「妾屋昼兵衛女帳面 6 遊郭狂奔」 対決、妾屋vs吉原
大奥から帰ってきた八重を強引に妾にしようとした大商人・浜松屋をやりこめた山城屋昼兵衛。逆恨みした浜松屋は町方、さらに吉原にまで手を伸ばし、山城屋に復讐を目論む。さらに妾屋を手中に収めて客を奪おうと企んだ吉原の惣名主・西田屋は、実力行使で山城屋を襲う。昼兵衛たちの反撃や如何に!?
将軍後継を巡る大奥でのミッションという大勝負を終えて一息ついたかに見えた「妾屋昼兵衛 女帳面」シリーズ。しかしもちろん、彼らの戦いはまだまだ続きます。
今回の彼らの敵は吉原――言うまでもなく御免色里、数多くの遊女を抱える場であります、なるほど、妾屋とはある意味近くて遠い存在。考えてみれば、これまで登場しなかったのがおかしかったくらいの存在であります。
さて、そんな大敵との戦いは、しかし実に仕様もない小人物の欲望が発端となります。前作で大奥に潜入し、無事に帰ってきたヒロイン八重。内職で針仕事を行っていた彼女の美貌に目を付けた老舗呉服屋の主人が、彼女を強引に妾にせんとしたのであります。
主人公の一人・大月新左衛門との想いを育み始めた彼女がもちろん肯うわけもありませんが、浜松屋はそれに対し陰湿な嫌がらせを開始。怒った山城屋が乗り出し、何かと関わりのあった将軍家斉の寵臣・林出羽守の名を借りてやりこめた、はずなのですが…
自分の分を知らないのが小人の小人たるゆえんと言うべきか、浜松屋は出入りの町方同心を動かして山城屋への攻撃を始めます。
さらにそこに絡むのが、これまた小人物の吉原の惣名主・西田屋。自分の未熟さを棚に上げた西田屋は、山城屋をはじめとする江戸中の妾屋を潰して我が物にせんと、命知らずの忘八たちを動かすのであります。
妾屋と吉原遊郭――どちらも女性の体を金に換える場であり、その意味では近しい存在と言えるでしょう。しかし吉原が年季奉公という名目の借金で遊女たちを縛り、男たちに奉仕させるのに対し、(少なくとも本シリーズにおいては)妾屋が斡旋するのは、あくまでも対等な契約で結ばれる男と女の関係。
その意味では明確に異なる存在であり、そしてそれこそが、昼兵衛たち妾屋の誇りと心意気を支えるのであります。
妾屋というある種グレーゾーンを描きながらも、本シリーズに陰湿さが(もちろん良い意味で)感じられないのは、まさにこの心意気があるためでありましょう。
そしてこれまでの戦いがそうであったように、いや相手が「商売」のためであるからこそなおさら、本作はその心意気が輝くように感じられます。
ちなみにもう一つ本シリーズの読後感を良いものとしているのは、権力者と主人公のスタンスでありましょう。
権力者に突然重い命がけの役目を背負わされ、こき使われる主人公…というのは、これは上田作品の定番パターンであり、本シリーズにおいてもそれは同様ではあります。
しかし本シリーズにおいて昼兵衛は、決してただ脅かされ、唯々諾々と使役されるだけの存在ではありません。権力者の恐ろしさ、権力の重みは十分に知りつつも、時にそれを後ろ盾に使い、時に隙間をすり抜け、したたかに生き抜いてみせる…
本シリーズの権力者たちが比較的ものわかりが良いこともありますが――今回描かれる昼兵衛と出羽守の対話はシリーズ自体の一つの山場というべきでしょう――この決して権力に屈するだけではない姿は、一つの希望とすら感じられるのであります
そうなってくると、あまりに今回の敵役が小物なのは気になりますが、しかし加減を知らない者ほど何をしでかすかわからず怖いということはありましょう。
何よりも、良心の呵責なく手加減せずに叩きのめせるという、昼兵衛的な意地悪さも感じてしまうのですが…
今回、色々な意味で実に気になるところで終わっていることもあり、これまで同様、いやこれまで以上に早く早く先が読みたいのであります。
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