『仙丹の契り 僕僕先生』 交わりよりも大きな意味を持つもの
再び旅に出た僕僕と王弁一行。旧知の医師・ドルマの故国である吐蕃を目指した一行は、吐蕃王家の御家騒動に巻き込まれる。実は王子だったドルマが出奔し、王が病に倒れたことで、吐蕃は混乱していたのだ古の呪いをかけられた王を救うためには、僕僕と王弁の交わりから生まれる仙丹が必要なのだが…
久々の『僕僕先生』の長編であります。タイトルには「契り」などとドキリとする言葉が冠されていますが、それもそのはず(?)、本作では僕僕と王弁がつつつつついに交わるというのですからシリーズのスタートから読んでいる人間には大事件なのであります。
物語の上では前作に当たる『鋼の魂』の冒険の舞台であった程海を離れ、新たな旅に出ることとなった僕僕一行。向かう先は、前作にも登場し、王弁と交誼を結んだ吐蕃人の医師・ドルマの故郷であります。
程海に二人の仲間が残るという意外な展開があったものの、まずは平穏な旅立ち…になるわけもないのがこの一行。
吐蕃の国境近くで、奇怪な毒をばらまく怪人の存在を知った一行は、その怪人――人間にして人間を超える力を持ち、厚化粧のオネェであるデラクとの対決を余儀なくされるのでありました。
からくも戦いをくぐり抜け、国境の街にたどり着いたと思えば、そこで王弁が博打にひっかかってすってんてんに。しかしその胴元には、劉欣と意外な因縁が。
さらにこの街の守将が斃れた場にいたことであらぬ疑いをかけられた、窮地に陥る王弁。その場を収めたのはドルマ――彼こそは吐蕃の王子だったのであります。
しかし王としての英才教育を嫌ったドルマが国を捨てて医師となったことで吐蕃は混乱の最中。
いわば御家騒動に巻き込まれた王弁たちは、ドルマの父であり、いまは病に倒れて弟のバイーに幽閉された王・テムジンを救わんとするのですが、王の身に宿っていたのは、古怪な呪いなのでありました。そしてその呪いの背後には、これまで幾度となく僕僕の前に現れた妖人・王方平の姿が――
と、デラクや王方平の存在はあるものの、これまでの物語に比べると、比較的地に足のついた本作。
が、それを一気にひっくり返すのが、王の呪いを解くための手段であります。
この呪いを解くには、僕僕と王弁がまっ、交わることで生まれる仙丹を用いるしかない。これまで僕僕に惚れて旅を共にしてきた王弁にとっては夢に見た展開なはずですが…
ここでロリババァ特有のデリカシーのなさに引いた王弁が、ムードがどうのとDT特有の微笑ましい拘りを見せたりしてまたやきもきさせてくれるのですが、それはさておき。
王弁にとっては、そしてシリーズにとっても一大イベントなこの展開ですが、しかし決して突然のものでもなければ、ラブコメ展開を望む読者のため(だけ)に書かれたものではありません。
この展開は、これまで物語の中で積み重ねられてきた、王弁というキャラクターの成長があってこそ――いわばその成長の大きなチェックポイントなのであります。
僕僕とは「縁」がありながらも彼女と同じ仙人になるための「仙骨」がない王弁。当然ながら仙術妖術を使えるわけではなく、劉欣のような武術の達人でもない。薬師としてそれなりに身につけたものはあるものの、あくまでもまだまだ道半ば――
しかし、そんな「凡人」としか言いようのない彼の存在が、時に人の、仙人の、神すらの心を動かし、小さな、しかし確かな変化を生み出してきたことを、我々は知っています。
それは主人公補正などというものではなく、あくまでも誰の心にも眠っている、しかしなかなかそれに気づかず、またなかなか起こせない人の心の善き部分を、王弁が必死に、そして自然に働かせているゆえ。
そんな「偉大な凡人」たる王弁の存在が、彼など及びもつかぬはずの僕僕にも力を与えていることが、そして王弁がそうあろうとしていることが、本作でははっきりと示されているのであります。
もちろん交わりは大事件ですが、しかし何よりも本作で大きなのは、この点ではありますまいか。
ちなみに交わりにばかり触れてしまいましたが、本作においては、旅の仲間たちに入れ替わりが生じることとなります。それもかなり大きな形で。
果たしてこの先、この大きな物語がどこに向かうのか、いよいよ終幕に向かっているような印象もあるのですが、さて――
『仙丹の契り 僕僕先生』(仁木英之 新潮社) Amazon
関連記事
「僕僕先生」
「薄妃の恋 僕僕先生」
「胡蝶の失くし物 僕僕先生」
「さびしい女神 僕僕先生」
「先生の隠しごと 僕僕先生」 光と影の向こうの希望
「鋼の魂 僕僕先生」 真の鋼人は何処に
「童子の輪舞曲 僕僕先生」 短編で様々に切り取るシリーズの魅力
| 固定リンク
コメント