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2014.12.31

『独眼竜の忍び 伊達藩黒脛巾組』下巻 敗者たちの希望の物語

 奥州で勃発した葛西大崎一揆の背後で激しくぶつかり合う伊達の黒脛巾組と徳川の伊賀忍者。伊達家を取り潰さんとする徳川の陰謀に敢然と立ち向かう袰部の小源太らの戦いを描く『伊達藩黒脛巾組 独眼竜の忍び』の下巻であります。次々と繰り出される敵の奸計の前に窮地に陥る伊達家の運命は……

 小田原征伐後のいわゆる奥州仕置をきっかけに、新たな体制に不満を抱く地侍や百姓たちが起こした葛西大崎一揆。その背後には、一揆を煽り、さらに伊達家がそこに関わっていたという証拠を捏造せんとする伊賀の忍びたちが関わっておりました。
 もちろんこれは関東から虎視眈々と天下を狙う家康の奸計。これに立ち向かうのは、伊達家に仕える忍びたちの中でも精鋭ぞろいの黒脛巾組――頭領の小源太以下、七人の達人たちであります。

 一揆が激化するのと平行して、蒲生氏郷ら、秀吉子飼いの政宗に対する目は冷たくなるばかり。一揆勢との戦闘、伊賀忍びとの暗闘、そして政治の場での苦闘……伊達家を巡る情勢は悪くなっていくばかりの中、果たして小源太に、そして政宗に反撃の目は――


 これは時代小説、歴史小説にとってやむを得ないことではありますが、史実を知ることが、イコール物語の先を指し示すことになります。その意味ではこれからここに書くことは物語の核心に触れかねぬことではありますが、史実ということでご勘弁いただきましょう。
 さて、その史実とは――これはあえて上巻の紹介では触れずに来たことではありますが――政宗と葛西大崎一揆の関わりであります。

 この一揆、実は政宗が陰で煽動していたという説が有力。奥州仕置で領地を奪われた政宗が一揆を起こさせて新しい領主を追い払い、そして一揆を鎮圧して領地を回復させようとする――そんな筋書きであります。
 一見荒唐無稽に見えますが、政宗から一揆勢に送ったという書状なるものが見つかり、政宗が一揆鎮圧の最中に秀吉に召喚、評定の場に引き出されたのは史実。少なくとも周囲から政宗がそういう目で見られてことは間違いありません。

 そしてそんないわば自作自演の一方で、伊達軍が一揆鎮圧中に非戦闘員までも撫斬りにしたということも相まって、この一揆、下世話な言い方をすれば政宗のDQN伝説を彩るエピソードとして後世に残っているのであります。
(評定に向かう際、キリストの真似をして磔台を引きずっていったというのもまたその印象に輪をかけます)

 さらに一揆鎮圧後、政宗が領地の交換(実質的没収)を受けたことを考えれば、政宗の意図がどうであったにせよ、結果だけ見れば政宗は「負けた」と言えるように思われます。


 が、あくまでもそれは結果だけを見ての話であります。事件の真相は何であったのか。戦いの陰で何が行われていたのか。あり得た(より悪い)別の結末があったのではないか――
 変えられない「史実」に対した時、結果は変えず、その陰にある過程を描いてみせることで、「真実」を浮かび上がらせてみせる。時代小説には、なかんずく時代伝奇小説には、そんな「敗者の希望」ともいうべきものが籠められています。

 その意味ではまさに本作はその希望を描き出す作品であります。
 次々と仕掛けられる陰謀により戦局は混迷し、政宗の悪名は高まるばかり。そして待ち受けている結末が「敗北」である中で、小源太たち黒脛巾組はいかなる働きを見せ、最悪の結果を変えてみせたのか……本作で描かれるのは、それであります。

 そして忘れてはならないのは、蝦夷や安倍氏、藤原氏と、奥州という地が、歴史的に見れば常に敗者となる地、敗者が住まう地であったことでしょう。そして作者が、常にその敗者の側に立ってきたことも。
 そう考えてみれば、この時代の奥州の王とも言うべき伊達政宗も確かに敗者であり、そして作者の描く物語、敗者の希望の物語の中心にあるに相応しい存在なのであります。


 正直に申し上げれば、史実は上に述べたとおりゆえ、すっきりしないものは残ります。
 しかし、ここに描かれる誇り高き敗者の姿と、彼らの抱いた――そしてその一端は後に実現されることとなる――希望を思えば、胸に強いものが残るのも事実。

 この先、政宗が、伊達家が、奥州が辿る運命が激動の連続であることは、史実が示すとおりであります。
 だとすれば、その陰に如何なる希望があったのか……この後に続くであろう物語は、それを描くものになるはずであり、そしてその内容を考えることは何とも心ときめかせることなのです。


『独眼竜の忍び 伊達藩黒脛巾組』下巻(平谷美樹 富士見新時代小説文庫) Amazon
伊達藩黒脛巾組 独眼竜の忍び (下) (新時代小説文庫)


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2014.12.30

『僕僕先生 零』 逆サイドから見た人と神仙の物語

 神話の時代、炎帝・黄帝・西王母の三神が育む天地に、異変が発生するようになっていた。この事態を解決するため、人間の姿に変えられた水の神・拠比と、彼の相棒の料理の仙人・僕僕は、全ての始原である「一」の破片探しを炎帝から命じられる。不自由な人間の体で旅する二人の前に待つものは……

 このブログでもこれまで欠かさず紹介してきた中華ファンタジー『僕僕先生』の、タイトル通りエピソードゼロに当たるのが、本作であります。

 本編の舞台となるのは唐代でありますが、しかしこれまでのシリーズの中でほのめかされてきたのは、この時代に至るまでの遙かな時間の中に、起きた数々の戦いと、その中で僕僕と関わってきた神仙たちの存在。
 いずれそれも語られるであろうと思っておりましたが、本作のように一種独立した形で、というのは少々意外かつ、大いに興味をそそられるところであります。

 そしてまず驚かされるのは、本作の主人公となるのが拠比――『先生の隠しごと』の中で、僕僕にとっては長年忘れ得ぬ男(ひと)であったあの拠比である点です。
 その時点で期待は非常に高まるのですが、さらに驚かされるのは、彼と対になる存在であり、冒険の旅の相棒となる僕僕が、拠比の食べるものを作るために生まれた料理仙人である、という設定であります。

 その過去については本編でわずかに触れられているところですが、『さびしい女神』においては、今の美少女の姿とはうって変わった恐るべき姿を見せた僕僕。
 しかし本作で描かれるのは、それらとはまた異なった――しかし紛れもなく僕僕だと納得させられる――彼女の存在であります。
(この辺り、本編との微妙なキャラクターの描き分けが見事)

 そしてユニークなのは、彼らが人間の姿形、そして人間の生理を与えられている点でしょう。
 本来は人とは全くかけ離れた姿と能力を持つ神仙たち。拠比自身もその一員として水を自在に操り、そして大剣を自在に振るう剣士として知られた存在であります。
 しかし今の彼は――そして相棒の僕僕は――炎帝のある意図により、人間の体に入れられているような状態。神仙としての力は相当に弱まり、そして何よりもすぐに「空腹」に悩まされる存在なのです。

 そして他の者は神仙・人間を問わず大喜びで食べる僕僕の料理を、彼のみはおいしいと思えない、という設定がまた面白いのですが……


 さて、そんなスタートの時点でエピソードゼロとしてはかなりポイントの高い本作でありますが、その物語の内容は、いかにも作者らしいスタイル――どこか暢気に旅する主人公たちが、天地の秩序・世界の再編を巡る争いに巻き込まれるという展開です。

 天地に住まうものを次々と創造を続ける炎帝、天地に秩序を与えようとする黄帝、そして彼らの間にあって作り出された存在を生み殖やす西王母――
 原初以来、三神の営みによって作り出されてきた天地に、あり得べからざる異変が生じたことが物語の発端。はその打開のために旅立つ拠比と僕僕ですが、彼らの旅する先では、人という新たな存在を生み出した黄帝が何やら不穏な動きを……

 そんな物語は、正直なところ、まだまだ本作の時点ではプロローグ、本編とは繋がるものの全く異なる(すなわち馴染みのない)、よりファンタジー色の強い世界設定の紹介編という印象はあります。

 しかし本作からは、シリーズ本編で、そして作者の作品の多くで描かれてきた人と人以外の存在の関係性の物語――そしてそれは人自身の存在を見つめ直すものでもあるのですが――を、裏側から描こうという試みが感じられるのであります。
 そしてそれは非常に新鮮で、そして魅力的に感じられるのです。


 エピソードゼロである以上、物語の帰結は、本編で断片的にせよ描かれたそれと異なるものではありますまい。それを思えば、燭陰や黄帝など、主人公二人以外に登場する面々も懐かしい……というより切ない気分にさせられるところであります。

 しかし、そこにあったものが果たして悲しみだけであったのか。それ以外の希望――今もなお僕僕の中にあり、彼女を動かしているであろうもの――もまた、必ずそこにあるのではないか。
 そんな期待を胸に、描かれざる物語の続きを待ちましょう。


『僕僕先生 零』(仁木英之 新潮文庫nex) Amazon
僕僕先生 零 (新潮文庫nex)


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2014.12.29

『鬼舞 見習い女房と安倍の姉妹』 新展開!? 何故か女装×3

 今年もコミカルな平安ホラーで活躍した瀬川貴次、そのオンゴーイングの人気シリーズ『鬼舞』も、今年第一部とも言うべき「呪天」編が完結し、そして主人公・宇原道冬たちの過去の因縁を巡る物語も語られました。さて、いよいよ第二部突入、と思いきやこのタイトルは一体――

 というわけで、何だかタイトルの時点で恐ろしい予感しかしない本作は、いわば番外編エピソードであります。

 中宮の周囲で頻発する怪異。夜、何者かが燭台の火を消し、そしてそこに現れる金色の目……呪天の引き起こした事件の爪痕もようやく癒えてきた陰陽寮に、この怪異解決の依頼が舞い込むことになります。
 しかし問題は先方からの指名が冬路――女装した道冬であったこと。以前中宮の周囲で起きた事件を解決した際、潜入捜査のために女童に化けた道冬は、中宮たちからすっかり気に入られていたのであります。

 そして今回事態をややこしくするのは、その彼について、安倍晴明の二人の息子――吉平と吉昌の兄弟までも女装して協力すると言い出したこと。かくして見習い女房と安倍の姉妹が、中宮に潜入することに……


 というわけで、もうこのあらすじ以上に言うべきことはない――というのは少々乱暴ですが、まあ女性読者サービスと申しましょうか、そういう展開であります。
 いやいやいや、普通の男の子は女装した友達や先輩にぼうっとなったりしないから! という男性視点の常識的なツッコミは野暮というものでありましょう。

 もちろん大変な展開ではありますが、その展開をそれなりに納得させた上で(何故安倍家の兄弟が自ら女装すると言い出したか、など)、さらにややこしくも楽しい展開を用意してみせるのは、作者ならではでありましょう。
 特に以前の巻から引っ張ってきた、冬路が何故か気になるようになってきたイヤミな暦得業生の大春日、さらに冬路を見初めた帝(!)などのシチュエーションももちろんフル回転、いやはや、男としては設定に若干引きつつも、コメディとしての楽しさには感心であります。

 さらに言えば、怪異の正体――というか何故灯りを消すのか、というその理由も明かされてみれば何とも可笑しく、さらに「フィクションもいいけど現実もね!」的なメッセージまで見せてくるのには、良い意味で呆れた次第です。


 その気になれば(?)深刻な展開になる材料は色々とある本シリーズではありますが、もちろん本作のようなコミカルな展開も大きな魅力。
 来年待ち受けているであろう新展開の前に、こういう話もアリ、でしょう。


『鬼舞 見習い女房と安倍の姉妹』(瀬川貴次 集英社コバルト文庫) Amazon
鬼舞 見習い女房と安倍の姉妹 (コバルト文庫 せ 1-54)


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2014.12.28

『お伽もよう綾にしき』第4-5巻 二人の想いの先の救い

 室町時代を舞台に、もののけを操り世を乱さんとする怪人と、ヒロイン・鈴音との対決を描く『お伽もよう綾にしき』の後半2巻の紹介であります。初めは単なる御家騒動と思われた一件もスケールアップ、しかし鈴音の側にも頼もしい味方が登場することになります。(以下、多大なネタバレを含みます)

 伊摩の国の守護代が亡くなったことにより起きた御家騒動。偶然、幼い当主を救った鈴音は、「ととさま」こと新九郎が残した笛から現れた「おじゃる様」とともに当主を襲うもののけたちと対決、事件の背後で糸を引く妖術使い・現八郎を追い詰めていくこととなります。

 しかしここで意外な真実が明かされることとなります。
 現八郎が骨から甦らせ、自分の手駒として使っていた美女・八重。実は彼女の正体はかつて妖術で人々を苦しめた末に退治され、遺骸を封印された妖女であり、現八郎は彼女に一度殺された上で操られていたのであります。

 その事実を知った現八郎は前非を悔い、かつての親友であり、10年前の対決で天狗界に落とさんとした(この辺りのセンスは伝奇的に実に見事で痺れます)新九郎を己の命と引き替えに復活させることに。
 そして復活早々、新九郎は諸悪の根源たる八重と激突――!


