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2013.12.31

ブログ記事で振り返る2013年(後編)

 2013年、2014年じゃなく2013年も今日で終わり。昨日に続き、今年一年間のブログ記事を振り返りたいと思います。まずは六月から…

 と言いつつ、比較的おとなしかった6月。ここで一つ記事を挙げるとすれば明日NHKで放映される「桜ほうさら」の感想でしょうか。
 実は本作のほか、5,6月には伝奇性の薄い作品を幾つか取り上げているのですが、それには理由があります。

 実は7月に発売された「本の雑誌」8月号の「2013年上半期ベスト」において、時代小説の部を担当させていただきました。その選考(というのは大袈裟ですが)でこの時期は伝奇もの以外の作品も色々と読む機会があり、大変勉強になりました。
 ちなみに上半期ベストに挙げた伊東潤「巨鯨の海」は、その後、山田風太郎賞、この時代小説がすごい! 2014の単行本部門第一位に選ばれ、こちらとしてもある意味ホッとしたところです。

 さて、七月には同じこの時代小説がすごい! 2014の、こちらは文庫部門第一位となった「決戦 奥右筆秘帳」が発売。これでシリーズ完結となりましたが、まさしく大団円というべき内容であったかと思います。

 完結といえば、八月には「曇天に笑う」の最終巻が発売。本当に最後の最後までどうなるのかハラハラしっぱなしの展開でしたが、こちらも見事なハッピーエンドでした。来年のアニメ版も期待です。
 また、八月で個人的に嬉しかったのは、風野真知雄の「爺いとひよこの捕物帳」の復活。今年はこのほかにも「勝小吉事件帳」「大奥同心・村雨広の純心」と、中絶していたシリーズの復活が相次ぎ、がファンとしては嬉しい一年でした。

 復活といえば9月には高橋三千綱の「剣聖一心斎」シリーズが「大江戸剣聖一心斎」として復刊されたのも嬉しいニュースでした(装丁やサブタイトルはもう少し、こう…とは思いますが)。
 もう一つ9月で印象に残っているのは、こちらは文庫化の「いまはむかし 竹取異聞」。今年は「かぐや姫の物語」が話題となりましたが、私にとっての竹取物語はこの作品です、というのは言いすぎかもしれませんが、自分が児童文学を読む理由を再確認させてくれた良作でありました。

 そして10月にも完結と復活が。完結の方は、平谷美樹「風の王国」。全10巻を隔月で書き下ろしというペースでの刊行でしたが、最初から最後まで非常に濃密な内容をキープ、この最終巻も最後の最後まで走りきった感があります。

 一方復活の方は、長谷川卓の山の民もの最新作「嶽神伝 無坂」。嶽神の名を冠しているだけでなく、内容の方もこれまでの山の民ものの主人公クラスが総登場、ラストでもとんでないクロスオーバーが用意され、この先の展開が大いに気になります。
 もう一つ復活といえば、あの「モノノ怪」の「海坊主」が、蜷川ヤエコの漫画版で復活。五年以上経っての薬売りとの再会に驚きつつも喜んでいるところです。

 そして11月は、上記の通り7月に「奥右筆秘帳」を完結させたばかりの上田秀人の新シリーズ「百万石の留守居役」がスタート。二ヶ月連続の刊行でじたが、期待に違わぬ好調な滑り出しです。
 またこの月は久々に小松エメル「一鬼夜行」シリーズの新作が登場。相変わらずの、そして少しずつ変わっていくお馴染みの面々の活躍を堪能しました。

 …そして12月は、やはり何といっても「この時代小説がすごい! 2014年版」。昨年の夏に続いての刊行となった今回は、すでに上で触れてしまいましたが単行本も加わって時代小説シーンをほぼカバーした内容だったと思います。
 私もランキング投票と作品紹介の一部に参加させていただきましたが、今回も大変貴重な経験をさせていただきました。是非来年もまた…


 ということで、一年間を振り返らせていただきました。つくづく時間の流れの早さには驚かされますが、また来年一年間も連続更新で頑張りたいと思います。



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2013.12.30

ブログ記事で振り返る2013年(前編)

 2013年も残すところあと2日。おかげさまで今年も一年間欠かすことなくブログを更新できそうです。そこで、今日明日と今年最後の更新として、今年一年間のブログ記事を眺めつつ、一年間を振り返ってみたいと思います。

 まず一月、年の始まりは劇団☆新感線の「ZIPANG PUNK 五右衛門ロックⅢ」観劇から。(記事その一その二
 五右衛門ロックシリーズはこれまでも全作見てきましたが、今回は舞台を日本に移して古田五右衛門の大活躍を楽しむことができました。
 が、個人的にはちょっと不満が残る内容で、いきなりこうるさいオタク全開で申し訳ないことですが…

 二月に刊行されたのは、「無限の住人」最終巻(紹介は三月の記事ですが)。描くべきものを描き尽くした、まさしく大団円と言うべき内容でした。
 ほぼ連載開始から読み続けてきただけに、個人的にも感無量。正直に申し上げて不死力解明編(で凜たちが江戸城に突入するまで)は本当に辛かった…という印象が強いのですが、その後の盛り上がりは、剣戟描写といいドラマといい、それを補って余りあるものであったかと思います。

 三月で特筆すべきは、廣済堂モノノケ文庫の刊行開始でしょう。澤見彰の「もぐら屋化物語 用心棒は迷走中」を第一弾とするこのレーベルは、いわば妖怪時代小説や時代ホラーの専門レーベルです(現代を舞台とした実話怪談も刊行されていますが)。
 もちろん私の大好物ばかりでほとんど毎月のように取り上げてきましたが、この一年を乗り切り、来年も刊行は続く模様。私ももちろん、これからもできるだけ応援していきたいと思います。

 もう一つ、三月で個人的に印象に残っているのは、「邪神帝国」復刊記念のイベント「我が青春のクトゥルー」。朝松健と菊地秀行という両巨匠のトークが中心のイベントでしたが、そこでご挨拶した際に、菊地先生が私の名前をご存じだったのにはただただ感動でした(朝松先生には以前から何度かお会いしておりました)。

 さて、四月は私がアンケート回答&少々原稿を書かせていただいた「戦国年鑑2013年版」が発売されました。正直なところ、戦国という時代を区切った読み方はしていなかっただけに悩むことも多かったのですが、大変貴重な経験をさせていただきました。

 そして四月から「妻は、くノ一」ドラマ版が放送開始。話数的にはわずか8話、原作のほぼ前半部分までのドラマ化でしたが、原作の要素を踏まえつつドラマ独自の味付けもなされ、アクションも見事と、実に見応えのある作品でした。
 そしてそれにあわせて原作小説の方もまさかの新作「妻は、くノ一 蛇之巻」がスタート。こちらは非常にはっちゃけた内容で、大いに楽しませていただきました。

 もう一つ、四月からはCSでドラマ版「水滸伝」が放送開始。日頃水滸伝好きを公言しておきながら、まだ序盤しか紹介できていないのは忸怩たるものがありますが…

 水滸伝といえば、今年は関連書籍が色々と刊行されましたが、五月には一部で話題沸騰の「水滸伝外伝 浪子燕青」がWeb上で連載開始。水滸伝ファンであればあるほど「ファッ!?」と驚く作品ですが、バラエティに富んだ作品が発表されるというのは、それだけそのジャンルが定着してきたということであり、歓迎すべきことでありましょう。

 と言いつつ、五月刊行の作品で特筆すべきは、越水利江子の「忍剣花百姫伝」文庫版の最終巻でしょう。もともと児童向けのレーベルで刊行された作品ですが、昨年から一ヶ月おきに全7巻刊行されてきたものが、この五月に完結したのです。
 物語には発表されるべきタイミング、読まれるべきタイミングがあると常々考えておりますが、本作が今この時に刊行されたのは、まさに意味があることだと感じているところです。


 6月以降は明日に紹介いたします。



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2013.12.29

1月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 本当に早いもので、あとわずかで2013年は終わり、新しい年がやってきます。慌ただしすぎてまだ実感がありませんが、しかし新しい年というのは気持ちのよいもの。時代伝奇ファンとしても良い新年を迎えたいものですが…1月の時代伝奇アイテム発売スケジュールは、相当に寂しい状況です。

 まず文庫小説の方では、気になるシリーズものの新刊が二点刊行されます。
 一点目は、早くもシリーズ第5弾、前シリーズから考えると13巻目の上田秀人「御広敷用人 大奥記録 血の扇」。
 もう一点は、二重人格の狂剣士が大暴走を繰り広げるスラップスティックチャンバラ、中谷航太郎「晴れときどき、乱心」第3巻であります。

 一方、文庫化・再刊は四点です。
 先日紹介した、柳広司が「山月記」の世界をミステリとして新解釈した「虎と月」が初文庫化。
 そして再刊のほうは、レーベル的におそらく柴錬立川文庫の復刊だと思われる柴田錬三郎「真田幸村」と、「影武者徳川家康」が来年の新春時代劇で放映される隆慶一郎「柳生非情剣」「柳生刺客状」なのですが――

 これでおしまいというのは、いかにも寂しいお話であります。


 しかしさらに寂しいのは漫画の方。
 初登場としては、もはや戦国四コマ漫画の第一人者である重野なおきの「軍師 黒田官兵衛伝」第1巻、先日連載が完結したばかりの森秀樹による新釈宮本武蔵伝「獣」があります。
(ちなみに森秀樹は、武蔵も登場する「腕 駿河城御前試合」が廉価版コミックで刊行されます)

 そしてシリーズの新刊は、山崎峰水&大塚英志の伝奇ホラー「松岡國男妖怪退治 黒鷺死体宅配便スピンオフ」第4巻が登場…でおしまい。


 新年早々、ちょっと驚くような状態ですが、年末の積み残しを消化するとしましょうか…



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2013.12.28

「仮面の忍者赤影Remains」第3巻 決戦、そして第三の影

 あの神崎将臣が、あの「仮面の忍者赤影」を甦らせた「仮面の忍者赤影Remains」もいよいよ佳境、奇怪な陰謀を巡らす金目教の本拠に突入した赤影・白影・青影の三人はついに甲賀幻妖斎と対峙することになるのですが、そこには意外な影が――

 各地で信者を集め、そして従わぬ者を虐殺してきた金目教の 亡霊列団――その正体は巨大な鋼鉄の列車――上で、霞谷七人衆の一人・朧一貫と死闘を繰り広げる赤影たち三人。
 そして砂嵐を抜け、亡霊列団が向かう先は、金目教の本拠にして奪われた影一族の郷――罵邉屡(バベル)!

 …というわけで、衝撃的な展開(といっても実は赤影とこの塔の組み合わせはこの作品が初めてではないのですが)で終わった第2巻を受けて始まるこの巻で描かれるのは、ほとんど一冊丸ごと幻妖斎との大決戦。
 幻妖斎の過去とは、幻妖斎の力とは、そして幻妖斎の真の狙いとは――

 終始余裕を崩さない幻妖斎に対し、我らが赤影はとにかく走る! 叫ぶ!
 かなり老成した印象のある他メディアの赤影に対し、以前の紹介でも触れてきたように、とにかく神崎赤影は熱血漢。壁にぶち当たろうと、強大な敵の前に血だらけになろうと、前に突き進むことを止めない本作の赤影のパワフルさは、やはり本作ならではのものでありましょう。
(ただ、主人公の戦いが敵ボスのカウンターに留まるために今一つ主体性が弱く見えてしまうのも、神崎主人公らしいという印象も…)

 しかし、正面切っての大決戦を冷静に見つめる第三の目が…
 いかに激闘の最中とはいえ、達人たちにその存在を気取られぬほどの技を見せるその影の正体は――あ、貴方でしたか! と仰天のキャラ。いやはや、なるほどこの人物であればいきなり登場して大活躍しても納得であります。もっとも、おかげで赤影の影がいささか薄くなってしまった感はありますが…


 何はともあれ、まだまだ戦いは続きます。
 幻妖斎の狙いもまだ秘密がありましょうし(彼が甦らさんとしていた巨神は、やはりあのキャラなのだろうなあ…などと予想するのも楽し)、ラストには新たな謎の忍者集団が登場と、これもまた気になる展開。

 影一族と金目教の対決という域を超えて、どこまで大仕掛けな物語となっていくのか、期待しているところです。


「仮面の忍者赤影Remains」第3巻(神崎将臣&横山光輝 秋田書店プレイコミックシリーズ) Amazon
仮面の忍者赤影Remains 3 (プレイコミックシリーズ)


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2013.12.27

「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次酒語り」第9巻 兼続、知謀の働きを見せる?

