「江戸ぱんち」秋 江戸庶民を描く貴重でユニークな漫画誌
何ヶ月かに一度のお楽しみ、「お江戸ねこぱんち」誌…ではありません。猫漫画に限らず、広く時代漫画を収録した「江戸ぱんち」誌の登場です。ある意味最大の武器とも言うべき猫の存在を封印して、果たしてどうなるか…と思いきや、これがなかなかの良作揃いであります。
この「江戸ぱんち」誌に収録されているのは、全部で12作品。執筆陣の顔ぶれは、基本的に「お江戸ねこぱんち」と重なるところではありますが、何人か、初めて作品を拝見する方もおります。
収録されている作品の傾向としては、タイトルどおり江戸の、それもほとんどの作品が町人の世界を舞台としているのが一つの特徴でありましょうか。
武士が主人公の作品、武士が登場する作品もあるものの、切ったはったの世界でも、四角四面なお勤めの世界でもなく、江戸の庶民の文化に極めて近いところの、人情話が主体となった一冊であります。
その意味では私の好みからは少々遠いところにあるようにも思われましたが、しかし実際に目を通してみれば、なかなかにバラエティに富んでいる上に、気持ちの良い作品揃い。
こういう表現は誤解を招くかもしれませんが、猫という縛りが外れたことが、吉と出た作品が多いやに感じられたところです。
その中でも特に印象に残った作品を幾つか挙げると――
『猫絵十兵衛異聞 飛び耳茶話』(永尾まる)
本書で数少ない不思議の世界を描くのは、やはりこの作者。タイトルに「猫絵十兵衛」とありますが、ほとんどそちらとの関連はなく、自由に怪異の世界が描かれます。
その怪異というのが、作者のファンであればタイトルの時点でニヤリとできる存在。耳で空を飛ぶ妖怪とくれば、むしろ作者の「ななし奇聞」を思い出します(豆犬も登場しますしね)。
冷静に考えれば、ビジュアル的にはかなり恐ろしい存在なのですが、しかし本作に登場するのはなかなかに可愛らしい…そして、少々姿は変わるものの、我々と変わることない、この世に暮らす者。
この辺りの、人もそれ以外も、地続きの存在として優しい目を向けるのは、まさに作者ならではでありましょう。
『近世芝居噺 がくや落』(糀谷キヤ子)
初めて拝見する作家の方の作品ですが、調べてみると、三代目澤村田之助に関心を寄せられている方との由。
なるほど、本作の主人公も澤村家の女形で由次郎とくれば、その田之助が題材と思って良いでしょう。
物語の方は、その由次郎に踊りを教える師匠・ミツが主人公。師匠といっても故あって由次郎とあまり年は変わらぬ彼女は、才能があるにもかかわらず本気を出さない由次郎に歯がゆさを隠せず…と、この二人の想いのすれ違い、ぶつかり合いが見所であります。
ミツの想いの根底にあるのは、実は舞台をこよなく愛しながらも、女であるがために舞台に上がれぬ自分自身への歯がゆさ。
この辺りの、現代においても形を変えて存在する、自分の望む自分になれない悔しさを、江戸時代ならではの形で描き出して見せる手腕にまず感心いたします。
が、さらに良いのはそれを決して湿っぽい形でなく、瑞々しい筆致で、いかにも江戸っ子らしい彼女の感情の爆発で昇華してみせる点でしょう。
気になる作家がまた増えた、という印象です。
その他、「お江戸ねこぱんち」ではファンタジックな人情活劇を描いている須田翔子の「髪結いのりよ」は、ある意味ストレートな人情ものながら、素直になれない主人公のキャラクターが楽しい作品…などと挙げていけばキリがありません。
何はともあれ、中高年の時代劇ファン向けの劇画誌でもなく、若い歴史ファン向けの漫画誌でもなく、ある程度広い年齢層(の女性)を対象とした(江戸)時代漫画誌というのは、非常に貴重な存在であり、ユニークな試みでありましょう。
「お江戸ねこぱんち」ともども、こちらも是非、巻を重ねていっていただきたいものであります。
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