 と、いきなりもの凄い盛り上がり方で始まる第4巻ですが、しかしこれ以降の展開に比べればまだまだ序の口であります。
 優れた修験者である新九郎の力を持ってしても苦戦を強いられる八重の力と彼女の新たな野望。苦境の中で新たな絆を育む鈴音とおじゃる様。そして新九郎に味方するのは――
 このような表現はあまりよろしくないかと思いますが、物語はクライマックスの大決戦に向け、むしろ少年漫画的盛り上がりを見せていくこととなります。

 しかしその一方で、濃やかな心情描写も並行してしっかりと描かれていくのが本作の一番の魅力であることは間違いありません。
 その最たるものは、鈴音と新九郎の関係性でありましょう。

 幼い頃に「ととさま」と慕いつつも、実は鈴音と新九郎の年齢差は10歳ばかり。そして人の世と時間の流れの違う天狗界と人間界の狭間にいた新九郎にとっては、この10年間の時間はなかったも同然であります。
 ということは今この時、二人はほとんど同じ年。鈴音は幼い頃からの憧れの人との再会に胸をときめかせ、そして新九郎は美しく成長した鈴音に戸惑いを隠せず……

 と実に微笑ましくも、二人にとっては悪霊との戦いよりもある意味深刻なこの関係性の変化。特に鈴音にとっては、彼が「ととさま」なのか「新九郎様」なのか、自分自身でも戸惑うばかりであります。
 そんな二人が、それぞれの想いとどのように向き合うのか、というラブコメ的展開の先に待っているものは――おお、そうかこの境地であったか、と頷かされること請け合いの展開。

 一歩間違えると抹香臭くなりかねないクライマックスを、素直に納得させてくれるのは、キャラクターたちの特異な背景事情の設定と、そこからの(一種ラブコメ的な)彼女たち自身の成長、そして伝奇的な物語の展開――この三つが見事に絡み合い、美しい救いの姿を描き出しているからでありましょう。

 本当に遅ればせながら、読むことができてよかった……そう感じられる作品であります(連載形態等、紆余曲折を経た作品らしいので、一気に読めたことは幸いかもしれませんが……)


 そして本作には続編、その名も『お伽もよう綾にしき ふたたび』が。既に5巻目が刊行間近と出遅れてしまいましたが、今度はしっかりとリアルタイムで物語を見届けたいと思います。


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2014.12.27

『モノノ怪 海坊主』下巻 動かぬ絵に込められた真

 七年ぶりに帰ってきた薬売りが魔の海の謎に挑む『モノノ怪 海坊主』もいよいよ大詰め。廻船「そらりす丸」を襲う怪現象の数々、そこに込められたある因縁の真を、薬売りが解き明かしたその先に待つものは……

 航路を外れて竜の三角なる魔域に入り込んだことにより、様々なアヤカシや怪現象に襲われるそらりす丸。この巨船に乗り合わせた面々――加世、幻殃斉、兵衛、源慧、菖源らがただ翻弄されるばかりだった中で、一人飄然とこれに対するのは、言うまでもなく謎の薬売りであります。

 相手の最も恐れるものを読み取り、本人に突きつけるアヤカシ・海座頭の前に、さしもの彼も……と思いきやあっさりとこれを切り抜けた薬売り。
 いよいよ一連の怪現象の背後に潜むモノノ怪の形と理、そして真を解き明かさんとする薬売りの前に現れたモノは――


 と、物語自体は、原作たるアニメ版と全く変わらぬ本作。当然、原作を何度も観ている私のような人間にとってはある意味お馴染みの内容なのですが、それでも本作はやはり十分に魅力的に感じられます。

 その理由の一つは、言うまでもなく本作の物語――なかんずく、ここで解き明かされる「真」の内容でありましょう。
 冒頭で述べたとおり原作は7年前の作品ではありますが、未見・未読の方のため、ここで詳しくは触れません。

 しかし、一度解き明かされたかに見えた真――それ自体は十分に納得できるものでありながら、それは真ではなく、その裏側に真の真が、さらにそこにもう一つの真が加わることによって、初めて物語の全貌が見えるという構成の妙があることは、触れざるを得ますまい。
 そしてその構成が、この漫画版にとっては前作(アニメにおいては前の前のエピソード)に当たる『化猫』とは正反対の、ある意味対になる構造であることもまた、大いに唸らされるものであります(おそらくはこの場に『化猫』にも登場した加世がいることも、当然計算されたものでありましょう)。

 しかし、原作の力以上に今回魅力をさせるもう一つの理由は、漫画としての本作の完成度でありましょう。
 物語のみならず、ビジュアル面においても原作を忠実に再現してみせた本作。それがどれだけ困難なことであるか――騙し絵めいた構図と様々なモチーフが組み合わされた画面構成を見れば、それは瞭然であります。

 しかし、単純に見た目を引き写せばそれで事足れりとなるわけでは、もちろんありません。その理由は単純なこと――あくまでもアニメはアニメ、漫画は漫画であり、漫画にはアニメのような動きも音もないのですから。

 しかし、本作はそれでもなお、原作と同じものがここにあると感じさせてくれます。
それは漫画としての力――動きも音もない、しかし止め絵と台詞、そして擬音、その組み合わせの中から、確かに動きと音が感じ取れる……そんな力に本作は満ちているのであります。

 それを可能とするのは、構成の妙はもちろんのこと、それだけではなく、絵――動かぬ絵だからこそ込められる人の想いがそこある故でありましょう。

 キャラクターたちのほんのわずかな表情――それは動かぬ絵だからこそ、より明確にそこに込められた想いが示されるように感じます。
 少なくとも、全てが終わり、源慧に向ける幻殃斉と加世の眼差しの暖かさ――それを描き出しただけでも、この漫画版の価値はあったと感じさせられます。


 そしてモノノ怪は討たれ(アニメでも話題となったあのラスト、ここでも忠実に再現されたラストはさておき)、一つの物語は終わりを告げます。
 が、その先には新たな物語が――

 そう、来年も次なるエピソードが漫画化される『モノノ怪』。
 正直に申し上げて、色々な意味で難しい題材ゆえ、次のエピソードが漫画化されるとは思っていなかったのですが、しかし上に述べた漫画としての絵の力を考えれば、むしろ次こそは漫画化されるべき物語なのかもしれません。

 三度見参の蜷川版薬売り、次も期待しないわけにはいきません。


『モノノ怪 海坊主』下巻(蜷川ヤエコ 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon
モノノ怪-海坊主- 下 (ゼノンコミックス)


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2014.12.26

『信玄の首』 戦い続ける忍者の血みどろ成長絵巻

 三方ヶ原の戦で武田信玄に大敗した徳川家康。これまで武士として家康に仕えていた服部半蔵正成は、主から忍者として信玄暗殺を命じられる。伊賀の援軍・楯岡道順らを加え、計画を練る半蔵。しかし信玄の周囲には、真田の忍者集団・六文銭が待ち受けていた。次々と仲間たちが斃れていく中、半蔵は……

 エンターテイメント色が強い、というよりバトル色の強い時代小説を書かせたら当代有数の書き手と言うべき矢野隆の最新作は、『ランティエ』誌に連載された忍者ものです。
 主人公は服部半蔵正成――その名を戴いた者が数ある中でも最も有名な半蔵。そして彼が狙うのがタイトルのとおり、武田信玄の首と相成ります。

 その人生でも最悪の敗戦ともいえる三方ヶ原の戦の直後、浜松城に籠もった家康。打開の糸口も見えぬ戦いに、家康が最後の希望を託したのが半蔵でありました。
 これまで父や兄と道を違え、武士として生きてきたものの、この敗戦で兄を失い、服部家を継ぐこととなった半蔵。彼は戸惑いながらも主を救うため、伊賀の援軍である楯岡道順ら4名を加え、8名のチームで信玄の首を狙うことになります。

 しかしその信玄を守っていたのは、真田幸隆配下の忍者集団・六文銭の怪忍者たち。業平・遍昭・喜撰・黒主・文屋・小町――六歌仙の名を冠した忍びたちが、半蔵らの前に立ち塞がることとなります。
 かくて始まる8対6の死闘の行方は……


 と、物語的には極めてシンプルなトーナメントバトルである本作。当然ながら、そこで展開されるのは、達人同士の華麗な戦いなどではなく、血で血を洗う潰し合いとなります。
 尤も、忍者同士の異能の秘術合戦を期待すると一部を除いて意外と地味ではあり、その辺りを期待するとちょっと肩すかしを食う部分は否めません。

 しかしそんなこともあまり気にならなくなるのは、矢野節とも言うべき血みどろの成長絵巻が、本作においてもしっかり展開されている点でありましょう。

 上に述べたとおり、元々は武士として家康の力となることを望んでいた半蔵とその配下。しかしその想いは突然の敗戦により覆され、待っていたのは忍者の頭領としての責務と主君の重い期待でありました。
 果たして己は忍者として敵に打ち克つことができるのか、頭領として配下の命を預かるのに相応しいのか。六歌仙との死闘の中で、半蔵は幾度となく壁にぶつかり、苦しむこととなります。

 そしてその姿を描くことこそ作者の真骨頂と言えましょう。
 自分は何のために戦うのか。生き延びるためなのか、果たすべき目的のためなのか、それとも――それを知ることは、すなわち、己が何のために生きるのかと同義。
 そのために己の心と体に無数の傷を負い、血を流し続けながらも戦う若き魂の姿が、ここにはあります。


 正直なところ、クライマックスの展開については――どんでん返しに大いに驚かされたものの――厳しく言ってしまえば一種のご都合主義とも言えるかもしれません。
 しかしそこに描かれたものが、そこに至るまでの物語全てを経験した上で初めて到達した半蔵の魂の輝きだというのであれば、それは確かに受け止めるべきものでありましょう。

 こうした点も全て含めて、本作は実に作者らしい作品であり――作者もまた、これまで同様に走り続けてきたのだな、とも感じた次第です。


『信玄の首』(矢野隆 角川春樹事務所) Amazon
信玄の首

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2014.12.25

『池田屋乱刃』 歴史のうねりに巻き込まれた男たちの姿に

 これまで戦国もの中心に活躍してきた伊東潤が幕末を舞台として描いた本作の題材は、タイトルのとおり「池田屋事件」。幕末もの、それも新選組ものでは必ず題材となる事件でありますが、本作の主役となるのは、襲撃を受けた志士サイド……五つの異なる視点から事件を描く連作集的作品であります。

 池田屋事件についてはあまりに有名な事件ゆえ、ここでその内容には触れませんが、幕末ものでは、「新選組が池田屋で不逞浪士と戦い、勝利した」という扱いがほとんどと言ってもよいのではありますまいか。

 しかしもちろん、斬られた側にも(そして生き残った側にも)それぞれの想いが、生き様があることは言うまでもありません。
 全五章から成る本作は、一章に一人ずつ、志士サイドの人物のドラマが描かれることとなります。

 新選組のスパイとして志士たちの間に送り込まれながら、次第にその熱に感化されていく福岡祐次郎。
 坂本龍馬とともに海の向こうに想いを馳せ、蝦夷地開拓を志しながらも同志のために命を賭ける北添佶摩。
 吉田松陰と熱い想いを交わし、その遺志を胸に、最後の最後まで志士としての生き様を貫いた宮部鼎蔵。
 将来を嘱望され、官吏として生きる道を歩みながらも師・松陰の言葉を捨てられなかった吉田稔麿。
 たまたま長州藩京都留守居役であったことから事件に翻弄され、桂小五郎に冷や飯を食わされた乃美織江。

 出身も身分も、その胸に抱いた想いも全く異なる五人それぞれの視点から、比較的短い時間に起きた一つの事件が描かれるというのは、いかにも作者らしい物語構造でありましょう。
 前のエピソードでのある描写が、次のエピソードでは別の意味を持って描かれるなど、小説として凝った構成も実に面白く、「読ませる」作品であります。
(この辺り、実は本書の収録順と、雑誌での発表順が正反対という、一種の逆回し撮影的手法なのも面白い)


 しかし――ここで白状してしまうと、私は幕末ものでは幕府びいきと申しますか、志士の言う「志」というものを、どうしても一歩引いて見てしまう人間であります。
 そんな身としては、本作で描かれる志士の生き様というものに今一つ感情移入できないのではないか……と読む前は考えておりました。

 しかしそんな人間でも思わず我が身に照らして読まされてしまう――そして、読者それぞれに、感情移入できる人物がきっといる――のが、本作の恐るべき点でありましょう。
 それを可能たらしめるのが、先に述べた、一つの事件を、全く異なる立場の様々な人物の視点から描くという本作の構造にあることは言うまでもありません。

 例えば私の場合、福岡祐次郎の一種アナクロニズムに溢れた物語はどうにも受け付けなかったのですが、本来はここで死ぬべきではなかった吉田稔麿の、そして何よりも「志」などというものとは無縁の凡人であった乃美織江の物語には大いに感情移入させられた次第です。
(特に吉田稔麿のエピソードは、時系列をばらばらに描きつつも一つの物語として収束させるという技法的にも感心)

 もちろん本作の中心には、明日のこの国の姿を夢見つつ、非業の運命に殉じた人々の「志」があることは言うまでもありますまい。
 しかしそれに留まらず、本作に描かれているのは、より普遍的な人間な姿――すなわち、自分ではどうにもならないような巨大な歴史のうねりに飲み込まれながらも、必死に生きる人々の姿なのではありますまいか。

 それだからこそ、本作は誰が読んでも必ずや心を動かされる物語なのではないかと感じた次第。
 勤王派も佐幕派も読むべし、と言っては大げさにすぎるかもしれませんが……


『池田屋乱刃』(伊東潤 講談社) Amazon
池田屋乱刃

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2014.12.24

『血もしたたるいい男 晴れときどき、乱心』 怪人いや怪物乱入の大混戦

 大騒動の末、何とか長崎に到着した作之進(実は源之丞)一行。早速阿片窟に入り浸る源之丞の前に現れた異国の美青年・左丹は、源之丞の魔人の血を狙う吸血鬼だった。左丹から源之丞を奪還せんとする青海だが、物理法則を超越する左丹に歯が立たない。さらに混戦の中、作之進が目覚めるが……

 二重人格の青年武士を主人公としたサイコサスペンスかと思いきや、実は狂人と奇人だらけのスラップスティック(血みどろ)コメディだった『晴れときどき、乱心』シリーズ。
 一体この先どうなるのか、ある意味最も心ぱ……いや気になるシリーズの最新巻であります。

 お人好しで気弱で無垢な作之進と、傍若無人で下品で人斬りの源之丞。一つの身体に二つの精神が宿るようになってしまった二人(?)は、源之丞の類稀な剣の腕に目を付けた医師、実は裏の顔は忍者の青海の計で、長崎に向かうことになります。

 その途中、島原で首のない亡霊の一件に巻き込まれた一行は這々の体で長崎にたどり着いたものの、その混乱の中で身体の主導権を得た(気絶するごとに精神が入れ替わるという法則なのであります)源之丞は、狡猾にも作之進のふりをして長崎に上陸。
 身体を奪われた作之進は、自分の精神世界の中に閉じこもって暢気に暮らすように……と、大変なんだか収まるところに収まったのか何とも言えぬ状況から始まる本作ですが――
 まあ無事に済むわけがありません。

 長崎と言えば遊郭、かどうかはわかりませんが、早速足を運んだ源之丞を待ち受けていたのは、遙か昔に我が国を訪れていた異国の吸血鬼・左丹と、彼と行動を共にする謎の怪老女(その正体はなんと……)。
 かつてかの織田信長の血を吸って、天保年間の今まで生きながらえてきた丹左、じゃなかった左丹たちは、信長を超える魔人の力を持つ源之丞の血を狙っていたのであります。

 が、それを許す青海ではありません。自分が目を付けていた源之丞を奪う者は殺す、とばかりに左丹に襲いかかる青海ですが、しかしガチガチの現実論者である彼にとって、歩く超常現象ともいえる吸血鬼は水と油。
 自らの存在の危機にまで瀕した青海、そして最悪のタイミングで目を覚ましてしまった作之進の運命やいかに……


 というわけで、ついに吸血鬼まで飛び出してきた本シリーズ。
 二重人格の殺人鬼やら鴉の将軍やら天草の亡霊やら、今までも奇っ怪な連中が暴れ回ってきたシリーズゆえ、冷静に考えればそれほど意外ではないのかも知れませんが、しかしその実力は本作でも最強クラスの源之丞と青海を向こうに回して引けを取らぬ、文字通りの怪物であります。

 そんな怪物を相手に、超人的とはいえあくまでも人間の主人公たちがいかに勝利を掴むか……と、普通の作品ではなるところですが、そうはいかない、というよりそれには留まらないのが本作。
 何しろ登場人物ほとんど全員が、自分勝手な理屈で動き回る(その最たるものが、脳内竜宮城でフラフラしている作之進なのですが)本作だけに、シリアスかと思えばギャグに、ギャグかと思えばシリアスに、全く油断がならないのであります。


 ……が、これまでこのシリーズに親しんできた身にとっては、この珍味こそがたまらない魅力。
 この設定、このストーリーならこうなるだろう、というこちらの予想を超えた展開に、ニコニコしながら振り回されるのが、本シリーズの楽しみ方ではありますまいか。

 ――といいつつも、さすがにこればかりは全く予想もできなかった状況(まさかあの人物がこんなオチのために使われるとは)で終わる本作。
 これまで以上に、「どうするんだこれ……」としか言いようのない結末の先に何が待つのか? 楽しみというか心配というか、その複雑な気持ちがもはやクセになっているのであります。


