋骨董店を営む美貌の店主と仲間たちが不可思議な事件に巻き込まれる姿を描く「ヨコハマ居留地五十八番地」シリーズの第2作です。

 主人公・深川芭介は、歌舞伎役者のような整った風貌に西洋の血を感じさせるハーフの美青年。上に述べたように彼の本業は骨董商ではありますが、どこまでやる気があるのか、常に飄々とした態度を崩さず、それでいて三菱財閥の生みの親・岩崎弥之助などとも親しいという謎めいた人物であります。
 そんな彼の店に客でもないのに入り浸っているのは、横浜税関にその人ありと知られる俊英・高澤輝之丞。前作はこの二人が中心となりましたが、本作ではそこに高澤の部下で上司には似ぬクールな青年・田汲直ノ介も加わり、この三人がそれぞれの立場から、共通の事件に別々の角度から巻き込まれていく、という趣向であります。

 芭介が店の客人である好事家たちに頼まれ、ある晩行った交霊会でプランシェット板(西洋こっくりさん)が語った言葉。それは「われ、鬼になる」という、なんとも恐ろしげなもの。
 そしてその言葉に心当たりがあったのは、その場にいた陶工の老人――彼はかつて、実の息子とその友人のために全ての家財と娘を失った子爵夫人の依頼で、彼女の血を練り込んで鬼の香炉を作っていたのであります。
 交霊会でのメッセージがこの香炉にまつわるものだと考えた陶工の依頼でその香炉を探すこととなった芭介は、何かに引き寄せられるように、「鬼」に追われているという男と出会うことに…

 一方、税関の倉庫で陶製の桃を拾い、何の気なしに手元においていた田汲が夜ごと見るようになった、桃の花が咲き乱れる中に立つ花魁の夢。彼女に惹かれていく田汲は、徐々にやつれていくようになります。
 さらに高澤の方は、税関の倉庫から美術品が盗まれるという事件を追ううちに、香炉を骨董品屋に持ち込んだという男の存在を知ることになります。

 かくて三人三様に事件に巻き込まれた芭介たちは、やがて自分たちの関わっているそれが、一カ所に集約されることに気づくのですが…


 本作はいうなれば一種の時代ミステリかと思われますが、物語の中心となる過去の因縁についてかなり早い段階で明かされ、その後の事件との関わりもわかりやすいため、謎解きという点ではあっさりめではあります。
 しかし一見バラバラの出来事が一つに結びついてそこに一つの悲劇が浮かび上がるという構成はよく出来ていると感じます。そして何よりも、前回はほのめかす程度だった超自然的要素をはっきりと(と言っても雰囲気に破綻を来さない程度に抑制的に)取り入れることで、雰囲気を高めるとともに、より自然に物語が展開している印象があります。

 ただ難を言えば、メインの野郎3人の関係が明らかに狙ってきているのが、鼻につくところではあります(おかげで本来であればヒロイン的な立ち位置のはずの女性キャラの影が薄く…)。
 これはまあ、レーベル的に仕方ないのかもしれませんが、物語的にはなくても成立できるだけに…という印象ではありました。

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桃時雨 ~ヨコハマ居留地五十八番地~ (講談社X文庫―ホワイトハート)


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2013.11.09

「新笑傲江湖」第1話 まさかのエピソードゼロ!?

 先日よりチャンネルNECOで「新笑傲江湖」の放送が開始されました。その大胆なアレンジっぷりから武侠ものファンを恐慌させている本作ですが、ようやく私も見始めました。が…第1話からのいきなりオリジナル展開にさすがに仰天、まさかエピソードゼロが描かれるとは…

 正派と邪派の対立とそれぞれの内部の権力闘争を縦糸に、伝説の奥義・辟邪剣譜の謎を巡る暗闘を横糸に、その只中に巻き込まれた快男児・令狐冲の苦闘を描く「笑傲江湖」。
 実はこの令狐冲、原作では登場はしばらく後になるのですが、それは今回のドラマ版も同じ…といいたいところですが、本作においては彼が登場する10年前から物語が始められることとなります。

 日月神教との決戦のため、その本拠・黒木崖までやってきた五岳剣派。しかし黒木崖は難攻不落、崖の上にまで上るのすらほとんど不可能に近い状況で、教主・任我行は五岳剣派を意にも介さず己の修行を続けるばかり。
 …が、その代わりというわけでもありますまいが、崖の上からメアリー・ポピンズもびっくりの傘パラシュートで降りてきたのは教主夫人。彼女は五岳剣派に攫われたという娘・任盈盈を取り返すためにやってきたというのですが、五岳の達人に敵うはずもなく、捕らえられてしまいます。というより、五岳剣派にとってもこれは寝耳に水の話なのですが…

