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2014.10.31

『雪姫もののけ伝々』 ニューヒロインは雪女!?

 浅草の骨董屋・鈴屋の美しい一人娘・雪乃は、実は雪女の血を引いていた。人ならぬ霊力を持ち、もののけたちと平和に暮らす雪乃だが、その前に奇怪な魔物が引き起こす事件が相次ぐ。幕府の目付・神矢鬼一郎やもののけたちの力を借りて事件に挑む雪乃だが、事件の背後には意外な存在が……

 毎月のように紹介している妖怪時代小説ですが、個々の作品の個性の見せ所は、その主人公の設定に依るところが大でありましょう。
 その意味では、本作は相当に個性的な作品と言えます。

 というのも本作の主人公・雪乃は雪女……の血を引いた美少女。かつて遠野で人間の男と契った雪女の血を引く彼女は、肉体こそ人間ながら(だから普通に風呂にも入れる)、人ならざる存在を感じ、言葉を交わす力、そして何よりも周囲を凍てつかせる力の持ち主なのです。

 同様の力を持つ父の営む骨董屋の一人娘として暮らす彼女ですが、彼女の周囲にいるのはもののけたち。彼女の守り神である地蔵の根付や座敷わらし、烏天狗に店の使用人である赤鬼・青鬼……そんな面々とともに、江戸で邪悪な魔物による奇怪な事件が起きた時、雪乃は立ち上がるのであります。

 なるほど、共に暮らすもののけたちの力を借りて悪いもののけと戦う主人公――というのは、妖怪時代小説の一つのパターンでありますが、このパターンで主人公が女性というのは存外珍しいのではないでしょうか。それは確かに一つのアドバンテージと言えます。

 そんな彼女につきまとうストーカーが実は魔物に取り憑かれており、しかも追い詰められて彼女の目の前で破裂してしまうというショッキングな幕開けから、奇怪な魔物と契約して生け贄を求める大商人の暗躍を縦糸に、そんな大事件とは無関係に騒動を引き起こすもののけたちと雪乃の交流を横糸に本作は展開。
 クライマックスには思わぬ強敵を相手にした妖怪大戦争が繰り広げられたりと、なかなか賑やかな内容であります。


 ……が、にもかかわらず読後感がすっきりしないのは(個人的に淡々とした文体があまり合わないというのは別にしても)、要素を盛り込みすぎて、雪乃のキャラクターがぼやけてしまったかな、という印象はあります。 もう少し雪乃が一人で頑張っても(戦っても/ピンチになっても)良かったのではないかな……というのはこれは趣味の問題かもしれませんが、冷静に考えると彼女が何のために戦っているのか、それが今ひとつ伝わってこないのは残念。

 冒頭に述べたとおり、主人公像のユニークさはかなりのものがあるのですから、それをもっともっと前面に出していただければ……というのが正直な印象であります。


『雪姫もののけ伝々』(嵯峨野晶 廣済堂モノノケ文庫) Amazon
雪姫もののけ伝々 (廣済堂モノノケ文庫)

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2014.10.30

『太閤の能楽師』 能が映し出す様々な対比

 遊女宿を営む母に命じられ、肥前名護屋城の太閤秀吉に接近することとなった能楽師・暮松新九郎。初めは能に興味を持っていなかったが、新九郎の「神になれる」という言葉に惹かれ、周囲の大名たちを巻き込んで能に熱中していく秀吉。その秀吉の下で腕を振るう新九郎だが……

 平安時代を舞台とした作品を中心に作品を発表してきた奥山景布子による、ユニークな視点からの戦国ものであります。
 出版社のサイトなどであらすじを見ると、「密命」「謎」「黒幕」といった言葉が躍っており、何やらサスペンスフルでミステリアスな印象を受ける本作。それは決して間違いではないものの、実際の手触りは、それとはまた大きく異なる印象の作品であります。

 山崎の神人の身分で能舞台に立つ青年・暮松新九郎。彼は、母の藤尾から突然、朝鮮出兵のために肥前名護屋城に滞在している秀吉のもとに赴き、太閤が能楽に興味を持つように仕向けよと命じられます。
 遊女屋を営みながらも、裏では様々な貴顕と繋がる謎多い母・藤尾を嫌いながらも頭の上がらない新九郎は、やむなく名護屋へ。
 そして無聊をかこつ秀吉に能を勧めたものの、何故能を舞わなければならないのかと問われた新九郎は、苦し紛れに「能を舞えば神にもなれる」と答えるのですが――

 それが気に入ったのか、以来人が変わったかのように能にハマった秀吉。新九郎らから能を習い、周囲の人間たちも巻き込んで暇さえあれば能を舞う秀吉は、やがて家康や利家をはじめとする周囲の大名を引き連れて禁中で能興行を行うまでになります。
 どの座にも属さぬ若輩者ながら、そんな秀吉に気に入られて能にまつわる諸事を司るうちに、能奉行とまで呼ばれるようになった新九郎。しかし関白秀次や周囲の人間に対する狂気にも似た秀吉の冷たさを目の当たりにした新九郎は、やがて己の行くべき道、己の求める芸とのギャップに悩むように……


 本作の何よりもユニークな点は、既に豊臣政権が揺るぎないものとなったとはいえ、朝鮮出兵など血なまぐさい戦に事欠かぬ時代を舞台にしつつも、それをあくまでも遠景として描き――それでいてその存在を濃厚に感じさせる点でありましょう。

 もちろん主人公は能楽師であり、実際に戦に赴くことなどありはしません。しかし彼の直接目にしないところであっても、同じ世界のどこかで戦は行われ、様々な形で犠牲者が出ている。
 戦とは無縁の世界に生きる新九郎であっても、何かの折に戦の陰を感じ、そして直接的ではないもののより悲惨な結果を招く戦――権力闘争の有様を、まざまざと目にするのであります。
(そしてそれは彼自身の出自ともオーバーラップしていくようにも感じられるのですが……)


 能という芸術は、幽玄の虚構の世界の中に、人間の情や業といった現実を描き出す、一種の対比構造を持ったものと常々感じています。
 その能を中心に据えた本作は、それと重なるように、様々な対比構造――武士と能楽師、武士と庶民、権威と在野、男と女、そして何よりも本作の物語と史実――を内包した物語として構成されているのであり、それが何よりも興味深く感じます。

 新九郎が悩むこととなる能の在り方は、大袈裟に言えば人間の在り方であり、そしてそれを描くことはその人間が生きる時代を描くことである……
 というのはいささか大袈裟に過ぎるかもしれませんが、本作で描かれる様々な対比を通じて描き出される世界は、なかなかに魅力的であり――そして新九郎の経験してきた現実もまた、いつしかおぼろげな過去として霞んでいくというのもまた、実に味わい深いのであります。

 冒頭に述べたとおり、ケレン味を期待するとどうかと思いますが、能楽に興味を持つ方であれば、十分に楽しめる作品でありましょう。


『太閤の能楽師』(奥山景布子 中央公論新社) Amazon
太閤の能楽師

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2014.10.29

『会津の怪談』 歴史小説家の視点による時代怪異譚は

 直木賞作家・中村彰彦がこれまでに発表した怪談・奇談ばかりを集めた短編集であります。作者が得意とする題材である会津を舞台とした作品が多いことは本書のタイトルからもわかるとおりですが、会津に留まらず、各地の城下町を舞台とした武家怪談集とでも言うべき内容のユニークな一冊です。

 中村彰彦といえば、直木賞、中山義秀文学賞、新田次郎文学賞と、錚々たる賞を受賞してきた歴史小説家。正直に申し上げればいささか、いやかなり堅いイメージのある作者が、いかなる縁でこのような怪談集を出版することになったか、それはわかりませんが、興味深い作品集であることは間違いありません。

 さて、本書に収録されているのは、全部で7編の怪談奇談。
 江戸時代初期に会津を騒がせ、様々な作品の題材となった堀主水の脱藩騒動の陰に怨霊の存在を描く『亡霊お花』
 金沢城のお厠に出没し、前田家の子女を震え上がらせた怨霊・かわ姥にまつわる因縁話『かわ姥物語』
 名古屋城御土居下を舞台に、美しい姉妹と一本のかんざしが織りなす美しくも妖しく哀しい怪異譚『思い出かんざし』
 加藤清正に仕えた豪傑・貴田孫兵衛(毛谷村六助)と朝鮮出兵にまつわるある巷説を題材とした奇談『晋州城の義妓』
 保科正之が山形に封じられた頃、城下に出没した骸骨のような侍と、その意外な正体を描いた『骸骨侍』
 未曾有の大災害となった振袖火事を背景に、将軍家を支え、江戸の混乱を未然に防いだ保科正之の姿を奇談混じりに記す『名君と振袖火事』
 そして会津加藤家の豪傑が肝試しに出かけたことから経験する思わぬ邯鄲の夢『恋の重荷 白河栄華の夢白河』
 なかなかにバラエティーに富んだ内容であります。


 ……それにしても、歴史小説と怪談は、最も縁遠いものに感じられるというのは、本書を手に取るまでの正直な印象でありました。厳然たる史実と、この世のものならぬ怪異とは、あまりに食い合わせが悪いのではないかと――
 しかし本作においては、その両者が全く違和感なく溶け合っているといって差し支えありますまい。

 なるほど歴史小説は、史実という事実の羅列から、人間の血の通った物語を描き出すもの。情念が生み出した怪異という、ある意味人間性の極みともいうべき存在を描くに、この歴史小説の手法・視点は、大きな力を持つものでありましょう。

 そんな本書の魅力が最もよく現れているのは、『骸骨侍』でありましょう。
 山形の城下町に夜な夜な出没する骸骨のような侍という濃厚な怪奇性をまとった存在の背後にあるのは、未だ天下に混乱の種が尽きなかった江戸時代前期の時代性であり、そして同時に我々の現代にも通じる人間の意外な心理。
 怪奇と史実と人間性と――この三つが複雑に絡み合った末に生まれた本作は、まさに歴史怪異譚と呼ぶにふさわしい内容でしょう。

 そしてもう一つ、他の作品とは全く別の意味の「怪談」を描いた『晋州城の義妓』――朝鮮の晋州城落城の際、日本の武将を道連れに断崖から身を投げた妓生の伝説の虚構性を容赦なく抉ったこの作品からは、また別の意味での歴史小説家としての怪異への対し方が窺えるのも興味深いところではあります。
(同じ伝説を題材とした荒山徹の『故郷忘じたく候』(『サラン』所収)と比べるとその違いがあまりにも明白で実に面白い)

 考えてみれば、純文学者の作品に怪談に属する作品が少なくないのと同様、歴史小説家による怪異譚(集)――綱淵謙錠の『怪』の如く――というのは、そのイメージと反して、決して珍しいものではないのかもしれません。
 だとすれば、本書を皮切りに、歴史怪異譚集が編まれるというのも、決して悪くない試みではないか……歴史好きとして、怪談好きとしては、そんな想像は大いにそそられるものがあります。


『会津の怪談』(中村彰彦 廣済堂出版) Amazon
会津の怪談

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2014.10.28

『ばけもの好む中将 参 天狗の神隠し』 怪異を好む者、弄ぶ者

 平安コメディ&ホラーの名手・瀬川貴次の『ばけもの好む中将』シリーズも、本作でめでたく第三作目。今日も怪異を求めてさすらう「ばけもの好む中将」宣能と、嫌々ながら相棒扱いの宗孝のコンビもすっかり板につきましたが、今回はいささか意外な方向に物語は展開していくことになります。

 容姿端麗にして父は右大臣と、非の打ち所のない名家の貴公子ながら、色恋沙汰に興味を持たず、怪異をこよなく愛することから「ばけもの好む中将」と呼ばれる宣能。
 そんな彼に何故か気に入られて、怪異探しに引っ張り回される(十二人の姉がいる他は)いたって平凡な中流貴族の青年・宗孝の受難記とも言える本作ですが、もちろん今回も冒頭から宗孝は宣能に振り回されることとなります。

 都近くで目撃されたという茸の精。巨大な茸に手足がついて踊り出すというユニークな噂に当然ながら気を引かれ、宗孝をお供に颯爽と乗り出す宣能。
 ところが茸を目撃したのは、その山の尼寺で暮らす宗孝の姉、さらに寺に泊まった宗孝も、踊る茸を目撃して……

 という第一話『茸』を皮切りにする本作は全四話構成。
 宣能の友である大の色好みの中将が執心する謎の女性を巡り、何故か宗孝が奔走する第二話、右大臣家の別荘がある山に出現した天狗を巡り、宣能と妹の初草、宗孝が騒動に巻き込まれる第三話、そして宣能の叔母である弘徽殿の女御の過去の秘密が大事件に発展する第四話――

 これまで同様、ここのエピソードは独立しているようでいて、実は一つの物語として繋がっているという、なかなかに凝った構成の作品ですが、やはり目を引くのは、弘徽殿の女御の存在が大きくクローズアップされる点でしょう。

 先に述べたとおり宣能の叔母、つまり右大臣の妹であり、そして帝の女御として三人の子を産んだ一種の女傑たる彼女。
 しかし帝の寵愛は別の更衣に移り、よりによってそれが宗孝の姉であったりするために、宗孝としては大いに苦手とする人物なのですが、今回はその彼女が「天狗」と遭遇することに。

 さらに右大臣家にありながら行方不明となっていた琵琶の名器を巡り、彼女の意外な過去が明らかになって……と、これまである意味悪役扱いだった彼女の意外な素顔が、今回は明らかになるのであります。

 そしてさらに意外なことに、そこに絡むのは宗孝の母と一の姉。彼の十二人の姉は、これまで様々な形で物語に絡み、彼を色々な意味で圧倒してきたのですが、そこに母親(といっても異母姉である一の姉は、宗孝の母とほぼ同年齢なのですが)までも絡むとは……

 おかげで宣能のみならず、女性陣にもこれまで以上振り回される宗孝なのですが、もちろん彼が振り回されれば振り回されるほど物語は面白くなるので、これはもう仕方ない。
 もちろん絶妙に人の悪い宣能にいじられる様も実に楽しく、この辺りはもう作者の緩急つけた、時に暴走寸止めの筆の冴えを、存分に楽しませていただいたところです。
(さすがにコバルト文庫の『鬼舞』シリーズに比べると抑えてはいるものの、今回も「みんな違って、みんないい」「命を二つ持ってきた」など、小技が実に楽しい)

 しかしそんな中でも時折ハッとさせられるようなものが織り込まれるのも作者ならではであります。
 今回の事件の背後で暗躍する者たち――「怪異」を装い、弄ぶ者たちに対して、宣能が冷たい憤りとともに吐き出した言葉は、宣能ほどではないものの「ばけもの好む」身としては我が意を得たりと言いたくなるようなもの。

 簡潔にして当を得た怪異論、ホラー論ともとれるこの言葉は、やはり「ばけもの好む」作者ならではのものでしょう。


 そして一つの事件は解決したものの、その後に残るのは、まさにその怪異を弄ぶ者の存在。
 ある意味宣能の宿敵ともいえるその人物との対決の行方は……と肩肘張るのは本シリーズには似合わないかもしれませんが、怪異を愛する者と怪異を弄ぶ者――その対決の行方も、気になってしまうのであります。


『ばけもの好む中将 参 天狗の神隠し』(瀬川貴次 集英社文庫) Amazon


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2014.10.27

『もぐら屋化物語 3 用心棒は就活中』 内藤新宿崩壊の危機!?

