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2014.03.31

4月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 さて、初日の出を拝んだと思ったら大雪が降り、そうこうしているうちにあっという間に暖かくなり…というわけで、もう4月も目前。4月は豊作だった2,3月には一歩譲りますが、それでもかなりの点数が刊行される楽しみな月であります。というわけで4月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 まず文庫小説、シリーズものの新刊としては、気がつけば作者の作品の中でも相当の長期シリーズとなってきた上田秀人「お髷番承り候」の第8巻がまず目につきますが、2月に一度新刊予定に載ったものの延期になったらしい高橋由太「契リ桜 風太郎江戸事件帖」はかなりダークな作品らしく大いに期待。久々のシリーズ最新刊である鳴海丈「娘同心七変化 毒蛇魔殿」が気になるところであります。

 一方新作の方は、まだまだ内容はよくわからないものの友野詳「からくり隠密影成敗 弧兵衛、推参る」が、忍者ものとのことで楽しみな作品。そのほか、詳細は不明ですがハルキ文庫から刊行される中見利男「官兵衛の陰謀 忍者八門」も、きっとまたこちらを驚かせてくれるものと期待しています。

 また復刊・新装版では、先に「真田幸村」が刊行されたので順番が逆になりましたが柴田錬三郎の柴錬立川文庫「猿飛佐助」、そして3月刊行の「震える岩」に続くシリーズ第2作である宮部みゆきの「天狗風 霊験お初捕物控」、そしておそらくは「天保バガボンド」の改題であろう柳蒼二郎「天保水滸伝」などに注目。

 もう一点、新人物文庫から、「『妻は、くノ一』謎解き散歩」というタイトルがあるのですが――おそらくこのレーベルから色々と刊行されている「謎解き散歩」シリーズの一冊として、作品ゆかりの場所を紹介するものになるのではないかと思います。


 そして漫画の方では、前巻からだいぶ間が空きましたが待望の続巻である金田達也「サムライ・ラガッツィ 戦国少年西方見聞録」第9巻、原作からだいぶ離れて独自性を押し出してきたかわのいちろう&宮本昌孝「戦国SAGA 風魔風神伝」第5巻、「大樹」があるので続きは当分先かと思っていた東冬「嵐ノ花 叢ノ歌」第5巻、好評の「猫暦」に登場の猫又ナツメも登場というねこしみず美濃「江戸日々猫々」第4巻、この巻でおそらく第2シリーズ完結と思われる武村勇治「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次酒語り」第10巻、こちらもおそらくこの巻で完結かな? との永井豪「どろろとえん魔くん」、小説の方は第1部完という形でなかなかタイミングのよい厘のミキ&瀬川貴次「鬼舞」――

 と、一気に並べましたが結構な点数であります。

 また、新登場では、近藤るるる&冲方丁という意表をついた組み合わせの新選組伝「ガーゴイル」第1巻(内容的には「サンクチュアリ」の仕切り直しということでよいのかしら…)が大いに気になるところです。

 そしてもう一冊、復刊では横山光輝「時の行者」第1巻が登場。個人的な話ですが、私が歴史好きになったきっかけの作品だけに、こうして復活してくれるのは本当に嬉しいですね。



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2014.03.30

「あやかし秘帖千槍組」(その二) 共存でもなく、戦いでもなく

 グループSNEの友野詳による異能の美女三人が大活躍する妖怪時代小説「あやかし秘帖千槍組」の紹介、後編であります。

 さて、本作の持つ数々のユニークさの最たるものは、もちろん主役の美女三人の存在でありましょう。

 何よりも、彼女たちの持つ能力、使う技が実に独創的で面白い。ビジュアル的な組み合わせとしてはある意味定番の三人ではありますが、その能力は実に独創性溢れるもの揃い。
 特にお漣の能力など、時代もの抜きにしても、その弱点や由来も含めてちょっと類例を思いつかないとてつもないもので――いや、いささか大げさかもしれませんが、ここだけでも読んだ甲斐があった、という印象です。


 しかし本作は、彼女たちの痛快な大暴れを描くのに留まりません。それに加えて描かれるのは、人間と妖怪――重なりあいながらも相容れぬ二つの世界に生きる者たちの陰影に富んだ物語であります。

 共にこの世(たまにあの世もいますがまあそれはさておき)に生きる者たちでありつつも、その姿から、その能力から、ある時は恐れ、ある時は憎しみ、ある時は蔑みの感情を抱きあう人間と妖怪。
 様々な形でその両者に立つ千槍組の面々は両サイドからその感情を向けられる存在と言えます。

 そんな彼女たちの戦いの目的は、ある意味極めて現実的であります。共存共栄ではなく、相互不可侵…とまでは言わないものの、互いを傷つけあうことなく、互いに存在しあう関係――
 実はこのスタンスは、人間と妖怪が共存する、あるいは人間と妖怪が滅ぼし合う内容が大半の妖怪時代劇では比較的珍しいものであり、その点にも本作の独自性があると言えます。
(この辺りは、あるいは、いやおそらく、作者も参加しているライトノベル/TRPGシリーズ「妖魔夜行」「百鬼夜翔」を踏まえたものでありましょう)


 確かに、百点満点とは申しません。本作のウリとも言える、時に講談調ともなる文章には気恥ずかしさを感じる部分がないとは言えませんし、敵の陰謀が妙に入り組んでいる(そしてその点を律儀に全て解説する)部分も、好き嫌いが分かれるのではありますまいか。

 しかしその点を差し引いても本作が魅力的なのは、これまで縷々述べてきたとおり。
 これまでの作品同様、またモノノケ文庫に先の楽しみな作品が一つ増えた――そう言い切るのに、何のためらいもないのであります。


 これは蛇足。本作は、作者自身が述べているように、妖怪時代劇版「チャーリーズ・エンジェル」と言うべき作品なのですが――
 千槍、ちやり、チヤーリー…あ。


「あやかし秘帖千槍組」(友野詳 廣済堂モノノケ文庫) Amazon
あやかし秘帖千槍組 (廣済堂文庫)

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2014.03.29

「あやかし秘帖千槍組」(その一) 見参、妖かし守りの美女三人

 妖怪が人々を苦しめているという海比呂藩にやってきた旅芸人一座。妖艶なお漣、侍姿のお蘭、おかっぱ頭のお輪、お人好しの黒丸――彼女たちの正体は、心と体に人間と妖怪を併せ持ち、妖怪と人間の揉め事解決のために戦う「あやかし守り」千槍組だった。藩を騒がす六道の妖怪に、千槍組が挑む!

 毎月ユニークなあやかし時代小説で楽しませてくれる廣済堂モノノケ文庫も一周年ということでめでたいのですが、三月の新刊もまた、実にユニークな作品であります。グループSNEの一員として、ゲーム関係の著作やライトノベルで活躍してきた友野詳の初の一般向け作品、初の時代小説――それが本作「あやかし秘帖千槍組」なのです。

 時はおそらく幕末近く、峠を越えて海比呂藩にやってきた旅芸人・白羽一座。
 妖艶な鳥追い姿の美女・お漣に、髪で片目を隠した美女剣士・お蘭、身軽なおかっぱ頭の美少女・お輪…と、荷物運びの暢気な青年・黒丸の、美女三人男一人から成る一座は、しかし襲ってきた山賊一味を軽々と叩きのめす凄腕揃いであります。

 そんな一座が訪れた村で聞いたのは、人々を襲う奇怪な妖怪たちの跳梁に、幼い藩主に代わって藩政を預かる家老の苛政と、不穏な噂ばかり。
 そんな折りも折り、村を襲ってきた奇怪な狼の群に立ち上がったのは、もちろん白羽一座――いや、人間と妖怪の平和のために戦う「妖かし守り」の千槍組。それぞれ人間と妖怪の間に生きる彼女たちは、天狗の若大将・千槍白羽丸から指令を受けた彼女たちは、諸国で様々な妖怪たち、悪人たちと戦い続けてきたのです。

 かくて海比呂藩で謎めいた陰謀を巡らせる六道――天・人・修羅・畜生・餓鬼・地獄――の妖怪たちと、千槍組の奇々怪々な戦いが始まる…というお話であります。


 冒頭で述べたとおり、本作は作者にとって初の時代小説。その意味では、読み始める前に不安がないわけではありませんでしたが、しかし時代小説は初めてでも、エンターテイメントではベテランの作者らしく、それは全くの杞憂でした。
 コミカルで個性的なキャラクターたちのやりとりに、奇怪な妖怪たちの描写、大仕掛けなストーリーと、ある意味エンターテイメントのお手本のような内容は、むしろ手堅さすら感じさせる安定感であります。
(もっともこの辺り、どこかの国・どこかの時代という、ファンタジーの一変種とも言うべき舞台設定に依るところも大きいかもしれませんが…)

 以下、長くなるので次回に続きます。


「あやかし秘帖千槍組」(友野詳 廣済堂モノノケ文庫) Amazon
あやかし秘帖千槍組 (廣済堂文庫)

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2014.03.28

「八百万討神伝 神GAKARI」第2巻-第4巻 これにて完結、ドタバタ騒動

 楠桂の戦国伝奇ドタバタお色気コメディの残り3巻であります。邪神退治の旅を続ける超俺様ドSの修行僧・空也と、彼の精を奪おうと付け狙う…はずがひどい目に遭いっぱなしの二尾の狐・玉藻の珍道中もいよいよクライマックス。次から次へとおかしな連中が現れる果てに待っている者とは…

 御仏に仕えると言いつつ、敵には一切容赦せずに叩きのめす空也。そんな彼を支えるのは、その人間離れした腕力体力と、仏を実体化させるほどの力を持つ黒い血――どう考えても普通の人間ではない(そしてそれが玉藻が彼を付け狙う=ひどい目に遭う原因なのですが)空也の正体は、なんと異国の神と日本の女性との間に生まれた宿命の子。
 その神の名は――サタン!

 というわけで、早くも第2巻の時点で大変な秘密が判明してしまうのですが、まあそれでどうにかなるわけではないのが空也というキャラクターであり、本作という物語。
 何しろこの後も、それどころではない大「変」な連中が――妄想過剰のエクソシストシスターやらストーカーのからくり儀右衛門やらドM犬神やらアイドルグループの天龍八部衆やら――続々と登場するわけで、そんな怪人たちとのドタバタ騒動が本当に楽しい。

 お色気、というより完全に下ネタ連発のギャグの数々は、一見どぎつく見えるのですが、しかし陰湿さがないためか、むしろプリミティブなパワーを感じさせる――というのは、これは作者のギャグの特長ではないかと思いますが、そのベテランの技は本作においても健在。
 他の作品ではこのパワーに押されっぱなしになることが多い主人公も、上で述べたようにむしろ積極的にやり返すキャラで、その無茶苦茶な切り返しもまた楽しいのであります。
 もっとも、そんな空也も実は意外に…というのはお約束かもしれませんが、それがまた物語を転がしていく原動力となるのも、なるほどと感心であります。


 とはいえ…こうしてコメディ方面に力が入るのは良いのですが、その分、他の要素が――例えば時代ものとしての、伝奇ホラーとしての――後ろに行くにつれて薄まってしまったのは、やはり残念…というよりもったいないという印象はあります。
 いやもちろん、本作のようなナンセンスギャグ色の強い作品でそれを言うのは野暮の極みではありますが、特に第1巻がその点でよくできていただけに、私としてはそう感じてしまうのであります。

 さらに言えば、最後の敵が実は誰も×していなかったというのも、甘いと言えば甘い気はするのですが…これはまあ、ギャグに繋がる部分があったのでアリでしょうか。


 などと、うるさいジャンルマニアの言いがかりになってしまい恐縮ですが、そんなことを言いつつ、やはりテンポの良さとギャグのつるべ打ちで最後まで読まされてしまったのは間違いないところであります。
 これ以外ないとはいえ、非常に後味の良い結末も楽しく、4巻で完結となってしまったのがあまりにも残念なくらい楽しませていただいたのは、間違いありません。


「八百万討神伝 神GAKARI」第2巻-第4巻(楠桂 小学館サンデーGXコミックス) 第2巻 Amazon/ 第3巻 Amazon/ 第4巻 Amazon
八百万討神伝 神GAKARI 2 (サンデーGXコミックス)八百万討神伝 神GAKARI 3 (サンデーGXコミックス)八百万討神伝 神GAKARI 4 (サンデーGXコミックス)


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2014.03.27

「妖怪博士の明治怪奇教授録」第2巻&第3巻 彼が妖怪を否定する理由

 たなかかなこの明治妖怪活劇漫画「妖怪博士の明治怪奇教授録」の第2巻、第3巻が同時発売となりました。残念ながらこの第3巻にて完結となりますが、二人の主人公のドラマはきっちりと描かれ、まずは大団円であります。

 本作の主人公は、文明開化の明治の世に、妖怪を求めて日本各地を往く東日流六平太博士と、助手の泊瀬武。しかしこの二人、師弟といいつつもその求めるところは正反対なのであります。
 東日流博士は妖怪の存在を迷信として否定する、自称迷信バスター。一方の武は妖怪を実在のものと信じ、出会うことを夢見る少年…そんな凸凹コンビが各地で出会う妖怪絡みの事件を、時に頭脳で、時に力で解決する様が、本作では描かれることとなります。

 本作で描かれる事件の大半は、一見完全にこの世にあり得べからざる怪異、妖怪の力によるものに見えますが、しかしその陰で糸を引くのは、現実の人の存在。東日流博士はそれを暴くことによって、妖怪の存在を高らかに否定することになるのですが…
 しかしその一方で、さらにその奥に存在するのは、紛うことなき妖怪――東日流博士の、そしてそのモデルたる井上円了の言葉を借りれば「真怪」であり、それを武が一種の法力でもって粉砕するというのが、本作の基本パターンであります。

 実は武が幼い頃に病で死にかけたところをある大妖怪に救われ、以来妖怪の存在を信じることとなった少年。その大妖怪も勾玉の形で常に彼の側に在り、妖怪退治には活躍することになります。
 …つまり、妖怪を否定し、迷信を打破するという東日流博士の論は、すぐ隣にいる武の存在によってすでに根底から否定されているのであり、その点が本作の面白さであると同時に、何ともすっきりしない、どっちつかずな印象に繋がっていたのですが――

