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2014.11.12

『鯉と富士 修法師百夜まじない帖』 怪異の向こうの「誰」と「何故」

 北から来た盲目の美少女修法師・百夜が付喪神に挑む『修法師百夜まじない帖』シリーズも順調に巻を重ね、早くも第3弾であります。この巻に収録されているのは、web連載で発表された6話と、書き下ろし1話の全7話であります。

 津軽でイタコの修行を積み、江戸に出てきたである百夜。兄弟子であるゴミソの鐵次同様、優れた霊能力を持つ彼女は、江戸に出てくると修法師(祈祷師、まじない師の類)稼業を始めることとなります。
 その力を見込んだ大店の主が後見的な立場となり、その手代・左吉を押し掛け助手とした百夜は、江戸で相次ぐ怪事件に挑むのですが、何故か毎回、その怪異の陰には付喪神の存在があって……

 という基本設定の連作短編集である本作ですが、今回もその構造は変わりません。
 『三ツ足の亀』『旅の徒然』『五月雨拍子木』『一弦の奏』『翁の憂い』『鯉と富士』『壺幽霊』と、7つのエピソードいずれも、左吉が持ち込んできた依頼を、百夜が解決していくというスタイル。

 しかしいかに百夜が優れた力を持つとて、彼女は力任せに怪異を祓い、粉砕するのではありません。
 修法師たる彼女が行うのは、怪異の陰にあるものが何であり、そして何故、どんな想いの下で怪異を起こしたのか……それを探り、その想いを晴らすことであります。

 なるほどイタコの力を持つ修法師として相応しいこの対処でありますが、見方を変えればこれはミステリにおけるフーダニット、ホワイダニットの解明と同じもの。
 そんな謎解きの面白さが、本作の大きな魅力であることもまた、これまでと変わることはありません。

 その一方で、変わってきた印象のあるのは百夜の存在感。常人ならざる力を持ち、見かけは美少女でありながらも武張った侍言葉で喋り、仕込み杖で戦う――立ちに立ったキャラであるものの、ちょっと近寄り難い部分もある彼女ですが、シリーズが進むにつれ、ぐっと人間らしい……というかコミカルな部分が出てきた印象があります。

 謎解きの際に勿体ぶるところもそうですが、本作では、付喪神ではなく、本来の専門分野である人の亡魂が起こしたと思われる事件を前に「よしっ! 張り切って参るぞ」とテンションを上げて臨んだりと、なかなか楽しい。
 彼女に比べれば軟弱そのものの左吉とのやりとりも、ポンポンとテンポよく魅力的であり、相手が付喪神ということもあって、さらりと読める良い意味での軽さが魅力的なのです。


 ……が、そこで油断していたところに、ガツンと重い一撃を喰らった印象になるのが、巻末の書き下ろし作品『壺幽霊』であります。
 何となくコミカルな印象を受けるタイトルとは裏腹に、ある晩、道一面に地面に半ば埋まった壺が――という、本作に登場する怪異の姿の奇妙さ・理不尽さ・恐ろしさ(この辺りの呼吸は、以前も触れたかと思いますが、実話怪談作家としての顔も持つ作者ならではかと)は、本シリーズの中でも随一の迫力があるのですが、しかし真に重いのは、その正体でありましょう。

 ここでは触れませんが、なるほどこれであれば……と深く納得させられるその正体は、同時に現代の我々の世界においても、決して遠いものではないと感じさせられるもの。そしてこの怪異がここで現れた原因を、我々の周囲に当てはめてみれば、また別の意味で慄然とさせられるのであります。


 怪異を、伝奇を描きつつも、それに加えてもう一つの視点ともいうべき場所から現実を見据え、描き出す作者の筆は、今回も健在なのであります。


『鯉と富士 修法師百夜まじない帖』(平谷美樹 小学館文庫) Amazon
鯉と富士 修法師百夜まじない帖 巻之三 (小学館文庫 ひ 12-3)


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