 内藤新宿の旅籠・土龍屋を守る百年土龍のムグラさまと喧嘩した末、飛び出してしまった楠岡平馬。間の悪いことに、宿場を守る閻魔像の目玉を盗んだと疑われた平馬は、目玉を探して奔走する。そんな中、牢屋に囚われていた謎めいた優男・高村と知り合う平馬だが、その後も宿場では様々な事件が……

 先日舞台化もされた澤見彰の『もぐら屋化物語』の第三弾であります。
人と化け物が混在している魔界宿場・内藤新宿のうらぶれた旅籠・土龍屋を舞台に、脱藩牢人の平馬、土龍屋の幼い女将・お熊ちゃん、そして地獄に通じる井戸を守るという大モグラのムグラさまのおかしなトリオは今回も元気……
 と言いたいところですが、それぞれに大きな事件に巻き込まれていくこととなります。

 前作のラストでムグラさまと喧嘩した挙げ句、土龍屋を飛び出した平馬ですが、元々が行く当てもなく行き倒れしかかって土龍屋に拾われただけに、たちまち暮らしに困る始末。そこでタイトルどおりに就活に勤しんでもそうそう上手くいくわけもありません。
 しかもそれまでそれなりに仲良くしていたはずの宿場の人々からは、閻魔像の目玉を盗んだと文字通り石を以て追われることに――

 一方、土龍屋には怪しげな荷物を抱えた化け獺が現れ、お熊ちゃんがその荷物が盗まれた目玉ではないかと疑ったことから獺は逃走。偶然出会った平馬と獺は、ともに疑われた者同士、濡れ衣を晴らすために奔走するのですが……というのが第一話のお話。

 その後も、土龍屋の常連客である犬の渡世人のシロさんの秘密が語られる第二話、そして内藤新宿を天変地異が襲い、文字通り地獄の釜の蓋が開く第三話と騒動は続きますが、そんな物語を貫くのは、閻魔像の目玉と、謎の優男・高村の存在であります。

 実は地獄に通じる二つの井戸を持ち、奪衣婆が店を出していたりと、地獄と現世の接点にある内藤新宿。その守り神である閻魔像の目玉が失われた時、宿場を天変地異が襲うというのですが――
 それだからこそ、宿場の人々が目の色を変えて平馬を追いかけてきたのですが、しかし何者がそのように恐ろしい目玉を盗んだのか?

 そして騒動の中、牢屋に閉じこめられていたところを偶然平馬と出会ったのが、髪から衣装まで白ずくめの若者・高村であります。
 飄々とした、そして気さくな態度を崩さない高村はたちまち平馬とも仲良くなるのですが、さて彼が何故牢屋に囚われていたのか、そして何故内藤新宿に現れたかは謎のまま。

 二つの謎は意外な形で交錯し、そして地獄から亡者たちが復活するカタストロフの中で明らかになるムグラさまの正体。そしてもう一人、意外な人物の正体が――


 と、物語の根幹に関わる真実が明らかとなり、ほとんどクライマックスのような今回。特に幾多の謎が明かされる第三話には圧倒されるばかりですが、特に上でも触れた「意外な人物」にまつわる真実には、全く予想もしていなかっただけに愕然とさせられます。

 物語のスタイル的にも、登場するキャラクター的にも、一見明るく脳天気に見える本シリーズではありますが、しかしその実、物語の背後にあるのは、むしろシビアで重い真実である……というのは、シリーズ冒頭から共通する要素であります。

 これまで陰に陽に描かれてきたこの要素が、本作においてはほとんど最初から最後まで全面に出ている印象があり、想像以上に重い味わいになっている……というのは正直なところ。
 この辺りは賛否が分かれるのではないかと思いますが、しかしそんな中でも輝くのが、変わらぬ平馬の優しさであることは、誰もが頷いてくれるのではないでしょうか。

 これまでの作品同様、それなりに活躍はするものの、あくまでも平馬のスタンスは「ふやけ浪人」。頑張るのだけれども、肝心なところであまり役に立たず、お人好しすぎてどうにも頼りない男なのですが……
 しかし彼は、人として忘れてはならないもの、例えば優しさ、思いやりといったものを持ち続け、そしてそれに恥じぬように――たとえ叶わぬものであったとしても――行動する男でもあります。
 その彼の優しさがどれだけの救いになることか……!


 今回大きく動いたこの物語が、この先どこに向かうのかはわかりません。しかし、この先も――いつか来たるべきその日まで――平馬が土龍屋を離れることはありますまい。
 そして次回は、土龍屋トリオに、周囲の人々に少しでも多くの笑顔が浮かぶことに期待するところであります。


『もぐら屋化物語 3 用心棒は就活中』(澤見彰 廣済堂モノノケ文庫) Amazon
もぐら屋化物語り3 用心棒は就活中 (廣済堂モノノケ文庫)


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2014.10.26

『蔦屋』 彼を縛るもの、力づけるもの

 商いに失敗し店を閉めようとしていた地本問屋の小兵衛の前に現れた男・蔦屋重三郎。吉原で成功していながら、さらに外に打って出ようという重三郎に魅せられ、小兵衛は彼と組むこととなる。喜多川歌麿や太田南畝・山東京伝らとともに旋風を巻き起こす重三郎だが、その前に松平定信の改革の陰が……

 『洛中洛外画狂伝 狩野永徳』でデビューを飾った谷津矢車の第2作であります。

 本作の題材はタイトルのとおり蔦屋――江戸中期・後期に活躍した書肆、すなわち出版業者です。
 ご存じの方も多いかと思いますが、この蔦屋はこの時代に大ヒット作を連発した出版社とも言うべき存在であります。

 元々は吉原で吉原細見(簡単に言えば吉原の店と遊女のガイドブック)を出していた書店ですが、やがて「外」の世界に進出。
 当時の出版業界の中心地であった日本橋に店を構え、作家では大田南畝、恋川春町、山東京伝、曲亭馬琴、浮世絵では喜多川歌麿、葛飾北斎、東洲斎写楽といった錚々たる面々を送り出した蔦屋――その主人、つまりは当時の一大プロデューサーが蔦屋重三郎なのです。

 本作はその蔦屋重三郎の姿を、上記のとおり日本橋に進出した瞬間から描き出します。
 廃業寸前の地本問屋(本の出版・卸し・小売りを行う業者)豊仙堂の丸屋小兵衛の前に颯爽と現れた重三郎。既に初老にさしかかり、隠居を考えていた小兵衛は、重三郎の不敵とすら言える熱意に引きずられるように、一種の雇われ番頭のような形で彼と組むことになります。

 しかし重三郎といえば、本を出すわけでもなく、毎晩吉原に出かけては何処の誰とも知らぬ遊び人連中とどんちゃん騒ぎの毎日。
 そんな彼の姿に呆れ、気持ちも冷めかかった小兵衛ですが、しかしそれも全ては蔦屋流。当代きっての文化人たちを集めた蔦屋による快進撃が、ここから始まるのであります。


 蔦屋の――というより江戸中期・後期の出版文化とそこに集った文人サロンというべき存在は、それだけ魅力的な題材ということか、特にこの数年、メディアを問わずこれを扱った作品が増えているという印象があります。

 その中で本作で描かれる蔦屋の物語は、表面的には史実に忠実なそれとして感じられます。
 豪華な顔ぶれによる、奇想天外な仕掛けによる大ブームと、その先の寛政の改革による弾圧、そこからの再起……ある意味定番というべき内容です。

 しかしそんな中で本作は、いくつかのユニークな趣向を用意しています。
 一つは本作が、重三郎ではなく、小兵衛からの視点で描かれていることであります。

 これから昇る一方の重三郎ではなく、一時は引退を考え、既に当時の年齢から考えれば晩年にさしかかった小兵衛。その半生もあくまで真っ当な(?)商売人としてのそれであり、重三郎のようなケレン味に満ちたものとは大きく異なります。

 そんな我々読者の大半であろう常識人代表とも言える小兵衛の視点を通すことにより、重三郎の商売の斬新さがより鮮烈に焼き付けられる。
 と同時に、若い読者は重三郎に、年輩の読者は小兵衛に感情移入できるという、世代の違いもカバーしているのも面白いところです。

 そしてもう一点――重三郎の原点、世間をひっくり返してやろうという彼の想いのルーツが、彼の生まれ育った吉原にあるという設定も面白い。

 冒頭に述べたように、吉原で書店としてのスタートを切った蔦屋。しかしそもそも重三郎は吉原生まれの吉原育ちであります。
 江戸の中にあって文化の中心地でありつつも、周囲から切り離された一種の異界、「虚」の世界であった吉原。自由と不自由が絡み合う世界で生まれ育った彼が、それを突き破り、そして「外」と「内」、「実」と「虚」をないまぜにして新しい世界を生み出そうとする――それが本作で描かれる、蔦屋の商売なのです。


 重三郎を縛るもの、そして力づけるものはもちろん、この時代、この土地ならではのものでありましょう。しかしその中に、我々それぞれに通じるものを見いだし、切り出してみせる。
 派手さはありませんが、胸にスッと入り込み、残る――そんな味わいの作品であります。


『蔦屋』(谷津矢車 学研マーケティング) Amazon
蔦屋

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2014.10.25

『大江戸恐龍伝』第5巻 二匹の大怪獣の最期

 平賀源内が恐龍生存の謎に挑む『大江戸恐龍伝』もいよいよこの第5巻で完結。秘境ニルヤカナヤでの命がけの冒険を経て、恐竜を連れて江戸に帰ってきた源内は、富と名声を手に入れたかに見えたのですが、そこには思わぬ敵の罠が……結末を前に、大きなどんでん返しが待ちかまえているのであります。

 数々の謎を解き明かし、ついにニルヤカナヤにたどり着いた源内と仲間たち。そこで待ち受けていたのは、太古から生き延びてきた恐龍たちと、今は二つに分かれて争うかつて徐福とともに大陸から渡ってきた民の末裔でありました。
 その争いに巻き込まれて幾度となく命の危険に晒されながらも、源内一行は巨大な恐竜と、龍遣いの娘らとともに無事に江戸に帰り着いたのでありました……というのが前巻のあらすじであります。

 さて、この恐竜を両国で見世物に出しての興業は大成功し、かつての主君や、将軍までもが見に来ようという大評判。この成功を元に、長年の夢である鉱山開発を再開させて……と源内のこれまでの苦労も報われてハッピーエンド――にあっさりなるわけがありません。

 そう、物語冒頭から暗躍してきた凶盗・火鼠一味が、再び源内の前に姿を現すのであります。

 これまで不思議と源内の行く先々に現れてきた謎の火鼠一味。あたかも龍の謎を追いかけるように暗躍してきた彼らも、さすがにニルヤカナヤでは出番はなかったのですが……よりによって、と言わんばかりの場面で再登場、事態は源内にとって、江戸の町にとって最悪の展開に――そう、恐龍が解き放たれることとなってしまうのであります。


 これはいささかひねくれた視点で恐縮ですが、やはり怪獣ものであれば、人外境だけではなく、大都会で思う存分暴れて欲しい……そういう気持ちは読者としてありました。
 そして言うまでもなく当時の江戸は日本有数の大都会。怪獣の暴れるには全く不足のない舞台であります。

 ……が、それはもちろん無責任極まりない野次馬の意見。実際に恐龍に襲われる人々にとっては、そして直接の責任はないにせよ恐龍を連れてきた源内にとっては、まさに生きるか死ぬかの瀬戸際であります。
 かくて、源内が、幕府が総力を挙げた恐龍迎撃作戦が繰り広げられるのですが――

 その中で浮き彫りとなるのは、前巻でも描かれたことではありますが、源内の恐龍に対する共感とでもいうべき感情であります。
 群を抜いた力を持ちながらも、現れるべき時代が違いすぎた故に世に受け入れられず、鬱屈を抱えたまま生きる……
 物語冒頭から描かれてきたそんな源内の姿は、(作中の)現代まで生き残り、無理矢理江戸に連れてこられて檻の中に閉じこめられた恐龍の姿に重なるのです。

 とすれば源内と恐龍は、ある意味双子とも言うべき存在。源内が、その力を思う存分に振るう恐龍の姿に感動を覚え、そして人から追われるしかない恐龍の姿に悲しみと痛みを感じるのは、もちろんそこに己自身の姿を見ていたからにほかなりません。

 江戸時代を舞台に怪獣ものを再現する。となれば、怪獣ものにつきものの博士役に当代きっての才人たる源内を配置するのは、ある意味当然かもしれません。
 しかし本作においてはそれに留まらず、自らも等しく怪獣である源内の想いを描き出すことで、ストレートなオマージュからさらに一歩踏み込んだ物語を生み出してみせたと言えるでしょう。
(そしてもちろん、一大伝奇時代小説としての完成度は言うに及ばず)


 ……源内がどのような最期を遂げたか、それは歴史によく知られるとおりであります。
 本作でも活躍する杉田玄白が源内の死を嘆じた「ああ非常の人 非常のことを好み 行ひ是れ非常 何ぞ非常の死なる」という語は、本作の最終章のタイトルともなっているのですが――さて、「怪獣」源内の最期を、本作がどのように描いてみせたか?