 実はこれは副教主たる東方不敗の陰謀、任盈盈をさらったのも、その罪を五岳に着せたのも、そもそも五岳との争いも、みな彼の陰謀…そして同じ母という立場から、華山派総帥の妻・寧中則に逃がされた教主夫人をも殺害した東方不敗は、その罪を五岳に着せ、さすがに怒った任我行は五岳と激突!
 一人で五岳の達人たちと互角以上の勝負をしてのける任我行は、得意の吸星大法で、おそらく五岳最強の左冷禅をも追い詰めるのですが…ここで何故か動きを乱した任我行は撤退してしまうのでした。

 実はこれこそは吸星大法の弱点、様々な人間の気を吸収してしまうが故に、それが体内で暴走寸前となってしまった状態。本拠に戻った任我行は、名医・平一指(!)に、これ以上の内功の使用を禁じられるのですが、そこに現れたのが、ぬけぬけと自分が助け出したと称して、意識を失った任盈盈を抱えた東方不敗であります。

 愛娘の意識を取り戻すために、暴走寸前の状態で内功を注ぎ込む任我行。しかしそこで後ろから東方不敗の一撃が彼を襲います。均衡を失った内功により暴走し、周囲をなぎ倒しながら暴れ回る任我行。東方不敗はそれを周囲に乱心と言いつのり、任我行を頑丈な檻に閉じ込めると、彼を幽閉してしまうのでありました(ここで任我行を捕らえるために上が高く開いた細長い通路に誘い込み、上から檻を落とすという手段が妙におかしい)。

 任我行派の疑いも空しく、異常に手回しの早い東方不敗により教団は掌握され、東方不敗は高らかに笑うのでありました…
 にしてもこの本拠、マヤ風の石柱に日本風の城が聳える異空間。そこに四方八方から赤い反物が投じられるビジュアルを何と表すべきか…


 閑話休題、冒頭に述べたとおり本編より時間を遡ったところから始まったこの「新笑傲江湖」。原作の印象が強いので驚かされましたが、考えてみれば、冒頭で過去話が描かれるというのは、武侠ものでは定番の構成であります。
 さらに今回描かれたのは、原作では詳細が触れられず、結果として語られるだけだった任我行が幽閉され、東方不敗が教団を壟断するまでの物語。その内容もなかなかよくできており、なるほど、これならばあの任我行もはめられるわけだわい…と納得であります。

 が、猛烈に違和感を感じてしまうのは、CG過多の画面作りと、あまり印象に残らない俳優陣であります。
 上で触れた日月神教本拠のように、異常にカラフルな上、ほとんどゲーム画面のような現実感のない背景はリアリティというものに欠けますし、肝心の格闘シーンもCG加工でごまかされている印象があります(左冷禅役の胡東のように、ちゃんと動ける役者もいるのですが…)

 また役者の方は、10年前という設定を踏まえても若すぎる(特に莫大先生が年寄りでないのは…)のと、言われないとどのキャラクターかわからない点がやはり不満であります。
 もちろんこれは、今後見慣れていくにつれて解消していくのでありましょうが…

 と、そんな中で一人異常に目立っているのは、ほとんど今回の主役であった東方不敗。行動もさることながら、どう見ても美女にしか見えないそのビジュアルはインパクト十分。
 って、この時点の東方不敗は男では…ラストでは口紅塗ってご満悦でしたが。

 などというツッコミも、第2話では空しくなるのですが…


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2013.11.08

「虎と月」 少年が見た父と名作の真実

 虎になったという父をもつ十四歳の「ぼく」は、父の血を引く自分も、いつか虎になるのではないかという恐れから、父が何故虎になったのかを知るための旅に出た。虎になった父と父の友が出会ったという南に向かった「ぼく」は、そこで曰くありげな村人たちと出会うのだが…

 「隴西の李徴は博学才穎」で始まる中島敦の「山月記」を、高校時代の現国の授業で読まれた方は想像以上に多いのではないでしょうか。
 虎になってしまった男・李徴が、かつての友と出会い、言葉を交わす――非常にシンプルではありますが、中国の「人虎記」をベースにしたファンタジックかつ不条理な物語と、様々な読み方ができる寓意的な内容は、不思議と心に残るものがあります。

 本作は、なんとその「山月記」の続編というスタイルのユニークな物語。それも、虎になった李徴の息子である「ぼく」を語り手にした、一種のミステリだというのですから、これは大いにそそられるではありませんか。

