『新選組!!! 幕末ぞんび 斬られて、ちょんまげ』 黄昏の時代の人とゾンビと
麻疹のような病の流行が全ての始まりだった。夜回りに出た近藤・土方・沖田は、その病によって一度死に復活した「ゾンビ」の群の襲撃を受け、沖田はゾンビに噛まれてしまう。芹沢鴨と一橋七郎麿によって救われた近藤らは、京にいるというゾンビの首魁を求め、浪士組と称して入洛するのだが…
時代劇にゾンビはもはや定番、というのはもちろん過言ですが、しかし先日も新選組を題材にしたゾンビもの映画の製作が発表されたように、決して縁遠い存在というわけではありません。
そして登場した本作、作者はコミカルなもののけ時代小説でお馴染みの高橋由太、サブタイトルもいかにもな脱力もので、期待半分心配半分で手に取ったのですが――読み終わってみれば、この先の展開に期待全部となるような作品でありました。
というのもサブタイトルとは裏腹に、本作で描かれるのは、密かに進行するゾンビ禍によって滅びつつある幕末の日本の姿なのですから。
長崎から始まり、江戸にまで広がった麻疹に似た病の流行。
その病で死んだものの遺骸がいつの間にか消え、そして夜毎異形の姿と化して徘徊する…そんな奇怪な噂が紛れもなく真実であったことを知る羽目になったになったのは、近藤勇・土方歳三・沖田総司の試衛館の三人組でした。
突如現れた生ける死者たちに包囲され、苦戦する近藤らを救ったのは芹沢鴨(その際の手段に大ウケ!)、そして一橋七郎麿――慶喜でありました。
彼らの口から、死者たちの正体がゾンビ――アヘン戦争直後の清に現れ、瞬く間に清を死者の国に変えた存在であることを知った近藤たち。
一度は彼らとの戦いを拒否した近藤たちですが、しかしある事情から、浪子組の一員として今日に向かうことになるのですが…
というわけで、実は新選組は対ゾンビのための秘密部隊だった! というある意味キャッチーな設定の本作。
新選組ものとしては定番の造形でありながら、どこか可笑しい近藤や沖田のキャラクターなど、いかにも作者らしいコミカルな味付けももちろんふんだんに散りばめられてはいます。
しかし物語の根底にあるのは、人と、かつては人だったそれ以外の存在の姿。
ゾンビ(ロメロによってメジャーとなった、吸血鬼的性格を持つゾンビ)という存在が他のモンスターと異なるのは、かつては我々と同じ人間であり――そして我々もいつ彼らと同じ存在となるかわからない点でありましょう。
本作に登場する登場人物とゾンビとの関係もそれに変わることはありません。
親しき者がゾンビに変わっていく苦悩、自分もいつかゾンビに変わっていくという恐れ…本作の活劇の背後に流れるそんな人の、ゾンビの想いは、作者の作品で繰り返し描かれてきた「人でいられなくなった者たちの哀しみ」のそれとぴったりと重なるものであります。
その意味で本作は書かれるべくして書かれた作品なのかもしれません。
幕末ものにも様々ありますが、しかし共通するのは、良くも悪くも活気に満ちた時代として幕末を描く点ではないでしょうか。
しかし本作において描かれる幕末は、活気に満ちた時代でも平和な時代でもなく、一つの終わりを前にした黄昏の時代であります。
その黄昏の中を、近藤は、土方は、沖田はどのように生き抜いていくのか。
あるいはそこに、巨大なもう一つの幕末史が描かれることになるのではないか――というのは褒めすぎかもしれませんが(有名人の最期に尽くゾンビが絡んでいるという展開に落ち着く気もしますし)、しかしやはり期待してしまうのであります。
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