 それはもちろんここで詳細には述べませんが、あたかも美しい夢のような結末は、二匹の大怪獣の姿を描いた本作を受け止めるにふさわしいものであったと感じるところであります。


『大江戸恐龍伝』第5巻(夢枕獏 小学館) Amazon
大江戸恐龍伝 第五巻


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2014.10.24

『忍び道 忍者の学舎開校の巻』 非情から有情の新たな忍者へ

 貧しい山村の少年・一平は、公儀のために働けるという言葉に誘われ、妙義山に向かう。そこで彼が入れられたのは、公儀隠密の劣化を憂う幕府が設立した忍者の養成学校だった。自分と同様に諸国から集められた少年少女たちと切磋琢磨するうちに成長していく一平だが、学校を狙う風魔忍者の影が……

 デビュー以来、これまで大半の作品が忍者もの、それも極めてユニークな作品揃いであった武内涼の新作は、これもユニークな忍者ものであります。

 舞台となるのは五代将軍綱吉の時代。赤穂浪士の討ち入り騒動をきっかけに、公儀隠密の質の低下が指摘される中、幕府重職がその打開策として提案したのは、何と忍者の養成学校の開設でありました。
 かくて伊賀・甲賀から選抜された講師陣により、妙義山中にその学校は開設、諸国から身分を問わずその素質を見いだされた少年少女たちが集められることに……

 という基本設定の下に描かれる本作の主人公となるのは、天領の貧しい山村で生まれ育った少年・一平であります。
 村での暮らしに大きな不満はないものの、やはり外の世界に触れてみたい、そしてご公儀の役に立ちたいと願う彼は、村にやってきた学校のスカウトマンについて、妙義山へ。

 そこで自分たちと同様の少年少女と出会い、伊賀・甲賀、男組・女組に分けられた一平は、忍者の基本となる様々な知識・技術を教えられることとなります。
 その中で友達となった者、対立する者――様々な人間関係が生まれるなか、村では到底得られないような経験を経て成長していく一平。しかしそんな彼らを篩にかける試験が行われることに。

 そしてそれと時を同じくして、学校を狙う影――風魔忍者たち。ある思惑を秘め、内通者を作り出して学校襲撃を狙う風魔忍者たちに、学校の面々はいかに立ち向かうのか……


 冒頭に述べたようにこれまで幾つもの忍者ものを発表してきた作者ですが、本作で描かれる忍びの世界は、それまでとはかなり趣を異にしたものとなります。

 これまでの作品の舞台は戦国時代――すなわち、忍者が最も華々しく活躍し、そして裏を返せば忍者が最も過酷な戦いを繰り広げてきた時代でありました。
 それに対して本作の舞台は太平の世。そもそもが太平すぎて公儀隠密の腕が鈍ったことが物語の発端ですが、忍者を巡る環境は一変したと申せましょう。

 そしてそんな本作における忍者学校も、これまでの作者の作品の――そしていわゆる忍者もので描かれる忍者養成の様の――簡単に言ってしまえば苛烈で殺伐とした世界からはほどとおい、ある意味最も先進的な、理想的な学びの、育ての場として描かれることになります。

 それはこれまでの作者の作品のカラーを期待する向きには、生ぬるいと感じられるかもしれませんが、それは本作の目指すところが学園もの、青春もの、ビルドゥングスロマンである時点で、方向性が異なると言うべきでしょうか。

 しかし――作者の作品で描かれてきた忍者は、単純な潜入工作員、あるいは破壊工作員とは異なる色彩を持っていたものであることもまた事実であります。
 作者の作品で描かれてきた彼らは、それ以上に優れた技術者であり――そしてその技を求める一種の修行者的色彩を持つものであったと私は感じます。

 だとすれば、一人前の忍者を目指して修行を重ねる一平たちの姿は、武内流忍者の本道と、大きくかけ離れてはいないのではないか……そう感じたのも、また事実であります。


 正直に言えば物語内容的にはまだ序章と言うべきでしょうか、あまり派手な展開はありませんし、敵も今一つスケールが小さい印象があります。

 しかしこの特異な忍者ものとしての設定を生かした物語はこれからが本番であるはず。
 クライマックスの、一平たちが未熟ながらも忍者として習い覚えた全てを振り絞って強敵に挑む姿は、これもやはり一個の忍者として力強く感じられます。

 そして何よりも、忍びの道しか知らない非情の忍者ではなく、そこに至るまで、短いながらも様々な人生経験を重ねてきた少年少女たちは、新たな有情の忍者というものを見せてくれるのではないか……そう期待しているのであります。


『忍び道 忍者の学舎開校の巻』(武内涼 光文社文庫) Amazon
忍び道: 忍者の学舎開校の巻 (光文社時代小説文庫)

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2014.10.23

『明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者』第6巻 面倒くさい二人の関係、動く?

 じゃじゃ馬女学生・菊乃と、彼女を婚約者&主君とする失業忍者・清十郎が、明治の世にとまどい、すれ違いながらも距離を縮めていく時代ラブコメ(?)『明治失業忍法帖』も、はや第6巻。何ともじれったい状態が続いていた二人の関係ですが、この巻では大きな変化が生じることに……

 前の巻では、謎の軍人・楡との対決もあってか、どちらかといえば清十郎の過去に重点が置かれていた印象がありますが、楡も撃退(?)し、そちらには一段落したこの巻。
 菊乃と清十郎の関係も落ち着いて……と言いたいところですが、そこで簡単にはいかないのが男女の――というよりこの二人の面倒なところであります。

 特にこれまで陰謀と騙しの世界で生きてきた清十郎にとって、あまりにまっすぐな菊乃の瞳は眩しすぎる。本当に自分は彼女に愛されているのか、自分は彼女を愛しているのか、いやそれ以上に愛して良いのかと思考の迷路に入って堂々巡りを……ああ本当に面白くも面倒くさい。

 この辺りの感情は、まあ時代を超えて誰でも経験のあるモノだと思いますが、しかしそれを抱えるのが歴戦の忍びであり、そして背景となるのが近世と近代の境目の時代という本作ならではの味付けが加わることで、グッと深刻度(そしてそれと背中合わせの面白さ)が増すのが――実に面白い。

 特に清十郎の場合、物語当初の得体の知れなさがどこへやらの純な取り乱しようが――あまりのギャップに、最初はそれも演技だったのかと思いこんでいましたが、本気だったのにこちらがびっくり――微笑ましくもあり、可哀想でもあり……この巻では思いあまって(?)菊乃の実家の丁稚になってしまうのもまた楽しいのです。


 しかしそんな二人の関係にも、いよいよ進展が見られることになります。
 女学校が夏休みに入り、知人の異国人・ランスの誘いで横浜に出かけた菊乃。そこでも彼女は、権高な謎の少女と喧嘩したり、洋犬の誘拐事件(これがまた時代/社会背景を踏まえたもので面白い)に首を突っ込んだりと相変わらず騒動の渦中に置かれることとなります。

 そんな彼女を追いかけて、横浜に随行で行くという楡にくっついて横浜にやってきた清十郎。事件も片づいて、帰路についたところで、しかし意外な相手に清十郎が襲われて――

 とまあ、色々あった末に、ようやく少し素直になれた二人。もっとも、この二人については(偽りとはいえ)もともと婚約者であったわけで、収まるべきところに収まったという感がありますが……大変そうなのは、この巻のラストエピソードで描かれる別の二人でありましょう。

 菊乃に横恋慕していた薩摩出身の警察官・槇と、菊乃の同級生で会津藩士の娘・桃井――以前のエピソードで接点が生まれた二人ですが、言うまでもなくこの二人の場合、生まれた時と土地が悪すぎる。

 実際に戊辰戦争でその刃を振るってきた槇。会津籠城戦に参加し、許婚を失った桃井。直接に刃を交わしたわけではないとはいえ、宿敵同士、そして勝者と敗者に分かれた二人にそもそもそういう感情が生まれる余地があるのか?
 というのは実際の作品で確かめていただければと思いますが、仮にそうなれば、それはある意味、新時代の幕開けに象徴的な、素晴らしいことであるのですが……

 しかしそれが容易いことではないことは、言うまでもありません。
 このエピソードの背景となっているのは、明治政府による秩禄処分という史実。勝者が別の意味の敗者と転落し、そしてこの国で最後の内戦に向かう時代のうねりに、個人の想いなどは容易く砕かれそうですが……


 と、ラブコメにつきものの無責任な外野からの感想を言うのが不謹慎に思えてしまうような、「明治」という時代をしっかりと踏まえた物語造りが魅力の本作。
 菊乃と清十郎の間もこのままめでたく――とは思えませんし、さてさてこの先もまだまだ楽しませていただけそうです(と、結局無責任な外野目線ですが……)


『明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者』第6巻(杉山小弥花 秋田書店ボニータCOMICSα) Amazon
明治失業忍法帖~じゃじゃ馬主君とリストラ忍者~(6)(ボニータ・コミックスα)


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2014.10.22

『くノ一秘録 1 死霊大名』 戦国ゾンビー・ハンター開幕!?

 幼い頃からくノ一の修行を積んできた蛍の初仕事は、千宗易の依頼で父とともに松永久秀の動向を探ることだった。しかし父は任務中に深手を負い死亡……したはずが復活して彼女の前に現れた。父を治す方法を求め、再び久秀の信貴山城に潜入する蛍だが、そこで待ち受けていたのは「死霊」たちだった……

 風野真知雄の新シリーズであります。
 タイトルの時点で「これは!」と期待していたのですが、実際に書店で手に取ってみれば、帯にあるのは「くノ一vsゾンビ」という直球ど真ん中の煽り。そして内容の方もそれに違わぬゾンビ時代小説の新星でありました。

 時は戦国後期、伊賀の中忍とくノ一・青蛾の間に生まれた蛍は、幼い頃から母から苛烈な修行を積まされる毎日。
 そんな母に強い反発を感じながらも16歳となり、両親も及ばぬような「忍技」を編み出した彼女は、初仕事として、本願寺攻めの最中の松永久秀のもとに、千宗易の店の者に化けて潜入することとなります。

 しかし首尾良く潜入したものの、茶会で久秀の立てた茶を飲んだ父は突如暴れ出し、久秀の配下に討たれることに。同じく潜入していた青蛾とともに父を埋葬した蛍ですが……何と墓穴から父は復活。
 文字通り半死半生の状態で、意識も半ば失われたような父を救うため、鍵を握ると思われる久秀の信貴山城に潜入する蛍と青蛾ですが、二人はそこでこの世のものならぬ存在を目の当たりにすることとなるのです。


 日本に向かうコペルニクスの息子が乗った船が、何者かの襲撃を受けて幽霊船となるというプロローグから胸がときめく本作ですが、本編の方も、期待通りの、いや期待通りの忍者伝奇にしてゾンビ時代劇であります。

 もちろん(?)「ゾンビ」という名称が本編に登場するわけではなく、あくまでも「ゾンビ的なモノ」をここでそう呼んでいるわけですが、しかし一度死んだ者が復活し、切っても突いても死なぬ怪物として現れるという本作の「死霊」の設定は、やはりそのものズバリ、と言うべきでしょう。

 本作のクライマックスにおいては、そんな死霊たちと主人公母子が真っ向から激突。死霊の不死身が勝つか、くノ一の忍技が勝つか……まだ前哨戦ではありますが、しかしこの先の展開も期待できそうな贅沢さであります。

 そして、その「死霊」を操るのが松永久秀というのもまた実にいい。単純な妖人・魔人ではなく、どこかひどく人間くさい部分を見せながらも、しかしある一線を完全に踏み越えているキャラクター造形は、これは作者ならではでありましょう。

 そんな久秀が死と生の間にいる存在だとすれば、彼に挑む形となる蛍のその母は、まぎれもなく生者の代表であります。
 幼い頃から昆虫に親しみ、様々な虫を操る、あるいは虫の動きを模した「忍技」(というネーミングも楽しい)を操りながらも、心は年頃の少女、という蛍の生き生きとしたキャラクターも良いのですが、いかにも「くノ一」的な生々しさを持つ青蛾の存在もまた面白い。

 そんな母に幼い頃から反感を抱える蛍、思いもよらぬ娘の成長に驚く青蛾、二人の微妙な関係には、やはり『妻は、くノ一』を思い出してしまいますが、戦国という死と隣り合わせの時代、そして死霊という死を超えた怪物と対峙する物語においては、そんな二人のパワーが実に頼もしいのであります。


 物語はまだまだ序章といったところ、謎も登場人物たちもまだまだこれからといったところですが、しかし現時点で既に本作が「文庫書き下ろし時代小説」の枠を軽く超えた作品であることは十二分に感じ取ることができます。

 どうやら信長も尋常でない存在であることが仄めかされていることもあり、あるいは本作、作者の『魔王信長』のリブート的作品なのでは!? というのはもちろんマニアの考えすぎですが、しかしそんなことを考えてしまうほどのパワーがあることは、間違いないのであります。


『くノ一秘録 1 死霊大名』(風野真知雄 文春文庫) Amazon
死霊大名 くノ一秘録1 (文春文庫 か 46-24 くノ一秘録 1)


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2014.10.21

『信長のシェフ』第11巻 ケン、料理で家族を引き裂く!?

 巻数二桁に突入した『信長のシェフ』ですが、信長の天下布武もいよいよ佳境。室町幕府を滅亡させた信長が向かう先は、浅井長政――彼の妹・市の嫁ぎ先であり、ケンとも因縁浅からぬ人物であります。全面対決が迫る中、ケンにできることとは……

 前の巻は嵐の前の静けさという印象だった本作ですが、この巻の大半を使って描かれるのは、織田と浅井の決戦。
 浅井といえば、ケンもかつて小谷城に潜入した際に事が露見し、長政の命で危うく斬首されるところをお市の方のアシストのおかげで助かったりと因縁浅からぬ間柄ですが――

 そんなケンは、信長の命で、この戦を収める最後の希望を胸に、再び浅井家に潜入することとなります。
 料理において、長政を翻意させ、戦を止めさせる……普通にやっても無茶なことを、己の姿を見せずに達成するにはどうすればよいか? いきなりの不可能ミッションですが、それを達成させつつ、長政とお市の絆を見せる展開にまず感心させられます。

 しかしもちろん歴史を変えることは叶わず、織田と浅井の決戦が始まってしまうのですが――ここでのケンの決意、長政たち家族を引き裂かねばならないという決意が強く印象に残ります。
 料理は人に笑顔を与えるもの、共に食卓を囲んだ者たちを結びつけるもの――料理人であれば当然持っているであろうその矜持を、敢えて捨てようとするケンの想いは強く響きます。

 しかしそんなケンの決意が、死を前に強く結びつこうという家族に、男女に通じるものなのか――その結末についてはここでは述べませんが、互いに強く想い合うが故にすれ違い、引き裂かれる、いや引き裂かねばならない戦国の男女の姿には泣かされます。
 そして、戦国武将である以前に等身大の男である相手に対するケンの手向けの言葉も、タイムトラベラーたる彼ならではのものであり、これもグッとくるのです。

 信長・長政・お市――三者のドラマチックな関係は、それ故に様々な物語で扱われてきた、言ってみれば信長ものでは定番のエピソードであります。
 それを新鮮な味付けで料理するのは生半な苦労ではないと思いますが……それを見事やってのけたのは、やはり本作ならではでしょう。


 さて、浅井戦決着後、束の間の平和に、木下改め羽柴家における人助け&夫婦円満の手助けという、ある意味料理漫画の王道的展開を経て、次に待つのはケン自身の物語。
 この巻の冒頭で本願寺の手に落ちた信長の忍び・楓。彼女を救い出すために本願寺に赴いたケンは、そこで彼のことを――平成の世のことを知るようこと再び出会うこととなるのですが……

