「血の扇 御広敷用人大奥記録」 陰の主役、伊賀者たちの姿に
勘定吟味役から御広敷用人へ、まだまだ続く水城聡四郎の苦闘。「御広敷用人大奥記録」シリーズも、はや第5巻であります。吉宗の大奥改革に端を発した暗闘は各地に火をつけ、聡四郎のいつ終わるともしれない戦いも、一つの佳境にさしかかったと感じます。
大奥に大鉈を振るった吉宗に対し、陰から掣肘を加えようとする大奥の住人たち。その矛先が真っ先に向かうのは、吉宗の思い人である竹姫であります。
敵の策謀により代参に向かうことになった竹姫を、刺客が待ち受ける…という場面で前作は終わりましたが、ということは本作は初めからクライマックス。
周到に待ち受ける敵の罠を、聡四郎が、彼の用人にして弟弟子の玄馬が、さらには妻の紅が(!)いかにはねのけるのか、冒頭からなかなかの盛り上がりであります。
しかしもちろん、これはまだまだ序の口であります。
これまで逆恨み同然に聡四郎に敵対して次々と刺客を送り、竹姫襲撃にも加わった御広敷伊賀者たちも尻に火がついた状態。吉宗の見事な策で追いつめられた彼らは、最後の賭けに出るのですが…
と、私は以前より感じてきたのですが、本シリーズの――少なくともここまでの物語においては――陰の主役は、彼ら御広敷伊賀者たちでありますまいか。
御広敷――大奥の入り口を守る彼らは、言うまでもなく戦国時代に活躍した伊賀忍びの末裔。しかし今の役目は大奥の見張り番であり、そして彼らの矜持をわずかに支えてきた遠国御用も、吉宗の御庭番によって奪われた状態であります。
本作に限らず、上田作品においてはいわば戦闘員的な扱いの伊賀者。権力者の言いなりになるだけの走狗には厳しい上田作品だけに、敵役とはいえ彼らの扱いには時に同情したくもなるのですが――
本シリーズは、特に本作は、そんな伊賀者の姿を掘り下げ、彼らもまた、血の通った人間であることを描き出します。
聡四郎と敵対したことが藪蛇となり、存亡の危機にまで追いつめられた御広敷伊賀者。その行為自体は愚かであるかもしれませんが、しかし、彼らもまた、先祖から受け継いだ者を何とか守り、そしてそれを子孫に残そうとする者たちであることは間違いありますまい。
そう、上田作品の大きなテーマである「継承」を、彼らもまた――主にネガティブな形で――体現しているのであります。
そんな彼らの生きる望みが奪われんとした時、そしてそれが既に失われた時、人は如何に想い、行動するのか。それを示す本作の後半に登場するある伊賀者たちの行動は、彼らもまた、我々と変わらぬ存在であると教えてくれるのであります。
もちろん、それは伊賀者たちだけの問題ではありません。聡四郎も、紅も、玄馬も、彼らの師も…みなそれぞれに抱える、この世を如何に生きるかという問題。それは言い換えれば、この世を動かす政治と如何に向き合い、身を処すかということであり――優れて現代的な問題なのです。
そしてそれが、作者がこれだけの支持を集める理由の一つであるというのは、あながち穿った見方ではありますまい。
…と言いつつも、これまで少々不満であったのは、本シリーズがいささか(伝奇的な意味で)地味であった点であります。
もちろん、時代背景的に派手な仕掛けをしにくいことでもあり、その辺りは仕方がないかとは思っていたのですが…
しかし本作において、とんでもない爆弾が投下されることとなります。
より正確には、爆弾となるかもしれないものの存在が示された、というレベルではありますが、しかし――冷静に考えれば題材的には決して珍しいものではないものの――相当に衝撃的であります。
この爆弾が、物語を、聡四郎の運命を大きく振り回していくことになるのではないか…そんな予感に震えた次第です。
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