 しかし、その印象は、第2巻に収録された、東日流博士の過去を語るエピソードにおいて、完全にぬぐい去られることになります。

 過去の合戦で死んだ者の亡霊たちを浮かび上がらせる古戦場の火。故郷の長岡でその怪火を通じて描かれるのは、戊辰戦争の中で官軍に町を蹂躙され、怒りと恨みに燃える六平太少年の姿であります。
 怨念に取り付かれたかに見える六平太少年。そんな彼に対し、その父は「お前は妖怪になるのか」と問いかけるのですが――

 「妖怪」とはいったい何者なのか。そしてそれに対する六平太少年の答えは…その内容はここでは伏せますが、なるほど、この明治の世において、あれほどまでに東日流博士が迷信を打破し、妖怪を否定するのは、この想い故であったか! と感心すること請け合い。
 東日流博士に対する印象が180度変わる見事なエピソードで、このためだけでも本作を読む意味があった…というのは少々オーバーかもしれませんが、それだけ印象的な内容であります。

 そしてここで示される妖怪概念を踏まえつつ、その先で展開されるのは、武の信念を巡る物語。
 武とよく似た気配と力を持ち、しかし正反対とも言える酷薄な心根を持つ少年の登場により、武は自分の妖怪に対する想いは果たして正しいのか、過酷な現実を次々と突きつけられることとなるのであります。

 ここに至り物語は、妖怪というより神々の対決とも言うべき内容に突入していくのですが――この辺りは少々性急、というより(ラスボスのデザイン感覚も相まって)、妖怪バトル漫画になってしまった印象で、それなりに面白くはあるものの、ちょっと残念に感じてしまったのですが…

 しかしここにおいても輝くのが東日流博士の存在。武とは別の場所で、全く別の戦いを続ける彼が最後に掴んだもの――それはいささか強引と感じられなくもないのですが、しかし確かに彼が妖怪を否定した先にあるものであり、そしてそれこそが武の戦いに終止符を打つものであった、というのは、やはり実に美しい展開でしょう。
 そして本作はやはり、二人が揃ってこその物語であるのだ…と再確認させられるのであります。

 先に述べたとおり、終盤の展開は性急ではありますし、やはり全3巻というのはやはり短いのですが――しかしその中でも描かれるべきものは確かに描かれた、と言うことはできるでしょう。


「妖怪博士の明治怪奇教授録」第2巻&第3巻(たなかかなこ 集英社ヤングジャンプコミックス) 第2巻 Amazon/ 第3巻 Amazon
妖怪博士の明治怪奇教授録 2 (ヤングジャンプコミックス)妖怪博士の明治怪奇教授録 3 (ヤングジャンプコミックス)


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2014.03.26

「新・若さま同心徳川竜之助 6 乳児の星」 消えた赤ん坊、帰ってきた赤ん坊の謎

 正編での語られざる事件を描く「新・若さま同心徳川竜之助」シリーズも、早いもので本作でもう第6弾。今回は、師走の江戸を騒がせる赤ん坊誘拐事件から始まる入り組んだ謎の数々を、田安家の若さまにして南町同心の徳川、いや福川竜之助が解き明かすこととなります。

 慌ただしい師走の日本橋界隈で起きた、生まれたばかりの赤ん坊誘拐事件。それも一件ではなく、別々の家で都合四件も起きたのですから尋常ではありません。
 しかも、探索が続くうち、八丁堀の役宅から、竜之助の先輩同心の赤ん坊までも誘拐されるという、大胆不敵な犯行に、奉行所もいよいよ捜査に力を入れる――と思いきや、数日後に発見された赤ん坊たち。

 赤ん坊の母親の一人でいまどきの(?)ヤンママが育児放棄したことで、いきなり赤ん坊を預かることになってドキドキの竜之助とやよい…は置いておくとして、なおも解けない事件の謎。

 ついに赤ん坊たちの共通点を見つけた竜之助ですが、その一方で町では不審な殺され方をする者が幾人も現れ、一層混迷は深まっていきます。
 果たして数々の事件の間に繋がりはあるのか、そして何故赤ん坊たちがさらわれなければならなかったのか…事件の果てに、竜之助は意外な強敵と対峙することになります。


 これまで何度も述べてきましたが、一冊が短編数話構成だった正編に比べ、こちらの新編は一冊一話の長編スタイル。当然、それだけ入り組んだ物語が描けるわけですが、本作はそのスタイルの良さが一番良く出ているように思えます。

 本作で描かれる生まれたばかりの赤ん坊の誘拐が、それも数件同時に起きるという、明らかに異常な事件で問題になるのは、ハウダニットではなく、ホワイダニット。
 元々作者の作品では、市井で起きた怪事・珍事が何故起きたのかを探るうちに、それが意外な大事件に繋がっていく…という展開が少なくないのですが、本作は作品の比較的早い段階で誘拐された赤ん坊が帰ってくるという、二重のホワイが用意されているのが実にうまい。

 作品の性質上、あまりはっきりと述べるわけにはいかないのですが、この明らかに不自然な(更に言えば、一件だけ遅れて、八丁堀同心の赤ん坊も誘拐されるという)犯行に、きっちりと意味があるのには――当たり前だと言えば当たり前ではありますが――お見事と言うべきでしょう。
 正直なことを言えば、本シリーズの中には、ミステリとして途中まで盛り上がったものの、終盤で失速した作品もあるのですが、本作はさらに幾つもの事件をそこに絡めることにより、ラストまでこちらの興味をきっちりと引っ張ってくれたのは嬉しいところであります。

 一点だけケチをつければ、本シリーズでは定番とも言える敵方の使う奇剣怪剣の正体が、あまり緊迫感のない形で明かされてしまう点ではありますが…この点だけは本当にもったいない。

 とはいえ、本シリーズの中でもミステリとしては屈指の出来であり、もちろんお馴染みの面々も元気に活躍する本作は、シリーズファンであれば必見の作品と言ってよいのではありますまいか。


 ちなみに…作中で言及されるのですが、本作の時間軸は、正編の第3弾「空飛ぶ岩」と同時期。いわば正編の倍の頻度でこの新編は事件を解決しているのですが――作中でも竜之助自身がちょっぴりメタに感心しているのがおかしい――さらにその頻度はこれからも増していくことでしょう。
 もちろん、それが本作のような作品であれば、大歓迎であります。


「若さま同心徳川竜之助 6 乳児の星」(風野真知雄 双葉文庫) Amazon
乳児の星-新・若さま同心 徳川竜之助(6) (双葉文庫)


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2014.03.25

「高丘親王航海記」 融通無碍で美しい奇想の世界へ

 幼い頃から心の中に強く印象に残ってきた天竺に向かうため、唐の広州から船出した高丘親王。三人のお供と旅を続ける親王の前には、次々と不可思議な人や獣たちが現れる。夢とも現ともつかぬ冒険の末、いよいよ天竺に近づいた親王だが…

 かの澁澤龍彦の遺作であり、宇月原晴明の「安徳天皇漂海記」のモチーフともなった作品であります。

 主人公たる高丘親王は、その名の通り平城天皇の第三皇子でありながらも、父の愛人・藤原薬子にまつわる政変に巻き込まれる形で皇太子を廃された人物であります。
 その後は出家して高野山に登り、空海の弟子として修行を積み、高弟の一人と目されるまでになったのですが…面白い(と言ってよいのかどうか)のは、その後、60歳を過ぎて海を渡り、仏典を学ぶために唐に渡ったこと。
 そして唐では望むものが得られず、天竺に行くことを志して海路天竺に向かい――そして消息を絶ったと言われています。

 本作はそんな親王を主人公に据えた冒険記なのですが――東南アジアを行く親王の前に現れるのは、何とも不可思議な動物や人物、風習の数々。
 喋る儒艮や犬頭の人間は序の口、下半身が鳥の女たちばかりの後宮や、砂原に眠り人に美女の幻を見せる蜜人、ラフレシアの上でミイラとなる女たち…

 あたかもプリニウスの「博物誌」や中国の「山海経」といった怪奇幻想博物学(という言葉は今作りましたが)の世界に迷い込んだような物語なのでありますが、その語り口はどこか飄々として、むしろすっとぼけたような味わいがあるのが何とも楽しい。
 どこまでが真実で、どこからがホラなのか。どこまでが現実で、どこからが夢想なのか。
 融通無碍とも言いたくなるようなその自由さは、まぎれもない実在の人物でありながらも、どこか虚構の人物めいた逸話がつきまとう親王にふさわしいというべきか、親王ならではというべきか…こちらとしてはただ煙に巻かれて、しかし笑顔で彼の冒険を見届けるしかないのであります。


 しかしそんな物語も、後半に進むにつれて死の影が色濃いものとなっていきます。それはやはり、冒頭に述べたように、作者の最晩年の作品であったことと無縁ではないと思われます。
 その意味では、高丘親王は作者の分身であると見るのが正しいのでしょう。特に終盤で描かれる、親王が美しい真珠を飲み込んで声が出なくなるくだりは、そのまま作者が晩年咽頭癌で声を失ったのを、真珠を飲み込んだためと称していたエピソードと重なります。

 そう考えれば、親王の飄々とした存在感も色々と頷けるものがあるのですが――
 しかし同時に、そのような「正しい」解釈をすることが、ためらわれる想いも同時にあります。


 これほど自由で融通無碍で、そして何よりも美しい物語世界を、作者個人の物語、という枠に納めてしまってよいものかどうか。むしろそのような枠にこだわらず、どこまでも広がっていく奇想を素直に楽しむことこそが、作者の、そして親王の望むところなのではないか…
 もちろんそれこそ、こちらの勝手な思い入れではあるのですが、私は本作にそんな形で接したい、という気持ちも強くあるのです。


「高丘親王航海記」(澁澤龍彦 文春文庫) Amazon
高丘親王航海記 (文春文庫)


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2014.03.24

「小倫敦の幽霊 居留地同心・凌之介秘帖」 幕末名探偵と英吉利羊羹の謎

 時は幕末、横浜居留地の若手同心・草間凌之介は、リトル・ロンドンに暮らすイギリス人の知人から、屋敷で女の悲鳴が聞こえるという事件を持ち込まれる。鮮やかにその謎を解いた凌之介だが、今度は短銃で撃たれた日本人の死体が見つかった。死体の側には、謎の「英吉利羊羹」が転がっていた…

 この数年、次々とユニークかつ内容豊かな時代小説を発表してきた平谷美樹の作品群に、また一冊加わりました。来日したシュリーマンの冒険を描いた「藪の奥」の冒頭とラストに登場した横浜外国奉行所の若手同心・草間凌之介を探偵役に据えた新作であります。

 凌之介は、数々の語学に通じ、頭脳明晰な若き俊英。しかし童顔と当たりの柔らかな物腰から、外国人居留地、特にイギリス人の居住地区であるリトル・ロンドンの住人たちに大いに好かれている人物です。

 そんな彼が、リトル・ロンドンの友人である新聞社主に打ち明けられたのは、彼が最近買った屋敷から、女の悲鳴が聞こえるという怪事件。前の持ち主の時代、メイドが謎めいた死を遂げたという過去から、その幽霊ではないか、と怯える友人に対し、凌之介は鮮やかにその謎を解いて見せるのですが――いわばこれはアバンタイトルの一幕であります。

 すぐにリトル・ロンドンで見つかる本物の死体、それも何者かに射殺された日本人の死体。時あたかも1867年、攘夷浪人による外国人襲撃も珍しくないご時世に起きたこの事件に、俄然居住地は騒然とすることになります。
 早速探索に駆り出された凌之介が現場で見つけたのは、日本の羊羹に似た形で、舐めると甘い謎の物体。仮に「英吉利羊羹」と名付けたその物体にこの事件の鍵があると睨んだ凌之介ですが、すぐに浪人たちの襲撃を受けることに…

 殺された男は何者なのか、何故殺されなければならなかったのか。浪人は何故襲ってきたのか。そして何よりも、英吉利羊羹の正体は――次々と謎が積み重なる先に、凌之介は巨大な陰謀に突き当たることになります。


 誤解を恐れずに言えば、名探偵ものにまず必要なのは、ユニークなキャラクターの名探偵と、彼が活躍するに足る世界観でありましょう。その点でまず、本作は言うことなしであります。
 飄々とした温厚、どこか茶目っ気ある人間である凌之介のキャラクターは、上で触れた「藪の奥」の時点で目立っていましたが、本作においては、これまた個性的な周囲の人物とともに、混沌とした状況の中でも明るさと誠実さを失わない人物として、印象に残ります。

 そしてさらに、彼の活躍する舞台がまた唯一無二、空前絶後ともいうべき世界であります。
 幕末に開港された横浜居留地という、日本の中に生まれた異国。その中でも特に故郷に愛着を持つ者たちが集まったリトル・ロンドンという、特殊な上に特殊を重ねた世界が、彼の活躍の場なのです。

 そしてまた、彼が今回挑む事件もまた、この舞台ならではのもの。
 物語の中心となる英吉利羊羹の正体については、勘の良い方(というより雑学の知識が豊富な方)にはすぐわかるのではないかと思いますが、しかしそれでもアレをここに持ってくるのか!? とその取り合わせの妙に唸ること請け合い。
 あるアイテムが、本来そこにあるはずのない状況に放り込まれることで、状況を大きく動かしていくというのは、むしろSF的かもしれませんが、そこはまさにSF作家としてスタートした作者ならではの手法として感じられるのであります。


 そしてもう一つ――私が作者の作品を愛し、期待する所以のものが、本作にもあります。
 それは、舞台なる時代と場所から、いま我々が生きる時代を俯瞰し――もちろん時代ものとして不自然ではなく、物語の興趣はそのままで――その上である種の「理想」を提示してみせる視点であります。

 物語の終盤で、事件の犯人に対して凌之介が語る想い――幕末という混沌とした時代の狭間に生きる彼の言葉は、そのまま現代に生きる我々にとっても、一つの灯火として感じられます(もちろん、それが示す方向に共感するか否かは、個々人の判断に委ねられるものではありますが…)