 ある意味冒頭から今に至るまで引っ張ってきたとも言えるケンの過去(未来?)がいよいよ明らかになるのか。信長の天下布武同様、こちらも佳境であります。


『信長のシェフ』第11巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon
信長のシェフ 11 (芳文社コミックス)


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2014.10.20

『煉獄に笑う』第2巻 へいくわいもの、主人公として突っ走る

 TVアニメもいよいよ放送開始となった『曇天に笑う』の前日譚、三百年前の戦国時代を舞台に繰り広げられる大活劇『煉獄に笑う』の第2巻が発売されました。謎の「髑髏鬼灯」を巡る石田佐吉の冒険もいよいよ佳境、次々と曰くありげな連中が彼の前に現れるのですが……

 秀吉の命により、髑髏鬼灯なる謎の存在を探すこととなった佐吉。その在処を知る者がいるという曇神社を訪れた彼は、そこで忌み子として周囲から疎まれる男女の双子――曇芭恋と阿国と出会うことになります。

 この二人、周囲の視線を気にも留めず、いやむしろ挑発するように悪戯と悪行三昧。堅物の佐吉は散々に振り回された末、鉄砲鍛冶・国友の頭を巡る争いに巻き込まれて……というのが第1巻までのお話。

 何故曇の双子が国友の争いに首を突っ込むのか、それもわからぬまま、佐吉は己の信念と正義感から突っ走るのですが、この「へいくわいもの」ぶりが、本作のような活劇の主人公としては実に気持ち良い。
 曇の双子が完全にトリックスター的な描写であるだけに、そのコントラストもまた魅力的に映るのであります。

 頭でっかちであったり小才子として描かれることの多い佐吉――言うまでもなく後の名は三成――が、ちょっと角度を変えるだけでこのように見えるのか、というのはこれは嬉しい驚きです。


 閑話休題、しかし髑髏鬼灯の秘密を追うのは佐吉だけではありません。信長、家康、本願寺、そして伊賀――

 果たして戦国を動かす者たちが求める髑髏鬼灯にどのような秘密が隠されているのか……この巻ではその一端が語られるのみですが、ここで登場するのは、『曇天』読者であればお馴染みの「あの存在」との関わり。

 呪大蛇伝説の中核を成すあの存在は、同時に曇サーガとも呼ぶべき一連の物語を大きく動かす存在でありますが、さて本作においてそれがいつ、どこに登場するのか……それはもちろん、まだまだ謎の先であります。

 そして登場といえば、どうしても期待してしまうのは、『曇天』に登場したキャラクターたちの先祖の存在ですが――この巻ではいずれ登場するだろうと思われた一族の者が、ちょっと意外なビジュアルで登場。
 このあたりも含めて、本作は、前日譚という性格を最大限に利用して、こちらの興味をグイグイと引きつける物語を――最初から全力疾走で――見せてくれるのが、何とも嬉しいところであります。


 そして国友の争いが解決したのも束の間、佐吉たちの前に現れるのは、伊賀忍びを率いる百地丹波。
 一筋縄ではいかない存在感を漂わせる丹波に対して、即席コンビを結成した佐吉と芭恋がどのような暴れっぷりを見せてくれるのか――いやはや楽しみは尽きません。


『煉獄に笑う』第2巻(唐々煙 マッグガーデンビーツコミックス) Amazon
煉獄に笑う 2 (マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ)


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2014.10.19

『悪采師』 いかさま賽が描く賭博・職人・そして人情

 彼の作品で売り出し中の親分・鬼船俊次が江戸を牛耳る栄蔵を追い落としたことから一躍名を挙げたいかさま賽子造りの音吉。彼の家に押しかけてきた栄蔵の子・紫乃と五平と、反発し合いながら距離を縮めていく音吉だが、俊次の非道が彼らを引き裂く。全てを取り戻すため、音吉の一世一代の博打が始まる……

 第三回朝日時代小説大賞を受賞した平茂寛による、ユニークな作品であります。
 タイトルにある「悪采」とは、仕掛けのある采=賽、すなわちいかさま賭博用の賽子のこと。本作の主人公・音吉は、そのいかさま賽子造りに取り憑かれた青年なのです。

 幼い頃に家を出され、やがて悪采造りの道に入った音吉。小さな中に精密な細工を仕掛けた悪采に魅せられた音吉が仕上げた賽が、物語の中心となります。
 彼の賽によって大きく勢力地図が塗り替えられた江戸の暗黒街。しかし良い賽を造ることだけが目的の職人である彼にとっては、それは無関係だったはずですが、彼の賽によって一文無しとなり、江戸を追われた親分・栄蔵の子・紫乃と五平が家に転がり込んできたことから、彼の運命は大きく変わり始めます。

 初めは生意気な二人に反発するだけだったのが、紫乃の隠れた優しさと可愛らしさ、五平の優れた悪采造りの賽に興味を持つうちに、やがて二人とも打ち解けていく音吉。
 そして紫乃と五平も同様に音吉に心を開き始めますが――音吉がかつて賽を造り、栄蔵を追い落とした親分・鬼船俊次の魔手が二人に迫ったことから、全ての運命が狂い始めることになります。

 それぞれの理由から姿を消した二人を取り戻すため、必死に賽造りに打ち込む音吉。しかし運命の皮肉は、彼の前に最強の敵の姿をとって現れることになります。
 果たして最強の敵に音吉は打ち克ち、そして幸せを取り戻すことができるのか。そのために彼は、理想とする究極の悪采・無上の賽を完成させようとするのですが……


 本作の魅力は幾つかありますが、まず挙げるべきは、博打の世界を舞台としつつも、主人公をそのための賽を造る職人としたことでしょう。
 物語の中に博打の世界の緊迫感を維持しつつも、そこから一定の距離を置いた人種を主人公とすることで、博打につきもののアンダーグラウンドな空気を良い意味で無くしているのは、これは工夫というべきでしょう。
(それでいてラストの大勝負は最高に盛り上がるシチュエーションが用意されているのがたまらない)

 そしてもちろん、主人公が職人ということで、職人ものとしての面白さが生じることもあります。
 特に物語後半に入ってから彼が求める無上の賽――賽の仕掛けを生かすのに壺振りの腕が必要になる通常の悪采ではなく、誰が使っても同じようにいかさまができるという賽――完成に向けての苦心は、ものが普通の工芸品でないだけに、より引き込まれるものがあります。
(ただし、自分が造ったものが引き起こす結果に(そのために大変な苦労をしたものの)ほとんど無自覚にも感じられるのはちょっと残念)


 しかし何よりも強く印象に残るのは、本作の背骨として貫かれているのが「家族の再生」というテーマである点であります。

 幼い頃に口減らしのように家を出され、ようやく一本立ちして故郷に帰ってみれば一家は離散していた音吉。幼い頃から両親からの愛情を受けることができず、二人以外に心を開かずに生きてきた紫乃と五平。
 思わぬことから共同生活を送ることとなった三人の心が少しずつ引き寄せ合い、そして一度は大きく引き離されても、また新たな家族として再生しようとする――そんな姿を、本作はスリリングな勝負の背景に用意しているのであります。

 結末で明かされるある事実については賛否あると(おそらくは後者がだいぶ多いと)思いますが、この点から考えれば、納得はできるのではないでしょうか。

 賭博もの、職人もの、人情もの――それぞれの作品はありますが、それを巧みに組み合わせ、一つの作品として成立させてみせた作者の腕に感心した次第です。


『悪采師』(平茂寛 朝日新聞出版) Amazon
悪采師

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2014.10.18

『蒼眼赤髪 ローマから来た戦国武将』第2巻 騎士道vs武士道vs外道……?

 事実は小説より奇なり、戦国時代の日本に来日して蒲生氏郷に仕える武士となった山科羅久呂左衛門勝成ことジョバンニ=ロルテスの活躍を描く『蒼眼赤髪』の第2巻であります。心ならずも信長に仕えることとなった蒲生鶴千代(氏郷)とジョバンニが知った信長の真意とは……

 かつてローマに渡った鶴千代との再会を期待して、イエズス会の宣教師とともに海を渡ってやってきたジョバンニ。しかしその時、蒲生家の主家は信長に滅ぼされる寸前でありました。
 そしてジョバンニともども捕らえられた鶴千代の前で、彼の母は自害に等しい死を迎えることとなります。信長についていきなさい、という不可思議な言葉を残して――

 母の遺言はあれど、当然ながらその仇である信長に膝を屈することに納得できない鶴千代。しかしそんな彼に対し、信長は自分の娘を娶せた上、烏帽子親――元服の際に烏帽子を被せ、新たな名を与える後見役的存在――となることを申し出るのでありました。
 しかしこれこそは信長の至近に迫る千載一遇のチャンス。蒲生家の先祖、俵藤太が大百足を討ったという家宝の矢を献上すると見せかけ、信長を討つことを考える鶴千代ですが……

 敵対する者は女子供であれ容赦しない信長。その姿は、ジョバンニが「外道」と呼んだのに相応しいものかもしれません。
 その一方で、敗者の子である鶴千代を厚遇し、自分の命を預けるような真似を平然としてみせる信長は何を考えているのか?

 鶴千代、いや元服して氏郷の、そしてジョバンニとの対峙を通じ、信長の真意が明らかになっていくこととなります。
 さらに北畠具教との対峙を通じ、己の弱さを悟ったジョバンニは、信長の大きさを知り、山科羅久呂左衛門勝成の名乗りを挙げることに――


 というわけで、この巻はいわば信長-氏郷-ジョバンニ主従の誕生編とも言うべき内容。
 線の細さばかりが目立った氏郷(……は、まだまだ発展途上ですが)、豪快さが悪目立ちしていた感のあるジョバンニ、何を考えているのかわからなかった信長、それぞれのキャラクターが掘り下げられ、収まるべきところに収まった印象があります。

 特に、ルネッサンス期のヨーロッパを知るジョバンニの目から見た信長像はなかなか興味深く――いささか白黒がはっきりしすぎている感はあるものの――なるほど、この主人公なればこその「外道」信長像でありましょう。


 かくて武士道・騎士道・外道が揃った本作ですが――そもそもこの時代に武士道という概念があったのか、という致命的な問題は置くとしても――まだまだ食い足りない印象はあります。

 秀吉をはじめとして、過剰にデフォルメされた戦国武将たちに魅力を感じられるかといえばそれは今のところ否であり、一種の漫画的アレンジ(ほとんど着流しで織田軍相手に無双する具教など)も、本来であれば規格外の存在であるはずのジョバンニを埋没させかねない……いささか厳しく申し上げると、そんな印象があります。

 この辺りが解消されるのか、はたまた逆に突き抜けてみせるのか――いずれにせよ、ジョバンニにはもっともっと暴れていただきたいと感じているところではあります。


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蒼眼赤髪 ~ローマから来た戦国武将~(2) (アクションコミックス(月刊アクション))


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2014.10.17

『応天の門』第2巻 若き道真が背負った陰

 引きこもりの文章生・菅原道真と、色男にして高級武官・在原業平がコンビを組んで平安京の怪事件に挑む『応天の門』第2巻であります。この巻においては業平と、藤原家の姫君・高子の過去が、そして道真と菅原家が背負った陰の存在が描かれることに……

 傲岸不遜で世間知らずの文章生(歴史・漢文学生)の道真と、世知に長けた左近衛権少将(内裏の守備や皇族の警護担当の武官)である業平――本来であれば交わるはずがないものが、女官の行方不明事件をきっかけに知り合った二人。
 道真の頭脳の冴えを知った業平は、以後何かと道真を引っ張り出して、彼の力を借りようとするのですが、道真の方は迷惑がるばかり……となかなか息が合わないのも面白い凸凹コンビであります。

 そんなおかしなバディの活躍を描く本作ですが、この巻に収録されているのは三つのエピソードであります。
 触れたものの前に怨霊や物の怪が現れるという、遣唐使船が持ち帰った書の謎「怨霊出ずる書の事」
 かつて業平と関係があったという摂政藤原良房の姪・高子の屋敷に現れたという物の怪の真相を道真が探る「藤原高子屋敷に怪の現れたる事」
 道真の友が買った唐物の鏡の売り手が突如狂気した事件と道真の過去が交錯する「鏡売るものぐるいの事」

 いずれも人外の化生が関わっているとしか思えぬ事件ですが、その背後に隠れているのは確かな人の意思。その意思の存在を解き明かした上で(全てのエピソードがそうではないのですが)、真相をうまく隠し、それを引き起こした一因をも解決してみせるというのがまた面白いところであります。


 ……が、正直に申し上げると、第1巻ほどは盛り上がらなかった印象がこの巻にはあります。
 理由の一つは、今回は道真がメインで、業平はさほど物語に絡んでこない点。話の流れ的にやむを得ない部分はあるのですが、やはり意外な二人の取り合わせが楽しいだけに、バディもの要素が薄いのは残念なところです。

 もう一つは、道真が挑む謎の魅力と言いましょうか……道真が「この世には不思議なことなど何もない」というスタンスのためか、全ての謎が合理的に解かれる、それは良いのですが、謎のスケールが今ひとつ小さく、あっさり読めてしまうのもまた残念。
 そういう作品ではない、と言えばそれまでかもしれませんが、やはり魅力的なキャラは魅力的な謎に挑んで欲しいのであります。


 と言いつつも、この巻で道真がクローズアップされているのにも理由があることは理解できます。
 それは彼の、彼の家の過去にまつわる、ある陰の存在。まだ年若く、業平のようなアレコレがなさそうな道真が心に背負ったある人物の存在が、この巻では徐々に描かれていくこととなります。

 そしてこの巻のラストで道真が辿り着いたある結論――それがこの先どう物語に絡んでいくかはわかりませんが、間違いなく、この物語の方向性を、つまりは道真の運命を大きく左右するものでありましょう。
 そしてそこに業平も大きく絡んでくることを、期待しているところであります。


『応天の門』第2巻(灰原薬 新潮社バンチコミックス) Amazon
応天の門 2 (BUNCH COMICS)


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2014.10.16

『島津戦記』 島津四兄弟を動かす世界のダイナミズム

 島津四兄弟――島津義久・義弘・歳久・家久には、祖父の代からの秘命があった。明を開国し、我が国の銀で全てを手にする――そのために彼らは武力を高め、三州を統一し、海内を静謐にせんと表に裏に動いていたのだ。近江と薩摩、遠く離れた二つの地で動く彼らの策は果たして成るのか……

 とてつもないものを手にしてしまった、というのが偽らざる第一印象であります。
 SFとライトノベルで活躍してきた新城カズマの初歴史小説は、それだけのポテンシャルを持った作品としか言いようがありません。