 父が虎となって消えた後、苦しい生活を送った「ぼく」と母(李徴の妻)。虎になった父と言葉を交わしたという父の友からの援助を受け、何とか暮らせるようになった母子ですが、ある日、「ぼく」が喧嘩で隣村の連中をたった一人、無我夢中のまま叩き伏せてしまったことで、周囲の彼をみる目はにわかに冷たくなります。

 父のように自分もいつか虎になってしまうのではないか――そんな想いに駆られ、父が虎になった理由を知るため、母を置いて一人旅立つ「ぼく」。事情を知っていそうな父の友は不在だったため、二人が出会った山に近い南の村に向かった「ぼく」は、そこで奇妙によそよそしい村人たちや横暴な役人、謎の匪賊に出くわすのですが…


  もともとごく短い作品である「山月記」。本作はその原典に様々な肉付けを行い、物語世界を広げ、深めていきます。そしてその中で最も重要なのはおそらくその時代背景――というより、それがもたらした社会情勢でありましょう。
 本作の時代設定は、かの安禄山の乱から十数年後…既に乱は終息したものの、反乱により都が侵されたという事実がもたらした変化は決して小さくなく、都に、地方に、騒然とした空気が漂う時代であります。
(ちなみにこの時代設定、原典で李徴が科挙に合格したのが「天宝の末年」とあるのに矛盾しない設定であります)

 言ってみれば絶対と思われていた秩序が侵され、社会のたがが緩んだ時代――その地方における影響は、匪賊の跳梁よりもむしろ役人の横暴に見られることを本作では描き出します。
 「苛政は虎よりも猛し」というのは「礼記」の有名な言葉ですが…


 と、大事なことを忘れておりました。本作は理論社の青少年向けミステリ叢書「ミステリーYA!」の一冊。すなわち、本作もまた、ミステリなのであります。そう、本作は何故李徴が虎になったのか、という謎を、論理的に解いてみせるのです。

 李徴が友に残したという律詩。虎になってしまった男の想いを語るこの詩を、わずか一文字変えただけで、本作はそこに秘められた真実を浮き彫りにします。
 そしてそれが上で触れた時代背景と結びつく時――そこに描き出されるのは、もう一人の李徴の姿と、そして彼と友の切なくも熱い友情なのです。


 名作を題材としつつも、歴史的背景を掘り下げた上で人間社会の暗い部分をえぐり出し、その上であったかもしれない真実をミステリとして浮かび上がらせてみせる…そしてその上で、少年の成長物語を成立させてみせる。
 さらに一ひねりしてみせた結末も含めて、いかにも作者らしい一筋縄ではいかない、しかし美しい作品であります。


「虎と月」(柳広司 理論社ミステリーYA!) Amazon
虎と月 (ミステリーYA!)

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2013.11.07

「信長の忍び」第7巻 くノ一、比叡山に地獄を生む

 現在、信長の若き日の姿を描いた「尾張統一記」、さらに黒田官兵衛、あるいは伊達政宗を主人公とした作品を連載し、既に戦国四コマ界の第一人者の感がある重野なおきの代表作たる「信長の忍び」の最新巻であります。この巻では信長の比叡山焼き討ちが描かれるのですが…いやはや驚かされました。

 浅井・朝倉軍を助けるなど、これまで幾度も信長と敵対してきた比叡山。その比叡山に対し、信長はついに全山焼き討ち、僧侶はもちろんのこと、女子供も一人残らず斬ることを命じます。
 言うまでもなくこれは歴史上の大事件ではありますが、あまりに刺激的なこの事件を、本作はどのように描いたのか?

 …それは一言で表せば真っ正面から。真っ正面から、千鳥が信長軍の一人として――いや、急先鋒として、大虐殺を行っていく姿がここでは描かれるのであります。

 正直に申し上げれば、本作においては新説(実は焼き討ちはそこまで酷いものではなかった、というような)を採用したり、あるいはギャグを交えてインパクトを弱めるのではないか、と読む前は思っておりました。
 しかし実際には、ギャグもほとんどなしに、ただひたすら千鳥が僧兵たちを、いや武器を持たぬ学僧や、そこにいただけの遊女たちを容赦なく虐殺していく姿が描かれていたのです。

 しかしこれは言うまでもなく、私があまりにもあさはかだった、というより本作をなめていたという べきでしょう。
 本作は四コマギャグの形式でありつつも、あくまでも歴史に対して真摯に向かい合い、そして人の生死を含めて、戦国という時代の有り様を――もちろん本作ならではの形ではありますが――真摯に描いてきたのですから。
 その本作が、ここでだけ逃げを打つわけもなかったのであります。