 アニメも先日終了した「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次酒語り」、兼続の出自の秘密を握る地蔵菩薩の争奪戦もいよいよクライマックス、島左近を助っ人にした兼続主従と徳川忍軍の激突が、高野山を舞台についに始まることとなります。

 兼続が上杉謙信の子である証拠となる地蔵菩薩を巡り、なおも続く激しい暗闘。小田原の陣に兼続が参陣している間に京に向かった上杉の忍び・中西次郎坊は、かつての武田忍軍、今は徳川配下の下坂左玄率いる徳川忍軍を向こうに回し、文字通り孤軍奮闘するものの、ついに囚われその命は風前の灯火に――

 というところでついに立ち上がった兼続は、お供にいつもの茂助一人を連れ…と思いきや、その前に現れたのは、兼続の盟友・石田三成の家老・島左近!
 というわけで、兼続とSAKONの夢のコラボ(に、あからさまに死亡フラグの立った左近の家臣三人)は、一躍高野山に向かうこととなります。

 が、兼続主従三人に左近ら助っ人を加えてもわずか七人、しかるに待ち受ける敵は数百人――いかに兼続と左近といえど、ゲームではあるまいし、さすがにこの戦力差を覆すのは困難であります。
 しかしながらこの二人の武器は武勇だけではありません。もう一つの武器、それは知略…小田原の陣の戦没者の供養と称して手間賃を出して近隣の庶民を集め、彼らに紛れて高野山に入り込んだのであります。

 もっとも、それであれば徳川方は庶民もろとも攻撃してしまえばいいのでは、という気がしますが、彼らに手を出すことは高野山を敵に回すことであり、そしてそれは徳川方の失点となって豊臣側に攻撃の口実を与える故に、決してその手段は取れない、というのは、なかなかに見事な計算と言えましょう。
 が、敵もさるもの、その人々の中に手勢を紛れ込ませて密かに兼続たちに忍び寄り、ついに最初の犠牲者が――

 というところで物語は次の巻、最終巻に続くことになります。正直なところ、このエピソードで物語の後半部分を費やしてしまうとは意外でしたが、珍しく(?)兼続が武勇や男気だけでなく知謀を見せる場面もあったのは、なかなか面白い展開であったかと思うます。


 ちなみにこの巻には番外編として、兼続の父母たる謙信(景虎)と妙姫の出会いを描く短編を収録。京の足利義輝のもとを訪れた景虎に対し、義輝の力が増すことを恐れた三好長慶と松永久秀が刺客を送り――という物語で、その最中に景虎と姫が出会うという趣向。
 短編ゆえお話的にはあっさり目ですが、景虎の崇拝する毘沙門天に対して…という結末はなかなかに美しいですし、(単なる悪人面ではありましたが)松永久秀の登場にも意外な嬉しさがあったところです。

 しかし景虎が姫を見初めたのは、姫が若衆姿に男装していたからでは、などと穿った見方をしてしまうのは、これは景虎の普段の言動ゆえということで…


「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次酒語り」第9巻(武村勇治&原哲夫&堀江信彦 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon
義風堂々!!直江兼続 ~前田慶次酒語り 9 (ゼノンコミックス)


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2013.12.26

「大江戸剣聖一心斎 秘術、埋蔵金嗚咽」 剣聖の姿にみるおかしみと安らぎ

 剣聖・中村一心斎の神出鬼没の活躍を描く「大江戸剣聖一心斎」シリーズの第2弾であります。武田の埋蔵金を巡る一心斎の暗躍(?)は留まることを知らず、今回も歴史上の有名人たちを大いに振り回すことになります。

 連作短編のスタイルを取る本シリーズですが、本作に収録されているのは、「郷愁、音無しの剣」「霧隠一心斎」「闇の息」「片手突き」「化け物退治」「身代わり獄門」「あれが武田の埋蔵金」の全七編。
 前作「黄金の鯉」は、本シリーズの旧版である「剣聖一心斎」全十編のうち八編が収録されておりましたが、今回は残る二編と、続編である「暗闇一心斎」から五編が収録されております。

 その「剣聖一心斎」のラストを飾った「霧隠一心斎」は、とある事情から幕府の隠密を斬ったことで一心斎を要注意人物扱いした幕閣が仕掛けた罠の顛末を描くエピソード。
 ラストだけあってそれまでのエピソードに登場したキャラクターが総登場する実に賑やかな展開なのですが、いくらでも派手になりそうなところが、さらりと終わっているのが実に本作らしいところであります。

 前作の感想で、「剣聖一心斎」が途中までしか収録されていないことへの違和感を述べておりますが、今回このような形で読んでみると、さまで違和感を感じないのは、この辺りに依るところでしょうか。

 そして続く「暗闇」編の中心となるのは、天保の三剣豪の一人・大石進を巡る物語であります。
 剣法史に詳しい方であればよくご存じかと思いますが、筑後は柳河藩からやって来たこの大石進は、通常のほぼ二倍の5尺3寸(約160cm)の長竹刀を用いた片手突きで、江戸の剣術道場を総なめにしたという人物。
 千葉周作、男谷精一郎、斎藤弥九郎と、本シリーズにこれまで登場してきた面々を見てもわかる通り、この時代は江戸で剣術が大いに興隆した時代ですが、そこにやってきてほとんど全員に勝利したというのは、恐るべき偉業と言えるでしょう。

 さて、この大石進の「来襲」に対して、一心斎が敢然と立ち上が…るわけはありません。いつも自然体で俗世間には関わらない(わりには始終埋蔵金を追っていますが)一心斎に関わった人々が、不思議と救われていくという展開は、ここでも健在であります。
 この大石を唯一破ったというある剣豪にまつわるエピソードも、なるほどシチュエーション的には剣豪小説的なのですが、しかしそこで描かれるのは、己の往く道に迷う者が、一心斎と触れ合い、振り回された中でいつの間にか答えに辿り着くという、本シリーズならではの物語なのです。


 この辺りは、あるいは普通の「剣豪もの」を求める読者には肩すかしに感じられるのかもしれません。
 しかし剣の道に求められるのが、剣の道から得られるのが強さばかりではないように、本作から得られるものは時代小説としての面白さはもちろんのこと、それ以上に普遍的なおかしみや安らぎであるように感じられます。
 そしてそれこそが、私がこのシリーズを以前から愛する所以であります。

 本シリーズも残すところはあと一冊。「暗闇一心斎」の残りだけでは一冊埋まらないはずですが、さて…期待して待つことといたします。


「大江戸剣聖一心斎 秘術、埋蔵金嗚咽」(高橋三千綱 双葉文庫) Amazon


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2013.12.25

「およもん いじめ妖怪撃退の巻」 子ども妖怪、真剣にコワイ妖怪たちに挑む

 常陽藩の別邸の宴に招かれた菊奴についていった福井淳之介の娘・咲月とおよもん。しかし別邸に常陽藩士が乱入、彼女たちは人質に取られてしまう。一方、淳之介の長屋を妖怪・わいらが襲撃、樽屋の子・お幾がさらわれてしまう。二つの事件の背後で暗躍する奇怪な忍びに挑む淳之介と中山安兵衛だが…

 2013年も妖怪時代小説で大活躍した朝松健の、今年最後の作品は、子ども妖怪「およもん」が活躍するシリーズの第二弾であります。

 西国で恐れられた正体不明の妖怪・およもん――相手が最も恐れる存在に化けるおよもんに出くわした者は、「およっ!」という最も根源的な恐怖の悲鳴をあげずにいられないというのですが…
 本作に登場するおよもんは、その恐ろしい伝承とは裏腹に、ふくふくとしたほっぺのかわいらしい幼児。ふとしたことから、そのおよもんと暮らすことになった裏長屋の浪人・福井淳之介が、およもんを狙うかつての主家の奸臣と対決したのが、前作「かごめかごめの神隠し」であります。

 さて、その続編である本作は、淳之介の隣人であり彼にベタ惚れの芸者・菊奴と、淳之介の娘の咲月、さらにおよもんが巻き込まれた立て籠もり事件と、淳之介の長屋から娘を攫って消えた妖怪の追跡と、二つの事件が描かれることとなります。
 一見関係のなさそうな二つの事件の陰に存在するのは、菊奴たちがその別邸で事件に巻き込まれた常陽藩の跡継ぎを巡る陰謀。常陽藩を狙う柳沢保明(朝松作品ではお馴染みの柳沢吉保の旧名)配下の妖忍・おとろし衆と彼らが操る妖怪に、淳之介や彼の親友・中山安兵衛は挑むのであります。

 権力者と結んだ妖術使いと彼が操る妖怪との対決というのは、作者の妖怪時代小説ではある意味定番の展開ではあるのですが、本作においては、その妖怪に挑む正義の味方が、見かけだけでなくメンタリティや行動まで幼児そのままのおよもんというのが、何ともユニークなところでありましょう。
 その実力を発揮すれば、いかなる妖怪も敵ではない(?)およもんですが、本作においては、お弁当目当てで菊奴たちについてきたのに立て籠もり事件のおかげで食べられずに力が発揮できなくて…という展開が何とも楽しい。

 そんなおよもんの可愛らしさの一方で、敵妖怪たちはビジュアルといい能力といい、実に洒落にならない、ホラーな連中揃い。
 その描写は妖怪というよりむしろモンスターやクリーチャーとも表すべきものであり――そして異界の存在であって、しかし同時に極めてリアルな質感を感じさせるもの。

 コミカルな味わいも強い作品ですが――作者の他の妖怪時代小説同様――描かれる怪異は真剣に恐ろしく、おぞましい。この辺り、そのギャップこそが、物語にリアリティと面白さを与えると熟知している作者ならではのさじ加減と申せましょう。
 そしてもちろん、そんな連中を理屈抜きの野放図なパワーで粉砕していくおよもんの活躍もまた、より一層痛快に見えるというものです。


 が、ここでうるさいことを言えば、そもそもの発端である立て籠もり事件、その犯人たちの目的から考えると――訴える相手が誰であれ、発端は藩の側にあるわけで――これはかえって逆効果ではないか、と感じられてしまうのが残念ではあります。
(さらにいえば、作中でも軽く突っ込まれているとはいえ、淳之介の周囲に関係者が集まりすぎという点も…)

 立て籠もりと妖怪退治など、なかなか面白い組み合わせが見られるだけに、この点は勿体なく感じられた次第です。


「およもん いじめ妖怪撃退の巻」(朝松健 廣済堂モノノケ文庫) Amazon


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2013.12.24

「ねこまた。」第1巻 人と、共にあるものの魂の交流

 以前から単行本化を楽しみにしていた琥狗ハヤテの「ねこまた。」第1巻が発売されました。不思議なねこまたと暮らす岡っ引きの親分の姿を描く、「週刊漫画TIMES」に不定期連載の四コマ+αの時代漫画であります。

 舞台となるのは江戸時代の京、主人公はそこで岡っ引きを務める仁兵衛、人呼んで「ささめ(=つぶやき)の親分」。この親分、一人で何かつぶやいていることが非常に多いことからこんな渾名がついたのですが――
 実はそれは独り言ではありません。彼が話しかけている相手は、ほかの者には見えない、彼に憑いた不思議な存在・ねこまたなのであります。

 ねこまたといえば、ある意味非常にメジャーな存在でありますが、本作のねこまたは、少々異なります。
 ねことはいうものの、彼(?)らは通常の猫とは全く似て非なる姿。猫耳的なものと、二つに分かれた尻尾を持ちますが、その姿は猫を大きくデフォルメしたような――猫をさらに可愛らしくしたようなもの。
 そして何よりも、彼らは基本的に家や倉など、建物に憑いて人々を見守る、精霊のような存在なのです。

 そんなねこまたの中でも、親分とともに居るのは家ではなく、人に憑いた変わり種。本作はねこまたと、ただ一人そのねこまたたちを視ることができる親分の奇妙な共同生活を描き出します。

 かたや岡っ引き、かたや精霊が主人公といっても、本作で描かれるのは決して派手な、非日常的な物語などではありません。ここで描かれるのは、一人と一匹(いや、親分の家にもたくさんのねこまたが集まっているのですが)のおだやかで、あたたかい日常。
 ねこまたに見守られ、そして見守る親分の姿は、彼が結構ゴツい男であるだけに、より一層微笑ましく見えるのであり――そしてより一層、人とそれ以外の優しい交流が美しく感じられます。

 本作におけるねこまたは、先に述べたとおり、家などに憑く精霊。それは「猫は家につく」という言葉を踏まえたものではありますが、いわば彼らは、時としてそこに暮らし、そこを訪れる人間たちも長く存在する建物の――そしてそこに蓄積された時間や想いの象徴ともいえる存在です。
 生なきものにも魂を見出すのは、日本の美しい伝統の一つかと思いますが、本作で描かれるのは、そんな人間と、それと共にあるものの魂の交流なのであります。

 そんな本作の中でも一際印象に残るのは、建て直しのために取り壊されることとなった蔵についていたねこまたの姿を描くこの巻のラストに収められた短編「運命」でしょう。
 憑いた建物が年を経て傷つき汚れれば、自分の身にもそれが現れ、そして建物が取り壊されれば、自分もこの世から消える運命のねこまた。そんな運命を背負いながらも、彼が、彼らが見せた姿には、涙腺が緩まざるを得ません。

 まさかこの漫画で泣かされるとは! と、嬉しく心地よい驚きを味わうとともに、なるほど、本作の舞台が京であるのは、伝統や歴史といったものが他所よりもより長く人と共に在った土地だからか、と得心した次第です。


 ちなみに本書の巻末には、独立した短編「耳伏 江戸城中隠密譚」を収録しています。
 城内の馬預で馬の世話をする馬乗にして、裏の顔は隠れて奸物を成敗する男を描く物語なのですが――主人公をはじめ、登場キャラが全員犬面人ともいうべき存在。

 あるいは一種の隠喩かと思いますが、人間以上に人間的な表情から伝わってくるのは紛れもない人間臭さであり、なかなかに不思議な味わいの一編であります。


「ねこまた。」第1巻(琥狗ハヤテ 芳文社コミックス) Amazon
ねこまた。 1 (芳文社コミックス)

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2013.12.23

「書楼弔堂 破暁」(その二) 新しい時代の前に惑う者たちに

 京極夏彦の新作「書楼弔堂 破暁」の紹介の続きであります。作者のファンにとって、何よりのサプライズ、それは――

 それは、は、最終話に登場するのが、あの百鬼夜行シリーズに登場するあの神社の宮司であり、おそらくは「彼」(奇しくも弔堂と同じ商売の)の祖父であることであります。
 さらにこの宮司の父は、「巷説百物語」のドラマ化である「怪」のオリジナルエピソードに登場した人物で――まさかここから持ってくるか!? と驚かされた次第です。

 さらにこの神社に遺された蔵書の元々の持ち主が…とくれば、もう完全に作者の二大シリーズのミッシングリンクを繋ぐものとして、ファンであれば垂涎の作品としかいいようがありません。


 が――それはあくまでも一種の読者サービス。本作の真の優れた点、私が大いに惹きつけられた点は、本作が先に述べた構成(パターン)による一種の謎解き物語であるのと同時に、それを通じて明治という時代を、そしてそれに向き合う近代人の心理を描いている点であります。