 個性的なキャラクターと舞台に、魅力的な謎。そしてそこを通底する、現代にまで向けられたまなざし――
 まさに作者の作品の醍醐味を味わうことができる本作。既に続編の刊行も決定している模様で、この先も楽しませていただけそうです。


「小倫敦の幽霊 居留地同心・凌之介秘帖」(平谷美樹 講談社文庫) Amazon
小倫敦の幽霊 居留地同心・凌之介秘帖 (講談社文庫)


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2014.03.23

「Tomb of Dracula Presents Throne of Blood」 戦国武将吸血鬼の肖像

 以前にも述べましたが、最近暇を見て色々とアメコミを読んでいます。実際に読んでみたら想像以上に世界観も多様でキャラクターのバリエーションも豊富だったのに感心したのですが、今日紹介する「Throne of Blood」に登場する戦国武将吸血鬼コドウ・ライゾウもそんな中の一人です。

 「Throne of Blood」といえば、黒澤明の「蜘蛛巣城」の英語版タイトルですが、本作はそちらとは何の関係もなく、ホラーコミック「Tomb of Dracula」(ちなみに映画化もされた「ブレイド」はこのシリーズの出身)の番外編的な短編コミック。
 戦国時代から現代まで生き続けるライゾウの出自を語る物語であります。

 16世紀の日本、コドウ家の嫡男であったライゾウは、弟で剣の達人であるリュウヘイとともに、恐怖で周囲を支配する暴虐の武将を討ちに向かいます。
 百姓に化けて敵陣に忍び込んだ二人は首尾良く武将を討ったかに見えたのですが…油断した近づいたところを武将に噛みつかれてしまうリュウヘイ。今度こそ相手の首を落とし、帰国する二人ですが、リュウヘイが徐々に異常な行動を取るようになります。

 実は二人が討った武将は、不死の生命に憧れて異国の吸血鬼に噛まれ、自らも吸血鬼となった存在。その事実をライゾウが知った時には既に遅く、リュウヘイのみならず、彼の父や家臣、そしてライゾウの愛妻までもが吸血鬼と化していたのでありました。
 城に火を放ち、心を鬼にして吸血鬼と化した者たちを討っていくライゾウ。そして炎の中でリュウヘイを討ったライゾウですが、彼もまた、吸血鬼と化した妻に噛まれていたのでした。
 自らも吸血鬼と化し、天涯孤独の身の上となったライゾウ。自裁することもできず、彼はただ一人何処かへ去って行くのでありました――


 アメコミで描かれる日本というと、どうしても身構えてしまうところがありますが、本作はかなり真面目に描かれた部類。というよりむしろ真面目すぎて地味に感じられるのが難点ではありますが…
(もっとも、ライゾウの妻の名前がスズメなのはまだいいとして、ライゾウたちが討った武将の名前がJakkaruなのはさすがにどうかと)

 むしろライゾウが活躍するのは(作中の時間では)この後であります。修行の末、吸血鬼としての衝動を克服した彼は人間の味方となり、同様な立場の仲間たちを集めてチームを結成。怪物化してカルパチアで暴れ回るハルクを迎え撃ったり、吸血鬼化したX-MENの一人に修行をつけたりと、脇役ではありますが、なかなか良い立場で登場しております。
 さらにいえば、戦国時代から生きているという長命ぶりを生かし、(もちろん後付けではありますが)第二次大戦期にヨーロッパでトゥーレ教会と戦ったり、50年代にアフリカでプロフェッサーXと出会ったりと、一風変わったリリーフぶりを発揮しているのも面白いところであります。


 …もっとも、デビューから数年しても個人シリーズはもちろんのこと、出番も数えるほどしかないのは正直なところ。吸血鬼というのはあの世界では一つの個性ではありますが、それなりに使いどころが限られることもあるのでしょう(そしてライゾウさんビジュアル的にはかなり地味ということもあり…)。

 しかしやはり時代伝奇者から見れば、戦国武将出身の吸血鬼というのは実に美味しい存在。いつどんなキャラクターが脚光を浴びるかわからない世界だけに、これから先もその動向に注視したいところであります。


「Tomb of Dracula Presents Throne of Blood」(Victor Gischler Marvel「Fear Itself: Dracula」所収) Amazon
Fear Itself: Dracula


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2014.03.22

「妾屋昼兵衛女帳面 6 遊郭狂奔」 対決、妾屋vs吉原 

 大奥から帰ってきた八重を強引に妾にしようとした大商人・浜松屋をやりこめた山城屋昼兵衛。逆恨みした浜松屋は町方、さらに吉原にまで手を伸ばし、山城屋に復讐を目論む。さらに妾屋を手中に収めて客を奪おうと企んだ吉原の惣名主・西田屋は、実力行使で山城屋を襲う。昼兵衛たちの反撃や如何に!?

 将軍後継を巡る大奥でのミッションという大勝負を終えて一息ついたかに見えた「妾屋昼兵衛 女帳面」シリーズ。しかしもちろん、彼らの戦いはまだまだ続きます。
 今回の彼らの敵は吉原――言うまでもなく御免色里、数多くの遊女を抱える場であります、なるほど、妾屋とはある意味近くて遠い存在。考えてみれば、これまで登場しなかったのがおかしかったくらいの存在であります。

 さて、そんな大敵との戦いは、しかし実に仕様もない小人物の欲望が発端となります。前作で大奥に潜入し、無事に帰ってきたヒロイン八重。内職で針仕事を行っていた彼女の美貌に目を付けた老舗呉服屋の主人が、彼女を強引に妾にせんとしたのであります。
 主人公の一人・大月新左衛門との想いを育み始めた彼女がもちろん肯うわけもありませんが、浜松屋はそれに対し陰湿な嫌がらせを開始。怒った山城屋が乗り出し、何かと関わりのあった将軍家斉の寵臣・林出羽守の名を借りてやりこめた、はずなのですが…

 自分の分を知らないのが小人の小人たるゆえんと言うべきか、浜松屋は出入りの町方同心を動かして山城屋への攻撃を始めます。
 さらにそこに絡むのが、これまた小人物の吉原の惣名主・西田屋。自分の未熟さを棚に上げた西田屋は、山城屋をはじめとする江戸中の妾屋を潰して我が物にせんと、命知らずの忘八たちを動かすのであります。


 妾屋と吉原遊郭――どちらも女性の体を金に換える場であり、その意味では近しい存在と言えるでしょう。しかし吉原が年季奉公という名目の借金で遊女たちを縛り、男たちに奉仕させるのに対し、(少なくとも本シリーズにおいては)妾屋が斡旋するのは、あくまでも対等な契約で結ばれる男と女の関係。
 その意味では明確に異なる存在であり、そしてそれこそが、昼兵衛たち妾屋の誇りと心意気を支えるのであります。

 妾屋というある種グレーゾーンを描きながらも、本シリーズに陰湿さが(もちろん良い意味で)感じられないのは、まさにこの心意気があるためでありましょう。
 そしてこれまでの戦いがそうであったように、いや相手が「商売」のためであるからこそなおさら、本作はその心意気が輝くように感じられます。

 ちなみにもう一つ本シリーズの読後感を良いものとしているのは、権力者と主人公のスタンスでありましょう。
 権力者に突然重い命がけの役目を背負わされ、こき使われる主人公…というのは、これは上田作品の定番パターンであり、本シリーズにおいてもそれは同様ではあります。

 しかし本シリーズにおいて昼兵衛は、決してただ脅かされ、唯々諾々と使役されるだけの存在ではありません。権力者の恐ろしさ、権力の重みは十分に知りつつも、時にそれを後ろ盾に使い、時に隙間をすり抜け、したたかに生き抜いてみせる…
 本シリーズの権力者たちが比較的ものわかりが良いこともありますが――今回描かれる昼兵衛と出羽守の対話はシリーズ自体の一つの山場というべきでしょう――この決して権力に屈するだけではない姿は、一つの希望とすら感じられるのであります


 そうなってくると、あまりに今回の敵役が小物なのは気になりますが、しかし加減を知らない者ほど何をしでかすかわからず怖いということはありましょう。
 何よりも、良心の呵責なく手加減せずに叩きのめせるという、昼兵衛的な意地悪さも感じてしまうのですが…

 今回、色々な意味で実に気になるところで終わっていることもあり、これまで同様、いやこれまで以上に早く早く先が読みたいのであります。


「妾屋昼兵衛女帳面 6 遊郭狂奔」(上田秀人 幻冬舎時代小説文庫) Amazon
妾屋昼兵衛女帳面 六 遊郭狂奔 (幻冬舎時代小説文庫)


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2014.03.21

「八百万討神伝 神GAKARI」第1巻 恐怖と悲劇を粉砕するギャグ

 時は戦国、日本には各地に八百万の神々がいた。しかしそんな中、邪神抹殺を使命とすると称するアブない修行僧・空也が現れた。彼に叩きのめされた成長途中の妖狐・玉藻は、彼の精を得ようと近づくが、全く相手にされず、こき使われるばかり。おかしな二人の邪神退治の旅が始まった…

 数年前に終了した作品を今頃に取り上げるというのも自分の無知を晒すようでまことにお恥ずかしい話ですが、本当に面白いのですから、胸を張って紹介いたしましょう。
 ベテラン楠桂による時代伝奇ホラーラブ(?)コメディ活劇であります。

 神話の時代から八百万の神々がいると言われるこの国。しかしその中には人を害する悪しき神もいるのもまた事実であります。
 本作の主人公で有髪隻眼の修行僧・空也は、そんな神々を目の敵にする男。人並みはずれた体力と法力を持ち、己の黒い血で描いた仏を実体化させる技を持つ凄腕の密教僧なのですが…
 彼に唯一(?)足りないのは慈悲の心。己の敵いやさ仏敵には全く容赦せず叩きのめし痛めつける俺様ドS男なのであります。

 そんな彼が仏敵滅殺の旅に出て出会ったのは、とある里で男たちから天女の如く崇められる姫神。彼女の正体が妖術で男たちを誑かしている妖狐・玉藻であることを知った空也は彼女を当然の如く叩きのめし、キツいキツいお灸を据えるのですが――
 人の身でこれだけの法力を持つ男の精を受ければ、自分の妖力も高まるはず…と彼にまとわりつき、あの手この手で誘惑する玉藻ですが、空也にはまったく通用せず、下僕としてこき使われるばかり。
 そんなこんなで旅を続ける二人が、各地で出会う神と対決していくというのが基本設定であります。


 もともと作者は(時代)伝奇ホラーの名手ではありますが、それと並ぶ顔が、過激なスラップスティックコメディの名手。
 実に本作は、この二つの顔がきっちりと結びついた作品であります。

 というのも本作、基本設定は上記のとおりかなりギャグ寄りではありますが、描かれる物語自体はかなりシビアなものばかり。
 人間とは明らかに異なるロジックを持ち、しかし彼らなりの情や想いを持つ神や妖と、様々な業を抱えた人間が出会った時に生まれる情念の地獄絵図。それは作者の時代伝奇ホラーでしばしば見られる構図ですが、本作にもそれは通底して描かれるのであります。

 たとえばこの第1巻に収録された化け猫のエピソードなど、登場人物の名前こそ鍋島に龍造寺と、鍋島の化け猫騒動をモチーフとしているものではあります。
 しかし、あちらが一種の仇討ち物語であったのに対し、こちらは妖の性と人の業が掛け違った末に恐ろしくも哀しい物語が生まれる点で明確に作者の作品として感じられるのであります。

 …しかしそんな恐怖と悲劇を問答無用のパワーでコミカルに粉砕していくのが本作。なるほど、こういう組み合わせ方があったかと、作者の作品はかなり以前から読んでいるつもりでしたが、今更ながらに感心したところであります。


 というわけで残り3巻も、近いうちに紹介させていただきたいと思います。


「八百万討神伝 神GAKARI」第1巻(楠桂 小学館サンデーGXコミックス) Amazon
八百万討神伝 神GAKARI 1 (サンデーGXコミックス)

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2014.03.20

「どうせおいらは座敷牢 喧嘩旗本勝小吉事件帖」 帰ってきた三重の名探偵

 無頼が高じて周囲の手で座敷牢に閉じこめられてしまった貧乏旗本・勝小吉。今日も牢の中で退屈を持て余す小吉は、気晴らしのため、そして何よりも金と出仕のつてのため、子分の又四郎に命令して、巷の怪事件を集めさせる。江戸の町を騒がす怪事珍事に、座敷牢にいながらにして挑む小吉だが…

 あの座敷牢探偵が帰ってきました。今から十年以上前に雑誌連載され、つい昨年連載を再開した、風野真知雄の「喧嘩旗本勝小吉事件帖」(旧題「勝小吉事件帖 喧嘩御家人」)の、待望の続編であります。

 勝小吉と言えば、ご存じの方も多いと思いますが、幕末の英傑・勝海舟の父親であります。
 海舟自身、様々な逸話を残す人物ではありますが、その父たる小吉は、それに輪をかけて破天荒な生き様だったと言われる人物。何しろ、歴とした旗本でありながらも、生涯二度も座敷牢に閉じこめられたというのですからとんでもない。
 そして本作は、そのとんでもない男が、その座敷牢に入れられていた時代を舞台にした、ユニーク極まりないミステリなのであります。

 二十歳を過ぎて、目に入れても痛くないような一子・麟太郎が生まれたにも関わらず、一向に行状が改まらない小吉。喧嘩と悪だくみが何よりも好物の彼は、座敷牢に入れられたからといって、大人しくしているわけがありません。
 幼なじみで悪友で子分の御家人の倅・早川又四郎に命令して、巷のおかしな噂をかき集めさせた小吉は、その謎を解いて金にしようと、そしてあわよくば出仕の足がかりにしてやろうと、今日も悪知恵を働かせる――というのが、本シリーズの基本設定であります。

 ちまたのちょっとおかしな出来事、事件ともいえないような珍事や怪談から、その裏の思わぬ事件を探偵役の主人公が暴くというのは、これは作者の作品の多くに共通する構造ですが、本シリーズはその探偵役が座敷牢の中、というのが最大の特長であることはいうまでもありますまい。
 ミステリには、現場に足を運ばず、伝聞で事件を解決してしまう安楽椅子探偵もの、というジャンルが――そして時代小説でも城昌幸の「若さま侍捕物手帖」という大名作がありますが――ありますが、主人公が牢の中というのは、皆無でないにしろ珍しい。

