「向ヒ兎堂日記」第3巻 伊織、出生の秘密!?
違式怪異条例によって怪異を記した書物や、怪異そのものが国家に取り締まられることとなった明治時代を舞台に、その禁書扱いの怪異にまつわる本を収集する貸本屋・向ヒ兎堂を描くユニークなファンタジー「向ヒ兎堂日記」の第3巻が発売されました。
さて、この第3巻は、前の巻のラストから続く中編エピソード「猫屋横丁」の続きから始まります。
猫又たちが集まって暮らす猫屋横丁を取り締まらんとする違式怪異取締局に対し、これを何とか阻止しようとする兎堂の面々。しかし兎堂の猫又・銀をはじめ、横丁の猫又たちも捕らえられ、兎堂の主人・伊織は何とか皆を救出しようとするのですが…
と、本作始まって以来の騒動となった感のあるエピソードですが、ここからさらに物語は核心に向かっていくことになります。
化け狸の千代との連携で猫又たちを閉じこめた檻の鍵を手に入れ、檻の錠を開けた伊織。しかし取締局の人間によれば、この錠を開けることができるのは陰陽師だけのはずなのであります。
そして取締局の局長が、何かと兎堂とは縁のある局員・都筑に依頼したのは、ある陰陽師の血を引くという子供の所在探し。明治に至り陰陽寮が解体された中、その陰陽師が復権を賭けて企んだある策とは――
元々、兎堂のゆったりした日常を描くエピソードと、取締局を巡る伝奇的色彩の強いエピソードと、二つの性質から成る本作。
その両者を繋ぐ存在がほかでもない主人公の伊織ですが、これまでも謎めかして描かれてきた彼の出生の秘密の一端が、ここにきてついに描かれた…と言ってよいでしょう。
この後も、伊織の子供時代の様子――深山に棲む鬼に育てられ、化け狸の姫である千代と一緒に過ごしてきたその姿が描かれ、いよいよ伊織の謎が…という緊迫感がほとんどないのが、いかにも本作らしいところでしょうか。
確かに常人離れした能力を持つものの、あくまでも伊織の心は普通の人間のそれであり、そして彼とともに暮らす千代や銀も、人とかけ離れた精神を持つ存在ではありません。
本作を包むゆったりとした、居心地の良い空気は、まさにこの距離感によるものでありましょう。
いささか残念なのは、この感もこの空気が最も濃厚に漂う兎堂を舞台としたエピソードが少ないことなのですが――その数少ない一つである、妖怪・唱猿を巡る物語が、実に「らしい」楽しさに満ちた内容だったので、個人的には満足しております。
さて、伊織にとって、そして本作を楽しむ我々にとってもよき隣人であっても、それを法の枠にはめ、管理しようというのが違式怪異取締局。しかしこの取締局においてもある動きが…という場面で、この巻は終わることとなります。
いよいよ伊織と取締局の距離が狭まり――すなわち、二つの側面が近づくとき、何が起こるのか。それはそれで大いに気になるものの、しかし願わくば、本作の、兎堂の居心地の良さは変わらずあって欲しいとも強く感じるのであります。。
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