 実は本作で弔堂を訪れる客には、一つの共通点があります。それは、明治という新しい時代に生きながらも、江戸という古き時代の残滓を抱えている点であります。

 本作の舞台となるのは、明治が始まって20数年が過ぎた頃、既に幕末の動乱を――もちろんその前の江戸も――直接に知らない、覚えていない世代も生まれている時期です。
 しかしそんな時期であっても、いや、そんな時期だからこそ、人は古き時代を背負って生きることとなります。そしてそれは、明治維新というパラダイムシフトにより、江戸という時代が古きものという烙印を――本作の前半のエピソードに毎回語られる「幽霊」の語は、まさにその象徴でありましょう――押されてしまったが故に、彼らを苦しめることとなるのです。

 本作で弔堂を訪れる客はそんな時代の谷間――近代と近世の間に落ち込んで戸惑う者たち。そしてそれは、端から見れば気楽なモラトリアムを暮らす語り手も――彼の場合は逆に新しい時代に対面する自己を持たないという点で――同様であります。

 そんな彼らに対し、「一冊の本を選ぶ」という行為は、言うなれば書物という揺るがぬ過去を突きつけることで、それを足がかりにして自己を再確認させるという、一種のカウンセリングと言えるのではありますまいか。

 一口に「近代」といっても、その姿は見る者によって変わるものでありましょう。そしてそれが人生に与える影響もまた。
 そうであれば、それに対して必要となる過去もまた、一人一人異なることになります。本作におけるその人だけの一冊があるというのは、そのような意味でありましょう。

 そしてそれを知ることは、既に近代が過去となってしまったと考えている、現代に生きる我々にとってもまた、決して意味のないことではありますまい。


 ユニークな設定の時代ミステリ、エンターテイメントでありつつも(そして作者の作品と作品を繋ぐ環でありつつも)、その中で近代という時代とそこに生きる人々の内面を浮き彫りにしてみせる――
 これほど魅力的な物語を、わずか一冊で終わらせるのは惜しすぎるというもの。時代の狭間に悩む者はまだまだ存在するのであり、明治バベルの図書館とも言うべき弔堂に眠る本もまだまだ尽きないはずなのですから。


「書楼弔堂 破暁」(京極夏彦 集英社) Amazon
書楼弔堂 破暁


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 「書楼弔堂 破暁」(その一) 書楼を訪れる者たちと彼らの一冊

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2013.12.22

「書楼弔堂 破暁」(その一) 書楼を訪れる者たちと彼らの一冊

 先日、第一話を取り上げた京極夏彦の新作「書楼弔堂 破暁」の残り五話であります。東京の外れに在る三階建ての燈台のような店構えの古書店・弔堂を舞台に展開される「この一冊」を巡る物語は、様々な人物の様々な過去を飲み込み、展開していくことになります。

 仕事を休職し、ただぶらぶらと郊外に一人住まいする語り手が、ある日足を踏み入れた弔堂。無数の本が並ぶ弔堂は、店主に言わせれば、封じ込められた過去が眠る墓場のようなものであり、店主は、その中から客にとって一生に一冊の本を見つけ出すと語ります。
 そしてその言葉通りに、自分だけの一冊を求めて弔堂を求める者たち。彼らの正体は、そして彼らにとっての一冊とは…


 というスタイルで展開される連作短編集の形を取る本作ですが、第二話以降も、次々と意外な人物が弔堂を訪れ、自分にとっての一冊を――言い換えれば、自分自身の人生の指針を――求めることとなります。

 第二話以降の物語を、未読の方の興を削がない程度に紹介すれば――

 尾崎紅葉の内弟子であり、師の新時代の文学に心酔しつつも、前時代のお化けや怪談に心惹かれる自分に悩む書生の姿を描く「発心」
かつて不思議巡査と呼ばれた男が師事する男――その男の理想の実現に力を貸してくれという勝海舟の依頼を受けて店主が示した一冊「方便」
 語り手が鰻屋で出会った漁師から士族になったという老人が連れる、黒い雰囲気をまとった死んだはずの老人が語る隠された歴史「贖罪」
 名家に生まれながらも児童文学の道を選び、自分は現実から逃避しているのではないかと悩む青年に店主が語る物語の力 「闕如」
 中野の神社に遺された大量の本を引き取ることとなった店主が、先祖伝来の陰陽師としての生業に戸惑う宮司に道を示す「未完」

 …いやはや、核心を伏せつつ要約するのに骨が折れる作品であります。
 しかし、ラスト二話はほとんど客の正体を隠していないとはいえ(そして最終話の客は実在の人物ではないとはいえ)、やはり各話で弔堂を訪れる客の正体は、物語の興趣を生む最大の要素であることは間違いありません。

 そしてそれを解き明かす手がかりとなる、彼らの語る言葉――彼らの重ねてきた過去、そして彼らが抱える現在の、そして将来に向けての悩み――が、同時に彼らにとっての一冊を導き出す鍵ともなっているというのも、実に面白い。一種の時代ミステリとして読んでも、本作は大いに楽しめる作品です。
(さらに第四話の客の正体など、時代伝奇小説としても非常にユニークなアイディアであります)

 そして楽しめるといえば、京極夏彦ファンにとっては、さらに楽しめる要素が、作者の他の作品とのリンクであります。
 明治20年代を舞台とする作者の作品はこれが初めてのはずですが、それよりも少し前の明治初期を舞台とした作品が、「後巷説百物語」。本作の第三話では、この作品のレギュラーであり、かつて山岡百介の力を借りて数々の怪事件を解決したことで「不思議巡査」と呼ばれた矢作剣之進のその後の姿が描かれるのが興味深い。
(さらに作中では由良家の名が…)

 しかし何よりも驚かされるのは――と、長くなるので、ここで次回に続きます。


「書楼弔堂 破暁」(京極夏彦 集英社) Amazon
書楼弔堂 破暁


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2013.12.21

「寄越人」 終わりの過程を見続けてきた男

 小松エメルが「小説現代」に不定期に掲載している新選組もの短編の第三弾であります。タイトルの「寄越人」とは、隊で切腹したものの埋葬を取り仕切り、見届ける役職。この寄越人と勘定方を兼ねることとなった男・酒井兵庫を通じて、この物語は描かれることとなります。

 特に深い考えも目的もなく、そして剣術はからっきしながら新選組の隊士となった兵庫。そんな彼に算勘の才を見出した総長・山南敬助から勘定方に推挙された彼は、そこで親友もでき、新選組自体が上り調子だったこともあり、彼はそれなりに充実した生活を送ることになります。

 そして勘定方と兼ねて寄越人の役に就いた兵庫ですが、彼の頼越人としての最初の任は、ほかならぬ山南の埋葬の差配。その後も隊士たちの切腹に立ち会うこととなった兵庫は、親友である河合の切腹をも見届けることになるのですが…


 本作を読むまで、私は頼越人という役目があることも、何よりも酒井兵庫という人物の存在も知りませんでした。そんな(全く失礼ながら)忘れられた役目の、忘れられた男の視点から描かれる本作は、それだけに実にユニークな切り口から新選組とそこに集った者を描くこととなります。

 それは「切腹」という側面から見た新選組記とでも言うべきでしょうか。
 新選組という組織を語る上で避けては通れない切腹という制度。腹を切る者にとっては一つの「終わり」である切腹も、それを第三者として見届ける者にとっては一つの「過程」――それで終わることなく、また幾度も繰り返されるものなのであります。

 終わることなく、繰り返される死――それは幕末という時代においては普遍的に見られるものであるかもしれません。
 しかしそれがごく身近に、そしてある意味、敵との斬り合いなどよりよほど理不尽な形で現れたとしたら。そしてそれが、尊敬している人間、親しい人間を襲ったとしたら。

 兵庫は切腹――新選組によって内側にもたらされる死を目撃する寄越人としての任務の中で、新選組そのものの未来の姿、新選組とそこに集った者たちの死の姿を見ていたのではないか…
 そして物語の結末における兵庫の選択は、この「過程」から逃れ、「結末」を見ないですませるためのものではなかったか――というのは、いささか牽強付会に過ぎる見方かもしれませんが。


 思えば作者の新選組ものは、誰かを喪った、あるいは誰かの存在を求める男たちが、その欠落をなんとか埋めようとする中で、新選組という場で見出したものを描いてきたように感じられます。
 次に描かれる男が、新選組で何を見出すのか…それを目にするのが、楽しみなような、恐ろしいような、そんな気持ちであります。


「寄越人」(小松エメル 「小説現代」2013年12月号掲載) Amazon
小説現代 2013年 12月号 [雑誌]


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2013.12.20

「百万石の留守居役 二 思惑」 絡み合う真意のダイナミズム

 加賀藩主・前田綱紀の五代将軍就任を巡り二分された藩論。賛成派の重臣・前田直作を警護して江戸に向かう瀬能数馬だが、その前に反対派が待ち受ける。一方、江戸では大老・酒井忠勝が綱紀に決断を迫っていた。それぞれの思惑が複雑に絡み合う中、数馬の運命は、そして加賀藩の決断は…

 「この時代小説がすごい! 2014年版」で「奥右筆秘帳」が第1位に輝き、絶好調のままスタートした新シリーズ「百万石の留守居役」の第2巻であります。
 四代将軍家綱の死を目前として、時の最高権力者たる大老・酒井忠勝が藩主・前田綱紀を五代将軍に擁立せんとしたことから始まった加賀藩の混乱。その行方と、忠勝・家綱・綱紀らの真意が、いよいよ描かれることとなります。

 藩の重臣の中で唯一、綱紀の将軍就任に賛成したことから、周囲から奸物として命を狙われることとなった前田直作の命を助けたことが縁になってか、江戸に召喚される直作の警護役となった主人公・数馬。加賀から江戸までの旅の間に待ち受けるのは、直作を討とうとする「忠臣」たちの刃であります。

 剣は香取神道流の達人、頭の切れも相当のものな数馬ですが、この戦いは一対一の決闘などではありません。
 限られた人数である自分たちで、幾人いるか、そしてどこで襲いかかってくるかもわからぬ相手を如何に迎え撃つか…時に正攻法で、時に奇策で難関を突破していく数馬の姿が、本作の魅力の一つであります。
(さらに、義父となる家老・本多政長の家臣が、お目付役兼アドバイザー兼採点者として同行しているのがまたお話を面白くするのです)

 そしてそれと並行して描かれるのは、冒頭に述べたとおり、そして本作の副題となっているとおり、交錯する様々な人間の「思惑」。
 徳川の血を引いているとはいえ、外様の綱紀を奉戴しようとする忠勝。忠勝ら幕閣の言葉に従うばかりの家綱。周囲が皆反対する中、ただ一人綱紀の将軍就任に賛成する直作。そして渦中の綱紀――
 誰もが秘め隠した表向きとは異なる想いが、時に絡み合い、時にぶつかり合う、そのダイナミズムがたまらなく面白い。

 深謀遠慮というだけでは収まらない、権力者の――人々の生活を背負う者たちのそれぞれの思惑は、その周囲で右往左往する者たちのそれが浅薄なものとしか見えぬ、一種凄みすら感じさせるもの。
 この辺りの描写は、デビュー以来ほぼ一貫して「権力」の在り方を描いてきた作者ならではであり、そしてそれは外様大名家を題材とした本シリーズにおいても変わらないのであります。


 そして数馬もまた、権力者たちの思惑に振り回された形ではあるのですが――しかし、彼に在って他の者にないのは、己の信念に恥じることなくそれを貫こうとする真っ直ぐな姿勢でありましょう。
 それはもちろん、彼の若さゆえと言えるかもしれませんが、しかしだからこそ、政の澱みに染まらない彼の凜乎たる姿は、この物語において、一つの希望とすら感じられるのであります。

 実は本作までの二作は大いなるプロローグ、「百万石の留守居役」誕生編とも言うべき内容。ここに生まれた若き留守居役が、これから如何に政の世界を切り開いていくのか、期待するなという方が無理でしょう。


「百万石の留守居役 二 思惑」(上田秀人 講談社文庫) Amazon
思惑 百万石の留守居役(二) (講談社文庫)


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2013.12.19

「戦国妖狐」第12巻 決戦前夜に集う者たち

 早いもので千夜青年編に突入してから早くも3巻目の「戦国妖狐」、単行本第12巻であります。戦いの陰で暗躍してきた無の民との決戦が迫る中、第一部からの懐かしい登場人物たちが次々と戦線復帰、さらにあのキャラまでも…と、物語は決戦に向けて突き進んでいくこととなります。

 かつての予言通り、元亀四年に再来した無の民。狂える妖狐と化した第一部の主人公・迅火を手中に収めた彼らは、さらに千夜の父であり、龍の力を宿す最強の男・神雲をも自らの陣営に加えて、その力は早くも恐るべき域に達することになります。

 これに対して千夜の側は、神雲を封印していた山の神・オオヤマミツチヒメが手傷を負い、また迅火を正気に戻す手立ても見つからぬ状況。そんな中でオオヤマミツチヒメから全ての状況の収拾を託されてしまった千夜ですが、彼の身にも重大な変化が……


 と、ボスキャラ戦にも等しい激闘が描かれた前の巻に対して、バトル面では比較的静かだった今回。しかし事態は水面下で次々と動き、登場人物たちも、それに否応なしに巻き込まれていくこととなります。

 その最たるものが、無の民による闇(かたわら)軍の結成でありましょう。
 己の身に宿した千体の闇の魂の力とともあることで、相手の意識を支配する無の民と互角に戦うことができる千夜。この千夜の力に、一体一体は弱くとも、数多くの闇の意識を集めることで無の民は対抗しようとするのですが――