 そして本シリーズの場合、それに加えて主人公は歴史上の有名人であり、さらにその目的は任務でもなければ正義感でもない私利私欲のためであります(この方面の時代ものでの先輩は、やはり都筑道夫の「なめくじ長屋捕物騒ぎ」でありましょうか)。
 つまりは、勝小吉は、安楽椅子(座敷牢)探偵であり、有名人探偵であり、アウトロー探偵であるという、三重にユニークな存在。
 安楽椅子探偵でもおとなしくなくしているわけではなく、有名人であっても史実の軛から(ある程度)自由で、アウトローといっても人の親としてどこか人の良いところを見せる――そして本シリーズは、その三つの属性が巧みに絡み合って愛すべき探偵像と世界観を生み出す、前代未聞の作品なのです。


 さて、本書に収録されているのは全部で八つの短編。一編当たりの分量は少なめであり、それゆえミステリとしてあまり凝ったものではない、ライトな味わいの作品ばかりなのですが――そしてそれは、作者定番の持ち味でありますが――しかしほとんどの作品に一ひねりが利かせてあるのが嬉しい。

 ハウダニットを解き明かしてもその先にホワイダニットが待ち受けていたり、一つの謎を解いたと思えばそこから新たな事件が起こったり、事件を解決してさあ礼金をと思えば意外な事態が起こったり…
 そんな展開に加えて先に述べた小吉のユニークな存在があるのですから、不満はない…というより満足できる内容であります。

 そんな中でも特にユニークな作品を挙げれば、ラストに並んだ「座敷牢の殺人」と「友だちに好かれる薬」でしょうか。
 内容の詳細は伏せますが、どちらもシリーズ中の異色作でありつつも、しかしこのシリーズでなくては成立しない内容で、かつ小吉のキャラも大いに立っているという、シリーズの楽しさを満喫できる作品なのであります。


 そんな楽しさに溢れた本シリーズは、現在も「小説NON」誌で連載中。シリーズ第三弾は、本書ほど待たされずに手にできそうであります…というのは欲張りに過ぎるでしょうか。


「どうせおいらは座敷牢 喧嘩旗本勝小吉事件帖」(風野真知雄 祥伝社文庫) Amazon
どうせおいらは座敷牢 喧嘩旗本 勝小吉事件帖 (祥伝社文庫)

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2014.03.19

「水滸伝」第22話 「武松 虎を打つ」

 さて、また少し間が空いてしまったドラマ版「水滸伝」の感想ですが、前回魯智深と楊志の姿が描かれたのから再び場面は変わり、物語のフォーカスは宋江へ。しかしそれも一時のこと、いよいよ人気者の武松のエピソードが今回から始まることになります。

 閻婆惜を殺した罪を償うため、父に別れを告げた後、潔く出頭した宋江。その宋江が再び実家に戻ってくるのですが、それは今度こそ流刑地に向かうためでありました。
 周囲の人々はもちろんのこと、上司からも信頼されていた宋江は、流刑の沙汰は下ったものの、役人も連行にも来ないという実質放免状態。
 しかし宋江はそれをよしとせず、弟の宋清をお供に、自ら流刑地である江州に向かうのでありました。

 原典では宋江は出頭せず、朱仝雷横に見逃されて宋清をお供に高飛びする…という展開で、その辺りを改変したおかげで、護送役人もなく自主的に流刑地に向かうという前代未聞の状態となったわけですが、これはこれでまあ、宋江の並外れた潔さ(そしてもちろん閻婆惜を殺した悔悟の念)の表現ではありましょう。宋清はとばっちりのような気もしますが…

 それはさておき、その途中、かねてより文を交わしていた柴進の屋敷を訪れた宋江は、門を入るか入らないかのところで、早くも地べたに座っていた青年の足に躓きます。
 このずいぶんと濃い風貌ながら、咳を連発する青年こそが武松。その短気さ(病もあってのことかと思いますが)から周囲からは疎まれていた様子ですが、足を突っかけた相手が宋江と知って大喜びであります。

 旅の途中、三日熱で足止めされていた武松ですが、憧れの宋江に会えた上にかいがいしく看病までしてもらい、さらに義兄弟になろうとまで言われて有頂天、すっかり元気になるのでありました。
 そして宋江らとともに柴進邸から旅立った武松は、宋兄弟と別れ、一人旅へ――

 ということで、ここから始まる武松伝。この先はほぼ原典に忠実な展開となります。
 まずは景陽岡の麓で、異常にノリのいい給仕がいる酒場で酒をしこたま飲んだ武松は、人喰い虎が出るという給仕の止める言葉も聞かずに景陽岡に向かいます。
 給仕の言葉は嘘ではなく、ここで武松は人喰い虎に襲われるのですが――ここが色々な意味で今回のハイライト。

 山中を舞台に、武松と人喰い虎の一対一の激闘が長々と展開するのですが、第1話に登場した虎があまりにもしょっぱいCGだったので心配していたら…
 登場した虎は本物なのですが、なかなか両者が一つの画面に収まらない! アップやカット割りを多用することにより、どこまで両者を画面に収めずに戦っているように見せるかというスタッフの技に、別の意味で手に汗握ります。
 さすがにそれだけで済ますわけにもいかず、武松と虎の取っ組み合いもあるのですが――ぶっちゃけ、中身が入っていない虎相手に戦ってみせる武松役の役者さんも本当に頑張ったと思います。こんな風に斜に構えて見るのが申し訳ないほどに…

 何はともあれ、真っ正面からのダッシュからスライディングで虎の腹の下に潜り、無防備な腹に蹴りを入れてひるんだところに石で殴りまくるという武松のラフファイトの前に、80年代の香り漂う戦いは決着するのでありました。


 と、ここで舞台は代わり、饅頭を作っている夫婦が…原典読者であればおわかりのように、夫は武松の兄・武大、そして妻は潘金蓮――原典最大の悪女として名を残すあの美女であります。

 本人にはまったくその気はないにも関わらず、その美貌から勤め先の主人とその息子から言い寄られ、それを疎まれて主人の妻から邪険に扱われた末に、町一番の醜男に娶される…主の息子からも言い寄られるという点を除けば原典どおりの展開ですが、しかしビジュアルで見せられるとこれはあまりに切ない。

 たった二人の寂しい婚礼の末、周囲の目を避けて寂しく暮らす二人の姿を描いて、次回に続きます。


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2014.03.18

「ひゅうどろ 大江戸妖怪事典」 大江戸妖怪収集活劇再び

 自称・日本一の妖怪学者の指導のもと、「大江戸妖怪事典」の完成目指して江戸の怪奇事件に立ち向かう少年少女の活躍を描く「てれすこ 大江戸妖怪事典」の続編が発売されました。その名も「ひゅうどろ」、今回もオモシロ怪奇な妖怪譚が展開されることになります。

 蘭方医の卵の美少年・栗木菊之助と、その幼なじみの霊能少女・美江が、ある日、不思議な空間に迷い込んだことがきっかけで出会った謎の蘭学者・稲毛外羅(その正体は平賀…)。
 驚くべき発明を次々としながらも、人格的にはちょっと問題ありの稲毛先生の目的は、様々な妖怪を集めた「大江戸妖怪事典」の完成――それも文章や図版ではなく、本物の妖怪を先生発明の機械でお札にして貼り込んでしまおうという、本物の(?)妖怪事典であります。

 しかも先生の発明でお札になった妖怪は、後で自在に呼び出してその力を借りることが可能。かくて先生のペースに巻き込まれた二人は、妖怪のお札と、かわいい子供姿の霊獣・お咲の助けを借りて、同じく妖怪を集める間の抜けた悪党三人組を向こうに回し、江戸中を駆け巡ることに相成ります。

 そんな設定の本シリーズですが、第二弾の本作も、前作同様の全三話構成。
 妻に先立たれた商人が、天井裏から現れる奇怪な妖怪につきまとわれる「いつも見ている」。
 相撲取りなど、力自慢ざ通りかかると力比べを挑む謎の妖怪との対決編「うしろの力自慢」。
 近づく者を次々と怪奇現象が襲い、次々と奇怪な妖怪が現れる四谷の廃寺の謎を描く「来るなの寺」。

 ここではあえて述べませんが、どのエピソードにも、副題と並んで妖怪の名前が記されているため、妖怪好きの方であれば、作中で描かれる怪事の背後に何ものがいて、何をしているのか、かなりの程度で予想は可能でしょう(もっとも、三話目はそれは不可能なのですが)。

 しかし、それでも本作がその興を削がないのは、これも前作同様に、作中で起きる怪事の、そして登場する妖怪の描写が、どこまでも丹念に、真っ正面から為されているからにほかなりません。
 作者のファンには今さら言うまでもないことではありますが、元々作者は、日本のオカルトホラー界の第一人者。本作は確かにコミカルな要素も大きい物語ではありますが――「オドロ怪奇」という、作者のファンには懐かしいワードも登場し――登場する怪異については、あくまでも真摯なのであります。
 そしてそれが、コミカルな要素をより高めていることは言うまでもありません。


 ただ残念なのは、主人公たちのキャラが弱いのも前作どおりという点でありましょうか。
 悪玉トリオが好き勝手に暴れ回る分、優等生である主人公たちが割を食ったというところなのですが、設定が魅力的なだけにこれが実にもったいない(さらに言えば、彼らのアイテムが強すぎるのもまた、皮肉なことに彼らのキャラを弱くしているという印象もあるのですが…)。

 できれば、短編連作ではなく、一冊丸ごとの長編で、妖怪と(悪玉トリオと)の全面対決を描いて欲しいな、と個人的には思うのですが…


「ひゅうどろ 大江戸妖怪事典」(朝松健 PHP文芸文庫) Amazon
ひゅうどろ  大江戸妖怪事典 (PHP文芸文庫)


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2014.03.17

「まほろばの王たち」 複数の世界、複数の歴史に

 物部の姫・広足は、自分が仕える賀茂一族の長・大蔵が、乙巳の変で滅んだ蘇我氏の神や妖を叩きのめしていくのに嫌悪感を抱く。広足が妖に治癒の呪を唱えたことで形勢逆転し、瀕死となった大蔵が助けを求めたのは、賀茂の行者・小角だった。大蔵を助ける代償として、広足は小角に仕えることに…

 仁木英之が、「役立の小角」のタイトルで「エソラ」Vol.15に発表した作品が、加筆修正されて単行本化されました。
 旧題からわかるように、本作の中心となるのは伝説の呪術者・役小角。7、8世紀に葛城山に住み、呪術によって鬼神を使役したと言われる、修験道の祖であります。
 その超人的な活躍が様々な伝説に残っているだけに、フィクションに登場することも少なくない小角ですが、しかし本作は独特の視点から小角を、彼の生きた時代と世界を独自に再構成した物語となっております。

 そんな本作の主人公/語り手となるのは、かつて蘇我氏に滅ぼされた物部の姫・広足。その料理の腕を買われて、賀茂一族の長・大蔵、次いで小角に仕えることとなった彼女は、小角の側で、山に暮らす民と、彼らと共に存在してきた古き神々の世界を垣間見ることとなります。

 時あたかも、乙巳の変で中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我氏――彼らは、広足の一族である物部氏を滅ぼした者たちでもあります――
を滅ぼした直後の時代、すなわち大化の改新の頃。
 諸説はあるものの、大和朝廷による中央集権国家の樹立に向けた端緒となったといえるこの改革期は、裏を返せば、中央に対する者/モノたち、後にまつろわぬ者と呼ばれた存在に、国家の規制が強く及ぶようになった時代と言えるでしょう。

 本作で描かれるのは、まさにその両者の相剋であります。作中で小角と広足が巻き込まれるのは、山から都に現れ人の魂を喰らうという鬼と、次々と山の神々を襲う神喰らいにまつわる事件。
 都の民も山の民も、互いに互いの仕業と疑い、一触即発となる中、小角と広足が、大海人皇子とウ野讚良が、阿倍比羅夫が――それぞれの立場から、事件と相対し、その背後にあるものを探っていくことになります。

 その中でも特異な位置を占めるのは、もちろん小角と広足であります。
 賀茂氏の傍流でありながらも、一族の在り方に同調せず、山の民や神々にすら一目置かれる小角。滅んだとはいえ都の民として生まれつつも、小角とともに行動するうちに、山の民や神々と交感していく広足――二人は、それぞれに依って立つ場所は違えども、ともに境界に立ち、二つの世界を理解し、それぞれの安寧のために行動するものなのです。


 そしてそんな彼らの存在は、本作のタイトルに示されるある概念へと繋がっていくことになります。
 まほろばの王たち――まほろばはこの日本を指す古語でありますが、元々の意味は「優れた場所」のこと。そして王たちは、本作に登場する帝(に将来なる者)たちを指すだけでなく、彼らに並ぶ者として存在した、山の民の長たちのことをも指すのでありましょう。

 すなわち、本作で示される世界、小角と広足が暮らす世界は、決して単一の世界観・歴史観で捉えられるものではなく、今は既に滅んでしまったけれども、かつて存在した(かもしれない)者たちが暮らす世界なのであります。
 そしてその世界の在り方を、今の我々のそれと重ね合わせて見る時――そこに生まれるのは他者を受容するという視点であり、それは今この時代において、何よりも重要なものとして感じられるのです。

 神や鬼や妖の蠢く、奇想天外で、どこかパワフルで楽しい世界を描きつつも、その中に人として持っておくべき様々な美点をちりばめてみせる――他の作品同様、作者の優しい視点が、濃厚に感じられる作品であります。


 ちなみに小角の伝説を知る方であれば、「おっ」と思ったであろう広足の名。その伝説が果たして真か偽か…やはりこの先の物語もぜひ描かれて欲しいものです。


「まほろばの王たち」(仁木英之 講談社) Amazon
まほろばの王たち

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2014.03.16

「鬼舞 見習い陰陽師と漆黒の夜」 決着!? 炎の都に広がる闇

 先月は「ばけもの好む中将」第2弾や漫画版「鬼舞」の刊行と勢いに乗る瀬川貴次ですが、その大本命である「鬼舞」呪天編の最終巻「鬼舞 見習い陰陽師と漆黒の夜」がついに刊行されました。怨念の鬼・呪天の陰謀が進行する中、ついに主人公・道冬に眠る力の謎が明かされることに…

