「伏 少女とケモノの烈花譚」第3巻 伏という言葉と忌まわしき物語
桜庭一樹の「伏 贋作・里見八犬伝」の漫画版「伏 少女とケモノの烈花譚」の、久々の新刊であります。基本的に原作の展開をなぞりつつも、徐々に差異を見せてきた本作は、この巻において、大きく異なる道を踏み出したと感じられます。そしてついにここでもあの物語が語られることに…
吉原での凄惨な死闘の末、伏の一人・凍鶴太夫の死を看取った浜路。彼女の最期の言葉を伝えるべく、伏の一人・信乃に連れられ、彼らが集う場に赴いた彼女は、そこで現八ら他の伏と出会い、言葉を交わす中で、己の中の想いをさらに強めることとなります。
それは、人間と伏を巡る因果を終わらせたい――同じ姿で同じ世界に暮らす者として、互いに排除しあうことを止めたいという想い。一見青臭い理想論に感じられるかもしれませんが、伏との死闘をくぐり抜け、誰よりも伏の背負った業を知るからこその彼女の言葉には、強く頷けるものがあります。
…が、そんな彼女の想いをあざ笑うかのようにその場に現れたのは、ほかならぬ彼女の兄・道節。かつて相棒を殺した伏・鎌鼬こそが現八であると知った道節は、狂戦士と化して現八に襲いかかるのですが――
原作と最も異なる造形で描かれるキャラクターの一人である道節。原作ではあくまでも浜路の気のいい兄であった――それゆえ、今一つ目立たないキャラだったのですが――彼が、この漫画版においては、内心で妹を伏狩りの「駒」と呼び、伏であれば相手が幼子の姿でも凄惨な暴力を振るう男として描かれるのであります。
今回描かれるのは、道節がそうなるに至った因縁の物語。なるほど、共感はできないものの理解はできる彼の想いは、ある意味浜路と好一対――伏に、他者に対した時の人の抱く想いの裏表と表すべきでしょう。
しかし表裏となるのは、浜路と信乃の想いも同じ。同様にこの人と伏の運命を終わらせたいと願いつつも、その向かう先は正反対なのですから…
そしてこの巻の後半では、彼らの運命を操る(と信じている)ある悪意の存在が、その姿を現すことになります。そして彼の口から語られるのは、伏の起源を語る物語、「贋作・里見八犬伝」…
原作で強い印象を残した作中作、八犬伝の暗黒面とも言うべき、あの忌まわしい物語がここでも描かれるとは――あるいはカットされるのではないかと予想していただけに――嬉しい驚きであります。
そして嬉しいといえば、原作では遠景に存在していた滝沢馬琴が、はっきりと浜路の前に現れ、言葉を交わすという趣向も嬉しい(個人的には、初登場時の演出はベタに感じましたが…)
馬琴の語る内容は、「黒幕」の意志を明確に否定し、何よりも現実と物語の関係を端的に示してみせる点で、強く印象に残ります。
そして馬琴の「伏とは単なる言葉にすぎん」という明快な言葉は、この漫画版における人と伏の関係の根幹に関わる言葉ではありますまいか?
しかし何と呼ぼうとも、伏は存在し続けます。その伏と人の関係を、本当に変えることはできるのか――信乃が己の目的成就のための手段として語った謎めいた言葉とともに、やはり大いに気になるところなのであります。
(この辺りに比べると、黒幕君の中二病ぶりが目立ちますな)
相変わらず人の狂気の描写が通り一遍なのは大いに不満なのですが、裏を返せばそれ以外は実に魅力的。もう一つの「伏」の物語も、いよいよ佳境であります。
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