 しかし、寄り集まるのは敵の側だけではありません。故あって結界の中で暮らしていた真介が、千夜に敗れた後に修行を積んでいたムドが、そして彼の師であり神雲の親友でもあった道錬が、それぞれの想いを背負って、無の民との戦いに参戦するのであります。
 そして自分一人で運命に決着をつけるため旅だった千夜を追いかける、月湖と(宿主を変えた)黒月斎、そして迅火を正気に戻すため単独行動するたま――

 今はまだ全員が合流したわけではありませんが、目指すところは皆同じ。敵が力を結集すれば、味方も力を結集する……おお、定番ながら、それぞれが孤独な運命を背負って行動を共にし、あるいは戦ってきたキャラクターたちが一つの目的のために力を合わせようとする姿は、胸を熱くさせてくれます。

 これぞ大河ロマンの醍醐味、といったところですが、物語を最初から読んできた人間にとって、やはり最も印象深いのは真介の成長ではありますまいか。

 初めは武士に憧れる単なる農民の子にすぎなかった少年が、冒険の旅の中で時に深い悲しみに沈み、時に復讐の念に飲み込まれかけながらも、やがては千夜や月湖たちの振り仰ぐ大人として立つようになる……
 確かに魔剣の使い手ともなった彼ですが、その肉体は、何よりも精神は、あくまでも常人。しかしその常人の心が、何を成し遂げたのか――この巻で描かれるその答えは、彼の旅を見続けてきた我々にとって、何よりも感動的なものであります。

 人と闇が、いや神までもが入り乱れ、それぞれの命を散らしていくこの戦国の世に救いがあるとすれば、この平凡な青年の心の在りようにこそその可能性があるのではないか……と感じてしまうのは大げさでありましょうか。


 しかしこの巻のラストに描かれるのは、そんな真介にとって何よりも残酷な運命。彼が今ある、原点ともいえる相手を前にして、彼が何を想い、どう動くのか――
 いよいよ近づく決戦に、また大いに気になる要素が加わったものであります。


「戦国妖狐」第12巻(水上悟志 マッグガーデンブレイドコミックス) Amazon
戦国妖狐(12) (ブレイドコミックス) (BLADE COMICS)


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2013.12.18

「冬の蝶 修法師百夜まじない帖」 北からの女修法師、付喪神に挑む

 「風の王国」が「この時代小説がすごい! 2014年版」で第3位入賞と、今年は時代小説家として大活躍した平谷美樹がweb上に連載してきた「百夜・百鬼夜行帖」が、「修法師百夜まじない帖」のタイトルで書籍化されました。北からやってきた美少女修法師・百夜の活躍を描く短編連作集であります。

 本作の主人公・百夜は、盲目ながら強い力を持つ修法師(≒祈祷師、まじない師)。光文社文庫から既に二冊刊行されている「ゴミソの鐵次調伏覚書」シリーズの主人公・鐵次の妹弟子に当たる彼女は、鐵次の仕事ぶりを見張るという名目で江戸に出て、彼と同じ通称「おばけ長屋」に修法師の看板を出したのです。
(本シリーズのスタートは、「ゴミソの鐵次調伏覚書」の単行本第一作「萩供養」とほとんど同時ですので、まずはスピンオフと言ってもよいでしょう)

 さて、その鐵次は様々な端布を縫い付けた半纏をまとった異形の快男児でありましたが、その商売敵(?)たる百夜もまた、十分に個性的なキャラクター。
 髪を短く切り揃えた美少女でありながら、彼女が手にする杖は仕込み杖、そして何よりもその口調は、武張った侍言葉――仕込み杖は護身用、そして侍言葉は、江戸弁を喋るために侍の霊を身に憑けているためと、もちろんきちんとした理由はあるのですが、なかなかのキャラ立ちであります。

 そしてその百夜が挑むことになるのは、「冬の蝶」「魔物の目玉」「台所の龍」「化人の剣客」「花の宴」「漆黒の飛礫」「沓脱石」「昨夜の月」の8つの奇怪な事件。
 表題作である「冬の蝶」に登場した薬種問屋・倉田屋で手代を務めるお調子者の青年・佐吉を相棒(?)に、百夜は次々と持ち込まれる怪異の謎を解き、怪異を祓っていくことになります。

 そしてこの怪異のほとんどに共通するのは、実はそれらが付喪神によるものであるということであります。
 年経りた器物に魂が宿り、様々な霊異を成す付喪神は、昨今流行の妖怪時代小説ではお馴染みの存在。その意味では――ほとんど全作が付喪神絡みというのはかなり珍しいとはいえ――本作はよくあるゴーストハンター時代劇に見えるかもしれません。
(ちなみに本作が付喪神を扱うのは、様々な作家が付喪神をモチーフとして時代も舞台も異なる短編小説を執筆する「九十九神曼荼羅」シリーズの一作である点による…というのは舞台裏でのお話)

 しかし、個性溢れる時代小説を描かせれば既に屈指の存在である作者が、凡作を発表するわけがありません。
 一口に付喪神といっても、その変化する元の器物が様々であれば、その変化のきっかけも様々。ややもすればルーチン的になりかねぬスタイルの物語を、本作はこの怪異の正体のバラエティと、先に述べた特異なキャラクターの百夜による謎解きの面白さで、一作一作興趣に富んだものとしているのであります。
(そしてそこには、これまで約十年にわたり実話怪談集を上梓してきた経験を見てしまうのは、決して牽強付会ではありますまい)

 特に、農村で夜ごと牛馬が謎の飛礫に傷つけられていくという「漆黒の飛礫」に登場する怪異の正体は、付喪神怪談としておそらくは空前絶後のものでありましょう。
 一方、百夜のキャラクターと物語の結びつきでいえば、なんと言っても古い屋敷を取り壊そうとした大工たちが、宙から落ちてくる沓脱石の怪異に悩まされる「沓脱石」が白眉。ここで語られる怪異の正体を知り、そこに込められた想いを真に受け止めることができるのは、北から来た女修法師たる百夜だけでありましょう。


 短編ゆえ、もう少し踏み込んだ物語が見たいと感じる部分が皆無ではありません。また、佐吉のキャラクターも、まださまで面白いとは感じられないのも正直なところではあります。
 しかし、本作が、本作ならではの、本作にしかない大きな魅力を持つことは、上に述べたとおりであります。

 本シリーズは既にweb上では28話まで発表されている(そして29,30話の発表も間近の)人気シリーズ。すなわち、これからまだまだ書籍される物語があるいるということであり――我々読者の楽しみもまた、まだまだ続くということであります。


「冬の蝶 修法師百夜まじない帖」(平谷美樹 小学館文庫) Amazon
冬の蝶 修法師百夜まじない帖 (小学館文庫)


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2013.12.17

「大江戸恐龍伝」第1巻 二つの龍が誘う物語の始まり

 1771年、長崎を訪れた平賀源内は、嵐の中、肥前の山中で見つかった龍の骨を目撃する。同じ頃、漂流の末、南の孤島にたどり着いた船乗りたちが、巨大な怪物に襲われていた――その後、大坂に出てとある寺で龍の掌を見せられた源内は、そこで不思議な絵文字が記された紙片を見つけるのだが…

 夢枕獏が長きに渡り連載してきた「大江戸恐龍伝」が、ついに単行本化されました。全五巻、現在もまだ刊行が続いているところですが、これはその第一巻、導入部ではありますが、早くも私のような人間にとっては胸躍る展開の連続であります。

 本作の主人公は、平賀源内――言うまでもなくあの博覧強記のアイディアマン、幅広い分野でユニークな業績を残し、そして時代伝奇ものでは史実をさらに上回る活躍を見せることも少なくない、お馴染みの人物であります。
 本作に登場する源内は、そんな我々が抱く源内に対するイメージをそのまま具現化したような人物として描かれます。
 すなわち、傲岸不遜な天才であり、興味を持ったら周りが見えなくなる好奇心の塊であり、どこか俗っ気の抜けない山師めいた人物であり、そしてそれでいて不思議と引きつけられる陽性の存在――そして、そんな我々がよく知っている(と勝手に感じているところの)源内が挑むのが「龍」だというのですから、これが面白くないわけがないのであります。

 そして本作においては、冒頭から二つの龍の姿が描かれます。
 一つは、源内がその評判を聞きつけて向かった嵐の山中で対面した完全に揃った龍の骨(化石)。そしてもう一つは、嵐で難破した末に漂着した何処とも知れぬ島の密林を訪れた船の乗組員たちに襲いかかった巨大な怪物――

 当代切っての知識人である源内に「龍」が存在した証である化石を見せることで、本作が単に荒唐無稽なだけではない物語であることを匂わせ、そしてその次に実際に人を襲い食らう「龍」の存在を突きつけることで、本作が単にお行儀が良いだけの作品ではないことを思い知らせる――見事な導入部です。

 そしてそれに続く物語ももちろん実に魅力的であります。
 大坂に出た源内の持つ博物学の書物を見るために訪ねてきたのが、あの丸山応挙というだけでもニコニコものですが、その応挙とともに、源内が「少なくとも彼が知るどの動物にも似ていない」龍の掌と伝えられるものを見るというのもたまらない。

 そしてそれをもたらしたのが、かつて真田家に仕え、何処かから龍の掌とともに帰ってきた時には半ば気が触れた男であり、そして彼が掌だけでなく、黄金の混じった石や謎の絵文字を記した紙片をはじめとする謎めいた品物を残していた――とくれば、懐かしの秘境冒険ものの薫りすら漂うではありませんか。

 さらにこの先も物語は数々の謎を孕み、そして数々の有名人たちを巻き込んで、展開していくこととなります。
 正直に申し上げて、この第一巻の時点では、これらの要素がどのように絡み合い、そして冒頭に登場した生ける「龍」に繋がっていくのか、それはまだ全くわかりません。

 しかし人物紹介におそらくは終盤までの登場人物が並んでいること、そして巻末に最終巻までの目次全てが掲載されていることを考えれば、作者の並々ならぬ自信がうかがえます。
 その自信のほどを信じて、この先を楽しみに読み進めていくこととしましょう。


「大江戸恐龍伝」第1巻(夢枕獏 小学館) Amazon
大江戸恐龍伝 第一巻

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2013.12.16

「向ヒ兎堂日記」第3巻 伊織、出生の秘密!?

 違式怪異条例によって怪異を記した書物や、怪異そのものが国家に取り締まられることとなった明治時代を舞台に、その禁書扱いの怪異にまつわる本を収集する貸本屋・向ヒ兎堂を描くユニークなファンタジー「向ヒ兎堂日記」の第3巻が発売されました。

 さて、この第3巻は、前の巻のラストから続く中編エピソード「猫屋横丁」の続きから始まります。
 猫又たちが集まって暮らす猫屋横丁を取り締まらんとする違式怪異取締局に対し、これを何とか阻止しようとする兎堂の面々。しかし兎堂の猫又・銀をはじめ、横丁の猫又たちも捕らえられ、兎堂の主人・伊織は何とか皆を救出しようとするのですが…

 と、本作始まって以来の騒動となった感のあるエピソードですが、ここからさらに物語は核心に向かっていくことになります。
 化け狸の千代との連携で猫又たちを閉じこめた檻の鍵を手に入れ、檻の錠を開けた伊織。しかし取締局の人間によれば、この錠を開けることができるのは陰陽師だけのはずなのであります。

 そして取締局の局長が、何かと兎堂とは縁のある局員・都筑に依頼したのは、ある陰陽師の血を引くという子供の所在探し。明治に至り陰陽寮が解体された中、その陰陽師が復権を賭けて企んだある策とは――

 元々、兎堂のゆったりした日常を描くエピソードと、取締局を巡る伝奇的色彩の強いエピソードと、二つの性質から成る本作。
 その両者を繋ぐ存在がほかでもない主人公の伊織ですが、これまでも謎めかして描かれてきた彼の出生の秘密の一端が、ここにきてついに描かれた…と言ってよいでしょう。

 この後も、伊織の子供時代の様子――深山に棲む鬼に育てられ、化け狸の姫である千代と一緒に過ごしてきたその姿が描かれ、いよいよ伊織の謎が…という緊迫感がほとんどないのが、いかにも本作らしいところでしょうか。

 確かに常人離れした能力を持つものの、あくまでも伊織の心は普通の人間のそれであり、そして彼とともに暮らす千代や銀も、人とかけ離れた精神を持つ存在ではありません。
 本作を包むゆったりとした、居心地の良い空気は、まさにこの距離感によるものでありましょう。

 いささか残念なのは、この感もこの空気が最も濃厚に漂う兎堂を舞台としたエピソードが少ないことなのですが――その数少ない一つである、妖怪・唱猿を巡る物語が、実に「らしい」楽しさに満ちた内容だったので、個人的には満足しております。


 さて、伊織にとって、そして本作を楽しむ我々にとってもよき隣人であっても、それを法の枠にはめ、管理しようというのが違式怪異取締局。しかしこの取締局においてもある動きが…という場面で、この巻は終わることとなります。

 いよいよ伊織と取締局の距離が狭まり――すなわち、二つの側面が近づくとき、何が起こるのか。それはそれで大いに気になるものの、しかし願わくば、本作の、兎堂の居心地の良さは変わらずあって欲しいとも強く感じるのであります。。


「向ヒ兎堂日記」第3巻(鷹野久 新潮社バンチコミックス) Amazon
向ヒ兎堂日記  3 (BUNCH COMICS)


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2013.12.15

作品修正更新

 このブログ・サイトで扱った作品のデータを収録した作品集成を更新しました。本年8月から本年12月半ばまでのデータを追加・修正しています(単行本から文庫化されたもの、文庫が再刊されたもの等も修正を加えています)。
 今回も更新にあたっては、EKAKIN'S SCRIBBLE PAGE様の私本管理Plusを使用しております。
 目につくところは手を入れているのですが、シリーズものや短編集の扱いについては一度きちんと整理しなければいけないと考えているところです(できるだけ一カ所にまとめる方向で)。

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2013.12.14

「大奥同心・村雨広の純心 2 消えた将軍」 久々の続編はあっさり目?

