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2014.05.26

「PEACE MAKER鐵」第7巻 北上編開始 絶望の中に残るものは

 ジャンルマニアの信条の一つとして、あきらめずしつこく待ち続ける、というのがあるのではないかと思いますが、失礼ながらその信条が役に立ちました。アニメ化もされ、根強いファンを持ちながらも長きにわたり中断していた新撰組漫画「PEACE MAKER 鐵」の続巻がここに発売されたのであります。

 最後の最後まで土方歳三の小姓として仕えた実在の新撰組隊士・市村鉄之助を主人公とする本作。第6巻までで大波乱の油小路編が完結しましたが、この第7巻からは、おそらくまず間違いなく最終章であろう北上編がスタートすることになります。

 夢を抱いて新撰組に入隊しながらもも、幕末の動乱の中で様々なものを背負ってきたの鉄之助。
 この第7巻の前半に登場するのは、戊辰戦争も終盤、会津戦争を経験し、蝦夷地に向かおうとする彼の姿なのですが――

 敗走を続けながらも、まだ見ぬ蝦夷地への憧れを持つ少年・田村銀之助。
 かつての鉄之助を思わせる彼が出会ったのは、しかししかし、そこで描かれるのはかつての熱血少年の面影もない、底知れぬ虚無を背負った暗い瞳の鉄之助でありました。

 戦場で彼の周囲半径十尺以内に近づいたものは敵味方の区別なく何者かに射殺されることからついた渾名は死神憑き、そして鉄之助自身も、戦意を失った相手に対しても容赦なく…
 いやはや、想像以上に暗黒展開ですが、しかし悪趣味で終わらず、ここから読者の感情を思い切り揺さぶってくるのが本作の見事な点であります。

 死神とは何者なのか、何故鉄之助が時に残忍に見えるほど冷徹に振る舞うのか…
 全てが明かされるわけではないにせよ、銀之助の存在を通じて浮かび上がる鉄之助の心中は、彼の経験してきた地獄と、その中で彼が何を支えに戦ってきたのかを感じさせるに余りあるものであり、こちらのハートにも刺さりまくる。

 そして銀之助の問いに答えて、油小路の後に何があったのか、鉄之助が重い口を開く…という形で過去に遡り、北上編本編が始まるという構成も実に心憎いものがあります。


 作者が「絶望編」と称するこの北上編。その内容はまだまだ語り始められたばかりとはいえ、その帰結たる蝦夷での鉄之助の姿を見れば、あながち冗談とも思えません。
 この巻の後半は、まだ嵐の前の静けさという印象ですが、しかしそれだけに我々の知る史実のとおり、そして我々の知らない物語の中で、恐るべき絶望が示されるであろうことはひしひしと感じさせられます。
(何よりも、死神の正体が、それも一番勘弁していただきたい人物として、早くも暗示されているのが…)

 しかしそれに大いに怖気をふるいながらも、しかしそれでもこれから先も見届けていこうという気持ちにさせられるのも言うまでもないことであります。
 それはひとえに、銀之助という、名前も立ち位置もかつての彼に似た、一種過去を映す鏡のようなキャラクター(そして彼もまた実在の人物というのに驚かされます)を通じ、鉄之助という、我々読者の分身であった主人公が、今もなお懸命に生き続けていることが痛いほど伝わってくるからにほかなりません。


 絶望の中に多くのものが消え去っていく中、しかしそれでも彼の手に、心に残るものがあることを信じたい…
 その想い故に、この先も、最後までこの物語を追い続けたいと感じるのです。


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