「一鬼夜行 鬼の祝言」(その二) 最も美しく、最も切なく
前回からの続き、小松エメルの「一鬼夜行」シリーズ第5弾「鬼の祝言」の紹介です。
しかし――文字通りおかしな「縁」があったとはいえ、喜蔵や深雪にとって、相手とは出会ったばかり。そんな強烈な呪いのただ中に身を置き、妖怪につきまとわれる相手につきあう義理はない…などとそこから逃げ出すわけがないのは、もちろん我々が良く知る通りであります。
どれほど恐るべき相手であっても、苦しむ人間を見過ごしにはできない。それが、たった一人になっても他者を巻き込むまいと孤独に耐える相手であれば、なおさらです。
そんな彼らをお人好しと、理想主義と切って捨てるのはたやすいでしょう。しかし、妖怪や怪異が理不尽な苦しみをもたらす世界だからこそ、彼らの人間としての善意はむしろ自然なものとして映ります。
そして妖怪でありながらも、ついつい彼らを助けてしまう小春の姿もまた――
が、本作は、そうした悪意と善意の対決というレベルでは割り切れない世界に踏み込んでいくことになります。
神の、鬼の、妖怪の、そして人間の、男女の間の愛情が生み出した呪い。それを打ち破れるのは、やはり愛情のみ。
しかし、善意からどれほど救いたいと思っても、恋愛という感情はまた別の問題であります。出会って数日の相手に、そこまでの想いを抱くことができるのか…
その答えはもちろんここで描くことはいたしません。
しかし、そこに至るまでの物語を構成する数々の要素が見事に溶け合い、昇華する結末には、無上の美しさと、そしてそれと並ぶ、いや上回る切なさが満ちているのです。
魅力的なキャラクターを存分に動かし、活躍させるだけでなく、種族すら超える彼らの交流から数々の想いを、時に明るく瑞々しく、時に重く切なく描く。…そしてその先に、濃淡はあるにせよ、希望の輝きを見せる。
我々ファンがこよなく愛する本シリーズの、小松エメル作品の魅力は、本作でも健在であります。
しかし――この「鬼の祝言」という物語は終わっても、「一鬼夜行」という長い物語はまだまだ終わりません。
本作のストーリーが描かれる一方で、静かに、しかし着々と描かれていく、シリーズ全体を貫く物語の謎と伏線。それが繋がる先は、小春自身の物語――恐るべき猫又の長者との対決でありましょう。
(さらに言えば、レギュラー陣にもそれぞれの物語があり、それぞれに謎と伏線があるのにも驚かされます)
そして小春がそこに向かうのであれば、喜蔵が、深雪が、彼らの友たちもまた、そこに向かうのを否むものではありますまい。
そこで描かれるであろう人間と妖怪の物語を――そしてそこに描かれるであろう希望の姿を、今から楽しみにしているところなのです。
本作の物語を存分に楽しんですぐに、我ながら欲張りだとは思いますが――
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