「モノノ怪 海坊主」上巻 彼女の目に映る薬売り
連載開始時にも紹介いたしましたが、あの薬売りが帰ってきました。今からちょうど7年前に「ノイタミナ」枠で放映された時代アニメ「モノノ怪」のエピソードの一つ、「海坊主」が、蜷川ヤエコにより漫画化された、単行本上巻が、このたび発売されたのであります。
アニメ「モノノ怪」は、「座敷童子」「海坊主」「のっぺらぼう」「鵺」「化猫」と、全部で5つのエピソードからなる作品。その前年に「怪 ayakashi」で放映された「化猫」の続編に当たります。
と言っても、各エピソードは、ほぼ主人公とモノノケの存在にまつわる設定のみを共有する独立した緩い連作。様々な時と場所で繰り広げられる、モノノケと謎の薬売りの対決を描く作品でありました。
その中でこの「海坊主」は、「モノノ怪」では2番目、「怪 ayakashi」から通算すれば3番目のエピソードとなります。3番目を漫画化、というと奇異に感じられるかもしれませんが、上で述べたとおり個々のエピソードは独立したものであるのでその点は問題ありますまい。
むしろ、それとは矛盾しているようで恐縮ですが、この「海坊主」は、シリーズでも数少ない、他のエピソードと関係する要素を持つエピソードである点が、今回選ばれた理由でありますまいか。
実はこの「海坊主」には「怪 ayakashi」の「化猫」に登場したキャラクター・加世が引き続き登場しています。そしてその「化猫」を、本作と同じ蜷川ヤエコが以前漫画化していることから、一種続編的な位置づけで「海坊主」が選ばれたのでは…(実は物語内容的にも「海坊主」は「化猫」と対になる部分があるのですが、それは下巻で触れることにしましょう)
と、いきなり原作アニメをご覧になっていない方を置き去りの話になってしまい恐縮です。しかしそんなことをわざわざ述べたのは、上で触れた加世の存在が、モノノケ、そして薬売りという本作ならではの特異な設定の、アニメとは異なる、本作ならではの語り手的な立ち位置となっていると感じられたためであります。
本作でも過去の出来事として語られる「化猫」事件。加世はその事件の最中で薬売りと出会い、彼に救われて事件の数少ない生存者となった娘です。
すなわち、彼女は本作の登場人物の中で唯一、モノノケ(そしてそれと似て非なる存在であるアヤカシ)と、それを唯一討つ力を持つ薬売りのことを知る存在なのであります。
いわば彼女は本作の特異な世界観の紹介役的な立ち位置を与えられているのですが――特に彼女が既に知っているはずの薬売りの存在が、逆により得体の知れない存在として彼女の目に映るのが実に面白く、そしてアニメ版を観た人間にとっても新鮮に感じられるのであります。
基本的に、よくぞここまで…と驚くほど、アニメと漫画、メディアの違いを乗り越えて、原作をほとんどそのまま再現していると感じられる本作ですが、しかしこうした技の利かせ具合には感心いたします。
さて、この上巻では、人の心の中の恐怖を読み取り、本人に突きつけるアヤカシ・海座頭が登場、薬売りもその力の前に…という場面で終わりましたが、まだまだモノノケの形と真と理の正体はわからぬまま。
この先描かれる真実を、この漫画版はどのように再現し、そしてどのように変えてくるのか…7年前の気持ちを思い出しつつ、楽しみにしているところであります。
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