 島津戦記というタイトルから察せられるように、本作は戦国ファンにはお馴染みの島津四兄弟を主人公とした作品であり、彼らが悲願である三州統一のために活躍する姿を描くのですが――断じてそれだけではありません。

 何しろ冒頭で描かれるのは、明智光秀によって焼け落ちる本能寺と二条城を見つめる織田長益(有楽斎)の謎めいたモノローグ。
 そして一気に時間を遡って語られるのは、遠く中東から薩摩に落ち延びてきた異国の美女と彼女を守る二人の供の物語であり、キリスト教徒に追われた彼女たちの最後の希望たる「三つの宝」の存在――

 と、これはもう歴史小説というお堅い響きの世界というより、全くもって私好みの世界なのですが、しかしそれだけでもありません。
 本作の主題となるのは、16世紀の「世界」――我が国のみではなく、明や遠くヨーロッパ、中東に至るまでの国々を動かし、結びつけ、相互に作用する経済、なかんずく「銀」の動きなのですから。

 貨幣経済の成立がごく一部に限られた時代、ものをいうのは貴金属であることは言うまでもありますまい。この時代、日本と南米で大量に産出された銀は、航海技術の進歩と結びつき、世界中を経済という糸で結びつけ、そしてその糸を通じる振動が、世界の政治を、外交を……そして戦争を動かしてきたのであります。

 そして本作の主役たる薩摩――日本列島の南端である薩摩は、周囲を海に囲まれた、すなわち海を介して世界に繋がった地。銀を、経済を通じて世界と繋がる物語の発端として、相応しい地なのであります。

 我々が(日本を舞台にした)歴史小説を考えたとき、対外戦争を扱ったものでなければ日本一国のことのみを考えてしまいますが――しかし、その繋がりは、特にそれが伝わる速度は現代ほどではないにせよ、しかし現代同様に、日本は一国のみで存在しているわけではありません。

 間近で見ているだけでは気づかない、そうした海を越えた他国との繋がり――日本で起きたことが他国に、他国で起きたことが我が国に思わぬ結果をもたらす。
 そのダイナミズムを描くには、世界そのものを俯瞰した視点、というよりも世界全体を踏まえた物語設計が求められましょうが……本作はその難事を、見事に成し遂げていると言えましょう。


 そして何よりも素晴らしいのは、その構造のみに拘れば生きた人間の存在しない、無味乾燥なものになりかねぬ内容を、先に述べたとおり極めて豊かな物語性を以て描く点でありましょう。
 実際のところ、本作は戦国時代を描く作品としてみれば、屈指の伝奇性を持っていると言えましょう。
(「三つの宝」の意味が明かされた時のこちらの胸の高鳴りと言ったら!)

 そして同時に本作は、「人間」の存在を忘れません。島津兄弟はもちろんのこと、彼らとと対比される存在、一種の鏡像たる織田兄弟を通じて幾度となく問いかけられる人の、人の世の在り方は、これほどの希有壮大な物語だからこそ、確かな意味を持って感じられます。


 そんな本作の欠点を敢えて挙げるとすれば、(これは目次を見れば瞭然のために書いてしまいますが)本作のクライマックスが「木崎原の戦い」、すなわちようやく島津家が三州統一に大きく踏み出したところで終わりを迎えていることでしょう。(もちろん物語は一つの結末を迎えるのですが……)

 しかしもちろん、この先も島津家は歴史に大きな足跡を残し続けます。そして、本作の世界観においては、この先の歴史上のあの事件も、この人物の存在も、全く違ったものとして立ち上がってくるはず。

 聞くところによれば、本作と世界観を一にする姉妹編も近々刊行されるとのこと。
 この島津戦記、いや島津年代記が、我々の良く知る歴史の裏側に如何なる絵を描き出すのか――まだまだ楽しみにしてよさそうです。


『島津戦記』(新城カズマ 新潮社) Amazon
島津戦記

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2014.10.15

『松姫はゆく』 戦国に貫く人の甘さと優しさの力

 天正十年、武田家は織田軍の猛攻により滅亡した。兄・勝頼をはじめとする親族を皆失った信玄の五女・松姫は、わずかの家臣と姪たちを伴い、安住の地を求めて必死の逃避行を続ける。彼女を追うのは、織田軍総大将であり、かつては松姫の許婚であった織田信忠。果たして松姫のゆく先にあるものは……

 戦国時代の女性の物語といえば、どうしても戦に翻弄されて数奇な運命を……ということになってしまいますが、その中でも本作の主人公・松姫ほどの人物はいないのではありますまいか。

 武田信玄の五女として生まれ、一度は同盟関係にあった織田信長の嫡男・信忠と婚約。しかし彼女が実際に輿入れする前に武田-織田の同盟は破れ、当然ながらこの婚姻は破談となります。
 そして天目山の戦で武田家は織田家の、それも信忠を総大将とする軍によって滅ぼされ、一族はほとんど殺されることに――
 そんな彼女の生涯の中で最も苛烈な半年間を、本作は描きます。

 信玄の死後、勝頼の下で対外膨張策を取った武田家。しかし戦の連続は領内を疲弊させ、武田家の力は落ちていくばかり。
 織田軍の総攻撃の前に、戦わずして寝返る者、あるいはあっさりと兵を退く者が、一門衆にまで現れ、勝頼の判断の拙さもあり、ついに武田家の命運は風前の灯となります。

 そんな中、同母兄の仁科盛信の籠る高遠城に身を寄せていた松姫は、決戦を決意した盛信によって、まだ幼い彼の子らを連れ、八王子まで落ち延びることになります。
 供をするのはわずかな彼女の同朋衆のみ――しかも一名を除き、戦場経験のない者たちであります。

 後ろから迫る織田軍、甲斐の農民たちが、いやかつての武田家の臣までもがいつ襲いかかってくるかわからない中、松姫の逃避行は続きます。


 本作において武田家が――哀しいまでにあっさりと惨めに――滅んでいく様と平行して描かれていくのは、そんな松姫の絶望的な旅の姿であります。
 一度も姿を見たことはないものの、恋に恋する年頃だったかつての松姫にとっては恋しい相手だった信忠。その信忠が彼女の一族を鏖殺していくという様に、松姫は想いを改めるのですが……
(が、当の信忠はそれでも松姫に懸想し、彼女への想いと父・信長への懼れの間で揺れ動いているのが何とも皮肉)

 そんな彼女を支えるのが、一行の中で唯一戦を知る男・獅子之助。皮肉にもかつて武田家に滅ぼされた長野家に仕えていた彼は、剣の道で身を立てようと疋田景兼(文五郎)に新陰流を学んでいたものの、やむを得ぬ事情から松姫に仕えることとなったのであります。
 二度目の主家滅亡に付き合うなど真っ平ごめんと早々に退出しようとするも、守る者とてない松姫と、一門の中で唯一壮絶な戦死を遂げた盛信の姿に背を押され、彼は松姫を守って戦うのです。


 そして本作は、そんな獅子之助に対する松姫の問いかけを中心に描かれていくこととなります。何故、男は戦をするのか。戦のない平和な世はあるのか――
 もちろん、生まれた時から戦場にいたような獅子之助に、その答えはありません。いや、そんな疑問すら持ったことはありますまい。それでも松姫と触れ合う中、獅子之助の中に変わっていくものが生まれていくことになります。
 そして変わっていくのは彼だけではありません。松姫もまた、逃避行の中で獅子之助らと触れ合う中、己に課せられたもの、己だけにできる戦いに気づくのであります。

 松姫の考えは、確かに甘く、優しすぎるものでありましょう。(こういう設定であればある意味当然の)松姫と獅子之助の間に生まれる感情もまた、別の意味で甘いと言えましょう。
 しかしそうした想いを感傷と切って捨てることは、それこそが戦いの終わらぬ理由となるのではありますまいか。

 この甘さ、優しさこそが人が人たる所以であり、そしてそれが時として一つの力を生むことを、本作は一つの極限状況の中で描き出します。
 そして結末に描かれる彼女の姿は、その力がこの上もない力を持つことを、美しく浮かび上がらせるのであります。


『松姫はゆく』(仁志耕一郎 角川春樹事務所) Amazon
松姫はゆく

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2014.10.14

『探偵工女 富岡製糸場の密室』 ミステリで描き出す明治の努力と希望

 『参議暗殺』『築地ファントムホテル』と、特に明治時代を舞台とした時代ミステリの名手である翔田寛の最新作は、先日世界遺産に登録されたばかりの富岡製糸場を舞台に、そこで働く工女を主人公としたミステリであります。

 日本近代化推進の原動力として富岡製糸場が設立された翌年――工女集めなどに苦労を重ねつつも製糸場も軌道に乗り、皇太后と皇后が行啓するというその数日前に、工女の一人が敷地内で死んでいるのが発見されます。
 発見者は製糸場の所長・尾高惇忠の娘でもある工女・勇。不審な行動を見せる被害者を追いかけるうちに、死体を発見してしまったのであります。

 しかし死体が見つかったのは、内側から鍵がかけられ、辛うじて戸口に隙間がある程度の石炭小屋の中――そして小屋の中にあったのは死体と何故か小判が一枚のみという、いわゆる「密室」。
 凶器すら見つからず、他殺が疑われる状況の中、彼女と同室の工女も姿を消し、製糸場は騒然とすることとなります。

 もともと、常駐して指導を行っているフランス人への無知から、「工女になると生き血を吸われる」という噂が周囲で流れていた製糸場。
 所長の努力でこれまで治まっていたその噂が再燃し、さらに明治政府への不満分子が、行啓を機会に、製糸場で事件を起こそうとしている疑いも浮上、さらに所長がかつて彰義隊に参加していた過去を抉るかのように、明治政府への不満分子との繋がりを指摘する怪文書も現れ、事態はいよいよ混沌とした状況となっていくのでありました。

 そこで立ち上がったのが勇であります。死体の第一発見者であり、死体になった、行方不明となった工女たちの様子がおかしいことに気付いていた彼女は、父のためにも事態を収拾するために独自に調べを始めるのですが――


 タイミング的にも主人公のキャラクター的にも、非常にキャッチーな印象を受ける本作。
 しかしその印象とは裏腹に、本作もまた極めてシリアスな、明治時代のある側面を、ミステリという刃で切り出して見せた作品であります。

 お祭りムードの世界遺産報道の中ではなかなか伝わってこない製糸場の姿。製糸場が何のために、誰によって造られたかはよく知られていても、そこでどのような人間が働いていたか――そして何よりも周囲にどのように受け止められていたかまでは、知られていない部分も多いのではありますまいか。

 本作の事件の背後にあるもの、本作の事件を形作るものは、まさしくその華やかな明治像の陰に隠れたものであり――その意味では、先行する作者の明治ミステリと確かに変わらないものであります。


 ……とは言ったものの、ミステリとしての趣向や、時代ものとしてのスケール、切り込みの深さについては、正直なところ、ライトな味わいであることは否めません。
 確かに暗殺や大火といったセンセーショナルな史実があるわけでもなく、また主人公もある程度行動に制限がある工女では、なかなか難しい部分はあったかと思いますが、この作者ならばと大いに期待していただけに少々残念に感じたところではあります。
(内容的にあまりにヘビーであった、冒頭で触れた二作品と比べるのがよくないのかもしれませんが……)

 そしてもう一つ、登場人物たちが比較的白黒と明確に分かれている点も影響を与えているかもしれません(真犯人はその限りではありませんが、あまりに卑小な人物なのも……)

 特に勇の父である尾高惇忠が格好良すぎて――と言いたいところなのですが、しかし渋沢栄一の義兄であり、生涯の師でもあったこの人物は、本当に傑物であったようですからある意味仕方がないかもしれません。

 何よりも富岡製糸場は明治政府の威信がかけられた以上に、彼の努力と希望の賜物なのですから……
 あるいは彼こそが、本作の隠れたる主人公である――というのは失礼に過ぎましょうか。


『探偵工女 富岡製糸場の密室』(翔田寛 講談社) Amazon
探偵工女 富岡製糸場の密室


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2014.10.13

11月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 毎月この記事を書く時になると、時間の経過というものを否応なしに感じさせられるのですが、気がつけば今年もあと二月と少し。もう残すところあとわずかですが、それにもかかわらず(?)11月はおそろしいほどの豊作。というわけで11月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 11月の新刊でまず印象に残るのは、普通の月とは逆で、漫画よりも文庫小説の方が充実している点でしょうか。

 何しろここに来て新たな文庫書き下ろし時代小説レーベルが誕生。その名も招き猫文庫、刊行元は白泉社という、少々意外な出版社であります。
 どうやら若い女性層をターゲットにしているらしいこの文庫ですが、第1回ラインナップには、こちらの気になる作品も色々とあります。

 あさのあつこ・金巻ともこ・越水利江子・時海結以・平谷美樹と、豪華メンバーによる「てのひら猫語り 書き下ろし時代小説集」はもちろんのこと、その他にも仲野ワタリ「ふぬけうようよ猫手長屋事件簿」、子安秀明「双燕の空」も、気になる作品です。

 もちろん、既存のレーベルも絶好調。こちらも猫ものの高橋由太「猫は仕事人」、内容は不明ですがこの作者であれば心配なしの朝松健「不思議は七つ・花は八重 (仮)」、歴史幻想小説の名手が室町ものに挑むというだけで胸躍る小沢章友「運命師 幻六秘話」――

 さらに桑原水菜「弥次喜多化かし道中」、五十嵐ひろみ「犬神冒険譚」、大塚英志「代筆屋・中川恭次郎の奇っ怪なる冒険」と、新刊、新シリーズだけでもこれだけ並びます。

 そしてシリーズものの新刊では、まず真っ先に挙げたいのは小松エメル「一鬼夜行 鬼が笑う」。妖怪時代小説ブームの立役者とも言えるシリーズの第一部のクライマックスである本作、隅から隅まで味わいたいものです。
 ちなみに「一鬼夜行」は漫画版第1巻も同時発売。こちらも楽しみであります。

 その他にも平谷美樹「鯉と富士 修法師百夜まじない帖」、風野真知雄「くノ一秘録 2 死霊坊主」「新・若さま同心 徳川竜之助 8 幽霊の春 (仮)」と、こちらはただ嬉しい悲鳴を上げるばかり。

 文庫化の方も、上田秀人「大奥騒乱 伊賀者同心手控え」、夢枕獏「東天の獅子 天の巻・嘉納流柔術」第3巻・第4巻、千早茜「あやかし草子 みやこのおはなし」とくるのですが……面白いのは新潮文庫。

 畠中恵のしゃばけシリーズ「ひなこまち」が文庫化されるのですが、同時に刊行されるのが「えどさがし」。表題作は明治を舞台としたシリーズ番外編ですが、おそらくはこれまで発表されてきた番外編が一冊にまとめられるのではないでしょうか。

