「大江戸恐龍伝」第1巻 二つの龍が誘う物語の始まり
1771年、長崎を訪れた平賀源内は、嵐の中、肥前の山中で見つかった龍の骨を目撃する。同じ頃、漂流の末、南の孤島にたどり着いた船乗りたちが、巨大な怪物に襲われていた――その後、大坂に出てとある寺で龍の掌を見せられた源内は、そこで不思議な絵文字が記された紙片を見つけるのだが…
夢枕獏が長きに渡り連載してきた「大江戸恐龍伝」が、ついに単行本化されました。全五巻、現在もまだ刊行が続いているところですが、これはその第一巻、導入部ではありますが、早くも私のような人間にとっては胸躍る展開の連続であります。
本作の主人公は、平賀源内――言うまでもなくあの博覧強記のアイディアマン、幅広い分野でユニークな業績を残し、そして時代伝奇ものでは史実をさらに上回る活躍を見せることも少なくない、お馴染みの人物であります。
本作に登場する源内は、そんな我々が抱く源内に対するイメージをそのまま具現化したような人物として描かれます。
すなわち、傲岸不遜な天才であり、興味を持ったら周りが見えなくなる好奇心の塊であり、どこか俗っ気の抜けない山師めいた人物であり、そしてそれでいて不思議と引きつけられる陽性の存在――そして、そんな我々がよく知っている(と勝手に感じているところの)源内が挑むのが「龍」だというのですから、これが面白くないわけがないのであります。
そして本作においては、冒頭から二つの龍の姿が描かれます。
一つは、源内がその評判を聞きつけて向かった嵐の山中で対面した完全に揃った龍の骨(化石)。そしてもう一つは、嵐で難破した末に漂着した何処とも知れぬ島の密林を訪れた船の乗組員たちに襲いかかった巨大な怪物――
当代切っての知識人である源内に「龍」が存在した証である化石を見せることで、本作が単に荒唐無稽なだけではない物語であることを匂わせ、そしてその次に実際に人を襲い食らう「龍」の存在を突きつけることで、本作が単にお行儀が良いだけの作品ではないことを思い知らせる――見事な導入部です。
そしてそれに続く物語ももちろん実に魅力的であります。
大坂に出た源内の持つ博物学の書物を見るために訪ねてきたのが、あの丸山応挙というだけでもニコニコものですが、その応挙とともに、源内が「少なくとも彼が知るどの動物にも似ていない」龍の掌と伝えられるものを見るというのもたまらない。
そしてそれをもたらしたのが、かつて真田家に仕え、何処かから龍の掌とともに帰ってきた時には半ば気が触れた男であり、そして彼が掌だけでなく、黄金の混じった石や謎の絵文字を記した紙片をはじめとする謎めいた品物を残していた――とくれば、懐かしの秘境冒険ものの薫りすら漂うではありませんか。
さらにこの先も物語は数々の謎を孕み、そして数々の有名人たちを巻き込んで、展開していくこととなります。
正直に申し上げて、この第一巻の時点では、これらの要素がどのように絡み合い、そして冒頭に登場した生ける「龍」に繋がっていくのか、それはまだ全くわかりません。
しかし人物紹介におそらくは終盤までの登場人物が並んでいること、そして巻末に最終巻までの目次全てが掲載されていることを考えれば、作者の並々ならぬ自信がうかがえます。
その自信のほどを信じて、この先を楽しみに読み進めていくこととしましょう。
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