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2014.08.25

『モンテ・クリスト』第2巻 復讐劇を突き動かす人間の情念

 史上最も有名な復讐劇たる大デュマの原典を、スタイリッシュなバイオレンスと情念の爆発を描かせたら右に出る者のない熊谷カズヒロが甦らせた『モンテ・クリスト』待望の第2巻であります。己を罠に嵌め、全てを奪った三人の男に対するモンテ・クリストの第一の復讐の幕がここに上がります。

 謝肉祭を目前に控え、何かと喧しいニースの街。このニースを表と裏から支配する男・ダングラール男爵――バスデュール社のトップであり、その財力・権力・暴力で人々の上に君臨する男こそが、モンテ・クリスト、かつての名をエドモン・ダンテスの最初の復讐のターゲットとなります。

 下司・外道を描かせれば屈指の作者によって描かれるこのダングラールの姿と行動は、まさに人間の悪しき部分を寄せ集めたかのような醜悪なもの。
 エドモン・ダンテスに止まらず、今も周囲の人々を苦しめ続けるこの男の姿を見せられれば、モンテ・クリストの痛快な制裁を期待したくもなるというものであります。

 かくてニースの表と裏で繰り広げられる物語で描き出されるのは、第1巻はまだまだ序の口だったと言わんばかりの情念と暴力とエロの連べ打ち。
 タキシードやスーツをりゅうと着こなし、時に無邪気とすら感じられる笑みを浮かべるモンテ・クリストが、一度牙を剥けば獣のような狂気・凶気とともに仇を追い詰めていく様には、月並みな表現ではありますがただただ圧倒され、目が離せなくなってしまうのであります。

 もちろん、あの極端なパースとディフォルメから描き出されるアクションも健在、日本刀を操る暗殺者・アリ(彼もまた原典由来のキャラクターでありますが)との激突は、決してページ数は多くないものの、この作者ならではの外連味に溢れる名シーンでありましょう。


 しかし、そんな尖った活劇に目を奪われつつも、こちらの心に深く刻まれるのは、原典でも描かれた問いかけ――神に代わって人を裁くことが許されるか、というそれであります。

 なるほど、本作におけるモンテ・クリストは、孤島に眠っていた、それこそ神の如き力を持つ存在により、超人の力を与えられた存在。
 ほとんど向かうところ敵なし(の彼が冷や汗を垂らしたのが、作者の昔ながらの読者にはニヤリとできる相手なのも楽しい)の彼の姿は、神の代行者とすら感じられるかもしれません。

 が、そんな彼の姿から伝わってくるのは、そんな超越者とはある意味対極にある、どこまでも生々しい一人の人間の姿であります。
 そもそも、復讐という行為自体、ある意味極めて人間的なものと言えましょうが、いずれにせよ彼がまき散らすのは極めて濃密な――周囲の人間たちを巻き込み、暴走させるほどの――喜怒哀楽。人間の持つ情念のなのであります。
(尤もそれは、容易に獣のそれに転落しかねないものでもあるのですが…)


 そして興味深いのは、本作において(今のところ)遠景にあり、彼の仇たちの背後に潜む結社・永劫教会の存在でしょう。
 この巻で明確に描かれる彼らの目的は生命の創造――すなわち神の御技。

 神の御技を為すために人間を消費していくというまさしく「非人間的」な彼らの存在こそは、神の如き力を持ちつつも極めて人間的な情念に突き動かされるモンテ・クリストとは、まさに対極にあるのではありますまいか。

 まだまだ先の読めない本作ではありますが、あるいは物語の先にあるのは、復讐という空しい行為を、そして神を奉じる者たちとの殺し合いを通じて、人間という存在の何たるかを浮き彫りにする試みなのでは…
 などというのは牽強付会が過ぎましょうが、本作の持つ魔力にも似た吸引力に晒されていれば、そのような想いも浮かんでくるというものなのです。


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