「迎え猫 古道具屋皆塵堂」 猫が招いた幽霊譚?
深川の古道具屋を舞台に、真剣に怖くてちょっとイイ話の数々を描く連作シリーズ「古道具屋・皆塵堂」、待望の最新作であります。これまで数々の悩める若者を救ってきた(?)皆塵堂、果たして今回は…と思いきや、ちょっと意外な変化球。しかしもちろん、面白怖さは今回も健在であります。
釣り好きの店主・伊平次のアバウトさもあって、曰く付きの品物ばかりが集まってくる皆塵堂。当然(?)そのために何やら怪奇の事件が起きることもしばしばでありますが、それに巻き込まれるのは、その時々、それぞれの事情で店に身を置いてきた若者たちでありました。
幽霊が見えるのがトラウマだった太一郎、不運と陰気さの塊のような庄三郎、盗人の手引きに利用されかけた益治郎――いずれもそれぞれに不幸な若者ですが、しかし何故か皆塵堂で恐ろしい目に遭ううちに救われていくことに…というのが、これまでの本シリーズの基本ラインであります。
当然、今回も同じだろうと思いきや、しかし今回は変化球。確かに悩める若者も現れますし、皆塵堂に新しい住人もやってくるのですが…
その悩める若者は、太一郎の親友で棒手振りの魚屋・巳之助。そして皆塵堂に転がり込むのは彼ではなく、彼が愛してやまない存在――猫たちなのであります。
気っ風が良くて短気で脳天気と、江戸っ子の典型のような巳之助。繊細な太一郎とは正反対の彼ですが、そんな彼の泣き所は、嫁さんがいないことと、長屋で猫を飼えないこと。それが解決するよう、毎日神社に手を合わせる巳之助ですが、何故か次から次へと、猫と古道具絡みの幽霊騒動に巻き込まれることになってしまいます。
かくて始まるのは、皆塵堂の新旧住人たちを巻き込んで展開される大騒動であります。
経具屋の弟子たちが次々と首をくくっていく「次に死ぬのは」
肝試しで潜り込んだ廃屋でのいたずらが怪異を招く「肝試しの後に」
益治郎の店で働く元遊び人と木彫りの像の因縁「観音像に呪われた男」
煙草道具にまつわる怪異の陰に潜む意外な真実「煙草の味」
そしていよいよ成就かと思われた巳之助の野望が思わぬことで危機に陥る「三途の川で釣り三昧」
いずれもいかにも本シリーズらしい、いかにも作者らしい、怖いときには真剣に怖い、楽しいときには存分に楽しいエピソード揃いですが、やはり今回の最大の特徴は、やはり巳之助のキャラクターと、猫描写でありましょう。
先に述べたように、いずれも暗い影を背負って皆塵堂にやってきたこれまでの主人公たち。それに比べると巳之助は明らかに陽性のキャラクターであり、幽霊は人並みに怖がるものの、それ以外は腕っ節と気合いにものを言わせて解決してしまうタイプです。
そんな彼がメロメロになるのが猫たちの存在ですが――本作に登場する猫たちは、いずれも実にかわいらしく、そして猫らしい。猫らしいというのは、ああ猫はこういうことする、と納得の描写と申しましょうか、猫としてのリアリティであります。
そしてそんな猫たちに対する巳之助のリアクションもまた実にリアルで――猫好きの方、それも自分の家で猫を飼えない方であれば、自分の行動範囲のどの家で猫を飼っており、どこに行けば猫に逢えるかは熟知しているのではないかと思いますが、本作の巳之助の行動はまさにそれ。
猫好きという点では彼と同じ私にとっては、大いに頷ける、そしてにんまりしてしまう描写の数々でした。
そしてもちろん、巳之助の存在も、猫たちの存在も、物語の根幹に深く関わってくることは言うまでもありません。
何故今回、皆塵堂に幽霊と猫絡みの事件ばかり持ち込まれてくるのか――その真相のバカバカしくもどこかホロリとくる味わいは、まさにこのシリーズならではのものでありましょう。
確かにこれまでのシリーズに比べると、怖さはちょっと薄味という点はあり、また、幽霊の出現シーケンスも似通っているのが気にかかる点ではあります。
しかし、恐ろしい怪奇現象と、その背後に蟠る人の心の昏い部分を描きつつも、本作ラストの伊平次の言葉に象徴されるように、どこまでも現実を、人の生を肯定的に捉える本作はやはり気持ちがいい。
シリーズ第5弾も早く…と楽しみにしてしまうところなのであります。
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