『蘭学探偵 岩永淳庵 海坊主と河童』 科学探偵、江戸の怪事に挑む
優れた頭脳と知識を持ちながら、トラブルを起こして今は辰巳芸者の豆吉のもとに居候になっている若き蘭学者・岩永淳庵。ある日、豆吉とともに江戸で評判の高櫓を見物に出かけた淳庵は、温泉掘りのためだという工事の目的に不審を抱く。火付盗賊改同心・瀬川又右衛門とともに謎を追う淳庵と豆吉だが…
いま注目の時代小説家は? と問われれば、私にとっては自信を持ってこの方、と答える平谷美樹の新作であります。
タイトルは『蘭学探偵 岩永淳庵』――色々あって失業中、辰巳芸者のもとに転がり込んでいる蘭学者・岩永淳庵が、素人探偵として、江戸で起きる怪事件に科学の目で挑む痛快な連作短編集であります。
冒頭に記したのは、全四話が収録された本作のうち、第一話「高櫓と鉄鍋」のあらすじです。
温泉を掘るために江戸の四方に立てられ、ちょっとした観光名所となった高櫓。しかし掘削には巨額の費用がかかったにもかかわらず、結局温泉は出ずじまい…
というだけであればよくある話のようですが、この計画に関わっていたのがとある蘭学者だったことで、淳庵が興味を持つことになります。
さらにそこに絡んでくるのが、空から落ちてきたという鉄鍋の謎。一見無関係に思われたこの二つが結びついた時、文字通り驚天動地の計画が浮かび上がるのであります。
時代小説において、科学的知識を用いた陰謀が描かれるといえば、真っ先に思い浮かぶのは、同じ作者の「採薬使佐平次」の第一作。
あちらでも、この時代にこんなことができるのか!? と驚くほどのアイディアが展開されておりましたが、本作は短編ながらもとてつもないアイディアが投入されており、この辺りは、SF作家でもある作者の、理系時代小説作家としての面目躍如と申せましょう。
そしてその本作ならではの味わいは、青い鬼火による連続放火事件と現場に残された革紐の謎を描く第二話、盗賊が狙う絵図面に記された陸奥の秘宝の在処を追う第三話、そして江戸の海や川に出没する奇怪な海坊主や河童の正体に挑む第四話と、実にバラエティに富んだアイディア・切り口で展開されていくのです。
そして本作の楽しさは、科学探偵ものという趣向に留まりません。
飄々としながらもどこか屈折したものを抱える淳庵、実は旗本の娘で(たぶん)作中では最強の武術の使い手・豆吉、仕事柄強面だが淳庵・豆吉とはしょっちゅうつるんで馬鹿騒ぎしている火盗改同心の瀬川――
本作のメインキャラ三人は、いずれも個性的で、何よりも気持ちのよい連中。
謎解きの面白さだけでなく、キャラの面白さもまた、ミステリには――特に時代ミステリには――必要な要素かと思いますが、そちらも抜かりなし、なのであります。
書く作品書く作品、毎回こちらを驚かせるような新機軸を打ち出してくる作者らしい、驚きと楽しさに満ちた本作。
第四話には淳庵のライバルになりそうな人物も登場(その名前がまた…)、また一つ、先が楽しみな作品が誕生したことは間違い在りません。
(ちなみに本作、ほとんど毎回、作者のファンであればニヤリとさせられるような小ネタが交えられているのも嬉しいのであります)
『蘭学探偵 岩永淳庵 海坊主と河童』(平谷美樹 実業之日本社文庫) Amazon
| 固定リンク
コメント