 これまで様々な形で都を騒がせた鬼たち――彼らを作り出し、操るのは、藤原氏との権力闘争に敗れた大伴氏の怨念を受け継ぐ美少年(?)・呪天でありました。
 藤原氏から権力を奪う手段の一つとして、鬼の一人である初雁の御息所が養育する火の宮を入内させんとする呪天は、犬蠱を喰らって鬼と化したスズメバチたちを操り、都にさらなる擾乱を巻き起こそうと企みます。

 そして、その正体を知らずに近寄ってきた道冬の中に謎の「漆黒」を見た呪天は、彼を仲間に引き入れようとするのですが…

 そんな展開を受けての今回は、クライマックスにふさわしい派手なアクションとカタストロフィのつるべ打ち、といった印象であります。
 応天門に巨大な巣を作り、人々を襲い喰らうスズメバチの群れによって大混乱となる都。恐るべき蟲たちから都を救うべく奮闘する陰陽師たち。その中を一路駆け抜ける牛車「内藤二阡」(再登場!)。そしてラストには、あまりにも巨大かつ強大な怨念が――

 そしてその果てに待つのは、シリーズの冒頭から折に触れて登場してきた、道冬の中に眠る「漆黒」のあまりにも意外な正体と、道冬との関係であります。
 いやはや、こういう形でこの存在が使われたことは、今までほとんどなかったのではありますまいか。この作者ならではの、意外な切り口であると申せましょう。

 そしてまた、瀬川ファンにはたまらないのが、安倍晴明に関するある描写。巨大な闇を抱えた友人を救おうとする自分の息子に対して彼が見せた反応は…と、決してはっきりとではないのですが、これはあれだ、あれに違いない! と大いにテンションが上がってしまう、何とも心憎い描写なのであります。


 そんな盛りだくさんの本作ですが、あとがきによれば相当の難産であったとのこと。正直に申し上げて全くそんな印象はなかったのですが、物語に一つの区切りを付けるというのは、それだけのエネルギーを必要とするということなのでしょう。

 そして、区切りがついたといっても、まだまだシリーズは続くとのことで一安心。
 一つの謎が解け、さらなる巨大な謎が生まれた今――贅沢かつ我が儘は承知の上で、少しでも早いシリーズ再開を期待しているところです。


 なお、本書の巻末には、道冬の父である芦屋道満が登場する短編を収録。本編と設定を共有する作品ではありますが、内容的には完全に独立したホラーであり、これはありがたいボーナストラックというべきでありましょう。


「鬼舞 見習い陰陽師と漆黒の夜」(瀬川貴次 集英社コバルト文庫) Amazon
鬼舞 見習い陰陽師と漆黒の夜 (鬼舞シリーズ) (コバルト文庫)


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2014.03.15

「十 忍法魔界転生」第4巻 贅沢すぎる前哨戦、老達人vs転生衆!

 敵の編成が終わり、主人公も登場していよいよ物語も本番の「十 忍法魔界転生」の最新巻であります。ついに柳生十兵衛と転生衆が相見える――前に繰り広げられる死闘。果たしてその相手は?

 …藩主・徳川頼宣の命で紀州城に向かった三人娘。しかしそこで彼女たちを待っていたのは、屈辱的な側妾選びでありました。
 一方、彼女たちの身を、そして頼宣につきまとう怪しい影をことを案じて城内の秘密の地下室に潜入した彼女たちの父や祖父が見たものは、この世のものとは思えぬ地の底の地獄。
 もはやここにはおれぬ、とばかりに城を脱出した六人が向かう先は、そう、柳生庄の十兵衛の許――

 ここでこの巻に収録された回のサブタイトルを見れば「黄泉坂」。神話において、黄泉国から逃げたイザナギノミコトが、鬼たちに追われ、そのたびに様々な呪具を残して逃れた道であります。
 本作において誰が逃げる側で、誰が追う鬼かは言うまでもありませんが、それでは残るのはと言えば…

 ここで大変に失礼かつ身も蓋もないことを言ってしまえば、ここで展開するのは、かませ犬を相手にした、敵の強さアピールであります。
 しかしそれが見事に緊迫感に溢れた、そして読み応えあるものとなっているのは、追いつ追われつの逃走劇の中というシチュエーションの妙はもちろんのことではありますが、残って戦いを挑む者たちもまた、達人たちであるからにほかなりません。

 その名は木村助九郎、関口柔心、田宮平兵衛――それぞれ柳生石舟斎の高弟、関口流柔術の祖、田宮流抜刀術の祖と、転生衆の面々には一歩譲るかもしれませんが、しかし剣術ファン、武術ファンにとっては垂涎の顔ぶれであることは間違いありません。

 実にこの巻のメインは、彼ら三人の、それぞれの戦いぶりにあると言ってもよいでしょう。特に関口柔心の戦いぶりは、槍対柔というマッチメイクの面白さに加え、その一進一退の内容と結末、そしてそれを描ききったせがわまさきの画が相まって、「本戦」と言ってもよいのではないかとすら感じさせるものであります。

 しかしもちろん、本当のクライマックスはこの後にあります。ようやく辿り着いた娘たちを迎えた十兵衛が殺気を感じる描写の凄まじさに打たれ、そしてその前におぼろおぼろと現れる転生衆たちの妖気たるや…
 いやはや、時代劇史上に残る名場面を、こうして見事なビジュアルで見ることができるとは、幸せとしか言いようがありません。


 …が、やはりどうしてもひっかかるのは転生衆たちの――というよりはその中の約二名のビジュアル。
 ここまで見事に原作を再現できるのであれば、転生衆たちももう少し原作の(転生前の)姿を残しつつデザインできたのではないかと思うのですが、どうしてもやりすぎ感が先立ち、作品から浮いて見えてしまうのが残念であります。
 とくにおさげルーズソックス坊主と、四本おさげのお爺さん!

 さらに言えばクララお品周りのコミカルな描写も唐突な印象があるのですが、これはまあこの先を考えてと言うべきでしょうか…


 などと、煩いファンがあれこれ言っていますが、しかしそれもそう言うに足る作品であるからこそ。
 まだまだ真の開戦まで気を持たせられますが、それも楽しみな時間ではあります。


「十 忍法魔界転生」第4巻(せがわまさき&山田風太郎 講談社ヤンマガKCスペシャル) Amazon
十 ~忍法魔界転生~(4) (ヤングマガジンコミックス)


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2014.03.14

「陰陽師 瀧夜叉姫」第4巻 様々な将門の真実に

 「陰陽師」シリーズ最大の長編「滝夜叉姫」の漫画版の刊行も快調に進み、これで早くも4巻目。前巻でついに名前が現れた平将門について、この巻ではいよいよ彼を巡る過去の物語が描かれることになります。

 盗らずの盗人や奇怪な疾病、何者かの呪詛など、都の貴族たちを次々と襲う奇怪な事件。その怪事に見舞われた貴族たちに共通するのが、20年前の平将門の乱に関わったことだと、晴明たちは気付きます。
 かくてこの巻で描かれるのは、夢枕作品名物とも言うべき長い過去編。源経基が、藤原秀郷が語る平将門の姿は、歴史的事実と、伝承に残る奇怪な物語――曰く鋼の体を持っていた、曰く六人の分身がいた等々――と、その両方に現れるものであり、そしてその両方を結ぶものであります。

 関東の民のためにやむなく決起した有情の武将か、己の野望のために大乱を引き起こした無情の謀反人か――経基と秀郷と、二人の語る中にも現れる不思議な矛盾を解くキーパーソンとなるのは、将門に付き従っていたという謎の男・興世王…

 というわけで、ここで本作の最重要人物たる興世王が登場するわけですが、その不気味さはなかなかよく描かれているものの、あまりにも分かりやすすぎる悪人、外道になってしまっているのは(原作を踏まえているとはいえ)いささか残念なところではあります。

 しかしその一方で感心させられたのは、晴明と博雅が、将門の旧主である藤原忠平の元屋敷を訪れるくだりです。

 同一人とは思えぬ様々な顔を見せる将門の、どれが本当の顔なのか? それを知るために既に廃屋となって住む人もない屋敷で、晴明の術により博雅が見た将門の姿は――
 というこの展開は原作にあったものか失念しましたが、かつての主従の姿が幻の中に浮かび上がり、そして博雅と晴明が彼らと触れ合う中で、将門の「真実」を知るという描写は、なかなかに感動的であります。

 意地悪なことを言えば、この時点で将門が実は…と、ある程度見えてしまうのは、物語の興を削ぎかねないのですが、しかし様々な将門像が現れる中で、本作の中で最もピュアでニュートラルな存在である――それは一種、読者の分身的立場であることを含んでいるのですが――博雅の目を通したものが描かれるという構造は悪くないと感じます。


 さて、そんな「真実」が描かれたものの、物語にはまだまだ謎が多く存在します。
 特に平貞盛の病に関わっていたあの人物が…というのは、そこで実に「らしい」顔を見せる蘆屋道満との対峙もあって面白い。
 この辺りの、様々な勢力がそれぞれの思惑を秘めて絡み合う姿は、伝奇ものの魅力の最たるものだと常々思っているのですが、やはりこうして見ると実に良いものです。

 そしてその中で晴明と博雅がどんな役割を果たし、何を見るのか…原作を既に読んでいてもなお、楽しみになるのです。


「陰陽師 瀧夜叉姫」第4巻(睦月ムンク&夢枕獏 徳間書店リュウコミックス) Amazon
陰陽師 -瀧夜叉姫- 4 (リュウコミックス)


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2014.03.13

「BRAVE10S」第5巻 開戦、運命の大戦!

 まさかまさかの十勇士交代に新十勇士がまた意外な人物、さらにそれがきっかけとなって十勇士のうちの二人までもが出奔という、波乱に次ぐ波乱の「BRAVE10S」。そんな十勇士集結以来初めての大ピンチの中、ついに歴史は大きく動き出すことになるのですが…

 そんな中でも冒頭のエピソードはなんと水着回。リーダーとして気の休まらない時を過ごしていた才蔵にとってはそれなりに気の休まる時だったかもしれませんが、しかしもちろん、その中に出奔した二人の勇士はいません。
 己がアナの心の隙間を埋める存在になれないことに苛立つ甚八。イライラが頂点に達していた才蔵に絡んだばかりに本気で半殺しにされた鎌之介――後者はどう考えても自業自得ですが、それはともかく作中では時まさに1600年。そう、直江兼続の挑発により徳川軍がついに動き出して関ヶ原の戦へと、時代はなだれ込んでいくことになるのです。

 そして関ヶ原で真田幸村と言えば、言うまでもなく彼の事績の中で燦然と輝く第二次上田城合戦があるわけですが…その相手といえば、徳川秀忠。
 本作では初登場となる秀忠が、何というか単なる外道な若造キャラなのは――武将キャラの薄さは今に始まったことではないとはいえ――大いに興ざめでありますが、ある意味十勇士(マイナス2)、そして何よりも弁丸改めて真田大助にとっては、遠慮なしにやれる相手といえるかもしれません。

 かくて戦場と化した上田城下で繰り広げられるのは、軍師としての才を見せ始めた大助の数々の策と、その先鋒となって動く新勇士・服部半蔵と、その配下たち!
 かつて戦った相手が味方に、というのは大いに盛り上がる展開、半蔵はともかく、その配下まで現れるとは予想していなかったので大いに盛り上がります、が…

 しかし、こういう形で再登場したキャラクターがかませ犬となりやすいのもまた事実。そして彼らを襲う新たなる敵とは――
 いやはや、ここでこのキャラクターが、こういう形で登場するとは夢にも思わなかった相手なのであります。

 詳細を伏せた上で語るのはなかなか難しいのですが、意外でありつつも、その片割れが物語で重要な位置を占めていることを思えば、むしろ登場は必然とも言えるかもしれない存在。
 しかしそれを、まさか幸村史でも大きな位置を占めるこの上田城合戦で物語に投入してくるとは…

 この2、3巻の間、次から次へと繰り出される意外な展開に驚かされてばかりなのですが、本作の場合は、そんな定石を外した大暴れこそが真骨頂と言うべきでありましょう。

 何だかんだと憎まれ口を叩きつつも、やはり先が気になって仕方ない作品なのであります。
(ただ、やっぱり才蔵の新しい髪型はまだ見慣れませんが…)

「BRAVE10S」第5巻(霜月かいり メディアファクトリーMFコミックスジーンシリーズ) Amazon
BRAVE10 S 5 (MFコミックス ジーンシリーズ)


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2014.03.12

「紳堂助教授の帝都怪異考 三 狐猫篇」 魔道紳士、狐と猫の怪に挑む

 大正時代の帝都東京を舞台に、美貌の帝大助教授・紳堂麗児と助手のアキヲが数々の怪事件に挑む「紳堂助教授の帝都怪異考」の第三弾が刊行されました。今回のサブタイトルは「狐猫篇」――そのタイトルのとおり、狐あるいは猫にまつわるバラエティ豊かな怪異譚を集めた一冊であります。

 その美貌で数々の女性と浮き名を流す紳堂助教授のもう一つの顔は、古今東西の魔道に通じた魔道紳士ともいうべき一種の超人。その顔を知る友人知人から、あるいはこれまでに彼に助けられた警察から、次々と持ち込まれる怪事件を鮮やかに解決していく…
 そんな彼の姿を、助手である篠崎アキヲ――少年の姿をしていますが実は女の子――の目から描くのが、本シリーズの基本スタイルです。

 さて、3巻目となり、すっかり物語のスタイルも定着した感のある本シリーズですが、それゆえか本作では安定感を感じさせる、「地に足のついた怪異」ともいうべきユニークな物語が展開されていきます。