 村雨広ら大奥同心の活躍で精鋭を倒され、徳川家継暗殺を阻まれたた紀伊忍び。彼らの次なる手は、自分たちの手を極力汚さず、尾張忍びを操って家継襲わせることだった。家継の将軍宣下の日が迫る中、次々と迫る奇怪な忍びの魔手。大奥同心たちは、紀州への反撃を試みるのだが…

 風野真知雄の「大奥同心・村雨広の純心」、実に二年ぶりの続編であります。正直なところ、あまり間が開いたものでもう続編はないのかと残念に思っておりましたが、こうしてシリーズが再開したのは嬉しい限りです。

 さて、本シリーズは、徳川七代将軍・家継、そしてその生母・月光院を守るために結成された武術の達人たち――大奥同心が、奇怪な忍びたちと激闘を繰り広げる活劇であります。
 もちろん、新井白石の食客であり、塚原卜伝の流れを汲む新当流の達人である村雨広もその一人。しかし、彼にとっては、役目や白石の信頼もさることながら、月光院を護って戦わねばならない理由があります。

 それは、月光院こそが、かつて同じ長屋に育ち、互いに淡い恋心を持ちながらも引き裂かれた幼馴染みの後身であったこと――
 前将軍の側室、現将軍の生母となった彼女といまさらどうこうなるわけもない。しかしそうであっても、いやそれだからこそ、彼女とその息子を護らなければならない…そんな彼の切ない心が、サブタイトルである「純心」に表されているのであります。

 前作では紀州藩主・徳川吉宗が差し向けた異能の持ち主揃いの紀州忍びから月光院たちを守り切った村雨ですが、次なる敵は尾張忍び。紀州の次は尾張というのは、ある意味納得ではありますが――
 と思いきや、実はこれは、尾張忍びの総帥に術をかけて操った紀州忍びの総帥による企み。

 かくて月光院と家継を護る戦いは、大奥同心vs尾張忍び、そして彼らを操る紀州忍びと、三つ巴に。さらに大奥同心の仲間であるはずの月光院付きの大奥女中・絵島は、文字通り吉宗(!)と通じ合う仲で…と、幾重にも入り乱れた戦いは、家宣の将軍宣下の日にクライマックスを迎えることとなります。


 …と、今回もなかなかに起伏に富んだ趣向の本作なのですが、しかし実際に読んでみた印象は、正直に申し上げれば随分とあっさり目…といったところ。
 登場する忍びたちのユニークな秘術や、意外な事件の数々、そしてどこかペーソス漂う人間模様と、いかにも作者らしい要素が散りばめられてはいるのですが、個々の描写がさらりとしすぎているのが気になりました。

 特にクライマックスなど、相当に派手なことが起きているにもかかわらず、わずかな描写で終わってしまったのには少々驚かされました。
 厳しいことをいえば、設定したイベントを駆け足で消化した…という印象なのであります。


 が、ラストでついに描かれる村雨の秘剣・月光の剣の正体、これには心の底から驚かされました。
 いや、このロジックで秘剣を描いたのは、本作が初めてではないか…というレベルの技であり、いやこれは必見であります。

 そしてまた驚かされたといえば、ラストに登場するある勢力にも(秘剣ほどではないにせよ)また仰天。なるほど、登場してもおかしくはない勢力ではありますが、ここで登場するとは意外でありました。

 史実から考えれば、これからいよいよ苦しい戦いを強いられるであろう村雨たち大奥同心。この先の物語は、あまり間を置くことなく、読ませていただきたいものです。


「大奥同心・村雨広の純心 2 消えた将軍」(風野真知雄 実業之日本社文庫) Amazon
消えた将軍 - 大奥同心・村雨広の純心2 (実業之日本社文庫)


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2013.12.13

「ちゃらぽこ フクロムジナ神出鬼没」 右肩上がりの妖怪ドタバタ騒動

 飛鳥山で紅葉狩りを楽しむ妖怪長屋の面々の前に落ちてきた久米の仙人。逃げ出した妖怪・袋狢を追う仙人の手助けをすることになった新次郎だが、長屋に天敵の姉が転がり込んできてそれどころではなくなってしまう。さらに江戸を騒がす奇怪な妖盗が出現、数々の事件は意外な形で繋がることに…

 今年は妖怪時代小説で大活躍した朝松健。その新たな代表作とも言うべき「ちゃらぽこ」シリーズの最新作であります。

 今回の事件の中心となるのは、かの久米の仙人(相変わらず女性のチラリには弱い模様)が可愛がっていたという妖怪・袋狢。狸と官女を足して二で割ったような姿の袋狢を可愛がっていたという仙人ですが、彼女(?)が姿をくらましてしまったというのであります。
 実はこの袋狢、あらゆる壁や扉をすり抜けるという力を持つ妖怪。神出鬼没の彼女を連れ戻すため、妖怪長屋の面々は仙人を手伝うことになります。

 が、長屋で唯一の人間である青年剣士・荻野新次郎の前に現れたのは、彼が頭が上がらないただ一人の相手である実の姉・お勢。北町奉行所与力の夫が外に女を作って帰ってこないという姉に居座られて、新次郎はすっかりグロッキー状態に。

 そこで姉を引き取ってもらうために 奉行所に出向いた新次郎は、そこで錠前を破りもせず、壁をすり抜けたように蔵の中のお宝を根こそぎ盗むという妖盗の跳梁を知ることになります。

 壁をすり抜けるといえば、どうしたって思い出すのは袋狢。果たして新次郎は、意外な場所で袋狢を見つけるのですが、事態はいよいよややこしい方向へ――


 と、例によって大騒動となってしまう本作なのですが、ストーリー、物語の構造自体はかなりシンプルであります。謎や秘密はほとんどなく(あってもすぐに解決して)、スルスルと物語は進んでいくのですが――しかしその分、一つ一つのシチュエーションが丁寧に描かれ、そして実に楽しい。

 元々本シリーズは、えらく個性的なキャラクターたちが、ページ狭しとドタバタ騒動をスラップスティックコメディなのですが、今回はギャグの質・量的に、過去最大級。
 時にベタな、時に落語チックなギャグの数々に加え、今回は「私闘学園」を思い出させる五七五ギャグなど、趣向を凝らしたネタも投入されているのが嬉しいのです。

 何よりもひっくり返ったのは、冒頭部分――本シリーズにおいては、毎回冒頭で重要キャラがいきなり死ぬというとんでもないお約束があるのですが、今回の犠牲者は…いや、それはおかしい。と突っ込みを入れずにはいられないとんでもない展開。
 しかもそれが物語の背景としてラスト近くまで機能して、クライマックスの大混戦に繋がっていくのですから、いやはや脱帽であります。


 巻を追うごとに右肩上がりにテンションが上がっていくこのシリーズ、肩の力を抜いて読める楽しい作品なのですが、油断していると突然すごいのが飛んできて噴く羽目になるという、恐ろしいシリーズでもあります。要注意。


「ちゃらぽこ フクロムジナ神出鬼没」(朝松健 光文社文庫) Amazon
ちゃらぽこ フクロムジナ神出鬼没 (光文社時代小説文庫)


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2013.12.12

「黄石斎真報」(その二) 混沌の江湖に生きる悪党たち

 中華民国期の地方都市を舞台に、悪党たちが縦横無尽に活躍する秋梨惟喬の最新作「黄石斎真報」の紹介の続きであります。

「死体探求」
 評判の煮込み屋で見つかった人間の内蔵。体の方を探す崇徳たちだが、今度は内臓のない死体が発見される。さらに最近死んだ隠居官僚の遺体が何者かに奪われるのだが…

 ある意味、「黄石斎真報」という物語を象徴するような一編。人肉を出しているという噂を立てられていた煮込み屋(店の名前が「十里亭」、女将の渾名が「顧大嫂」というのが、いかにも水滸伝ファンの作者らしい)で本当に人間の内臓が発見されるという導入部から次々と怪事件が起こるのですが、その背後にいたのは何と…という展開は、一歩間違えればアンフェアの誹りを免れないかもしれません。

 しかし(この趣向の詳細を伏せながら語るのはなかなか難しいのですが)、この一見アンフェアな構造こそが実は本作の最大の特徴であり、一筋縄ではいかない点。
 本作で我々は改めて、ここは正義の味方などという単純明快なものが存在しない世界と悟らされるのであり――そして最終話において、本作の構造は再び重要な意味を持つのです。


「妖怪爆破」
 阿麗の親友の兄のもとに夜な夜な現れ、夜食を強請っていく巨大な手の妖怪。阿麗に頼まれた崇徳たちは、一計を案じて…

 何ともインパクトのあるタイトルですが、内容の通りなのですから仕方がない(?)。
 学問中の男の前に夜な夜な現れる巨大な手の怪というのは有名な話ですが、そんな近代以前の存在に、ある意味近代の象徴ともいえる科学――火薬で立ち向かうというのは、これまで繰り返し本作で繰り返されてきた近代とそれ以前の相剋の表れとも言えるでしょう…

 といいつつ、その裏で黒蝙蝠たちが一計を案じているのはいつも通り。もっとも今回はそれが悪だくみとはいえ、いつもと趣が異なるのが楽しいところではあります。


「刑天乱舞」
 ある屋敷の庭で発見された奇怪な首なし死体。胸には二つの石が埋め込まれ、腹には口のように見える一文字の傷、手元には斧と盾が置かれたその死体は、伝説の妖怪・刑天を思わせるものだった…

 ついに迎えた最終話は、この「黄石斎真報」の総決算とも言える内容であります。
 犠牲者が、どう見ても妖怪・刑天にしか見えぬ姿にされたのはなぜなのか…ホワイダニットとして面白いのはもちろんのこと、その先にあるミステリとしては一種反則的な構造――「死体探求」で触れたものをさらに推し進めたような――は、まさに本作ならではのものでしょう。

 そして思いも寄らぬ人物同士の対決の果てに明かされたのは、物語全体を貫く謎――これまでのエピソードの中で気にはなりつつも、無視しようと思えばできた要素がここで一気に立ち上がるのは、連作ならではの醍醐味と言えましょうか。
 作中で何度か繰り返されるある人物のセリフの真意がわかった時には、思わず嘆息させられた次第です。


 というわけで長々と紹介して参りましたが、その一の冒頭で述べたとおり、ミステリだけでなく、様々な要素が惜しげもなく投入された極めてユニークな連作集である本作。
 もろこしシリーズでは「システム≒秩序」を守るヒーローを描いてきた作者ですが、本作で描かれたのは、その秩序が失われた世界であります(ちなみにもろこしシリーズの最終作ともいえる「風刃水撃」で描かれたのは本作と同時期であります)。

 そんな混沌とした世界で活躍するのは、江湖の申し子ともいうべきしたたかな面々(ちなみに本作、日本人にはいささかわかりにくい「江湖」という概念を巧みに説明しているのに感心させられます)。
 彼らは一人残らず善人とは到底言えませんが、しかしそのバイタリティと度胸は実に魅力的に映ります。

 そして本作は、新たな悪党の誕生を以て結末を迎えたと言えるのですが――彼が、そして仲間たちが今後どのような悪だくみを巡らせるのか――それを見たいと切望するのは、私だけではありますまい。


「黄石斎真報」(秋梨惟喬 講談社) Amazon
黄石斎真報 (文芸第三ピース)

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2013.12.11

「黄石斎真報」(その一) 痛快な悪党どものお目見え!

 中華民国の成立から数年後の江南の地方都市・仙陽で発行される画報「黄石斎真報」。社主の賀黄石以下、真報を編集する一癖も二癖もある面々には、事件を記事にすると同時に、その裏を探っては副収入をせしめるという裏の顔があった。新人記者の林崇徳は、そんな先輩たちのやり方に翻弄されるが…

 武侠もの+ミステリという極めてユニークな「銀牌侠」シリーズを発表してきた秋梨惟喬が、新たに中国を舞台に描く連作集です。
 民国時代、国中が内憂外患に揺れるのとは距離を置いた地方都市・仙陽を舞台に、画報社に集う悪党たちが痛快な活躍を繰り広げる本作は、ミステリ・武侠・ガンアクション・コンゲームと様々な要素が絡み合った快作であります。

 社会問題や地元の出来事のみならず、怪しげな事件をも扱う黄石斎真報を発行するのは――
 仙陽の顔役の一人で車椅子の社主・賀黄石、黄石の妹の勝ち気な美少女・阿麗、石版の彫り師兼印刷技師の譚酒卿、優男ながら江湖の事情に通じた凄腕で今は記者の陸亜森、博覧強記の知識と恐るべき殺人術を持つ謎の居候・黒蝙蝠、そして彼らに翻弄される生真面目な新人記者の林崇徳といずれも個性的な面々。

 そんな悪党どもが、仙陽で起きる怪事件の謎を追って記事のネタにしつつ、裏で蠢く連中を時に叩き潰し、時に上前を跳ね、時に煽って大枚をせしめるというのが、本作の基本スタイルであります。

 そんな本作を構成する五つのエピソードを、一つずつ紹介しましょう。


「位牌発電」
 仙陽に現れた、先祖の位牌から電気を取り出すというふれこみで、代金を払って位牌を借りる一団。一見実害がなさそうな一団の陰には、意外な動きが…

 というわけで記念すべき第一話は、上に述べた本作のレギュラー陣とともに、物語フォーマットの紹介編とも言うべき内容。
 すなわち、常識では測れないような怪事件が発生し、その裏を黒蝙蝠と亜森が探り、崇徳が黒蝙蝠に振り回された末に、大活劇の後に真実が明かされる…という展開であります。

 たとえば「赤毛連盟」のように、珍商売の陰に実は…というパターン自体は珍しくないかもしれませんが、本作の場合はとにかく位牌から発電という突飛にもほどがあるアイディアに脱帽(そしてそれを画報の先駆である「点石斎画報」を引いてもっともらしく語るのも楽しい)。