 しかし、どれほど自分の行為に心を痛める描写が描かれているとはいえ、さすがに信長の天下統一――彼女にとってそれは「平和」と同義ではあるのですが――という大義名分の下に、少女が無惨な殺戮を繰り返し、比叡山に地獄を生み出す姿には、複雑な想いを抱いたのもまた事実。
 いや、千鳥が殺戮の最中も、そしてその後も、信長の存在に己を委ねているからこそ、本当に彼女は間違っていないのか、という疑問が、本作を読んでいて初めて浮かんできたのですが…

 極端なことをいえば、本作において彼女は一種の狂言回し、あるいは目撃者とでも言うべき存在。その意味では(信長が殺戮の後に千鳥にかけた言葉とは別の意味で)彼女の行為はそのまま信長の行為であり、深く考えるべきものではないのかもしれません。
 しかし信長がこの後もいよいよ苛烈な行いを見せることを考えれば、千鳥個人の想いもまた今後掘り下げて欲しいと強く感じた次第です。


 …と、比叡山の話ばかりになってしまいましたが、この巻の後半では、新たなる信長包囲網の中心を成す存在として、あの武田信玄がついに姿を見せることとなります。
 これがまた、いかにも本作らしい面白強烈なキャラの上に、彼を支える四天王をはじめとする家臣たちもまた個性的。
 そして以前からちらほらと姿を見せていた謎のくノ一――その名は望月千代女!――も本格的に登場し、千鳥のライバルとしてかき回してくれそうな印象です。

 しかし個人的に嬉しかったのは、ここで信長に(一度目の)反旗を翻す松永久秀が、実に「らしく」も格好良く描かれていたことであります。
 千鳥の前では完全にスケベオヤジな姿を見せつつも、要所要所で並々ならぬ眼力を持つ切れ者、野望の男として描かれていた久秀の晴れ舞台というべき裏切りっぷりが、ここでは実に見事に描かれているのであります。


 さて、着々と包囲網がせばまる中、信長は、千鳥は、家臣たちはどのように動くのか。この巻のラストでは、いよいよ三方原の戦の前夜となりますが――ここでも歴史漫画として、様々な意味で容赦ない展開を期待したいところであります(まずは家康さんに対して)。


「信長の忍び」第7巻(重野なおき 白泉社ジェッツコミックス) Amazon
信長の忍び 7 (ジェッツコミックス)


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2013.11.06

「帝都月光伝 Phantom of the Moon」 呪いの舞台と幻の歌声

 主役に抜擢された女優が次々と謎の不幸に襲われるという幻の舞台「宵の歌姫」を雑誌で取材することとなった御山さくら。さくらが担当する作家であり、月神に仕える戦士というもう一つの顔を持つ祀月令徒は、その背後に「敵」の存在を感じる。一方、さくらは公園で不思議な男の歌声を聴くのだが…

 戦前の帝都東京を舞台に、人の心に忍び寄る「堕ちた月の民」を狩る月神に仕える一族・祀月家と、彼らの戦いに巻き込まれた女性編集者・御山さくらの冒険を描く「帝都月光伝」の続編、シリーズ第2弾であります。

 自分が担当する人気作家・祀月令徒の元を訪れたところ、ライバル出版社の編集――というより令徒を一方的に慕う佐智枝と出くわしたさくら。おかしな成り行きから、彼女が追っているという舞台「宵の歌姫」を取材することとなったさくらですが、この舞台が実はとんだ曰く付き。
 かつて上演寸前までいきながら何故か中止となり、今その脚本が発見されて再演、いや初上演されることとなったこの舞台、主演女優が次々と不幸に遭うなど、芳しからぬ噂が相次ぎ、いったいどれが真実かわからないほどになっていたのでした。

 そんな騒動を追って忙しい日々を過ごす中、夕暮れの公園で美しい青年の歌声を聞き、言葉を交わすのですがの、青年は彼女に姿を見せることなく、そしてその声を聴いたのも彼女のみで――


 という本作、ヒロインが帝都を騒がす奇怪な事件に巻き込まれて…というシチュエーション自体は前作同様ではありますが、今回は雑誌編集者という設定を生かして、より主体的に物語に関わっている印象があります。
 さらに、彼女にのみが聴くことができる謎の歌声の存在を設定することにより、本作の事件に一ひねり加えると同時に、さらにシリーズ全体の謎にも繋がる展開を用意している点は、なかなか巧みなものだと感じさせられます。

 一方、そのおかげで(?)令徒の出番が減ってしまった感は否めませんが、今回はさくらへの想いが無意識に溢れてワタワタするシーンが面白かったので…というのはさておき、祀月家の本家の当主の登場で、祀月側にもドラマの展開があったのも面白いところでしょう(というか、その当主のおかげで令徒がワタワタしたわけですが…)。