『血もしたたるいい男 晴れときどき、乱心』(中谷航太郎 廣済堂モノノケ文庫) Amazon
晴れときどき、乱心 血も滴るいい男 (廣済堂モノノケ文庫)


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2014.12.23

『大樹 剣豪将軍義輝』第3巻 颯爽いや悽愴の少年期の終わり

 前の巻からかなり間が空いた印象がありますが、宮本昌孝の『剣豪将軍義輝』の漫画化『大樹 剣豪将軍義輝』の待望の続巻です。都を巡る複雑怪奇な政治力学に翻弄されてきた義藤(義輝)が知った、重く悲しい過去の秘密とは――

 大樹(将軍)に就任したものの、その地位は名ばかり、管領・細川晴元と細川氏綱の争いと、それに乗じて勢力を伸ばす三好長慶(そしてその下の松永久秀)に翻弄され、文字通りの都落ちを余儀なくされる義藤と父の義晴。

 そんな中、義晴が何者かに襲撃され、義藤は捕らえられたその下手人と対面するのですが、相手が語り始めたのは、義藤自身の過去とも無縁ではないある真実でありました。
 幼い頃の義藤がなついていた侍女・お玉。どこかに縁付いたと聞かされていた彼女が辿った運命を知った義藤の想いは……


 宮本作品といえば、まず思い浮かぶイメージは「颯爽」の一言なのですが、この巻で描かれる物語は、むしろ「悽愴」と言うに相応しい印象があります。
 あまりに大きな力のうねりに巻き込まれて無惨に散った人々の存在と、そしてそれに自分の父が関わっていたという事実。そして何よりも、それを自分だけが知らなかったという悔恨……

 陰影に富んだ画も相まって、重い印象の残るこの巻のエピソードではありますが、しかしそれが義藤が少年から青年になるための、一つの通過儀礼と言うべきものであることは間違いありますまい。
 そして何よりも、剣豪将軍義輝という光が輝くために、彼が自らが――己が意識していなかったとしても――背負っているもの、自らの周囲にある闇の存在を知るこは、不可欠と言えるでしょう。


 そんなわけでなかなかに読み応えのある巻なのですが、ただ一つ気になってしまうのは、作中の文章量の――文章で示される情報量の多さであります。
 正直に申し上げて非常にややこしい時代背景、そしてそれが物語の展開と密接に関わることを考えれば、ある意味仕方がないことかもしれませんが、漫画というより絵物語的なスタイルにすら感じられるのは、やはりどうかな、とは思います。

 剣戟シーンの迫力や、成長した熊鷹のキャラクターデザインなど、漫画としても魅力的な部分が少なくないだけに、やはり勿体ないと感じる点ではあります。


 と、この巻のラストではついに義藤が義輝に、そして霞新十郎に! というわけで、この先、いよいよ「剣豪」部分がクローズアップされることになるのでしょう。
 より凜々しい姿となった義輝=新十郎の姿に、この先の物語を期待するなというのが無理でありましょう。
 あとは、次の巻が少しでも早く読めることを祈るばかりであります。


『大樹 剣豪将軍義輝』第3巻(東冬&宮本昌孝 徳間書店リュウコミックス) Amazon
大樹-剣豪将軍義輝- 3 (リュウコミックス)


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2014.12.22

『百万石の留守居役 四 遺臣』 新米留守居役、ついに出番!?

 今年も大活躍した上田秀人の今年最後の作品は、個人的にいま最も先の展開が気になるシリーズである『百万石の留守居役』の第4巻であります。加賀藩に激動をもたらした四代将軍家綱が死去し、一難去ったものの再び迫る危機。いまだ見習い留守居役の主人公・瀬能数馬にいま出来ることは……?

 死の床にあった家綱と大老・酒井忠清の策により藩論を二分する状況になった加賀前田家。その渦中に巻き込まれたことで、数馬は「堂々たる隠密」と言われる家老・本多政長の娘婿となり、異例の若さで江戸留守居役に抜擢されることとなります。
 しかしいかな麒麟児とはいえ、留守居役は全く未知の世界。さらに数々のしきたりに縛られた上、(役目柄必要とはいえ)妾宅を持つことを命じられたり……と、剣戟とは別の苦難の連続であります。

 しかし個人の思惑とは全く別に動き続けるのが政治の世界であります。
 堀田正俊が館林綱吉擁立に成功したことで、権力の座から転落することが確定的となった酒井忠清。そんな彼の最後の執念による無謀とも思える策の影響が、全く思わぬ形で加賀藩を苦しめることになるのです。


 藩の存亡に関わるような緊急事態において、一個人が――それもお役目についたばかりの若造が――それを打開するだけの力を発揮することができるのか?
 普通に考えれば否であります。これが(他の上田ヒーローのように)特命を与えられ、他に役目を果たせる人間がいないのであればともかく、数馬は加賀藩の留守居役としてone of themに過ぎないのですから……

 が、そんな中で、本作は巧みな状況設定により、数馬の活躍の場を提示してみせるのが何とも心憎いところであります。

 正直なところ、前巻から本作の前半辺りまで、あまり良いところのなかった数馬ですが、(中盤の複数vs複数での剣戟シーンでの指揮ぶりは溜飲が下がりましたが)本人の意図せざる理由でとはいえ、極めて重要な交渉の場に立たされ、そこで一歩も引かぬしたたかさを見せるのが何とも痛快。
 尤もその結果はまだ出ていないのですが、しかし本シリーズの一つの方向性がここに提示されている印象があり、大いに興味をそそるのです。

 そしてまた、彼とはある意味表裏一体のような存在とも言えるキャラクター、小沢の存在も面白い。
 加賀藩の留守居役でありながら、悪事の発覚を恐れて裏切り、堀田正俊の留守居役に収まった男という、設定的にはおよそ小物であるこの人物が、一種数馬の宿敵として存在感を見せているのは本シリーズならではでしょう。

 この小沢をはじめとして海千山千の面々を相手に、数馬がどこまで存在感を見せてくれるかが、これまで色々な意味で気になっていたところですが、どうやら安心して彼の活躍を楽しむことができそうだとわかったところで、次なる巻が待ち遠しいところであります。


『百万石の留守居役 四 遺臣』(上田秀人 講談社文庫) Amazon
遺臣 百万石の留守居役(四) (講談社文庫)


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2014.12.21

『お伽もよう綾にしき』第1-3巻 もののけと少女と青年と

 幼い頃からもののけにまとわりつかれる少女・鈴音は、守護代・百原家の跡継ぎ一行が奇怪なもののけに襲われている場に出くわす。鈴音が危機に瀕した時、十年前に行方不明となった「ととさま」・新九郎の形見の笛から、公家姿の男が出現、もののけを打ち払う。その男の顔は新九郎と瓜二つだった……

 まことに恥ずかしながら白状すれば、伝奇もの、室町もの好きを自称しているくせに、つい先日まで本作を読んでおりませんでした。
 ベテラン・ひかわきょうこが約10年前から4年間にわたり『LaLa』『MELODY』に連載した、ファンタジックな妖怪もの活劇であります。

 舞台となるのはおそらく室町時代末期(登場人物の言で細川政元の飯綱の法への言及があるので)。
 ヒロイン・鈴音は幼い頃から人に見えないものが見え、もののけたちに何かとまとわりつかれる体質であった彼女は周囲から疎まれる毎日であったのですが、ある日彼女の前に現れた青年修験者・日高新九郎が彼女の運命を変えることとなります。

 人並み外れた験力と正しく優しい心を持つ新九郎は、鈴音の身を守り、正しく力を使わせるべく、護身の法を教えることに。そして鈴音は、そんな新九郎に父の姿を見て「ととさま」と呼ぶことに……(といっても二人の年の差は十歳程度なのですが)。
 が、その新九郎は当時伊摩の国を騒がせていたもののけ騒動を鎮めるため、陰で糸を引いていた妖人・大木現八郎と対決。国は平和となったものの、新九郎の行方は知れず、十年の時が流れ……


 というのが本作の基本設定。本編では、成長した鈴音が伊摩の国の守護代の座を巡るお家騒動に巻き込まれ、もののけを操る敵と対するうちに、自分の力に目覚め、そして新九郎の行方を求めて冒険を繰り広げることとなります。

 このメインストーリー自体は比較的シンプルな展開(基本的にはアタック&カウンターアタック)なのですが、しかしそこに散りばめられた種々の謎や、濃やかなキャラクター描写が実に楽しいのであります。

 その謎の最たるものが、鈴音を護って戦う公家姿のもののけ「おじゃる様」(鈴音命名)であります。
 もののけに襲撃されている跡継ぎ一行を守ろうとしたものの、力及ばず追い詰められたとき、新九郎の形見の笛から出現したおじゃる様。
 そこらのもののけなど及びもつかぬ持ち、鈴音を抱えて自在に空を飛ぶ(この辺り、登場人物が言及しているように細川政元の逸話を思わせます)強力な彼の顔は、何故か新九郎と瓜二つであり、彼自身、自分の名前も過去も思い出せない状況にあります。

 果たしておじゃる様と新九郎の関係は、そしてそもそも何故新九郎は姿を消したのか?
 物語はこの点を中心に大きく動いていくのですが、いやはやこれがこちらの予想を大きく上回る展開で実に面白い。
 物語が進んでいくにつれ、敵側にも意外な事情が発覚、そしてまたそれが物語に大きなうねりを……という辺りは、ベテランのストーリーテリングの妙と言うべきでありましょうか。

 そしてもちろん、少女漫画らしい鈴音と新九郎の関係性の変化も何とも微笑ましく楽しいのですが……


 とりあえず最初の巻だけ様子見で……などと思っていたところが全く止まらず、第3巻まで読んでしまったところですが、この巻のラストでまた一気に物語が大きく動き、これはのんびりしている場合ではない、と早速残り2巻にも手を出そうとしているところであります。

 本当に今頃でお恥ずかしいところではありますが……


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お伽もよう綾にしき 第1巻 (花とゆめCOMICS)お伽もよう綾にしき 第2巻 (花とゆめCOMICS)お伽もよう綾にしき 3 (花とゆめCOMICS)

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2014.12.20

『独眼竜の忍び 伊達藩黒脛巾組』上巻 昂然たる忍びたち、徳川の奸計に挑む

 小田原征伐に遅参したことで秀吉から減封処分を受けた伊達政宗。密かに天下を狙う家康は、配下の伊賀忍者を奥州に送る。これに対して政宗は配下の袰部の小源太ら精鋭忍者部隊・黒脛巾組に阻止を命じる。しかし時既に遅く、奥州で勃発する一揆。果たして小源太たちは更なる陰謀を阻止できるか……

 今年もユニークな時代小説を数々送り出してきた平谷美樹の今年最後の作品が、本作『伊達藩黒脛巾組 独眼竜の忍び』です。
 これまで御庭番を主人公とした『採薬使佐平次』シリーズはありましたが、本格的な忍者もの、それも末期とはいえ戦国時代が舞台ということで期待が高まるところであります。

 さて、そんな本作の主人公は、伊達政宗に仕える凄腕の忍者・袰部の小源太。元は奥州の雇われ透波が母体の荒脛巾組の出身ですが、その腕を買われ、若くして伊達家最強の精鋭忍者集団・黒脛巾組の頭となった青年です。
 政宗とは同じ年にして初陣を共にし、傍若無人ながらも濃やかな情を持つ政宗とは、一種友情に似た想いで繋がれた主従であります。

 さて、伊達家の黒脛巾組は、伊達政宗の影の戦力として活躍したと言われ、しばしば時代ものにも登場する忍者集団。
 脛巾とはすね当てのことですが、彼らは黒革の脛巾を目印としていたのがその名の由来であり、なんとも「伊達者」の語源である伊達家の忍びらしいと感じられます。

 彼らの実際の活躍がいかなるものであったかは、半ばフィクションのベールに包まれて不明ではありますが、本作においては、荒脛巾組のほか、足軽系・修験者系の三つの系統の忍びを束ねて設立されたという設定であります。

 その黒脛巾組の(物語としての)デビュー戦となる本作の題材は、葛西大崎一揆……というのは、しかし、最初個人的には少々意外に感じました。
 秀吉の奥州仕置で改易となった葛西氏・大崎氏の旧臣や、新領主である木村吉清・清久父子の苛政に反発した農民たちが起こした一揆、という表面的な知識だけでは、何やら小規模に感じられるのですが……これがその内実を見てみれば、なかなかに(この表現はいかがかと思いますが)面白い。

 地侍たちは言うに及ばず、当時の農民たちは、まさに秀吉の刀狩りが示すように、容易に武装集団となりかねない時代。そんな彼らの起こしたこの一揆は、一揆というよりも反乱、戦と言った方がふさわしいような規模だったのですから。
 さらにその鎮圧に当たった側も、政宗と蒲生氏郷という因縁の相手同士(奥州仕置で政宗の旧領に入ったのが氏郷であります)ということで、こちらも一触即発なのであります。

 そして本作において、その一揆や政宗と氏郷の対立の影で暗躍していたのが、家康側の伊賀者――というわけで、ここに展開するのは激しい局地戦と同時に忍び同士の熾烈な暗闘となります。
 『義経になった男』や『風の王国』でも示されているように、元々作者は合戦場面――それもいささかトリッキーな要素のある――を描くのが得手。そこに忍者同士の武と武、智と智の激突が加わるのですから面白くないわけがない。

 そして何よりも気持ちよいのは、小源太をはじめとする忍者たちに、その立ち位置的な暗さとは無縁の、奔放不羈の気概が感じられることでしょう。

 武士の下に位置づけられ、蔑まれることの多かった忍者。それは本作でも例外ではなく、そしてその中でも雇われ者の荒脛巾組は、さらに下に見られる者たちであります。
 しかしそれでも、いやそれだからこそ、小源太たちは決してそんな周囲の目に屈することなく、己自身の力を信じ、昂然と顔を上げて生きるのであります。
 そしてその姿勢は、彼の主たる政宗のそれとも重なるものがあることは言うまでもありません。

 この上巻では徳川方の奸計に後手後手に回っていた感もある彼らですが、果たして逆転の目はあるのか。その気概を貫くことができるのか。
 それを見届ける同時発売の下巻に、すぐに取りかかっているところであります。


『独眼竜の忍び 伊達藩黒脛巾組』上巻(平谷美樹 富士見新時代小説文庫) Amazon
伊達藩黒脛巾組 独眼竜の忍び (上) (新時代小説文庫)

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2014.12.19

『暴れ日光旅 大江戸無双七人衆 』 一気呵成の顔見世興行

 今年もほぼ月一冊以上という破格のペースで文庫書き下ろし時代小説を発表してきた早見俊の新シリーズであります。スピード感溢れる表紙が気になって手に取ってみれば、これが真っ正面からのチャンバラ大活劇でありました。

 主人公・大道寺菊千代は、両親の顔も知らぬまま鞍馬山で修行を積んできた青年武士。しかし恩師から江戸は寛永寺の南光坊天海を訪ねよと言われたその晩、師は謎の忍者集団に殺され、わけもわからぬまま江戸に出ることとなります。
 何とか辿り着いた江戸で対面した天海が彼に命じたのは、江戸の治安を守るという役目――島原の乱が終結し、表面上は天下太平になったように見えても、その背後で悪事を企む者たちはまだ無数にいたのであります。

 天海の下にいたのは、そんな悪人を退治してきた豪の者たち――
 比叡山出身の薙刀使いの荒法師・剛峻
 剣の達人だが女装趣味の美男旗本・清野陣十郎
 火薬使いの少年忍者・弥吉
 拳法使いで大食らいの明国人・陳宗文
 雑賀党の流れを汲む鉄砲使い・孫三郎
 天海の腹心の女忍び・梢

 これら個性豊かな面々の束ねを命じられた菊千代は、大江戸鬼門党の名を与えられたチームとして活動を開始するのですが……その初仕事となるのは、風魔小太郎、そして明石全登という、江戸で暗躍する二つの悪党退治。
 どちらも戦国時代の終わりとともに姿を消したと思われていた両者は、それぞれ残党を率いては数々の悪事を働いているというのであります。

 そして彼らとの戦いの背後には、豊臣家の隠し財宝の存在が。さらにその在処を握るのは、菊千代自身だというのですが……!


