「帝都探偵 謎解け乙女」 お嬢様の挑む美しき探偵事件簿
名探偵ホームズに憧れ、突然名探偵になると言い出した仁井田家の令嬢・菜富。家付きの車夫であり、彼女に忠実に仕える寛太は、彼女の助手として振り回されることになる。次々と舞い込む事件に挑む二人だが、謎を解くのは助手のはずの寛太の方。果たして数々の事件の先で二人を待つものは…
大正時代を舞台に、好奇心旺盛な富豪の令嬢と、彼女の幼なじみであり家のお抱え車夫のコンビが難事件に挑む連作短編集であります。
舞台的にも大いに気になっていた本作、時代ものそしてミステリの大先輩が太鼓判を押していたこともあり手に取りましたが――なるほど、これは見事な作品であります。
翻訳されて間もない名探偵ホウムス(ホームズ)にかぶれ、自分も名探偵になると宣言したお嬢様・菜富。常に近くに仕えていたことから、彼女のその思い付きに振り回されることになった車夫・寛太は、ワトスン役として、彼女を支える羽目になります。
しかし素人探偵が急に開業を宣言しても…と思いきや、様々なつてから彼らの元に舞い込む怪事件・珍事件の数々。
死んだはずの親友からの手紙に怯える女学生から持ち込まれた「死者からの手紙」。
不可解な状況下で消失した木彫りの像の行方を追う「密室から消えた西郷隆盛」
未来から来たと自称する男からの依頼である男を捜すことなった「未来より来たる男」。
火事で死んだはずの夫と出会った美女からの依頼から数年前の謎に挑む「魔炎の悪意」。
そして…
名探偵かぶれの素人探偵が、名探偵の真似をしてことごとく失敗するというのは、ユーモアミステリでしばしば見られるパターン。そしてお嬢様探偵と(真の名探偵である)使用人という構図もまた、今では既にある種お馴染みのパターンでありましょう。
そんな二人がユーモラスなやりとりをしつつ、どこか不思議で奇妙な事件の謎を解き明かしていく…というスタイルもまた、そうしたパターンと相まって、いかにも気軽なのライトミステリ然とした第一印象を与えてくれます(お嬢様があからさまにツンデレ気味とくればなおさら)。
もちろん、そうした作品として本作を読むことは間違いありませんし、ライトミステリとしてもキャラクターものとしても、本作は第一級であることは確かなのですが――
が、本作がそれだけの作品だと思ったら大間違い、なのであります。
ミステリというジャンルゆえ、ここでこれ以上説明するのが途端に難しくなってしまうのですが、一つだけ説明すれば、寛太には、トラウマと言うべき過去があります。
彼がまだ幼い子供であった時分、無理矢理外に連れ出した菜富が遭った交通事故――そんな過失にもかかわらず自分を許し、車夫として雇ってくれた仁井田家の人々、何よりも菜富に対し、彼は大きな恩を感じているのであります。
そんな彼の望みは、かつて菜富をひき逃げした犯人を見つけ出すこと。そのために彼は…
という背景を説明すれば、終盤の展開は予想できましょう。しかしそこからまだ先が、まだまだ先が…そしてこれまで物語で描かれてきた全てが、一瞬のうちに別の意味を持って立ち上がってくるのであります。
確かに荒唐無稽ではあります。出来過ぎた話ではあります(それもまた…なのですが)。しかしそれをそうと感じさせないのは、時にテクニカルに(一種の○○トリック的な部分にはただ感心)、時に力業で物語を描き出す作者の筆ももちろんのことであります。
しかしそれと同時に、大正時代という、現代の我々の知る文化風物が生まれながらも、しかしなおも様々な点で現代の我々とは異なる――ある意味、より不自由な――舞台設定が、有効に機能していると感じられるのであります。
その不自由さについては、作中でも折りに触れて描かれることになりますが、そんな世界でより良く、より幸せに生きるために何ができるか? 本作に描かれているのは、そのための微笑ましくも切ない、そして何よりも美しい乙女の試みなのであります。
キャラクターものとして、大正ものとして、そして何よりも超一級の本格ミステリとして――全てを同時に成立させてみせるという離れ業を見せてくれた本作。
最後まで読み終われば、必ず最初から、最初の最初から読み返したくなる名品であります。
「帝都探偵 謎解け乙女」(伽古屋圭市 宝島社文庫『このミス』大賞シリーズ) Amazon
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