 紳堂の親友である堅物軍人・美作の従妹を襲った狐憑き事件の顛末を描く「従妹殿御用心」。
 以前解決した事件に登場した令嬢から。王子稲荷で出会ったという美貌の青年探しを依頼される「逢瀬は神域で」。
 帝都で相次ぐ、化け猫によるものだと噂される猟奇殺人事件。事件の背後に蠢く恐るべき敵に、紳堂と意外な戦士たちが挑む「Cath Palug」。
 ある屋敷の使用人に憑いた狐を巡り、紳堂が宿敵とも言うべき女怪と対決する「魔女」。
 冒頭に述べたように、狐と猫というモチーフがあるとはいえ、簡単に紹介しただけでもわかるように、どのエピソードも実にバラエティ豊かな内容。
 日常の謎/怪異にまつわるものもあれば、スケールの大きな伝奇活劇ありと、エピソードごとの振れ幅が大きいのは本シリーズの特徴といえるかもしれませんが、先に述べたとおり、シリーズを重ねることで固まってきた紳堂の、アキヲのキャラクターが中心にあることで、どんな事件であっても紳堂とアキヲの物語として安心して楽しめるのは実に大きなアドバンテージと感じます。
(むしろ本作の場合、このバラエティ豊かさが逆にバランスの良さに繋がっているのも面白い)

 そんな本作の中でやはり最も印象に残るのは、帝都を舞台とした妖怪(猫)大戦争ともいうべき「Cath Palug」でありましょう。
 巨大な猫により次々と人々が惨殺され、さらに何故か人々の前から全ての猫が姿を消した帝都で繰り広げられる決戦の姿は、凄絶にしてどこかユーモラスな、まさに本作でなければ読めないような物語でありましょう。
 特にある人物(?)の出自たるや、さすがにこちらの予想外で、融通無碍なファンタジーを大いに堪能させていただきました。


 ただし、あえて一点注文をつけるとすれば、前半の二つのエピソードで、アキヲがあまりにも鈍感過ぎることでしょうか。
 はっきり言ってしまえば、読者には明白な内容をアキヲの鈍感さで物語を引っ張っている点があったのが、いささか気になったところではあります。
 もちろんこれまでも、アキヲの鈍感さがドラマを生んだエピソードもあり、一概には言えないのですが…

 いや、彼女があまり敏感になっても困るところもあり、その点も含めての本作の面白さとするべきかもしれませんが。


「紳堂助教授の帝都怪異考 三 狐猫篇」(エドワード・スミス メディアワークス文庫) Amazon
紳堂助教授の帝都怪異考 三 狐猫篇 (メディアワークス文庫)


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2014.03.11

「さんばか」第二景 対決、同時代人作家?

 戯作者志望の少年・菊池久徳と、ちょっと変わり者の読本マニア三人娘が風呂屋と江戸の出版界を舞台に繰り広げる騒動を描く「さんばか」の第2話が発売されました。今回のタイトルは「犬と泡!」。読本で犬、とくれば思い浮かぶ人物は…

 というわけで、今回登場するゲストキャラクターは滝沢興邦。後の滝沢馬琴、曲亭馬琴であります。

 久徳が、三人娘の一人のサクに半ば強引に同行される形で顔を出した勤め先の大書店・耕書堂。その主・蔦屋重三郎の前で、身振り手振りはおろか、衣装扮装まで変えて、自分の作品「椿説弓張月」の構想を熱弁していたゴツめの男が滝沢興邦であります。
 背水の陣で戯作者を目指すという興邦に対し、同じ戯作者志望である久徳は、方向性(?)の違いから険悪なムードに。
 そしてその一方で、興邦の持ち込み原稿を読んだサクは――


 自分の無知を棚に上げて申し上げるのも恐縮ですが、刀を取って戦った戦国武将などはともかく、歴史上の文化人たちの誰と誰が同時代人か、というのは案外に気付きにくいものではないでしょうか。
 この辺りは、日本史の授業などで、文化史は文化史として、その時代の最後にまとめて出てくるのも原因の一つではないかと思いますが…

 それはさておき、いささかねたばれ(といっても史実ですが…)になりますが、二人の経歴を比べてみれば、馬琴は1767年生まれでデビューするのは1791年、弓張月は1807年の発表。一方、久徳は1776年生まれ、デビューするのは1794年、彼の代表作の発表は1809年(ちなみに作中の年代は1790年)。
 こうして見ると、生まれた年こそ一回り違えども、完全に同時代人であり、今回のような展開も無理がないことがよくわかります。

 しかも同時代人とはいえ、作風・題材についてはまったく正反対に近い二人が顔を合わせれば、なるほどこういう展開もあるなあ、と感心した次第です。
(そしてサクの口を通して、馬琴の作風について客観的に、そして容赦なく評価が下されるのも楽しい)


 しかし今回、この調子だと風呂屋が出てこないのでは…いや、別に見たいというわけではないのです。そういうわけではないのですが、しかしやはり本作の売りの一つであるわけで、それが出てこないのはいかがなものか――
 などとしかめつらしく思っていたところ、もちろん風呂屋のシーンもばっちり。しかも、風呂屋にはつきもののあるアイテムが、見事に印象的なビジュアルを描き出す結末もなかなかに美しい。
 あの経験が後にあの作品に、というのは有名人の駆け出し時代を描いた作品ではほぼ鉄板ですが、なるほど、これは素直に感心できる展開です。

 前回はキャラクター紹介篇という趣でしたが、今回からがいよいよ本番ということでしょうか。
 江戸の出版界というのは、実は小説の世界では最近比較的メジャーな題材ではありますが、しかしこうしてコミカルかつお色気ありの漫画という形で展開されるというのは、本作くらいのものではありますまいか。

 次は誰が顔を出すのか、楽しみなのであります。


「さんばか」第二景(たみ&富沢義彦 脱兎社) Amazon
さんばか 2


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2014.03.10

「薩州隠密行 隠島の謎」 忠敬と重豪、公と私のぶつかり合いの先に

 幕府の協力を得て全国の測量を行う伊能忠敬の裏の顔は、幕府の協力と引き替えに諸藩を探る隠密だった。今度は密貿易の疑いがある薩摩藩に向かうこととなった忠敬。島津重豪が実権を持つ薩摩藩は忠敬に友好的な態度で接するが、しかしその背後にはある思惑があった…

 「この時代小説がすごい!」も好調らしい宝島社ですが、最近は時代小説の出版にも力を入れている様子で、主に新進作家による作品を文庫書き下ろしスタイルで刊行しております。

 その最新の一つが、本作「薩州隠密行 隠島の謎」であります。
 本作の主人公は伊能忠敬――言うまでもなく、江戸時代後期に日本全国を測量し、日本初の正確な実測地図である(実際の完成は死後となりますが)「大日本沿海輿地全図」の完成に尽力した人物であります。
 元は佐原の商人/名主でしたが、50歳で隠居した後、江戸に出て幕府天文方の高橋至時に師事し、その測量技術が認められて、最終的には幕府の事業として全国の測量を行うようになった…というのは史実ですが、本作では、その背後で彼が諸国の情勢を探る隠密の役割を担っていた、という設定で物語が展開していくこととなります。

 弟子である間宮林蔵が実際に隠密であったように、各地を実際に歩く測量家が隠密となるというのは、さほど珍しいアイディアではありませんが、本作において忠敬が探索する先が、薩摩藩というのは実に面白い。
 「薩摩飛脚」という語があるとおり、薩摩藩は隠密にとっては死地ともいうべき場所。しかもこの当時の薩摩は、反対派を粛清した先々代の藩主である島津重豪が未だ実権を握っていた、なかなかに波乱に富んだ時期であります。


 この設定の時点でまず実に魅力的な本作でありますが――しかし作品の雰囲気自体は、落ち着いたものとなっているのがまたユニークであります。
 というのも、忠敬が隠密となったのは、あくまでも測量の協力を幕府から取り付けるためであり、そして友人ともいえる時の老中からの懇請があったため。彼の本文はあくまでも学者、測量家なのであります。

 そして本作の舞台となる当時の薩摩藩の特異な事情が彼のキャラクターと結びつくことで、物語は展開していくこととなります。
 蘭学を積極的に導入し、藩の近代化を積極的に推し進めた島津重豪。しかしその強引とも言える手法は藩の財政状況を危機的な状況に陥れて周囲の反発を招き、それが「近思録崩れ」と呼ばれる反対派の粛正を招いて多くの血が流された――
 重豪はもちろんのこと、忠敬の案内役を務めることになる若侍・樺山隼之助ら、薩摩側の登場人物は皆、この状況を背負った存在として描かれるのです。

 その結果、本作においては、忠敬の隠密行以上に、公と公、公と私の相剋が描かれることとなります。天下国家のため、藩の安寧のため、そして個人の夢のため――登場人物それぞれが抱く信念。そのぶつかり合いこそが本作の本質であり、読みどころであると感じます。
 そしてこの点において本作が魅力的に感じるのは、重豪が天下国家のためという大義名分を掲げるのに対し、主人公たる忠敬は、妻との約束のため、師への恩義のため、そして自らの情熱のためという、あくまでも非常にパーソナルな動機のために行動する点にあります。(特に妻との約束の内容は、忠敬の地図作りの情熱の原点として極めて美しい)

 確かに、公は重んじるべきではありましょう。しかしそのために他の公を、そして公の中の私を犠牲にしてよいものか?
 そんなこちらの想いを代弁するように、公の重みは承知しつつも(そしてやむなく幕府側の公のために働きつつも)、個人の夢という私を以て重豪と対峙する忠敬の姿は、まことに魅力的な、そして爽快なものとして感じられるのです。


 信念のぶつかり合いが、ほとんどそのまま登場人物の台詞として語られるという点はいかがなものかとは思いますが、しかし、時代ものとして魅力的な舞台設定と、いまこの時代にも通じる公と私の在り方を描いた点は、大いに評価したいと思います。

 この忠敬を主人公とした続編も読んでみたい――そう感じる作品であります。
(例えば公と私の在り方という点ではある意味対照的な間宮林蔵との関係など、面白いと思うのですが)


「薩州隠密行 隠島の謎」(百舌鳥遼 宝島社文庫) Amazon
薩州隠密行 隠島の謎 (宝島社文庫 「この時代小説がすごい!」シリーズ)

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2014.03.09

「戦国武将列伝」 2014年4月号 層の厚さ、安定の内容

 二ヶ月に一度のお楽しみ、リイド社の「戦国武将列伝」の最新号であります。今回は新連載等や読み切り等はありませんが、既に安定した内容と言いましょうか、レギュラー陣だけで十二分に楽しめる内容であります。いつものように、特に印象に残った作品を取り上げていきましょう。

「魔剣豪画劇」(山口貴由)
 巻頭の剣豪絵物語シリーズ、今回は一部で待望の柳生宗矩。
 文中で二度も言及されるように、鼻の下に端正な髭を蓄えたダンディーなビジュアルの宗矩ですが、描かれるのは小野忠明との関係と、彼の剣豪としての晴れ舞台とも言うべき大坂の陣での活躍であります。
 今回は残酷度はかなり抑え目なのですが、それすらもこの人物らしい…と言うべきでしょうか。


「孔雀王 戦国転生」(荻野真)
 いよいよ墨俣の戦も目前となった今回描かれるのは、織田信長の過去であります。
 秀吉が本物の猿だったり、家康が吸血鬼だったりする本作ではあまり気になっていませんでしたが、冷静に考えれば十代の美少女にも見紛う信長の姿もまた異常。どうやらその原因は、帰蝶いやその父である斉藤道三の「呪」がある模様で――

 今のところ黒幕的存在である道三が登場し、物語も大きく動き出した感がありますが、ここでほのめかされる道三の「正体」がある意味「孔雀王」らしい…と昔からの読者としてはちょっと懐かしく感じたところです。


「鬼切丸伝」(楠桂)
 前回は信長の比叡山焼き討ちでしたが、今回はその比叡山に押し込められた豊臣秀次の物語。なるほど、殺生関白と呼ばれた彼は、本作に登場するに相応しいと言えるでしょう。
 そんな彼が、自分を疎んじる秀吉を鬼と恐れるうちに…という今回のエピソードは、そんな彼の事績を知っていれば、ある程度展開は予想がつくものなあります。その点は少々残念なのですが、そこからさらに捻って人間のどうしようもない業を感じさせる結末は、さすがと言うべきでしょう。


「戦国自衛隊」(森秀樹)
 タイムスリップしていきなり野武士退治と、地味ではありますが、ある意味自衛隊の本分(と言い切るのはいささか抵抗がありますが)を生かした展開の連載第2回。
 近代兵器で楽勝かと思いきや、戦場で興奮しきっている相手には銃弾が当たってもあまり効果がないという、厭なリアリティは今回も健在であります(刀を取っての一騎打ちかと思いきや…という展開もその流れと言うべきでしょうか)。

 しかし今回の最大のサプライズは、突然かつ当然のように現れたある存在なのは間違いありますまい。扱い如何では、戦国時代どころではないとんでもない改変になりかねない存在の登場に、俄然先の展開が気になって参りました。


 その他、「セキガハラ」は、能力復活のために密かに越後を訪れた三成の前に、ついに直江兼続が登場、宇喜多同様、別の作品のキャラのようなビジュアルであります。
 また「政宗さまと景綱くん」は、政宗に小十郎にとくればこの人の、お喜多が登場、いかにも本作らしい極端なキャラが楽しいところであります。
 さらに「後藤又兵衛」は、山崎の戦で、又兵衛がいくさ人としての在り方を教えられる…という展開でしたが、いずれも少々小粒に感じられた――と言ってしまうのは、大変な贅沢でありましょう。
 もちろん、現在の本誌に、それだけの層の厚さが感じられるということではありますが…


「戦国武将列伝」 2014年4月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 戦国武将列伝 2014年 04月号 [雑誌]


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2014.03.08

「義経になった男 2 壇ノ浦」 平家滅亡の先の真実

 頼朝との軋轢を生じながらも奇策により連勝し、ついに壇ノ浦で平家を滅ぼした義経主従。しかし義経の存在に危機感と嫉妬を抱く頼朝は義経の鎌倉入りを拒み、義経は廃人同様となってしまう。影武者として義経を支えてきた沙棗は、義経の再起の時まで、彼に成り代わって生き延びるための戦いを始める。