 ライトノベル的な設定と見かけで損をしている部分はあるかとは思いますが、どのように結びつくかわからなかった数々の流れが結びつき、哀しい真実を浮かび上がらせる辺りの呼吸はなかなかのもの。
 今後の展開への引きも含めて、十二分に楽しませていただきました。


 もっとも(前回も申し上げましたが)やはりこの時代を舞台とする必然性に乏しいのがどうしても気になるところではあります。
 凌雲閣などこの時代ならではのランドマークは登場するものの、厳しいことを言ってしまえば、それを除けば現代でもやろうと思えばできてしまう話であって、その点だけはやはり気になってしまうのですが…これはまあ、特殊な読者のコメントではありますが。


「帝都月光伝 Phantom of the Moon」(司月透 角川ホラー文庫) Amazon
帝都月光伝  Phantom of the Moon (角川ホラー文庫)


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2013.11.05

「戦国武将列伝」2013年12月号(その二) 若き剣豪、その歩む先は

 前回の続き、「戦国武将列伝」12月号掲載作品の紹介であります。

「後藤又兵衛」(かわのいちろう)
 今回の舞台となるのは、備中高松城攻め。黒田官兵衛(又兵衛言うところの「黒官」)の策により、文句を言いつつも水攻めの準備に奔走する又兵衛の姿が描かれますが――今回の目を引くのは、やはり黒官が仰ぐ秀吉の存在であります。
 既存のイメージから、猿っぽさと可愛らしさを三割り増しにしたような秀吉の姿はそれだけでインパクト十分ですが、戦場に届いた本能寺の変の報を聞いてからのリアクションの触れ幅は、なるほど黒官が認めるのもわかる怪人ぶりであります
(秀吉が登場したであろう「信長戦記」を恥ずかしながら未読なのが悔やまれます)

 その一方で、その秀吉の口から、あの有岡城に幽閉されたエピソードを語ることで、飄々とした姿を見せる黒官の存外な骨っぽさを描くという手法もなかなかに巧みであります。
 と、肝心のタイトルロールが霞んでいるような気がしないでもありませんが、それは次回のお楽しみとしましょう。


「セキガハラ」(長谷川哲也)
 ついに諸将による石田三成襲撃が描かれる今回。史実では七将のところ、本作で三成を襲うのは加藤清正・福島正則・黒官なのですが…もちろんここは、黒官が思力を奪った武将たちの分もカウントしているのでしょう。
 それはともかく、本作の三成は未来視の力により彼らの襲撃は予想済み。正則は島左近が意外とあっさり撃退したものの、単身清正と対峙した三成は…
 今回語られる、清正が虎に襲われる予知を三成が黙っていた理由。清正が虎に襲われなければ、清正が異形と化すことも三成を恨むことはなかったわけですが――その理由は、未来視が絶対ではない、というより全てではない、ということを突きつけてきます。

 今回の思わぬ(?)窮地といい、未来視の穴、すなわち三成の人生の穴がいよいよ感じられてきたところですが、史実で窮地の三成を救ったあの男が、実に頭の悪くも豪快な登場をしたところで次回に続きます。


「獣」(森秀樹)
 残念ながら今回で第一部最終回。青年武蔵の彷徨を描いてきた本作ですが、ラストの舞台は関ヶ原の合戦――吉川英治の「宮本武蔵」の冒頭に登場した関ヶ原であります。
 そこで西軍に就き、ひたすら首狩りに暗い情熱を燃やす武蔵ですが…その前に現れたのは、何と父である新免無二斎。武蔵の実の母にして自分の前妻を死に追いやった父に対し、恨みの刃を向ける武蔵ですが、そこで父が語るのは、第1話で惨殺された武蔵の姉にして恋人にまつわる真実でありました。

 世の常から見れば常軌を逸しつつも、ある意味純粋だった武蔵の想い。それを打ち砕いたのは果たして誰だったのか。誰を恨めばいいのか。真実を知って父に首を差し出す武蔵ですが…と、その後の展開がこちらも愕然とするほど無惨、の一言。

 若き獣の道はいまだ無明のまま、ここで(第一部が)完というのは残念ではありますが、これまで女人の存在を通じて武蔵の道を描いてきた物語として、冒頭に登場した武蔵の姉を再び描いて終わるというのは、それはそれで首尾が整ったものではありましょう。


 と、その森秀樹は次号から「戦国自衛隊」(!)の連載を開始。さらに前号で読み切り掲載された楠桂「鬼切丸伝」も次号から連載ということで、ますますもって私好みになってきた「戦国武将列伝」。
 このままではほとんどの漫画を取り上げることになるかも…と思いつつ、それはそれでもちろん望むところであります。


「戦国武将列伝」2013年12月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 戦国武将列伝 2013年 12月号 [雑誌]