 面白拳銃が乱舞するクライマックスのアクションも含めて、特殊な作品世界ながら、一気に引き込まれます。


「見鬼浄眼」
 追い剥ぎを働くという鬼を追うことになった崇徳。男を殺した上、どこかに消え失せた鬼の逃走経路にいたはずの見鬼の老人は、犯人を見ていないというのだが…

 タイトルの見鬼浄眼とは、中華伝奇ものではお馴染みの、この世ならざるものを見ることができるという青く輝く目のこと。
 この目を持った占い師の老人がキーマンとなる今回は、スケール的にはだいぶ小粒なのですが、前話とはまた別のベクトルで奇怪であり、そして20世紀とはいえ、前近代的な怪談の存在を許容する本作の世界観がよく出ていると感じます。

 正直なところ、謎解き自体はバカミス一歩手前で、肩すかしの感は否めないのですが、そのトリック(?)が成立する理由が、この世界観と密接に結びついているのは評価するべきでしょうか。


 以後、次回に続きます。


「黄石斎真報」(秋梨惟喬 講談社) Amazon
黄石斎真報 (文芸第三ピース)

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2013.12.10

「この時代小説がすごい! 2014年版」 単行本も加わって充実の時代小説ガイド

 「この○○がすごい!」が発売されると年の瀬を感じますが、昨年は夏頃に発売された「この時代小説がすごい!」が、今年は年末に発売されました。前回同様、今回も作品紹介の一部を担当させていただきましたので、恐縮ですが宣伝兼紹介させていただきます。

 今回発売された「この時代小説がすごい! 2014年版」は、前回同様、評論家やライター、編集者や書店員の投票によるランキングを中心に、作品紹介や作家インタビューを掲載したムック…というのは前回同様ですが、この2014年版最大の特長は、これまで文庫書き下ろし時代小説のみだった対象に、単行本も加わったことであります。

 確かに文庫書き下ろし時代小説は、いまや時代小説のメインストリームの一つであることに疑問はありませんが、しかし全てではないことは言うまでもありません。ここに今回単行本も加わって二つのランキングとなったことで、今年の時代小説シーンをほぼカバーしたのではないかと感じます。
(ちなみに、前回は作品別のみと記憶しておりますが、今回は作家別ランキングも加わったのは嬉しいところです)

 さてそのランキングですが――その結果についてはもちろん実際に御覧いただきたいのですが、今回も実に興味深い結果であります。
 特に、比較的傾向が似た作品が多い文庫書き下ろしに対して、時代小説と一口に言ってもより様々なサブジャンルの作品が揃っている単行本の方は、まさに百花繚乱と言うべき結果となっております。

 さらに面白いのは、投票者それぞれがどのような作品に投票したかでありまして――と、自分を完全に棚に上げて申し上げますが――ある意味平均的な結果となるランキング以上に、内容に個性が出ているのが本当に面白い。
 自分に感性の近い回答者を見つけて、その方が挙げている未読の作品を読んでみる…というのも良い読書法ではないかな、と感じます。
(単純に、あの人はこの作品を! と驚きながら見るだけでも面白いのですが)


 さて、そして大変恐縮ながら私が紹介を担当した作品は以下の11作品であります。

上田秀人「表御番医師診療録」
平谷美樹「風の王国」「採薬使佐平次」「藪の奥」
朝松健「ちゃらぽこ」
畠中恵「つくもがみ、遊ぼうよ」
柳蒼二郎「無頼の剣」
輪渡颯介「古道具屋皆塵堂」
天野純希「戊辰繚乱」
篠原景「柳うら屋奇々怪々譚」
谷津矢車「洛中洛外画狂伝」

 ああ、いかにも「らしい」ラインナップだと思われるかと思いますが、内容の方も自分らしさを出して書くことができたかと思います(好きなように書きすぎて、他の方に比べると浮いてしまったのは大いに反省しておりますが…)。


 閑話休題、私がランキング投票や作品紹介に参加させていただいたことは全く抜きにしても、前回同様にやはり最新の時代小説ガイドとして、非常に意義ある一冊である「この時代小説がすごい!」。
 これからも他のジャンル同様、毎年末の風物詩として定着していただきたいものです。


「この時代小説がすごい! 2014年版」(宝島社) Amazon
この時代小説がすごい! 2014年版


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2013.12.09

「吉祥の誘惑 採薬使佐平次」 王道を行きすぎた作品?

 吉原で豪商が原因不明の死を遂げた。探索に息詰まった友人の町方同心・省吾に相談された佐平次は、遺体の傍らにあった宝相華の模様の薬包に注目する。時を同じくして、目安箱に強い阿芙蓉の丸薬が投げ込まれた。佐平次が追う二つの謎は、やがて意外な形で結びつく。黒幕を追う佐平次が見たものは…

 八代将軍吉宗が設置した、諸国を巡り薬草などの採取・研究を行う採薬使にして、御庭番というもう一つの顔を持つ男・植村佐平次の活躍を描くシリーズ第3弾であります。
 前作からわずか2ヶ月で登場した本作は、がらりと趣を変え、江戸で頻発する不審死と、密かに流通する阿芙蓉(阿片)の謎に挑むことになります。

 親友の町方同心・長坂省吾から(いつものごとく)相談を受けた佐平次。吉原で突然死を遂げた豪商の傍らに落ちていた薬包の中身を調べた佐平次は、その中に猛毒の芫菁(豆斑猫)が混ぜられていたことに気付きます。
 被害者が精力剤として薬を服用していたと睨んで調べを進めた結果、佐平次と省吾は、同様の突然死が、花街で何件も起きていたことを知ることになります。

 一方、吉宗に呼び出された佐平次は、目安箱に入れられていたという、強い阿芙蓉から作られた丸薬の出所を探るよう、命じられます。丸薬を目安箱に入れた意外な人物と出会った佐平次は、相手から、既に何者かの手により丸薬が大量にばらまかれていることを知らされます。
 しかし時既に遅く、阿芙蓉の魔手は省吾のすぐ近くを襲うことに…


 隣国で戦争の原因となったこともあってか、阿片というのは時代ものではしばしば登場するアイテムであり、江戸で阿片を密売する悪人が現れて…というのも定番の展開ではあります。
 本作はその定番真っ正面を行く作品ではありますが――しかし主人公の設定一つを見てもわかるとおり、ユニークな設定と展開を得意とするシリーズだけに、本作も一ひねりも二ひねりもある内容となっています。

 何よりも面白いのは、佐平次たち採薬使が、阿芙蓉や謎の薬の正体に、「科学的に」迫っていく点でありましょう。
 何しろ毒薬・麻薬を含めて薬といえば、言うまでもなく採薬使の専門分野。その知識をフル活用して丹念に謎を解き明かしていく彼らの姿は、江戸の科学捜査官とでも呼ぶべきでありましょう。

 そしてまた。彼らの活動は採薬使としてのものだけに留まらないのも、言うまでもありません。事件の背後に巨大な陰謀の陰を察知すれば、ここで彼らが見せるのは、御庭番としての顔。
 潜入・探索・破壊――前作にも登場した面々の助けを借り(一部こき使って)、地味な捜査から一転、陰謀を粉砕せんと活劇を繰り広げるという振れ幅の大きさは、本シリーズの大きな魅力でしょう。


 しかし…正直に申し上げれば、大いに楽しませていただきつつも、いささか不満に感じた部分があったのも、また事実であります。

 それは一つには、本作の物語が――上に述べたとおり、本作独自の魅力は備えつつも――あまりに王道を行きすぎて、前二作に比べれば意外性に欠けていたことがあります。
 江戸時代にバイオテロを引き起こした第一作、長崎から江戸まで象を守ってのロードノベルだった第二作…時代小説史上屈指のユニークな作品だった前二作に比べられるのも不幸ですが、やはり今回もと期待してしまうのも人情でしょう。

 そしてもう一つ、これも前二作との比較になってしまいますが、本作では作者独自の視点からの――現代にも通じるような――切り込みが薄かったと感じます。何カ所か、それらしい部分はあるのですが、例えば前作で描かれた権力への批判精神などがあまりに強烈だったゆえに、いささか薄味に感じられた点は否めません。


 本作ならではの魅力があると申し上げつつも、どうにも辛口な評価となってしまい恐縮です。水準以上の快作であることは間違いないのですが…
 しかしながら、シリーズとして今まであれだけのものを見せられると、ついつい欲張りになってしまうのはファンとしては無理のない話。まことに申し訳ありませんが、期待の裏返しと思っていただければ、と思います。


「吉祥の誘惑 採薬使佐平次」(平谷美樹 角川書店) Amazon
吉祥の誘惑  採薬使佐平次 (単行本)


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2013.12.08

「書楼弔堂 破暁 探書壱 臨終」 古書を求めて電書を手に

 明治25年、病気療養で休職し、東京の外れで暮らす「私」は、散歩に出た際に、弔堂という奇妙な古本屋に足を踏み入れる。古今東西の膨大な量の書物が眠る弔堂で店主と語らっていた私だが、そこに現れた一人の老人が現れる。死を目前にした老人に、弔堂の店主が差し出した彼だけの一冊とは…

 京極夏彦が明治時代の不思議な古本屋を舞台に描く連作ということで大いに気になっておりました「書楼弔堂」…の第一話であります。

 本作の語り手は、旗本の出ながら今は一種の高等遊民めいた暮らしを送る男。病気療養と称して仕事を休み、家族からも離れて一人暮らす彼が、ある日散歩の途中に、自分の宿から遠くない場所に、一軒の古本屋があることを知る場面から、この連作は始まります。

 その古本屋は、三階建ての燈台のような店構えの、書楼とも言うべき造り。そして軒先には「弔」の一文字が。
 元僧侶だという店主と言葉を交わした語り手は、本とは移ろいゆく過去が封じ込められた呪物であり、そしてそれを読むという行為は、そこに封じられたものを、読む者だけの現世として甦らせる行為だと聞かされるのですが――

 と、この、良い意味で理屈っぽい店主の言葉を聞かされる時点で、我々はもはや京極ワールドの虜。
 私もそれなりに本を愛する人間ですが、なるほど、稀覯書でなく大量流通する本であったとしても、その本を読む時に我々は自分自身のパーソナルな内面世界と――そしてそれはほとんどの場合過去と直結しているわけですが――照らし合わせて読んでいるわけであります。
 そしてそれと強く共鳴する本こそが、心に強く残る本であるというのは、大いに頷けるのですが…

 この連作においては、まさにその個々人の心に強く強く残る、その人物が必要とする一冊を、弔堂の店主が客に引き合わせることになります。
 この第一話においてその一冊に出会うのは、死を目前とした、米次郎と名乗る老人。伝統に固執することを強く否定し、時代の流れに合わせて変わっていくべきと主張する米次郎の言葉から、彼のある想いを読み取った店主が選んだ一冊とは…

 本作の見所が、この「一冊」が何であるか、という点であることは間違いありませんが、それ以上に興味深いのは、そこに至るまでに、客の辿ってきた人生が、抱えた想いが解き明かされていく過程であります。
 実は弔堂を訪れる客は実在の有名人であり、かつ初めは正体が伏せられているのがほとんど。その人生や想いを解き明かしていくというのは、そのままその人物の正体探しにも繋がっていくわけで、この辺りの一種ミステリ味がいい。

 この第一話の客についても、結末に至ってそれまでの描写を振り返ってみれば、なるほど…と思わされる部分だらけで、それがまた何とも悔しくも楽しいのであります。


 さて、今回わざわざ第一話だけを取り上げたのは、実はkindleで本作を読んでいるからなのですが…このkindle版の刊行の仕方がなかなかに面白い。
 実はkindleで最初に刊行されるのは、全六話の本作を一話ずつに分けた分冊版(合冊版は分冊版の後に出るとのこと)。そしてこの第一話は、期間限定で特別価格が設定されております。

 別に期間限定価格でなくとも喜んで買うのですが、しかし一般の読者にとってはその分厚さ(=分量)でちょっと引いてしまうかもしれない京極作品を、こういった電子書籍ならではの形で刊行するというのは、実に面白い試みではありますまいか。
 作者は電子書籍にかなり積極的な印象がありますが(といってもそれは出版社にもよるようですが)、こうした本を扱う物語において、新しい出版形式に合わせたスタイルを模索してみせるというのは、なかなかに象徴的です。

 ちなみにkindleでは、全体の何%まで読んだのかが表示されるのですが、この第一話は60%程度で終了。それでは残りには何が、と思いきや、本作の第二話に加え、「どすこい。」「南極。」「虚言少年」といった作者の他の作品の冒頭部分が体験版として収録されているのであります。
 これも電子書籍ならではの試みと申せましょうか。なかなか面白いものです。


「書楼弔堂 破暁 探書壱 臨終」(京極夏彦 集英社) Amazon
【期間限定価格】書楼弔堂 破暁 探書壱 臨終 (集英社文芸単行本)

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2013.12.07

「伏 少女とケモノの烈花譚」第3巻 伏という言葉と忌まわしき物語

 桜庭一樹の「伏 贋作・里見八犬伝」の漫画版「伏 少女とケモノの烈花譚」の、久々の新刊であります。基本的に原作の展開をなぞりつつも、徐々に差異を見せてきた本作は、この巻において、大きく異なる道を踏み出したと感じられます。そしてついにここでもあの物語が語られることに…

 吉原での凄惨な死闘の末、伏の一人・凍鶴太夫の死を看取った浜路。彼女の最期の言葉を伝えるべく、伏の一人・信乃に連れられ、彼らが集う場に赴いた彼女は、そこで現八ら他の伏と出会い、言葉を交わす中で、己の中の想いをさらに強めることとなります。