 と、相当にテンションの高いストーリーですが、物語展開もそれにふさわしく冒頭から一気呵成に展開。とにかく活劇また活劇で、クライマックスの日光での決戦までアクションまたアクションです。
 おかしな表現かもしれませんが、良い意味でお行儀の悪い展開と言いましょうか、とにかくアクションを見せたいんだ! という想いが伝わってくる内容であります。

 個人的にはプロフェッショナルたちのチームものが大好きということもあって楽しませていただいたのですが、しかし残念な点もあります。
 まず菊千代をはじめとするキャラクターの造形が甘めな点。特に菊千代の場合、いきなり戦いの渦中に放り込まれて大変なのはわかりますが、今ひとつしゃっきりしないキャラクターで、ところどころで見せる甘さが好感にあまり繋がらないのが残念であります。

 また構成の方も、中盤で物語の中心となる仕掛けの種を明かしてしまうのが(まだその先があるとはいえ)もったいない。ラストのどんでん返しも、どう考えても意外性はなく……


 と、期待している分、辛めの評価となってしまうのですが、今回は顔見世興行といったところでしょうか。
 この勢いにキャラとストーリーがガッチリ噛み合えば、相当面白い存在になることは間違いないのですから――


『暴れ日光旅 大江戸無双七人衆 』(早見俊 新潮文庫) Amazon
暴れ日光旅: 大江戸無双七人衆 (新潮文庫)

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2014.12.18

『怪談と名刀』 人と刀と魔性とが織りなす怪談奇談

 名刀には逸話がつきものですが、その刀の名が高ければ高いほど、その逸話が神秘的なものとなるのはある意味当然の成り行きかも知れません。本書はタイトルのとおり、そんな名刀にまつわる逸話――それも怪談奇談ばかりを集めた書、昭和十年に出版されて以来、初の復刊となります。

 本書の著者・本堂平四郎は、明治2年に生まれて前半生は警察官として活躍。警視庁時代には、時代ものファンにもお馴染みのスリの大親分・仕立屋銀次を逮捕するなどの活躍があったとのことです。
 この人物、後半生はそれ自体が一個の小説となりそうなほどの波乱に富んだものなのですが、晩年は文人、そして刀剣研究家として生を送ったとのこと。その成果がこの一冊と見て間違いありますまい。

 そんな著者による本書は、冒頭に述べたとおり、名刀にまつわる怪談奇談を述べ、各話の末尾にその名刀の由来・特徴を語るというスタイルでまとめられています。
 実は原版は全51編のところ、今回の復刊では、約半数の28編が収録されているとのこと。全話揃っての復刊ではないのは残念ではありますが、原版には怪談以外のエピソードも含まれており、それらをオミットしたとのことなので、まずやむを得ないことかもしれません。

 そんなわけで本書に収録された28編ですが、その大半が、人と妖怪怪獣との闘争を描く物語なのが凄まじい。
 もちろん刀は武具であり、その威力の大なるを示すに、人外の魔性を相手にするのはむしろ当然の成り行きかもしれませんが、昨今の小説にあるような人間と妖怪の心温まる交流などはほとんど全く存在しない、実に殺伐とした世界観が貫かれているのは逆にすがすがしいのであります。
(いくら人外とわかったからといって、自分と楽しい時間を過ごした俳友を叩き斬るなよとは思いますが……)

 名刀奇譚といえば東郷隆『にっかり 名刀奇談』が思い浮かびますが、なるほどこれだけ人間vs人外の闘争をまとめたものは、確かに珍しいかもしれません。


 さて、収録されている中には、螢丸の伝説や、犬がやたらと吠えるので首を斬れば実は……といったメジャーな話もありますが、本書ならではのエピソードも当然ながら数多く含まれています。

 例えば、『虚空に嘲るもの』で夜の秋葉山に登った勇者を襲う凄まじい怪奇現象・自然現象の数々。『仁王尊の如く』で奥州のとある村に出没する幽霊に立ち向かう意外な勇者(元和6年)の痛快な活躍など……

 特に凄まじいのは、幕末を生きたある草莽の志士の一代記自体という前半部分だけでも非常に興味深いのですが、後半、彼が晩年、隠棲して猟師となった後に山女を追っての冒険記となる『藤馬物語』。
 彼の弟子が夜の山中に山女と遭遇した恐怖の一夜の描写など、まさしく迫真の一言であります。

 そう、本書はスタイルや題材の面白さもさることながら、描写力や文章力もかなりのもの。
 奇怪な山賊一味と豪傑が対決する『血を吸う山賊』での「十人――それは数字である。藤平の前には、物の数ではなかった」という一文など、痺れるではありませんか。


 そんなわけで非常に満足できる一冊なのですが、やはり残念……というより勿体ないのは、今回収録されなかったエピソードたちでしょう。
 すぐ上に述べたとおり、小説として読んでもなかなかに優れた内容であり、残る部分についてもぜひ読んでみたい…というのは正直な気持ちでもあります。
 請う続篇。


『怪談と名刀』(本堂平四郎・著、東雅夫・編 双葉文庫) Amazon
怪談と名刀 (双葉文庫)

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2014.12.17

『イーハトーブ探偵 ながれたりげにながれたり 賢治の推理手帳』 本格ミステリと人の情と

 あの有名人が実は意外な探偵の才能を持っていた、あるいはあの有名人が実は意外な事件に巻き込まれて探偵役となっていた……という有名人探偵ものは、私の大好物の一つなのですが、本作もそんな作品の一つ。あの宮沢賢治が数々の奇怪な事件を解き明かす短編連作集であります。

 宮沢賢治といえば、『雨ニモマケズ』や、『グスコーブドリの伝記』『銀河鉄道の夜』などから、生真面目で自己犠牲的な、ちょっと重くて近づきにくい人物という印象を勝手に持ってしまうのですが、本作に登場する賢治は、それとは大きく異なる人物として描かれます。

 本作の賢治は明るくユーモアを愛し、人懐っこい――その一方で夢中になると周囲が見えなくなるために奇人変人のように受け止められてしまうのですが――人物。
 どうやら賢治の親友の証言によれば、実際にはこちらの人物像の方が現実に近いようなのですが、本作ではその親友・藤原嘉藤治(『セロ弾きのゴーシュ』のモデルとなったセロを持っていた人物)をワトスン役に、賢治をホームズ役に展開されることとなります。

 さて、有名人探偵ものの定番として、その有名人が巻き込まれた事件が、彼の有名な功績・事績に影響を与える、あるいは逆にその功績・事績が事件のきっかけとなるというスタイルがありますが、本作もその例外ではありません。

 本作の舞台となるのは大正11年(1922年)、賢治が花巻農学校の教師を務め、『注文の多い料理店』や『春と修羅』に収録されることとなる作品を書き溜めていた頃。
 そして本作でケンジとカトジのコンビが経験する怪事件の数々が、これらの作品にも影響を与えたことが描かれるのです。

 しかし、そんな定番も全く気にならないほどのインパクトを与えてくれるのが、本書で描かれる事件の数々であります。

 とある温泉地で目撃された、歩く電信柱や川を泳ぐ河童の真相を追う『ながれたりげにながれたり』
 音楽鑑賞会のために豪農の家に泊まった二人が、そこで起きた凄惨な殺人事件に巻き込まれる『マコトノ草ノ種マケリ』
 町役場で起きた殺人事件の犯人として捕らえられた青年を救うため二人が奔走する『かれ草の雪とけたれば』
 幾人もの目撃者がいる中、一匹の馬が毒蛾の群れによって一瞬のうちに白骨化された謎を解き明かす『馬が一疋』
 ……いずれの事件も奇々怪々、一歩間違えれば怪奇大作戦クラスの怪事件なのです。

 そう、本作は有名人探偵ものにして、直球ど真ん中の本格ミステリ。超常現象にも見えるような不可能犯罪のトリックを、ケンジはその科学知識と観察眼でロジカルに解き明かしていくのであります。

 その代表的な作品が、『マコトノ草ノ種マケリ』でしょう。
 招かれて豪農の屋敷――いわゆる南部曲り家に、他の客たちと泊まった二人。しかし二人が屋敷の主人夫婦と語らっている間に、先に寝ていた男が無惨に首を切断された死体となって発見されます。
 現場に他人の痕跡もない状況で、果たしてどうやってこの殺人が行われたのか。いやそもそも、何故男は首を切られなければならなかったのか――

 ○○ネタあり、実は○ものだったりと、想像以上に豪快なトリックに驚かされる作品ですが、しかしこの作品も、もちろん本書の他の作品も、それに留まらず、さらに一歩踏み込んだ物語を提示するのであります。
 それはいわゆるホワイダニットにまつわる部分。賢治が真に解き明かすのは事件のトリックではなく、何故その事件が起きなければならなかったのか、その裏に隠された犯人の切実なる事情なのです。

 本格ミステリの良い読者ではない私が言うのも恐縮ですがが、名探偵が挑むに足る巨大な謎を、説得力を持って描こうとすれば、そこに必要となるのはやはりそこに至る動機……突き詰めれば人の情ではありますまいか。
 だとすれば本書は、いずれもそんな人の情を――もちろんこの時代、この舞台ならではの形で――示してくれる作品揃いであり、見事な本格ミステリであると申せましょう。
 そしてそれを見抜くのは、賢治の優しい眼差しなのであります。


 有名人探偵ものとして、本格ミステリとして――驚くほどのクオリティを見せてくれた本作。
 賢治の眼が次に見るのはいかなる事件、いかなる人の情なのか、そしてそれがいかなる作品を生み出すのか……気にならないわけがありません。


『イーハトーブ探偵 ながれたりげにながれたり 賢治の推理手帳』(鏑木蓮 光文社文庫) Amazon
イーハトーブ探偵 ながれたりげにながれたり: 賢治の推理手帳I (光文社文庫)

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2014.12.16

『天威無法 武蔵坊弁慶』第3巻 大転換、争奪戦勃発!?

 武村勇治による新・弁慶伝『天威無法 武蔵坊弁慶』の第3巻であります。この巻では前の巻までの展開から一転、恐るべき力を秘めるという六巻の巻物を巡る争いが始まることとなります。その巻物の名前とは、あの……(以下、ネタバレ分を含みます)

 己の為すべきことを求めて山を下り、一度は義経一行と行動を共にした鬼若(弁慶)。しかし都で破天荒な言動を見せる清盛に興味を持った彼は、清盛と行動を共にすることになります。
 清盛の飼う雷音(ライオン)を素手で倒す力を持つ鬼若とは全く次元も意味も異なる「強さ」を持つ清盛に鬼若も興味を持つのですが……

 と、この巻でその鬼若の前に現れるのは、清盛の甥であり、義経にとってはライバルとも言える平教経。一見軟弱な御曹司に見えつつも、鬼若にも匹敵するほどの力を持つ彼は、自らの目的のため、鬼若を誘います。

 その目的とは、清盛の力の源と目される堂の秘密を探ること。
 そこに潜入してきた義経の双子の妹・遮那も加え、呉越同舟、三人三様の思惑を秘めて清盛邸に潜入した三人を待っていた者は――


 修行者とも聖者とも見える一人の男、その名は鬼一法眼! 義経ものには定番のあの人物、義経に鞍馬流の剣法を授けたとも、伝説の兵法を授けたとも言われる陰陽師でありますが――ここでクローズアップされるのはその伝説の兵法・六韜であります。

 そも六韜とは、かの太公望呂尚が記し(というのは偽伝だそうですが)、三略と並び称される兵法書。六韜の名が指すように「文韜」「武韜」「龍韜」「虎韜」「豹韜」「犬韜」の全六巻から成るものですが――
 本作においてはその六巻は散逸、それぞれ別々の人物がその手に収めていたのであります。
 それは清盛、後白河院、木曾義仲、源頼朝、そして藤原秀衡……実に、この平安末期の世で巨大な力と存在感を示した者たちであります。

 おそらくはこの後、この錚々たる面々が六韜争奪戦を演じるのだと思いますが……いやはや、ここに来てまさかの伝奇ものの王道展開、巻物争奪戦とは!


 こう言っては大変失礼ですが、キャラクター造形や描写については、いかにも作者らしい豪快さがあったものの、物語的には比較的(あくまでも比較的、ですが)おとなしめな部分があった本作。

 それがここにきて一気に大爆発したのは、これは実に嬉しいとしか言いようがありません。
 源平合戦もので主人公は義経サイドとくれば当然登場は予想された鬼一法眼ですが、まさかここまでとんでもない役割を果たしてくれるとは……とニコニコしているところであります。

 この巻のラストでは、巻物を手にした中でも最もおとなしそうな人物がとんでもない力(仮面の忍者赤影か!)を手中に収めていることが示されるなど、いやはやこの先何が起きてもおかしくない展開。
 一気に強者だらけとなったこの世紀末に、果たして鬼若の望む強さは得られるのか? これからが本番でありましょう。


『天威無法 武蔵坊弁慶』第3巻(武村勇治&義凡 小学館クリエイティブヒーローズコミックス) Amazon
天威無法 武蔵坊弁慶(3) (ヒーローズコミックス)


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2014.12.15

『大名やくざ』 成り上がり男、共感を呼ぶか!?