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2013.11.04

「戦国武将列伝」2013年12月号(その一) 大剣豪、その奥義は

 二ヶ月に一度のお楽しみ、リイド社の歴史・時代漫画誌「戦国武将列伝」の最新号であります。今号では「信長の忍び」の重野なおきの戦国四コマ漫画の連載も始まり、いよいよ隙がなくなってきた感のあるこの雑誌、今回も特に印象に残った作品を取り上げて紹介しましょう。

「魔剣豪画劇」(山口貴由)
 今号も巻頭を飾る絵物語も、早いものでもう第4回。今回は、日本剣法界の祖の一人である塚原卜伝ですが――やはり通り一遍の内容ではありません。
 ここで登場するのは、既に老境に入った卜伝。その卜伝を、第1回以来久々に登場の宮本武蔵が訪れるのですが…卜伝は武蔵をかつての弟子の足利義輝、あるいは子の彦四郎と思いこんで話しかける状態。そう、卜伝は曖昧になっていたのであります。

 そんな卜伝の状態に漬け込み、奥義である一ノ太刀を盗まんとする武蔵。そんな彼に対し、卜伝は奥義の心得を語るのですが…

 さながら短編小説的味わいのあるこのシリーズですが、特にその印象が強い今回。卜伝の語る内容はここでは伏せますが、卜伝に対しても、(卜伝を一見虎眼先生を思わせるキャラに造形してみせた)作者に対してもやられた! と唸らされました。
 いやはや、卑怯の達人の武蔵も脱帽するわけであります。


「政宗様と景綱くん」(重野なおき)
 冒頭で触れた重野なおきの新連載は、タイトルからわかるように、あの伊達政宗と片倉景綱(小十郎)を主人公にした四コマ。
 といってもただの二人で終わるはずもなく、本作に登場するのは、引っ込み思案な政宗とドSな景綱なのですが――

 今回は、その二人の出会いが描かれるわけですが、幼い頃の病で片目を失い、引っ込み思案な政宗を見るに見かねた父からつけられた景綱――というシチュエーション自体は史実通りですが、景綱がのっけから趣味と忠義を兼ねた(?)ドSっぷりを発揮するのが実に楽しい。

 もちろんギャグで終わらず、締めるところはきっちり締める作者らしく、ラストでは政宗と景綱、主従それぞれの覚悟が描かれることになります。
 正直なところ、今回は初回ということで抑え気味にも感じられましたが、独眼竜が誕生して、いよいよ次回からが本領発揮というところでしょうか。次が二ヶ月先というのがどうにも残念ではありますが…


 今回も長くなってしまいましたので、次回に続きます。


「戦国武将列伝」2013年12月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 戦国武将列伝 2013年 12月号 [雑誌]


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2013.11.03

「水滸伝外伝 浪子燕青」 見参、もう一つの燕青伝

 連載中に一部の水滸伝ファンを困惑させたwebコミック「水滸伝外伝 浪子燕青」が、ついに単行本化されました。連載開始時にも取り上げましたが、こうして完結したものを通して読んでみると…やはり色々な意味で印象に残る作品であります(ちなみに本作、BL要素ありなのでご承知置き下さい)。

 本作の主人公は、言うまでもなく浪子燕青。原典では天コウ星第36位・天巧星の好漢であり、浪子の名に相応しい伊達男であります。原典では北京の豪商・盧俊義にまめまめしく仕える番頭格だった燕青ですが、武術は達人クラスであるのみならず歌舞音曲にも優れ、各地の方言にも精通した――梁山泊の中でもチートクラスの好漢であります。

 が、本作で描かれる燕青は、原典とは大きく異なるキャラクターであります。本作の燕青は徽宗皇帝の男人後宮(何度見ても「ファッ!?」となるワードですな…)で寵愛される愛妾(?)なのですから…

 なるほど、燕青という好漢は、元々その盧俊義に献身的に仕えるという立ち位置的にそれっぽく見られがちなキャラクター。あの男臭い北方水滸伝ですら、(フェイクだったとはいえ)それとして描かれたのですから、ある意味梁山泊の中では一番違和感がない、とは言えますが…それにしてもあまりの直球ぶりであります。

 本作では、そんな彼が、籠の鳥としての日々を送る中、宮中に武芸師範としてやってきた謎の男・盧俊義と出会ったことから、思いも寄らぬ己の出生の秘密を知り、立ち上がる姿が描かれることとなります。
 この出生の秘密自体はなかなかに面白いものでありますし、徽宗の非道っぷりもここで際立つのですが…やはり「水滸伝外伝」を冠するのであれば、もう少し水滸伝的なくすぐりは欲しかったな、とは思います。
(このオチであれば、少しいじれば水滸伝本編に繋げられなくもないだけになおさら…)