 それは、人間と伏を巡る因果を終わらせたい――同じ姿で同じ世界に暮らす者として、互いに排除しあうことを止めたいという想い。一見青臭い理想論に感じられるかもしれませんが、伏との死闘をくぐり抜け、誰よりも伏の背負った業を知るからこその彼女の言葉には、強く頷けるものがあります。
 …が、そんな彼女の想いをあざ笑うかのようにその場に現れたのは、ほかならぬ彼女の兄・道節。かつて相棒を殺した伏・鎌鼬こそが現八であると知った道節は、狂戦士と化して現八に襲いかかるのですが――

 原作と最も異なる造形で描かれるキャラクターの一人である道節。原作ではあくまでも浜路の気のいい兄であった――それゆえ、今一つ目立たないキャラだったのですが――彼が、この漫画版においては、内心で妹を伏狩りの「駒」と呼び、伏であれば相手が幼子の姿でも凄惨な暴力を振るう男として描かれるのであります。
 今回描かれるのは、道節がそうなるに至った因縁の物語。なるほど、共感はできないものの理解はできる彼の想いは、ある意味浜路と好一対――伏に、他者に対した時の人の抱く想いの裏表と表すべきでしょう。

 しかし表裏となるのは、浜路と信乃の想いも同じ。同様にこの人と伏の運命を終わらせたいと願いつつも、その向かう先は正反対なのですから…


 そしてこの巻の後半では、彼らの運命を操る(と信じている)ある悪意の存在が、その姿を現すことになります。そして彼の口から語られるのは、伏の起源を語る物語、「贋作・里見八犬伝」…
 原作で強い印象を残した作中作、八犬伝の暗黒面とも言うべき、あの忌まわしい物語がここでも描かれるとは――あるいはカットされるのではないかと予想していただけに――嬉しい驚きであります。

 そして嬉しいといえば、原作では遠景に存在していた滝沢馬琴が、はっきりと浜路の前に現れ、言葉を交わすという趣向も嬉しい(個人的には、初登場時の演出はベタに感じましたが…)
 馬琴の語る内容は、「黒幕」の意志を明確に否定し、何よりも現実と物語の関係を端的に示してみせる点で、強く印象に残ります。

 そして馬琴の「伏とは単なる言葉にすぎん」という明快な言葉は、この漫画版における人と伏の関係の根幹に関わる言葉ではありますまいか?


 しかし何と呼ぼうとも、伏は存在し続けます。その伏と人の関係を、本当に変えることはできるのか――信乃が己の目的成就のための手段として語った謎めいた言葉とともに、やはり大いに気になるところなのであります。
(この辺りに比べると、黒幕君の中二病ぶりが目立ちますな)

 相変わらず人の狂気の描写が通り一遍なのは大いに不満なのですが、裏を返せばそれ以外は実に魅力的。もう一つの「伏」の物語も、いよいよ佳境であります。


「伏 少女とケモノの烈花譚」第3巻(hakus&桜庭一樹他 スクウェアエニックスビッグガンガンコミックススーパー) Amazon
伏 少女とケモノの烈花譚 (3) (ビッグガンガンコミックススーパー)


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2013.12.06

「参議暗殺」 未解決事件を動かす呪いに

 明治四年、時の太政官参議にして維新の大立者・広沢真臣が、自宅で体を切り刻まれて無惨に殺された。刑部省逮部の佐伯謙太郎は、犯人を追う中、次々と不可解な事実に突き当たる。弾正台との対立、身内の裏切り――窮地に追い込まれた佐伯が突き止めたのは恐るべき「呪い」の存在だった…

 歴史上、不可解な殺人事件というのは様々存在しますが、被害者の地位の高さと、事件が社会的に及ぼした影響、そして現代から遠くない時代に起きたという点で、広沢真臣殺人事件はかなりのインパクトを持つものであります。
 広沢といえば、維新の功臣章典禄では木戸・大久保と並ぶ禄を与えられ、そして当時は太政官参議として明治政府の中枢を担っていた人物。そんな広沢が、無惨に殺され、しかも犯人が見つからぬまま――容疑者として広沢の妾が捕らえられながらも、後に無罪放免に――迷宮入りとなったとあらば、否応なしに想像力を刺激されるではありませんか。

 本作は、時代ミステリの名手である翔田寛の手により、ミステリとして事件の謎を解き明かしつつも、その背後に横たわる時代の闇を浮かび上がらせてみせた力作であります。

 偶然屋敷を訪れた警官の急報により、広沢邸に駆けつけた主人公・佐伯謙太郎が見たもの…それは無惨な拷問の跡を留めた、広沢真臣の遺体でありました。さらに現場で発見される、数々の不審な痕跡。そして小部屋で縛られ気絶していた広沢の妾・かねを発見した佐伯は、彼女を独自に確保し、事件の謎を追い始めることになります。

 しかし明治四年は、明治政府が動き出したものの、様々な矛盾と対立を孕んだ時期であります。特に広沢が参議を務める太政官はその上位に位置する神祇官と対立し、そして佐伯が属する刑部省逮部も、一種の政治警察である弾正台と激しく対立している状況。
 何故広沢がかくも無惨な死を遂げなければならなかったのか、広沢の足取りを追う佐伯は、政治の壁、所轄の壁…様々な障害に苦しめられることとなります。

 それでも一歩一歩進んでいく佐伯の前に現れたのは、広沢が所持していたという「異本九相詩絵巻」なる絵巻物。その絵巻物には、古からそれを見た者の心に取り憑き、破滅させる「呪い」が込められているというのですが――


 佐伯の身分はもちろんのこと彼が捜査の過程で晒される組織内外の軋轢など、明治時代を舞台とした警察小説といった味わいが感じられる本作。そんな本作において、呪いという要素は、異物が突然紛れ込んだかのような違和感を覚えさせるかもしれません。
 しかし、呪いとは超自然的なものに限られたものではありません。誰かの強い想い(と対象が信じるもの)が、対象の行動に影響を与え、その行く先を歪める時――その想いは呪いと呼ばれるべきでしょう。

 その意味においては、本作はまさに呪いによって動かされる物語と言ってよいでしょう。広沢の死をはじめとして、本作で描かれる出来事の数々、登場人物の運命は、みなこの呪いの存在に翻弄されると言えるのです。
 それでは呪いをかけたのは誰なのか? それは維新の動乱の中で理不尽に命を落とした人々であります。時代の狂気、などとわかったような言葉で片づけるには、あまりに痛ましい運命を辿った彼らの想いは、その後も続く人々の争いと死をあざ笑うように、そしてそれらによって一層力を増して、今に生きる人々を苦しめるのであります。

 そしてそれは、本作の謎を解き明かすべき佐伯自身にも当てはまるものであります。彼が秘めた、重く悲惨な過去――赤報隊に参加した親友が、偽官軍として処刑された事件は、彼自身の運命をも狂わせ、そして彼を「今」に至るまで、悩ませ続けます。
 彼がこの事件を解決せんと、己の身分はおろか命を賭して奔走するのは、その呪いを解くためにほかならないのであります。呪いが人の理不尽な死によるものだとすれば、人をその運命から救うことが、呪いを解く術だと信じて…


 長々と呪いについて触れたため、偏った印象を与えてしまったら申し訳ありませんが、本作はあくまでほとんど全ての謎が理詰めで解ける――物語のほとんど全てが緻密に結びつき、ほんのわずかな要素も見落とせないほどに構成された――ロジカルなミステリであります。
 しかし、それを謎のための謎に終わらせず、この時代ならではの物語たらしめているもの、そして冷たい論理の羅列に終わらず、人の熱い血潮を感じさせる物語たらしめているもの――それこそが、本作でいう呪いの存在なのです。

 あまりにも重く、やりきれない物語ではあります。ここで描かれるあまりにも醜い人々の姿は、吐き気を催すほどであります。
 それでもなお、いやそれだからこそ――闇の先に小さく浮かび上がる希望の光が心に染み渡る…そんな物語であります。


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2013.12.05

「小説 雨柳堂夢咄 はかなき願いは時間をこえて」 普段通りの、そして意外な趣向の夢咄

 店の入り口に大きな柳の木がある骨董屋・雨柳堂。人ならざるものを視る力を持つ店主の孫・蓮を狂言回しとして、骨董品に込められた人々の想いを描く波津彬子の名作「雨柳堂夢咄」の小説版が刊行されました。小説版の作者は時海結以――古典ベースの作品を得意とする作者だけに適任と言えましょう。

 これまでもこのブログで取り上げてきたように、私も大好きな作品である「雨柳堂夢咄」。その初の小説版である本作は、5つのエピソードから成るのですが…最初に受けたのは、良い意味で「いつもどおり」という印象であります。
 ある骨董品を中心に、ゲストキャラクターが様々な事件・出来事に出会い、そこから生じる様々な人の想いの結末を、蓮くんが見届ける…そうした原作の基本フォーマットに沿って、本作は進んでいきます。

 原作の雰囲気から大きく異なるようなイベント――たとえば派手なアクションシーンやら蓮くんのライバル登場など――があるわけでもありませんが、むしろそれが本作を小説化する上で正しいというのは、ファンであればよくご存じでしょう。

 ただし、原作ファンであるほど、「ん?」と感じる部分はあるかもしれません。それは簡単に言ってしまえば、登場人物の語りがかなり多い点であります。
 これは一つには、本作に収められたエピソードが、いずれもそれぞれ異なる語り手による一人称で描かれていることによるものかと思われます。

 もちろん、原作でも一人称視点のエピソードは少なくありませんが、その性質上、描写的には俯瞰的にならざるを得ない漫画に対して、小説は完全に主観で描くことが可能となります(それを一種のトリックに使ったエピソードもあります。原作ファンであればすぐにわかってしまうものではありますが…)。
 しかしそれ故に全ての描写は語り手の口を通じて語られることとなり、そこが厳しく言ってしまえば贅言を費やしているように感じられる部分はあるかもしれません。そしてこの点は、漫画と小説の表現方法の違いにそのまま繋がってくるものではありましょう。

 それ故、漫画と全く同じ感覚を期待すると――内容的に普段通りであるがゆえになおさら――気になってしまう部分はあるかもしれませんが、そこはむしろメディアの違いとして楽しんで良いのではないかな、と私などは感じてしまいます。

 何よりも本作のユニークな点は、全体を通じて一つの趣向・仕掛けが――作品のムードを壊すことなく――用意されている点であります。
 これをズバリと言ってしまうことができないのがなんとも歯がゆいのですが、それが明かされた時は、まさか本作でこうくるかと、大いに驚き、かつ嬉しくなってしまった次第です(ここで作者のデビューしたレーベルを思い出すのは、いささか考えすぎかもしれませんが)。

 この仕掛けが鮮やかに昇華するラストは、美しい物語、いい話の連続である本作においても、間違いなく最も美しい瞬間でありましょう。
 まさしく「はかなき願いは時間をこえて」という副題に、そしてもう一つの「雨柳堂」の結末としてふさわしいものであったかと思います。


「小説 雨柳堂夢咄 はかなき願いは時間をこえて」(時海結以&波津彬子 朝日新聞出版) Amazon
小説 雨柳堂夢咄 ~はかなき願いは時間をこえて~


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2013.12.04

「新笑傲江湖」第6話 正派と邪派の壁を越える想い(と自分を棚に上げる人)

 気がつけばもう全体の1/7ですが、原作からすればようやく序盤の「新笑傲江湖」。今回は令狐冲vs田伯光が描かれるなど、だいぶ原作寄りの展開ですが、今回も登場する東方不敗により、やはり物語はあらぬ方向へ…

 わけもわからず木高峰と黒風寨の争いに巻き込まれた林平之。成り行きから、自分が背負っていた火薬で脅かして木高峰を助け出しますが、木高峰はその火薬を使って黒風寨の連中を爆殺(CG丸出しなので爽快感なし)してしまいます。
 明らかに道義に反する行為ですが、強いは強いと見た林平之は、両親救出のため、渋る木高峰を三拝して弟子となるのでした。

 一方、町の酒楼に立ち寄った令狐冲(入り口で入店拒否されていた男を助けたことが後々意外な形で彼を助けることに…)は、そこで儀琳に無理矢理酒を飲まそうとしていた田伯光に出くわします。
 何とか儀琳を助けようと、尼さんは三毒の一つだからやめとけ、などと口から出任せで説得しようとしますが、田伯光もノラリクラリと躱す。と、そこに現れた泰山派の天門道長は田伯光に襲いかかりますが、あっさりとのされて、令狐冲に逆ギレしながら逃げ出す始末。弱い、五岳剣派の一つの長だというのに、あまりにも弱すぎる…

 突然の乱闘で、平然と酒を飲む令狐冲が助けた男を除き、全ての客が逃げ出した酒楼でなおも対峙する令狐冲と田伯光。ここで令狐冲は、立ったままではあんたに敵わないが、座った状態ならば俺は東方不敗の次に強いと挑発。売り言葉に買い言葉で、尻から椅子が離れたら負け、田伯光が負けたら儀琳を師父と拝するというルールで面白バトルが始まります。
 しかしこんな形でも田伯光は強い。剣で斬られ、足で蹴られ、ボコボコにされた末に階下まで派手に叩き落とされる令狐冲ですが――勝利を確信した田伯光が立ち上がって降りてきてみれば、令狐冲の尻の下には壊れた椅子が。変則ルールながら敗れた田伯光は、見苦しく言い訳しながら逃げ出すのでした。

 さて、大ダメージを受けたまま、儀琳に支えられて酒楼を出た令狐冲ですが、そこに通りかかったのは、林平之を追っていた青城派の雑魚コンビ。よせば良いのにこんな状態で挑発してボコられた令狐冲は、不意を突いて落ちていた出刃包丁で相手の土手っ腹をブスリ。そのまま意識を失って儀琳に運ばれる令狐冲ですが、儀琳も力尽き、二人は野外で仲良くダウンすることに…

