『ますらお 秘本義経記 大姫哀想歌』 未来から見た過去の物語、結末から語られるこれからの物語
実に18年の時を経て復活した『ますらお 秘本義経記』の新作エピソードであります。18年前からの読者と、新たな読者の双方を意識した本作は、「現在」と「過去」が交錯する中、一組のカップルの悲劇を通じて、最も美しく歪んだ義経の物語がまた別の角度から浮かび上がることとなります。
一の谷の合戦が終わり、そして屋島へ、という時点でひとまず完結となった『ますらお』。それから18年後に復活した本作は、そこから直結した続編ではなく、少々複雑な構造をとります。
簡単に言えば、後日談であり、リトールドであり、予告編でもあり…18年前に描かれた義経と木曾義仲の戦いを、もう一度別の角度から描いた作品なのであります。
本作のサブタイトルにある「大姫」とは、頼朝の娘であり、義仲の嫡男・義高とかつて許嫁の間柄だった女性。フィクションの世界でも、悲劇の女性として描かれる人物ですが――
本作の冒頭、全てが終わり、鎌倉幕府が樹立された後の世界で描かれる彼女の姿は、想像を絶するような浅ましいもの。
なぜ彼女がそうなったのか…本作は、それを彼女自身が、かつての静を思わせる面影の下女に対して語ったものという形を取ります。
かつて義高が鎌倉に暮らしていた頃――まだ婚姻を結ぶには幼すぎる義高と大姫の近くにあったのは、この当時、頼朝の下に馳せ参じたばかりの義経。
義高の世話係的役目を命じられていた義経は、怨敵・平氏との戦いに迎えぬ焦りと憤りを抱えながらも、親たちの思惑に翻弄され、命すら危うい境遇にある義高に、彼はかつての自分自身を見るのですが…
と、これは18年前のシリーズでも描かれたエピソード。その意味では語り直しという形となりますが、本作はそれを大姫と義高の視点から描き直すことで、その際に描かれなかった義経の素顔を――彼が秘め隠すようになっていた歪みを――浮き彫りとする形となっているのです。
そしてもう一つの本作の特徴は、大姫が語る物語、義経の物語は既に過去の出来事であり――義経は頼朝に討たれ、そして彼と静の間の子も命を奪われた後という、救いのない、そして史実同様の結末を迎えたことが明らかにされる点でありましょう。
未来から見た過去の物語、結末から語られるこれからの物語――一見ややこしいように思えますが、そこに大姫と義高の悲恋を絡めることにより、もう一つの物語として成立させているのには唸らされます。
もっとも、少年誌から青年誌へと掲載媒体が変わったこともあり、(性的な意味で)より生々しい描写が増えたのは、個人的にはあまり好きになれない点ではあります。
義経の歪みを描くのに、主に彼の表情の歪みを以てするのも同様です。
それもなお、本作の結末、その未来から見た過去の物語が、過去の新たな物語の序章に直結していくのには――未来の悲しみが昇華され、過去の戦いの幕がもう一度上がる様には――これはただ感動と言うべきか、感慨深いと言うべきか…
今はただ、ここからもう一度始まる物語の続きを、早く、少しでも早く読みたいと願うのみであります。
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