「真・餓狼伝」第5巻 開かれた未来と立ち塞がる過去と
連載の方は(婉曲に申し上げて)クライマックス目前といった印象の「真・餓狼伝」、第5巻においてもまだまだ過去編が続きます。丹波文吉の拳と黒岡京太郎の剣、破天荒な異種格闘技、いや異種武術戦は大団円を迎えるのですが、その先に文吉と父・久右衛門を待つものは…
文吉と同じく丹水流を修めながらも、自らの、そして何よりも父・喜八が磨いてきた剣が、明治の世に受け入れられることがないと荒む京太郎。
そんな彼の姿に業を煮やした文吉は、京太郎にとっては父の形見であり、自らの魂の拠り所である彼の愛刀をへし折るという暴挙で挑発、喜八を知る警視総監の立ち会いの下、拳と剣の真っ向勝負となるのですが――
しかしこれはさすがに無茶にもほどがある。試合は木剣で行われるとはいえ、ほとんど無策のように突っ込んでいく文吉は京太郎に滅多打ちに…
というところから始まるこの巻ですが、肉が裂け、骨が軋む激突が描かれながらも、その中で描き出されるのが、友と友、親と子の、魂の繋がりであるのが実に爽快であります。
実は互いの父が少年時代からの親友であったという過去を知る二人。武術はからっきしだが、記録者として、指導者として天賦の才を持つ久右衛門が残した剣術書が、勝負の命運を握る…
だけではなく、それが現在、互いにぶつかり合う文吉と京太郎の間の絆を浮かび上がらせ、孤独の殻に閉ざされていた京太郎の心を動かしていくという展開は、定番かもしれませんが、胸を打ちます。
そもそもこの勝負は、時代に取り残されたと荒れる京太郎の目を覚まさせ、先に進ませるために文吉が挑んだもの。
その中で、京太郎が、文吉が、過去から現在へ――すなわち、移りゆく時代の流れの存在を知り、それのさらなる先に、未来という新しい時代があるということを知るという構図は、実に美しいではありませんか。
この辺りの展開は、あまり「餓狼伝」らしくない、夢枕獏的ではないと感じるところもありますが、しかし一個の「時代」格闘技ものとして、大いに頷けるものがあるのです。
しかしこうして文吉の前に開かれたかに見えた新たな時代の扉の前に、過去という時代の影が立ちふさがることとなります。
丹水流の交流会――という名の凄惨な死闘を(ページ数的にはあっさり)勝ち上がった文吉を待つのは、一種伝奇的な、いやそんなことよりも大いに理不尽な流派の秘命。
丹水流を最強たらしめてきたある行為の使者として選ばれてしまった文吉を待つものは、進むも死、退くも死の運命…
と、前半の爽やかな展開から後半のこの陰鬱な展開へと、大きな落差に、文吉は翻弄されることとなります。
未来を掴んだはずの彼を縛る過去の軛――どうすればそこから抜け出すことができるのか、いよいよ悲劇の予感が大きく膨らんだところで、物語は次の巻に続くのであります。
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