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2014.12.10

『くノ一秘録 3 死霊の星』 妖星堕つ、そして第三の死霊

 信貴山城を舞台とした戦いにおいて、松永久秀と筒井順慶がそれぞれ繰り出す死霊の兵同士の激突は地獄絵図を生み出す。さらに御所を襲う狐憑きの群れ。そんな中、久秀の平蜘蛛の釜奪還を命じられた蛍と青蛾は、信貴山城に潜入する。夜空に彗星――弾正星が輝く下で繰り広げられる決戦の行方は……

 風野真知雄による仰天の戦国ウォーキングデッド、『くノ一秘録』の三ヶ月連続刊行もこれでラスト。突如戦国の世に出現した不死身の「死霊」を操る松永久秀と、虫愛ずる少女くノ一・蛍の最後の激突が描かれることとなります。

 彼の下に父・富蔵とともに松永久秀の下に潜入した際、久秀によって父を殺しても死なぬ死霊に変えられ、信長に仕える母・青蛾、光秀に仕える侍・入舟丈八郎とともに、死霊の秘密を探る蛍。
 しかし同じ頃、久秀の宿敵である筒井順慶も、久秀とはまた別種の死霊と化し、同類を次々と増やしていたのであります。

 そして信長に反旗を翻した久秀と、信長軍の先鋒として出陣した順慶の激突が始まるのですが――それはすなわち、殺しても死なぬ死霊同士の、いつ果てるとも知れぬ戦いの始まり。
 周囲の軍も手をこまねく中、地獄絵図は続くのですが……

 と、前作の紹介でも触れましたが、ゾンビ時代劇が少なくない中でも、非常に珍しい、組織化されたゾンビ兵同士の戦いが正面切って描かれることとなった本作。
 死なない者同士が戦うということは、いつまでも戦いが終わらぬということ。この地獄絵図を終わらせるには……と、様々な作戦が立てられるのも面白いのですが、すさまじいのは冒頭で描かれる、信長による文字通りの死霊の解剖。

 捕らえてこられた久秀方と順慶方、それぞれ異なる「生態」を持つ死霊を手ずから解剖しながら、その生物学的特徴を逐一記録させていく信長の姿は、死霊を新たな一つの(いや二つの)生命系として描こうとする本作独特のスタンスを象徴するものと申せましょう。

 しかし物語はまだまだエスカレートしていきます。この戦いと平行して描かれるのは、第三の死霊ともいうべき「狐憑き」たちの跳梁。
 前作でも顔を見せていた彼ら狐憑きは、やはり殺しても死なぬ肉体を持ちながらも、他の死霊とはまた異なる生態を持ち――しかし同様に、人間を餌食に増殖していく存在なのであります。

 その狐憑きの大群が御所を襲撃する場面は、本作の見せ場の一つでありますが――いやはやここまで来ると「奇書」という言葉すら頭に浮かびます。


 さて、そんな本作のタイトルは「死霊の星」――死霊大名・松永久秀が滅びるのと同時期に天に輝いていた彗星、弾正星を「一つには」指すものであります。

 その弾正星が輝く下、信貴山城を取り囲むように張り巡らされた蜘蛛の巣の上で、久秀と青蛾・蛍母娘が繰り広げる死闘は、いわば久秀編とも言うべきこの三作のクライマックスに相応しいものでありましょう。

 しかし真に恐るべきは、「死霊の星」に込められたもう一つの意味であります。
 ここでその内容は述べませんが、そこまで踏み込んでしまうか!? と言いたくなるようなそれは、本作が時代小説というよりもホラー、ホラーというよりもSFの文脈で、いやそのすべてを合わせた上で語るべきものかもしれないと感じさせられるのです。
(ちなみに何となく『フェイズⅣ 戦慄! 昆虫パニック』を思い起こさせる台詞も……)

 そしてこの不吉な言葉を裏付けるように、新たに登場する死霊武将。
 果たしてこの戦いに終わる日が来るのか――いや、恐ろしくも魅力的な死霊の存在同様、そうそう簡単に終わりを迎えることなくこの物語が続いていくことを、本作を読めば祈らずにはいられなくなるのです。


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