 さて、場面は変わって群玉院なる妓楼。ここになにやら筵につつんだ荷物を引っ張って現れたのは、先ほど酒楼にいた男、実は日月神教の曲洋。そして彼を待ち構えていたのは、今回も登場の東方不敗――曲洋が正派の劉正風と付き合っていると聞きつけた彼女は、神教と正派が仲良くしていいと思ってんのか? とネチネチいびりはじめます。

 ここで曲洋の口から語られるのは、劉正風との馴れ初め――正派を探る中、衡山で罠にはまった曲洋は、そこにやってきた劉正風が誤魔化してくれたことで、九死に一生を得ることになります。何故劉正風が曲洋を助けてくれたのか? それは偶然、曲洋の懐から珍しい笛が転がり落ちたことによります。
 音楽を愛する人に悪人はいない、とお約束の言葉で曲洋を信じた劉正風に曲洋も心を開き、二人は簫と琴(岩を砕いて琴を作る曲洋の無茶っぷりに仰天)で、合奏を楽しむ仲になったのでした(ちなみに作中でもネタにされていましたが、劉正風の師の莫大先生も胡弓好きで、衡山派は楽器の音が絶えない楽しい流派という印象…)。
 この辺り、前回の田伯光の過去同様、原作にはないエピソードですが、こちらもなかなかに納得できる内容であります。

 劉正風と一緒に自分も引退するので、二人の交際を認めて下さい! ヘンな薬も飲みますし武術も捨てます! と言い出す曲洋ですが、そんな理由で幹部に引退されては示しがつかないと、黒社会も真っ青な理由で拒絶する東方不敗。
 と、曲洋が引きずってきた筵に目を留めた東方不敗ですが、中から出てきたのは令狐冲…と見るや、これまでの態度はなんだったのか、血相変えて正派の男に飛びつく東方不敗。曲洋が呆然としている中、東方不敗は自分の内力を送って令狐冲を治療し、自分が外出している間は曲洋に代わりを務めるように言いつけるのでした。本当に言行不一致なお方であります。

 そして主人公が人事不省となっている間、劉正風の引退式に集まってくる正派の面々(そして隠れて様子を窺う木高峰と林平之)令狐冲の師・岳不群もその中にいたのですが、そこにやってきたのは恒山派の定逸師太。天門道長や青城派の生き残りから、弟子の儀琳を令狐冲が攫ったと思い込んで詰問にやって来たのですが…
 と、いよいよ面倒なことになってきたところで、次回に続きます。



関連サイト
 公式サイト

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2013.12.03

「神剣の守護者」 断ち切られた正成の呪縛

 時は戦国、北畠具教に仕える楠正成の末裔・正具は、伊勢に侵攻してくる織田信長の軍を視察するために訪れた津島で、猿顔の奇妙な男・中村藤吉郎と出会う。先祖代々ある物を守り、それをふさわしい者に託すという使命を背負った正具は、信長がふさわしい相手か、藤吉郎を通じて近づくのだが…

 最近、若手作家の新鮮な作品を意欲的に刊行している学研から刊行された本作は、戦国時代を舞台とした、やはりユニークな主人公設定が魅力の作品であります。

 その主人公は、楠木正具――かの英雄にして悪党・楠木正成の子孫であります。
 百数十年前に故あって伊勢に落ち延び、同じ南朝方であった縁で北畠家に身を寄せた正具は、先代の北畠家の当主・具教から剣を学び、将来を期待されながら、今は暢気に里の人々とともに暮らす毎日を送る男。

 しかし尾張の織田家と美濃の斎藤家の争いを横目に見つつも平穏を保っていた伊勢にも、斎藤家が滅んだことにより、織田家の軍勢が迫る状況に。
 そんな中、正具は伊勢の安寧以上に、ある使命のために動くこととなります。

 今の主家に当たる北畠家、いや天下の誰も知らぬ楠木家の使命。彼らが伊勢に落ち延びるきっかけとなったもの、そして代々守ってきたものの正体は、本作のタイトルを見れば明らかでしょう。
 彼らの使命は、その守ってきたものを、天下を統べるに相応しい人物――日本を平和にし、万民に幸せを与える者に託すことにありました。そして正具は、かつて楠木正成が仕えた後醍醐天皇と同じく、第六天魔王を称する信長こそがそれではないかと考え、彼に接近しようとするのですが…


 信長が伊勢の北畠家とどのように相対したか、そしてその結果何が起こったか――戦国好きの方であれば言うまでもないことでしょう。
 しかし本作は、その史実に至るまでに、歴史の陰にあったかもしれない物語…というよりあってくれたら頗る痛快な物語を、史実の隙間を縫いながら描き出すのです。

 そしてその中心にいるのが、快男児・楠木正具であるのは言うまでもありません。
 正具の先祖たる楠木正成――さらに言えば、その末期に誓ったという「七生報国」という言葉――は、戦前の扱われ方もあり、いささか敬遠気味になる存在なのですが――本作における正具の存在は、そうした想いを軽々と乗り越えていくのです。

 正具が受け継ぐ「七生報国」の想い。しかしここで言う「国」は、支配層の側から見たそれを意味しません。彼の言う「国」は、そこに暮らす人々から見たそれであり――もちろんそれは極めて現代的な発想ではあるものの、しかしその想いは、「悪党」のそれに相応しいものと感じられるのであります。

 そんな彼が決戦の場で信長を向こうに回して切る啖呵は、既存の楠木正成像からの呪縛を断ち切る――そしてそれは、正具自身と我々と、物語の内外それぞれに対するものなのですが――痛快極まりない宣言であるのです。


 …ただし、本作を読んでいてどうにもすっきりしないのは、そんな彼が一族の使命を託すに足ると認めた人間が、晩年にどうしようもない愚行の数々をやらかしていることであります。
 もちろん人は心変わりをするものではあり、老いては麒麟も…の喩えもありますが、それはさておき。

 このあたりは、作中でその人物の描写をもう少し掘り下げることで、だいぶ説得力あるものになったのではないか、というのは偽らざる印象です。


 だとすれば――本作の後に、正具が、そしてその人物がどのような戦いを繰り広げることとなったのか、それを描く物語を見てみたい。何しろ七度生まれ変わる楠木、たった一度の冒険で枯れてしまうはずはないのですから…


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神剣の守護者

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2013.12.02

「石燕夜行 骨きりの巻」 絡み合う人間の、妖怪の、神々の想い

 色を感じることはできないが、この世ならぬものを見ることができる絵師・鳥山石燕は、塗楽という奇妙な老人の訪問を受ける。夜毎発見される、骨だけとされた人間の死体。骨きりと呼ばれるその怪異を封じるため、石燕の力が必要だというのだ。依頼を引き受けた石燕だが、彼と塗楽にはある因縁が…

 一昨年、戦国時代を舞台とした伝奇ホラー「人魚呪」で遠野物語100周年文学賞を受賞した神護かずみの新作は、文庫書き下ろしスタイルの連作妖怪時代小説。今やプチブームとも言える妖怪時代小説ですが、しかし本作は、いかにもこの作者らしい味付けが施された作品であります。

 本作の主人公にしてタイトルロールである鳥山石燕は、江戸時代中頃に実在した、妖怪画を得意とした絵師であります。
 彼の手になる「画図百鬼夜行」をはじめとする妖怪画集は、今なお好事家を楽しませ、水木しげるや京極夏彦にも多大な影響を与えているほど…というのは、妖怪好きの方には言うまでもないことでしょう。
 本作は、そんなある意味有名人を、しかし独特の味付けで描き出します。

 本作に登場する石燕は、京は鳥辺山で、ある伝説そのままの不思議な生を受けた青年。生まれつき色彩を感じることができぬという、絵師として一見致命的な体質を持ちながらも、墨の濃淡によって玄妙な絵を生み出す彼には、それ以上に驚くべき能力がありました。
 彼の瞳に不思議な灰色の影が浮かぶ時、彼の目は、妖怪や幽霊など、この世のものならぬものたちを視るのであります。

 本作は、その目で、筆で様々な奇瑞を起こす石燕が、不思議な因縁を持つ老妖怪・塗楽――妖怪の頭領といえばその正体はおわかりでしょう――をはじめとして、ぬりかべや一反木綿などといった妖怪たちとともに、人の世を騒がす怪事を解決するために奔走する姿が描かれることとなります。


 …と、これだけではよくある妖怪退治ものに見えるかもしれません。その筆により奇瑞を起こす絵師というのも、本作が初めてのキャラクターではありません。
 しかし、本作が既存の作品と異なるのは、怪事の陰に存在し、その怪事を引き起こす人間の、妖怪の、神々の想いを、丹念に描き出し、絡み合うその想いが絡み合い、ねじれあっていく様を描き出していく点にあると感じます。

 本作に収録された四つのエピソード――「骨きり」「何処何処」「蛇座頭」「紫陽花幻想」で描かれるのは、一種自然現象のように人に襲いかかる怪異だけではなく、それぞれの想いを抱いた、あるいは想いが生み出す存在たち。
 たとえその存在が、能力がどれほど異常で、異界のものと見えたとしても、彼らの多くは単なる怪物ではなく、我々と同様にものを想い、感じる――しかし、普段は互いに交わることない世界に属する――隣人として描かれるのです。

 そしてその想いは、単に誰か一人のものだけではなく、一つの事件の陰で複数の想いが絡み合い、さらに事態を複雑化させていく――すなわち、因縁を強くさせていくものでもあります。
 さらにいえば、人が彼らと同じような想いを抱くということは、人もまた、何かのきっかけがあれば、向こう側へと踏み込んでしまうという意味でもありましょう。

 そんな入り乱れ絡み合った、しかし常人には見えない想いを見出し、描き出すことにより、その想いを解きほぐしていく――石燕はそんな存在なのであり、そしてその過程こそが本作の魅力でありましょう。
 その一方で、そんな石燕のアプローチとは全く正反対の、全てを一刀で断ち切らんとする幕府の退魔剣士ともいうべき剣呑な男、御影・椿鏡花というキャラクターが用意されているのも、巧みな趣向と言うべきでしょう。
(ちなみに空海を祀るお堂を御影堂と言いますが、作中でもほのめかされているように、空海と縁ある人物の様子で、彼の存在もまた気になるところです)


 そのスタイルゆえに、いささか重く感じられる部分は、確かに否めません。
 ライトでユーモラスな作品が主流となっている妖怪時代小説の中では異色の作品なのかもしれませんが――しかし、その重さは、中身に込められたものの重みでもあります。

 本シリーズは、第2弾、第3弾の刊行も決定しているとのこと。この先も、本シリーズならではの、本シリーズでなければ読めない作品を味わわせていただけそうです。


「石燕夜行 骨きりの巻」(神護かずみ 角川文庫) Amazon
石燕夜行    骨きりの巻 (角川文庫)

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2013.12.01

「くノ一、百華」(その二) 彼女が最後に掴んだもの

 細谷正充編のアンソロジー「くノ一、百華」の紹介その二であります。


「妻は、くノ一」(風野真知雄)
 本年ドラマ化され、続編全三巻も発表された作者の代表作の、いわば原型となった作品であります。

 内容的には、うだつのあがらない男のところに、突然美しい妻がやってくるものの、実は彼女はくノ一で…というシチュエーションのみが共通な本作。
 長編のような大仕掛けな内容ではもちろんありませんが、何故彼女がやって来たのか、そして彼女を守ろうとした男の運命は…一ひねりも二ひねりもある内容は、いかにもユーモアとペーソスと謎で人の人生を切り取ったこの作者らしいものであります。

 本作については、実は以前このブログで単独で取り上げているので詳細は触れませんが、冒頭の一文、そしてヒロインが残した言葉が何とも胸に染みる(あるいは刺さる)作品であります。


「艶説「くノ一」変化」(戸部新十郎)
 既に大半が幻と化している、作者が多岐流太郎と名乗っていた時期の作品。これもこの編者らしい掘り出しものであります。

 石田三成によって、豊臣秀次のもとに送り込まれた甲賀のくノ一・小壺ノほむら。類い希なる美貌を持つ彼女の使命は、秀次を心身ともに弱らせることでありました。
 彼女に閨房術を仕込んだ忍び・小助に守られ、首尾良く秀次の寵愛を受けるようになったほむらですが…

 タイトルを見ればわかるように、くノ一の任務の中でもエロティックな部分を描いた本作。色仕掛けというのは定番ではありますが、しかしそこにはもちろん、己の性を他者に強いられて消費させられるくノ一の哀しみがあります。

 もちろんこうした視点は現代人ならではのものであり、ほむらはただ状況に流されるままなのですが――しかし、結末で彼女を襲う運命は、それだからこそその非人間性に対する静かな怒りが感じられるのです。


「くノ一紅騎兵」(山田風太郎)
 ラストに収録されたのは、やはり忍者といえばこの人、の山田風太郎の作品であります。

 関ヶ原前夜、徳川家康と石田三成の間に挟まれて緊張高まる上杉家に現れた、女と見まごう美貌と、大の男を取りひしぐ技を持つ美少年・大島山十郎。
 彼が引き起こす思わぬ大波乱を描く本作は、せがわまさきにより漫画化されており、このブログでもその際に取り上げております。

 それゆえ、内容については深く触れませんが、山風忍法帖のくノ一ものの中でも、ある意味変化球といえる本作が、本書の掉尾を飾った理由を考えると、これまでに読んだのとは、また変わった味わいが感じられるように思います。

 これまで本書に収録されてきた五作品に登場するくノ一たちに共通するもの――それは、任務/目的のために己を捨て、己の人としての生を擲つ姿であります。
 本作においても、それは同様に見えるかもしれません。しかし、本作の結末において「彼女」が掴んだもの…それは紛うことなき幸せでありましょう。

 その最後の輝きを彩る鮮やかな色彩の描写もさることながら、ここで描かれた幸せのかたちこそ、本書に登場してきたくノ一たちの鎮魂の唄として、この上なく美しく感じられるのであります。


「くノ一、百華」(細谷正充編 集英社文庫) Amazon
くノ一、百華 時代小説アンソロジー (集英社文庫)


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