 風野真知雄おなじみ(?)の三ヶ月連続刊行でスタートしたシリーズの第1弾であります。タイトルに偽りなし、やくざの血を引く武士がなんと大名にまで上り詰めるという破天荒な内容。しかしこの主人公、実在の人物というのだから驚かされるではありませんか……

 そんな本作の主人公は、大身旗本の次期当主・有馬虎之助。元々は三百石の旗本家の五男坊という冷や飯食いから一転、有馬家の養子という出世(?)をした彼には大きな秘密があります。
 実は彼の母方の祖父・丑蔵は、火消しの棟梁にして江戸四大やくざの一人。庶子であった彼は幼い頃から丑蔵の家で暮らし、いっぱしのやくざ――人呼んで「水天宮の虎」として大暴れしてきたのであります。

 そんなある日、丑蔵が対立するやくざの闇討ちを受けて深手を負い、そこで虎之助が聞かされたのは、かの赤穂浪士の義挙にまつわる裏話。
 さらに主筋に当たる大名・有馬家の病弱な当主が余命幾ばくもなく、自分の息子が末期養子になろうとしていると知った彼は、さっそくその裏話を巧みに利用し、自分がその養子になろうと画策することに――

 というわけで、この第1巻は「大名やくざ」誕生編といった内容であります。
 冒頭に述べたように、この虎之助――有馬則維は実在の人物。さすがにやくざの血を引く……というのはフィクション(というより前半生はよくわかっていない)ですが、旗本の五男坊から大名にまで上り詰めたというのは史実とのことであります。

 本作はそんな破天荒な人生を送った虎之助を、さらに破天荒な人物として描き出します。
 何しろ背中には水天宮の入れ墨を入れ、勝つためなら卑怯卑劣な手も辞さない男。道場剣法はからっきしですが、最強はやくざ剣法とうそぶき、立ち会いでも奇手奇策で強敵を叩きのめすのであります。

 そんな男が武士道には生まれた時から背を向けて生きてきたような男が、大名に成り上がることができたのがその武士社会のシステムゆえ、という皮肉も面白い。
 さらにそこに、武士道の象徴ともいえる赤穂浪士の秘密(なかなかに伝奇的!)が関わってくる辺りなどは、いかにも作者らしい人の悪さ(もちろん褒め言葉であります)でしょう。


 しかし……この主人公、やはり相当に好き嫌いが分かれるのは間違いないところでありましょう。
 色々と言葉を飾ったとしても、結局虎之助の振るうのは暴力であり、彼を大名にまで押し上げたのは強請と陰謀。まさにやくざの手練手管であります。

 もちろんそれが武士の表芸の言い換えであり、その虚飾を取り払った本音ベースで生きる虎之助の姿はそれなりに痛快ではあるものの、やはりすっきりしないものが残るのは事実であります。
 アウトローは嫌いではありませんが、カタギに迷惑をかける人たちはちょっと……というのはあまりに小市民的な反応かもしれませんが。

(特に私の場合、虎之助のプロトタイプというべき『新・若さま同心 徳川竜之助 薄闇の唄』に登場した大名やくざが、悪い意味で最低最悪のキャラだったという印象が強く残っていて……実際のキャラはむしろ『勝小吉事件帖』の勝小吉的なのですが)

 そんな主人公が共感を呼ぶか否かは、畢竟彼の行動原理にかかっていると言えましょう。
 私利私欲がいかんとはいいませんが、それだけでは応援できない。ましてや、そのとばっちりが弱き者に行くようでは、単なるイヤな奴であります。

 その意味では、少なくともこの時点においては、虎之助の行動は、まだ共感を呼ぶには至っていないかな……
 と思っていたラストにきて飛び出す彼の男気。彼にとっては(結果的に大きな意味を持ったものの)ほとんど縁のなかった人物の悲運に対し、彼が見せた熱い想いは、やはりヒーローの証と感じられます。


 もちろんそんなこちらの印象など、あくまでも小市民の感傷的な思い入れかもしれません。
 しかしそれでも、それを取っかかりに、彼がこの先、何をやらかすのか見てみたい……そんな気持ちにはなれたのであります。


『大名やくざ』(風野真知雄 幻冬舎時代小説文庫) Amazon
大名やくざ (幻冬舎時代小説文庫)

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2014.12.14

『シャーロック・ホームズ 神の息吹殺人事件』 名探偵対妖怪博士対幽霊狩人

 高空から落とされたような奇怪な有様で死んだ青年貴族。この事件に興味を持ったホームズのもとを訪れたのは、心霊医師ジョン・サイレンス博士だった。悪霊からの警告を受けたという博士に冷淡な態度を取るホームズだが、さらなる事件が発生、やむなくともに調査に向かうホームズとワトスンだが……

 以前にも書いたような気もしますが、最近は時代伝奇ものに追われてほとんど読めていないものの、私はシャーロック・ホームズもののファンでもあります。
(そもそもホームズの聖典からして、伝奇色が強い作品も含まれている……というのは置いておくにしても)
 そんな私にとって本作はどうしても見逃せなかった作品。何しろ、ホームズが、ジョン・サイレンス、トマス・カーナッキと競演、ともに怪事件に挑むというのですから、燃えないわけがないのです。

 妖怪博士ジョン・サイレンス(新訳では「心霊博士」ですがやはりこちらの方が印象深い)は、アルジャーノン・ブラックウッドが生み出したロンドン在住の医師。
 医師としてだけでなく、自らの霊能力を用いて、超自然現象に苦しむ人々の悩みを解決していく紳士であります。

 一方、幽霊狩人カーナッキは、ウィリアム・H・ホジスンの手になるやはりロンドンに暮らす怪奇現象ハンター。
 自らは特殊な能力を持ちませんが、電気五芒星をはじめとする科学知識で怪奇現象に挑み、その謎を暴く人物であり、やはりホームズパスティーシュである『ライヘンバッハの奇跡 シャーロック・ホームズの沈黙』にも出演しております。

 本作においてはこの二人とホームズが絡むわけですが、受け持ちが此岸と彼岸に分かれているとはいえ(ちなみにカーナッキの扱う事件はその両方にまたがっていたりもするのですが)、言ってみれば三人の名探偵がここに競演! という趣向であります。
 さらにここに「世界最悪の変人」やら、M・R・ジェイムズの『人を呪わば』のあの魔術師までもが登場(名前だけであればマルチン・ヘッセリウスやヴァン・ヘルシングまで!)、私のような怪奇探偵好き、クロスオーバー好きの人間にはたまらない作品なのであります。

 さて、そんな豪華キャストが出演する本作の発端となるのは、放蕩貴族が、体中の骨が砕け、青あざで膨張した奇怪な死体で発見された――それも直前に何者かから逃れているような姿が目撃されて――事件。
 さらに奇怪な幻覚に襲われた老貴族がおぞましい死を遂げ、サイレンスのもとには悪霊からの警告が。そして謎めいた依頼者によってこの事件に加わることを余儀なくされたカーナッキも加えた一行を襲う奇怪な心霊攻撃!

 ここまで来るとむしろ映画的ですらありますが、そんな中でも一人超然とした態度を崩さないのは、もちろん我らがホームズ。
 『バスカヴィル家の犬』方式で別行動を取っており、直接的にこれらの超常現象に出くわしていないためもありますが、やはりそうした世界とは無縁の常識人だったワトスンが、奇怪な事件の数々に認識を改めていくのと対照的に、どこまでも理性的に、彼は一連の事件の背後にある企みを追うのであります。


 その意味では本作は、三人の名探偵の持ち味がそれぞれ発揮されていると言えるかもしれませんが……しかし個人的にはかなりな不満が残ったのも事実。
 というのも、本作においては此岸と彼岸――つまり現実と超常的な世界――の区別がある意味明快に分かれすぎている一方で、別の箇所では混沌としすぎているといった印象が残ってしまうのであります。

 どこまでがこの現実世界の理論で解決できるものであり、どこからがそれを拒否した超常的な世界の出来事なのか……ホームズが主人公である以上、前者の領域が広い(というよりほとんどになる)のはやむを得ないのですが、だとすれば残る二人の領域はどうなってしまうのか?
 あちらを立てればこちらが立たず、水と油を一つにするための説明が○○というのは、さすがに乱暴にすぎるでしょう。
(さらにいえば、終盤の展開はあの作品のファンは激怒してもおかしくないかと……)

 たとえ超常的な存在が跋扈する世界でも名探偵の推理が成り立つのは、ホームズパスティーシュの名作『シャーロック・ホームズ対ドラキュラ』などでも証明されているとおりであり、その点からすれば、本作には期待が大きかった分、不満も残るのです。

 聞くところによれば、本作の続編ではH・G・ウェルズの『モロー博士の島』が題材になっているとのこと。こちらではクロスオーバーの楽しさを是非とも見せていただきたと切に願っておくとしましょう。


『シャーロック・ホームズ 神の息吹殺人事件』(ガイ・アダムス 竹書房文庫) Amazon
シャーロック・ホームズ 神の息吹殺人事件 (竹書房文庫)

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2014.12.13

『この時代小説がすごい! 2015年版』と『本の雑誌』2015年1月号に執筆しました

 先月の『一鬼夜行 鬼が笑う』解説に続き、お仕事の告知、それも二件です。先日発売された『この時代小説がすごい! 2015年版』に作品紹介(とベスト作品投票)を、そして『本の雑誌』2015年1月号に2014年度時代小説ベスト10を執筆させていただきました。

 『この時代小説がすごい! 2015年版』については、もはや年末の風物詩となった感がありますが、この一年間に発売された文庫書き下ろし及び単行本の時代小説のベストランキングを中心としたガイドブックであります。

 ランキングのほかにもインタビューや、出版社による「我が社のイチオシ」、そして何よりも気になる、作家自身による「私の隠し玉」といういろいろ気になる企画が並びますが、私が担当させていただいたのは今年も作品紹介のページ。数十作品が掲載されるうち、以下の十作品を担当させていただきました。

『およもん』シリーズ(朝松健)
『からくり隠密影成敗』シリーズ(友野詳)
『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
『修法師百夜まじない帖』シリーズ(平谷美樹)
『のっぺら』シリーズ(霜島ケイ)
『妾屋昼兵衛女帳面』シリーズ(上田秀人)
『妖草師』(武内涼)
『大江戸恐龍伝』(夢枕獏)
『すえずえ』(畠中恵)
『まほろばの王たち』(仁木英之)

 いずれもこれまでこのブログで紹介してきた作品ばかり、すなわち私の大好きな、自信を持ってお勧めできる作品ばかり――
 というわけで、限られたスペースではありますが、作品の魅力と読みどころをしっかりと詰め込んだ紹介になっているかと思いますので、ご一読いただければ幸いです。


 そして『本の雑誌』ですが――愛読者の方はよくご存じの通り、毎年12月発売の1月号は、ベスト10特集が掲載されています。
 特にSFとミステリーは、それぞれ鏡明と池上冬樹の両氏が担当し、毎年を締めくくる名物となっていたのですが……

 今年はそこに佐久間文子の現代文学、栗下直也のノンフィクション、北上次郎のエンターテインメントと新たなジャンルが加わり、そこに私が時代小説のベスト10を担当させていただくこととなりました。

 ……正直に申し上げて、本当にこの面子の中で、私なぞが時代小説ベスト10を書かせていただいてよいものか、ずいぶん悩んだところではありますが、私なりのベスト10を書いてくださいという編集氏のありがたいお言葉に、開き直って書かせていただいた次第です。

 もちろんここでベスト10の内容には触れませんが、選考基準について説明させていただければ、加点法で、私の心にビビッと来た部分が多い作品をチョイスさせていただきました。
 自然と内容的には尖った部分の多い、エンターテイメントとして前のめりな作品が多くなったのですが、もちろん、こと面白さという点については自信アリのベスト10だと思います。

 こちらもスペースが限られた中で、駆け足ながら作品の魅力を一気に語らせていただきましたので、ぜひご覧いただければと思います。


 ちなみに――『この時代小説がすごい!』のランキングアンケートと『本の雑誌』のベスト10の内容が必ずしも一致しておりません。
 こちらについては、それぞれ対象となる作品(の刊行期間)にズレがあること、また後者は文庫も単行本も全て通してのものであること等が理由としてありますので、ご寛恕いただければと思います。


『この時代小説がすごい! 2015年版』(宝島社) Amazon
『本の雑誌』2015年1月号(本の雑誌社) Amazon
この時代小説がすごい! 2015年版本の雑誌379号


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2014.12.12

『てのひら猫語り 書き下ろし時代小説集』(その二) 猫と少女の時代小説集

 白泉社招き猫文庫の第1弾であり、猫を題材とした時代小説を集めたアンソロジー『てのひら猫語り』の紹介後編です。今回紹介するのは全5編中の残り3編、時海結以・金巻ともこ・あさのあつこによる、これまたユニークな作品ばかりであります。

『着物憑きお紺覚書 縁の袖』(時海結以)
 最近はノベライゼーションが多いものの、デビュー作は時代ファンタジー『業多姫』の作者が描くのは、ある意味本書の中では最もユニークな主人公であります。

 主人公・お紺の父が営む古着屋に何度も持ち込まれる猫の柄の振り袖。その振り袖を買った娘は不思議な老婆に付きまとわれ、やがて同じように付きまとわれている男性と出会い、結ばれる――そんな噂がつきまとい、店に戻ってきたら買おうという予約まで入っている振り袖であります。
 今回描かれるのは、その振り袖にまつわる事件。振り袖を買っていったが、そのために娘の縁談が破談になったと因縁をつけてきた大店の裏を探るお紺と奉公人たちは、この一件の、そして振り袖の正体を知ることとなるのですが……

 古着屋に何度も戻ってくる振り袖といえば(作中でも言及されるように)振り袖火事の原因となったそれのように、不吉な因縁を感じさせますが、本作の面白い点は、振り袖が不吉どころか縁結びになるという設定でありましょう。
 しかしさらにユニークなのは、お紺の能力。本作のタイトルどおり「着物憑き」――古着をまとうことで、彼女はそこに込められた人の念を自らに取り憑かせ、その品物の来歴を知ることができるのであります。

 それによって彼女が知った真実とは……短い中にいささか複雑な設定と物語を盛りだくさんにしてしまった印象はありますが、極めて個性的な作品であることは間違いありません。


『異聞井戸の茶碗』(金巻ともこ)
 ある意味タイトルそのままと言えなくもない、しかし一ひねりが加えられた一編。
 タイトルを見て気がつく方もいらっしゃると思いますが、落語の『井戸の茶碗』をアレンジした作品です。

 困窮しながらも正直もので心正しい浪人父娘が売った仏像、そして茶碗が思わぬ価値を生み、そしてそれが縁となってハッピーエンドを迎えるという原典の流れ、そして登場人物の名や設定はそのままの本作。
 しかし大きく異なるのは、そこに浪人の娘が飼っている猫が絡むこと、そして物語が娘の視点から描かれていることであります。

 実は冷静に考えると、茶碗の代価に……という原典は結構ひどい話と思えなくもないのですが、それを視点を変えることで綺麗にまとめた印象があります。

 ちなみに私は作者の作品に触れるのはこれが初めてですが、アニメ・ゲーム関係の脚本家出身の方とのこと。実は本レーベルに参加しているのは同様の経歴の方が多い印象がありますが、面白い試みかと思います。


『鈴江藩江戸屋敷見聞録 にゃん!』(あさのあつこ)
 本書のトリを務めるのは、現代、さらには江戸時代を舞台とした青春小説の名手・あさのあつこの、これまたユニークな一編であります。
 主人公となるのは、行儀見習いのため、鈴江藩の上屋敷の奥向きに奉公することとなった少女・お糸。しかし彼女は奉公を初めてすぐに恐ろしい秘密を知ってしまうのです。
 ――彼女が使える美しい藩主の奥方・珠子の正体は、何と猫だったのであります。

 猫が人間になって/化けて……というのは、ある意味猫時代劇には定番パターンではあります。
 本作もそれを踏まえているわけですが、しかしそこに本作ならではの新鮮な味わいを加えているのは、自分らしさとは何か、自分自身が本当にやりたいことは何なのかという、いつの時代の若者にも共通する想いを抱いた主人公造形であります。

 この辺りパターンを踏まえつつも、しっかりと作者らしい味わいの青春時代小説として成立しているのが楽しいところです。


 というわけで全5編を紹介させていただきましたが、猫と少女というモチーフは共通ながらも、いずれも個性的な、実に私好みの作品揃いでした。
 ほとんどの作品がシリーズものの第1話としても成立しそうなのも面白いところですが、これはもちろん大歓迎。これをステップに、さらなる物語世界が広がっていくのであれば、それは読み手にとっても書き手にとっても幸せなことではありませんか。


『てのひら猫語り 書き下ろし時代小説集』(白泉社招き猫文庫) Amazon
てのひら猫語り~書き下ろし時代小説集~(招き猫文庫)