 個人的にどうしても引っかかってしまったのは、何故燕青が盧俊義に惹かれたのかが今ひとつわからない点で、徽宗からそういう扱いを受け続けていたとはいえ、「なぜ男なんだ」という印象を受けてしまったのは、本作のような作品においてはいかがなものでしょうか。
(本作のような作品だから許される、と言ってしまえばそれまでですが…)


 とはいえ、バージョン違い水滸伝愛好者としては、その原典との違いが、もう一つの燕青伝としてそれなりに楽しめたのは事実ではあります。

 ちなみに燕青と盧俊義のほか、本作には戴宗と楽和が登場(燕順という名のキャラも出ますが…これはまあ同名別人ということで)。
 神行法と明言はされないものの高速移動を見せ、やたら悲惨な過去を背負った戴宗、笛使いのショタっ子の楽和と、それなりにキャラが立っていただけに(特に楽和の「だお」という語尾は、本当にそんな言葉使うキャラ初めて見た! と言うしかないインパクト)、それ以外の好漢も見たかった…という気がしないでもありません。

「水滸伝外伝 浪子燕青」(七重正基 双葉社アクションコミックス) Amazon
水滸伝外伝 浪子燕青 (アクションコミックス)

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2013.11.02

「百万のマルコ」 百万長者が教えてくれた自由の翼

 長い間捕らえられている囚人たちが退屈に苦しむジェノヴァの牢獄。そこにやってきたのは、おそろしくボロボロの衣をまとったマルコ・ポーロという新入りだった。囚人たちの望むまま、次々と不思議な物語を語るマルコだが、彼の物語はいつも肝心なところが不可解なままで……

 マルコ・ポーロといえば、言うまでもなく「東方見聞録」で後世にその名を残した商人にして冒険家であります。はるばるヴェネツィアからアジアに向かい、かのフビライ・ハーンに仕え、黄金の国「ジパング」の伝承を残した彼の名を知らないという方はほとんどいないでしょう。
 本作はそんな「百万長者(イル・ミリオーネ)」マルコに、新たな命を吹き込んだ快作。しかしその命というのが、全くもって一筋縄ではいかないのであります。

 物語の始まりはジェノヴァの牢獄。当時戦争の捕虜が入れられていたその牢から出るには、捕虜交換によるか、多額の金を積むしかなかったのですが――ということは、牢に残されるのは身分も金もない中途半端な面子。
 出獄のあてもなくただ狭い空間で来る日も来る日も過ごし、退屈で死にそうな連中の前に、ある日新入りとして現れたのがマルコなのですが――この人物、襤褸と見まごうような恐ろしく汚い身なりで、牢に入れられても恐れたり悲しんだりすることもなく、常に飄々とした態度を崩さない一種の怪人物。そんな彼が、他の囚人たちのために、かつて自分がフビライの下で経験した数々の冒険譚を語る――というのが本作の基本スタイルとなります。

 が、こうして彼の口から語られる13の物語というのが、また一筋縄ではいきません。
 この物語、どこからどこまでが本当かわからない(というよりどう考えてもホラ話にしか聞こえない)のですが、不可思議な風習・風物を持つ国に派遣されたマルコが、そこで絶体絶命の窮地に陥って――と思いきや、次の瞬間にはそれを見事に切り抜けたとあっさり語り、「神に感謝。アーメン、アーメン」と決まり文句で終わってしまうのですから。

 もちろんそれを聞いている囚人たちがそれで収まるわけがありません。その後にあれやこれやとその省略された部分を推理するのですが、しかし結局皆外れて、最後にマルコがあっと驚く種明かしをするというのが、毎回の流れとなります。

 何しろこのマルコの人を食ったような物語の数々が、「東方見聞録」というよりは「ほら吹き男爵の冒険」や「ガリバー旅行記」、あるいは特に聞き手の無聊を慰めるという点において「千夜一夜物語」を想わせる内容なのが実に楽しいところ。
 が、さらに楽しいのは、それぞれの物語が、一種ハウダニットのミステリとして読める点でしょう。いかにしてマルコがその窮地を乗り越えたのか――その手段は毎回実にフェアかつロジカルに(まあ、例外っぽいものもありますが)種明かしされるのです。
(マルコの決まり文句が、一種読者への挑戦状として機能しているのもイイ)


