「伊藤博文邸の怪事件」 憲法制定前夜、仰天のミステリ
高輪の伊藤博文邸に書生として住み込むことになった杉山潤之助は、同じ屋敷の書生の一人が、密室で何者かに殺されていた事件に巻き込まれる。相部屋の書生・月輪龍太郎と推理合戦を交わしつつ事件の謎を追う潤之助だが、怪事件はなおも続き、事態は意外な様相を呈することに…
最近は歴史小説的色彩が強い作品も多いものの、「太閤暗殺」「本能寺六夜物語」のようにミステリ色の強い作品も得意とする岡田秀文。その最新作は歴史ミステリと聞いて手に取りましたが――こちらの期待に違わぬ快作でありました。
舞台となるのは、大日本帝国憲法制定に向けて世情騒然とする明治17年。書生として伊藤博文邸に住み込むこととなった語り手の杉山潤之助は、屋敷での生活にどこか違和感を感じつつも、同室の月輪龍太郎や、博文の娘・生子やその教育係・津田うめと交流を深めていくことになります。
が、そんなある日、彼が使いから帰ってみれば、密室となった自分たちの部屋で、書生の一人が他殺体で発見。やはり外に出ていてアリバイが証明された龍太郎とともに、彼は事件解明に燃えることになります。
しかし、庭に残された何者かの足跡、博文公の書斎から聞こえる物音、謎めいた博文公の行動と、謎は増えていくばかり。さらに第二の死体が発見され、混迷の度合いを深める状況の中で、潤之助と龍太郎の推理の結果は――
作者が神田の古書店で手に入れた潤之助の手記を小説として再構成したという趣向の本作は、一見、地味な内容に見えるかもしれません。
周囲に様々な謎が散りばめられているとはいえ、中心となるのは殺人事件一つ。そもそも、発見された手記を…というスタイル自体、歴史ミステリとしては定番のものであります。
が、そんな印象を跡形もなく吹き飛ばしてくれるのが後半の展開。作品の性格上、詳細に触れられないのが何とももどかしいのですが、まず事件の構図がガラリと変わるようなどんでん返しにギョッとさせられたと思えば、終盤に待ち受けるのは、それを遙かに上回る驚きの真相。
そうか、この構成はこのためだったのか! と嘆息させられること請け合いの、見事なトリックが、そこには仕掛けられているのであります。
実は、密室トリックとしてはかなり反則スレスレなのですが、しかしこの構成の妙だけでも十分におつりが来ます。
そしてもちろん、歴史ものとしての色彩も、しっかりと描き込まれております。本作で潤之助の目を通じて描き出されるのは、憲法制定という一大事業を前にして、一種ささくれだったかのような感触の当時の空気と、その中心に在る伊藤博文という人物。
今なお毀誉褒貶半ばする伊藤博文は、本作での出番はさまで多くないものの、物語の中心として、厳然と存在していることは、本作を最後まで読めば明らかでしょう。
ただ個人的に気になったのは、結末で語られる犯人の心情に対する周囲のリアクションが、さらりと流されている点ですが――その中に作者自身の歴史観も描かれたのではないかと思えるだけに、いささか残念ではあります。
もっとも、作品の構成を考えれば、このような形となることはやむを得ないものと言えるかもしれません。
何よりも、今この時期に、このような内容の作品が発表されたことそれ自体が、一つの回答なのではないか…というのは、さすがに深読みのしすぎかもしれませんが。
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