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2014.12.11

『てのひら猫語り 書き下ろし時代小説集』(その一) 豪華メンバーの猫時代小説アンソロジー

 先月創刊された白泉社の新時代小説レーベル・招き猫文庫。その第1弾として刊行された猫時代小説アンソロジーであります。全5編が収録された本書ですが、平谷美樹・越水利江子・時海結以・金巻ともこ・あさのあつこと、個人的にはかなりの豪華メンバー。楽しみに手に取ったところ、やはり期待通りの内容でありました。以下、一作品ずつ紹介しましょう。

『貸物屋お庸 貸し猫探し』(平谷美樹)
 巻頭に収められたのは、いま個人的に最も期待している時代小説家の一人による、ユニークな作品です。

 主人公は、無い物はないという貸物屋(損料屋)・湊屋の出店を任せられている男勝りの少女・お庸ですが、今回彼女のもとに舞い込んだ依頼は、何と猫。
 気まぐれな大店のお嬢さんのため、、白くて尻尾の曲がった子猫を借りたいという老使用人のため、猫を探して江戸中を奔走することとなったお庸ですが……

 と、貸物屋自体は時代小説でそれほど珍しいものではありませんが、そこに持ち込まれる依頼がナマモノというのは何とも意表を突いた設定であります(生類憐れみの令が発布された元禄時代を舞台とすることで、それに一定の説得力を与えるのも心憎い)。

 そして本作を面白くしているのは、お庸が奉公する湊屋の主人にして彼女の憧れの人である清五郎の存在です。
 大店の主でありつつも商売嫌いで普段は人任せ、自分は刀を振っている方が性に合っているという変わり種のこの人物、先祖が公方のご落胤という説まであるというユニークなイケメン。

 やる気がないようでいて洞察力に優れた彼と、短気で人情もろいお庸は、なかなかの名コンビと感じます。
 本作の依頼の真相については、ある程度のところで予想はついてしまうのですが、そこにこのコンビが絡むことで、物語の味わいがぐっと深まったように感じるのです。

 それにしてもこのキャラクター、この一作で終わらせるのは惜しい……と思いきや、1月に刊行されるレーベル第2弾で独り立ち(?)して刊行されるとのこと。これは楽しみであります。


『洗い屋おゆき』(越水利江子)
 個人的には本書で一番のお気に入りの作品であります。

 『忍剣花百姫伝』『恋する新選組』など、元気なヒロインを主人公とした時代ものを得意とする作者らしく、本作の主人公・おゆきもやはりお侠な江戸っ子娘。
 洗い屋――家移りをする武士のため、屋敷をまっさらに綺麗に磨き上げるという彼女の(祖父の)稼業も面白いのですが、実は彼女は岡っ引きだった父譲りの縄術の使い手、という設定が堪りません。

 ヒロインが縄術の使い手というのは、例えば角田喜久雄の『風雲将棋谷』など古き良き時代ものの定番の一つですが、ここでそれを見せてくれるとは、と大いに嬉しくなってしまうのです。

 もちろん、本作の魅力はそれだけではありません。
 実は彼が十手を預けられていた同心が何者かに斬殺されたという事件以来、消息を絶ったおゆきの父。この犯人に父も、と考えたおゆきは犯人を捜そうとするのですが……
 そこに登場するのがその同心の息子――切れ者だった父に似ない茫洋とした人物のため、トンビに似ない「スズメ」と、あまり名誉ではない渾名を付けられた青年であります。

 本作はおゆきとスズメ、噛み合わない二人が、思わぬ形で互いの父の仇の手がかりを掴み、事件の黒幕に迫るのですが、そこに絡んでくる「猫」の使い方も面白い。
 二人以外にも、出番は少なめながら個性的なキャラが多く、思わずにっこりとさせられるようなオチも綺麗に決まって、これもこの先の物語を見たい快作なのであります。


 残り三編は次回紹介いたします。


『てのひら猫語り 書き下ろし時代小説集』(白泉社招き猫文庫) Amazon
てのひら猫語り~書き下ろし時代小説集~(招き猫文庫)

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2014.12.10

『くノ一秘録 3 死霊の星』 妖星堕つ、そして第三の死霊

 信貴山城を舞台とした戦いにおいて、松永久秀と筒井順慶がそれぞれ繰り出す死霊の兵同士の激突は地獄絵図を生み出す。さらに御所を襲う狐憑きの群れ。そんな中、久秀の平蜘蛛の釜奪還を命じられた蛍と青蛾は、信貴山城に潜入する。夜空に彗星――弾正星が輝く下で繰り広げられる決戦の行方は……

 風野真知雄による仰天の戦国ウォーキングデッド、『くノ一秘録』の三ヶ月連続刊行もこれでラスト。突如戦国の世に出現した不死身の「死霊」を操る松永久秀と、虫愛ずる少女くノ一・蛍の最後の激突が描かれることとなります。

 彼の下に父・富蔵とともに松永久秀の下に潜入した際、久秀によって父を殺しても死なぬ死霊に変えられ、信長に仕える母・青蛾、光秀に仕える侍・入舟丈八郎とともに、死霊の秘密を探る蛍。
 しかし同じ頃、久秀の宿敵である筒井順慶も、久秀とはまた別種の死霊と化し、同類を次々と増やしていたのであります。

 そして信長に反旗を翻した久秀と、信長軍の先鋒として出陣した順慶の激突が始まるのですが――それはすなわち、殺しても死なぬ死霊同士の、いつ果てるとも知れぬ戦いの始まり。
 周囲の軍も手をこまねく中、地獄絵図は続くのですが……

 と、前作の紹介でも触れましたが、ゾンビ時代劇が少なくない中でも、非常に珍しい、組織化されたゾンビ兵同士の戦いが正面切って描かれることとなった本作。
 死なない者同士が戦うということは、いつまでも戦いが終わらぬということ。この地獄絵図を終わらせるには……と、様々な作戦が立てられるのも面白いのですが、すさまじいのは冒頭で描かれる、信長による文字通りの死霊の解剖。

 捕らえてこられた久秀方と順慶方、それぞれ異なる「生態」を持つ死霊を手ずから解剖しながら、その生物学的特徴を逐一記録させていく信長の姿は、死霊を新たな一つの(いや二つの)生命系として描こうとする本作独特のスタンスを象徴するものと申せましょう。

 しかし物語はまだまだエスカレートしていきます。この戦いと平行して描かれるのは、第三の死霊ともいうべき「狐憑き」たちの跳梁。
 前作でも顔を見せていた彼ら狐憑きは、やはり殺しても死なぬ肉体を持ちながらも、他の死霊とはまた異なる生態を持ち――しかし同様に、人間を餌食に増殖していく存在なのであります。

 その狐憑きの大群が御所を襲撃する場面は、本作の見せ場の一つでありますが――いやはやここまで来ると「奇書」という言葉すら頭に浮かびます。


 さて、そんな本作のタイトルは「死霊の星」――死霊大名・松永久秀が滅びるのと同時期に天に輝いていた彗星、弾正星を「一つには」指すものであります。

 その弾正星が輝く下、信貴山城を取り囲むように張り巡らされた蜘蛛の巣の上で、久秀と青蛾・蛍母娘が繰り広げる死闘は、いわば久秀編とも言うべきこの三作のクライマックスに相応しいものでありましょう。

 しかし真に恐るべきは、「死霊の星」に込められたもう一つの意味であります。
 ここでその内容は述べませんが、そこまで踏み込んでしまうか!? と言いたくなるようなそれは、本作が時代小説というよりもホラー、ホラーというよりもSFの文脈で、いやそのすべてを合わせた上で語るべきものかもしれないと感じさせられるのです。
(ちなみに何となく『フェイズⅣ 戦慄! 昆虫パニック』を思い起こさせる台詞も……)

 そしてこの不吉な言葉を裏付けるように、新たに登場する死霊武将。
 果たしてこの戦いに終わる日が来るのか――いや、恐ろしくも魅力的な死霊の存在同様、そうそう簡単に終わりを迎えることなくこの物語が続いていくことを、本作を読めば祈らずにはいられなくなるのです。


『くノ一秘録 3 死霊の星』(風野真知雄 文春文庫) Amazon
死霊の星 くノ一秘録3 (文春文庫)


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2014.12.09

『おにのさうし』 女と男と鬼と

 十数年前に天野喜孝の挿絵で刊行された『鬼譚草紙』から、夢枕獏の文章のみを独立させて再刊した短編集であります。いずれも平安時代の説話集や絵巻をベースに、エロチックな、しかしどこかもの悲しく、そして美しい物語が描かれることとなります。

 本書に収録されているのは『染殿の后、鬼のためじょう乱せらるる物語』『紀長谷雄 朱雀門にて女を争い鬼とすごろくをする物語』『篁物語』の三編。
 いずれも9世紀とほぼ同時代を舞台としつつも、それぞれの内容は全く異なる作品たちですが、そこに共通するのは本書のタイトルにある「鬼」の存在であります。

 以下、簡単に個々の収録作品を紹介いたしましょう。


 『染殿の后、鬼のためじょう乱せらるる物語』は、染殿――文徳天皇の女御・藤原明子に憑いたもののけを調伏した真済聖人が、垣間見た染殿の美しさに惑乱し、死して後鬼と化して染殿と愛欲の限りを尽くすという物語。
 本作の内容は、基本的に『今昔物語集』をはじめとする説話集に描かれたものを踏まえたものですが、大きく異なるのはその結末であります。
 真済を調伏するために招かれた相応和尚。衆目を憚らずに交わる二人の姿を見た相応のとった行動は、そしてそれに対して真済は――

 その内容をここで述べるわけにはいきませんが、一見理不尽に見えるそれぞれの行動は、しかしそれだけに「人間」の在り方として強い印象を残します。
 そしてもう一人、染殿もまた……


 続く『紀長谷雄 朱雀門にて女を争い鬼とすごろくをする物語』は、本書の題材の中でも最も知られたエピソードがベースとなっていると言えるでしょう。
 朱雀門の鬼と双六で勝負することとなった紀長谷雄が、勝負に勝って絶世の美女を手に入れるも――という『長谷雄草紙』を踏まえた内容は、その美女の末路と意外な正体が相まってフランケンシュタインテーマについて語る際などに言及される印象があります。

 しかし原典とは大きく異なり、本作においては双六勝負以前の物語から――そして同時代の歌人たちの姿を併せて――語ることにより、長谷雄の特異な、しかし極めて人間的な姿を浮き彫りにするのであります。

 その長谷雄像は、物語の結末においても、実に印象的な姿で描かれるのですが、鬼すらも呆れるほどの業を抱えた姿もまた、人の在り方であると感じられるのです。


 最後の『篁物語』は、タイトルの通り、昼は朝廷に夜は冥府に仕えていたという伝説で知られる小野篁の物語であります。
 百鬼夜行の存在を知るばかりか、その鬼たちの敬意すら集めているかのような篁。ふとした折りに、近くに幻のような姫が寄り添っている姿が見える篁――

 そしてそんな謎めいた篁の人物像を、様々な逸話と絡めて描いた前半に続き、後半ではその謎解きと、そして篁の冥府行が描かれることとなります。
 本作と同じタイトルの『篁物語』で描かれた篁と血の繋がらない妹の禁断の愛を下敷きに、一見感情が欠落したかのような彼の中の情念が描き出されることとなるのですが――

 その篁像そのものももちろん魅力的なのですが、実は『陰陽師』ファンとしてたまらないのは、ここで登場するのが道摩法師――あの蘆屋道満であることでしょう。
 実は先日紹介した『陰陽師 螢火ノ巻』の中で、道満がかつて地獄を騒がせたことがさらりと語られているのですが、それを描いたのが本作なのであります。
(白状すれば、本書を手にしたのもそれを知ったことがきっかけでした)

 と、思わぬゲストに気を取られもしますが、やはりあくまでも本作は篁の物語。姿はあくまでも優美であり、愛する人を一途に思いつつも、その行動を見れば、彼もまた一種の鬼ではないのかと感じられた次第です。


 冒頭で触れたように、本書に収録された作品に共通するのは鬼の存在であります。しかし、鬼といっても様々、人が変じた愛欲の鬼もいれば、人の作った詩歌を愛する風雅の鬼もいる。そして百鬼夜行の鬼もいれば、心の中に鬼を飼う者もいる――

 そしてそこで鬼と対比することで描かれるのは、限りある生の中で悩み、苦しみ、喜び、愛し合う人の姿。
 本書において描かれているのは、この世のものならざる存在、まさに超人的存在である鬼と対比することで、浮き彫りとなる、常の人の姿なのでありましょう。


『おにのさうし』(夢枕獏 文春文庫) Amazon
おにのさうし (文春文庫 ゆ 2-26)


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2014.12.08

『しゃばけ漫画 仁吉の巻』『しゃばけ漫画 佐助の巻』 しゃばけ世界を広げるアンソロジー

 『小説新潮』誌上で約一年間にわたって掲載されたトリビュート企画『しゃばけ漫画』が、『仁吉の巻』『佐助の巻』2冊の単行本となりました。高橋留美子、萩尾望都とビッグネームをはじめとする執筆陣による、『しゃばけ』アンソロジーとも言うべき内容となっています。

 『しゃばけ』シリーズについてはここで説明するまでもないかと思いますが、なるほど個性的なキャラクター、特に妖怪たちの存在は、漫画向きと言えるかもしれません。
 とはいえ、『しゃばけ』といえば、各巻の表紙を飾る柴田ゆうの絵が真っ先に浮かぶわけで、果たして他の絵柄で見て違和感はないものか、そもそも若だんなも仁吉・佐助も意外と髪型その他地味なビジュアルだし……

 などと一瞬考えてしまったのですが、もちろんそれが素人の浅はかさであることは言うまでもありません。
 原作の漫画化あり、オリジナルエピソードあり、発想を自由に展開した作品あり……『しゃばけ』の世界をぐいぐいと広げていくような作品揃いであります。

 さて、それぞれの巻に収録された作品は、以下のとおりであります。

『仁吉の巻』
『屏風の中』(高橋留美子)/『仁吉の思い人』(みもり)/『月に妖』(えすとえむ)/『きみめぐり』(紗久楽さわ)/『ドリフのゆうれい』(鈴木志保)/『星のこんぺいとう』(吉川景都)/『はるがいくよ』(岩岡ヒサエ)

『佐助の巻』
『うそうそ 箱根の湯治についての仁吉と佐助の反省談義(ミーティング)』(萩尾望都)/『ほうほうのてい 落語『千両みかん』より』(雲田はるこ)/『動く影』(つばな)/『あやかし帳』(村上たかし)/『狐者異』(上野顕太郎)/『しゃばけ異聞 のっぺら嬢』(安田弘之)/『しゃばけ4コマ』(柴田ゆう)

 さすがに作品一つ一つについてここでは取り上げませんが、個人的に特に印象に残った作品を3つ挙げれば、『きみめぐり』(紗久楽さわ)、『しゃばけ異聞 のっぺら嬢』(安田弘之)、『ドリフのゆうれい』(鈴木志保)でしょうか。

 『きみめぐり』は、船荷に乗って長崎屋に現れた不思議な老人を巡る物語。何やら大変な存在らしいこの老人、以前にも若だんなのもとを訪れているというのですが……

 という本作ですが、とにかく絵も物語も全く『しゃばけ』として違和感のない内容。あまりのはまりように、読んだ覚えはないけれども、原作の漫画化だったかしらん? と思ったほどですが、やはり本作はオリジナル。
 これまでにも原作者の『まんまこと』を漫画化している――そして何よりも時代漫画家としての地力がある――作者ならではの作品です。

