「ひょうたん のっぺら巻ノ二」 のっぺらぼう同心の笑いと泣かせと恐怖と
南町奉行所の名物男、柏木千太郎が肌身離さず持っていたひょうたんが盗まれた。のっぺらぼうである千太郎にとって、ひょうたんは自分の口の代わり。ひょうたんがなければ食事ができない千太郎を救うため、下っ引きの伊助、親友の同心・片桐正悟は奔走する。しかし現れた犯人には意外な事情が…
江戸の人々の間で人気の南町同心・柏木千太郎が、目も鼻も口もないのっぺらぼうだった! …という、空前絶後の設定で大いに驚かせてくれた「のっぺら」シリーズ、待望の第2弾であります。
人間の父親と王子の狐の母親の間に生まれ、父の務めであった南町奉行所の同心を継いだ千太郎。生まれついてののっぺらぼうで、口がないため言葉を発せず、自分の意志を伝えるには筆談を用いる千太郎。
これがまた色々と実に可笑しい展開を招くのですが、それはさておき、口がないなら食べ物はどうするのだろう? というのは、冷静に考えれば当然の疑問でありましょう。
その答えが、彼の代わりにものを食べてくれる不思議なひょうたんの存在なのですが、こともあろうにそのひょうたんが何者かに盗まれてしまった、というのが第1話「ひょうたん」の発端。
彼以外が持っても何の役にも立たない(彼の代わりに誰かの腹が満たされるわけでもない)ひょうたんを、誰が、何のために盗んだのか…その謎を追ううちに、物語は意外な展開を見せることとなります。
言うまでもなく本作の最大の特徴である、主人公がのっぺらぼうであるということ。それを踏まえて、まさに本作でなければ描けないようなこの展開は、千太郎には申し訳ないのですが、彼が必死になればなるほど、どこかユーモラスな空気が漂います。
しかし盗難の謎が解ける物語後半ではそれが一変、一種のジェントルゴーストストーリーに転じていくのには唸らされました。
特に終盤の展開には、実は人情ものに弱い私はただ涙涙…。○○と動物ならぬ、○○と妖怪というのは、泣かせにおいては反則的な組み合わせと、コロンブスの卵的な発見をいたしました。
しかしそれだけで感心していてはいけません。本作の後半に収録された第2話「丑の刻参り」では、がらりと雰囲気を変え、真剣に怖い時代ホラーが展開されるのです。
ある日発見された萎びた男の死体。老人と思われた男は実は壮年の男、前日までは健康な体でぴんぴんとしていた――
この世のものならざる事件には人ならざる探偵を、ということで真相を追うこととなった千太郎は、男が丑の刻参りを見物しにいく、と語っていたことを知ります。
一方、伊助の許嫁の町娘・お由良は、男に手酷く裏切られ、丑の刻参りをすると言い出した親友に引きずられ、上野の山にあるという「咲かずの桜」を探すことになります。そこで呪えば必ず相手の命を奪うことができる、という噂が流れるその桜を見つけた二人が、そこで出会ったのは…
丑の刻参りについては、ここで説明するまでもないほど、有名な呪いでありましょう。時代ものにおいても、使い古された題材であるこの呪いでありますが――しかし、本作は、それにも関わらず本当に恐ろしい。
江戸の闇で密かに生み出されていた犠牲者たち、お由良たちにつきまとう不気味な女(本当にその描写が怖い!)、陰惨な呪われた樹の伝説…もちろん、千太郎周りのユーモラスな描写は健在であるものの、展開される物語自体は、元々ホラーを得意とする作者の筆の冴えも相まって、純度100パーセントのホラーとして成立しているのであります。
面白いのは、本作の構造――一種の都市伝説めいた怪異の噂に好奇心を抱いた少女たちが、その背後に実在した呪いの恐怖に直面するというそれは、いわゆるJホラー映画の定番パターンに重なっていることでしょう。
Jホラーで定番(そしてそれは、このパターンが一番恐ろしいことを意味しましょう)ながら、時代ものではあまりお目にかかったことのないこのパターン。
本作はそれを見事に時代もののフォーマットに落とし込み、希有の時代ホラーとして成立させているのであります(そしてこれも定番ながら、恐怖に挑む少女の成長物語としてもきっちり機能しているのが嬉しい)。
笑いと泣かせ、笑いと恐怖――それぞれ異なる感情を、のっぺらぼう同心という極めて特異なキャラクターを軸にすることで、自然に成立させてみせた本作。単なる鬼面…いやのっぺらぼう人を驚かす態の物語ではないのであります。
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