『風魔外伝』(その二) そして風は未来に吹く
宮本昌孝の快作『風魔』の前日譚・後日譚を集めた短編集『風魔外伝』の紹介後編であります。今回紹介する残り3話は、いずれも本編より後の物語。小太郎が姿を消した後、残された人々は……
『闇の甚風』
徳川幕府の体制も固まりつつある慶長18年(1613)を舞台とした本作は、タイトルから察せられるとおり、小太郎の周りにいた三人の甚内――庄司甚内、鳶沢甚内、そして神坂甚内の物語であります。
かつて北条家の臣として氏姫の側に仕え、北条家滅亡後は吉原の名主という新しい道を歩んだ庄司甚内。一度は風魔の反逆者につきながらも、小太郎に心服して腹心の配下となり、後に古着屋街の主となって江戸風魔の活動を支えた鳶沢甚内。そして元武田家家臣であり、我欲のために数々の悪事を働き、小太郎たちと激闘を繰り広げた隻腕の極悪人・神坂甚内。
神坂甚内の設定こそ大きくアレンジが加えられていますが、彼ら三甚内は、この時代の江戸時代で知られた実在の人物であり、そして風魔との繋がりが噂された点でも史実どおりであります。
そうなると先の展開もある程度予想できてしまうのですが(というよりも本編のラストで簡単に触れられているのですが)、本作は彼ら三甚内が繰り広げる江戸の裏社会での死闘と背中合わせに、大久保長安や本多正信らが演じる幕府の表舞台の権力闘争が描かれるのが実に面白い。
小太郎なくとも風魔は死なず、と言いたくなるような痛快な一編であります。
『姫君りゅうりゅう』
江戸と大坂の開戦目前となった慶長19年(1614)に展開する本作の中心となるのは、何と氏姫の娘・褐姫であります。
小太郎によって守り抜かれ、喜連川家に嫁した氏姫ですが、結局は政略結婚。家庭的にはあまり幸福ではないように見えつつも、しかしそれで黙っていないところは変わらぬ氏姫らしさなのですが――
その氏姫の気性そのままに、そこらの剣士では及びもつかぬ剣術の腕を身につけたのが褐姫なのであります。
当然、周囲の人間を振り回しまくる彼女が首を突っ込んだのは、喜連川家を巡る御家騒動。
大人たちの、男たちの醜い思惑が渦巻く騒動の中で破邪顕正の太刀を振るう褐姫の活躍も楽しいのですが、そこに巻き込まれた庄司甚内の客分にして謎の剣士・岡本小四郎を巡るエピソードもまた面白い。
思わぬ因縁の果てに飛び出す超有名人の名には、ただただ仰天であります。
『南海の風(ロム)』
そして時は流れ、小太郎と対峙した家康も既に亡い寛永元年(1624)を舞台とする最終話は、遠くシャムはアユタヤ王国から幕府への使者として遣わされた若者たちの姿が描かれます。
このエピソードばかりは、内容に深くは触れませんが、かつて小太郎たちが活躍した時代は過去となり、日本がただ窮屈なばかりの国と変わっていく姿と対比して、世界に羽ばたく次代の若者たちの姿が印象に残ります。
(そしてあまりの豪快さに仰天必至のある「真実」も!)
混沌の時代の中で、権力者に屈することなく己の自由を貫いた男を描いた『風魔』の物語もここで完全に終わったのだと寂しく思う一方で、風は未来に吹くことをもまたはっきりと示してみせる、結びに相応しい物語であります。
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