 一方、『しゃばけ異聞 のっぺら嬢』は、ある日突然、若だんなたちの前にのっぺら坊ならぬ女の子の、のっぺら嬢が現れるのですが――こののっぺら嬢、どう見ても現代のおさげ髪の女学生。
 何しろ目も口も耳もない相手だけに意志を交わすだけでも苦労する若だんなたちなのですが、彼女に意外な変化が生じていくこととなります。

 正体不明の彼女は何者なのか、何故ここに現れたのか――その格好とリアクションで何となく予想はつくのですが、しかし結末で描かれるのはこちらの想像を上回るもの。
 なるほど「異聞」ではありますが、意外な真相には原典にもしばしば見られる皮肉さが感じられますし、何よりも「物語」の力を感じさせるのが、個人的には大好きなのです。

 そして最後に挙げた『ドリフのゆうれい』は……タイトルから察せられるように、現代を舞台とした作品。
 どこまでもシュールで、原典のキャラクターもほとんど登場しない本作は、真面目な原作ファンの方が怒り出すかもしれませんが、あらゆるものに命の在り方を認め、そしてそれがすっとぼけた騒動を引き起こすのは、なかなかに「しゃばけ」的ではないかなあ……と思うのです。


 この他にも印象に残る作品はもちろんありますし、そしてそれは読む方によっても全く変わりましょう。
 この企画に参加された漫画家の一人ずつに一つの『しゃばけ』世界がある……というのはさすがに綺麗にまとめすぎかもしれませんが、こんな『しゃばけ』があるのか! という驚きのあるアンソロジーであります。

 ただ一点、個人的に惜しいと思ったのは、原典の重要な要素であるミステリー味がどの作品にも薄目であったことで……もちろん限られたページ数での作品でもありますし、何よりもそこは、畠中恵の『しゃばけ』世界の味だと思うことにいたしましょうか。


『しゃばけ漫画 仁吉の巻』(高橋留美子ほか 新潮社バンチコミックス) Amazon
『しゃばけ漫画 佐助の巻』(萩尾望都ほか 新潮社バンチコミックス) Amazon
しゃばけ漫画 仁吉の巻 (BUNCH COMICS)しゃばけ漫画 佐助の巻 (BUNCH COMICS)

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2014.12.07

1月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 行く年来る年、あっという間に平成26年も終わり、平成27年の情報が聞こえてくる頃になりました。新年早々、楽しい作品に巡り会えれば良いな……と期待しつつ(まあ毎月期待しているのですが)、平成27年最初の、1月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 さて、文庫小説はいきなり相当の豊作という印象。
 新登場でまず気になるのは、築山桂『未来記の守り人』であります。未来記といえば聖徳太子、聖徳太子といえば四天王寺。この作者で、その四天王寺を守るといえば……これは楽しみであります。

 また、新年第1弾の廣済堂モノノケ文庫は井上雅彦『深川霊感三人娘』。いきなりビッグネームの登場でありますが、作者の長編第1作を考えれば、ある意味回帰なのかもしれません。

 そして新レーベル白泉社招き猫文庫の第2弾でまず気になるのは、平谷美樹『貸し物屋お庸 江戸娘、店主となる』。同じレーベルのアンソロジー『てのひら猫語り』の巻頭で活躍したキャラクターの登場です。
 そしてもう一つ同じレーベルで気になるのは、あかほり悟『御用絵師一丸』。あ、あのお方が本格時代小説初参戦……

 またシリーズものの最新巻としては、芝村凉也『素浪人半四郎百鬼夜行 3 蛇変化の淫』、上田秀人『御広敷用人大奥記録 7 操の護(仮)』が楽しみなところ。
 そして文庫化、再刊では夢枕獏『陰陽師 酔月ノ巻』、岡本綺堂『蜘蛛の夢』新装版、そしてあの伝説の作品――町井登志夫『諸葛孔明対卑弥呼』に注目です。

 さらにアンソロジーでは細谷正充『野辺に朽ちぬども 松下村塾列伝』が気になるところ。大河ドラマに合わせた一冊かと思いますが、編者が編者だけに、思わぬ隠し玉があるのではと期待しています。

 その他にも志村有弘『日本怪異譚』、講談社文芸文庫『『少年倶楽部』熱血・痛快・時代短篇選』、小松和彦『ジャパノロジー・コレクション 妖怪 YOKAI』と、気になる作品が目白押しなのです。


 が、対照的なのは漫画の方であります。
 早くも第1巻登場の岡田屋鉄蔵『口入屋兇次』第1巻、待ちに待った熊谷カズヒロ『モンテ・クリスト』第3巻……くらいで、あとは復刊の谷口ジロー&古山寛『柳生秘帖 柳生十兵衛 風の抄』というのは何とも寂しいお話ですが……


 最後に今月(12月)末の文庫新刊で気になるのが26日発売の瀬川貴次『鬼舞 見習い女房と安倍の姉妹』。人気シリーズ待望の新作ですが、「姉妹」って……まさか。



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2014.12.06

『えどさがし』(その二) 旅の先に彼が探すもの

 文庫オリジナルで登場した『しゃばけ』シリーズの外伝・番外編集『えどさがし』の紹介その二であります。今回はちょっと意外なキャラクターが主役を務める『親分のおかみさん』、そして一番の問題作(?)であるところの表題作であります。

『親分のおかみさん』
 ここでいう親分とは言うまでもなくシリーズでお馴染みの岡っ引き・日限の親分のこと。そのおかみさんであるおさきさんが主役を務める作品であります。

 最近は長崎屋の薬のおかげでだいぶ良くなってきたものの、身体が弱く寝付きがちのおさき。そんな彼女が夫を送り出した後、気付いてみれば家の中に赤ん坊が……

 というなかなかに意外な発端から始まる本作。果たして赤ん坊はどこからやってきたのか、そしてそもそも何故親分の家の中なのか?
 事態に長屋の人間関係や親分とおさきさんの仲なども絡み、さらにある事件の存在が浮き上がって、物語は意外な方向に転がっていくこととなります。

 ……と、自分であらすじを書いてみて気付いたのですが、メインとなるキャラクターの違いこそあれ、日常の中にふっと割り込んできた不思議な出来事の謎を追ううちに、意外な事件との繋がりが、という本作のスタイルは、本書の収録作の中では一番シリーズ本編に近いかもしれません。

 言い換えれば本作はミステリ味が強めなのですが、それに加えて普段はコメディリリーフ的な立ち位置の親分の頼もしさ・優しさが、おかみさんの目を通じて描かれるのもシリーズファンにはうれしいところ。
 個人的には、成り行きから夜の町に飛び出したおさきが、親分とともに町を歩く、一ページにも満たない部分の描写の瑞々しさが強く印象に残りました。


『えどさがし』
 そしてラストに控えしは、明治時代を舞台とした異色作中の異色作であります。

 シリーズ本編の時代から時は流れに流れた明治時代。既に長崎屋はなく、しかしそこに暮らしていた妖たちの多くは、銀座の一角に開かれた商会に集っていた……という設定だけで驚かされますが、本作の中心となるのは、今は京橋という姓を名乗る仁吉。

 新聞に掲載された意味ありげな投書の主が、遠い昔に離ればなれとなった若だんなでは、と考えた仁吉は新聞社を訪ねるのですが、そこ起きたのは、投書係の記者が何者かに射殺されるという事件。
 おかしな巡査・秋村に引っ張り込まれ、仁吉は事件の謎を、そして何よりも投書の主を探すことになるのであります。

 この秋村という男、実は妖なのですが、他にも巡査をしている妖がいるという発言があったり、土産物にシードケーキを持ってきたりと、もしかしてやってくれるかな、とこちらが期待していたファンサービス(もちろんあくまでもサービスの範疇ですが)も楽しいのですが、やはり何よりも印象に残るのは、若だんなを一心に慕う妖たちの姿でありましょう。

 舞台を知ったときから半ば覚悟していたとはいえ、こちらの胸に鋭く突き刺さる「いつも妖達と暮らしていた若だんなも、あれから百年ほども過ぎた今、この世にいない」という冒頭近くの文章。
 しかしそれでも若だんなとの再会を信じて集い、手を尽くす妖たちのけなげな姿――ある意味人間離れしたメンタリティゆえの行動ではありますが――からは、強く暖かい「情」が伝わってくるのであります。

 そしてその想いは、『すえずえ』収録の『仁吉と佐助の千年』で描かれた仁吉と佐助の想いを、彼らがそのまま持ち続けたということであり、そしてそれはどれだけ彼らにとって若だんなの存在が、長崎屋という場がかけがえのないものであったかということの現れであることは言うまでもありません。


 通常のシリーズと異なり、不定期に発表された番外編集ということで、一冊の作品集として見れば、本書は統一感が薄いようにも感じられるかもしれません。

 しかし振り返ってみれば、冒頭に佐助を主役とした過去の物語『五百年の判じ絵』を置き、巻末に仁吉を主役とした未来の物語たる本作を置くことにより、本書は見事に一つの世界として完結していると感じられます。

 本編の物語からこぼれ落ちた人々の姿を描き、そして本編の始まりと結末、新たな始まりを描いてみせる――本書によって『しゃばけ』ワールドに、また新たな広がりが提示されたのです。


『えどさがし』(畠中恵 新潮文庫) Amazon
えどさがし (新潮文庫)


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2014.12.05

『えどさがし』(その一) 旅の果てに彼が見出したもの

 基本的にまず単行本で刊行される『しゃばけ』シリーズでは珍しく、文庫オリジナルで登場となった本書『えどさがし』。収録されている全5編は、『yomyom』誌を中心に発表されたものですが、いずれもシリーズのレギュラー・サブレギュラーを主役とした外伝・番外編と言うべき内容となっております。

 以下、一話ずつ紹介いたしましょう。


『五百年の判じ絵』
 本書の幕開けとなるのは、若だんなの兄やにして長崎屋の手代・佐助の過去を描く物語であります。
 両兄やのうち、肉体派の佐助の正体が、かの弘法大師が猪よけに描いた犬神だったというのは、『ねこのばば』所収の『産土』(シリーズ屈指のどんでん返しつきホラーでもあります)で描かれていますが、本作はまだ佐助が旅を続けていた時分の姿が描かれることとなります。

 人と異なる時間を生きる妖であり、長い時の中で一人放浪を続けていた佐助。そんな佐助が旅の途中の茶店で見かけたのは、何やら不思議な判じ絵でありました。
 内容のほとんどはわからぬものの、最後に「佐助へ」とあったことから妙にその内容が気に掛かってしまった佐助は、同じ茶店に居合わせた、判じ物を解くのが得意という男と同行することになるのですが、何故か旅ではやっかいごとに巻き込まれてばかり。

 そして旅の途中で徐々に解かれていく判じ絵の中身には、普通であればありえないような内容が記されていたのですが……

 弘法大師という人間によって生み出されながらも、主に先立たれ、以降は目的もなく、ただ世界を放浪していた佐助。
 そんな彼が、本作の奇妙な旅(一種の暗号ものではあるのですが、ある意味それ以上の大仕掛けな謎があるのも楽しい)の末に見出したものは、シリーズ読者であればすぐに気付くと思うのですが、しかしやはり感動的であります。

 シリーズ当初から人と妖の関係性を一貫して描いてきた『しゃばけ』ならではの一編でありましょう。

 ちなみに本作、収録作品の中で一番新しい作品なのですが、それが巻頭に収録されている理由は、(作中の時系列的に一番古いこともあるかと思いますが)最後まで読めば察することができるのではないかと思います。


『たちまちづき』
 2番目に収録されている『太郎君、東へ』は以前紹介しておりますのでそちらをご覧いただくとして、3番目の作品へ。
 これまでのシリーズでも幾度となく活躍してきた広徳寺の高僧・寛朝を中心とした物語であります。

 その寛朝のもとに今回持ち込まれたのは、口入れ屋を営む夫・安右衛門がどうにも頼りないのは「おなご妖」が憑いているに違いないという妻・お千からの依頼でありました。
 寛朝の、他の僧の見立てでも妖の影など全くない安右衛門。それでも妖の存在を言い立てるお千を適当にあしらう寛朝ですが、安右衛門が何者かに襲撃されて負傷、さらに彼不在の店でも大問題が……

 内容的には比較的シンプルで、事件の真相や、話の落としどころもある程度予想がつく作品ではありますが、むしろ本作の楽しさはその先の「大人」たちの活躍にあると言えるでしょう。

 強い法力を持つ高僧という一方で、集金力や政治力にも長けた顔を持つ寛朝。完全に妻の尻に敷かれながらも、店の仕事のことでは思わぬ能力を発揮する安右衛門。
 彼らは決して完璧な人間ではありませんが、しかしそれを補って余りある能力と、それ以上に「世間」というものを知る強みがあります。

 不思議な妖たちが活躍する物語でありつつも、それと同時にどこまでも地に足の付いた、人の世のありさま……そう、「しゃばけ」を描き出すシリーズならではの味わいを持つ作品であります。


 残り二作品については次回に紹介いたします。


『えどさがし』(畠中恵 新潮文庫) Amazon
えどさがし (新潮文庫)


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2014.12.04

『涼州賦』 武侠小説発展前夜の快作

 特に武侠もの色の強い中国歴史ものを得意とし、最近では文庫書き下ろし時代小説をコンスタントに発表している藤水名子。その作者が第4回すばる新人賞を受賞したデビュー作を含む、唐代末期を舞台とした中編2作を収めた作品集です。

 表題作にしてデビュー作の『涼州賦』は、タイトルのとおり涼州を舞台としたなかなかにユニークな活劇であります。

 なかなか科挙に合格できず、役職にもつけなかった男・尚参。そんな彼は、前任者が急死したため、辺境の涼州の都督として赴任することになります。しかしこの街は役人とも結びあくどい稼ぎを続ける西域商人・董公に陰から支配されていたのでありした。
 早速尚参を手懐けようと接近してくる董公。しかし世間知らず故の頭の固さと意気地のなさからこれをきっぱり断ってしまったことで、尚参は董公から敵視され、孤立無援となってしまいます。

 ついには殺し屋の魔手にかかりそうになった彼を救ったのは、放浪の賞金稼ぎ・豹狄と、彼とは顔なじみの酒亭の女将・小杏。
 董公に屈しない彼らのもとに転がり込んだ尚参は、何とか逆襲に転じようとするのですが、権力・財力・暴力あらゆる面で圧倒する相手には歯が立ちません。
 そして董公の用心棒の中には、奇しくも小杏らにとって不倶戴天の怨敵が……

 凄腕の賞金稼ぎに侠気に富んだ女傑、街を裏から支配する権力者に残忍で凄腕の用心棒――というのは、武侠ものにはしばしば登場するシチュエーションと言ってよいでしょう。
 そこだけ見れば、本作はさまで特異な作品というわけではないのですが、しかし群を抜いてユニークなのは、そんな登場人物と舞台設定に放り込まれる主人公が、ほとんど何の取り柄もない、うだつの上がらない役人という点であることは間違いありません。

 それなりに苦労はしてきたとはいえ、長安の都から一歩も出たこともなく、市政の実状にも疎かった尚参。
 本作の物語は、その尚参のキャラクターゆえに始まったものであるという構造も面白いのですが、比較的我々に近い彼の視点から描くことにより、一種の普遍性を得ることを可能にした……と言えるかもしれません。

