「蒼の乱」 定型を踏まえつつ外してみせた将門伝
左大臣家に仕える武士・将門小次郎は、宴の余興に殺されかけた渡来人の女・蒼真を助ける。都にいられなくなった小次郎は、蒼真を連れて故郷の東国に戻るが、家と領地は叔父たちに奪われていた。叔父たちを討った小次郎の前に現れた蝦夷の王・常世王は、小次郎こそが新皇だと宣言するのだが…
諸般の事情で紹介が遅れましたが、先日千秋楽を迎えた、劇団☆新感線のいのうえ歌舞伎最新作「蒼の乱」であります。これで新感線には三度目の登場となる天海祐希と、これは初登場となる松山ケンイチの二人を中心に、あの平将門伝説をモチーフとした物語が描かれることとなります。
平安時代を思わせる時と場所。貴族が都で豪奢な暮らしを送る一方で、庶民は塗炭の苦しみを味わっていたころ――東国から都に出て左大臣家に仕えていた男・将門小次郎と、渡来人の女・蒼真が出会ったことから、時代は大きく動き出します。
貴族たちになぶり殺しにされかけた蒼真を助けて都を離れた小次郎を故郷で待っていたのは、ここでも変わらぬ貴族の暴戻。伝説の英雄・蝦夷の常世王に導かれるように、決起し、東国をその手に収めた小次郎を周囲が歓呼の声で迎える中、一人蒼真のみは、危ぶみながら見つめます。
何となれば、彼女はかつて大陸の故国で蜂起し、圧制者たちを倒した過去を持つ者。しかしその後の混乱を収められず、故国は他国に攻め滅ぼされ、彼女は仲間たちとこの国に逃れてきたのであります。
小次郎がかつての自分と同じ運命を辿るのではとためらう蒼真は、しかし彼のひたむきな想いにほだされ、共に生きることを誓います。かくて、新皇小次郎と新妻を讃える声が武蔵野に響いて…
ここまでが全二幕の第一幕まで。なるほど、第二幕では小次郎と蒼真の理想郷が崩壊していく様が描かれるのだな…というこちらの予想は、大きく外れることとなります。
戦いに次ぐ戦いに民の心は離れ、己の往くべき道を見失った小次郎はなんと国を捨てて出奔。小次郎(と結んだ常世王)と方向性の違いはあったものの、もう二度と理想の国を壊させないと誓った蒼真は将門御前を名乗り、板東を守るために戦うこととなります。
一方、放浪の末、かつて自分に同情的であった貴族と再会した小次郎が知る真実。この戦いを真に画策した者を倒すため、生まれ変わった小次郎が名乗った名は…!
と、第二幕は将門ものであればこう来るであろうというこちらの予想を、軽々と飛び越えてきた展開の連続。
決して少なくはない平将門を題材とした物語では、ある程度押さえておくべきポイントというべきものがありますが、本作はそれをわかった上でわざと外してきた、という印象なのです。
その一つが上で触れた小次郎の新たな名でありますが、その他にもキャラクターの名によるミスリード的な面が見え隠れしているのが面白い。
この辺りはやはり新感線…というより脚本の中島かずきの伝奇センスでしょう。
必ずしも史実通りの世界ではないものの、そこに見え隠れする史実のかけらが、物語に尖った部分と深みを与える…
史実を知らなくとももちろん楽しめるものの、史実を知っていればなお面白い、伝奇ものの理想型の一つでありましょう。
しかしそれももちろん、蒼真と小次郎という二人の主人公――というより正確には主人公と副主人公――の設定の妙に依るところが大でありましょう。
特に蒼真の、かつて腐った権力を叩きのめしたものの、その後の統治に失敗して――
という過去は、風来坊的な自由人として悪を叩き潰し、またいずこかへ去っていくというかつてのいのうえ歌舞伎の主人公のネガとも感じられるのが実に興味深い。
そんな彼女と、危ういほどにピュアな部分を持った小次郎の運命が絡み合い、分かれ、ぶつかり合う姿は、ひどく切なくも、しかしどこか爽やかであり――数多い将門ものの中でも一際救いのある物語として感じられた次第です。
ほかにも――他にできそうな人間がいないという意味で――はまり役とも言える橋本じゅんの演技(ギャグにしか見えなかった要素が、一転後半でキャラクターの変心を抉るという演出が冴える!)や、段差や傾斜のある回り舞台の上で見せた早乙女兄弟の殺陣など、語り出したらなお止まらない本作。
いずれ必ずゲキシネ化、映像ソフト化されるかと思いますが、その折りにはまた必ず観たい、そんな作品であります。
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