『金田一耕助VS明智小五郎ふたたび』(その二) 名探偵でも打ち克てぬ闇
芦辺拓『金田一耕助VS明智小五郎ふたたび』の紹介の続きであります。昨日はTVドラマ第2弾の原作となった『明智小五郎対金田一耕助ふたたび』を取り上げましたが――実は個人的に、より強く興味をそそられたのは、本書に収録されたもう一つの対決もの、『探偵、魔都に集う――明智小五郎対金田一耕助』です。
第二次大戦で南方に配属される前、大陸で負傷し、上海の病院に入院していた金田一。そこでミステリがきっかけで親交を深めた士官・大道寺に誘われるまま、夜の上海歓楽街に出かけた彼は、そこで大道寺が何者かに殺害され、首を切り取られるという事件に遭遇することになります。
当然ながら事件の重要参考人として憲兵に引っ張られた金田一を救ったのは、当時軍属として上海で極秘任務に当たっていた明智。
彼によって一度は窮地を逃れた金田一は、さらなる冒険の末に、事件のトリックを暴くのですが…
これで四度目の対決となる両者ですが、言うまでもなく本作の最大の特徴は、舞台となるのが上海――日本が泥沼の戦争に向かう直前の上海であることでしょう。
まずこの舞台で両雄を並び立たせるというシチュエーションの妙に舌を巻かされることは言うまでもありませんが、しかし何よりも印象深いのは、金田一が巻き込まれた事件の真相、いやその背後にあるものであります。
大道寺を殺したのは何者なのか。そして何故彼は奇怪な形で殺されなければならなかったのか…? その謎は、もちろん名探偵の手により見事に解き明かされることになります。
しかしその謎の先に蟠っていたもの、その事件を引き起こしたものは、まさしく時代の闇と呼ぶしかない存在。たとえ事件の謎を解くことができても、その闇の前にはあまりに無力な名探偵の存在が、彼らの存在自体が否定されていった時代背景と相まって、強烈な印象を残すのです。
(そしてもちろん、本作における作者の視線の先に何があるか――それは言うまでもないことでありましょう)
対決ものの二作品ばかり取り上げてしまいましたが、本書にはその他、短編三作品が収録されています。
遊学先のアメリカから帰国途中の金田一がもう一人の名探偵と出会う「金田一耕助meetsミスター・モト」。主人公たる「あたし」が出会った者たちを描く番外編的掌編「物語を継ぐもの」。そして作者の生み出した名探偵・森江春策が、金田一の未解決事件の謎に挑む姿を美しいノスタルジーを交えて描く「瞳の中の女異聞――森江春策からのオマージュ」。
ミステリとしての完成度はもちろんのこと、大いなる敬意と愛を忘れずに、大先輩たちが生み出した名探偵たちを題材として作品を成立させてみせる――いかにも作者らしい、趣向を凝らした作品揃いと言うべきでしょう。
これだけの作品をものするのは筆舌に尽くしがたい苦労があるのではないかとは思うのですが――しかし読者としては、「みたび」を期待してしまうのも、もちろん正直な気持ちであります。
『金田一耕助VS明智小五郎ふたたび』(芦辺拓 角川文庫) Amazon
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