 平谷美樹の初時代小説、全4巻の大長編である「義経になった男」の第2巻であります。
 ちょうど全体の半分となる本書ですが、サブタイトルにあるとおり、この巻で描かれるのは早くも壇ノ浦の合戦。しかもそれもその前半で終わり、それに続いて描かれるのは、いよいよ本格化する義経と頼朝の確執であります。

 偶然義経と瓜二つであったことから、橘司信高に見出され、義経の影武者となることになった蝦夷の青年・沙棗。
 もう一人の影武者・小太郎とともに、奥州で義経の近くに仕えることとなった沙棗は、その義経修行の中で、義経本人も驚くほどの用兵の際を見せていくこととなります。
 傲岸さと繊細さが同居する義経に反発と魅力を感じながら、いよいよ義経らとともに平家との戦いに向かうのですか――


 沙棗の出自を巡る物語や、義経が奥州を訪れるまでなど、歴史の裏側を描く部分がが多かった第1巻に対し、義経が歴史の表舞台に立つこの巻においては、もちろん本作なりの肉付けはなされているものの、表面上はより史実に基づいた、史実通りに物語は展開していくことになります。
 しかしもちろん、本作がそれだけの物語であるはずはありません。その史実の裏側で、隙間で、少しずつ描かれていく本作ならではの「真実」。その真実は、壇ノ浦の合戦が終わった本書の後半から、再び大きなウェイトを占めていくこととなります。

 史実に残る頼朝と義経の確執。本作におけるそれは、嫉妬深く執念深い頼朝の器の小ささと、彼の腹心たる梶原景時の佞奸ぶりからくるものですが(この二人を分かりやすい悪人にしたのは評価が分かれそうな部分ではあります)…
 肉親の愛に恵まれす、まだ見ぬ兄を盲信的に仰いできた義経は、その想いと現実に引き裂かれ、心を病んでしまうのであります。

 そこで彼に代わって「義経」となるのはもちろん沙棗。本作においては、腰越で追い返されてから奥州に向かうまでの「義経」の行動は、全て沙棗が取ったものであり――義経以上に義経らしい彼の決断が、後の歴史に繋がっていくこととなるのであります。

 そしてもう一人――義経の愛妾として知られる静御前が、本作ならではの姿を見せることになります。
 実は彼女の正体は、沙棗とともに奥州にやって来た蝦夷の娘・アイベ。いつしか義経と愛し合うようになった彼女は、顔に入れた刺青を白粉で隠し、白拍子として義経の近くに侍っていたのですが…
 事実で彼女を襲った悲劇は万人のよく知るところであり、本作でもそれは描かれることとなります。
 しかし彼女の出自を蝦夷とすることにより、本作はそこに全く別の意味を与えることになるのです。

 それが何であるかはここでは述べますまい。しかし、彼女の決意こそは、主人公たる沙棗が義経と一体化せんとするあまりに捨て去ってきたものであり――そして義経が中央の権力者から見放され、一放浪者となった今こそ、沙棗が、義経たちが抱くべき想いなのでありましょう。

 再び奥州に向かう義経一行。真の義経の復活はあるのか。そしてその時、沙棗は何を想うのか。そして鎌倉との争いに巻き込まれることとなる奥州の人々は…
 いよいよ後半戦に突入であります。


「義経になった男 2 壇ノ浦」(平谷美樹 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon
義経になった男(二)壇ノ浦 (ハルキ文庫 ひ 7-4 時代小説文庫)


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2014.03.07

「鬼舞」第1巻 怪異描写も巧みな漫画版御所の鬼

 第一部ともいうべき「呪天編」の完結編が発売されたばかりの瀬川貴次「鬼舞」シリーズですが、それとほぼ時期を同じくして、厘のミキ作画による漫画版の単行本第1巻が発売されました。約3年前に刊行されたシリーズ第1弾「御所の鬼」の忠実な漫画化であります。

 「鬼舞」シリーズについては、これまでこのブログでも新刊が発売されるたびに紹介してきましたが、播磨から京に出てきた陰陽師志望の少年・宇原道冬を主人公に、安倍晴明の二人の息子や渡辺綱、様々な鬼やもののけらが織りなす時にコミカル、時にシリアスな平安ファンタジーであります。

 私もこのシリーズの大ファンですが、もともと良い意味で漫画チックなあの世界を本当に漫画化するのはいかがなものかしら…と読む前は思いましたが、これがなかなか、いやかなりよくできている印象。
 恥ずかしながら作画担当の厘のミキの作品は初めて読みましたが、キャラのビジュアルもさることながら、原作者自身が触れているとおり怪異描写も巧みで、原作のイメージから外れる部分はないと感じます。

 おそらく原作(の挿絵)と一番大きく異なるのは、道冬がかなり可愛らしい顔立ちになっている点ではないかと思いますが、原作での異常なモテっぷりや、その後に女装して内裏に出入りすることになることを考えれば、これぐらいでも不自然ではないようにも感じられます。
 その一方でやりすぎ感が漂うのは、安倍吉平・吉昌兄弟に対する後輩学生たちの熱いまなざしが、(フィクションにおける)女学生のそれで、さすがにそれはないのではないかな…とは感じますが、これはまあ原作由来ではあります。


 また絵柄だけではなく、ストーリー面の処理もなかなかのもの。
 この漫画版第1巻で原作第1巻を消化しているため、分量の関係ではそれなりにダイジェストされているはずなのですが、しかしほとんど不自然さを感じさせない内容になっています。
 何よりも、原作初読時は今ひとつピンとこなかった、安倍吉昌が道冬を気に入る場面から――もちろん既に原作での二人の姿に馴れていたという理由もありますが――説得力が感じられたのは嬉しいところであります。


 冒頭でも述べたとおり、原作の方はちょうど「呪天編」が完結したところ。
 これまでの物語を振り返る意味でも、このタイミングで漫画版が刊行されたのは、なかなか嬉しいところであります。


「鬼舞」第1巻(厘のミキ&瀬川貴次 集英社マーガレットコミックス) Amazon
鬼舞 (マーガレットコミックス)


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2014.03.06

「大帝の剣」第2巻 三千世界の最強決定戦開幕!

 新たなる漫画版「大帝の剣」――横山仁による本作もこれで第2巻。前の巻はかなり原作に忠実でありましたが、この巻では原作の展開を踏まえつつも、さらにスピードとテンションを高め、もう一つの「大帝の剣」が生まれています。

 巨大な剣を背負い、揉め事引き受けを生業とする好漢・万源九郎。天空から墜ちてくる流れ星を目撃したことをきっかけとなったように、彼は奇怪な忍びに襲われ、さらに不思議な言動を見せる少女・ランと出会うことになります。
 さらに、牡丹の名を名乗る美剣士――その正体は天草四郎――が登場、さらに流れ星の後からは人と獣が混じり合った奇怪な怪物が現れ…というのは、正直なところこれまで様々なバージョンの「大帝の剣」でお馴染みの展開。
 しかし本作はそれをテンポよく整理し、スピーディに物語を進めていきます。

 この巻でメインとなるのは、源九郎とラン、そして彼女を舞と呼ぶ忍び・佐助サイドと、かの剣豪・宮本武蔵と記憶喪失の忍び・才蔵サイド(牡丹は冒頭に登場したものの出番は少なめ)。

 前者については、舞/ランを狙って次々と襲撃する怪忍者との戦いが描かれますが、クライマックスは源九郎と彼を兄の仇と狙う女忍・姫夜叉との対決でありましょう。
 源九郎の、大抵の物はぶっ壊せるという剣をも防ぐ姫夜叉の黒髪をいかに破るか、という対決のメインの部分も面白いのですが、それ以上に印象に残るのは、これが三千世界最強を決める決定戦の始まりだ、と燃える源九郎の姿でしょう。
 本作の源九郎は、原作に比べると遙かに少年漫画よりのキャラクター造形なのですが、言われてみれば確かに原作もある意味世界最強決定戦。なるほど本作はこういう切り口か、と再確認いたしました。

 そしてまた後者の方のメインである武蔵と人獣混淆の怪人・権蔵の激突も、最強決定戦の一つでありましょう。
 原作では相当の強者だった権蔵ですが、本作の武蔵は原作よりもさらに強い。剣豪vs宇宙生物という、本作を象徴するような対決に、真っ向から剣豪としての技と力で挑む姿は、本作ならでの武蔵像であったかと思います。
(そこから小次郎復活の伏線に繋がっていく展開もうまい)


 しかしまだまだ続く最強決定戦、新たなる挑戦者も現れ、これからもぜひこの路線で行って欲しいと思っているところです。


「大帝の剣」第2巻(横山仁&夢枕獏 幻冬舎バーズコミックス) Amazon
大帝の剣 (2) (バーズコミックス)


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2014.03.05

「表御番医師診療禄 3 解毒」 権力に潜む毒に挑め

 将軍綱吉の昼餉を毒味した小納戸役の旗本が腹痛を起こし、後日死を遂げた。この一件に危険性を感じ取った大目付・松平対馬守は、表御番医師・矢切良衛に、この件が毒によるものか探索を命じる。探索を始めた途端に襲撃を受けた良衛。果たしてこの事件の背後にあるものとは…

 江戸場内の勤務医とも言うべき表御番医師・矢切良衛が権力の病巣に切り込むシリーズの第三弾であります。

 御家人の出身ながら南蛮医術を修め、幕府の表御番医師を勤める良衛。堀田筑前守正俊が江戸城中で斬殺された際の治療に疑念を抱いたことをきっかけに、幕府内の権力闘争の闇に踏み込むこととなった彼は、老獪な大目付・松平対馬守、さらに綱吉の寵臣・柳沢吉保の命を受けて、医師ならではの形で――しかし半ば脅されたような形で――その闇に挑むことになります。

 そして今回の題材は、サブタイトルにもあるように「毒」。将軍の毒味役を務める小納戸役が、毒味の後に体調を崩し、その後変死した事件の謎を調査することになるのですが――
 実質は閑職である大目付の対馬守に見込まれ(脅され)て探索役を務めることになったとはいえ、あくまでも良衛は医師。権限――一種の官僚制である幕府内においては、これが何よりも重要なのは、上田作品の読者であればよくご存じでしょう――もなければ、術もない。

 そんな状況で冷たい上司(権力者)から無理難題を押し付けられる良衛は、これまた上田作品の定番の主人公像で、この辺りが日頃同様の目に遭わされている読者の共感を呼ぶのかな、と感じますがそれはさておき…
 しかしそんな状況でも、医師としての己の知識と能力をフル回転させて、なんとか難局を切り抜けるのが本シリーズの最大の魅力でありましょう。
 本作においても、死んだ旗本の周囲の者から聞き出した内容から、彼になにが起こったのかを推理、いや「診断」してみせるのは、まさに良衛の面目躍如たるものがあります。

 しかしもちろん、権力の病巣を探るのは危険がつきもの。本作においても幾度となく良衛は襲撃を受ける(その刺客の一人のキャラクターが何とも味があって面白い)のですが…そこで生きるのが、彼のもう一つの技たる超実戦剣術であります。
 医師の常として脇差ししか持てぬものの、彼には戦場往来の先祖伝来の剣術に加え、人体の仕組みを熟知した者ならではの知識を以て、彼は強敵に対処していくのです。

 この辺りのその説得力に満ちた描写にはただ感心するばかりであり、主人公が医師である点を見事に生かした剣戟描写もまた、本作ならではの魅力と言うほかありますまい。


 事件の傍ら、良衛の周囲で話題となる宇無加布留(ウニコール。最高の解毒薬と噂される一角獣の角)が意外で皮肉な形で生きる展開も面白く、まずは安定した面白さの本作。大きな物語の流れはもちろん続くものの、本作の物語は本作できっちり片が付くのも私好みで、脂の乗り切った作者の技を堪能させていただきました。


「表御番医師診療禄 3 解毒」(上田秀人 角川文庫) Amazon
表御番医師診療禄3 解毒 (角川文庫)


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2014.03.04

「お江戸ねこぱんち」第九号(その二) 次号が待ち遠しい内容の作品群

 「お江戸ねこぱんち」第9号掲載作品の中から、気になった作品の紹介の続きであります。

「今宵は猫月夜」(須田翔子)
 普通の人間が見ればただの猫、しかしあやかしに対しては正真正銘の猫侍に変化する月之進の活躍を描くシリーズであります。
 これまではあやかしや悪人と戦ってきた月之進ですが、今回は、娘を亡くした女性が心の支えにしていた子猫が行方不明になったのを探すというお話で、普通の(?)人情話としてもそれなりに面白いのですが、しかしそれだけではありません。

 しかし、今回彼の前に現れるのは、火車丸を名乗る謎の男(?)。自分にどこか似た存在、そして自分を手伝ってくれるという火車丸の登場に喜ぶ月之進ですが…
 妖怪好きの方であれば、火車丸が何者であるかはすぐに気付くかと思いますが、なるほど、クライマックスでの彼の月之進に対する言葉は、その設定を踏まえれば納得。それに対して、月之進の正体もまだまだ謎が多く、いよいよシリーズとしての面白さが出てきたという印象です。


「忍者しょぼにゃん」(きっか)
 何だか情けなくて可哀想なんだけどそれが可愛い猫、しょぼにゃんが主人公の四コマ漫画の番外編。

 今回は何と忍者たちのトーナメントバトルなのですが…本編の第二シリーズ「もっと!しょぼにゃん」から登場して主役を喰う活躍を見せる残念っぷりを見せるロック少女のマヤがこちらでは初参戦(のはず)。
 チームメンバーに鎌夜叉と名付けた単なるカマキリがいたりして(オチも予想通り)、こっちでも期待通りの残念っぷりでありました。


「仙猫トラキチ」(桐丸ゆい)
 不思議な猫トラキチによって江戸時代に飛ばされた女子高生・美々が、江戸ライフを経験しつつ、現代に帰るべくトラキチを探す作品の連載第3回。今回はそのトラキチの飼い主が登場するのですが…

