『くノ一秘録 1 死霊大名』 戦国ゾンビー・ハンター開幕!?
幼い頃からくノ一の修行を積んできた蛍の初仕事は、千宗易の依頼で父とともに松永久秀の動向を探ることだった。しかし父は任務中に深手を負い死亡……したはずが復活して彼女の前に現れた。父を治す方法を求め、再び久秀の信貴山城に潜入する蛍だが、そこで待ち受けていたのは「死霊」たちだった……
風野真知雄の新シリーズであります。
タイトルの時点で「これは!」と期待していたのですが、実際に書店で手に取ってみれば、帯にあるのは「くノ一vsゾンビ」という直球ど真ん中の煽り。そして内容の方もそれに違わぬゾンビ時代小説の新星でありました。
時は戦国後期、伊賀の中忍とくノ一・青蛾の間に生まれた蛍は、幼い頃から母から苛烈な修行を積まされる毎日。
そんな母に強い反発を感じながらも16歳となり、両親も及ばぬような「忍技」を編み出した彼女は、初仕事として、本願寺攻めの最中の松永久秀のもとに、千宗易の店の者に化けて潜入することとなります。
しかし首尾良く潜入したものの、茶会で久秀の立てた茶を飲んだ父は突如暴れ出し、久秀の配下に討たれることに。同じく潜入していた青蛾とともに父を埋葬した蛍ですが……何と墓穴から父は復活。
文字通り半死半生の状態で、意識も半ば失われたような父を救うため、鍵を握ると思われる久秀の信貴山城に潜入する蛍と青蛾ですが、二人はそこでこの世のものならぬ存在を目の当たりにすることとなるのです。
日本に向かうコペルニクスの息子が乗った船が、何者かの襲撃を受けて幽霊船となるというプロローグから胸がときめく本作ですが、本編の方も、期待通りの、いや期待通りの忍者伝奇にしてゾンビ時代劇であります。
もちろん(?)「ゾンビ」という名称が本編に登場するわけではなく、あくまでも「ゾンビ的なモノ」をここでそう呼んでいるわけですが、しかし一度死んだ者が復活し、切っても突いても死なぬ怪物として現れるという本作の「死霊」の設定は、やはりそのものズバリ、と言うべきでしょう。
本作のクライマックスにおいては、そんな死霊たちと主人公母子が真っ向から激突。死霊の不死身が勝つか、くノ一の忍技が勝つか……まだ前哨戦ではありますが、しかしこの先の展開も期待できそうな贅沢さであります。
そして、その「死霊」を操るのが松永久秀というのもまた実にいい。単純な妖人・魔人ではなく、どこかひどく人間くさい部分を見せながらも、しかしある一線を完全に踏み越えているキャラクター造形は、これは作者ならではでありましょう。
そんな久秀が死と生の間にいる存在だとすれば、彼に挑む形となる蛍のその母は、まぎれもなく生者の代表であります。
幼い頃から昆虫に親しみ、様々な虫を操る、あるいは虫の動きを模した「忍技」(というネーミングも楽しい)を操りながらも、心は年頃の少女、という蛍の生き生きとしたキャラクターも良いのですが、いかにも「くノ一」的な生々しさを持つ青蛾の存在もまた面白い。
そんな母に幼い頃から反感を抱える蛍、思いもよらぬ娘の成長に驚く青蛾、二人の微妙な関係には、やはり『妻は、くノ一』を思い出してしまいますが、戦国という死と隣り合わせの時代、そして死霊という死を超えた怪物と対峙する物語においては、そんな二人のパワーが実に頼もしいのであります。
物語はまだまだ序章といったところ、謎も登場人物たちもまだまだこれからといったところですが、しかし現時点で既に本作が「文庫書き下ろし時代小説」の枠を軽く超えた作品であることは十二分に感じ取ることができます。
どうやら信長も尋常でない存在であることが仄めかされていることもあり、あるいは本作、作者の『魔王信長』のリブート的作品なのでは!? というのはもちろんマニアの考えすぎですが、しかしそんなことを考えてしまうほどのパワーがあることは、間違いないのであります。
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