『当世白浪気質』第2巻・第3巻 彼が見つけた本当に美しいもの
杉山小弥花が終戦直後の東京を舞台に描く美術品泥棒と霊感美少女のラブコメ活劇……などという言葉では到底くくれない『当世白浪気質』の第2巻・第3巻(最終巻)の紹介であります。
シベリア抑留から帰還し、焼け野原から復興を始めた東京で美術品泥棒として稼ぎ始めた小悪党・虎之助(トラ)。ある山奥の村にお宝探しに出かけた彼は、成り行きからそこで狼神の嫁(=贄)とされる定めの美少女・千越を救い出し、やむなく共同生活を始めるのですが……
という基本設定は、第2巻以降も変わることはありません。
脳天気で女にだらしない、しかし千越には妙に堅い態度を取るトラと、人ならざる霊能を持ちながらも、人として女として少しずつ成長していく千越――
そんな二人の、バディとも家族とも恋人とも違う、そしてそのどれでもである関係が、終戦直後の混沌とした世界の裏側を描く物語として、そしてラブコメとしてキレイに落とし込まれて展開していくのには、今回も感心させられました。
そして本作のキモの一つである、その終戦直後の世界を舞台にした美術品もの、盗賊ものとしての題材も実に面白い。
特にGHQや経済やくざが追う日本の存亡がかかっているというアイテム争奪戦を描く「麦秋の嘆」、共産主義の学生が手に入れ公安警察が追うアイテムの正体を追う「結び目を断て」など、トラたちが追い求めるアイテムの正体を伏せたミステリ的展開が良いのであります。
その一方で、泥棒ややくざだけでなく、進駐軍や公安、政治家や新興宗教家等々、終戦直後のアンダーグラウンドに蠢く魑魅魍魎を描く部分は、色々な意味でハラハラさせられたのもまた事実であります。
この辺り、政治や社会といった「大人の」世界に対して、千越が知識を持たなさすぎることから、トラの主張が一方的に語られる感があるためかとは思いますが……
(こういう比較は好きではありませんが、その点『明治失業忍法帖』はうまくバランスが取れていると感心)
しかし本作の最大の魅力が、移ろいゆくトラと千越の関係性にあることは間違いありますまい。
ともに死すべき運命から辛うじて逃れ、しかしそれ故にこの世界に寄る辺なき二人――そんな二人が強く惹かれ合い、しかしそれ故にこそ距離を置こうとする。そんな面倒くささは、ラブコメの世界では珍しいものではないように感じますが、しかしここで本作ならではの設定が生きる。
戦争前後の現実を見続け、そして美術品泥棒として様々な美に接する中で、この世にあり得べからざる天上の美を求めるトラ。そんな彼が初めて見つけた美の結晶が、千越だったのであります。
千越を求める心を持ちつつも、それが満たされることは千越の不変性を損なうことであり、またそんな千越であって欲しくない。せめて自分以外の手であればあきらめがつくものを……
そんなトラの想いは、純情といえば純情、そして身勝手といえば身勝手。しかし本作で積み上げられてきた物語には、そんなトラの姿を簡単に笑い飛ばすことも、非難することもできない重みがあるのです。
そしてそのトラが魂の遍歴の末に最後に見つけた「本当に美しいもの」とはなんであったか――それを知ったときには、ただ涙させられた。
そしてまた2003年4月7日、二人が同じ空を見上げていたことを、心から祈っている次第です。
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