 思えば本作が発表された1991年は、我が国においては武侠ものが本格的に紹介される前夜とも言うべき時期。
 香港映画等で好事家の間には武侠ものというジャンルの存在は知られていても、その第一人者たる金庸の翻訳の数年前と、まだまだマイナーな存在であったことは間違いありません。

 (今も違うとは言い難いのは残念なところですが)過去の中国を舞台とした作品と言えば、歴史ものというイメージが強かった時代に、市井の名もない人々が繰り広げる戦いの物語を描くに、本作のスタイルは大きな武器となったのではありますまいか。


 ちなみに併録の「秘玉」は、楚の卞和が楚王に献上し、紆余曲折の末に至宝と認められ、また後には完璧という言葉の語源となった「和氏の璧」を巡る怪盗たちの物語。

 都の闇を駆ける盗賊たちに上がりをかすめる元締め、彼らを追う捕り方に汚職役人ども……
 と、こちらはよりストレートな冒険活劇、怪盗ものに見えますが、やはりユニークなのは、主人公・江華が妓楼のベテラン遊女という表の顔を持つ点でしょう。

 不幸な成り行きで遊女となり、さらに盗賊となって陰働きを続けながらも、ある因縁から璧を追う江華。
 そのキャラクターはあまりに特異に見えますが、しかし超然とした女傑ではなく、将来の自分の生活に悩み、美男に言い寄られては胸をときめかせ、好きな酒を飲み過ぎては失敗し……と、ある意味現実的な、いや現代的な造形なのが実に面白い。

 結末はさすがに身も蓋もなさすぎるのではないかとは感じますが、この江華をはじめとするキャラクターの絡み合いだけでも魅力的な作品です。


 上で触れたように、本作は我が国における武侠もの発展前夜に登場した作品ですが、その後、作者がこのジャンルで果たした役割は相当に大きなものがあります。

 これまでほとんど紹介する機会がありませんでしたが、今後はもう少し作者の中国ものを紹介していきたい……そう考えているところであります。


『涼州賦』(藤水名子 集英社文庫) Amazon
涼州賦 (集英社文庫)

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2014.12.03

『かおばな剣士妖夏伝 人の恋路を邪魔する怨霊』 美剣士が本当に対すべき相手は

 最近何かと話題の新潮文庫の新レーベル、新潮文庫nex。そのおそらく初の時代小説が『かおばな剣士妖夏伝 人の恋路を邪魔する怨霊』です。タイトルで気がつく方も多いと思いますが、以前『かおばな憑依帖』として刊行されていたものの、加筆修正改題版であります。

 『かおばな憑依帖』については、以前このブログでも紹介させていただきましたが、第24回日本ファンタジーノベル大賞で優秀賞を受賞した、ちょっとライトでファンタジー色も強め、しかし時代伝奇小説としてもユニークなアイディアを盛り込んだ作品です。

 暴漢に襲われた嫡男・龍助(後の意次)を助けたことがきっかけで、田沼家と縁のできた放蕩者の美青年剣士・桜井右京。しかし時あたかも将軍吉宗と尾張徳川家の暗闘が繰り広げられる真っ最中、右京はそこに巻き込まれる羽目になります。

 紀州と尾張、双方の怨霊が人知を超えた戦いを繰り広げる一方で、尾張家によって引き起こされるバイオテロ。愛する人がテロに巻き込まれてしまった右京は、恐るべき猛母・茅野のフォロー(と説教)の下、尾張の怨霊に戦いを挑むことになるのですが――

 と、怨霊同士の妖術戦に、江戸時代でも成立する条件下でのバイオテロ、火花を散らす柳生の剣、さらには象に猫……と、盛り込みまくりの大活劇であります。

 そんな作品の基本的な内容はもちろん変わりませんが、細かい部分で様々な加筆修正がなされている印象。
 例えば、普段口うるさい茅野に手を焼きながら、そんな母が作ってきた弁当のことを嬉しげに右京が解説してしまうくだりは加筆修正分かと思いますが、右京と母の繋がりを浮かび上がらせる、微笑ましい場面で気に入っております。

 また一番大きいのは、旧版の冒頭、紀州側のある人物が怨霊化する場面をカットしている点かと思いますが、これは主人公が活躍する場面から物語を始めるためのアレンジでありましょうか。
 また、その代わりに冒頭と結末に、ある人物(?)のモノローグが追加されているのも気になるところであります。


 と、再読でもそれなりに楽しく読むことができた本作ですが、しかし初読同様、気になる部分、ひっかかる点も多かったのもまた事実。
 本作の時代伝奇ものとしての説得力・描写の弱さ――人物の出自などの伝奇的「真実」の説明を全部台詞だけで済ませてしまう点など――は相変わらずですが、それ以上に気になってしまったのは別の部分であります。

 考えてみれば、大規模なテロという、江戸時代を舞台とした作品では相当に珍しい題材を扱っている本作。当然と言うべきか、作中ではテロリズムの悪がこれでもかと描き出されるわけですが……
 その一方で、テロが何故起きたのか、その構造がほとんど意図的にスルーされているように見えることに強い違和感を感じたのも事実。

 本作の設定では、激しい暗殺の応酬が繰り返されていた紀伊と尾張。
 どちらが先に手を出したか、ということはありましょうし、何よりも一般人を巻き込んだ尾張のテロは糾弾されるべきですが、自分の血族にまで暗殺の刃を向けてきた紀伊に非がないとは言い難いものがあります。

 そんな両者の争いに巻き込まれた――というより飴と鞭で幕府側に良いように使われた右京こそいい面の皮。
 幕府の禄をもらっているわけではなし、無頼のスタンスにあるキャラとして、右京はその争いの、一見被害者である幕府側の非を抉り出すことのできる唯一のキャラであるはずなのですが――その彼があっさりと吉宗に(理由のよくわからない)心服をしているのは何としたことか。
(あるいはまだ幕府の色に染まっていない幕府側の人間として、龍助がその位置にいたのかもしれませんが、しかしそれもあまり生かされているとは言い難い)

 実はこの文庫化で追加されたモノローグでその辺りのツッコミは軽くされてはいるものの……


 二度目の紹介でも厳しいことばかりで本当に恐縮ですが、どうやらシリーズ化されるらしい本作、次回作ではこの辺りへの目配りがあることに期待したいところです。


『かおばな剣士妖夏伝 人の恋路を邪魔する怨霊』(三國青葉 新潮文庫nex) Amazon
かおばな剣士妖夏伝: 人の恋路を邪魔する怨霊 (新潮文庫)


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2014.12.02

『代筆屋中川恭次郎の奇っ怪なる冒険』 消費される「私」への鎮魂

 文壇から身を引き、代筆を生業としていた中川恭次郎は、親友の眼科医・井上通泰から、実際の怪事件を題材に探偵小説を書かないかと誘われる。通泰によれば、彼らの後輩である田山花袋の小説こそ、事件の記録だというのだ。成り行きから通泰と彼の書生・やいちとともに捜査を始めた恭次郎だが……

 『小説野性時代』誌に連載されていた大塚英志の新作が文庫化されました。連載時には『松岡國男妖怪退治外伝』の副題があったとおり、本作でもイラストを担当している山崎峰水の作画による『松岡國男妖怪退治』の外伝であり、後日譚ともいえる設定の物語であります(『松岡…』自体が『黒鷺死体宅配便』のスピンオフですから、二重のスピンオフと呼べるかもしれません)

 そんな本作の主人公を務めるのは、國男や花袋にとっては先輩、兄貴分とも言うべき中川恭次郎と井上通泰(通泰に至っては、國男の実兄であります)。
 そして物語は、故あって文学を捨てて表舞台から身を退き、医学書などの代筆で口を糊していた恭次郎に、やはり一度は表舞台から身を退いた通泰が、シャーロック・ホームズ譚のような探偵小説執筆を持ちかけてくることから始まります。

 通泰によれば、花袋が発表した短編――電車で見かけた美少女に惹かれた男が、電車事故で命を落とすまでを描いたそれは、実在の殺人の記録である由。
 野心と勢いだけは一流の通泰に引っ張られ、恭次郎はホームズとワトスンよろしく(どちらがどちらかはさておき)、本当に事件かどうかも怪しい一件の調査に乗り出すのですが……

 しかし彼らの前に次々と現れる怪事。実際に電車事故で死んでいた花袋の会社の部下。同様の死を遂げていた、花袋宛に写真を送ってきた少女読者の兄。さらに恭次郎が電車で目撃した、写真に写っていたこの世の者とは思えぬ美少女の存在――
 これらの事実は、これが本物の、そしてこの世ならざる事件であることを物語ります。

 なによりも、通泰の書生であり、極めて強い霊感を持つ青年・やいち――そう、『松岡…』では少年時代の姿が描かれたあのやいち――が写真から感じ取ったのは、成仏していない強力な霊の存在。
 さらに謎の幽霊写真屋が出没、さらなる死者も発生し、いよいよ事件は混沌とした様相を呈することに……


 中短編エピソードの連作というスタイルゆえか、展開が少々慌ただしく、悪く言えば三題噺的な題材のつなぎ合わせ的な味わいがあった『松岡國男妖怪退治』(尤も、これは原作者の同様のスタイルの作品ではよくあることですが……)
 それに比して本作は、一冊を通しての長編エピソードであるためか、題材の多さも気にならず、むしろ起伏に富んだ物語の中で奇人怪人が活躍する、作者の伝奇ものの魅力が最も良く出ているように感じられます。

 特に幽霊写真を巡る一連の展開は、怪奇探偵ものと見ても実にユニークで面白い。
 例によって史実を、実在の人物を絡めて描かれるそれは、事件の真相も踏まえて考えると、ある大変に有名な「伝染るホラー」の本歌取り的なものも感じられるのが興味深いところであります。
(それ以前に、作者がノベライズを担当した『零』を思うべきかもしれませんが)

 しかしそれ以上に印象に残るのは、本作で描き出される「私」の存在であります。

 文壇の潮流からも浮かび上がるように、近代化されるなかで人々が「私」を獲得したように見える明治という時代。しかしその同じ時代に、様々な形で「私」は希薄となり、消費されていくことになります。
 本作の遠景となる日露戦争、そして何よりも本作のキーアイテムとなる写真の存在は、その象徴というべきでありましょう。

 そしてそれを追うのが、「私」を捨て、代筆という他人の名を借りて生きる恭次郎というのがまた極めて象徴的であり――そして結末で彼が見たある風景は、消費されゆく「私」への鎮魂、救いと言うべきでしょうか。

 それの救いはまた、今この時代――また別の形で「私」が消費されていく時代にも必要とされているものでありましょう。


 物語の根幹となる部分がちょっとアンフェアな扱いのような印象はありますが、人気シリーズのスピンアウトとして、作者一流の伝奇ものとして楽しませていただきました。
 いつか、語られざる物語が語られることを期待しつつ…・


『代筆屋中川恭次郎の奇っ怪なる冒険』(大塚英志 角川ホラー文庫) Amazon
代筆屋中川恭次郎の奇っ怪なる冒険 (角川ホラー文庫)


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2014.12.01

『鈴狐騒動変化城』 痛快コメディの中に浮かび上がる人の情

 とある城下町の誰からも好かれる小町娘・お鈴に、極悪非道な城の殿様が目を付けた。町中が暗く沈む中、なりゆきから神通力を持った狐のおツネちゃんの命を助けた大工の清吉は、彼女の力を借りてお鈴を助けようとする。町の人々の協力の下、お鈴に化けて城の中に入り込もうとするおツネちゃんだが…

 タイトルを聞き、表紙絵を見て以来、大いに気になっていたのが本作『鈴狐騒動変化城』。これは面白いに違いない、と思いながらいざ本を開いてみれば…むははははは、久々に読みながら笑いが止まらなくなる一冊でありました。

 おそらく江戸時代の、とある海辺の城下町の茶碗屋の娘で、可愛らしさと気立ての良さからみんなのアイドルだったお鈴の存在がそもそもの発端。
 これまたみんなの人気者の呉服屋の若旦那のもとに嫁ぐこととなったお鈴ですが、彼女にかねてから極めて評判のよろしくない城のバカ殿が目を付け、側室に差し出せいと言い出したことから、物語は走り出します。

 もちろんお鈴も若旦那も悲しむまいことか、町中が火の消えたような重苦しさに包まれる中、人一倍凹んでいたのは、お鈴の大ファンだった大工の清吉ら、町の若い衆。
 そんなある日、清吉が親友でアホの喜六とともに捕まえた狐は、何と人間の言葉を喋ることができる狐でありました。折しも世をはかなんで川に身を投げたお鈴を目撃した二人は、自分を逃がしてくれるなら彼女を助けるという狐の言葉を信じるのですが……

 この狐・おツネちゃんの存在から清吉が考えついたのは、一世一代の大仕掛け。城に召し出されるお鈴と入れ替わって、彼女に化けたおツネちゃんが城に潜入、バカ殿が二度とお鈴に手を出さないよう、散々怖がらせてやろうというのであります。
 その企てに乗った皆の力を借り、何とか見かけはお鈴らしくなったおツネちゃんと、医者に化けてつきそうことになった清吉は、いよいよ城に乗り込むのですが……


 美女を守ってバカ殿を懲らしめるのは、洋の東西を問わずお伽噺に見受けられるシチュエーションであります。
 なるほど、本作もおツネちゃんの活躍でバカ殿が懲らしめられてめでたしめでたしなのだな、と勝手に納得していたのですが……
 間違っていました。いや間違っていないのですが間違っていました。

 何しろ、ここで展開するのはお伽噺というより、まごうことなきスラップスティックコメディ。ナンセンス極まりないボケとギャグのつるべ打ちであります。
 そしてもちろん、それが実にいい。

 突然忍者に目覚めるやつ、ゲラになった城の人々、突然の百鬼夜行に剣豪大分身……
 こうして書くと何のことやらさっぱりですが、全部本当のことだから仕方がない。

 そしてそれを描く文章のテンポがいいこと! そこにいるだけでもおかしいどこか抜けた連中が繰り出すやりとりの可笑しさ・楽しさは、落語を小説にすればこうなるというべきでしょうか……
 と、実は本作、作者の新作落語『茶碗屋娘』の長編小説版ともいうべき作品とのことでそれも納得ですが、もちろん凡手にできることではありません。
(そしてまた、伊野孝行の江戸時代の読本を彷彿とさせる挿絵もまたいい)


 と、大いに笑わせてくれる中で、ハッとさせられるような人間観察があるのも嬉しいところ。

 本作のヒロイン・おツネちゃんは、人間に化けられるとはいえ、中身はもちろん狐。人間の情には疎い部分があります。
 先に述べたように、身投げしたお鈴を助けたおツネに、清吉と喜六は礼を言うのですが、何故、自分たちにとっては単なる顔見知り程度のお鈴を彼らが助けようとするのか、そして助けて礼をいうのかが、おツネにはわからないのであります。
(そしてこのやりとりが、思わぬところでリフレインされるのに息を呑むことに)

 しかしそんな人ならざるものの視点を通じてこそ、浮かび上がる人情もあります。
 本作でいささかオーバーに繰り広げられる活劇は、同時に、そんなおツネの目を通じて描き出される人情劇でもあるのです。

 本書のそでにも引用されたおツネの言葉「好きやなあいう気持ちは、なんかおもろいことになって楽しいなあ」は、そんな彼女が理解した、最もプリミティブで、そして好ましい人情でありましょう。

 レーベルとしては児童書でありますが、老若男女誰が読んでも面白い怪作、いや快作であります。


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