 また、仁木英之の僕僕先生シリーズ「鋼の魂」も文庫化ですが、こちらも同時に(新潮文庫nexで)「僕僕先生 エピソードゼロ(仮)」第1巻が登場。こちらは全く内容の予想がつきませんが、やはり楽しみであることは間違いありません。


 さて、点数ではさすがに及ばないものの、漫画の方も気になる作品揃い。

 小林ゆき「江戸天魔録 春と神」第3巻に、出口真人「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次花語り」第2巻、原哲夫「いくさの子 織田三郎信長伝」第6巻……
 そして前の巻が出てからわずかの間で、永尾まる「猫絵十兵衛御伽草紙」第11巻が登場。11といえば、「お江戸ねこぱんち」も第11号が登場です。


 ……と、意図したわけではないのですが、猫に始まり猫に終わった11月の情報でした。


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2014.10.12

『雨柳堂夢咄』其ノ十五 百話目の雨柳堂、百話目の蓮

 大きな柳の木が目印の骨董屋・雨柳堂と、その主人の孫・蓮を狂言回しとした連作奇譚『雨柳堂夢咄』も、前巻から僅か一年半で、最新巻の其ノ十五が刊行されることとなりました。十五巻というのも切りの良い巻数ですが、この巻の収録分で、ついに本作は百話を達成することとなりました。

 この『雨柳堂夢咄』の連載開始が1991年。それから現在に至るまで、休載や雑誌そのものの休刊など色々とありましたが、実に23年目にして記念すべき百話を達成したこととなります。
 しかし、その記念すべき巻においても、良い意味で大きく変わることなく、静かに美しい世界を保っているのが、実に本作らしいところと申せましょう。

 この巻に収録されているのは全七話。
『桜森』『採蓮図』『酌めども尽きず』『福良雀』『橋姫不在』『梅雨入りの客』『神かくし』
 もちろんどのエピソードも、骨董品に込められた想いや、骨董品を仲立ちにした人々(あるいは人ならざるものたち)の交流を描き、それぞれに印象的なのは言うまでもありません。

 しかし今回は特に水準の高い作品が揃っている印象があるのですが、その中から敢えて個人的に印象に残った作品を挙げれば、『桜森』『酌めども尽きず』でしょうか。

 前者は、桜の季節に蓮の前に現れた「桜守」を名乗る不思議な少年と、雨柳堂の蔵にあった蜘蛛の姿の念がまとわりついた着物にまつわる奇譚であります。

 雨柳堂に住み着いたもののけたちも恐れる「蜘蛛」の正体は何か。そして桜守の少年が求めるものは何か――
 蜘蛛の謎解きとその解決方法もさることながら、「人の世の〝山に咲く桜〟ではない桜」を守る桜守というアイディアが実に見事だと言うほかありません。

 人ならざる者、かつて人であった者と「美」の関わり合いを描くのは本作の得意とするところですが、それを満喫できる佳品です。


 一方、後者は雨柳堂は背景に下がって、父が急死して老舗料亭を背負うこととなった少女と、彼女の婚約者候補となった酒造店の青年の、ちょっと洒落た物語。

 酒好きで、それがもとで命を落とすこととなった少女の父。そのために酒を嫌う彼女に対して優しく接する青年は、彼女の父が酒好き故に持っていた素晴らしい技の存在を教えます。
 それでも素直に慣れない彼女に悩む青年が足を踏み入れた雨柳堂で待っていたものは――なるほど、これは酒を愛する者にとっては理想の境地でありましょう。結末の甘さも心地よい作品でした。


 そしてもう一作――ラストに収められた『神かくし』こそが記念すべき百話目の物語。
 幼い頃に神隠しに遭い、以来、百合の絵ばかりを描くようになった年輩の女流画家の記憶に眠っていた、ある人物の姿とは……

 物語の中心となる女流画家の存在を通じて作中の時間の流れを描きつつ、もしかするとその流れから外れているかもしれない「彼」の存在を描く本作。
 一見普段着のようでいて、この『雨柳堂夢咄』という物語の構造をメタフィクショナルに総括したように受け取れる内容は、なるほど百話に相応しいと感じます。

 そして(幸いそうはならなかったのですが)作者が考えたように、この百話目で『雨柳堂夢咄』が完結したとしてもそれなりに納得できるような気もする……そんなちょっと恐ろしい作品でもあります。


 しかしもちろん、『雨柳堂夢咄』はまだまだ続きます。
 節目の巻数・話数も確かに大事かもしれませんが、しかし「変わらず在り続けること」の美しさ、素晴らしさ、悲しさを描く物語に、必要以上にそれを気にすることはないのかもしれません。
 そしてその終わりもまた――

 いつまでもこの美しい世界が在り続けることを、生まれ続けることを、ファンとしては心より望むものであります。


『雨柳堂夢咄』其ノ十五(波津彬子 朝日新聞出版Nemuki+コミックス) Amazon
雨柳堂夢咄 其ノ十五 (Nemuki+コミックス)


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2014.10.11

『剣術抄』第1巻 奇矯にして真摯なる剣の道

 『柳生連也武芸帖』『柳生兵庫助』など、剣術描写の巧みさでは斯界屈指のベテランであるとみ新蔵の新作です。『剣術抄』とそのものズバリのタイトルのとおり、剣術の妙諦を描く作品……なのですが、こちらの想像を遙かに凌駕する、正直に申し上げて一種の怪作であります。

 圧政を敷く悪家老により、父をはじめとする一家を惨殺された百姓の青年・吾作。仇を討つために近くに住む老剣士・辻月探に弟子入りを志願した彼は、最初は疎まれたものの、その熱心さを認められ、剣術を伝授されることになります。

 かくて本作では、月探・吾作師弟の姿を通じて、剣術の何たるかが微に入り細をうがって描かれるのですが……しかしどこかがおかしい。

 何しろ辻月探(実在の剣豪であり無外流の祖・辻月旦の孫という設定)からして、実に奇矯な人物であります。

 見かけはむさいなりながら、ひとたび刀を抜けばその腕はまさしく達人――というのはある意味定番ですが、普段は、自分のもとに遊びにやってくる仙女(……としか言いようがないキャラ)の蘭と乳繰りあってばかり。 ほかにも蘭が持ってきたブラジャーを嬉々としてつけたり、シュシュを着て踊り出したりと、読んでいて戸惑わされることも少なくありません。

 さらに驚かされるのは、月探の小屋の近くの洞窟にはタイムマシンが存在していること。
 このタイムマシンを使って、師弟は古代ローマや17世紀のフランス、後漢末期の中国へと飛び、その時代の達人たちと異種武術対決を繰り広げるのであります。


 ……自分で書いていても信じられませんが、全て本当のことであります。
 そして素晴らしいのは、これだけ自由奔放な物語を展開しながらも、あくまでも剣術については、丁寧かつリアルな描写を貫いている点でありましょう。

 特に居合の――時代劇によく登場するような派手なものではなく、真に実戦的な――描写、特にその修行法の描写などは、これまで他の漫画では見たことがないようなもので、その合理性にはただ驚かされたばかり。

 そしてタイムマシンで向かった先の達人たちとの対決も、それぞれの武器の長所短所を描いた上で、説得力と迫力十分の描写を展開してみせるのには大いに痺れさせられました。


 そして、月探の人物もまた、もちろん奇矯なだけではありません。

 彼が決闘の末、倒した相手に問いかける言葉「人間は性善と思うか、性悪と思うか」。それに対する答え如何によっては――斬る。
 人を性悪と言うもの、信じられぬ者が強大な武を手にすることが、周囲の不幸となる。それ故、相手を斬るのであります。

 どれほどの剣術を修めようとも、心正しからざれば、心穏やかならざれば、それは他者を、ついには自分を傷つけるものでしかない。
 月探の信念は、剣禅一如といった形而上的な概念ではなく、剣術を支える心法として納得できるのであります。

 いやはや、奇矯と思えば真摯――本作における月探の姿は、そのまま本作を描く作者の姿にも重なって見えるではありませんか。


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剣術抄 1 (SPコミックス)

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2014.10.10

『るろうに剣心・裏幕 炎を統べる』 裏幕の裏側のそのまた裏に

 先日公開された劇場版も好調との『るろうに剣心』の外伝『裏幕 炎を統べる』が単行本化されました。剣心最大の敵・志々雄真実劇場版公開に合わせて前後編で雑誌掲載された漫画に、黒碕薫による、同じ物語を別の角度から描いた小説版が併録された一冊であります。

 志々雄が決起し、剣心と対峙する前年――十本刀の初集結を前に、密かに吉原に入った志々雄を主人公に、彼と最後まで運命を共にすることとなる由美の出会い、軍人集団・弘原海兵団を率いる一ヶ瀬鮫男との対決を描く『炎を統べる』。

 前編については雑誌掲載時に感想を書きましたが、後編まで通しで読んでみると、志々雄の物語としては、期待したよりはシンプルな内容だった……という印象であります。

 が――これが志々雄と由美の物語として見ると、俄然印象が変わります。あの志々雄が最後まで側に置いた由美とはいかなる女性なのか。いや、何故由美を側に置いていたのか。

 この辺りは、原作の志々雄の最後の場面から逆算したものとはいえ、志々雄の心の密かな揺れを描いているのが強く印象に残るところであり――そして両親の、自分自身の仇であるはずの相手に、自ら望んでその身を任せることとなった由美の想いもまた、それなりに頷けるところであります。

 なるほど、本編では描写が難しい部分を描いてみせたのは、確かに「裏幕」と言うべきかもしれません。


 しかし――個人的により印象に残ったのは、実は黒碕薫の小説『その翳、離れがたく繋ぎとめるもの』であります。
 本作は、『炎を統べる』と同じ物語を別の角度から描いた作品。漫画と小説と、メディアの違いこそあれ、ずいぶんと大胆な構成だと思いましたが、これが面白い。

 本作の主人公は、志々雄の忠実な側近・佐渡島方治と、由美の妹分の華火。漫画版の主役カップルの、それぞれある意味一番近くにいた者であります。
 もちろん物語の始まりと終わりは漫画版と同じであることは言うまでもありませんが、しかしこの二人の目に映るものは大きく異なります。

 ファン的な視点で言えば、まず面白いのは、方治の目から見た十本刀像と、彼らと志々雄の出会いの物語。特に後者は、本編では十本刀全員のそれが語られてはいないだけに、興味深いところであります。
 個人的には、当の方治自身の過去――元は明治政府の官僚であった彼が何故政府に絶望したのか、そして志々雄とどうやって出会ったのか、その過去がある史実に繋がり、そしてそれが志々雄の資金源の謎にまで……というのにはニヤリとさせられたところです。

 しかしそれ以上に印象に残るのは、方治と華火の交流であります。
 己の仕事以外に全く興味がない方治と、遊女の華火――たとえ場所が遊郭だとしても、色っぽい状況が生じそうにない二人に何が起こったのか? 本作は実にこの点を中心に描かれていくこととなります。

 それぞれにベクトルは違えど世間知らずで不器用な二人。そんな二人の心が徐々に触れ合い、時にコミカルに、時に艶っぽく関係が深まっていく様は、ある意味お約束の展開に見えるのですが……
 それがある瞬間、全く別の意味を持っていたことが示される終盤には、大いに驚かされました。

 裏幕の裏側を描いた作品の、そのまた裏から見た時に何が見えるか……こういう趣向にはひどく弱い私は、この点だけでも大いに評価が高くなってしまうのであります。


 ちなみにこの小説版、漫画版には登場していない本編の登場人物が一人登場しているのですが――本編でちょっと突っ込みどころだった部分のフォローがここで入っているのがまた楽しいところではあります。


『るろうに剣心・裏幕 炎を統べる』(和月伸宏&黒碕薫 集英社ジャンプコミックス) Amazon
るろうに剣心 裏幕─炎を統べる─ (ジャンプコミックス)


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2014.10.09

『金田一耕助VS明智小五郎ふたたび』(その二) 名探偵でも打ち克てぬ闇

 芦辺拓『金田一耕助VS明智小五郎ふたたび』の紹介の続きであります。昨日はTVドラマ第2弾の原作となった『明智小五郎対金田一耕助ふたたび』を取り上げましたが――実は個人的に、より強く興味をそそられたのは、本書に収録されたもう一つの対決もの、『探偵、魔都に集う――明智小五郎対金田一耕助』です。

 第二次大戦で南方に配属される前、大陸で負傷し、上海の病院に入院していた金田一。そこでミステリがきっかけで親交を深めた士官・大道寺に誘われるまま、夜の上海歓楽街に出かけた彼は、そこで大道寺が何者かに殺害され、首を切り取られるという事件に遭遇することになります。

 当然ながら事件の重要参考人として憲兵に引っ張られた金田一を救ったのは、当時軍属として上海で極秘任務に当たっていた明智。
 彼によって一度は窮地を逃れた金田一は、さらなる冒険の末に、事件のトリックを暴くのですが…

 これで四度目の対決となる両者ですが、言うまでもなく本作の最大の特徴は、舞台となるのが上海――日本が泥沼の戦争に向かう直前の上海であることでしょう。
 まずこの舞台で両雄を並び立たせるというシチュエーションの妙に舌を巻かされることは言うまでもありませんが、しかし何よりも印象深いのは、金田一が巻き込まれた事件の真相、いやその背後にあるものであります。

 大道寺を殺したのは何者なのか。そして何故彼は奇怪な形で殺されなければならなかったのか…? その謎は、もちろん名探偵の手により見事に解き明かされることになります。
 しかしその謎の先に蟠っていたもの、その事件を引き起こしたものは、まさしく時代の闇と呼ぶしかない存在。たとえ事件の謎を解くことができても、その闇の前にはあまりに無力な名探偵の存在が、彼らの存在自体が否定されていった時代背景と相まって、強烈な印象を残すのです。
(そしてもちろん、本作における作者の視線の先に何があるか――それは言うまでもないことでありましょう)


 対決ものの二作品ばかり取り上げてしまいましたが、本書にはその他、短編三作品が収録されています。
 遊学先のアメリカから帰国途中の金田一がもう一人の名探偵と出会う「金田一耕助meetsミスター・モト」。主人公たる「あたし」が出会った者たちを描く番外編的掌編「物語を継ぐもの」。そして作者の生み出した名探偵・森江春策が、金田一の未解決事件の謎に挑む姿を美しいノスタルジーを交えて描く「瞳の中の女異聞――森江春策からのオマージュ」。

 ミステリとしての完成度はもちろんのこと、大いなる敬意と愛を忘れずに、大先輩たちが生み出した名探偵たちを題材として作品を成立させてみせる――いかにも作者らしい、趣向を凝らした作品揃いと言うべきでしょう。