 しかし、本作の真に愛すべきは、ユニークな物語と謎解きを通じて、想像力の素晴らしさを高らかに謳い上げている点だと感じます。
 先に述べた通り、本作の物語は基本的に、牢の中で退屈しきっている囚人たちに対して語られます。そしてたった一時ではあっても、その物語を聞き、そして謎解きに夢中になっている間、彼らの心は牢を飛び出し、遙かな世界の中で遊ぶことができるのです。
 たとえ体は縛られても、心までは縛られない。想像力という翼を羽ばたかせれば、どこまでだって行くことができる……

 自由を奪われ(殺されないまでも)退屈に苦しむ中途半端な身分の囚人たちが、現代に生きる我々の象徴である――などというのは格好良いことを言いすぎかもしれませんが、百万のマルコの物語が、囚人だけでなく我々の心にも自由な翼を与えてくれるのは、間違いありません。
 良質のミステリであると同時に、物語の素晴らしさを、その力を教えてくれる名品であります。

(ちなみに本作、妙なところで史実通りなのですが――それがどの辺りかは、結末まで読んでのお楽しみであります)


「百万のマルコ」(柳広司 創元推理文庫) Amazon
百万のマルコ (創元推理文庫)

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2013.11.01

「平安怪盗伝」 凶賊転じて恋の天使になる?

 先日紹介いたしました河村恵利の「逢魔ヶ辻」に「平安怪盗伝」を冠した作品が収録されていましたが、今回紹介するのはその本編(?)に当たる作品。作者の時代ロマンシリーズの一つであり、平安京を騒がす盗賊が毎回皮肉な運命に巻き込まれる、ユニークな短編連作であります。

 この連作の主人公…というより狂言回しとなる盗賊は、まだ年若く見かけは盗賊とも思えぬような優男ですが、しかしその実、人殺しなど顔色一つ変えずにやってしまうという男。
 盗みの余罪も山のようにあり、捕らえられればまず処刑は免れない…と、そんな剣呑な人物であります。

 そんな盗賊が、仕事の最中や、追われて逃げ込んだ先で様々な事件に巻き込まれるのですが――

 ある男の着物を奪ったところ、別の男たちに襲われ、返り討ちにした末捕らえられた盗賊のもとをさる姫君が訪れたことから事件の真相が明らかになる「白波夜話」
 役人を斬って追われた末、逃げ込んだ屋敷で、とんでもなく不器用な姫君と出会った盗賊が、彼女の恋する役人と出くわした末の意外な顛末「きつね矢」
 賊に襲われていた姫君と侍女を助け、都まで送っていくこととなった滝口の武士が、その侍女と恋に落ちてしまうも…という「甘露」
 板東武者と駆け落ちしたという姫を探す検非違使が出会った鳥辺野の寺に詣でるという夫婦と童は…「とりべ野」

 以上四話、シチュエーションは様々でありますが、凶暴な盗賊が、いつの間にやら人様のキューピッド役になってしまうという趣向は共通。
 自分の欲望のままに振る舞う(と言いつつも存外人がいいところもあるのですが)盗賊が、一転イイ役になってしまう皮肉さが実に楽しいのです。

 その中でも第二話の「きつね矢」は、姫君のキャラクターと盗賊とのやりとりの面白さもさることながら、何気なく語られた事柄が思わぬ伏線となり、終盤の展開にあっと驚かされた上で真相が明かされるというミステリタッチの構成が面白い。
 姫君が自分で必死に縫っていた衣が…という結末も良く、個人的には本書でベストに挙げたい作品であります。

 ちなみに本作で活躍する盗賊の名が冒頭で語られるのですが、それがなんと袴垂。
 袴垂と言えば、今昔物語集や宇治拾遺物語に登場する「盗人の大将軍」とも呼ばれた盗賊。 後に実在の盗賊であった藤原保輔と同一視(合体)されるなど、なかなかにユニークな人物でありますが…
 このシリーズにおいては、彼はあくまでも狂言回し。袴垂という名も、平安の闇を騒がした盗賊のアイコンと思っておいてよいかもしれません。


 なお、本書にはその他独立した短編が二編収録されています。
 一作目の「涼し音」は、美しい音の琴を弾く姫君に惹かれた色好みの少将が真実の愛に目覚めるも…という作品。これが結末に至り、深草の少将と小野小町のエピソードを裏返して描いたものだとわかる構成がお見事であります。
 もう一作の「野の宮」は伊勢物語に描かれる斎宮のエピソードをベースに、斎宮の恬子内親王と在原業平の禁じられた恋の物語(これは一種の伝説として知られているものであります)として再構成したもの。

 どちらの作品も原典の換骨奪胎が巧みで、他の諸作にも通じる、作者のセンスというものがうかがえる作品であります。


「平安怪盗伝」(河村恵利 秋田書店プリンセスコミックス) Amazon
平安怪盗伝 (プリンセスコミックス)


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