「陰陽師 蒼猴ノ巻」 ルーチンワークと変化球と
久々登場の夢枕獏「陰陽師」は「蒼猴ノ巻」。「オール讀物」誌に毎月掲載されていた短編が、全十編収録されております。
設定については今さら言うまでもない「陰陽師」シリーズですが、安倍晴明と源博雅の名コンビは今回いつも通りの活躍。
平安時代のホームズ&ワトスンと言うべき二人の元に持ち込まれた事件を、「ゆこう」「ゆこう」そういうことになったのである…と、解決していく物語の数々は、そこにたっぷりと盛り込まれた季節折々の描写も美しく、まずはどの物語も安心して読めるものであることは間違いありません。
(と、時に「ゆこう」の後が続かないエピソードがあったのもまた楽しい)
ただし、正直に申し上げれば、今回は収録話数が多く、個々の物語のページ数も少な目であるためか、どこかルーチンワークを感じさせる物語が少なくない…という印象はあります。
もちろん収録されているのはみな新しい物語ではあるのですが、少々厳しい言い方をしてしまえば、いかにも「陰陽師」らしい構成要素の組み合わせで物語を作っているという印象を受けてしまったのであります。
(もちろんこれは、昔からの小うるさい読者の勝手な印象ではありますが…)
しかし、それだけではないのもまた事実。
特に渡辺真理の出したお題「桃」に応えて書かれた「仙桃奇譚」は、なかなかに新鮮な一編。夜道をそぞろ歩いていた道満が、酒の香りに導かれて入り込んだ家で矢を射かけられたことから始まる物語は、サブタイトルにあるとおり、不思議な桃にまつわる奇譚であります。
晴明博雅コンビが登場せず、あの蘆屋道満が主役ということもあってか、登場人物や展開など、どこか普段よりも生々しく、それでいてそこに醜さではなくもの悲しさとしたたかさを感じさせる物語となっているのは、やはり貴族探偵である晴明とは異なる道満ならではの味わいでしょうか。
物語の中心となる桃についても、その正体はなんとなく想像できたものの、そこからあの物語に繋がっていくのまでは完全に想像の範囲外で、これは嬉しい驚きでありました。
また、晴明と博雅を主役にした、普段通りの物語の中でも「安達原」は、意外な結末が印象に残る一編。
晴明邸に飛び込んできた依頼人の語る内容は、サブタイトルそのままの、安達原の鬼婆伝説ほとんどそのままの内容で、ちょっと鼻白んでしまったのですが…結末で明かされる意外な真相が面白い。
古典にある要素を付け加えることで全く別の風景を描き出すのは、同じ「陰陽師」シリーズでも「新山月記」がありましたが、本作もその系譜にある作品というべきでしょうか。
(冷静に考えれば同じ伝説を題材にして「黒塚」を著した作者だけに、全く原典と同じ物語となるわけもないですね)
もう一編印象に残った作品を挙げれば、男女の情という点では「安達原」と共通しつつも、あくまでも傍観者である晴明の立場をより鮮明に描き出したものとして、「蛇の道行」があります。
少々内容をばらしてしまうことになりますが、本作の結末で描かれるのは、珍しく事件をいかに解決すべきか(どのような結末が正しいのか)悩める晴明の姿。
以前の、これに近い結末の物語においては、より厳然たる姿を見せていたことを思えば、今回の晴明の迷いは意外に見えるかもしれませんが、しかし私としてはむしろ、人間くささの固まりのような友人との交流を通じて生じた、好ましい変化のように感じられるのです。
――と、あれこれ言いつつも、やはり語るべきことは少なくない本作。少々気が早いかもしれませんが、次の集も発売されればすぐに飛びつくつもりなのであります。
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