 これだけの作品をものするのは筆舌に尽くしがたい苦労があるのではないかとは思うのですが――しかし読者としては、「みたび」を期待してしまうのも、もちろん正直な気持ちであります。


『金田一耕助VS明智小五郎ふたたび』(芦辺拓 角川文庫) Amazon
金田一耕助VS明智小五郎 ふたたび (角川文庫)


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2014.10.08

『金田一耕助VS明智小五郎ふたたび』(その一) 名探偵二人の対決の先にあるもの

 本格ミステリの名手・芦辺拓による、二人の名探偵――金田一耕助と明智小五郎の対決を描くパスティーシュを集めた作品集の第2弾であります。前作同様、本作もTVドラマ『金田一耕助VS明智小五郎 ふたたび』の原作に当たる作品を収録したものとなっています。

 前作『金田一耕助VS明智小五郎』に収録され、同じ『金田一耕助VS明智小五郎』のタイトルでドラマ化された『明智小五郎対金田一耕助』。
 あちらが戦前――金田一耕助が『本陣殺人事件』において名探偵として本格デビューする直前を描いた作品であったのに対し、本書に収録され、ドラマ続編の原作となった『明智小五郎対金田一耕助ふたたび』は、終戦直後を舞台とした作品であります。

 金田一耕助でこの時期の事件と言えば、復員直後の彼が挑んだ『獄門島』が浮かびますが、本作はその少し後の作品。どちらかといえば僻地を主な活躍の舞台とする印象のある金田一ですが、本作は東京の、没落貴族の屋敷を舞台とした連続殺人に挑むことになります。

 度重なる不運と周囲の悪意によりその命運は風前の灯となった柳條家。その当主の息子・月光から、乗っ取りを狙う悪人たちの調査を依頼された金田一は、彼らが集まるというレストランに向かうのですがこれが不発。
 それどころか、その間に月光が自邸で謎の怪人によって無惨に殺され、さらに彼の美しい姉妹にもまた、謎の魔手が迫ります。

 この怪事件に挑む金田一ですが、その前に現れたのは先輩名探偵たる明智小五郎。死の間際の月光から電話を受けた明智もまた、事件解決のために立ち上がったのであります。かくてタイトルの通り、ふたたび名探偵の対決と相成るわけですが――

 『明智小五郎対金田一耕助』が、比較的変則的な対決であったのに対し、本作においては真っ向から対決することとなる両雄。
 本来であれば共に謎に挑むべき名探偵同士が鎬を削ることになるには、その舞台設定が重要であることは言うまでもありませんが、本作はそれを巧みな展開できっちりと――それも物語自体の構造と結びつく形で――成立させているのに感心させられます。

 前作同様、名探偵としては後輩に当たる金田一の方がいささか分が悪い――というより貧乏くじを引かされるのはちょっと可哀想ですが、その先で二人がたどり着いた真実に対する二人の想いが印象に残ります。


 ちなみに本作のトリック、映像化はかなり難しそうなのをドラマ版ではどう料理するのか…と思いきや、ドラマ版は豪快に原作とは異なる内容となっていて、これはこれでなかなか楽しめたところではあります。

 と、一作目だけで長くなってしまいましたので、残りは次回に。


『金田一耕助VS明智小五郎ふたたび』(芦辺拓 角川文庫) Amazon
金田一耕助VS明智小五郎 ふたたび (角川文庫)


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2014.10.07

『大帝の剣』第3巻 最強決定戦と神器争奪戦と

 夢枕獏の原作を、横山仁が料理した漫画版『大帝の剣』の第3巻であります。大帝の剣を背負う万源九郎の三千世界最強決定戦もいよいよ佳境。そしてこの巻ではついに物語の根幹を成す三種の神器の秘密が語られ、作品世界はものすごい勢いでスケールアップしていくこととなります。

 訳ありの娘・ラン/舞と、彼女に従う忍び・佐助とともに旅することとなった源九郎。舞を狙って現れた奇怪な忍びたちに襲われ、奇怪な術を操る女忍・姫夜叉を撃破した彼は、彼が言うところの三千世界最強決定戦の第一回戦に勝利したと意気上がるのですが…

 そんな源九郎らの前に現れたのは、奇怪な鉄の鬼――としか言いようのない怪物。いきなりクライマックスとなった場面から、この巻は始まります。

 そしてさらに源九郎の前に現れるは、前の巻で人獣混淆の怪人・権蔵を撃破した大剣人・宮本武蔵。いきなり頂上決戦かと思われた源九郎と武蔵の対峙の行方は…
 一方、ゆだのくるすに導かれるように飛騨に向かった牡丹こと天草四郎の前に現れたのは、軍神の独鈷杵なるアイテムを持つ外法僧・祥雲。

 そして同じく飛騨に向かう源九郎一行の前には柳生十兵衛が姿を現し、さらにさらに、奇怪な生物の力で復活した佐々木小次郎も出現――と、役者は揃った! と言いたくなるような豪華キャストの揃い踏みであります。

 原作をご覧になった方であればおわかりのとおり、この巻のストーリーは、原作の方の第3巻前半(大中断までの部分)辺りを踏まえたものなのですが、しかし物語展開自体はかなりのオリジナル。
 源九郎と鉄の鬼の対決の行方、牡丹と祥雲の対決など、ド派手なバトルの連続で物語が展開していくのは、「三千世界最強決定戦」が一種のキャッチフレーズである本作に相応しい内容であります。

 そして物語の根幹を成すマイと鉄の鬼ら、天空から来た者たちの正体、そして彼らが求める三種の神器――すなわち、大帝の剣、ゆだのくるす、軍神の独鈷杵の因縁がここで明かされるのも、本作の特徴の一つである、展開のスピーディーさによるものであって、これはこれでもちろんOKであります。
(特に原作の展開の遅さに泣かされた者としては…)

 もっとも、あまりに展開が早すぎた…ということはないのでしょうが、本作は次の第4巻で完結とのこと。
 ようやく出場選手が揃い、さあここから最強決定バトルロイヤルの始まり…というところで大いに残念でありますし、そもそもあと1巻でこれだけのキャラクターそれぞれの因縁を捌けるのか、いささか心配ではあるのですが…

 しかし先に述べたとおり、スピーディーな展開と派手なバトルは本作の特徴。あと一冊で三千世界最強決定戦と三種の神器争奪戦、その決着をいかにしてつけてみせるのか――ある意味、ここからがこの漫画版の真価が問われるところかもしれません。


『大帝の剣』第3巻(横山仁&夢枕獏 幻冬舎バーズコミックス) Amazon
大帝の剣 (3) (バーズコミックス)


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 「大帝の剣」第2巻 三千世界の最強決定戦開幕!

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2014.10.06

『月に願いを 姫は、三十一』 二つのクライマックスの先に待っていたもの

 静山のもとに某大藩から持ち込まれた依頼。それは上屋敷で百人近くの藩士が死んでいた謎を解いてほしいというものだった。全ての恋に破れ、この事件解決に打ち込む静湖。一方、静山に迫る陰謀の黒幕もいよいよ正体を露わそうとしていた。全ての事件の謎は解けるのか、そして静湖の運命の人は…

 『妻は、くノ一』のスピンオフ、『姫は、三十一』もこの第7作でついに完結であります。
 新年早々、数万年に一度のモテ期到来と占われたのが当たったか、現れるわ現れるわ、一時は十数人もの恋人候補が現れた静湖。自立のために始めた「謎解き屋」としても活躍し、恋に仕事に充実しまくりの毎日であります。

 しかしここに来て、実は占いは間違いだったというとんでもない真実が露呈。そのためか、あれだけいた恋人候補も一人去り、二人去り…と、静湖の周囲から、ほとんど全員いなくなってしまうことに――

 と、シリーズの前提が完全に覆されるというとんでもないヒキで終わった前作。ある意味、これほど続きが気になる作品はありませんが、ラストに来て静湖が挑むのは、シリーズ史上、いや時代ミステリ史上でも屈指の怪事件であります。

 静湖の父・静山から回ってきた事件――それは、某大藩(門が特徴的で、火消しが有名で、北のほうにある大藩)の上屋敷で、実に百人近くの藩士が全て死んでいたという前代未聞の事件でした。

 偶然か、火消しや中間、腰元たちは全て屋敷から離れていて無事であったものの、藩士たちは屋敷の至る所で、ただ一人の生存者もなく息絶え、一体何が起きたのか皆目見当もつかぬ有様。
 金蔵を狙った強盗か藩に恨みを持つ者の復讐か、犯人や手段はおろか、動機すらわからぬ事件に、静湖は翻弄されることとなります。

 一方、静山の方も、かつて(『妻は、くノ一』で)彼が行った幽霊船貿易を逆手に取ったような幽霊船を操る怪人チャーリー・チャンを追うのに忙しい状況。
 幽霊船に松浦家の家紋をつけてわざと幕府の目を引きつけて濡れ衣を着せ、自分たちは異国との貿易を牛耳ろうとする一味の正体は何者なのか、そしてその陰謀を止めることができるのか――こちらもクライマックスであります。


 このように、静湖の挑む事件と静山の挑む事件、本作はいわば二つのクライマックスを持つ作品であります。
 そして正直に申し上げれば、その結末は、いささか呆気ないと言えば呆気ないと言えるかもしれません。

 ある意味○○ミス的な真相が語られる(しかし、そこに至るまでの手がかりの見せ方がまた絶妙なのですが)前者と、いささか理想論に過ぎるような結末を見せる後者――
 厳しいことを言おうと思えば言えるのですが、しかしその気にならないのは、静湖たちキャラクターの面白さが絶妙な緩衝材となっているのもさることながら、二つの事件に、作者なりの批判意識が見て取れる点によります。

 江戸時代の某藩を題材としつつも、現代のどこかを彷彿とさせる舞台。いつの間にか互いに引くに引けなくなり、刃を向けあう男たち――多分に戯画的ではありますが、そこには作者のいまこの時この場所に向けた眼差しがあるのです。


 そしてクライマックスはもう一つあります――そう、静湖にとっての運命の人は誰であったのか?

 それをここで明らかにはしませんが、初めは「えっ、そうなの?」と思わせつつも、ちゃんと計算されていたことがわかってくる仕掛けには脱帽です。
 何よりも、今までシリーズのギャグシーンで機能してきた――そして緊迫感溢れる本作では存在を忘れかけていた――あの要素が、最後の最後で生きてくるのが、実に心憎いのであります。

 慌ただしかった一年も終わり、新たな年に姫を待っているのは…それは間違いなく、前年よりも素敵なものでありましょう。見事な大団円でありました。


『月に願いを 姫は、三十一』(風野真知雄 角川文庫) Amazon
姫は、三十一 (7) (角川文庫)


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2014.10.05

『仙丹の契り 僕僕先生』 交わりよりも大きな意味を持つもの

 再び旅に出た僕僕と王弁一行。旧知の医師・ドルマの故国である吐蕃を目指した一行は、吐蕃王家の御家騒動に巻き込まれる。実は王子だったドルマが出奔し、王が病に倒れたことで、吐蕃は混乱していたのだ古の呪いをかけられた王を救うためには、僕僕と王弁の交わりから生まれる仙丹が必要なのだが…

 久々の『僕僕先生』の長編であります。タイトルには「契り」などとドキリとする言葉が冠されていますが、それもそのはず(?)、本作では僕僕と王弁がつつつつついに交わるというのですからシリーズのスタートから読んでいる人間には大事件なのであります。

 物語の上では前作に当たる『鋼の魂』の冒険の舞台であった程海を離れ、新たな旅に出ることとなった僕僕一行。向かう先は、前作にも登場し、王弁と交誼を結んだ吐蕃人の医師・ドルマの故郷であります。

 程海に二人の仲間が残るという意外な展開があったものの、まずは平穏な旅立ち…になるわけもないのがこの一行。
 吐蕃の国境近くで、奇怪な毒をばらまく怪人の存在を知った一行は、その怪人――人間にして人間を超える力を持ち、厚化粧のオネェであるデラクとの対決を余儀なくされるのでありました。

 からくも戦いをくぐり抜け、国境の街にたどり着いたと思えば、そこで王弁が博打にひっかかってすってんてんに。しかしその胴元には、劉欣と意外な因縁が。
 さらにこの街の守将が斃れた場にいたことであらぬ疑いをかけられた、窮地に陥る王弁。その場を収めたのはドルマ――彼こそは吐蕃の王子だったのであります。

 しかし王としての英才教育を嫌ったドルマが国を捨てて医師となったことで吐蕃は混乱の最中。
 いわば御家騒動に巻き込まれた王弁たちは、ドルマの父であり、いまは病に倒れて弟のバイーに幽閉された王・テムジンを救わんとするのですが、王の身に宿っていたのは、古怪な呪いなのでありました。そしてその呪いの背後には、これまで幾度となく僕僕の前に現れた妖人・王方平の姿が――


 と、デラクや王方平の存在はあるものの、これまでの物語に比べると、比較的地に足のついた本作。
 が、それを一気にひっくり返すのが、王の呪いを解くための手段であります。

 この呪いを解くには、僕僕と王弁がまっ、交わることで生まれる仙丹を用いるしかない。これまで僕僕に惚れて旅を共にしてきた王弁にとっては夢に見た展開なはずですが…
 ここでロリババァ特有のデリカシーのなさに引いた王弁が、ムードがどうのとDT特有の微笑ましい拘りを見せたりしてまたやきもきさせてくれるのですが、それはさておき。

 王弁にとっては、そしてシリーズにとっても一大イベントなこの展開ですが、しかし決して突然のものでもなければ、ラブコメ展開を望む読者のため(だけ)に書かれたものではありません。
 この展開は、これまで物語の中で積み重ねられてきた、王弁というキャラクターの成長があってこそ――いわばその成長の大きなチェックポイントなのであります。

 僕僕とは「縁」がありながらも彼女と同じ仙人になるための「仙骨」がない王弁。当然ながら仙術妖術を使えるわけではなく、劉欣のような武術の達人でもない。薬師としてそれなりに身につけたものはあるものの、あくまでもまだまだ道半ば――
 しかし、そんな「凡人」としか言いようのない彼の存在が、時に人の、仙人の、神すらの心を動かし、小さな、しかし確かな変化を生み出してきたことを、我々は知っています。

 それは主人公補正などというものではなく、あくまでも誰の心にも眠っている、しかしなかなかそれに気づかず、またなかなか起こせない人の心の善き部分を、王弁が必死に、そして自然に働かせているゆえ。
 そんな「偉大な凡人」たる王弁の存在が、彼など及びもつかぬはずの僕僕にも力を与えていることが、そして王弁がそうあろうとしていることが、本作でははっきりと示されているのであります。

