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2014.10.28

『ばけもの好む中将 参 天狗の神隠し』 怪異を好む者、弄ぶ者

 平安コメディ&ホラーの名手・瀬川貴次の『ばけもの好む中将』シリーズも、本作でめでたく第三作目。今日も怪異を求めてさすらう「ばけもの好む中将」宣能と、嫌々ながら相棒扱いの宗孝のコンビもすっかり板につきましたが、今回はいささか意外な方向に物語は展開していくことになります。

 容姿端麗にして父は右大臣と、非の打ち所のない名家の貴公子ながら、色恋沙汰に興味を持たず、怪異をこよなく愛することから「ばけもの好む中将」と呼ばれる宣能。
 そんな彼に何故か気に入られて、怪異探しに引っ張り回される(十二人の姉がいる他は)いたって平凡な中流貴族の青年・宗孝の受難記とも言える本作ですが、もちろん今回も冒頭から宗孝は宣能に振り回されることとなります。

 都近くで目撃されたという茸の精。巨大な茸に手足がついて踊り出すというユニークな噂に当然ながら気を引かれ、宗孝をお供に颯爽と乗り出す宣能。
 ところが茸を目撃したのは、その山の尼寺で暮らす宗孝の姉、さらに寺に泊まった宗孝も、踊る茸を目撃して……

 という第一話『茸』を皮切りにする本作は全四話構成。
 宣能の友である大の色好みの中将が執心する謎の女性を巡り、何故か宗孝が奔走する第二話、右大臣家の別荘がある山に出現した天狗を巡り、宣能と妹の初草、宗孝が騒動に巻き込まれる第三話、そして宣能の叔母である弘徽殿の女御の過去の秘密が大事件に発展する第四話――

 これまで同様、ここのエピソードは独立しているようでいて、実は一つの物語として繋がっているという、なかなかに凝った構成の作品ですが、やはり目を引くのは、弘徽殿の女御の存在が大きくクローズアップされる点でしょう。

 先に述べたとおり宣能の叔母、つまり右大臣の妹であり、そして帝の女御として三人の子を産んだ一種の女傑たる彼女。
 しかし帝の寵愛は別の更衣に移り、よりによってそれが宗孝の姉であったりするために、宗孝としては大いに苦手とする人物なのですが、今回はその彼女が「天狗」と遭遇することに。

 さらに右大臣家にありながら行方不明となっていた琵琶の名器を巡り、彼女の意外な過去が明らかになって……と、これまである意味悪役扱いだった彼女の意外な素顔が、今回は明らかになるのであります。

 そしてさらに意外なことに、そこに絡むのは宗孝の母と一の姉。彼の十二人の姉は、これまで様々な形で物語に絡み、彼を色々な意味で圧倒してきたのですが、そこに母親(といっても異母姉である一の姉は、宗孝の母とほぼ同年齢なのですが)までも絡むとは……

 おかげで宣能のみならず、女性陣にもこれまで以上振り回される宗孝なのですが、もちろん彼が振り回されれば振り回されるほど物語は面白くなるので、これはもう仕方ない。
 もちろん絶妙に人の悪い宣能にいじられる様も実に楽しく、この辺りはもう作者の緩急つけた、時に暴走寸止めの筆の冴えを、存分に楽しませていただいたところです。
(さすがにコバルト文庫の『鬼舞』シリーズに比べると抑えてはいるものの、今回も「みんな違って、みんないい」「命を二つ持ってきた」など、小技が実に楽しい)

 しかしそんな中でも時折ハッとさせられるようなものが織り込まれるのも作者ならではであります。
 今回の事件の背後で暗躍する者たち――「怪異」を装い、弄ぶ者たちに対して、宣能が冷たい憤りとともに吐き出した言葉は、宣能ほどではないものの「ばけもの好む」身としては我が意を得たりと言いたくなるようなもの。

 簡潔にして当を得た怪異論、ホラー論ともとれるこの言葉は、やはり「ばけもの好む」作者ならではのものでしょう。


 そして一つの事件は解決したものの、その後に残るのは、まさにその怪異を弄ぶ者の存在。
 ある意味宣能の宿敵ともいえるその人物との対決の行方は……と肩肘張るのは本シリーズには似合わないかもしれませんが、怪異を愛する者と怪異を弄ぶ者――その対決の行方も、気になってしまうのであります。


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