「読楽」2014年1月号 「時代小説ワンダー2014」(その1)
徳間書店の「読楽」誌の1月号の特集は「時代小説ワンダー2014」。仁木英之、天野純希、武内涼、越水利江子による四つの短編から成る特集ですが、これが顔ぶれといい内容といい、実に私好みなのであります。かくて、ここに取り上げる次第です。
それにしても時代小説ワンダーとは聞き慣れない言葉ですが、これはワンダーに満ちた時代小説、すなわち時代伝奇小説に近しい存在と考えてもよいのでありましょう。
事実、今回掲載された作品はいずれもファンタジックな、あるいは奇想に満ちたものばかり。以下に一作づつ取り上げていきましょう。
「魔王の子、鬼の娘」(仁木英之)
偉大な父・信長の後継者となるべく励んできた織田信忠。光秀の裏切りにより二条城の炎に消えた彼が目覚めた時に見たものは…
2013年は「大坂将星伝」そして「くるすの残光」シリーズ等、時代小説でも活躍した作者が次に描くのは、信長の息子にして父と同時に光秀に討たれた信忠。
信忠が主人公となる時代小説は絶無ではありませんが、しかし本作は間違いなくその中でも最も奇怪な作品でありましょう。
というのも、本作で描かれるのは、実は二条城で死ななかった彼が、新たな戦いに踏み出す姿であり…と書くと架空戦記のようですがさにあらず。
彼が二条城の炎から救い出されて意識を取り戻したのは、彼とは因縁の――彼が妻を迎え、そしてその兄を滅ぼした――信州。そして彼が戦う相手は、人ならぬ存在なのですから…
何故彼が救い出されたのか、そして何故都から遠く離れた信州なのか…その点ももちろん大いに興趣をそそりますが、しかし本作で注目すべきは、熱に浮かされたような夢とも現ともつかぬ中で目にする、奇怪なヴィジョンの数々でしょう。
それは彼が新たに生きるべきこの世の影の世界の姿のみならず、彼がこれまで生きてきた人としての生の姿。そしてそこでの彼の選択こそが、彼が人となるか鬼となるか、はたまた魔王となるかの分水嶺なのですから。
彼が戦うべき相手はすぐに予想がつきますし、結末は「戦いはこれからだ」なのですが、しかしそれだけにその先を――信忠が選んだ道の行方を――見たくもなるのです。
「異聞 巌流島決闘」(天野純希)
戦国ものを中心としつつも、骨太な歴史絵巻を、あるいはそこで翻弄される青春群像を描いてきた作者の作品は、意外にも軽妙な剣豪もの。
タイトルを見ればわかるとおり、題材となるのは巌流島の決闘、すなわち武蔵と小次郎の真剣勝負なのですが…
しかし主人公たる武蔵は、何とも人間くさいおかしみに満ちた人物。長い戦いに倦み疲れて、さりとて仕官のあてもなく…という時に鼻先にぶら下げられた高禄を目当てに、小次郎との決闘に挑む――
という時点でユニークですが、この武蔵はどうにも格好良くない。臆病風に吹かれ、敵の罠にことごとくひっかかり、女性には振られ…早い話が失敗ばかりなのですが、しかしそんな姿が不思議と不快ではありません。
思うに武蔵という人物は、フィクションの世界においては求道的な剣聖か、あるいはその正反対の狷介固陋な剣鬼か、両極端に描かれてきた人物。
それはもちろん、吉川英治の武蔵像が大きすぎるが故の反作用であり、本作の武蔵像も、求道者武蔵のアンチテーゼではありましょう。
しかしそれがアンチテーゼがともすれば陥りがちな武蔵を貶める方向ではなく、むしろそこから人が生きることの難しさ、切なさを感じさせるのは、これは作者の人に向ける眼差しの優しさからくるものではありますまいか。
(また、コミカルな描写は作者のデビュー作を思い起こさせます)
その一方で、小次郎を――これまでの作品で描かれてきたのとは全く別の意味で――武蔵と対照的な人物として描いているのも実に面白いところであります。
巌流島以後、武蔵が腰を落ち着けるまで、なおしばらくの時が必要なわけですが、これはぜひ「それからの武蔵」が見たいと感じた次第です。
残り二作品は次回取り上げます。
「読楽」2014年1月号(徳間書店)
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