 もちろん交わりは大事件ですが、しかし何よりも本作で大きなのは、この点ではありますまいか。


 ちなみに交わりにばかり触れてしまいましたが、本作においては、旅の仲間たちに入れ替わりが生じることとなります。それもかなり大きな形で。
 果たしてこの先、この大きな物語がどこに向かうのか、いよいよ終幕に向かっているような印象もあるのですが、さて――


『仙丹の契り 僕僕先生』(仁木英之 新潮社) Amazon
仙丹の契り 僕僕先生


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2014.10.04

『曇天に笑う』 第1話「三兄弟、曇天に立つ」

 唐々煙の『曇天に笑う』のアニメ版が、先日から放送開始されました。私も原作の大ファンとして、アニメ化は第一報から楽しみにしていたのですが、その第1話は、良くも悪くも原作第1話(第1巻)通りという印象であります。

 時は明治11年、侍の時代は終わり、西洋化の波が日本中に押し寄せている頃――そんな時代についていけず、新政府に対する不満を持つ者たちは後を絶たず、その対策として琵琶湖上に作られた巨大な監獄・獄門処。

 その監獄へ犯罪者たちを連行し、時に脱走した犯罪者たちを捕らえる役目を持つ曇神社の三兄弟――天火・空丸・宙太郎の紹介編とも言える今回ですが、内容的にはその大半が原作第1話(≒第1巻)のままとなっています。
 すなわち、脱走犯を捕らえる天火と、そんな天火に追いつこうと遮二無二努力する空丸、そして新たな脱走犯を追い、傷だらけになって戦う空丸と宙太郎という展開であります。

 冒頭に空丸の夢という形で過去の戦い(原作第1巻に収録されていた過去編『泡沫に笑う』のクライマックス)が断片的に描かれるのと、原作では第2巻の後半にあった天火と牡丹の出会いがここに挿入されるというオリジナルの部分はあり、この辺りは「おっ」となるのですが……
(また、原作よりも微妙に周囲の空丸に対する煽りがキツくなっている点も、この先の展開を考えるとちょっと面白い)

 これは原作を読んだときから思っていることではありますが、この第1話だけを見て、先の展開が予想できるか、興味を持てるかというのは難しいというのが正直な印象。
 天火の女装ネタをはじめとするギャグシーンもいささか唐突な印象は否めませんし、クライマックスが妙にしぶといモブ顔の脱走犯との戦いというのも、やはり印象が今ひとつ。
 ここは思い切ってもっと原作をいじっても良かったのでは、というのはもちろん素人の勝手な言い草ではありますが――
(原作第1巻ではこの後に『泡沫に笑う』が収録されていたのでだいぶ印象は変わってくるのですが)


 何やら非常に厳しい感想になってしまいましたが、これもこのアニメ版に期待しているゆえ……というのは都合のよい言い方になってしまうでしょうか。
 キャスティング的には文句ないところですので、この先の盛り上がりに(本当に盛り上がるんですから!)、そしてアニメならではの味付けに期待いたします。


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 「曇天に笑う」第4巻 残された者たちの歩む道
 「曇天に笑う」第5巻 クライマックス近し、されどいまだ曇天明けず
 「曇天に笑う」第6巻 そして最後に笑った者
 「曇天に笑う 外伝」上巻 一年後の彼らの現在・過去・未来

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2014.10.03

『黒龍荘の惨劇』 驚天動地の残酷ミステリ絵巻

 山縣有朋の影の側近と囁かれる漆原安之丞が、自邸・黒龍荘で首を切断された死体で発見された。漆原の秘書から調査の依頼を受けた探偵・月輪と親友の杉山。黒龍荘に向かった月輪たちが、しかし彼らの監視をあざ笑うかのように、屋敷の住人たちは、童歌に従い、次々と無惨な遺体となって発見されていく…

 明治憲法制定前夜を舞台とした歴史ミステリ『伊藤博文邸の怪事件』でこちらの度肝を抜いてくれた岡田秀文の新作は、前作をさらに上回る奇想のミステリ。ミステリファンから絶賛の声が上がっているのも宜なるかな、というべき快作です。
(以下、気をつけてはおりますが、一部本作の内容に触れかねぬ部分がありますのでご注意下さい)

 前作にも登場した月輪&杉山コンビ(…という表現に引っかかる方もいらっしゃるかもしれませんがそれはさておき)が今回挑むことになるのは、伊藤博文のライバルとも言える山縣有朋と密接な関係を持っていたと言われる怪人物・漆原安之丞が建てた広大な屋敷で起きる連続殺人事件であります。

 一度は役人となったものの、その地位を擲ち探偵事務所を開業した月輪。休暇を利用して彼のもとを訪れた杉山(本作の語り手)は、月輪のもとに持ち込まれた事件の調査に成り行きから同行することになります。
 その事件とは、自宅を出て大阪に向かった漆原安之丞が、東京の黒龍荘で首無し死体として発見されたというもの。早速黒龍荘に向かった彼らは、漆原の秘書と主治医、四人の妾と、座敷牢に入れられた漆原の従兄弟という屋敷の住人たちと対面するのですが、しかしこれはさらなる惨劇の幕開けに過ぎなかったのであります。

 月輪が訪れた翌日に早くも発生した第二の惨劇。それは漆原の故郷に伝わる童歌をなぞるように発生し、その後も惨劇は同様に続いていくのであります。
 漆原の残したという遺言状、彼が過去関わったという国際的謀略事件、彼に恨みを持つ人々の存在――全て謎めいて絡み合う中、月輪は惨劇の進行を未然に防ぐべく奔走するのですが…


 と、洋館という閉鎖環境で発生する、童歌を見立てた連続猟奇密室殺人という、古き良き本格ミステリの王道を行くかのような設定の本作。

 実は比較的地味だった前作に比して、次から次へと起きる惨劇の数々にまず驚かされますが、しかし本作は鬼面人を威すのみで終わるわけではありません。
 事件を彩る謎の数々(ご丁寧に、真相究明の直前に月輪が事件の謎を整理してくれるのですが、その数なんと16!)は、あまりにも豪快な、しかしロジカルといえばロジカルな形できっちりと解き明かされるのであります。

 この犯行スタイルであれば、やっぱりあのトリックでは…と疑うこちらをあざ笑うように死体を量産し、こちらを煙に巻きに巻いた上できっちりと着地してみせるその筆の冴えには、ただただ驚かされるばかり。
 元々ミステリ色の強い作品を幾つも書いてきた作者ではありますが、ここまでやってくれるとは…と大いに感じ入った次第であります。


 …が、不満もないわけではありません。前作がそれなりに時代背景を生かした内容であったのに対して、本作は歴史ものとしての色彩があまりにも薄いのは――それが一種の煙幕と言えばそうなのかもしれませんが――やはり肩すかしを食らったとしか言いようがありません。

 もう一つ、これはあくまでも個人の感覚の問題ではありますが、本作の読後感ははっきり言って最悪であり…何かの宣伝文句のようですが、気の弱い方は手に取らない方が賢明と言えるかもしれません。


 しかし本作の内容は、実はある意味前作と対となっている、とも言えるもの。だとしたら、おそらくあるであろうシリーズ第3作では何を××××るのか――もちろん勝手な想像ではありますが、大いに気になるところであります。


『黒龍荘の惨劇』(岡田秀文 光文社) Amazon
黒龍荘の惨劇


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2014.10.02

『妾屋昼兵衛女帳面 7 色里攻防』 待ち受ける最強の刺客、負けられぬ決闘

 妾屋を掌中に収めんと暴走する吉原惣名主・西田屋が送り込んだ女によって火をつけられた山城屋。さらに刺客と化した忘八が襲いかかり、奉行所までも敵に回る。八重の機転で林出羽守を後ろ盾につけ、逆襲に転じた昼兵衛。しかし卑劣な西田屋は、昼兵衛と新左衛門に対し、最強の刺客を用意していた…

 好調の『妾屋昼兵衛女帳面』シリーズも第7弾、今回は吉原対決編のいわば後編とも言うべき内容であります。
 とある商人の横暴を懲らしめたことがきっかけで逆恨みされた山城屋昼兵衛。この商人が奉行所に手を回し、さらにそこに吉原の惣名主・西田屋が絡んできたことで、事態は決定的に悪化することになります。
 近年の吉原の凋落ぶりを岡場所や妾屋のせいと逆恨みした西田屋は、妾屋を我が物にせんと、暗躍を開始することになります。

 そして本作においては、手段を選ばなくなった西田屋の手によって山城屋が焼失するという非常事態に。さらに被害者であるはずなのに奉行所に連行され、あわや取り調べと称した拷問にかけられかねぬことに…

 これまで旗本や大名はおろか、幕閣を向こうに回して一歩も退かずに戦ってきた昼兵衛と山城屋チームですが、今回の敵・吉原は、命知らずの忘八たちという暴力と、金の力で抱き込んだ奉行所という権力、いわば裏と表から攻めてくるのが恐ろしい。
 もちろん単なる暴力であれば、新左衛門と将左という最強の剣士二人がいるのですが、しかし奉行所がその気になれば、彼らを不逞の浪人として捕らえ、密殺することも不可能ではないのです。

 しかし、それで昼兵衛たちが引き下がるわけはありません。暴力には暴力を、権力には権力を――これまで築いてきた人と人との繋がり、コネと貸しをフル活用して反撃に転じる姿は、いつもながらに痛快の一言であります。
 が…ついに吉原に乗り込んだ昼兵衛と新左衛門を待っていたのは、なおも卑劣な手を用いる西田屋が用意したまさしく最強の刺客なのですが――クライマックスで描かれる、新左衛門とこの刺客の決闘シーンの盛り上がりがまた尋常ではない。

 新左衛門も、相手も、ともに賭けているものは己の命のみではありません。彼が背負っているのは、それと同じくらいに大事な人の命であり、そのために彼らはともに生きて帰らなければならないのであります。
 どちらも決して負けられない戦いを止められることができるのはただ一人昼兵衛のみなのですが…

 そしてそれと並行して盛り上がるのは、昼兵衛と西田屋の対決であります。

 共に女性を飯の種にし、それ故に同類に見られることもありながらも、しかし決して相容れない両者。妾屋が女性たちの意思を尊重しているとすれば、吉原は女性たちを道具として利用する――
 いささか図式的であり、そして妾屋については理想主義的かもしれません。それでも、それでもなお、己の稼業に対する誇りと良心を捨てない昼兵衛の姿はやはり痛快であり、彼に勝って欲しいと心から応援したくなるのであります。

 そしてその気持ちが裏切られることはないわけですが――


『妾屋昼兵衛女帳面 7 色里攻防』(上田秀人 幻冬舎時代小説文庫) Amazon
妾屋昼兵衛女帳面七 色里攻防 (幻冬舎時代小説文庫)


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2014.10.01

『からくり隠密影成敗 弧兵衛、策謀む』 人に隠れて悪を討ち、善の芽を育てる

 公儀隠密の任を解かれながらも、忍びとしての意地から、そして千明と弓乃母子を助けるために市井で暮らす弧兵衛。ある日、阿蘭陀花の投資詐欺に引っかかり怒り心頭の弧兵衛だが、詐欺の被害は江戸中に広がっていた。詐欺集団に一泡吹かせようとする弧兵衛たちだが、敵の背後には忍びの影が…?

 将軍吉宗による御庭番設立により、公儀隠密の身分をリストラされてしまった根来・甲賀・伊賀のはみ出し忍者たちが、隠れた悪を懲らしめる影成敗として活躍する痛快シリーズの第2弾であります。

 絡繰りを遣わせたらその人ありと言われながらも、あっさりとリストラされ、捨て扶持で飼われるのをよしとせず市井に潜った初老の根来忍び・弧兵衛。しかし慣れぬ暮らしに干上がりかけていた彼は、心優しく美しい未亡人・千明とその「娘」・弓乃に救われることになります。

 悪人に狙われていた二人を守ることとなった弧兵衛、そして同じくリストラ忍びの二人――お色気と毒薬を操る元甲賀のくノ一・したたりのお蜜と、美形で剣の達人だが頭はバカの元伊賀忍び・影斬り才蔵――は、なりゆきから影成敗を結成することに…というのが第1作のお話であります。

 いわば誕生編ともいえる前作を受けての第2作で影成敗トリオが挑むのは、江戸を騒がす阿蘭陀花(チューリップ)の投資詐欺。
 必ず値上がりするという口約束に大枚はたいた末に、身投げする人間まで出たこの詐欺にあっさり弧兵衛まで引っかかってしまったのはどうかと思いますが、詐欺で苦しむ人間が、千明たちの周囲にも現れたとくれば黙ってはいられません。

 目には目をと策謀を巡らせる弧兵衛たちですが、しかし彼らの前に立ちふさがるのは、宿敵とも言うべき残虐非道なはぐれ忍び・死能衆。さらにその中には、弧兵衛にとって因縁の人物が――


 と、2作目にして良い意味で安定した内容の本作。第1作の時点でキャラ立ちははっきりしていただけに、弧兵衛たちがやり取りするだけでもうこちらは楽しくなってしまうのであります。

 法で裁けぬ悪を…というのは、これはもう文庫書き下ろし時代小説の世界では定番の一つではありますが、そのチームの個性が際だっているのは何よりの武器でしょう。
 (結果的にバトルになるものの)人々を騙す悪党たちを、さらに上を行く仕掛けで騙くらかすというのも、なかなか粋ではありませんか。

 しかし本作が、本シリーズが何よりも気持ちいいのは、忍びとして誰も信じることなく裏の世界で生きてきた――そしてそんな生き方をあっさりと否定されてしまった――すれっからしの弧兵衛たちが、信頼や愛情といった人間の善き感情に目覚め、ヒーローとして活躍することでしょう。

 忍びとしてみればずいぶんと人間くさい(というよりお人好しな)存在ではありながらも、その気になれば平然と他人を殺し、相手を裏切ってきた三人。
 そんな彼らが、弧兵衛は千明に、お蜜と才蔵は弓乃にベタ惚れしているという、一種の欲得ずくがきっかけではあったものの、「正義の味方」としてチームを組み、少しずつ人間として成長していく姿こそが、もしかすると本作最大の見所なのでは…とすら感じてしまうのです。

 本能だけで生きてきたような才蔵が今回の事件で立ち上がった理由、そして因縁の相手を前にした弧兵衛の選択――それまでであれば決して選ばなかったであろう道を往く彼らの姿は、大げさに言えば、人間性というものに対する一つの希望として、胸を熱くさせるものがあるのです。


 人に隠れて悪を討つ影成敗は、同時に人に隠れた善の芽を育てる――というのはちと綺麗すぎるかもしれませんが、この先も彼らの姿を見守っていたいと思わせるシリーズであります。


『からくり隠密影成敗 弧兵衛、策謀む』(友野詳 富士見新時代小説文庫) Amazon
からくり隠密影成敗 (2) 弧兵衛、策謀む (新時代小説文庫)


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