「宿命 蘭学塾幻遊堂青春記」 対比される生と死の世界、生と死の化身
壬生浪士組主催の相撲大会に出かけた八重太は、そこで過去に多摩の道場で叩きのめされた沖田総司と出会ってしまった上、芹沢鴨とも因縁ができてしまう。後日、同門の泉の助言を無視して沖田に会いに出かけた八重太だが、沖田は行方不明に。不思議な予言に導かれて沖田を探す八重太の前に現れたのは…
幕末の京を舞台とした、一風変わった学園青春時代小説「蘭学塾幻遊堂青春記」、待望の第三弾です。ひ弱ながら生真面目で負けん気の強い少年・水野八重太が、蘭学塾・玄遊堂に集う一癖もふた癖もある面々とともに、不可思議な事件に挑む本シリーズですが――今回登場するのは、あの新選組であります。
時は文久三年、新選組がまだ壬生浪士組と言われていた頃――同門の面々に引っ張られて浪士組主催の相撲興行に出かけた八重太が出会ったのは、彼が一番会いたくなかった人物・沖田総司。多摩出身の八重太は、実は一日だけ天然理心流に入門した際、総司にこっぴどく叩きのめされていたのであります。
そして慌てて逃げ出す途中、八重太がぶつかってしまったのは、こともあろうに芹沢鴨。総司のおかげで事なきを得たものの、八重太は、前作の事件で苦しめられたあの奇怪な赤い煙が、芹沢の刀からも立ち上っているのを見てしまうのでした。
そんな八重太に、二度と浪士組と関わるなと忠告したのは、同門でいつも塾内でからくりをいじっている変わり者の泉。しかしその言葉に従わず、沖田からの呼び出しに応えて出かけた彼は、沖田が彼と会う前に行方不明になってしまったことを知ります。
忠告に従わず泉を怒らせてしまったことを後悔しながらも沖田を探す八重太は、前作同様、謎めいた姿で現れる女占い師にの予言に導かれ、伏見、そして鞍馬に向かうのですが――彼の前に現れたのは、あの芹沢鴨。
図らずも芹沢と行動を共にすることになった八重太は、悪夢めいた世界の中で、友の意外な素顔を知ることとなります。
というわけで、今回ついに新選組が登場した本シリーズ。時代的にも場所的にも全く重なりますし、何よりも作者が大の新選組ファンであることを考えれば、いつ登場してもおかしくなかったと言えるでしょう。
(作者は「小説現代」誌上に新選組を題材にした短編連作を発表していますが、あちらに比べるとある意味直球の描写なのも面白い)
しかし個人的にいささか気になっていたのは、八重太をはじめとする玄遊堂の面々が、新選組に食われるのではないか、という点。有名人や大事件が数多く登場する幕末では、実際の史実に虚構が食われ、存在感を失ってしまう作品が少なくない故の心配でしたが――もちろんそれが私の浅はかな杞憂であったことは言うまでもありません。
それは作者のキャラクター描写の巧みさや物語展開の面白さはもちろんのこと、本作における新選組に、ある必然性が感じられるためであります。――玄遊堂と対になる存在という意味が。
かたや私立の蘭学塾、かたや幕府の戦闘集団――一見、大きく異なる立場にある二つの世界ですが、しかし時代と場所を同じくし、そして何より、個性的な若者たちが、青雲の志に燃えていたという共通点を持ちます。
私は以前から、新選組の一種の「学園」(もの)的な性格に注目していたのですが、本作での立ち位置は、その「学園」たる玄遊堂と裏返しの世界として感じられるのです。
その二つの世界をそれぞれ一言で表すとすれば、それは「生」と「死」でありましょう。
そしてその対立軸は、それぞれの世界でも存在します。八重太は生の世界の中の生の、一方で名前は伏せますが今回のメインとなるある人物は生の世界の中の(多分に逆説的な意味ではありますが)死の化身として――
そして沖田総司(彼は八重太とは文と武と対局にありつつも、多摩出身で、婿養子をとった強い姉がいるという共通点を持ちます)は死の世界の中の生の、芹沢鴨は死の世界の中の死の化身として――それぞれ対立し対応する形で存在しているのです。
そんな本作の中で描かれているのはもちろん、生と死という対極の世界。しかしそれだけではなく、同時に描かれるのは、そんな対極の相手を結びつけ世界の壁を超える、人と人との関係性、強き想いの姿であり――そしてそれは、青春というものの一つの表れなのであります。
一点だけ難を言えば、予言や幻視を便利に使いすぎているのが――特にラストでの八重太の決意を思えば――いささか気になるところではあります。
まだまだ物語は謎も多く、幕末の動乱もこれからが本番。その中で予言や幻視に負けることなく、確たる未来を現実のものとする少年たちの姿に期待しましょう。
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