 それがなんと平田篤胤! あの、独自の立場からの国学研究や、仙界に関する研究で知られる人物ですが、なぜここで…と一瞬思ってしまいましたが、トラキチという名前を見て納得。
 というより、主人公が江戸では仙女と呼ばれているのと合わせて、もっと早く登場を予想するべきだったと歯噛みした次第です。

 ちなみにこの篤胤、実は××という設定で、この辺りの展開にも驚かされたところです。


「猫の爪弾」(結城のぞみ)
 今回から新連載、長屋に住む常磐津の師匠・文字春を主人公にした人情もので、もののけが出るわけでも猫が喋るわけてないのですが、なかなか面白い作品です。

 同じ長屋に住むばくち狂いの父親に飼い猫を売り飛ばされそうになった少女を見るに見かねて一肌脱ぎ、その猫を預かることになった文字春(しかし三味線が商売道具なので猫に嫌われるというのはちょっと楽しい)。
 三味線の才能があった少女に教えながら楽しい時間を過ごすも、今度は父親が娘を売ると――

 と、お話的にはさまで珍しいものではありませんが、冒頭にちらっと登場して文字春に追い払われた男の正体が生きるクライマックスの展開が楽しく、なかなかによくできた作品という印象です。


 というわけで久々の「お江戸ねこぱんち」ですが、いつもであれば印象に残る作品が3、4作のところ、今回は倍近くあったのが実に嬉しい。
 次の号は五月とそれほど遠くないのですが、あまり待たずにすむのがまことにありがたいと感じられる内容の一冊でありました。


「お江戸ねこぱんち」第九号(少年画報社) Amazon
お江戸ねこぱんち 9 (にゃんCOMI廉価版コミック)


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 「お江戸ねこぱんち」第六号 岐路に立つお江戸猫漫画誌?
 「お江戸ねこぱんち」第七号 ニューフェイスに期待しつつも…
 「お江戸ねこぱんち」第八号 そろそろ安定の猫時代漫画誌

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2014.03.03

「お江戸ねこぱんち」第九号(その一) 約半年ぶりの賑やかさ

 前号から約半年の間が空いたものの、「お江戸ねこぱんち」も気がつけばもう第9号。二ケタの大台まであとわずかであります。この号では巻頭に企画漫画が掲載され、新連載も複数と、久々なだけになかなか賑やかな号となっています。以下、気になった作品を取り上げていきましょう。

「猫侍」(山野りんりん)
 北村一輝主演で昨年秋からTVドラマ版が放送され、今度は映画も公開の時代劇「猫侍」の漫画版であります。
 かつて加賀の百人斬りとして恐れられ、今はしがない浪人の斑目久太郎が、ふとしたことから白猫と暮らすようになり…という作品ですが、この漫画版では、この一人と一匹の出会いをオリジナル展開で描いています。

 恋人に取り憑いた化け猫を斬って欲しいという娘の依頼に応えた久太郎が、ついついその猫に情が移って…という展開ですが、猫に話しかける男にドン引きしながら、気付けば自分も猫に話しかけている久太郎の姿が微笑ましい。あのテーマソングも流れたのが嬉しいところであります。

 …が、「小説」「物書き」という言葉が普通に出てきたのはいかがなものか。確かに原作も時代考証は緩めではありますが…


「外伝 猫絵十兵衛御伽草紙 砂絵猫の巻」(永尾まる)
 毎度お馴染み、「猫絵十兵衛御伽草紙」の外伝であります。本編とは少々異なった切り口で描かれるこの外伝シリーズ、今回はこれまでもしばしば登場している、十兵衛の子供時代のエピソードです。

 十兵衛と、駆け出し時代の十玄師匠が、猫を連れた砂絵師と出会って…という今回。物語的には非常にシンプルなのですが、大道芸としての砂絵や、背景となる江戸時代の花見風景といった、文化風俗の描写が楽しい作品でした。

 ただ、やっぱりシンプルな内容という印象は否めないのですが…


「猫暦」(ねこしみず美濃)
 「猫絵十兵衛」と並び、間違いなく本誌の看板漫画である本作。江戸の司天台を舞台に、天文学者を夢見る少女・おえいと、彼女を嫁に迎えるという猫又・ヤツメを中心に描かれるドラマが毎回大いに読ませるのですが…今回はこれまででも屈指の内容ではありますまいか。

 今回は改暦の役目を司天台に奪われたと逆恨みした土御門家江戸役所の男が登場、嫌がらせにしては少々度が過ぎるような悪だくみを巡らせるのですが…と、そこに絡んでくるのが、その土御門家の男が呼び出した猫の式神。
 はじめは、土御門→陰陽道→式神という流れはあまり本作らしくない「わかりやすい」流れだな、と感じたのですが(もっとも、その男は本人が式神を呼び出したことを気付いていないのですが)、その式神を陰陽道=古きヒトと天の関わりの象徴として描く視点に感服いたしました。

 正直に言って、これまでの展開では司天台側にドラマの力点が行くと、ヤツメの存在が浮きがちだったのですが、式神との絡みでその点も解消され、さらにヤツメの力によるおえいの(大人になった姿への)変身も、物語のクライマックスできっちり生きているのが嬉しい。

 本作を構成する要素がすべてきっちりとかみ合った内容で、まず間違いなく、今号のベスト作品ではありますまいか。


 まだまだ面白い作品がありますので、次回に続きます。


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お江戸ねこぱんち 9 (にゃんCOMI廉価版コミック)


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2014.03.02

「のっぺら あやかし同心捕物控」 正真正銘、のっぺらぼう同心見参!

 南町奉行所定町廻り同心・柏木千太郎は腕利きかつさっぱりした気性で、江戸の市民たちの人気者。そんな彼は、顔のないあやかし――のっぺらぼうだった。今日も江戸で起きる奇怪な事件に、千太郎は下っ引きの伊助、親友の堅物同心・片桐正悟と共に挑む。

 口幅ったいようですが、このようなブログで毎日文章を書いている身として、時代伝奇もの…というか、常ならざる要素のある時代ものの設定で驚くことはだいぶ少なくないのが正直なところであります。
 しかしそんな私でも、本作の設定にはさすがに仰天しました。「あやかし同心」というのはあやかしを退治する同心かと思いきや、あやかしが同心――正真正銘ののっぺらぼうが、江戸町奉行所の同心だというのですから!(言うまでもなく、パラレルワールドの、人間がいない江戸というような設定ではありません)

 主人公・柏木千太郎は、父親は普通の人間ながら、訳あって(?)彼はのっぺらぼう。しかしのっぺらぼう程度で驚いては江戸っ子の名折れ…ということで、彼は父の跡を継いで町方同心として活躍の毎日であります。
 腕が立つばかりでなく、情に厚く正義感にあふれ、気性はさっぱりと嫌みなく驕るところもない彼は、「男は顔じゃない」と江戸中の評判――

 というと冗談のようなお話に聞こえるかもしれませんが、本作はコミカルな部分は多分にあっても真面目も真面目。
 確かに、のっぺらぼうが同心をやっているというのは大いなるフィクションでありますが(理屈をつければつけられなくもないところをあえてスルーしているのは本作の場合正しい在り方かと)、それを「事実」として丹念に、そしてコミカルに肉付けしていくことにより、何ともユニークで、しかし地に足の着いた物語を展開しているのが最大の魅力であります。

 そんな本作は、短編三編で構成された連作短編集スタイル。
 大店の娘がたちの悪い男に拐かされそうなので男を捕まえてくれ、という筋が通ったような通ってないような依頼が発端の「あやかし同心」。
 ある日見つかった、頭も手足もない女の体は、しかし死体ではなく息の通った生体だった、という奇想天外な「ばらばら」
 千太郎の顔に娘が落書きしたことがきっかけで、正悟が人捜しに奔走することになる「へのへのもへじ」。
 一見ごく普通の市井の事件もあれば、事件の発端そのものが超常的なものもあり、なかなかユニークなラインナップであります。


 しかし個人的に強く本作の在り方を印象付けたのは、第一話の「あやかし同心」であります。
 たちの悪い男に騙された箱入り娘というシチュエーション自体は、時代ものによくあるわけですが、本作の場合、その情報を持ってきた依頼者にまつわる違和感が、物語の大きな要素として存在しているのが面白い。
 そして何よりも、結末で明かされる、依頼者が何故娘を救おうとしたのか、そして何故千太郎に声をかけたのか、それが明かされた時――本作における千太郎の役割が見えてきたように思います。

 そもそも、奉行所ものが文庫書き下ろし時代小説の定番として数多くの作品が刊行されているのは、その主人公たちが、武士でありながら、役人でありながらも、庶民の――声なき者の――声の代弁者として活躍する点にあるのだと私は考えています。
 しかし、声なき者とは、必ずしも人間に限らないのではないか。だとすれば、そんな声の代弁者たる存在がいてもいい、いるべきではないか…

 千太郎は、まさにそうした存在としているのではないかと感じるのです。そして本人自身が声なき者、というのもまた示唆的ではありますまいか。


 と、そんな理屈は抜きにしても、本作は十分以上に独創的であり、そして読んでいて思わず吹き出してしまうような(本当に、何度吹き出したことか)何とも楽しい作品であることは間違いありません。
 そんな本作の魅力は、アバンタイトルとも言うべき冒頭部分を見れば、明らかでしょう。書店で見かけたら、是非手にとって、冒頭数ページだけでも読んでいただきたい――そしてハマっていただきたい、そんな快作の誕生です。


「のっぺら あやかし同心捕物控」(霜島ケイ 廣済堂モノノケ文庫) Amazon
のっぺら-あやかし同心捕物控え- (廣済堂モノノケ文庫)

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2014.03.01

「ばけもの好む中将 弐 姑獲鳥と牛鬼」 怪異と背中合わせの現実の在り方

 今日も「ばけもの好む中将」こと宣能に引きずられて怪異を探しに行く羽目になった宗孝。しかし都の外れで彼らが見つけたのは、曰くありげな赤子だった。やむなく赤子を預かったものの父親は宣能ではないかと疑う宗孝は、宣能の妹の初草の君と共に母親を探し始める。しかしそんな二人に妖しい影が迫る…

 コバルト文庫などでコミカルでホラー風味の平安ものを中心に活躍してきた瀬川貴次が久々の一般レーベルで発表した「ばけもの好む中将」の、待望の続編であります。

 本シリーズの主人公は、上に十二人の姉がいるというほかはごく普通の下級貴族の青年である右兵衛佐宗孝。そんな彼が、ふとしたことから今をときめく右大臣家の貴公子、左近衛中将宣能と知り合ったことから、彼の受難の日々が始まることとなります。
 というのは、宣能は実は「ばけもの好む中将」の異名を持つほどの、大の怪異マニア。怪異の噂を聞けば嬉々として西へ東へ飛んでいく怪人物なのであります。

 そんな彼に何故か気に入られてしまった宗孝は、嫌々ながら彼とともに怪異めぐりをする中で奇妙な事件に出くわして…というのが前作のあらすじであり、その構造は本作も変わりません。
 異なるのは、前作はほぼ等しい長さの四つの短編から構成されていたのに対し、本作は二つの短編と一つの中編から構成されている点であります。

 プロローグであり、設定の紹介編とも言うべき「華麗なる中将たち」に続くのは、恋多き女性だった宗孝の四の姉君のもとに現れる火の玉の怪を描く「憑かれた女」。
 そしてこれら二編を受けて展開するのが、本編とも言うべき表題作「姑獲鳥と牛鬼」であります。

 泣き石の怪を求めて宣能と出かけた先で曰くありげな赤子を見つけてしまい、一時的に預かることとなった宗孝。頼りの宣能は公務で都を離れてしまい、姉たちからは宗孝自身の子供だと誤解される中、宗孝はこの一件が、自分に子供を押しつけようとした宣能の陰謀ではないかと考え始めます。

 赤子の産着に入っていた一首の和歌を手ががりに、文字が色と動きを持って感じられるという宣能の妹・初草とともに母親を――宣能のお相手を――探し始める宗孝。
 数々の苦難の末、ようやく見つけた母親は意外な人物。その事実を巡り様々な人物が暗躍し、さらに宗孝たちの周囲には、赤子を狙うという姑獲鳥にも似た何者かの影が…


 実は読んでいる最中は、あまりそうは感じないのですが、本作をあえてジャンル付けするとすれば、時代ミステリということになるでしょうか。
 言ってみれば、エキセントリックな奇人の宣能がホームズとして、愛すべき一般人である宗孝がワトスン役として展開していく本シリーズですが、しかしそこで彼らが解き明かす謎は、必ずしも事件性のあるものではありません。

 彼らが挑むのは、怪異としか思えぬ現象の真偽であり…そしてその背後にある、一種のホワイダニットとも言うべき人の心の謎。
 怪異は人の心が生むもの…などといえばいささか味気なく見えてしまいますが、彼らが挑む謎は、怪異と背中合わせの現実の姿でもあるのです。

 そんな本作で描かれるのは、探偵役不在の、いや探偵役が犯人かもしれない中で謎と怪異に挑む宗孝の姿。
 あちらこちらに散りばめられたギャグにクスリとさせられつつ、その一方でハッとさせられるようなドラマ展開に驚き…作者の他の作品同様、コミカルな部分とシリアスな部分の配置、組み合わせが絶妙で(詳しくは述べられませんが、ここでこう繋がるのか! という部分も含めて)作者の良いように転がされるのですが、しかしそれが実に楽しい。
 さらに本作では、クライマックスに意外なスペクタクルが用意されているのもまた、心憎いところであります。

 そして、そんな冒険の先に待っているのは、切なくも美しい、一つの人の心のあり方。それは宣能の求めるものではなく――いやむしろそれに背を向けて彼は怪異を求めているのでありますが、しかしそれもまた怪異と背中合わせの現実の在り方と感じられます。


 怪異の中に現実を見る…そんな彼らが怪異の中の怪異を見つけることができるのか。その答えがどちらであれ、そして宗孝君には申し訳ないのですが――まだまだ二人の怪異めぐりを見続けたいと願う次第です。


「ばけもの好む中将 弐 姑獲鳥と牛鬼」(瀬川貴次 集英社文庫) Amazon
ばけもの好む中将 弐 姑獲鳥と牛鬼 (集英社文庫 せ 5-4)


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